マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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(今日は災難だったな)

 

 文也はあずさが操作するドローンに捕まって運ばれながら、長いようで短かった、激動の一日を振り返る。

 

 論文コンペのちょっとした冷やかしのつもりだったのだが、命の危機が何度もあり、そのたびに心が折れた。

 

 それでも今こうして生きている。なんとかなっている。

 

「生きているからLUCKYだ」

 

 そう実感し、つぶやいて、ヤッタ、ヤッタと妙なリズムに合わせて小声で歌う。その顔には、いつもの口角を吊り上げる悪戯っぽい笑みが浮かんでいるが、疲労は濃く、目は充血し、また激痛のために歪んでいる。さっきまでの激戦も、今の激痛も、こうでもして誤魔化さないと耐えられないのだ。

 

 文也を運ぶドローンが向かう先は、あずさたちが避難している地下シェルターだ。『蓋』の襲撃でところどころ壊れそうになっているが、それでもなお今駆け込める中では一番安全な場所である。一連の戦闘に加えて『蓋』の破壊行為のせいで出入り口はほぼ塞がっているのだが、なんとか一つだけ、小柄な文也だからこそギリギリ通れる場所があずさから報告されており、そこを目指しているのだ。

 

 幸い戦闘行為は全部地上に移っていて、地下を移動する文也の前には敵どころか誰一人もおらず、平穏に地下シェルターに戻ることができた。

 

「ただいマンボウ」

 

「ふみくん!!!」

 

 文也は、『梓弓』で落ち着いたといえどまだ自分のことだけで手いっぱいな避難民に気づかれることなくモニター室に到着する。安心させようとして働かない頭で精いっぱい考えたくだらない挨拶をするが、あずさはそれを聞かず、ドローンから文也を受け止め、床に敷いた毛布の上にゆっくりと下ろすと、そのまま縋り付いて声をあげて泣く。

 

 その姿を見て、文也もまた思わず涙を流しながら、あずさの頭を震える手でそっと撫でる。

 

「あーちゃん……生きてて……よかった……」

 

「もう! バカ! バカ! ふみくんが死んじゃったら、私、もう……」

 

 大切に思われているんだな。

 

 大切な人がこうなんだから、早々自分の命は捨てるもんじゃない。

 

 そうは思いつつも、同じ状況になったら迷わず無茶をするんだろうな、と、あずさのことを想っているのか自己中心的なのか自分でもわからない結論を出す。

 

「あーちゃん、ちょっとあっちから保健のセンセ……えーっとなんていったかな。あのエロイ脚とおっぱいの」

 

「何その覚え方……安宿先生でしょ? でもなんで――っ!?」

 

 あずさは呆れながら返事をし、そして文也の脚が目に入り、絶句した。

 

 長ズボンはボロボロで血まみれで、脚の形が崩れている。銃弾が埋まったどころの話ではなく、皮膚がえぐれ、肉が引き裂かれ、脚が原型をとどめていないのだ。

 

 あずさは即座に理解した。彼女を守るために破壊を優先し、その代償として最後の抵抗である重機関銃の射撃を防ぎきれずこうなったのだと。

 

 色々な感情が一気に湧き上がってきてパニックになりかける。しかし文也が即座に九校戦の時と同じように魔法であずさを落ち着かせた。

 

「よ、呼んでくるね!」

 

 なんとか落ち着いたあずさは、立ち上がってそのまま安宿を探すべく駆け出した。

 

「…………こいつも、便利と言えば便利ですこと」

 

 文也はあずさが部屋を出たのを確認すると、そう言ってため息を吐く。

 

 彼の言う「こいつ」とは、井瀬・一ノ瀬家の秘術のことだ。

 

 人間の体には秘孔・ツボ・経穴と呼ばれる場所がある。そこを指圧するなどして刺激することで、位置や刺激の方法に応じて体に変化が生じる、という、場所であり、それはかつては半ば眉唾で科学的に証明されたものではなかったが、この時代にはそういったものが本当にあるらしいことが分かってきている。ただしあいにくながら眉唾物の医学書のようなナニカや創作作品で語られるような大げさな効果を及ぼすようなものはほぼなく、せいぜいが筋肉痛や疲労や寝違えや肩こり・むち打ちなどの回復が早くなったり、体調不良を一時的に改善したり、血行を良くしたり逆に悪くしたり、といったような程度のものか、はたまた痛みなどの特定の感覚に特に敏感な点があるという程度である。

 

 この魔法は加重系魔法で指圧や鍼に似た圧力を与えたり振動系魔法でその部位への体温の変化によって、それらを刺激する魔法である。

 

 そして当然、井瀬家の息子である文也も、それを幼いころからマスターしており、今まで何度も使ってきた。

 

 例えば九校戦で、そしてつい先ほども、あずさがパニックになった時は、気道を狭めるツボや動悸を抑えるツボを押して、過呼吸や激しい動悸を抑えることによってそのパニックを収めた。

 

 三年前の夏、反魔法師組織のテロ行為を抑えた後に駿に施したのも、この魔法による治療だ。

 

 体力がないはずの文也が激しい運動をした翌日にはすぐに元気になっているのも、風呂にゆっくりつかりながら体力回復や体調回復を促進するツボを的確に効率よく刺激しているからである。

 

 また、複数の痛点を的確にとらえて鍼の加圧をすれば、見た目には変化がないが激しい痛みを与えることができる。九校戦の『モノリス・コード』で将輝が脚に感じた激痛の正体は文也の戦闘時の隠密性・速度に特化した形の

この魔法であり、さらに佐渡侵攻時の敵兵や反魔法師組織の不良との「お話」では出力を高めて全身の痛点に刺激を加え、情報を聞き出した。

 

 加えて、九校戦で何回も魔法を使い過ぎてサイオンが枯渇した時もこの魔法が活躍した。

 

 自然界にサイオンが多く流れたり偏ったりする龍脈・地脈というようなものがあるように、人体にもサイオンがまるで血のように生成され流れていることが、メカニズムは不明ながらもわかっている。それは古くから伝わっており、東洋医学では「経絡」と呼ばれている。

 

 この経絡のサイオン生産と流動を活発化させるツボを、現井瀬家の当主――というには普通の小規模な核家族なのだが――である文雄が発見し、それを息子にも伝えていたのだ。そこを突くことで、文也はサイオン枯渇から早く回復し、また一晩経つと完全に回復していたのだ。文雄がこのツボを見つけたときに「経絡秘孔」と名付けて狂喜乱舞したのは余談である。

 

 この魔法は、井瀬が一ノ瀬であったころ、つまり「対人戦闘を想定した生体に直接干渉する魔法」を研究テーマとする第一研究所に所属していたころ、「神経への干渉」を研究していた一色家・一花家や「体温への干渉」を研究していた一ノ倉家の研究成果を「参考」にして――要は研究成果の盗み見である――生み出した魔法である。ただしこの三家は全身であるのに対して、一ノ瀬家が開発したこれは「体表への干渉」しかできない。そしてそれからしばらくして、視察に来たお偉いさんのスーツを台無しにし、研究所を追い出され数字落ちし、井瀬となったのだ。

 

 こうした経緯で生まれ、また一応一家の秘術と言うことで――口の軽い一族だがなんとかギリギリ――秘密にしてきたため、国防軍の情報網ですら「研究テーマにそった魔法は特別覚えるでもなく」となっているのである。

 

 この一ノ瀬・井瀬家の秘術魔法は、生み出した一ノ瀬、そして「経絡秘孔」を見つけた文雄あたりは大まじめに『北斗神拳』と名付けたのだが、結局呼び方は個々人で好きに呼んでおり、文也は安直に『ツボ押し』と呼んでいる。

 

 文也が卓越した医療・人体の知識・知能・技能を持っているのは、この魔法を有効に活用するためだ。ツボ・経穴の仕組みを分析するには広範かつ深い知識が必要であり、その『ツボ押し』を実行するには魔法が関わらない治療・処置などの技能も必要である。文也は物心ついたころからそうした勉強と訓練を積まされてため、本職の医者とまではいかずともかなり詳しいのである。

 

 このように、『ツボ押し』は使いどころが多く、また知識と研究と応用次第で使い方の幅が劇的に増える。故に「便利」であり、文也のつぶやきもそうした意味を含んでいる。

 

(ま、さっきはクソの役にも立たなかったけどな)

 

 しかし、皮肉も多く含まれる。

 

 様々な場面で使える便利な魔法だが、人生最大の危機である『蓋』との戦闘では何の役にも立たなかった。強化された対抗魔法を超えなければ魔法の効果は出ないし、仮に超えても鋼鉄の塊をいくらマッサージしたところで意味がない。

 

 文也はこんな性格だが、一族の誇りの様なものはないわけではない。父親も祖父も一ノ瀬だった先祖も、バカばっかだとは思うが、それでも、文也は素直に「すごい」と認める点もある。その結晶がこの『ツボ押し』であり、その便利さから頼りにしていた部分もあった。

 

 それでも一番肝心な場面で役に立たないものだから、文也はそれが癪なのだ。

 

(……いーや、そこは適材適所があるってこったな)

 

 そこまで自覚して、文也は考え直す。

 

 要は全部使いようだ。全ての場面で活躍する万能・完璧な魔法なんて存在しない。さっきはたまたま、普段役に立つものが不得手な場面だった、というだけである。幸いにして、ある一部を除いたら、文也は父親譲りの『万能』だ。場面場面で高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していくと決める。つまりただの行き当たりばったりなのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 ――それに、この役に立たなかった魔法を、これからすぐ使うことになるのだ。そう否定するものでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふみくん! 呼んできたよ!」

 

「どれどれ……うーん、まずいわね」

 

 痛みをこらえるためによしなしごとを考えて時間をつぶしていたら、あずさが安宿を連れて戻ってきた。安宿は文也の脚の様子を見て、すぐに深刻な顔になってつぶやくと、文也の横に座り、手に持っていた白い手提げ箱を置いて開ける。

 

「井瀬君、あいにくながら、ここには麻酔薬なんて上等なものはないわよ」

 

「そんなの織り込み済みだよセンセ。考えがあるんだ。遠慮なく頼んだぜ」

 

 箱の中身は、このシェルターに備え付けられている救急医療セットだ。包帯や消毒液や三角巾や各種薬やマスク、さらには抗生物質やメス、ペアン、拡大鏡などの簡易治療セットも入っている優れモノだ。

 

「センセならなんとかなるだろ。頼む」

 

「……それは、確かに朝飯前とはいかないけど、これだけ道具があれば失敗する可能性は低いわ。だけど、君は耐えられるの?」

 

 安宿は第一高校の保険医だが、そのスキルは大病院でも名医と呼ばれるレベルだ。医療系の特化型能力者で、一級ライセンスを持つ治癒魔法師であり、また魔法が絡まない外科手術においても世界でトップクラスの腕を持つ。海外旅行先でたまたま病人が出たとき、専門外科医でも戸惑う手術を整わない環境で難なくこなすことも可能だ。

 

 文也は安宿に、自身のズタズタになった脚の手術を頼んでいるのだ。近場の病院は死傷者であふれ、今更文也を受け入れる余裕は全くない。しかしこの怪我では、一刻も早く弾丸をすべて取り除き適切な治療を行わなければ、後遺症が残るだけでなく、脚を切断する事態にもなりかねない。そこで文也が白羽の矢を立てたのが、医療に明るい井瀬家の情報網で小耳にはさんでいた安宿だ。後遺症を残さないためには、今この状況では、彼女に頼るのが一番確率が高いのである。

 

「いいから。やってくれ」

 

「わかったわよ……とりあえず痛み止めと睡眠薬は打っとくけど、こんなの気休めよ?」

 

「わーってるさ」

 

 ここで問題なのが、この医療キットには麻酔がないことだ。本格的な手術を行うことは想定されていない。痛み止めと睡眠薬は一応あるのだが、手術の激痛には気休め程度にしかならないだろう。

 

 それでも文也は、覚悟を決めたのだ。文也は痛み止めと睡眠薬を打たれながら、自身に魔法をかけた。

 

「…………そう、そういうことね」

 

「秘密で……頼むぜ」

 

「当然よ。医者は患者の秘密を守ってナンボだもの」

 

 それを見て、安宿は納得した。どのような魔法かはわからないが、その効果だけはわかったのである。

 

 文也が使った魔法は『ツボ押し』だ。両足の感覚が麻酔をかけられたように薄れるツボを思いつく限りに押して、麻酔代わりにしたのだ。そしてその効果は、短時間ながらも、圧迫がなくなってもしばらくは続く。

 

「時間との勝負ね」

 

 文也は毛布を噛んで声を上げすぎたり食いしばりすぎたりしないようにすると、睡眠薬の効果にゆだねて意識を手放す。この大手術にはこれでもまだ麻酔代わりには弱いのだが、ここまできたら、「男の子」の意地と気合と根性を信じるしかない。

 

 安宿は救急キットの中にあった清潔な白いエプロンと帽子とマスクと手袋を手際よくつけて消毒しながら、そばで落ち着かずそわそわとしていたあずさを見る。

 

「ここから先は、あなたはいないほうがいいと思うけど。かなり『きつい』わよ」

 

 あずさはそわそわしていたが、文也のそばを離れる気配は全くなかった。それでもさすがにここから先は見せるわけにはいかない。いくら軍事につながりが深い魔法科高校の生徒会長と言えど、うら若い小心者の乙女に見せるにはあまりにも過激だ。

 

「いえ、大丈夫です」

 

 そう返したあずさの声は、不安と恐怖で震えていたが、固い意志があった。

 

 生徒の心の健康も守らなければならない保険医として安宿はなおも注意しようとするが、あずさがつづけた言葉を聞いて、口を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は……これくらいしかできませんから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさは、文也の手を、優しく、それでいて、強く、握っていた。

 

 それは彼女から取ったものではなく、意識を手放した文也が、自然とあずさのほうに伸ばした手だ。

 

(……なるほど、ね)

 

 口と態度では強がっていたが、文也も、不安なのだ。怖いのだ。

 

 意識を手放したことでそれが現れ、無意識のうちに、あずさに手を伸ばしていた。

 

 彼女はそれを、絶対に手放さないように、優しく、強く握っている。

 

 彼女は、彼に命を助けられた。今まで何度も助けてもらった。

 

 しかし、この瞬間、彼女は彼を助けることができない。

 

 命や体を助けることもできなければ、その痛みや苦痛を抑えることもできない。

 

 ならば、せめて、彼の不満だけは、ほんの少しだけでも、和らげたい。

 

 それをすべて感じ取った安宿は、反論の代わりに、あずさに予備のエプロンとマスクと帽子をつける。

 

「ならせめて、それくらいはつけなさい」

 

「あ、ありがとうございます!!!」

 

 あずさは自分が邪魔なだけだと自覚している。それでもこの場にいるわがままを許してくれた安宿に、深く頭を下げた。

 

 安宿はそれを見ることなく、手を構え、文也の脚を中心に全身の様子をくまなくチェックして、手術の心の準備を整える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(子どもたちがこんなに頑張ってるのよ――ここで頑張らなきゃ、保険医じゃないわね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう覚悟を決めると、安宿は手術道具に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「文也!!!」」」

 

 五時間後、地上の戦闘がすべて終わると、瓦礫でほぼすべてが塞がったシェルターの救助作業が始まり、ようやく出入り口の一つが、人一人通れるほどまで広がった。

 

 開通するや否や、その瓦礫処理の最前線で働いていた駿と将輝と真紅郎と文雄は、ようやくの歓喜に賑わう人々を無視してモニタールームへと飛び込んだ。文也はシェルターへ戻る途中に文雄にだけ怪我の状態を連絡しており、設備の整った病院の入院ベッドを一つ空けておくよう頼んだのだ。その酷いけがの状態は他の三人にも伝わり、一刻も早く助け出して治療するべく、四人は強行軍で瓦礫処理を手伝ったのだ。

 

「あら、四人そろって仲良しね」

 

 四人の血相とは真逆に、モニター室の中はとても静かで落ち着いた雰囲気になっていた。扉から目に見える場所にいるのは、壁に寄りかかってぐったりとしているセクシーな女性、安宿だ。

 

「患者さんが寝てるから静かにね。とってもとっても小さくて、勇気のある、命の恩人な患者さんよ」

 

 安宿は力のこもらない動作で一か所を指さす。

 

 そこには、何枚も敷かれた毛布の上で寝ている文也がいた。その横では、あずさが座っている。

 

 両脚は包帯で覆われており、また脚の原型がはっきりとわかる。およそ簡易手術キットでオペしたとは思えないほど、脚の容体は回復していた。

 

「なるほど、あなたが文也を……」

 

「疲れたわ。何時間も全力疾走した気分よ」

 

 それを見て、文雄はすべてを察した。

 

 文也は安宿に手術を頼み、それが成功したのだ。

 

 安宿の手術は、それは見る人が見れば、この世のものとは思えない絶技である。レントゲンもなしに正確に怪我の状態・血管の位置・銃弾の位置を把握し、組織を最低限だけしか傷つけずに次々と銃弾を効率よく取り除いていく。しかもそれと平行して高難度で集中力を要する治癒魔法をかけていき、文也の負担を限りなく減らした。銃弾はすべて速やかに取り除かれ、治癒魔法を何度もかけることで文也のズタズタの脚はなんとか後遺症が残らない程度には回復したのである。

 

「ありがとうございます! おかげさまで息子が助かりました」

 

「いえいえ。お礼はこっちが言いたいわ。私も井瀬君に命を助けてもらった一人だもの。これくらいは当然よ。それと、小さな勇者たちが寝てるから静かにしなさいって」

 

「たち?」

 

 安宿の言い回しに違和感を覚えながらも、文雄は寝ている息子を見る。

 

 そして気づいた。その横に座っていたあずさは看病をしているのかと思ったら……文也と手を握り合いながら、穏やかな顔で寝ているのだ。

 

「…………仲のよろしいことで」

 

「…………疲れたからに糖分が欲しいとは思うけど、これはなあ」

 

「うーん、片方は年上なのになんか和むねえ」

 

 それを見ている駿たちは、三者三様の呆れ方をして、表情を崩しながら溜息を吐いている。心配して駆けつけてみたら、当の本人は、穏やかな顔で寝ているあずさ以上に穏やかな顔で寝ているのだ。それも、さも当然のように、二人で手を握り合いながら、だ。

 

 体格も顔つきも幼い二人が寄り添いあうようにして手を握り合いながら寝ている様は、まるで仲の良い小さな姉弟のようだ。

 

(……変わんねぇなあ、二人とも)

 

 それを見た文雄は、文也たちにとっては何年も前だが、自分にとってはつい最近のことのように、五年前までを思い出す。

 

 物心ついたころからご近所のよしみで幼馴染だった二人は、遊び疲れて帰ってきたとき、どちらの家でも構わず、こうしてくっついて穏やかな顔で寝ていた。当人たちにとっては悲しいことに当時と体型も顔つきも大きく変わらないため、余計に思い出される。

 

 仲の良い姉弟、幼馴染、子犬、小動物……今までも心の中で色々と喩えてきたが、その感想は今も変わらない。カップル、恋人、とはならないのは、二人の仲の経緯によるものだろう。

 

 男女の差どころか、お互いの人格の差すらはっきりしない物心つく前から一緒にいるから、お互いの間にパーソナルゾーンはないに等しい。こうして思春期を挟んで高校生になった今でも、そのころの癖からか、互いの境界線は曖昧だ。しかもちょうど思春期の頃に物理的に距離が離れて関係が絶たれたために、お互いに意識をする機会もなかった。さらに二人ともやたらと恋愛方向には鈍く、思春期を過ぎてまた会ったら、また昔の関係……「ふみくん」と「あーちゃん」の、幼くて溶け合ったような関係になった。

 

 そうした経緯があって、今こうして幸せそうに寝ているのだから、悪いものではない。

 

 文雄は苦笑しながら、その様子を見守る。

 

 本当は一刻も早く病院に連れて行って本格的な治療を施すべきなのだが、文雄の目から見ても文也の容体は安定している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それならば――頑張った息子と可愛い幼馴染には、もう少しゆっくりと寝かせてやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう考え直しながら、文雄は大きなごつごつとした手で、二人の頭をゆっくりと撫で、穏やかな笑みを浮かべた。




これにて、天地と地上・上下が入り乱れた騒乱の話はお終いです
次回は、原作で言うところの来訪者編に入る前に、ちょっとした幕間を挟みます

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