マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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そういえば、前回の話の途中まで書いたあたりで、実は1年ほど放置していました。そのせいで前回の途中か今回の話から、文体や雰囲気が変わったように感じるかもしれません。


4-6

「もう楽勝っしょ」

 

 文也は荒れ果てた街並みをのんびりと歩きスマホをしながら呟く。まだ銃声や破壊音や怒号がそこかしこから聞こえてくるが、それが文也に害を及ぼすことはない。なぜなら、それらは全部日本側からの攻撃で、大亜連合はなすすべもなく狩られているからだ。一応障壁魔法は展開しているが、のんびりしていても安全だ。

 

 父親が向かった魔法教会支部に世界最高の白兵魔法師である呂含む精鋭が現れ、文雄がそれと戦っている――とドローンで偵察しているあずさから聞いた時は冷や冷やしたが、真紅郎たちの機転と訳の分からない方法で発動された大規模魔法陣によって無事防衛成功したと聞いて安堵し、その気苦労の反動で、こうしてのんびりとあずさが待つシェルターへと向かっているのだ。

 

 面倒くさいことに、地下通路の入り口でシェルターに近いもののことごとくが戦闘の中で塞がって使い物にならなくなり、離れた入り口を探さなければならない。

 

 その面倒な状況が――ここでは幸いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『キャアアアアアアアアア!!!!』

 

 

 

 

 

「おいどうした!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさの案内に従って移動していたところ、急に大きな地響きが起き、それと同時にあずさも大きな悲鳴を上げる。携帯端末越しに聞こえる地響きは、文也が地上で感じたものの比ではなく大きい。

 

 つまり――地響きの中心地は、あずさたちがいるシェルターだ。

 

 回り道のためにシェルター方向に背を向けて歩いていた文也は、すぐにそちらを振り返る。ちょうど、シェルターの真上に当たる場所に、さっきまではなかった巨大な何かが現れているのがすぐにわかった。

 

 その巨大な何かは、あまりにも歪だ。高さ四メートル・直径十メートルほどの鋼鉄でできた黒いドーム、というのが文也が見た第一印象だった。しかしそれはきれいなドーム型ではなく、まるでスクラップになった戦車や装甲車をつなぎ合わせたように歪にでこぼこしており、機関銃や巨大なチェーンソーもくっついている。

 

「またかよ!」

 

 文也は即座に飛行魔法を使い、全速力でそちらに向かっていく。

 

 おそらく、破壊され無力化された直立戦車がなんらかの方法で合体・再起動し、あの地下道崩落の時と同じように地面に巨大な杭を打ち込んだのだ。シェルターの中にたくさんの民間人、そして将来有望な魔法師たちがいると知ってのことだろう。

 

 その合体した直立戦車――もはや原型をとどめていないが――は、高速で飛来する文也に反応して、機関銃を乱射する。巨大な戦車につけられた重機関銃は、豪雨のように放たれる弾丸の内一つでも当たれば致命傷だ。

 

「甘いんだよ!」

 

 文也は怒りを込めて三つの魔法を同時に発動する。

 

 一つは『減速領域』、もう一つは障壁魔法。『減速領域』で弾丸のスピードを遅くして、障壁魔法で防ぐ。文也の干渉力では、重機関銃をそのまま障壁魔法で防ぐことはできないのだ。

 

 そして三つ目の魔法は、『爆裂』だ。こうした機械は当然潤滑油や冷却水や燃料を使うため、中に液体はたっぷりある。外側が分厚い鋼鉄の装甲で覆われていようと、中から破壊してしまえばいい。

 

 

 

 

 

 

 しかし、文也が期待した戦車の破壊は、その片鱗すら起こることがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「クソ、なんでだ!?」

 

 重機関銃の弾丸はすべて防ぐことに成功したが、攻撃が全く通らない。

 

 内部に液体が無くてエラーを起こした、ということはないはずだ。

 

 考えられるのは……戦車の干渉力が、文也の『爆裂』を上回った、ということだ。

 

 文也はすぐにその戦車が『領域干渉』か『情報強化』で守られていると察するが、しかし何も武器がない今、あらんかぎりの魔法を試すしかない。

 

 腰から玩具のナイフ――に見せかけた小型化に成功した専用CAD――を抜きスイッチを押して『分子ディバイダー』の刃で切り裂こうとするが、仮想領域は戦車に触れると同時に干渉力で上回られて消し飛ぶ。

 

 ならば相手の硬さに関係なく攻撃が通る『流れ星』はどうかと行使するが、光のラインは『情報強化』に阻まれて穿つことはない。

 

 放出系魔法で電子を乱して回路を破壊しようとしても全く通じない。

 

『不可視の弾丸』の重ね掛けで一点突破をしようとしても、表面の『情報強化』に阻まれて魔法は発動しない。

 

 直接干渉する魔法は諦めて、外側から強い衝撃を与える攻撃を次は試していく。

 

 移動魔法で近くの瓦礫を戦車の真上に移動させてそのまま落下させ、それに文雄も使った『流星』と『メテオ』を重ね掛けする。速さと重さが合わさった一撃は、しかし文也の干渉力では分厚い鋼鉄の戦車に大きな傷を与えることはない。

 

 空気を硬化魔法で薄く固めて刃として放っても、氷ならば軽く切り裂けても鋼鉄には小さな傷をつける程度だ。

 

『地雷原』で破壊しようにも、それは地下のシェルターを破壊しかねない。バリエーションで液状化させて移動させないようにしても、シェルターに杭は打ち込めるので無意味だ。

 

『フォノンメーザー』で溶かそうとするも、文也の干渉力ではそこまで強い効果はでない。

 

 自身の真の得意魔法である魔法は、発動対象が人体の体表に限られるから意味はない。

 

「あああクソ!」

 

 自分の手が何も通用しない。それに苛立った文也は、猛然と放たれる銃弾の雨から飛行魔法で逃げ回りながら、イデアに深くアクセスする。こうなったら、『情報強化』を『視て』直接分解するしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――なっ!?」

 

 

 

 

 

 

 しかし文也にはそれが『視え』なかった。他の魔法と同じように、擦りガラス越しに見る以上にはっきりと見えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

『情報強化』がかけられているはずなのに、それが見えない。

 

 それはなぜか。

 

 文也は即座にその正体を見抜き、そして絶望した。

 

 対抗策が、何もない。

 

 なにせその『情報強化』は強力で、さらに文也は知らない故に分解できないもの――古式魔法師の間ではよく使われている、古式の『情報強化』だからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クズどもも役には立つものだな」

 

 偽装揚陸艦の中で、責任者の男が腕を組みながら映像を眺め、満足げに頷く。その映像は、歪なドームの形をした直立戦車の「なれの果て」と、その周りを飛び回りながら様々な魔法を繰り出す文也の戦闘の様子だ。

 

 このドームは、破壊された直立戦車や装甲車、普通の戦車と言った重金属兵器を寄せ集めて作った、スクラップのなれの果てで、大亜連合の中では『蓋(ガイ)』と呼ばれている。戦場で破壊された兵器たちをあらかじめ仕込んでおいた強力な電磁石の磁力によって合体させたもので、奇襲性に優れている。しかし移動することもできない、合体も魔法の維持が大変、その割に効果が薄い、ということで、使う機会はほぼない。

 

 しかし今回は、これ以上ない使いどころが生まれた。

 

 その用途は「時間稼ぎ」だ。多くの民間人や魔法師たちが桜木駅地下シェルターに避難していることは知っている。そのシェルターを破壊する兵器が現れれば、こちらに対応しなければならない。その間に自分たちは逃げおおせることができるのだ。

 

 そしてこの『蓋』は、もう一工夫――というにはあまりにもおぞましい強化がなされている。

 

 直立戦車や装甲車や戦車といった重金属兵器には、敵の魔法を退けるために、『情報強化』や『領域干渉』を強化するための専用のソーサリー・ブースターが搭載されている。大亜連合軍は秘密裏にこれら二つの魔法専用のソーサリー・ブースターの開発に力を注いでおり、そのために数多くの魔法師――犯罪者や国賊やスパイや裏切り者、または身寄りがない孤児や他国の捕虜や拉致被害者――を犠牲にした。ソーサリー・ブースターに使われる脳は、死の間際の苦痛を退ける魔法を強化する傾向にある。故に身体に直接干渉してあらゆる大きな苦痛を与えながら時間をかけて殺し、安定した『情報強化』『領域干渉』専用ブースターの開発に成功したのである。とはいえそれらは現代魔法のものではなく、大亜連合や古式魔法師の間で使われている古式魔法で、大亜連合ではそれぞれ『存在確立(ツンザイチュエリー)』『魔式空間(ムォシーコンジィエン)』と呼ばれているものである。

 

 そしてこの『蓋』は、それらのソーサリー・ブースターを「呪術的に」直列でつないで、効果を何十倍にも増幅させている。非人道的な手段で生み出された呪いの「脳」を、さらに直列でつないで、鉄くずの中に埋め込む。あまりにもおぞましい「利用」は、冷酷な指揮官として名をはせたこの男にも、使用をためらわせるほどだ。

 

 それでも、この場面では効果は絶大だった。

 

 要注意人物としてピックアップされていた文也を釘付けにし、さらに周りも『蓋』の対応に追われている。時間稼ぎは成功したといってよい。それどころか強力な干渉力を持つ要注意魔法師たち――十師族・百家やその子弟たち、文雄や深雪やエリカやレオ、そして謎の魔法師たち――がちょうどシェルターから離れていて、残存の小兵たちは破壊に相当手間取っており、この調子でいけばあと数回は杭を打ち込める。シェルターを破壊して、中に避難する大人数の魔法師たちを殺害して未来の敵戦力を削ることもできそうだ。

 

「……覚えてろよ小倭国め。何倍にもして返してやる」

 

 画面の中では、『蓋』がまた杭を打ち込んだ。シェルターの崩壊まで、あともう少しだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! くそっ! クソッ!!!!」

 

 文也は飛び回って銃弾の雨を避け、避けきれないものは魔法で防ぎながら、手持ちのCADでできるあらゆる攻撃を繰り出す。しかしそれらはすべて、分厚い鋼鉄の装甲と対抗魔法に退けられ、全く効果を及ぼせない。周りの兵士たちも銃や魔法で破壊を試みているがすべて効果を残すことなく、次々と機関銃に無力化されていく。

 

『キャアアアアアアアアアアアア!!!!!』

 

「あーちゃん、おちつけ! 頭をかばえ!」

 

 そうこうしている間に、四回目の杭が撃ち込まれた。杭が撃ち込まれるたびに大きな地響きが起こり、端末の向こうからあずさの悲痛な悲鳴が聞こえてくる。地下道はほぼ完全に崩落し、強固なシェルターもあと数回で致命的な損壊を受ける。そうなれば、中にいるほぼ全員は死を免れられない。

 

 つまり、あずさも死ぬ、ということだ。

 

 あずさがおびえている。あずさが助けを求めている。あずさが泣いている。――あずさが、命を落とそうとしている。

 

 地響きと悲鳴を聞くたびに、文也はそれをどんどん強く理解し、焦りを募らせる。なんとかしようと思うが、しかし、何もできない。

 

「あああああああああああああああ!!!!!」

 

 喉から血が出るほどに叫びながら、渾身の『爆裂』を行使するも、それでも文也の特別高いわけではない干渉力では及ばず、『存在確立』に退けられる。

 

 文也は、魔法に詳しく、戦術眼に優れ、高い知能を持つがゆえに、今の状況を理解できてしまう。

 

 目の前の禍々しいドームにかけられた対抗魔法が異常に強く、それはいくつものソーサリー・ブースターを直列でつないで増幅させているということも。それを上回る干渉力が自分には絶対ないことも。分厚い鋼鉄を貫く強力な魔法を行使できないことも。『情報強化』ではなく『存在確立』であるため分解できないことも。

 

 それゆえに、絶望している。

 

 自分の力では、あずさを救えない。

 

 無力感と絶望感で、文也の目からは涙がいつの間にかこぼれていた。

 

 ――文雄ならば、モーニングスターと魔法を併用した重い一撃で破壊できただろう。

 

 ――将輝や剛毅ならば、圧倒的な干渉力による『爆裂』で即座に破壊できただろう。

 

 ――真紅郎ならば、『不可視の弾丸』が阻まれることなく重ね掛けして大きな傷を与えられただろう。

 

 ――深雪ならば、強烈な冷気で活動不能にできただろう。

 

 ――雫ならば、強力な『フォノンメーザー』で機能不全にできただろう。

 

 ――五十里や花音ならば、破壊はできなくても、魔法陣や地面の振動を弱める魔法でシェルターを守れただろう。

 

 ――幹比古ならば、古式魔法師として古式対抗魔法を破る術を見つけたかもしれない。

 

 ――レオやエリカならば、さきほど父親の戦闘で見た魔法剣で、桐原ならば『高周波ブレード』で、ドームを両断できただろう。

 

 ――克人ならば、『ファランクス』でスクラップにできただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――司波達也ならば、すべてを『分解』して、難なく終わらせるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし自分は彼ら・彼女らでもなければ、彼ら・彼女らのような強力な魔法はない。どんなに魔法理論を知っていても、どんなに魔法工学に詳しくても、どんなに魔法を同時に行使できても、目の前の事態を打破するすべはない。

 

 渾身の『爆裂』は退けられた。しかもその『爆裂』に集中するためにほかの魔法の干渉力は弱まっていって、『減速領域』と障壁魔法を貫いて銃弾が文也に襲い掛かる。間一髪飛行魔法で高速移動して躱したものの、今度は魔法力――保有サイオン量が危険域に突入した。

 

 いくら大幅な省エネ化に成功しても、飛行魔法はやはり多くのサイオンを消費する。最高に近い速度でずっと飛び回っていれば、平凡な保有サイオン量の文也では十数分もすれば危険域だ。

 

 いったん地上におりて遮蔽物に身を隠すべきだが、それはできない。『蓋』の操縦者は文也の排除を優先したからこそまだ四回だけしか杭を打ち込めていないのであり、最大の脅威が離れれば、露払いだけしてシェルターの破壊を最優先にするだろう。そうなってしまっては意味がない。あずさが死んでしまうのだ。

 

 まさしく八方塞がり。このまま戦えばあと数分ももつことなく文也は銃弾の雨にさらされて死に、危険を排除した『蓋』は本格的にシェルターを破壊してあずさも死ぬ。文也が逃げても、あずさは死ぬ。客観的に見れば、もう文也は逃げるべきだ。

 

 しかしそれでも、文也は逃げない。自分でも逃げるのが正しい判断だと分かっているが、あずさを見殺しにはできないのだ。

 

「第二ラウンドだ畜生め!」

 

 ほんの数秒だけ、遮蔽物で息を整え、また飛び出して『蓋』を引き付ける。しかし飛行速度は鈍り、遮蔽物を頻繁に利用しないと機関銃は避けきれない。

 

 あずさを失う絶望と恐怖で、文也の視界が涙でにじむ。視界不良は戦闘の敵なので即座に袖で乱暴にぬぐうが、それでも止まらずに次々とあふれ出してくる。

 

(終わった……か……)

 

 ついに、心の中で呟いてしまった。心が折れてしまった。

 

 集中力が途切れたことで飛行魔法も切れ、文也は落下していく。

 

 落下で風を切る音がやけに大きく耳に響く。

 

 そんな中、文也は――強大な魔法が行使される気配を感じ取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ! 文也が! ぐっ!」

 

「文雄さん! 無茶ですよ!」

 

 文雄と真紅郎は、『蓋』が現れてすぐにドローンを飛ばしてその正体を確認した。そして文也が戦闘を開始するや否や、『蓋』の仕組みを察した文雄がすぐに駆け付けようとしたが、呂との戦闘で意識があるのも不思議なくらいの大けがを負っており、立ち上がることも難しい。すぐに真紅郎に止められるが、文雄はそれでも、激しく息を切らしながら立ち上がろうとする。

 

「あれには……あいつじゃ勝てない。古式の……『領域干渉』と『情報強化』が……ブースターで何十倍にも強化されてる……。あいつの魔法力じゃ……絶対無理だ」

 

「ですけど、文雄さんが今行っても無駄に死ぬだけです!」

 

「それでも! 行かなきゃいかんだろうが! ぐっ――ゴホッ!」

 

 真紅郎の制止に激しく言い返した文雄は、その衝撃で咳き込み、倒れて全身の痛みにうずくまる。

 

 平常時の文雄ならば、あの『流星』と『メテオ』を組み合わせた落下攻撃であの禍々しい鉄の塊を壊せただろう。しかし今の状態では、とてもそんなことはできない。

 

(何か、何か方法は……)

 

 真紅郎は頭を抱えながら必死に考える。制止はしたが、助けたい気持ちは真紅郎も同じだ。

 

 破壊する方法は、外部から強烈な攻撃で鋼鉄の装甲を貫くか、強力な干渉力を持った魔法師による直接干渉魔法だろう。

 

 今近くにいるのでそれが可能なのは、10トンのギロチンと同等の斬撃を加えられるエリカか、世界最高の切れ味を誇る魔法剣を操るレオ、または加重系魔法に強い干渉力を持ち『不可視の弾丸』の重ね掛けで破壊できる自分だろう。しかし三人をドローンで最高速で運んでも、間違いなく間に合わない。

 

 ならば強力な干渉力を持つ魔法師、将輝を送り出せばどうだろうか。いや、将輝も戦闘中で連絡がつくのは相当遅くなる。最高戦力だからこそ、安易に戦闘に参加させるべきでなかった。こういう場面で動員できないのは大きなマイナスだ。

 

 仕方なく、間に合わない可能性が高いが一縷の望みをかけてエリカとレオ、そして自分で行こう。

 

 そう決断した時、文雄の携帯端末に着信が入った。送信者には『森崎駿』と書かれている。

 

『文雄さんですね? 今文也が置かれている状況はわかりますか?』

 

「ああ。あれは周りの重金属兵器を寄せ集めて作ったもので、文也では絶対に破れない『情報強化』と『領域干渉』で守られている」

 

『やっぱり……こっちからでも強力で……なんというか、おぞましい干渉力を感じます』

 

 駿が感じているのは半分錯覚だ。文也から聞いてソーサリー・ブースターのことを知っているので、そう思い込んでしまうのだ。

 

『文雄さん、『アレ』はまだキャンセルしてませんね?』

 

「そうか! それだ!」

 

 駿の質問を聞いた文雄は、それで考えていることがすべてわかった。確かにあれならば、なんとかなる。

 

『……できますか?』

 

「やるしかないだろうが。やらなきゃ親じゃねえ」

 

 そのためには、文雄のもうひと頑張りが必要だ。今この場でそれができる魔法力があるのは、文雄しかいない。

 

 声ににじみ出ていたらしく、重症の文雄を駿は心配してくれた。しかし、それに対して強気で返事をし、集中するために通話を切り、端末で全てのドローンの位置を確認する。

 

 呂と戦うことになるとなった段階で、いくつか準備をしておいた。その準備の一つとして、呂にダメージを与えることができる武器を、ドローンで川崎から急遽運んで貰っている。何か使う場面があるだろうと思って、呂を倒した後もキャンセルしていないのが幸いした。

 

 そのドローンは現在、ちょうど論文コンペ会場上空にいる。

 

 文雄は横に置いておいた愛用のモーニングスター型CADを持ち上げ、そのグリップを握る。端末をじっくりと見て、希望を乗せたドローンの正確な座標を確認する。

 

 カメラで見て魔法を行使する、という超高等技術がある。実際に肉眼で目視しなくても、対象が確認できれば、魔法の行使は可能だ。

 

 今回はさらにその上。カメラで目視すらせず、座標だけで正確無比に魔法を行使しなければならない。

 

 そんなことは、文雄でも今までやったことはない。

 

 さらに、ボロボロの体で、しかも激戦の後で、集中力や思考力、演算力のコンディションは過去最悪。加えて、時間がないから、じっくり時間をかけて式を練ることもできない。

 

 ――できるわけがない。

 

 ――それでも、やるしかない。

 

 それに、文雄には、不思議な確信があった。

 

(絶対……できる)

 

 魔法はいくら科学的に解明しようとしても、いまだに仕組みや全容が掴めない不思議なものだ。魔法の系統種類や対象に遺伝や個々人の適性があったり、属人的な魔法があったり、唐突に予想もしない結果を生んだりする。

 

 そんな不思議な現象の中で、極限状態でよく起こることがある。

 

 それは――感情によって、魔法の精度・強度が大きく変わる、ということだ。

 

 身体・状況コンディションは確かに最悪だ。

 

 しかし、それでも、今この極限状態で――精神は、今までにない絶好調なのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いくぞっ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モーニングスターの柄を握りこみ、魔法を行使する。

 

 ドローンから文也までの間に、真空のチューブを作りその中を高速で移動させる『疑似瞬間移動』。

 

 真空のチューブを作るだけでも高難度なのに、その距離は何キロメートルもある。プロの魔法師でもできるのは一握りだろう。

 

 それでも文雄は――成功させた。空気抵抗がない長大な真空のチューブが、横浜上空に形成される。その中を超高速で移動するのが、文雄が頼んでいたモノを運ぶドローンだ。

 

「はっ、やっぱ俺は天才だな」

 

 文雄はドローンが文也の下についたことを端末で確認すると、そうつぶやいてそのまま倒れこむ。最悪のコンディションの中で大魔法を行使した反動で、ついに完全に自立が不可能になった。脳神経が焼き切れたかのような強い頭痛と、神経がはじけ飛んだかのような激痛が全身を襲う。

 

 突然倒れた文雄を呼ぶ真紅郎の声が遠く感じる。

 

 意識が薄れてきてるのだ。

 

 文雄は口角を上げ、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、心の中で呟き、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あとは任せたぞ……バカ息子)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強大な魔法は文也から数メートル離れたところで途切れていた。目に見えない真空のチューブから飛び出してきたのは、黒くて細長い棒状のものだった。

 

「っ!!?? そういうことか!」

 

 真空のチューブを超高速で移動したドローンが持ってきたのはこれだ。チューブの途中でアームを外し、掴んでいた棒状のものをその勢いのまま「射出」した。

 

 射出された棒は反応しきれなかった文也を通り過ぎるが、文也はそれを移動魔法で引き寄せて掴むと、飛行魔法を操って急降下し、地面に着地する。

 

 ドローンが持ってきたものは、克人との訓練のために自作した魔法ライフルだ。貫通力に特化したこのライフルは、本来呂に対する切り札の一つとして文雄が森崎家に連絡して運んでもらっていたものだ。確かにこのライフルによる射撃なら、『蓋』の分厚い鋼鉄の装甲も貫けるだろう。『情報強化』や『領域干渉』で防がれることもない。

 

 問題は一つ。このライフルには弾が一発しか入っていない。一発撃てば勝てるという前提であり、弾丸を複数用意していないのだ。この一発は確実に『蓋』を貫くが、弾丸一個分の穴ならば、よほどのことがない限り、勝ちにつながるダメージにはなりえない。

 

 だからこそ、文也はベストを尽くす。ドーム状の『蓋』を一番大きく破壊できる撃ち方は、地面に接触している一番広がった部分を、中心を通る形で撃つことだ。分厚い装甲の中心には、魔法防御の要である複数のソーサリー・ブースターがあると考えられ、そこを破壊し、『情報強化』と『領域干渉』を弱める。そうすることで、文也の魔法が通るかもしれないのだ。

 

「動かない的は狙いやすくて楽でいいぜ」

 

 流れていた涙を袖でぬぐい、狙いをつけて、魔法ライフルの引き金を引く。いくつもの魔法が同時に発動され、超硬度弾丸が音速の七倍で放たれる。

 

 銃声はないが、直後に激しい接触音の音が鳴り響く。文也の狙い通りの場所・角度で着弾し、七メートルの鋼鉄の塊を貫通した。

 

「これなら!!!」

 

 明らかに『蓋』の『情報強化』と『領域干渉』が弱まったのを文也は感じた。狙い通り、中のソーサリー・ブースターのいくつかが破壊されたのだろう。まだ残っているのは複数あるだろうが、先ほどまでの圧倒的な絶望感はない。

 

 文也は疲れで弱まっていく集中力を無理やり引き戻し、再び渾身の『爆裂』を行使した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……くそったれがああああああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――しかしその『爆裂』は、効果を発揮しなかった。

 

 ――弱まってもなお、ソーサリーブースターで強化された『情報強化』を、文也の干渉力は上回ることはなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火炎放射器などで空いた穴から内部を攻撃することもできるだろう。しかしこの場には、不運にもそうした兵器もなければ、この干渉力を上回れる魔法師もいなかった。

 

 なまじ希望が湧いてきたがゆえに、それすらも跳ねのけられた絶望はより大きくなる。

 

「終わった……か……」

 

 ついに文也は心が折れ、魔法ライフルを落として膝をつく。

 

 絶望の声は、今度はついに口から漏れ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――よく頑張ったね、ふみくん』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな文也の耳に聞きなれた小さな声が届く。

 

 その声を届けたのは、スピーカーモードにして腰に下げていた携帯端末だ。

 

 悲鳴ばかりあげてパニックになっていたはずのあずさの声は、落ち着いていて――よくできた弟をほめる姉の様な、優しさに満ちた声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく頑張ったね、ふみくん」

 

 地下シェルターの中は、度重なる巨大な振動によって大パニックに陥っていた。最初の数回は養護教諭の安宿怜美などの大人や求心力のある範蔵などが即座に対応して収めていたのだが、何回も杭を打ち込まれ崩壊寸前になると、ついにカオスの坩堝となった。

 

 あずさがいるのはそこから分厚い扉で仕切られたモニター室だが、その喧騒はここまでも大きく伝わってくる。

 

 そんなパニックに、平常時のあずさならば、頭を抱えてうずくまり、小さくなって震えるだけだっただろう。

 

 しかし、「自分のために」命を懸けて戦う文也の叫び声や涙声を聞くうちに、逆に冷静になっていた。

 

(ふみくんを、信じる)

 

 あの、悪戯好きで、面倒なことばっかして、口が悪くて、何回も迷惑をかけてきた小さな年下の男の子は、あずさにとって一番大切で、頼りになる人だ。

 

 そんな文也が命を懸けて戦っているのだ。証拠も根拠もないが、「絶対なんとかなる」のである。

 

 そして、ついに「なんとかなった」。

 

 文也は自身が開発した魔法ライフルでソーサリー・ブースターの一部の破壊に成功し、『蓋』の対抗魔法の干渉力を弱めた。

 

 しかし、それでもなお、文也の干渉力は届かず、地下シェルターを守れるほどの無力化に至っていない。

 

 文也ではこれ以上は無理だった。

 

 ならば、そう――そこから先は、自分がやればいい。

 

 あずさは上着のボタンをはずし、胸にしまっていた、大切な男の子からプレゼントされた、世界に一つの大切なロケットペンダントを取り出し、それを握る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――この場には、誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 ――しかし、ここに人がいれば、小さな可憐な少女が、決意に満ちた顔で、光の弓を天井に向けて構えている姿を幻視しただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさだけが使える特別な魔法『梓弓』。

 

 サイオンでも音波でもない、プシオンの波が、発狂しパニックになった地下シェルターの人々のプシオン――魂に直接届く。その音はパニックになっていた人々をひきつけ、狂騒を一瞬にして収めた。

 

 しかしこれは、あくまでも「ついで」だ。『梓弓』はあずさを中心として無差別に広がるため、地下シェルターの人々にも届いたのである。

 

 あずさの本当の目標は、上。

 

 物理的なものではないプシオンの波は、分厚い鋼鉄の天井を超え、固い岩盤を超え、コンクリートを超え、鉄の装甲を超えて、ついに目的のものに届く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、怖くないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさは小さくつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 その目標は――ソーサリー・ブースターだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛い。

 

 苦しい。

 

 痒い。

 

 しびれる。

 

 気持ち悪い。

 

 吐き気がする。

 

 冷たい。

 

 熱い。

 

 もはや意思も命も失ったナニカ、小さなプシオンの塊たちは、小箱の中で、ありとあらゆる苦痛を訴える。しかしその苦痛は声になる事はなく、ただただそれらが思い出すだけだ。

 

 このかろうじて塊と言える小さなプシオンは、ソーサリー・ブースターに使われた魔法師の脳に残った、魂のなれの果てだ。死によって消滅するが、死の直前に行われたありとあらゆる魔法拷問によってこびりついた苦痛と恐怖は、その脳に残った。そしてその苦痛を退けるべく、残留したプシオンは『存在確立』と『魔式空間』を求め、それを強化するだけの「道具」に成り下がる。

 

 世にもおぞましい道具は、さらにおぞましいことに、人格も人権も尊厳も踏みにじられ、直列に繋がれてより強化された。それらの一部が破壊されてもなお、大きな強化能力は残っている。

 

 プシオンたちは、自分たちにかけられる魔法に恐怖を覚える。なにせ、彼らに生前かけられた魔法のすべてが、耐えがたい苦痛を与えるものだ。だからこそ対抗魔法を求めるのである。

 

 何度も魔法をかけられた。それは自らを破壊しようとするものだった。

 

 苦痛を退けたいプシオンたちは、対抗魔法でそれらを退けた。

 

 そしてまた、プシオンたちは魔法が自分たちに向かってくるのを感じ取る。

 

 ヤメロ。

 

 ヤメテクレ。

 

 イヤダ。

 

 クルナ。

 

 こびりついた拒絶感から『存在確立』で退けようとするが、その魔法はそれを上回り、ついにソーサリー・ブースター、そしてその中のプシオンたちに届く。

 

 ヤメロッ!

 

 ヤメロッ!

 

 プシオンたちはそれを拒絶するが、それは敵わない。

 

 ついにその魔法が触れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ピィーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてプシオンたちが感じたのは、記憶にこびりつく苦痛ではなく、ただの清澄な音だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ピィーン、ピィーン、ピィーン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その音は何度も繰り返し訪れる。

 

 コレハ、ナンダ。

 

 予想しなかった清澄な音にプシオンたちは困惑するが、それを不快な音と思わなかった。

 

 むしろ、今まで彼らを支配していた苦痛を忘れさせるような音に、惹きつけられていた。

 

 苦痛と恐怖がこびりついたプシオンたちは、音に惹きつけられるうちに沈静化していき、苦痛の記憶から解き放たれるように次々と霧散し、消滅していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、怖くないよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 消滅する直前に、プシオンたちは、よくわからない言語で、こう優しく声をかけられた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさの『梓弓』は文也にも届いた。絶望に染まった心はプシオンの音に惹きつけられ、次第に落ち着いていく。全てを察した文也は決してそのままトランス状態になるようなことはなく、ゆっくりと立ち上がる。『梓弓』の効果は十全に発揮されていたが、それ以上の興奮が、文也を満たしていく。

 

「は、はは、はははははは!!! すげぇよ! あーちゃんはすげえ! そうかそうか! つまりあーちゃんはそんなやつなんだな!!! はははははは!!!!!!」

 

 この場にいないあずさの肩を叩くように腰に下げていた端末を激しく何度もたたき、足を踏み鳴らし、もう片方の手で腹を抱えながら、文也は涙を流し大笑いする。

 

 文也はほぼすべての系統種類・対象に対して安定して高い干渉力を持つ。しかしそれらの中には、特にとびぬけて高いものは一つもない。

 

 しかしあずさは別だ。彼女はプシオンに干渉する精神干渉系魔法ならば、世界でも随一の干渉力を持つ。それは彼女だけの魔法である『梓弓』ならなおのことだ。

 

 魔法ライフルによって一部破壊して『蓋』の干渉力を弱めた。それでも文也の魔法は通用しない。

 

 しかし、なお強力ながらも弱まった干渉力は、あずさの精神干渉系魔法ならば超えられる。

 

 死の直前に与えられた苦痛に応じて強化できる魔法が決まるソーサリー・ブースターの仕組みは、つまるところその苦痛によってこびりついた激しい残留プシオンだ。それを『梓弓』で沈静化させることで残留プシオンを消滅させ、すべてのソーサリー・ブースターを機能停止させたのだ。

 

「覚悟しやがれくそったれがああああああああ!!!」

 

 もはや『蓋』は魔法で強化されていないただの兵器だ。直接干渉する魔法には無力である。

 

 しかしそれでも兵器。重機関銃も杭打機も未だなお健在である。

 

 ソーサリー・ブースターの機能停止を悟った操縦者は、せめてのお土産とばかりに、杭打機を起動させ、重機関銃を文也に向ける。

 

 文也はそれを黙ってみているわけではなかった。

 

 大笑いしていた文也の動作は、ただ遊んでいただけではない。

 

 すべてが、体中に仕込まれたCADを起動し、魔法を行使するための動作だ。

 

 重機関銃が弾丸の雨を吐き出すと同時に、巨大な鉄の塊の崩壊が始まる。

 

 内部から爆発し、光の線で貫かれ、視えない刃で両断され、表面は一気にかけられた巨大な圧力によってへこみ、内部は急速な温度低下によって機能停止する。

 

 歪で禍々しい鋼鉄の巨大なドームは、たった一人の小さな少年によって破壊しつくされる。

 

 最後の抵抗だった杭打機は特に早く破壊されつくし、制御を失って不発に終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――地下シェルターの破壊は不可能だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也は、父親と親友、そしてあずさの協力で、あずさを守ることができたのだ。

 

 しかし、もう一つの最後の抵抗である弾丸の雨はそうはいかなかった。

 

 文也は本体の破壊を優先し、それを防ぐ障壁魔法は展開していない。

 

 故に彼は、飛び退いて避けながら破壊魔法を行使した。

 

「――――ッ!!!」

 

 しかし亜音速で放たれる銃弾の雨を避けきることはできず、何発も脚に被弾する。

 

 強烈な痛みに襲われ、身体は制御できず、そのまま地面に打ち付けられ転がりながら声にならない悲鳴を上げる。

 

 そして、それと同時に破壊が完了し、次の攻撃がくることはなかった。

 

『ふみくん! 大丈夫!?』

 

「か、はは、かは……へーきへーき。ちょっとばかし脚にイカしたピアスを何個も埋められただけさ」

 

 携帯端末から、さきほどの落ち着いた声とは真逆の、泣きそうなあずさの声が聞こえる。

 

 それに対し、文也は激痛で漏れそうな悲鳴を噛み殺し、いつものように冗談を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わった……か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也はあおむけになって、地獄と化した戦場に不似合いな、ハロウィンの平和な青空を見る。

 

 文也の口から漏れ出た言葉は、今まで呟いた二回の同じ言葉とは、真逆の意味だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『蓋』も破壊されたか」

 

 屈辱の撤退航路を進む偽装揚陸艦の中で、責任者の男がモニターを眺めながら無感動につぶやく。『蓋』は期待していた成果を上げることはなかったが、彼らが逃げるための時間稼ぎには成功した。

 

 無感動な声音とは裏腹に、男の胸中には、撤退の屈辱と、してやられた怒り、そして逃げ切れた喜びと安堵が渦巻いていた。

 

 ここまで逃げ切れば、さすがにこの艦への追撃は不可能だろう。

 

 男はひとまず落ち着くために、タバコに手を伸ばす。

 

 ――それとほぼ同時に、横浜で、黒ずくめの少年が引き金を引いた。

 

 男の手はタバコに届くことなく、大爆発によってすべてが消し飛んだ。

 

 手も、身体も、タバコも、モニターも、船も――すべてが爆発に飲まれ、海の藻屑となった。




※ソーサリー・ブースターは独自解釈だらけです。もしかしたら原作と違うかもしれませんが、許してください。
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