マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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 複数ある地下シェルターの出入り口の内、文也たち三人は一番小さいところを選んで、そこから出て地下道を進む。あらかじめこの出入り口から出るのを決めていたため、すでに文雄の指示で部下がドローンを待機させており、あずさが操作を引き継いだそのドローンに導かれて三人は走って地上を目指している最中だ。

 

 文雄と駿は普段から鍛えているためかなりの俊足だが、文也は体が小さくてストライドも短く特に鍛えてもいないため、木々や障害物を避けて駆け回るようなすばしっこさはあれど、ただ走るとなるとどうしても遅い。単独行動は危険なので自然文雄と駿は文也に合わせて加減しながら走ることになる。

 

 しかしそれでも、三人の移動速度はかなり速い。

 

 魔法で加速しているというのも当然ある。

 

 それでも通常ならば、安全確認や進路に敵がいないかを確認しながら進んだり、はたまた地下道なので足音が響きやすいため敵にばれないよう慎重に進んだりして、何もなく走るよりも遅くなる。しかし、あずさが操作するドローンが三人に先行して飛んでいき索敵も素早く済ませるため、三人は何も考えずにただ走るだけでよく、その分すんなりと地上へと向かうことができた。

 

 文也が気絶していた(寝ていた?)間に文雄は地上の様子をある程度観察していたし、またこの走っている最中にも文也の端末を使って地上の様子を逐一チェックしており、シェルターに向かい始めてからまた出るまでの間の戦況もよくわかっていた。

 

「親父は化け物か」

 

「同感」

 

 文雄は、「走りながら」サブ端末で戦況を細かくチェックしていた。しかも、それでいてさらに文也の全力に対して手加減ならぬ足加減して合わせいるのだ。人間離れしたその働きは、文也と駿から見ればまさしく化け物のようである。

 

 そんな文雄のおかげで地上の様子はリアルタイムで大体わかっている。

 

 現在は四時四十分。真紅郎たち三高は無事バスで出発し(駿が走りながら真紅郎と連絡をして確認済み)、将輝だけは十師族の長男として義勇軍に加わるべく別行動をして、戦線に加わっている。

 

 将輝の『爆裂』は生物や機械・機器に対して頼もしくも恐ろしい力を発揮するので、普通ならそう心配はいらない。しかし戦場に「普通」というのは中々存在せず、文也はある予測から将輝が不利な事態に陥るのではないかと心配している。

 

「親父、敵はやっぱ大陸系か?」

 

「ああ、地上の『仲間』から連絡が入ってる。あっちで流行りの古式魔法の使用が確認できた」

 

「大亜連合、か」

 

 引き続きあずさのドローンの先導で将輝が加わるであろう中華街方面の戦線に向かいながら情報を共有する。

 

 文雄の情報網により――三人は知る由もないが達也たちや深雪たちに遅れて――侵攻してきたのが大亜連合であることはシェルターにいたときからすでに予測できていて、改めてそれを確信した。

 

 そうなると、古式魔法は将輝にとっては分が悪い相手になりうる。古式魔法が得意な式神や幻影は液体を含まないので『爆裂』を中心とした得意の液体干渉は通用しない。将輝の干渉力ならば生半可な化成体や幻影は軽く消し飛ばせるが、相手は間違いなく生半可ではないだろう。将輝が搦手に弱いのは百も承知であり、そこが文也には心配だった。

 

 そして、その予想は、残念なことに的中してしまった。

 

 将輝は敵が闊歩する中を『爆裂』で押し切って戦線に加わったが、その後すぐに幽鬼の隊列の幻影攻撃にさらされている、ということが空高くを飛ぶドローンによって目視したあずさからの報告によってわかった。こうなると将輝は不利な消耗戦に応じるしかできない。

 

 将輝のスタミナ切れは時間の問題だ。そうなる前に三人は駆け付けなければならない。

 

 地上に出てからの三人は、敵が闊歩する地上を、敵が少ない地下道よりも速く駆け抜けた。

 

 敵の位置は偵察用の複数のドローンによって筒抜けで、それを蹴散らせばよい。

 

 魔法の高速行使で駿が立ちふさがる敵を崩し、そこに文雄が飛び出して敵を叩き潰して道を切り開き、文也はあとから加わってくる周辺の敵を魔法でまとめて処理する。

 

 駿の圧倒的な速度で行使された魔法は正面の敵の統率や戦闘能力を乱し、その隙に文雄が全員を叩き殺す。それに気づいた周りの敵は一斉に攻撃しようとするが、武器を構える暇もなく、血の花となって爆散するか、比喩でなく「目の前が真っ暗」になりそのまま気づく間もなくその闇の中を走る「光の筋」によって急所を貫かれて死亡していく。

 

「ちょ、文也、それはまずいだろ!?」

 

「そうも言ってらんねぇだろ!」

 

 その魔法を行使したのは文也だ。その魔法を見た文雄は顔を青ざめさせながら息子をなじり、そんな父親に対して文也はまずいとは自覚していつつも言い返す。

 

 文也が使った魔法は、九校戦からさらに磨いた『爆裂』と、そして魔法界で『流星群(ミーティア・ライン)』と恐れられてる収束系の魔法だ。

 

 これは、空間の光の分布を偏らせ、その光が100パーセント透過するラインを作り出す魔法である。その結果、「ライン上は光が100パーセント透過する」という改変によって、光の透過を妨害することになるそのライン上にあるモノは、改変につじつまを合わせるために気化する。ライン上にモノがあればそのラインの部分に穴が穿たれるのである。

 

 モノの構造情報に干渉する最も高度な魔法の一角であり、この魔法を防ぐには、達也のように術式そのものを解体するか分解する、または光の分布という点において『領域干渉』などで干渉力を上回るしかなく、防御の難しさや威力は戦術級に匹敵する。

 

 この高度で強力な魔法を使えるのはこの世にただ一人。その魔法の威力や裏世界での影響力によって『極東の魔王』『夜の女王』と恐れられる、七草家と並んで十師族最有力で『アンタッチャブル』と呼ばれる四葉家の当主・四葉真夜のみだ。

 

 つまりこの『ミーティア・ライン』は、日本で一番恐ろしい家系・四葉家の当主の専売特許であり、四葉家が絶大な影響力を持つ大きな理由の一つである。当然起動式どころか魔法の仕組みすら公開されていないのだが、文也はそんな魔法を、今連発してしまっている。

 

 克人との演習に備えて文也が用意していた三つ目の作戦は、この魔法だった。『領域干渉』以外では防ぐ術がなく、これならば克人の『ファランクス』も破れるかもしれないと思い、九校戦に間に合わなくて放置していた開発を急ピッチで進め、何とか形にした。とはいえ文也の干渉力では克人の『領域干渉』は破れないため、(開発・使用・リスクのすべての面において)用意していた三つの中では一番難しいものだったが、効果は一番期待できないというとてつもなくコスパの悪いものとなった。

 

 結局強制不参加となったことで日の目を見ることがなかったので未練がましく起動式を登録した専用CADをいくつか身に着けてきた。しかし、まさかこんな全くうれしくない形で使うことになろうとは、文也も予想外であった。

 

 ただし、(文也は知る由もないが)真の使い手たる真夜は一度の行使でまさしく『流星群』のごとく光のラインを作り出せるが、文也の適性や魔法力、自身で手探りで開発した起動式では一度の行使で作り出せる光のラインは一本が限度だ。複数のCADを同時に使ってごまかしてはいるが、元の魔法には及ぶべくもない。『流星群』ではなく、さしずめただの『流れ星』程度でしかないのである。『流星』や『メテオ』のほうが文也本人としてはかっこいいのだが、あいにくながらどちらも全く別の魔法として名前が使われている。

 

 文也としても、この魔法は使いたくはない。なにせ使えば、たとえ劣化コピー以下の代物であろうと裏社会の頂点である四葉家は間違いなく認知するし、間違いなく目を付けられる。下手をしなくても『分子ディバイダー』の件で何か動いてくるであろうUSNA軍よりも恐ろしいことをしてくるだろう。

 

 それでも、今は使わざるを得ない。素早くかつ確実に敵を仕留めるには今持ってきている魔法の中では『爆裂』に並んで間違いなく有効であり、敵の数が数なので『爆裂』だけというわけにはいかず、仕方なく使うほかないのだ。未来のことを考えて使い渋り、その結果今死ぬようでは意味がないのである。

 

 そんな甲斐もあって、三人はすぐに中華街の戦線に合流した。そこでは幽鬼の隊列相手に将輝が物陰に隠れながらほぼ一人で奮闘をしていた。

 

「マサテル!」

 

「ふ、文也!? それに駿や文雄さんまで!?」

 

 そんな将輝の名前(?)を叫びながら、文也は幽鬼が進んでくる道の四分の一を覆う形で『領域干渉』を使用して幻影を消しとばす。将輝はいきなり自分の名前(?)を呼ばれ、さらに予想だにしない二人の友とその父親の参戦に困惑する。

 

「お前が心配だからシェルターからやってきたんだよ」

 

「よう将輝君、元気してたか?」

 

 駿は文也が残した四分の一に、文雄は残った半分に『領域干渉』を使って幻影をひとまず消しながら駿と同じ物陰に飛び込む。文也だけはそこに隠れず幽鬼の隊列の『核』のような存在であろう唯一残った木偶人形に魔法で攻撃をするが干渉力で負けて跳ねのけられ、舌打ちをしながら将輝たちに合流する。

 

「あ、ありがとう! 見ての通り元気ではないし、チョッと大変なことになってます」

 

「ジョークが言えるなら上等だぜ」

 

 将輝は信頼する三人の登場にぱっと顔を輝かせるが、すぐに顔を引き締め、復活した幽鬼の隊列を睨みながら答える。それに対して飛んでくる銃弾を間一髪躱してその物陰に飛び込んだ文也は、口角を上げて冗談を返す。笑い事ではないのだが、ジョークの一つでも言わないとやってられない状況だった。

 

 古式魔法は性質上それを発動したのが誰なのかわかりにくい。将輝としても幽鬼の隊列に場当たり的に対応しつつも元を断つべく使い手を探していたのだが、やはり見つからない。『爆裂』を見るや魔法攻撃に変えてきたせいで敵戦力もあまり削ることができず、数が多くてさらに見つけにくいのだ。

 

 そんな将輝に対し、文也はここに向かうまでに考えていた方法を提案する。

 

「ようは敵の中の魔法師をあぶりだして全員ぶっ殺せばいいんだろ?」

 

「それができれば苦労しない!」

 

「九校戦の『アイス・ピラーズ・ブレイク』で使ったあの領域魔法を使え。民間人はもういない」

 

「――っ! そういうことか!」

 

 文也の指示を受けて意図を理解した将輝は、文也たち三人が再び『領域干渉』で幽鬼を消しとばすと同時に、腕につけた汎用型CADで、まさかこんな短期間で二度も使うことになるとは思わなかった、もう一つの秘術を使用する。

 

 その効果は緩やかに表れる。将輝が指定した領域の中にいた敵兵士は最初は体温の上昇を感じただけだが、三十秒もすれば全身から水分が蒸発し、眼球を白く濁らせた死体に変わった。

 

『爆裂』の領域版ともいえる一条家の秘術『叫喚地獄』。指定した領域内の液体を振動による温度上昇で蒸発させる凶悪な魔法だ。

 

 この魔法もまた『爆裂』の一種であり、将輝は特に強い干渉力を発揮する。しかしそれでも元の『爆裂』よりは干渉力が弱くなり、手練れの魔法師が無意識でかけた、または普通の魔法師でも意識的にかけた『情報強化』を上回ることはできない。

 

 そして今回は、そのパターンに当てはまった。敵部隊の中にいた魔法師は皆息絶えることなく無事で、戦況の悪化を悟って撤退しようとしていた。

 

 これでは、結局のところ幻影を生み出している魔法師は倒せない。

 

 しかし、今回はそれでいいのだ。

 

「援護射撃、撃て!」

 

「隠れてないででてこーい」

 

「よし、さすがだ」

 

 文也と駿は遮蔽物から飛び出し、逃げようとする敵の魔法師たちを次々と魔法で戦闘不能にしていく。二人に向けられる攻撃は文雄の指示で動いた仲間たちの援護射撃によって沈黙させられ、二人は遠慮なく攻撃に集中できる。

 

「ふう……上手くいったか……」

 

 将輝は結果を確認してから消費が激しい領域魔法を止めて一息つく。自分一人だったらこの作戦も中々思いつかなかったか、民間人が残っている可能性を考慮して躊躇していただろう。三人が来てくれたおかげで速やかにこの戦線に勝利することができた。

 

『叫喚地獄』は幻影を作り出していたであろう術者を炙り出すためのものだった。この地獄の中で生き残れるのは『情報強化』をかけられる魔法師だけであり、また大多数であろう非魔法師が一斉に死ねばその魔法師自身も動かざるを得ない。そうして炙り出して逃げざるを得ない魔法師を、魔法式構築速度に優れる文也と駿が速やかに倒す。

 

 無事に作戦は成功し、ごく少数を逃がしただけであとは殲滅することができた。あの厄介な術を使っていた魔法師も倒すことができただろう。

 

「よーしよしよし、マサテル、怪我はないか?」

 

「一応地下から包帯ぐらいは持ってきてるが」

 

「おかげさまでな」

 

 満足げな文也と疲れた顔の駿が戻ってくる。将輝は肩をすくめて怪我がないことをアピールすると、後ろで自分たちを助けてくれた兵士たちを見る。

 

「……思ったより生き残ったな。なんでか知らないけど」

 

 幽鬼の隊列は幻影だが、その攻撃は体に当たってしまうと、催眠術のたぐいだろうか、赤い痣を浮かべて死んでしまう。いくら自分が頑張ったといえど守り切れてる自信はなかったのだが、嬉しいことだが奇妙なことに、予想よりもだいぶ生き残っている。

 

 文也たち三人が何かしてくれたのかというと、そうでもなさそうだ。将輝の感覚では、三人が駆けつける前にも何人も幽鬼に襲われている。それなのに、無事に生きているのだ。

 

「ああ、それはあーちゃんのおかげだな」

 

「中条先輩が?」

 

 嬉しそうに笑いながらの文也の回答に、将輝は不思議に思い眉を顰める。あずさの実力や知能は将輝から見ても頼りになるが、体格や運動能力、そして何よりも精神力の面では、この戦線にはとてもではないが参加できそうにない。

 

 そんな将輝に、文也は自分の携帯端末を渡す。画面には「あーちゃん」と表示されており、どうやらあずさとつながっている電話に出ろということらしい。

 

「もしもし、一条将輝です」

 

『あ、もしもし、一条君ですか? 良かった、無事みたいですね』

 

「ええ、おかげさまで」

 

 久しぶりに聞く、年齢以上にだいぶ幼いあずさの声だ。

 

『私は戦闘とかできそうにないから、ふみくんのお家で持ってるドローンを使ってシェルター内のモニタールームで偵察をしているんです』

 

「ははあ、そういうことですか」

 

 将輝は納得して頷きながら返事をする。なるほど、戦場には出てこないで、ドローンで偵察というのは適任だ。彼女の恐ろしさは夏休みに遊んだシミュレーションゲームで体感済みであり、この上なく適任だと確信できる。

 

 しかしそれなら、なおのこと不可解な部分もある。あずさがこの場にいないというなら、なぜ仲間たちが生き残っているのが彼女のおかげなのか。魔法どころか、物理的な援護もできないはずの彼女がどうやって仲間たちを救ったのか、予想がつかない。

 

「ん、いや、まさか……」

 

 魔法による支援は、常識で考えたらできない。

 

 しかし、ドローンで偵察していたというなら、同じような条件で魔法を使って見せた人間が、すぐ隣にいるではないか。

 

「まさか、先輩、カメラ越しに見ながら『情報強化』をかけたんですか?」

 

『え、えーと、カメラ越しに使ったのは正しいんですけど、『情報強化』ではないです』

 

 将輝は愕然とした。

 

 魔法は物理的な距離に影響されず、理論上は対象位置さえ認識できていれば行使は可能だ。

 

 しかしそれは理論上であり、行使するのが人間である以上、可不可や精度はその術者本人の主観によるところが大きい。目視できなければ確実な魔法行使は難しいし、さらに目視できていても距離が離れていたり視力が悪かったりで見づらいほどその精度や速度は落ちる。直接視認せず、カメラ越しに見るだけで魔法行使ができるのは、相当腕の立つ魔法師だけで、将輝ですらそれは不可能だ。

 

 そんな離れ業を、将輝は一度だけ見たことがある。忘れもしない、あの三年前の夏休みに味わった、佐渡の地獄だ。

 

 その時にそれをやってのけたのが、隣で満足げににやにや笑っている文也だ。シェルター扉の向こうにいる敵兵士に、隠しカメラで見ただけで魔法を使って攪乱をしてみせた。

 

 普通に考えれば不可能。そして、そんな普通を乗り越え、不可能を可能にした例を将輝は見たことある。

 

 しかしそれでも愕然とした。文也に関してはもはや常識の外枠として色々と達観していたのだが、常識人枠のはずだったあの小さな先輩も、それをやってのけたのだと言う。

 

『その、秘密にしていただきたいんですけど、私、精神干渉系魔法が得意で、これだけならなんとかカメラ越しでも使えるようになったんです。あれは催眠術のようなので、襲われた人の精神にそれに対抗する魔法をかけました』

 

「…………そうですか。なるほど、わかりました。はい。今は有事で仕方ないので、このことは伏せておきます」

 

 将輝はあずさの説明を聞き、ついに諦めた。

 

 もう、「そういうもの」だと思うことにしよう。一人が二人になっただけだ。

 

 そんなことを思っていたので、将輝の返事は平坦でぞんざいだった。それでも気弱な先輩がうろたえないように、フォローだけは入れておく。精神干渉系魔法の使用は厳しく制限されているので本来は勝手に使うことは許されないが、人命救助のためならば仕方がないのだ。

 

 将輝から端末を返却された文也は、あずさから偵察の報告を受けながら内心で満足げに頷く。

 

 あずさの固有魔法である『梓弓』は、自身を中心とした円状または球状の範囲にいる不特定多数に作用する情動干渉系魔法だ。それが得意なあずさは、簡単なものならば、『梓弓』とは性質が違う、個人を対象とする精神干渉系魔法も得意なのである。

 

 彼女は先にドローンでこの戦線の状況を察すると、ドローンを降下させてより見やすくして、幽鬼に襲われている非魔法師の仲間兵士に優先的に魔法を行使して救った。

 

 使用したのは、精神の波を平坦にして恐怖心を抑える精神干渉系魔法『カーム』だ。

 

 剣に斬られたという「勘違い」は視覚的に斬られることで起こり、それによる恐怖を増幅させる催眠術を重ねることで死に至る。

 

 その恐怖心を『カーム』によって減らすことで、仲間兵士を死から救ったのだ。

 

 これは、文也のアドバイスや指示があったわけではない。

 

 あずさは、最初に幻影に斬られた仲間が死ぬのを見た瞬間に自分の力でその仕組みに気づき、自分の判断で的確な魔法を選択したのだ。

 

 カメラ越しに見るだけで魔法を使う高等技術だけでなく、観察力と状況判断力、そして決断力があってこそのことだった。

 

「さて、どうしたもんかねえ。ドローンも半分以上敵に壊されちまったけど」

 

「それだけあれば十分じゃないか? どうせ今の脱走兵は中華街に逃げただろうし、そこから引っ張り出せばひとまず俺らの仕事は終わりでいいだろ」

 

 あずさからの報告は以下の通りだ。

 

 まず、ドローンが半分以上壊され、今あずさに操作権があるのはもう三台しかないこと。

 

 今の文也たちの攻撃から逃れた脱走兵は中華街のほうへ逃げて行っていること。

 

 克人などの活躍で全体としてだいぶ押し返しつつあること。

 

 真由美たちは、つい先ほどまでいろいろとトラブルに見舞われていたが、黒いスーツを着た不思議な集団に護衛されてヘリに無事に乗り、現在は地上で戦っていた深雪たちを迎えに行っていること。

 

 真紅郎たちが乗る三高のバスは安全圏まで脱出できたこと。

 

 ドローンの件以外はこれ以上ないほど順調に進んでおり、もう文也たちがする仕事はほとんどないと言ってもよい。駿の言う通り、中華街に逃げた敵を捕縛しておしまいだ。

 

「よし、じゃあそうしよう」

 

 将輝の決定により、仲間兵士たちも移動の準備をする。

 

 最後の一仕事のために、文也たちは中華街へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『きゃああああああ!!!』

 

 不意打ちに警戒しながら中華街に向かっていく途中、突然耳元のイヤホンから、あずさの悲痛な悲鳴が響いた。

 

「どうした!?」

 

 文也は即座に反応し、つなぎっぱなしにしていた携帯端末に叫んで呼びかける。銃声や人が入ってくる音は聞こえなかった。しかしいきなりのこの悲鳴は尋常ではない。

 

 まさか、シェルター内が襲われたか?

 

 あずさが答えるまでの数秒の間に思い至り、心臓が早鐘を打つ。

 

 問いかけに対するあずさの答えは、彼女の身の危険を示すものではなかった。

 

 しかし、彼女の友達が、命の危機に瀕していた。

 

『い、五十里君と桐原君が、撃たれちゃって!』

 

「ちっ、なんてこった」

 

 文也は同じく通話をつなぎっぱなしにしていた駿から端末をひったくってあずさを落ち着かせながら、自分の端末の画面を切り替えてドローンのカメラにつなぐ。

 

 真由美たちのヘリを追っていたドローンは、ちょうどそのヘリと地上で戦っていた深雪たちが合流する場面を映している。しかしどうやら無事にはいかなかったようで、桐原は銃弾を、桐原は榴弾の破片を受け、それぞれが取り返しのつかない致命傷を負っている。

 

 文也たちにできることは何もないのだから、戦場の不幸と割り切ってすぐに進行を再開するべきだ。しかし、あずさは友達が致命傷を負う瞬間を見てしまえば、さすがにショックが大きいのは文也にはすぐにわかったので、そんな彼女を放置することはできなかった。

 

 今すぐにでも戻って駆け付けたい気持ちをぐっとこらえ、ひとまず言葉をかけて落ち着かせようとする。

 

 そうして口を開こうとしたとき――画面の中で、信じられないことが起こった。

 

「……嘘だろ」

 

 深雪が静かに前に立ち、右手を敵兵士たちに向ける。

 

 それだけで敵兵士たちは急に動かなくなり、静止を通り越し、まるでそのまま彫像になったかのように「停止」した。

 

 身体を凍らせているわけでもなければ、何かで拘束しているわけでもない。体表に変化も見られなければ、もがく様子もなく、まるで動こうという様子がない。

 

 文也ですら、全く何が起こったのかわからない。

 

 こんな効果を起こす魔法は仕組みすら知らない。さらにいうと、感情によってサイオンが大量に流れだしてしまうほど魔法制御が未熟なはずの深雪が、CADもなしにこれほどの魔法を使って見せたのも訳が分からない。

 

 ただ、画面越しからでも、その絶大な力と、冷酷なプレッシャーだけは感じた。

 

 パニックになっていたあずさですら、声も出せない。その様子にくぎ付けになっているのだろう。

 

 文也たちの思考が停止する中、画面の中はさらなる展開を見せた。

 

 深雪が何かを叫ぶと、そこにいたのは、謎の黒づくめの兵士たちと同じスーツを着た男が、バイザーを上げてそちらを見る。バイザーの中身の顔は、ちょうど背中側から見ているのでわからない。するとその男は、手に持っているCADを五十里たちに向け、引き金を引いた。

 

 まず五十里に効果が表れる。光に包まれたと思ったら、いつのまにか彼の体に食い込んでいた榴弾の破片は周りに散らばるだけになり、服に染みた血すらも消え、何事もなかったのように回復する。

 

 次に桐原は、ちぎれた脚が移動してくっつき、また五十里と同じように元に戻った。

 

「なんだ……これ……」

 

 黒ずくめの男が使った魔法の効果であることは明らかだ。しかし、文也はこのような魔法を知らないし、どのような仕組みで成り立っているのかすらわからない。

 

「……お前もわからないか」

 

 文也の端末を後ろから覗き込んで様子を見ていた文雄が、絞り出すように問いかけてくる。文也はそれに、黙って頷いた。

 

 数秒そのまま沈黙した後、文也は大きく数回深呼吸し、動揺で力が入らない脚に無理やり力を籠め、立ち上がる。

 

「まあいい、とにかく進むぞ」

 

 何が起きたのか、結局分からない。

 

 だが、決して悪いことではない。

 

 それならば、今は何が起こったのかは置いておいて、こちらはこちらのやるべきことをやらなければならない。

 

「…………そうだな」

 

「よし、行こう」

 

 駿と将輝も同じことを考えたのか、二人とも己の頬をペチペチと叩いて気持ちを入れなおす。

 

 そんな様子を見もせず、文也は、黙って再度動き出す準備をしている父親の背中を見つめる。

 

 先ほど、文雄は、「お前『も』わからないか」と訪ねてきた。そのまま素直に読み取れば、文雄自身もわからないということだ。

 

 しかし、息子である文也は、そんな父親の様子の矛盾を、確かに見つけた。

 

 文雄の挙動や態度、声音からして明らかに――何か、知っている。

 

(まあいいさ。全部終わったらストライキしてでも聞き出してやる)

 

 だが、今は身内同士で詮索している暇はない。

 

 内心でどう聞き出そうかと思案しながら、文也は中華街へと一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その中華街でのやり取りは、想定していたものに比べたらあまりにもあっさりと終わった。

 

「あーさっきのやつ今から連れ出して拷問しねぇか?」

 

「バカ言え。怪しいどころの話じゃないが、証拠が何一つないぞ」

 

 文也は中華街の代表として出てきた美青年・周から引き渡された捕虜を足蹴にして不完全燃焼な思考を抑える手慰み(足慰み?)にしながら――国際法上の捕虜に対する扱いの決まりは心の中で破り捨てられている――協力的ながらもどう考えても怪しいその美青年について不満を漏らす。

 

 それに対し、気持ちは同じながらも、将輝は諫める。怪しいことこの上ないが、それだけでは拷問どころか尋問すらするわけにはいかないのである。

 

「さて、お迎えも来たことだし、そろそろ行くぞ」

 

 駿は空を指さしてそう言うと、文也が踏んでいた捕虜を特殊ワイヤーで一括りにする。

 

 駿が指さした空には、他の近隣の『マジカル・トイ・コーポレーション』の工場から遅れて到着したものを含む四つのドローンが滞空している。

 

 これから四人はそれぞれドローンにつかまって、各々の目的地に向かう。

 

 文也は捕虜を持って適当な軍関係者に渡した後にシェルターに帰り、駿と将輝は克人が奮闘している方面の援軍として参加し、文雄は念のため魔法教会支部があるベイヒルズタワーに向かうのだ。

 

 本来このドローンは一機につき一人が運搬の限度なのだが、文也は捕虜に軽量化の魔法をかけて運ぶつもりである。文也以外は自分の端末でドローンを操作し、捕虜を持つために手がふさがる文也はあずさが操作するドローンで移動することになっている。

 

「おーし、じゃあこれで」

 

 文也がそう言うと、四人は降りてきたそれぞれのドローンに掴まり、宙へと浮かんでそれぞれの目的地に向かった。


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