マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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 12月24日の夜――クリスマス・イブ、年内最後の登校日であり、達也たちは交換留学することになった雫の送別会を開き、またアメリカではアンジー・シリウスが「裏切り者」を抹殺する。

 

 そしてこれは、それより数日さかのぼる。

 

 定期テストが終わって数日経ったいつもの登校日、一高生は各々のテストの結果や順位を見て一喜一憂していた。高度に機械化・ハイテク化されたシステムによって採点と成績処理は高速・低負担で終わるため、順位などもすぐに出てくる。

 

 実技1位は深雪で、2位は文也。筆記・理論1位は達也で、2位は文也。つまりいつもの感じで、司波兄妹に文也は敗北したのである。

 

「いーかげんこの並びにも慣れちまったなあ」

 

「全然気にしてませんみたいな態度とっても、顔は正直だぞ」

 

 その順位を見て、文也は目を見開き、下唇を噛みしめ、悔しさと怒りで顔は真っ赤になっている。それを横で見ている駿はあきれ顔だ。

 

 ちなみに実技の順位は、それ以下は3位から順に、駿、雫、ほのかだ。要は九校戦前から順位自体は変動していない。しかし、さらに細かく成績を見てみると、無視できないことがあった。

 

 まず1位の深雪は圧倒的だ。ただでさえ圧倒的だったのに、成長具合も圧倒的であり、他の追随を許さない。

 

 問題は2位以下だ。九校戦前ではかなり開きがあった文也とそれを追いかける駿・雫・ほのから三人の成績の差が、今やほとんどないのである。三人とも入学してから色々な経験――九校戦や横浜での戦闘の経験に加え、駿はゲーム研究部や文也相手に魔法戦闘を繰り返す羽目になっている――を積んで急激に成長したのだ。

 

 一方で、文也の成績の伸び具合は芳しくない。指導教員がつかない上に「才能がない」ほとんどの二科生と同じ程度しか伸びていないのである。

 

(どういうことなんだか……)

 

 中学一年生の頃に出会って以来、駿にとって、文也は自分をはるかに超える絶対的な存在だ。しかし、その魔法成績は、今やあと少しで手が届く差しかない。

 

 まず理由として真っ先に思いつくのは、文也の性格だ。大体授業はサボるか寝るか怠けるか遊ぶかで、自分が興味ある分野以外は試験勉強もほぼしない。自堕落な生活を続けていたら、伸びるはずもないだろう。

 

 しかし、いくらそんなに怠けていても、ほぼ伸びがないというのは不自然だった。九校戦や横浜騒乱では駿ら三人以上に濃密な経験をしているし、横浜騒乱で何度も死にかけて挫折してからは、文也なりに努力をしていたのを駿は見ている。それでもなお、入学時からほぼ成績が伸びていないのだ。

 

「なんで伸びないんだこいつって思ってるだろ」

 

「……精神干渉魔法の使用は禁じられてるぞ?」

 

「バーカ、お前の場合顔に出るんだよ」

 

「ボディーガードとしてポーカーフェイスは鍛えてるつもりだぞ」

 

「単純バカはすぐに顔に出るんだよ」

 

「ブーメランを投げるの好きだよな、お前」

 

 なんとかいつも通りの冗談の応酬の流れにしたが、駿の背中には冷や汗が流れている。いくら文也が相手でも、このようなことを考えていたとなれば流石に失礼だ。一時はコンプレックスに懊悩していた駿だからこそ、「自分が思ったよりも伸びない」ことの苦しみはよくわかるのだ。

 

「ま、所詮この程度が俺の限界ってこった。全部できる『万能』とは程遠い、ただの器用貧乏だよ」

 

 文也の成績は、一年生としては圧倒的だ。深雪がいなければこの魔法界のエリートが集う一高において一位になるし、また文也自身の成績は、同時期の真由美や範蔵を超えている。

 

 その成績の理由は、国際的な魔法力の評価基準である、魔法式構築速度・構築可能魔法式の規模・事象改変の規模および干渉力のすべてが、四系統八種すべての魔法において一流だからだ。

 

 しかし、その「才能」は、全てにおいて一流には届いても、「一番」にはどれ一つとして届かない。

 

 魔法式構築速度はよほど魔法式の規模が大きくない限り全ての系統種類において駿に負けている。また事象改変の規模および干渉力については、雫とほのかに、二人が得意とする振動系を筆頭としてほぼ負けている。知識・知能の影響が強い構築可能魔法式の規模に関しては魔法理論に圧倒的に優れる文也がまだ頭一つ抜き出ているが、それすらも「頭一つしか」抜き出ていない。雫とほのかの成長具合からして、このままでは抜かされるのも時間の問題だろう。

 

 文也はそれをとっくに自覚している。故に、先の言葉には、悔しさはあれど、悲嘆めいた感情は一切ない。

 

 恵まれた環境と知能、そして早くに知識と技能を吸収し、自分で考えて伸びていく力が文也にはあった。それゆえに、入学する前からすでに文也の魔法の腕はプロの魔法師にも匹敵していた。その成長速度はすさまじいが、しかしそこから先は伸びない。抜きんでて早熟で入学時は圧倒的だったが、そこで「才能」や「伸びしろ」はほぼ打ち止めになってしまったのだ。

 

 強い自覚のきっかけは、先の横浜騒乱だ。自分の「器用貧乏」を突き付けられ、あずさの命の危機に何度も立ち合い、それを自身だけでは防げなかった無力感・絶望感を何度も味わい挫折した。それ以来なんとかもがいてはいるのだが、戦術的・作戦的・テクニック的な部分では伸びても、基礎となる魔法力はほぼ伸びなかった。

 

「…………気持ちは、俺も分かる」

 

 ほぼ全てが電子化されペーパーレスとなった現代においては時代遅れの感がある紙の成績表を折って紙飛行機にして拗ねた顔をしながらゴミ箱に投げて飛ばす文也の肩に手を置いて、駿は慰める。それは気休めではなく、心の底からの共感だ。

 

 駿には「一番」の能力がある。それは魔法式構築速度で、その能力は、簡単な魔法の速度に限っては全ての系統種類において、現段階で真由美や深雪すらも凌駕しているほどだ。ボディーガードとして即座に魔法を行使しなければならない森崎家は、魔法技能としての構築速度と、お家芸である非魔法技能としての『クイック・ドロウ』を磨いてきた。その中でも駿は、歴代森崎家で圧倒的に構築速度が速く、すでに当主である父親すら超えている。

 

 しかし一方で、それ以外の能力――構築規模や改変規模や干渉力――は、雫やほのか、文也どころか、それらより下の五十嵐らにすら負け、学年トップ10に入れていない。平均よりははるかに高くまた大きく伸びてはいるのだが、元々トップ層に比べたら低くさらに伸びも悪い。速度だけは「一番」だが、それ以外に関しては「一流」かどうかすらも怪しい。今は圧倒的な構築速度でギリギリ3位にしがみついているが、雫やほのかに抜かされるのは時間の問題だろう。それもまた、駿の「才能」の限界だった。それを、駿自身も自覚している。

 

「だが、何も成績がすべてじゃない。成績で測れない能力や特技が、実践では重要になってくるんだ。俺らにはそれがある」

 

 しかし、成績がすべてじゃないことは、駿自身が自覚している。

 

 いざ実践になると、魔法力の中で一番重視されるのは魔法式構築速度だ。相手よりも先に行使して相手が何かをする前に無力化してしまえばいいし、相手が行使してからでも後から追いついて対抗魔法を行使できれば問題ない。戦略級魔法や戦術級魔法と言った大規模なものならまだしも、個対個や小規模戦闘ぐらいならば、速度が一番重要である。魔法力の国際基準では三つの基準を均等に扱うことにしているが、実践では違う。駿の圧倒的な速度は大きな武器だ。

 

 また、文也のすべてに秀でた魔法力は、彼自身の固有技能である「何十個もの専用CADを同時に使うパラレル・キャスト」と組み合わさることで、凶悪な性能を発揮する。これによる文也の本気の攻撃を防ぐためには、「一流の改変規模を超える物理的な防御力」・「一流の干渉力を超える干渉力」・「一流の速度を超える速度」を、「全ての系統種類において」「ほぼ同時に」発揮しなければならない。しかもさらに質が悪いことに、文也には『情報強化』の『分解』という手段がある。それを単身で防げるのは、駿が知る限りでは、十文字家の『ファランクス』か、『蓋』のように鋼鉄以上の硬い装甲に強力かつ古式の『情報強化』と『領域干渉』をかけるくらいしかない。しかも、最近になって、それらへの対策になる貫通力特化の魔法ライフルまで開発した。もうここまでくると、防ぐのではなくて、何かされる前に先制攻撃で無力化する以外の方法は駿には思いつかない。

 

 またさらに特異な例で、二科生なのに戦場で大活躍した生徒もいる。

 

 結局は、魔法だって手段のうちの一つだし、魔法力だって能力のうちの一つだ。他の手段や能力と組み合わせて有効に使ってこそで、それこそが「魔法師力」なのである。

 

「ハン、夏休み前のお前に聞かせてやりたいね」

 

「文也、それは言うな。青春は悩んでこそだろ」

 

「だからといっていくらなんでも開き直りすぎだろ……」

 

「人生開き直りで過ごしてるお前に言われたくはない」

 

 そうしてまた、文也との軽口の応酬が始まる。

 

 

 

 

 

 

 ――文也の顔は、いつの間にか暗い感情が消え、明るい、口角を上げたいつもの悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なお、成績表をごみ箱に捨てたことを家に帰ってから母親にこっぴどくしかられたのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の井瀬君の反応は中々傑作でした」

 

「深雪、最近少し趣味が悪くなってきたんじゃないか?」

 

 年内最後の登校が終わり、送別会が終わって帰宅した司波兄妹は、その日の朝にあった出来事について話していた。

 

 雫の交換留学は急な話であり、クラスに公にされたのは、年内登校日最後である今日だった。その交換留学先はUSNA。雫は、クラスでも切れ者かつ実力者で、また深雪のグループにいるため男女から共に信頼が厚い。そんな彼女が三か月とはいえ急に留学に行くというのは、クラスの中に衝撃が走った。

 

 そんな衝撃が走るクラスの中で、一人だけ反応が周りよりも数段大きい生徒がいた。

 

 それは親友であるほのかや深雪ではない。事前に知っていたからだ。

 

 一番反応が大きかった生徒は――井瀬文也である。

 

 顔は真っ青で真冬だというのに汗を滝のように流し、手も体も唇もすべてが携帯端末のバイブレーションもかくやというほどに震えていた。

 

 それを見た周りの反応は、「え、あの井瀬がそんなにショックなの? まさか井瀬って北山の事好き? 会長じゃなくて?」という戸惑いか、「あの反応は違うやつへのだな。何があったのか知らんが、クラスメイトが留学するというのに薄情だ」という呆れの二つに大別される。

 

 深雪やほのかの反応は後者に近い。さらに言うと、深雪に至っては事情を知っているため、文也が何にそのような反応をしているのかがすぐにわかる。というか、そういう反応をすると予想していて、それを楽しみに登校したといっても過言ではない。

 

 雫は、交換留学でUSNAに行く。つまり――「USNAから留学生がくる」ということだ。

 

 この夏以来、文也はUSNAのことについて敏感になっている。九校戦で(そうとは気づかずに)USNA軍の秘術・『分子ディバイダー』を再現してしまったため、「USNAから目をつけられている身」なのだ。『マジカル・トイ・コーポレーション』の狭くはない情報網でUSNAの動きを追ってはいるのだが、いかんせん相手は第二次世界大戦以降から常に世界最強の軍事力・経済力を誇る巨大国家であり、極秘事項ともなると外国と言うこともあって情報は手に入りにくい。雫の交換留学は文也にとっては今朝が初耳であり、『マジカル・トイ・コーポレーション』の情報網でも見つからなかったことである。つまり、「USNAから留学生が来る」というのが「極秘事項」ということにほかならず、その来る場所が文也のクラスにドンピシャ。穏やかな事情であるはずがない。

 

「アメリカもついに動いてきたか。意外と遅かったな」

 

「先の戦略級魔法の調査も兼ねているのかも知れません」

 

「だとしたら、アメリカのターゲットは俺と井瀬ということか」

 

「戦略級魔法師がお兄様とは断定できてはいないでしょうけど……」

 

 達也の言葉に、深雪は露骨に嫌そうな顔をして語尾を濁す。親愛なるお兄様が狙われているということへの危機感や(多少の)不安もそうだが、それ以上に、またも兄とあのクソガキが重なるような状況に不快感を覚えたのだ。

 

 そんなやり取りの途中に、急に部屋に電子音が響いた。

 

「……監視カメラでもつけてるのか」

 

「そんな……」

 

 電子音を発しているのは、一か月前のハロウィンパーティーで深雪の活躍によって商品として与えられた、高度な計算を要する数多の研究機関や大学が買おうとしても高額すぎて手を出せずに嘆いたと言われる、新発売の最先端コンピューターだ。その性能は、スーパーコンピューターとまではいかないが、家庭用のサイズにギリギリ入る範疇としては最高だ。優勝したのは深雪だが、兄の方が有効活用できるとして譲ったのだ。

 

 そのコンピューターが発している音は、テレビ電話の着信を示すものである。重要な連絡先からの着信にはそれぞれに応じて個別の着信音が設定されている。この音の着信は――二人にとって、ここからの着信は厄介ごとが間違いなくやってくる相手、二人の叔母であり戸籍上の母であり、日本で最も悪名高い四葉家の当主でもある、四葉真夜だ。ちなみに設定されている音は「緊急地震速報」であり、彼女からの連絡が二人にとってどれだけめんど……失礼、重要であるかを物語っている。

 

「夜分遅くにごめんなさい。二人とも起こしてしまったかしら?」

 

「いえ、友人の家に遊びに行っていて、今帰ったところです」

 

 コンピューターを操作して通話に応じた達也は、「こんなサイレンを聞いたら誰だって目を覚ましますよ」という言葉を飲み込んで、真夜への無難な返事をする。向こうには着信音が緊急地震速報であることは知られていないし、それを設定しているというのもいくらなんでも失礼だろう。

 

「そう、北山さんの家ね。パーティーは楽しかったかしら?」

 

「ええ、楽しかったですよ」

 

 なんで知っているのか、という疑問は浮かばない。監視がついているのは承知の上だし、それにわざわざ隠すようなことでもないからだ。

 

「北山さんと言えば、交換留学するらしいわね。もう二人とも聞いているかしら?」

 

「今日の朝に学校で公式に発表があったそうですよ」

 

「そう、でも、深雪さんは仲のいいお友達だから事前に聞いていそうね」

 

「そうですね、私と『お兄様』は事前に聞いておりました」

 

 今応対している達也の存在をあえて無視した言い回しに、深雪が『お兄様』を強調して答える。もはや恒例行事の感があるが、毎回お互い結構本気でやっている。

 

「その交換留学はね――」

 

 深雪の言い回しをあえて無視して、真夜は続ける。

 

「――結論から言うと、USNAが日本に諜報員を送り込もうとしてのことなのよ」

 

 知らない人が聞けばショックで昏倒しそうだが、達也と深雪の二人はすでに察している。戦略級魔法師の調査と、文也へのなんらかの「対処」のどちらかまたは両方が目的だろう。それについて真夜からこれといった連絡がないから静観の構えなのかと思ったが、こうして連絡してくるということは、何か動くつもりらしい。

 

「そうですか」

 

 達也はあえて平坦に、察していたのかいないのか、知っていたのかいないのか、動揺しているのかいないのか、どちらとも判断付かないような、抑揚が少ししかない返事をする。それを聞いた真夜は、元々穏やかに(目は笑っていないが)浮かべていた笑みを少し強めて、鼻で笑う。察していたし知っていたし動揺はしていない。可愛げのない甥の様子だが、あったらあったで意外過ぎて逆に不気味だろう。

 

「その目的は戦略級魔法師の調査と、『分子ディバイダー』を『うっかり』再現してしまった井瀬文也へのアプローチなのだけれど、それに関連して二人に少しお願いがあるのよ」

 

((絶対少しで済まない))

 

 二人の脳内に緊急地震速報のサイレンが鳴り響く。緊急厄介ごと速報だ。

 

 そして二人の予想通り、そのあとに続く「少しお願い」の内容は、およそ「少し」で済みそうにないものだった。

 

「戦略級魔法師の調査に関しては、特に何もしなくていいわ。尻尾を掴まれないように」

 

 まず出てきたのは、USNAの目的の前者。こちらは実際尻尾さえつかまれなければ、あとは何をしてもいい。二人がどう動くかはおおよそ真夜にも見当がつく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「問題は、井瀬文也へのアプローチについてよ。『四葉』は、これを利用して――井瀬文也を『排除』するわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあとに続く真夜の声音は、いつになく真剣だった。一見いつも通りだが、やや声が低くなり、表情が険しくなっている。

 

「井瀬父子が『マジカル・トイ・コーポレーション』の『キュービー』と『マジュニア』であることは知っているわね?」

 

「はい」

 

「あの企業のせいで、『フォア・リーブス・テクノロジー』を筆頭とした傘下のテクノロジー企業の収益は大幅に損なわれている。あの二人さえなんとかすれば、大幅な収益増が見込めるわ」

 

「はい」

 

 確かにあの二人を筆頭とした『マジカル・トイ・コーポレーション』によって、四葉傘下の魔法産業は今一つ収益が伸びていない。しかし、ほかの産業は好調だし、そもそも四葉の財力からすれば、この程度の損益は微々たるものだ。わざわざ過激な対応に出るほどのものではない。

 

 よって、本来なら、達也も怪訝の色が隠せない、となるはずだが、そうはならなかった。

 

 色を隠し通せたというわけではない。「怪訝に思っていない」のだ。

 

 それは、真夜の話した理由に納得いったから、ではない。

 

 その裏にある、もう一つの理由を知っているからだ。

 

「それともう一つ。井瀬文也は、先の横浜での騒ぎで、『流星群(ミーティア・ライン)』を、劣化コピーといえど使用したのは知っているわよね?」

 

「はい」

 

 文也たちの戦場での行動は、四葉の情報網や軍の偵察機の映像によってすべて達也は把握している。『蓋』を破壊した凶悪貫通力増幅ライフルだけでなく、他の戦闘も見ているのだ。

 

 達也と深雪は、あの戦闘から数日たったある日、その映像を見て思わず頭を抱えた。

 

 文也が使った数多の魔法の中の一つ。空間内の光の分布率を操作して偏らせて通り道を穿つ、破壊力も対応難度も最高峰の魔法『流星群』は、十師族最凶の四葉家の現当主・極東の魔王・夜の女王たる四葉真夜の代名詞であり専売特許だ。今まで成功例は真夜以外におらず、その強力さと難度から、彼女だけの強さたる魔法である。

 

 故に、その起動式や現象の仕組みは秘匿され、目で見える事象の記録も公にはされておらず、世間の人が知るのはその魔法と存在のみ。

 

 そんな魔法を、文也は、どこからか使用された映像記録を見て、その仕組みを理解し、複雑な起動式を自力で編み上げ、そして自分で成功させた。

 

 そんな文也は、四葉家や真夜にとって、あまりにも「邪魔」な存在だ。いくら劣化コピーと言えど、その起動式がどこかに漏れて発展して行けば、いつかは真夜に追いつく。四葉と真夜の力を脅かす存在なのだ。

 

 そうなってしまった文也を見てしばらく、達也は数十秒に一回深い溜息を吐き、深雪は現実逃避のために気絶するように昼寝した。さらにそれから今まで、一番危機感を覚えるはずの真夜から一切これに関する連絡がないのも不気味で、深雪の胃はいつになく荒れた。達也は鋼の肉体であるため平気だった。

 

 しかし今、連絡がきたことでようやく合点がいった。真夜は、USNAの動きを利用しようとしていて、タイミングを見計らっていたのだ。

 

「そればかりは流石に看過できない。よって、二人には井瀬文也に対応してもらうわ」

 

 そう言って真夜はティーカップを傾けて喉を潤すと、その計画の中身を話す。

 

「まずは二人とも何もしなくていいわ。USNAの井瀬文也に対する動きは、スカウト、拉致、殺害の順よ。おそらく先二つは失敗して殺害に移るから、それを邪魔しないようにしなさい。いくら彼と言えど、スターズ相手だと勝てるはずがない」

 

「外国の軍による邦人への武力行使となると、国防軍が動かざるを得ないのでは?」

 

「それは貴方を交渉材料に使ったわ。世界最強の戦略級魔法師・大黒竜也特尉は、国防軍も手放せないのよ」

 

 達也は心内で思わず嘆息した。

 

(『マテリアル・バースト』の無断使用への罰則を名目にしばらく国防軍の接触が形式上禁止されていたが、まさかその間にそんな交渉をしていたなんてな)

 

 外国による武力行使からの邦人の保護は、国家・領域防衛と並んで国防軍の存在意義にして義務の一つだ。大局的に見て圧倒的にプラスである大黒竜也特尉の存在を優先するのは、その存在意義や義務から見ても正しいことなのだが、それにしても、邦人、それもトップクラスの魔法師である文也が殺害されるのを黙ってみているというのは、あまりにも冷酷だ。

 

(哀れ、井瀬文也)

 

 さすがの達也も、自業自得な面もあるとはいえ、同情せざるを得ない。九校戦最終日の深夜に独立魔装大隊の面々と会った時に、予防線付きといえど守ってもらう約束までしたのに、国防軍はこの態度だ。大黒竜也特尉に関する交渉だから、その交渉にはあの場で話した風間も立ち会ったはずである。そしておそらく風間は、文也の放置を迷わず選択した。

 

 あまりにも、文也の境遇は、悲惨だ。

 

 そんな達也のわずかな良心をよそに、真夜はその続きを話す。

 

「そして、仮にUSNAが彼の殺害にも失敗したら――」

 

 ここからが本題。静観するだけならば、まだ楽だっただろうが、真夜からの依頼が、これで終わるわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――深雪さん、達也さん、貴方たち二人で、井瀬文也を『抹殺』しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………はい」」

 

 しばらくの沈黙ののち、二人は声を揃えて了承の返事をする。

 

 二人にとって、文也の存在は悪でしかなく、入学してからずっと、散々苦労をかけさせられ、害を被っていた。

 

 しかしそれでも、自らの手で「殺す」となると、迷いが生じる。

 

 いくら悪感情しかないと言っても、それは彼が殺される理由にはならないし、達也はある意味のライバルとして、深雪はクラスメイトとして、湧いてくる情がないでもない。それに、彼は多数の一高生の命も救った。その中には、仲がいいとは言えないが、二人それぞれの友人もいる。

 

 それでも、達也と深雪は、やるしかない。『四葉』としての真夜の命令は、絶対だからだ。

 

「USNAが失敗したタイミングを見計らうのよ。疲弊し消耗しているところを攻めるわ。具体的には、まずはUSNAと同じく『スカウト』のために生け捕りを目指して貰うわ。それがダメそうなら、遠慮なく殺害しなさい」

 

 真夜の言う『抹殺』には二つの意味がある。

 

 殺害はそのままの意味で、もう一つは、前者の『スカウト』が示す『社会的な抹殺』だ。

 

 四葉家は十師族の中でも「いつでも使える」魔法師の数は少ない方だ。故に、国家の粛清対象となるような魔法師を捕縛・洗脳し、手駒として使っている。

 

 文也は国家機密を暴く魔法師であり、また強力な魔法師でもある。「手駒」の条件としてはぴったりだ。

 

 表向きには行方不明の死亡者となる。故に、社会的な抹殺だ。

 

「井瀬文也についてはわかりました。井瀬文雄についてはどうするつもりでしょうか」

 

 動揺が隠せない深雪をその大柄な体格に隠すように姿勢を正しながら、冷静になった達也は気になる事を尋ねる。文也の話ばかりしているが、彼の父親にして四葉にとって脅威な協力者である文雄もまた、『抹殺』の対象だ。

 

「井瀬文雄は、息子の危機になったら間違いなく駆け付けるわ。それを見越して、USNAは間違いなく二人が離れているタイミングで仕掛けるはずよ。それを利用して、井瀬文雄の方には、黒羽、津久葉、新発田とその他の手駒を使うことにするわ」

 

 えげつない。

 

 真夜の作戦を聞いた達也の最初の感想がこれだった。

 

 四葉の持つ戦力は一人一人が強力だ。それは使い捨ての手駒レベルでもそうであり、ましてや分家直属の部隊、さらには四葉の血を継ぐ分家そのものともなると、その戦力は小国を余裕で滅ぼせる。それらを、たった一人の男のために一気に投入するというのだ。

 

 文也は単身で多種類の魔法を同時に大量に使えて対多数に強いが、決定力や干渉力に欠ける。故に、単身または小数の絶大な戦力で押しつぶせばよい。それは、十文字克人や『蓋』に戦いあぐねた過去が証明している。

 

 一方で文雄は、干渉力やパワーが強大で、世界最高の白兵魔法師である呂剛虎を打ち破ったほどで、一対一のパワー勝負に強い。一方で白兵戦主体の戦い方のため、対多数はそこまで得意ではない。故に、絶大とはいかなくとも強力な戦力を十何人も集めて戦えばよい。

 

 故に、文也には四葉家では真夜を除いて最高戦力である達也と深雪を当て、文雄にはほかの分家を複数当てる。

 

「どちらも勝算は高いわ。最近になってようやく掴んだ情報なのだけれど、あの父子はどっちも――精神干渉系魔法が苦手なのよ」

 

 その作戦に加えて、最近になってわかった父子の欠点が四葉にプラスに働く。

 

「……あの万能の二人が、ですか?」

 

「そう、人はだれしも苦手なものがあるものよねえ」

 

 この情報には、さすがに達也も驚きを隠せなかった。

 

 文也も文雄も、すべての魔法を一流にこなす超万能型だ。系統魔法に関しては劣等生の欠陥魔法師である達也からすれば、そうした弱点は意外だった。

 

 先入観で、おおよそすべてをできると思っていた。

 

(精神干渉系魔法は、表で使われることがほぼない……なるほどな)

 

 精神干渉系魔法は、その効果ゆえに許可なき使用はほぼすべてが禁じられており、ゆえに研究が比較的進んでおらず、また魔法力を測る際にも無視され対象となる事はない。精神干渉系魔法の適性は、知られることが少ないのだ。

 

「井瀬家が代々持つ小さな秘密研究所のデータをようやくハッキングできたのだけれど、『一ノ瀬』のころから、あの家系はずっと精神干渉系魔法が苦手だったみたいね。秘密裏にその研究所で能力を測っていたみたいだけど、全員酷いものだったし、あの父子に至っては、使用すら不可能だったみたいよ」

 

 真夜がカメラに映して見せるデータには、井瀬家の代々の人物の顔写真とそれぞれの魔法力のデータが載っている。系統魔法やほとんどの無系統魔法はすべて高い魔法力だが、精神干渉系魔法に至っては全員低く、文也と文雄のものに限っては「ゼロ」であった。

 

 四葉家の魔法師は、生まれつき二つの特性どちらかを持って生まれてくる。一つは、強力で偏った魔法演算領域を備えて生まれてくる魔法師で、その系統はほとんどが収束系だ。例えば真夜や達也がまさしくそうで、『流星群』は収束系魔法だし、達也の『分解』も収束系を含む複合系統魔法だ。

 

 そしてもう一つが、精神干渉系魔法だ。二人の実母である四葉深夜を筆頭に分家にも精神干渉系に優れた魔法師が何人もいて、その全員が独自の強力な精神干渉系魔法を習得している。その力は絶大で、その系統に心得がある魔法師をも軽く凌駕して一瞬でパニックや気絶や絶命に陥らせることができる。精神干渉系魔法に適性がない、つまり無意識に自己にかけている『情報強化』以外に守りがない文也と文雄相手ならば、一瞬で無力化できる。

 

(抜かりないな……)

 

 達也は改めて、真夜の知能に警戒まじりの感嘆をする。

 

 強力な第三者に手を汚させ、それが失敗したら、対象が疲弊したところに徹底的に弱点を突く。最小限の労力で確実な結果を得られる、綿密な計画だ。

 

「用件は以上よ。それでは、おやすみなさい。良いお年を」

 

 達也たちが返事する間もなく、真夜は当初の余裕の穏やかな笑みに戻って、そのまま通話を切る。二人が動揺からまだ立ち直れていないのに、気の利いたあいさつまでする始末だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……井瀬と叔母が絡んだら、究極の厄介ごとが生まれるということか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也のつぶやきに、深雪はソファーにしなだれかかりながら頷いた。


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