マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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今回から、招かれざる者編が始まります


招かれざる者編
5ー1


「あいつって流石にズルすぎねえ?」

 

「お前が言うのもどうかと思うけどな、異端児」

 

「いやいや、あいつや親父ほど反則じみた性能はねえよ」

 

 東京某所にある大きな病院の一室で、二人の男が一つの画面を共有しながらなんとも中身のない言い合いをする。このような中身のない冗談のぶつけ合いはいつものことなのだが、今回の場合はいつもと違い、多分に現実逃避的な意味合いが強い。

 

 目つきが悪い小さな少年・井瀬文也と、彼の父であり日焼けした肌と鍛え上げられた筋肉が特徴的な大男・井瀬文雄は、二人とも絶対安静の入院をすることになり、こうして金の力で特別に用意された二人部屋で動けない時間を過ごすこととなった。

 

 その原因は、10月31日、横浜で行われた魔法科高校論文コンペの時に起きた「戦争」だ。

 

 突如として奇襲を仕掛けてきた大亜連合軍に対して、この二人もまた戦い、それぞれの激闘を通してギリギリ生き残ったものの、その負傷は重く、こうして入院する羽目になったのだ。

 

 文也は、直立戦車や装甲車の残骸をつなぎ合わせた『蓋』というおぞましく歪な兵器の重機関銃によって脚をズタズタにされた。早急かつ適切な手術、そして高度な治癒魔法、そしてその後に病院で行われた再手術によって原型を取り戻しているが、それでも数日の絶対安静が必要になった。

 

 そしてその文也よりも重傷だったのが文雄だ。世界最高の白兵魔法師との戦闘によって負った傷は、背骨と内臓の損傷だ。一歩間違えれば半身不随や死亡となってもおかしくない大怪我だったのだが、さらにそこから大規模な魔法の行使で無茶をして、さらにさらに起きてすぐに息子の怪我を知って駆け付けるべく無理やり自分に治癒魔法をかけ、そこから五時間シェルターの瓦礫処理を手伝って、加えてその後も息子とその幼馴染の安眠のためにしばらく我慢したのだ。

 

 そうした経緯で息子と一緒に病院に運ばれた文雄は、息子と離れるや否や気を失い、起きたら集中治療室で全身チューブまみれだった。今こうして上半身を起こしていられるのは、病院の総力を結集した最先端の治療と治癒魔法のおかげなのだが、主治医は「いくらなんでもこの回復力は化け物」と恐ろしい怪物を見るような眼で主張してきた。それを聞いてつい笑ってしまい腹の傷が開いたのは余談だ。

 

 そんな物騒極まりないハロウィンから五日たったのが今日である。

 

 二人とも上半身を起こせる程度には回復――医学の進歩はすさまじいものである――し、文也は明日には退院できるし一週間後には普通に運動できる生活に戻れる。元気を取り戻した二人は、そのハロウィンの戦争について話し合っているのだ。

 

 とはいっても、二人が見ているのは、敵ではない。むしろ仲間なのだが、しかし二人はそれが活躍した映像を見て戦慄し、現実逃避しかかっている。

 

 二人が見ている画面は、偵察用ドローンが撮影していた映像を編集したものだ。編集でクローズアップしたのは、黒いボディスーツを身にまとった大柄な少年だ。二丁の拳銃型CADを操り、戦場を飛び回り、敵を文字通り消滅させたと思ったら、負傷した仲間を元通りに再生させる。まるで悪魔と天使が一人の人間に宿って戦っているような様は、あまりにも恐ろしかった。

 

 そして二人を何よりも恐怖させたのが、その少年が知り合いであり、かつ若干敵対気味ということである。

 

「司波兄……だよな?」

 

「その確認は何回目だ。何度も恐ろしい事実を言わせるな」

 

 二人ともその家系ゆえに、人体には詳しい。それゆえに、背格好や骨格や立ち方や動作から、その謎の少年が司波達也であるとすぐに確信できてしまうのだ。

 

 文也と文雄はCAD業界のトップ企業『マジカル・トイ・コーポレーション』のエースエンジニアである『マジュニア』と『キュービー』であり、達也は同じくトップ企業でライバル企業のエース『トーラス・シルバー』の片割れだ。つまりお互いにライバルであり、対立関係だ。そうした対立相手がこの戦場で神とも悪魔とも化け物ともいえる圧倒的な蹂躙をする少年なのだ。二人にとってはまさしく「悪夢」に他ならない。

 

 そしてさらに悪いことに、お互いにその正体を知っている。こちらから手を出すつもりはないが、もし向こうが力づくで消そうとしてきたら、この圧倒的な魔法の前では成す術が思いつかない。一瞬で消しとばされて終わりだろう。

 

「俺らが佐渡でえんやこらやしてる時に沖縄で大暴れしてたのも司波兄か」

 

「ほーんと、どこからどこまで皮肉な関係だなあ、お前と司波達也君は」

 

 そしてこの戦い方は、過去にもあった。文也たちを巻き込んだ新ソビエト連邦の佐渡侵攻と同時に起きた大亜連合の沖縄侵攻で、その侵攻を一方的に蹂躙したのが、この消滅と再生だ。

 

 文也と達也。第一高校に進学した同級生で、二人とも世間に正体を隠す天才魔工師で、世にも珍しい『パラレル・キャスト』の使い手で、しかし方や成績優等生素行不良生方や成績劣等生素行優良生で、さらにどちらも中学一年生の頃に同時に戦争に巻き込まれてそこで活躍している。

 

「さしずめ、司波君はお前にとって運命の相手ってわけだ」

 

「やめろ、吐き気がすらぁ」

 

 文雄の言葉に、文也は心底嫌そうな顔をして乱暴にベッドに背中を預ける。同じことを言われたら、同じことをあちらも思いそうである。

 

「で、この魔法の仕組み、消滅のほうはやっぱ『分解』の亜種か?」

 

「ああ、おそらく物体を分子や原子のレベルまで『分解』する魔法だ。対象物は跡形も残らなくなる」

 

「しかもあいつは魔法式まで『分解』できるんだよなあ。俺があんだけてこずったヘンテコドームもあいつなら欠伸しながらちょちょいのちょいだ」

 

 達也は、国際的な魔法力基準から見たら間違いなく劣等生だ。しかし彼の力は、戦場においては無双の活躍をする。おおよそなんでもそつなくこなす井瀬家とは真逆の、それ一つに特化した歪な力だ。しかしその特化の方向性と能力は、その一点だけですべてを蹂躙する。

 

「で、こっちのザオリクとベホマは? 俺は全く見当がつかねえ」

 

 そんな達也の攻撃能力と一緒にあるのが、この再生能力だ。瀕死の仲間も即座に健康体になる。もはや死んでしまったように見える仲間もすぐに元通りになり、何もなかったのように戦場に復帰している。

 

 それは、ゲームに登場する、どんな傷も完全に回復し、死んでもよみがえらせる「魔法」のようだ。先ほどの消滅が悪魔の所業と例えるならば、こちらは天使または神の御業である。

 

「うーん、どうだろうなあ。治癒魔法じゃこんなの不可能だしなあ……復活するときに、まるで逆再生みたいに血とか体とかが戻って起き上がってるから、復活とか蘇生とか回復というよりかは、『時間を巻き戻してる』ようだな」

 

「は? 時間まで魔法で操れますってか? どんな仕組みだおい頭おかしいだろ」

 

「仕組みまでは俺も分からんね」

 

 文雄の推測は、半分当たっている。達也の魔法『再成』は、対象のエイドスにその過去のエイドスを上書きして過去の状態と同じ状態に構成する魔法だ。「時間を巻き戻す」のではなく、「今に過去を再構成する」、まさしく『再成』なのである。

 

 当然そんなこと分かるはずもなく、二人は延々と頭を悩ませる。

 

 そうした中で、文也はふと一つ思い出したことがあった。

 

「そうだ。そうだったんだな。あの『モノリス・コード』の時も、あいつはこれを自分に使ったんだ!」

 

「あれか。俺も妙だと思ったんだ。なるほど、それなら納得だな」

 

 思い出したのは、文也と達也と幹比古が代理で出場した、九校戦『モノリス・コード』新人戦の三高戦だ。将輝のレギュレーション違反の魔法の直撃を食らった達也は、何事もなかったかのように起き上がって反撃をした。さらに試合後も不自然に破れた鼓膜の再生が早かった。

 

 二か月半越しの疑問がようやく解決した文也は、そこからさらに九校戦つながりで思い出したことがある。

 

 文也は父親の顔を睨みながら、責める口調で問いかける。

 

「で、クソ親父よお。この消滅、この夏休みに見たんじゃないか? 横浜とか、横浜とか、横浜とかで」

 

「アッハイ」

 

「つーまーりー? 少なくともこの消滅分解に関して、実は元からぜーんぶわかってたんじゃないのか? あ?」

 

「ウス、ウッス」

 

 親友である駿とあずさを傷つけた『無頭竜』への復讐。演習場を離れられない文也の代わりに文雄がその復讐をするべく横浜に向かったのだが、すでに『無頭竜』は消滅していた。文雄は文也にそう説明したのだが、実はその「消滅する瞬間」を見ていたのである。

 

 それを見た文雄は、背格好などから、それが達也によるものだと分かっていたのだ。しかし「これに触れたらまずい」と察知した文雄は即退散し、息子を巻き込まないよう嘘を教えた。しかし、今こうしてその嘘も暴かれてしまった。

 

「お詫びに何してくれる?」

 

「復帰次第、最新開発したCADを特別に渡すよ」

 

「それで手打ちにしてやる」

 

 文也だって、文雄が何を考えてそうしたのかはわかる。個人的には大きなお世話なのだが、あまり無碍にするものでもないだろう。

 

「で、これが最後だな。あの『爆発』について、何かわかるか? 俺はわからん」

 

「俺にも分からん。まさか、日本にもう一人、戦略級魔法師がいたなんてねえ」

 

 その話題は達也から離れ、逃げる大亜連合の偽装揚陸艦とその後に結集した大艦隊を消しとばした謎の爆発についてだ。

 

「将輝君なら何か知ってるんじゃないか? どっちも海の上の出来事だ。海水を使ってなんかやったとしたら、『液体』がお家芸の一条家かもしれないぞ?」

 

「マサテルには電話して聞いたんだけどよお、『お前らに分からないなら俺らだって分からん。なんならこっちが聞きたいくらいだ』ってさ」

 

「……お前から見て、嘘をついてるようには?」

 

「あいつはバカだからな、すぐ口調に出るからわかる。百パー本気で知らない」

 

「ですよねー」

 

 手詰まりとなった二人は、投げやりにベッドに上半身を乱暴に投げ出す。とにかく難題が積み重なりすぎて、考えるのが嫌になってきたのだ。

 

「んー、あー、でも、そうそう。俺にも一つだけわかることがあるぞ」

 

「一応聞いてやるよクソ親父」

 

 気の抜けたトーンに対して気の抜けたトーンで返すと、二人の間に短い沈黙が訪れる。

 

 その沈黙の間に、二人はあのハロウィンの出来事を次々と思い出す。

 

 横浜で起きた戦争は、あの大爆発で幕を閉じた。

 

 つまり――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――爆破オチなんてサイテー、ってことだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あのハロウィンの戦争からもうすぐ一か月、そしてハロウィンの狂騒パーティーから一週間と少しが経った、11月最終週の平日、司波達也は放課後に目的の場所に向かうべく、最愛の妹と並んで廊下を歩いていた。

 

 そんな達也の頭に浮かぶのは、今年度に入ってから何かと彼の頭を悩ませる、目つきの悪い童顔のクソガキ・井瀬文也だ。

 

 達也は、あの横浜の戦場での文也たちの戦いをすべて真田から聞いている。将輝は不利な戦場をひっくり返してさらに生きた捕虜を確保し、文雄と真紅郎は世界最強の白兵魔法師と言われる呂を打ち倒し、さらに文也は文雄やあずさや駿の力を借りて『蓋』を破壊し多くの人々の命を救った。そのすべては達也にとっては簡単にできることだったが、客観的に見たら彼らの活躍はすさまじい。

 

 特に井瀬親子の活躍は、真田たちも本格的にスカウトを検討するほどだった。多くの協力があったとはいえ、二人とも巨大な脅威に立ち向かい、倒すことに成功している。この二人がいなかったら、呂や『蓋』に対応するために達也が動かざるを得なかっただろう。そうなったら偽装揚陸艦への対応も後手に回ったかもしれない。

 

 特に文雄の活躍は派手だった。あの事件の顛末を知った五十里が「五十里家ですらまだ研究段階のをあんな大規模に実戦投入するなんて」と悔しそうにぼやき、魔法幾何学の秀才である廿楽に「今すぐ魔法師教会に情報を聞きに行きたい」と本気で言わせた最新技術――投影型魔法陣である。自然界のサイオンが多く偏る地でしか使えず拠点防衛に特化したものでさらに魔法工学・論理・技能すべてに秀でた魔法師にしか使えない汎用性の低いものだが、それでも理論上は可能性が示されていた程度であり、それを実戦でいきなり大規模に成功させたのだ。

 

 また、校内では文也の活躍も目立つ。論文コンペを見にいった一高生のほとんどはあの地下シェルターに避難しており、彼らは文也とあずさによって命を救われた。この二人がいなければ、ほぼ全員、今生きてはいない。

 

 その戦いで文也が使ったのは、自分で作ったらしい貫通力増幅ライフルだ。まず武装一体型CADとしての貫通力増幅ライフル自体、今回の騒乱で初めて実戦投入された兵器であり、しかもそれを使ったのは新開発された装備のテスト運用をする部隊である独立魔装大隊のみ。つまり最新兵器なのだが、文也のそれは、独立魔装大隊が使ったものよりもはるかに進んでいた。いくつもの魔法を併用して速度と貫通力と決定力をとにかく高めており、七メートルの鋼鉄の塊を容易く貫通して見せた。

 

 使用された瞬間を偵察機が録画した映像で見て――戦場を上空から偵察して録画しておくのは文也たちだけではないのである――達也は思わず呆れかえった。これでもかとばかりに魔法的要素を詰め込んだ歪なキメラ兵器で、よほどの魔法師でないと使いこなすのは不可能であり、その性能を発揮するには超高速のマルチキャストをする技能が必要である。兵装として投入するのは不可能だろう。ついでにこのライフルを、たかが校内の訓練で生身の人間に対して躊躇なく使おうとしたことにも呆れかえった。

 

「よお、待ってたぜ。あやうくオフ会ゼロ人かと思ったぞ」

 

 達也が、なぜそんな風に文也のことを考えていたのか。それは、彼と妹は、文也に呼び出されて、校内の人気が無い教室に向かっていたからである。

 

「何言ってるのか分からんが、俺らとしては気乗りしないから帰ってゼロ人にしてやってもいいぞ」

 

「そうカッカすんなって。ほら、そこ座れ」

 

 へらへら笑う文也に促されて二人が座ると、文也も乱暴に椅子に座り、横に置いた机に頬杖をついて脚を組み、実に偉そうな姿勢をする。やる人物によっては威厳と威圧感があるだろうが、あいにくながら背伸びしたい不良小学生の精いっぱいのツッパリにしか見えない。

 

「それで、話ってなんだ?」

 

 お互いに向き合うと、達也が話を切り出す。深雪はさっきから黙りこくったままだが、それは文也に対する怒りを必死にこらえてサイオンの暴走を抑えているからであり、代わりに文也を睨んで彼女の感情を表現している。季節ももうすぐ冬とはいえ不自然に気温が低く感じるのは、つまりそういうことである。

 

「ああ、まずは一つ。ずいぶんとご便利な魔法をお持ちのようで、大変羨ましゅうございますなあと思いましてな」

 

「似合っていませんよ」

 

 文也のわざとらしいイントネーションに、深雪は思わず口を開く。口調自体は平然とツッコミを入れたように聞こえるが、しかしそれは精いっぱいの虚勢で、室温がさらに低くなったことから、彼女の怒りと動揺が増幅したことがわかる。

 

「一応聞くが、なんのことだ?」

 

「ニフラムとベホマ」

 

「俺はゲームもアニメも知らないぞ」

 

「んなこと言ったってこれくらいは一般教養だろうが」

 

 はーやれやれ、とでも言いたげに文也が鼻を鳴らすと、さらに室温が下がる。これ以上は冷蔵庫になりかねないので文也も自重し、本題に入ることにした。

 

「いやー俺わかっちゃうんだけどね? 敵を分子にまで分解して消滅させる魔法と、仲間の傷を一瞬で回復させる魔法、あれ一人でやってた無双ボーイってお前だろ? 司波兄」

 

「……誤魔化しは通用しなさそうだな」

 

 達也はそういうと心中で深くため息を吐く。あの戦場に『マジカル・トイ・コーポレーション』の偵察用ドローンがいくつも飛び交っていて、自分が見られているだろうことは予測できていた。自軍のプラスになるからと『分解』せず無効化しないでおいたのだが、その善意が仇となった。

 

(九校戦の時も、こいつは勘が鋭かったな)

 

 弱った心が表に出てしまっていたみたいで、文也は得意げに自分の推理を披露している。『自己修復術式』の核心や『再成』の仕組みまでは特定できていないようだが、それ以外のほとんどが見破られてしまった。五十里たちなら善意だからまだ知られてもよかったが、敵対関係でもあり口が軽そうで信頼という言葉の真逆に位置するような文也に知られるのはまずい。

 

「わかっているとは思うが、これは全部最重要機密だぞ。漏らそうもんなら……わかってるな?」

 

「そう凄むなよ。察したのは俺と親父だけだ。あーちゃん達にもまだ言ってない」

 

「まだ、か……」

 

「そのいつかが来るか来ないかは、お前の今後次第……あ、おいこらちょっと待て。なんだそのアイコンタクトは! 『ここで消しましょうかお兄様』みたいな目線送るな!!!」

 

「ここで消しましょうかお兄様」

 

「だからと言って口に出すなああああ!!!」

 

「深雪、笑えない本気はよせ」

 

「そこはせめて嘘でも笑えない冗談って言え!!!」

 

 困った状況だが、しかし主導権は達也たちの側にある。実力行使になれば文也は手も足も出ない。それを(半分冗談、半分本気で)匂わせるだけで、文也はこうして焦らざるを得ない。それを確認できた二人は、ガラじゃない冗談を言ったものの留飲を下げる。

 

「あー、わーってら。秘密秘密。はいはい。そんで今日の本題はそこじゃねえんだよ」

 

 文也は頭を乱暴にかきむしりながら雲行きが怪しくなった話題を無理やり転換する。もう少しからかって留飲を下げたかったのだが、このクソガキに時間を使うのは癪なので、二人ともその転換に素直に乗っかることにした。

 

「チョっとばかり、天下の『シルバー』様と優等生ちゃんのお知恵を拝借したいんだ」

 

「ほう、世に名だたる『キュービー』と『マジュニア』でもお手上げのものがあるわけだ」

 

 文也の言葉に、達也は興味をそそられた。文也がこういうからには、間違いなく文雄と相談したうえで分からないことなのだろう。それは、エンジニア肌である達也の知的好奇心を刺激した。

 

「ハロウィンの『ビッグバン』、あれの仕組みだよ」

 

「なんだそれは」

 

 達也は反射的に聞き返してすぐ、そして深雪も、文也が何を言おうとしているのかを察し、急速に焦りが募る。この話題は、先ほどまでとは機密の度合いが比にならない。本物の最重要機密だ。

 

「ほら、あの偽装揚陸艦と艦隊を消しとばした大爆発だ。あれは間違いなく核兵器とか爆薬じゃねえ。間違いなく魔法によるものだ。軍人で『シルバー』様のお前なら、なんか情報か見当は掴んでるだろ?」

 

 そういう文也の目を、達也はじっと睨む。

 

 この質問の真意を慎重に見定めなければならないからだ。

 

 単純に考えが詰まったから聞きに来たのなら良い。適当に誤魔化すだけだ。

 

 しかし、その勘と知識で、あの大爆発を起こしたのが達也自身だと察していて、揺さぶりをかけにきたのだとしたら……今日にでも、「口止め」が必要になる。

 

 しばらく、張り詰めた沈黙が訪れる。文也が絡むと感情が表に出やすいと自覚している深雪は、こればかりはまずいと、必死にポーカーフェイスを維持している。

 

「…………俺にも、実は分からない。大佐も知らないらしい。なんなら、俺も聞きたいぐらいだ」

 

「お前でもわかんねえか。おい妹、お前は?」

 

「お兄様に分からないものが、私に分かるわけありません」

 

「そうかあ。お前らでもダメかあ。はー、参った参った」

 

 達也たちが答えると、文也は大きくため息を吐いて、背もたれに体重を預けてのけぞる。

 

 司波兄妹はその様子に、緊張を緩め、そして呆れ果てた。

 

(こいつ……政治とか陰謀とか関係なしに、単純に知的好奇心で知りたがっているな)

 

 世界の秩序をひっくり返しかねない大爆発の戦略級魔法『マテリアル・バースト』。それを、文也は、単純な知的好奇心で知りたがっているのだ。実際、文也は、達也の国防軍のコネを期待して、「誰が」ではなく「どうやって」「どんな仕組みで」を聞いてきた。それは、「気になる魔法を知りたい」という、子供の様な好奇心だ。

 

「まー、じゃあなんかわかったら教えてくれや」

 

 文也はいきなり立ち上がってそう言うと、呼び出した側の癖に、もう用済みとばかりに二人を置いてさっさと教室を出ようとする。

 

「あんな魔法だ。仮になにか分かっても、教えるわけないだろ」

 

「あ、そりゃそうか」

 

 最後にそんな会話を残して、文也は去っていった。

 

 遠ざかる足音――小さいくせに歩き方が乱雑なので無駄に大きい――を聞きながら、残された二人は緊張の糸を解く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ストレスで胃に穴が空きそうだから『再成』して健康体に戻ろうか」

 

「お兄様、心労は元に戻らないので無意味ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 らしくもない冗談を吐きたくなるくらい、達也は何かと厄介なチビに、困り果てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也や文雄は『マテリアル・バースト』の仕組みを全くつかめていなかったが、北アメリカ合衆国の国防総省に所属する科学者や幹部たちは、かろうじてその爆発が「質量のエネルギーへの変換」だと結論付けた。そして、達也と深雪が文也に困らされた日の夜、マイクロブラックホールの生成・蒸発実験へのゴーサインが押された。

 

 そしてそれとほぼ同じ時間、金髪を二つ結びにした、この世のものとは思えない美少女は、書類の束を目の前にして、困り果てていた。

 

「……日本って、クレイジーな国よね」

 

「何をいまさら言っているのですか」

 

 その金髪の美少女は、USNAが誇る世界最強の魔法師部隊スターズの隊長、アンジー・シリウスこと、アンジェリーナ・クドウ・シールズだ。それと向かい合っているのはスターズ第一部隊隊長のベンジャミン・カノープスである。

 

 諜報に関しては素人に毛が生えたようなリーナだが、彼女は二つの理由によって、年明けから日本に交換留学生として向かうことになっている。

 

 その一つが、「『グレート・ボム』使用者・謎の戦略級魔法師の捜査」だ。今一つ作戦が雑な気がするが、魔法開発最先端の一つである魔法科高校にもぐりこみ、「候補」の生徒と接触して調査する、というものだ。総隊長かつ戦略級魔法師たるリーナは、魔法科高校の中でも特に優れているという第一高校に潜入することになっている。彼女たちが見ているのは、その潜入捜査と「候補」の情報だ。

 

 一人目は司波深雪。多少サイオンの制御に難があるが、全ての方面において突出して優れた魔法力を持つ。

 

 二人目は司波達也。魔法力はデータによると「劣等生」だが、実際の戦闘能力や保有サイオン量、それに魔法理論・魔法工学において突出した能力を持つ。使用者と言うよりかは開発者として注目されている。

 

 三人目・四人目は十文字克人と七草真由美。『グレート・ボム』とは得意の方向性が全く異なるが、突出した干渉力と技能を持つため候補入りした。

 

 五人目・六人目――こちらは第一高校担当のリーナでなく第三高校の担当が見るのだが、一応全員分目を通している――は、一条将輝と吉祥寺真紅郎。海で起きた大爆発ということで『液体』に干渉する一条家は全員がマークされており、その魔法を開発したのが世界で初めてカーディナル・コードを発見した若き天才研究者『カーディナル・ジョージ』こと真紅郎と予想されている。

 

 そして七人目、この人物のプロフィールだ。

 

 左上には学生証用の顔写真。雑に切った黒髪に目つきの悪い生意気そうな童顔、そして胸から上だけの写真でもわかるほどの低身長の少年――井瀬文也だ。

 

 あれほどの大爆発を起こすには干渉力が全く足りないが、それでも魔法力の総合力は高く、また魔法開発力は先の九校戦や横浜騒乱で見せた通りで、謎の戦略級魔法を生み出しても、真面目に不思議でないと思わせるレベルだ。USNAはこの少年に魔法開発に関して大混乱を味わっているので、真っ先に「とんでもないことをしそうな奴」として候補に挙げられた。

 

 そう、文也がUSNA上層部を大混乱に陥れたその事件が原因で、リーナにもう一つの任務が下されたのである。

 

 それは――井瀬文也の「排除」だ。

 

 文也は、劣化コピー未満と言えど、USNA軍の秘術であり切り札の一つでもある『分子ディバイダー』を九校戦で再現して見せた。本人は知らずにやってたまたま被っただけと主張しているが、それが本当かも怪しく、何かしらのスパイ行為やハッキング行為で文也がUSNAから情報を抜き出したと深く疑われているし、仮に本当だとしたらそれはそれで秘術にもするような強力・高難度・高技術な魔法の起動式を再現されるというのは脅威に他ならないし、その開発した起動式を漏らされたりしたらたまったものではない。

 

 よってリーナの二つ目の任務は、秘密裏に、まず第一に「スカウト」を試み、第二にそれが失敗したら情報を聞き出したり本国に連れて帰って無理やり協力させるために「生け捕り」、さらにそれも無理そうなら第三に殺害である。

 

「日本人は低身長で童顔だって言うけど、このフミヤはより一層童顔ね」

 

「本人もそれがコンプレックスみたいです。この素行の悪さでも退学じゃないということは、見た目で許されてるのかもしれません。子供だから、みたいな感じで」

 

「こんな目つきのわるい子供が素行不良なんて余計に腹が立つんじゃないかしら? 魔法師は貴重な人材だし、さらにコレは多方面に優れているから、捨てたくても手放せないのよ」

 

「どこの国も事情は同じです」

 

 そんな会話をしながら、二人は候補であるクレイジーな面々の資料を流し読みしていく。文也と一緒くたに「クレイジー」と呼ばれているのを聞いたらさぞ他の候補者は不本意だろう。深雪、達也、真由美、将輝、真紅郎あたりはショックで夜も眠れなくなりそうだ。

 

 そんな、優秀かつ何してくるか分からない文也が相手だからこそ、諜報に不慣れではあるが戦闘力はUSNAナンバーワンのスターズ総隊長アンジー・シリウスたるリーナが選ばれたのである。

 

「日本、かあ」

 

 リーナは資料を投げ出し、ソファの背もたれに背中を預けて天井を仰ぎ見ながらぼんやりと呟く。

 

「センチメンタルになる気持ちはわかりますが、レディとしてはしたないですよ」

 

 ベンジャミンの小言を無視して、リーナはとりとめもない考えに意識をゆだねる。

 

 日本――リーナの祖父は日本人である。つまり、日本はリーナの祖父の故郷なのだ。得意魔法や戦略級魔法だけでなく、祖父から伝わった魔法もまた、アンジー・シリウスとして活動するために大活躍している。そんな祖父の生まれ故郷に初めて行くというのは、重大任務にもかかわらず、彼女の心を浮つかせていた。

 

 だいぶん遅れて小言に反応して天井から視線を戻し、仕事をしているというアリバイ作りのために投げ出した資料を眺める。

 

 そこでふと、USNA上層部を悩ませ、リーナが日本に行く大きな原因であるクソガキの写真が目に映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、リーナは、謎の怖気がして、少しだけ震えた。

 

「どうかしましたか? 身体が冷えたのでしょうか。ホットハニーミルクを入れましょうか?」

 

「い、いえ、何でもない。大丈夫よ」

 

 いくらもうすぐ12月と言えど、この部屋は多少効きすぎかなと思うほどに暖房がついているため、寒気と言うのはあり得ない。

 

 リーナは今の怖気の正体を分析して、すぐに直感した。

 

 優秀な軍人としての第六感が、このクソガキに反応したのだ。

 

「嫌な予感、というやつでしょうね」

 

 誰にともなくリーナはその正体を口にする。

 

(なんだか、とても厄介なことになりそう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女にとっては悲しいことに、優秀な軍人の直感は流石のもので、その予感は見事に的中することになる。




昨日投稿する予定だったのですが、ポケモンに夢中で遅れました

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