マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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 文也と駿がアホなやり取りをしている裏では剣道部と剣術部が大モメをしたらしい。

 

 その顛末を生徒会室の『床』で反省文を書かされていた文也は聴いていた。

 

「うわっ、司波のやつ、そんなことまで知ってんのかよ」

 

 誰にも聞こえないように小さくつぶやく。あらかた書き終っている反省文は表向きこそ真面目な文章だが、行の頭を読むと『おれはわる』になっているのはご愛嬌だ。おそらくこのあとに続くのは『くねえ』だろう。

 

 そんな力作を書く手を止めて文也はその話に耳を傾ける。

 

 桐原という同級生が殺傷ランクの高い魔法を感情に任せて使ったこと、達也が剣術部と剣道部の諍いに介入したこと、そして達也が多人数相手に大立ち回りしたことなどが達也の話したことだ。

 

 そんな話を聞いた文也はその話の中に違和感を感じ、即座にその理由を予想した。この予想が正しければ、達也は明らかに学生離れどころでない知識を持っていることになる。

 

 しかもこの知識は、『悪用されかねない』知識だ。達也がそうするとは思えないが、文也は確認する必要があると感じてあずさに視線を向ける。

 

 あずさはワタワタと事後処理に追われていたが、文也の視線を感じ取ったあずさはそちらを見る。もう達也は退出しそうだ、急がなければと文也はすぐに伝える。

 

「(あ・お・う・お・う・あ・お・う・お・い・あ・お・あ・い・お・い・あ・あ・う・あ・い・い・え)」

 

 口パクをしながら両指で一つ一つの音に指で数字を示す。それぞれ、

「(7・6・1・10・4・2・1・1・4・3・4・5・10・6・4・9・2・4・4・8・5・2・2)」

 である

 

 数字は50音の子音の位置、口パクが母音だ。

 

 それに当てはめていくと、文也が伝えたメッセージは『まほうをつかおうとしたのわひとりかたつやにきけ』――『魔法を使おうとしたのは一人か達也に聞け』だ。

 濁音・半濁音は表せないのであえてここでは苗字では呼ばない。

 

 これは小学生のころ、文也とあずさで考えた、秘密を伝えるときの方法だ。CADでいたずらをよくしていた文也は、隠れているところをよくあずさに見つかり、こうして黙ってくれるようよくお願いしたものだった。

 

 あずさはそのメッセージを正しく読み取ったが、その意図を理解できない。

 

 なぜならさきほどから、達也はそのような話をしていない。そんな質問をわざわざする必要はないのだ。

 

 だが、文也の表情からただ事でないことを読み取ったあずさは部屋を出ようとする達也に急いで問いかける。

 

「あの、司波君!」

 

 あずさの急ぎ調子の声に達也は足を止めて振り返る。

 

「さきほどの話なんですが、魔法を使おうとしたのは一人なんですか?」

 

「っ?!」

 

 達也は隠していた部分を、予想だにしない相手――あずさはこの手のことに鈍いと思っていたのだ――から質問されて少しばかり動揺した。

 

 しかしこの動揺――傍から見ればいつも通り――すらも察してしまえそうな人間がこの場には多い。

 

 達也はすぐに頭の中で『言い訳』を組み立てる。『あれ』を話すのはまずい。

 

「…………剣術部の先輩方が魔法を発動しようとしていらしたので、それらは『術式解体(グラム・デモリッション)』で抑えました」

 

 この質問をされた以上、『はい一人です』と言うのはむしろまずい。だから、達也は嘘の中に一部本当のことを混ぜることで、その信ぴょう性を高めたのだ。

 

「……そういうことは早く言ってほしいものだが」

 

「聞かれなかったので」

 

 摩利のあきれ混じりの皮肉に、達也はいつもの調子で返す。

 

「とにかく、魔法を発動しようとしたものがいたならば、そっちの話も聞かねばならん。司波、その全員の名前と使用しようとした魔法を教えろ」

 

 摩利の命令に達也は平然と答える。誤魔化したつもりが面倒なことになってしまった。

 

 達也はそうなった原因を睨みつける。その視線はあずさでなく――文也を向いている。

 

 その文也はと言うと、そんなのしりませんとばかりに一生懸命反省文を書いているフリをしていた。

 

 そこで達也はほんのささやかな復讐として告げ口する。

 

「それと先輩、そこの井瀬の反省文、行頭を繋げると『おれはわるくねえ』になってます」

 

「……ほう」

 

「(ダッ!)」

 

 摩利の底冷えするような声が聞こえた瞬間、文也は何もかもを置いてドアへと一目散に向かった。どうなるか分かったものではない。

 

「……だろうと思ったぞ」

 

 しかしその首根っこを押さえられる。捕まえたのは駿だ。

 

「お前が反省文で悪ふざけをするのも、それがばれて逃げるのもいつも通りだ」

 

「しゅ、駿くぅん、俺のマブダチとして逃がしてくんないかなあ?」

 

「そうだな、俺とお前は親友と言っても差し支えない」

 

「そ、そうだよな!? じゃあ――」

 

「――だが今の俺は風紀委員だ」

 

「裏切り者おおおおおお!!」

 

 文也は軽々と持ち上げられて摩利に引き渡される。

 

「ほら、大サービスだ」

 

 摩利から渡されたのは原稿用紙10枚。

 

「げ、原稿用紙10枚……10倍かあ……」

 

「お前に目はついているのか?」

 

 安心した文也に、摩利は底冷えする眼で見降ろしながら言った。

 

「裏表10枚だ」

 

「……20倍…………」

 

 文也の目から光が消える。この量を、キーボードでなく手書きでやるのは、はたしてどれだけの時間がかかるだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的に達也も文也も解放されるのが遅れてしまった。もう日が沈んでから1時間ほど経った。

 

 達也が深雪たち――予想しないメンバーがいた――とカフェに行くことが昇降口で決まったのだが、そこに乱入者が現れる。

 

「よう、俺もおごりはなしでいいから混ぜてくれよ」

 

 文也はそう言ってその集団に駆け寄る。

 

 深雪はクラスメイトとして、達也は色々あった仲として文也を知っているが、エリカたち二科生は文也についてはよく知らない。せいぜいが、あの諍いの時に後ろの方で黙って傍観していただけのになぜか連れ去られた小さな男の子(エリカとレオはチビと認識している)程度のことしか知らない。

 

「この前話した、風紀委員決めの時に決闘した井瀬だ」

 

「よろ~」

 

 達也は心底断りたかったが、文也はどうやら『あれ』を知っているようなので、下手に無下にできない。

 

 文也自身の性格も相まってすぐに二科生の面々と打ち解けたので、達也は仕方なく文也も混ぜてカフェに向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カフェでの会話は、当然今日一日の話題で持ちきりになる。

 

 だが達也と異常な決闘を演じた文也がいることで、その決闘の顛末も話題の中心に上がった。

 

 達也が文也からかけられそうになった数々の魔法を話すうちに深雪の魔力が暴走――ということになっている――して文也のホットカフェオレがキンキンに冷えたアイスカフェオレになったりする一幕(まだ4月の中旬なので文也は震えた)もあったが、エリカたちや深雪の興味はやはりその決闘の内容だ。

 

「高精度『マルチ・キャスト』と『術式解体(グラム・デモリッション)』の使い手対CAD25個の超高精度『マルチ・キャスト』の決闘、かあ」

 

 レオが呆れたように呟く。その戦いたるや、はたしてどれほどのものだったのだろうか。

 

 深雪としても、一年生レベルでCAD二つを解放した兄と渡り合える者がいるのは驚きだった。

 

「一応50個までなら出来るんだけどなあ。そうなると重いからそれはそれで負けてたかもなあ」

 

「……一科生の方って、『パラレル・キャスト』が標準なんですか?」

 

「美月、安心して。出来るのは多分お兄様と井瀬君だけよ。私でもとてもじゃないけど出来ないわ」

 

 美月の常識が崩れかけていたが、深雪がその崩壊を止める。

 

 深雪にその手間をかけさせた罪は重く、親愛なるお兄様が文也に罰を下すべく即座に口を開く。

 

「ちなみに、今日の仕事が異常に長引いた理由は、そいつが余計な口出しをしたからだ」

 

「………………へえ」

 

 サリサリサリ、と冷たい音が鳴る。

 

 空気の温度が10度ぐらい下がるのを、その場にいた全員が感知した。

 

 音の正体は、文也のアイスカフェオレがカッチカチに凍り付いた音だ。

 

「あら、井瀬君、申し訳ございません。私のお金で新しいものを注文いたします」

 

「い、いえ、いいです、はい、はい」

 

 深雪の穏やかな笑顔――表面だけで目は絶対零度――に、文也は顔を真っ青にしながら首をプルプルと振る。

 

 文也の小物の本能が危険を感じ取ってサイレンをかき鳴らしている。やはり逆らったらまずい。

 

「と、ところでよ、なあ達也! 今日さ、なんかすげえことがあったんだろ!?」

 

 レオが冷え切った空気を温めようと強引に話題転換する。ブラコンシスコン以外が心の中でレオに拍手喝采を送る中、達也がすぐに答える。

 

「ああ、あった」

 

 そしてその中身を話し始めた。

 

 そんな中、深雪が達也のキャスト・ジャミングについて触れると、にわかに文也が放つ雰囲気が鋭くなった。

 

(面倒だな)

 

 やはり、文也は『知っている』ようだ。この技術はなるべく知られたくない。文也もその危険性をわかっているようで、自分のことを警戒しているようだと達也は感じる。『術式解体』と誤魔化すことはもうできない。

 

 達也は仕方なくキャスト・ジャミングについて話すことにした。

 

「やっぱりかあ」

 

 話を聞き終えると、文也はそう呟いた。その呟きを、エリカは聞き逃さない。

 

「え、井瀬君、知ってたの?」

 

「ああ、たまたまね。司波兄がそれを使ってそうなのは反省文書きながらでも、話を聞いていればわかる」

 

 勧誘期間は、演習のために各部活動にCADの使用が認められている。どうやらそうとう熱い状況だったようだし、剣術部の面々が、魔法を使わないとは文也には思えなかったのだ。

 

 文也と達也以外は『反省文』の部分に激しい違和感を覚えたが、そのままスルーした。

 

「念のため言っておくが、これは本当にオフレコで頼む。悪用されたらたまったものじゃない」

 

 達也は最後にそう言ってこの話を締める。文也ももうこの話をする気はない。

 

 他のメンバーはもっと話を聞きたそうだが、ここはカフェの中だ。話が周りに漏れていないとは限らないので、二人が止めたがっている以上強要は出来ない。

 

「それで、昨日生徒会で――」

 

 そんな兄の心のうちを読み取って、深雪が即座に話題転換をした。

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