マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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今回は、原作でも行われたらしいハロウィンパーティのお話です。ちなみに原作のパーティは全く読んでいないので、オリジナル展開となります


4-ハロウィンパーティ

 後の歴史家に『灼熱のハロウィン』と呼ばれる、横浜での戦闘と謎の戦略級魔法による大規模破壊で大亜連合軍の艦隊が文字通り「消滅」した激動の一日から一週間。

 

 論文コンペが文字通り台無しになったことと、戦争や命の危機を体験した衝撃で心身傷ついた生徒が多人数出たことを受け、元生徒会長である七草真由美の発案の元、「本物のハロウィン」を始めよう、ということで、生徒会主催のハロウィンパーティーが企画立案された。

 

 それはもともとは各々が思い思いのコスプレをして集まり、和やかにパーティーをするという無難なものだ。前生徒会は意外と(?)はっちゃけがちな真由美や鈴音、暴走しがちな範蔵など、こうした企画をさせたら余計なプログラムがついてきそうなメンバーがそろっていたが、今の生徒会は心配ない。

 

 なにせ生徒会長は、前の小悪魔と違って、大人しい・真面目・いい子・弱気と無難な要素がこれでもかとばかりにその人間性を作っている中条あずさで、ほか役員は真面目で大人しい五十里やほのか、しっかり者でお淑やかな深雪である。およそはっちゃけた企画が生まれるわけがない。

 

 ハロウィンパーティーをやることを検討していると深雪から聞いた達也は、そう考えていた。

 

 生徒会メンバーたちも、そう変なことをするつもりはさらさらなかった。

 

 そのはずなのに――

 

 

 

 

 

 

 

「――どうしてこうなった?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也は広い体育館の中で、溜息を吐いていた。

 

 その体育館には全校生徒や教員たちが集まっており、大変にぎわっている。

 

 しかしこれは、パーティー本番ではない。それの準備の一つであり、また「運命の日」でもある。

 

 ――無難オブ無難。そんな形で企画がほぼ出来上がった時、五十里の何気ない一言が、生徒会の動きを横道に逸らした。

 

「なんか、これだけだとつまんないね」

 

 変なことをするつもりはないが、しかし自分たちが立てた企画が、ありがちで無難なのは重々自覚していた。あの戦禍で幸い生徒や教員に死者はでていないが、その家族では一部出ているし、シェルター避難組は死ぬ一歩手前を二回も体験したこともあり、そうした悲しみ・苦しみ・恐怖の記憶を少しでも忘れてもらうためには、多少突飛なアクセントが必要だ。

 

 しかしなんら突飛なアクセントなどこの遊び慣れていないメンバーに思いつくはずもなく、そこで会議は停滞した。

 

 そうした末、あずさが苦し紛れに出した提案が、そのまま通った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なら、コスプレをくじ引きで決めるというのはどうでしょうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「げえええええ女装かよ!」

 

「アハハハハ、傑作ね! どれどれあたしはっと……げえええええ! 豚ああああ!!!???」

 

 体育館の賑わいは、もはや狂騒と言っても過言ではない。

 

 各所でコスプレを決める運命のくじ引きが行われており、叫び声や笑い声が各所で起こって、まだコスプレをしてもいないのにすでにカオスと化している。

 

「…………軽率でした、ね」

 

 達也の隣にいる深雪は、その光景を、何とも言えない引きつった苦笑を浮かべながら見てそうつぶやいた。

 

 くじ引きの中身は生徒会役員だけでなく、一般生徒たちも入れられるようにしておいた。公序良俗に反するものは引いたその場で生徒会役員が判断して引き直し、というルールだけで大丈夫だろうと判断した生徒会は甘いと言わざるを得ない。大人しい彼女らの常識では測れないのが、若い情熱とノリを秘めた高校生たちなのである。

 

「ぷっ、あははははは! ミキったら傑作ー!!!」

 

「……嘘でしょ…………」

 

 達也たちのすぐそばでも狂騒が上がった。

 

「力士」と書かれたくじを摘まんで震える幹比古と、「警察官」のくじを引いて余裕綽々で幹比古を指さして大笑いしているエリカだ。

 

「ははは、残念だったな幹比古。さて俺はっと……うげえええええ! 「海パン」ってまじかよ!?」

 

「さ、寒そうだね……私は…………あ、よかったあ、「科学者」だあ」

 

 その横でもレオと美月が次々と引いていき、各々の結果を見て一喜一憂している。

 

「さあ、深雪さんと達也さんの番ですよ」

 

 そうした様子を他人事で眺めていた二人の下に、どんよりとした声がかけられる。

 

 二人とて他人事でいられるはずがない。その態度はまさしく現実逃避だ。

 

 二人に声をかけたのは、くらーい顔をしてゆがんだ笑みを浮かべているほのかだ。その顔を見ると、自分の立場や感情など関係なしに、この夏にフッたのは正しいと失礼ながら思ってしまいそうに達也はなる。ちなみにほのかがこうなっている原因は彼女が引いたくじのせいであり、それは「ガングロギャル」であった。死ぬほど似合わないだろう。

 

「さあさあ早く!!!」

 

 地獄に引きずり込もうとする女の怨霊のごとく、兄妹に引くのを促す。

 

 二人は決死の覚悟で、原始的なくじ引き箱に手を突っ込み、くじを引いた。

 

「俺は……よかった、「神主」だ」

 

 達也は自分が引いたくじを見て安堵する。これくらいなら無難だろう。むしろ慣れたものであり、大当たりの部類だ。

 

 次いで達也は深雪を見るが、どうにもショックを受けた様子がない。はずれを引かなかったのだろう。

 

「深雪は何を引いたんだ?」

 

「それが……よくわからなくて」

 

 達也は深雪から受け取ってくじを見る。そこに書いてあったのは、女性らしい名前だ。何かの作品の登場人物だろうか。二人ともそういったものには疎く、あいにくながらわからなかった。

 

「どれどれ……ブフッ」

 

 それを覗き込んだほのかは、思わず咳き込んだ。

 

 さて、ここで皆さんに思い出してほしい。

 

 それはほのかが、九校戦の新人戦『バトル・ボード』で、実力を発揮できずに予選で敗北した原因を。

 

 そう、四高生徒が仕掛けた、水面に大量の手がわらわらと現れる幻影魔法によってパニックを起こし、落水したのである。

 

 それ以来彼女は、(親友の雫を無理やり付き合わせつつ)ホラー耐性を獲得するべく、何度も何度も泣き叫びながら、古今東西の有名ホラー映画を見るのを日課としてきたのだ。

 

 故に、ちょっとしたマニア程度には知識がある。だから、深雪が引いたくじの中身を理解できた。

 

 ほのかは咳き込みながらも、携帯端末でその内容を打ち込み画像検索をかけて二人に見せる。

 

 

 

 

 

 

「「………………………………え?」」

 

 

 

 

 

 

 数十秒目を丸くして画面を見つめたまま黙った二人は、(キャラ崩壊など気にせず)同時に呆けた声を出す。

 

 画面に映るのは、白い服を着た髪の長い女性が四つん這いになりこちらを睨んでいる画像だ。

 

 深雪は思わずつまんでいた自分のくじを離し、落としてしまう。

 

 ひら、ひら、ひら、と紙切れが空気抵抗を受け、音もなく体育館の床に落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その紙には、「貞子」と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーっと、ここで若干季節外れの秋の虫たちの登場だあ!!!」

 

「「「リーンリーンリーン」」」

 

 広い体育館――全校生徒が集っても余裕がある程――が急に暗くなったかと思うと、入り口にスポットライトが集中する。そこから現れたのは、コオロギやキリギリスといった思い思いの秋の虫の自作コスプレをして裏声で鳴きまねをする三人の女子の集団だ。鳴きまねのクオリティは低いがコスプレのクオリティは高く、体育館内は拍手喝采となる。

 

「……どうしてこうなったんだ」

 

 今年になってから何度これを呟く羽目になっただろうか。そんな空しくなるような計算をしながら、神主姿の達也は気のない拍手をしながら、恥ずかしそうにいそいそと入場する三人をぼんやりと見る。

 

 この日の第一高校体育館はハロウィンパーティでにぎわっている。

 

 このハロウィンパーティは生徒会主催なのだが、企画内容はすでに生徒会の手から離れてしまっていた。

 

 先のくじ引きでお祭り騒ぎの気配を鋭敏に察知した、そういうことが好きな生徒たちが生徒会に自分たちが考えた企画を提案し、それが「やるなら全力で」といつも通りの穏やかな笑みを浮かべる五十里の勧めによって通ったのだ。

 

 その企画とは、「生徒たちで好きにグループを作り、入場する際にちょっとした劇を披露する」というもので、それを見た生徒たちがコスプレや演技のクオリティや面白さを評価して投票し、上位入賞者には生徒会や(普段は真面目なのにやたらとノリがよかった)教員たちから商品が送られるのである。

 

 生徒会メンバーは五十里以外「外れくじ」を引いたので、そんな目立つようなことはしたくなかったのだが、生徒全体としてみると賛成の空気が強く、あずさ・深雪・ほのかはそれの賛成せざるを得なかった。ここで折れてあげるのが、彼女たちが持つ優しさと甘さである。

 

「まあこれだけ忙しく大騒ぎすればあの戦いも忘れられるだろうけど……」

 

 達也のつぶやきは喧騒の中でかき消される。ちなみに心の中では「少々やりすぎでは?」とそのあとに続く。

 

 やや季節遅れの秋の虫たちに続いて、学年性別一科二科の垣根を越えて結成されたコスプレグループが次々と寸劇を披露しながら入場していく。それを煽る実況は、インターネットでは有名なゲームストリーマーであるゲーム研究部の二年生だ。

 

「皆さん、仮装とても上手ですね……」

 

 達也の隣では、白衣を着た美月が戸惑いと感心が混ざった目で寸劇を見ている。

 

 ちなみに達也と美月はすでに寸劇入場を済ませている。幸いなことに悪ノリするようなグループには二人とも入らずに済んだ。

 

 達也は「鬼」のコスプレをした沢木と組んで鬼を調伏し従える神主の演技をして入場し大いに笑いを誘い、美月は同じく「科学者」や「研究者」を引いた生徒に誘われ、フラスコの中に絵具で作った色とりどりの液体を入れて振りながら一緒に入場した。

 

「さあ、会場の熱気に触発されて、熱きマッスルたちが現れたぞ! 皆さん掛け声で応援してあげてください!!!」

 

 そんなような話をしているうちに、注目のグループの番が来たようで、会場のボルテージがさらに上がる。

 

「キレてるキレてる!」

 

「蟹の裏!」

 

「五番の腹筋板チョコレート!」

 

「大胸筋が歩いてる!」

 

「肩にちっちゃい重機のせてんのかーい!!!」

 

「外転筋の子、プロテインにできることはまだあるかい!?」

 

 妙な声援を浴びているのは、ブーメランパンツを履いた三人の屈強な男たち。それぞれが見様見真似のポーズを取り、オイルと汗で光る自慢の筋肉を見せつけている。

 

 その三人とは、「海パン」を引いたレオ、「筋肉マッチョ」を引いた辰巳、「ボディビルダー」を引いた芦田である。二人を誘ったノリノリの辰巳に対し、レオと芦田は顔から火が出そうだ。きっと観客の声援に上気しているのであろう。ボディビルダーが恥ずかしがるはずがないのである。きっと。

 

「続いては! 治安の乱れは許さない! 正義の番人の登場だ!」

 

「逮捕しちゃうぞ!」

 

「ふぁうぃふぉひひゃふほ」

 

 さらに続いて現れたのは、ミニスカポリスのコスプレをしてノリノリで指鉄砲のポーズを決めるエリカと顔面瘤だらけの女子だ。美少女がする定番の扇情的なコスプレに、会場の男どもは大きな歓声を上げる。

 

「……さっむ」

 

「いやー決まった決まった!」

 

 しばらくして、海パン一丁から上着を羽織ったもののまだ寒くて身を縮めて震えるレオと満足げなエリカが合流してくる。

 

「二人ともお疲れ」

 

「おう……暖かい飲み物取ってくる」

 

「ありがと。はーたまにはこういうのも悪くないわね」

 

 達也の出迎えの言葉に、レオは適当に返事をしてすぐに体を温めるために飲み物が並んでいるコーナーに向かい、エリカは笑いながら達也の横にある椅子にどっかりと座り脚を組む。ミニスカなのだが「中身」がギリギリ見えないのは流石である。

 

 そんなエリカに、達也は気になっていることを早速尋ねる。

 

「なあ、エリカ、一緒にいた人はなんであんな顔面が」

 

「あーあれね。更衣室で着替えてる時に発情して襲ってきたから折檻してやったのよ」

 

「ええ…………」

 

「ほら、ゲーム部のスケベ女よ」

 

「……なるほどね」

 

 エリカから事情を聞いて達也は納得した。

 

 エリカと同じく警察官のくじを引いたゲーム研究部の紅一点である女子は、警察官同士ということでエリカを誘い、そして更衣室で着替え中のエリカを見てスケベ心が沸いたのだろう。

 

 この一年女子はゲーム研究部の中では文也と博に次ぐ不届き者として校内でも有名である。ぐへぐへ笑いながら美少女な生徒の胸をもんだり太ももや尻を撫でたりとやりたい放題の二科生で、達也も何回か検挙している。あの深雪の薄い本を書いたのも彼女で、中身を見たとき深雪の体型のあまりの再現度におぞ気がしたものである。

 

「魑魅魍魎の怪人たちが集まる魔法科高校に正義の味方がやってきた! 魔法戦隊マジシャンジャー登場!」

 

 そんな会話をしながらオードブルを摘まんでいると、また達也の知り合いの番がやってきた。

 

「熱き炎のガンスリンガー! マジシャンズレッド!」

 

「滴る雫、明鏡止水。マジシャンズブルー」

 

「き、巨大な体は正義のパワー、マジシャンズイエロー!」

 

「……風すら追い越す隼の剣士、マジシャンズグリーン!」

 

「あ、悪にともるはオレンジランプ! マジシャンズオレンジ!」

 

「「「「「五人合わせて、マジシャンジャー!」」」」」

 

 色とりどりの服を着た五人が各々の掛け声とともにポーズを決めると、体育館内に盛大な拍手が響き渡る。五人の内四人が乗り気じゃないというとんでもない戦隊だが、それでもコスプレのクオリティが高く、会場から好意的に受け取られる。

 

 マジシャンズレッドはこのグループの言い出しっぺで「正義の味方」を引いた明智英美、声に張りがないマジシャンズブルーは「ヒーロー」を引いた雫、一人だけ不自然に太い恥ずかしそうなマジシャンズイエローは「力士」を引いた幹比古、全く乗り気じゃないマジシャンズグリーンは「剣士」を引いた駿で、オレンジなのに恥ずかしさで顔が真っ赤なマジシャンズオレンジは「騎士」を引いた五十嵐だ。

 

 もともとそれぞれ組む気はなかったのだが、戦隊ものグループを作りたがった英美が強引に四人を引き込み、衣装まで準備して逃げられなくしたのだ。剣や盾や太って見えるスーツなどの仕掛けも手際よく用意され、いつのまにか断れなくなった四人は、英美の狩人としての才能を見出し震えあがった。

 

「あの五人、普通に強そうですよね……」

 

「確かに」

 

 その五人を見ながら美月は目を丸くしてつぶやき、達也もそれに賛同する。

 

 五人とも一年生の中ではトップクラスの実力を持つ生徒であり、その魔法力や戦闘力はとても高い。全員九校戦においては十分に各競技のエースを張れる人材であり、実際の戦場でもそこそこの活躍が期待できるだろう。

 

「……不幸だ」

 

「疲れた」

 

 綿を詰め込んで膨らんだ身体を揺らす死んだ目の幹比古と、思いっきり手抜きしたくせに何を言うのかと言われそうなことを呟く雫が達也たちのもとにやってくる。雫は別として、幹比古はかなり憔悴しきっている。力士だけでも嫌なのに、さらにイエローというお約束のデブキャラを宛がわれポーズまで取らされたのだから、こうなるのも仕方ないだろう。

 

「おーっと盛り上がる会場の空気に誘われてハジける若者が登場だあ!」

 

 そのあとに登場してきたのは、「ロッカー」のくじを引きそのコスプレをした里美スバルと「ガングロギャル」のコスプレをしたほのかだ。スバルはこれはこれで大変似合っているが、ほのかは死ぬほど似合わず、それをみた親友の雫は(周りから見ると普通に笑っているだけだが)大笑いする。

 

「……その、なんだ……ドンマイ」

 

「その優しさがむしろ辛いです……」

 

 合流してきたほのかに達也はなんとか絞り出して声をかけるが、メイクで日焼けしたように見せたほのかは涙目で恨めしそうに達也を睨むと、壁に寄りかかって体育座りでいじけはじめた。

 

「しばらくそっとしとこう」

 

 雫はなおも笑いながら、そう言って料理を取りに行った。

 

「お祭り騒ぎで童心に帰りすぎたか! ここは高校なのに小学校だあ!」

 

 続いて登場してきたのは、伊達眼鏡をかけたレディーススーツ姿の真由美だ。その手には今や使われなくなった古典的な指示棒が握られている。

 

「さあクラスのみんな、おいで、授業を始めるわよ」

 

 真由美が演技がかったしぐさで明るく入場口に向かって呼びかけると、そこから小さなな二人の影が出てくる。

 

「「ゲホゲホゲホッ!」」

 

「あーっはっはっはっはっ! 何あれ! お似合いじゃないの!!!」

 

 それを見て達也と美月は咳き込み、エリカは指さして腹を抱えながら大笑いする。

 

 入場してきたのは、黄色い帽子をかぶり、パステルカラーの洋服を着て、ランドセルを背負った、「小学生」のコスプレをした、怒りと不満が顔に表れて今にも憤死しそうな文也と、顔を真っ赤にしてうつむいているあずさだ。

 

「……奇跡としか言いようがないな」

 

 達也は、美月が噴き出してしまったお茶を誰にもばれないようこっそり拭きながら、心の底から感心した声を漏らす。

 

 そう、奇跡が起きたのである。

 

 こういったお祭り騒ぎが大好きな文也と、生徒会長として企画責任者であるあずさは、なんと一番引きたくない「小学生」「女児」のくじを引いてしまったのだ。二人とも自身の低身長童顔がコンプレックスであり、最高にぴったりでありながら最悪に不本意なコスプレなのである。

 

 当然二人ともなんとか誤魔化そうとしたのだが、「教師」のくじを引いた真由美にバレてしまい、可愛い後輩と今までさんざん苦しめてきた後輩をからかう絶好のチャンスとして強制的にグループにされ、こんなことになったのである。

 

「は、はーい、先生、バナナはおやつに入りますか?」

 

「中条さんいい質問ね。バナナはデザートの部類なのでおやつに入りませんよ」

 

「…………せ、先生トイレ!」

 

「先生はトイレじゃありませんよ井瀬君。スリザリンからマイナス五十点」

 

「それは魔法科高校じゃなくて魔法学校だろうが!!!」

 

 このくだらない茶番も、あまりのメンバーの面白さに大爆笑を巻き起こす。セクシーさと大人っぽさと幼さが絶妙にブレンドされた真由美の教師姿も似合っているし、文也とあずさの面白さは言わずもがなだ。特に文也が「乗り気じゃない側」でさんざんにからかわれ晒されているのは、いつもとは真逆で新鮮である。ここまでの中では生徒たちの反応が一番良い。優勝候補筆頭である。

 

 そしてそのあとにも次々と珍妙なグループが会場に現れる。

 

 特に生徒たちの評判がよかったのは克人と博のコンビだ。

 

「ピッチャー」のコスプレをした博が意外と様になっているフォームでガムテープを丸めた球を投げ、それを黄色い「熊」のコスプレをした克人が丸太の模型で打ち返す。おそらく博がそそのかし、こういうのに疎くて天然気味の克人が訳も分からず乗ったのだろうそれは、八十年たってもなおインターネットに生き残り一般人にも知れ渡った鬼畜ゲームを再現したものであり、入場時に流れたのどかな音楽は曲調とは逆に生徒たちの恐怖を誘った。

 

 他にも「アイドル」の格好をした紗耶香と花音、「侍」と「忍者」のコスプレをした範蔵と五十里(範蔵が忍者を引かなかったのは逆に奇跡である)など、個性的な生徒たちが次々と入場してくる。

 

「……ハロウィンって妖怪とかの仮装をするんだよな?」

 

「ある意味妖怪みたいなものだし、これでいいかも」

 

 肝心の妖怪のコスプレがほぼないことに達也が呆れかえってると、片手に持つ皿に盛った料理を摘まむ雫が平坦に答える。

 

(確かに、妖怪よりもよっぽど魑魅魍魎のカオスだな)

 

 小学生姿を駿やゲーム研究部の面々からからかわれて怒り狂って叫ぶ文也を見ながら達也は納得する。

 

 そして、ふと、まだこの会場に現れていない、一人の少女を思い出す。

 

 くじを引いて以来ずっと準備しているであろう衣装を隠し通されたが、考えてみれば、彼女のくじはまさしく「化け物」の類だ。

 

 達也がそれを思い出した瞬間に順番が巡ってきたのは、まぎれもない偶然である。

 

 会場の明かりが落とされる。これまでと同じく、新たな入場者の合図だ。

 

 ――しかし、一向にスポットライトが光る気配はなく、会場は不自然に長い暗闇に包まれる。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

「トラブルかしら?」

 

 盛り上がっていた会場は一転、不安によって静かにどよめき始める。

 

 達也も何があったのか困惑していると、突然、会場に不気味な音楽が流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 ――くる、きっとくる――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それと同時に、入場口がスポットライトに照らされる。しかしその色は先ほどまでの白ではなく、あまりにも禍々しい紅。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、暗い暗い入場口の奥の闇から、ゆっくりと、真っ白な「手」が現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――キャアアアアアアアアア!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その直後、一人の女子が悲鳴を上げ、失神した。

 

 それに呼び寄せられるように、「手」は暗闇からゆっくりとその姿を現す。

 

 死者の服を想起させる真っ白な服を着た女が、長い黒髪を垂らしながら、ぎこちない四つん這いでゆっくりと現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ――それはまるで、暗いテレビ画面から出てきて、こちらにいる者を呪い殺しに来た、女のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、会場は大パニックになり、それは会場の電灯が一斉につけられて明るくなるまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すべての開票を終えましたので、これより入賞者の発表をいたします」

 

 それから数時間、ビンゴ大会などのプログラムも終え、大盛り上がりとなったハロウィンパーティも閉会式となった。閉会の挨拶は生徒会長であるあずさが務めたのだが、その内容はすべてに「(小並感)」と付きそうな幼稚なもので、最後までコスプレに殉じたものであった。ちなみに内容を考えたのは真由美である。

 

 そしてついに投票結果の発表を迎えた。結果発表を担当するのは、忍者姿をした五十里だ。

 

「ではまず三位は…………魔法戦隊マジシャンジャーです!」

 

「やったぁ!」

 

 発表と同時に英美が両手を挙げて歓声を上げ、会場に拍手が巻き起こる。なお喜んでいるのは英美だけで、ほかの四人は微妙な表情だ。

 

「見事三位に選ばれたマジシャンジャーの五人には、国立魔法大学加盟店で使えるCAD割引券をプレゼントします」

 

「地味にいい商品だな」

 

 五十里の発表を聞いたレオ――まだ海パンに上着を羽織った姿である――が呟く。こんなくだらない企画だが、意外と商品は本気だ。

 

「続いて二位は…………魔法科小学校真由美先生組です!」

 

「わ、やった! やったわよほら! 二人も嬉しいでしょ。ほらほら先生に遠慮しないで子供らしく喜びなさい!」

 

「「…………チッ」」

 

「井瀬君は別としてあーちゃんまで舌打ちぃ!?」

 

 喜ぶ真由美と親の仇を見る目で舌打ちした文也とあずさのやり取りで会場に大爆笑が起こる。小学生が担任の先生に反抗期を起こしたのだろう、きっと。反抗期だから素直に喜べないのである、きっと。

 

「皆さんの支持を得て二位に輝いた三人には、最新型ハイスペックフルダイブVRカプセルを差し上げます!」

 

「……あの三人には無用かもな」

 

「いや、でも最新型だし、もしかしたら嬉しいんじゃない?」

 

 達也の呟きにエリカが乗っかる。真由美は七草家の御令嬢で金持ちだし、ゲーム好きの文也とその親友であり付き合いでゲームをするあずさはそれぞれ高額と言えどフルダイブVRカプセルは持っているだろう、と思っての達也の言だが、エリカの言う通り最新型までは持っていない可能性もある。ただどちらにせよ二人が気にすることでもないので、そこでもう会話は続けない。

 

「そして、栄えある第一位を発表します!」

 

 そうしてついに、生徒や教員たちから最も票を集めたコスプレが発表される。

 

 しかし会場に、ドキドキや期待と言った空気はもうない。なにせ、この場にいる半数以上が、その一位に投票したのだ。結果はすでに分かり切っているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「優勝は………………『貞子』司波深雪さんです!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、体育館中に空気が揺れるほどの歓声と万雷の拍手が巻き起こる。

 

 それらを一身に受けるのは、あまりにも恥ずかしくて誰ともグループが組めず、それでいてやたらとお節介なホラー映画好きの同級生たちの熱心な指導でやたらとクオリティが高い演技を見せた、達也の隣で俯いて震えている絶世の美少女・司波深雪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………納得いきません………っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俯いて垂れる長い黒髪から覗く顔は、達也が見てもゾッとするほど、この世への恨みに満ち溢れていた。




本編完結までは第一話を投稿した段階ですでに全て書き終えていますが、今回の話のように、明らかに投稿を始めてから改変をした場所などもございますので、それを探すのも一つの楽しみ方かもしれません

さて、次回からは、原作でいうところの来訪者編にあたる章、招かれざる者編がはじまります

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