マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

55 / 85
5-3

 新年になり、司波兄妹は師匠や友人を連れて本格的な和装で初詣でに行き、そこで揺さぶりをかけてくるみょうちきりんな古い格好をしたリーナに出会ったりしたわけだが、あいにくながら文也はそういったイベントは何もない。

 

 大晦日には、将輝は家のパーティで真紅郎はそれに参加するということで除くこととなったが、あずさや駿を巻き込んで「絶対に笑ってはいけない国防軍24時」を一緒に見て笑い転げて過ごした。くだらない番組と乗り気でなかった二人も笑いすぎて腹筋が筋肉痛になり酸欠を起こし、文也の『ツボ押し』によるマッサージを受ける羽目になったのはご愛敬だ。

 

 そして正月三が日は初詣に行くとかそういったイベントもなく、あずさの晴れ着とかそれに見惚れて照れる文也だとかそういった展開もない。魔法師はその原点が宗教なだけあって、神は信じていない――精霊としてなら信じている――が、宗教には一定の敬意を払うため初詣などの年中行事は欠かさない。しかし、井瀬家はあまり信心深くないのである。

 

 ではその間何していたのかと言うと、ソーシャルゲームの正月イベントに励んでいたとかそういったようなことはなく、新年初登校からのことについて、文雄やあずさや駿、それに一条家の新年イベントで何かと忙しい将輝や真紅郎も巻き込んで、深刻に話し合っていたのだ。

 

「まー正月早々こんな話するのもなんだけどよ。ついにメリケンから刺客が来るかもって話だ」

 

『交換留学だな。うちの高校にも来るみたいだし、ほかの高校や魔法大学、魔法関連企業と言った、有力な魔法関連施設にはこの1月からしばらく、軒並みアメリカから交換留学という形で来ることになっている』

 

 文也・文雄・あずさ・駿が文也の家に集まり、将輝・真紅郎は一条邸に集まる、といった形でテレビ通話を介しての会議だ。

 

 文也の切り出しに、深刻な顔をして腕を組む将輝が、一条家の情報網で手に入れた情報を話す。

 

「こんだけ広く探りを入れてくるってなると、主目的はあのビッグバンの戦略級魔法師の調査、ってとこだろうな」

 

『今までの戦略級魔法よりも、速度も威力も段違い。調査しにくるのは当然と言えば当然ですね』

 

 それを受けて、文雄と真紅郎が魔工師の立場から意見をする。二人からしてもあの魔法は仕組みすらわからないもので、できるならば自分も調査をしたいというのが本音だ。

 

「それで、問題は、アメリカとなると、もう一つの目的の可能性も高い、と」

 

「『分子ディバイダー』を使ったふみくんの調査……ですね」

 

 それに続いて、駿とあずさも知っていることを口に出す。ここまでの話はすでに年明け前の交換留学が分かった直後から共有されており、今回はその続きだ。

 

 この場で一番の年上であり、ツテも広い文雄が、そこから先の話を切り出す。

 

「この休みの間に色々調べてみたんだが、アメリカの動きからしても、やはり主目的は戦略級魔法師の調査だ。で、なんとか交換留学生のリストも一通り見たんだが……今一つ、本気には見えない」

 

 文雄は交換留学生のリストを広げて見せながら頭をひねる。これには、それぞれの大まかなプロフィールと配属先が記されている。これは『マジカル・トイ・コーポレーション』と一条家で協力して集めたリストで、顔写真は載っていないが、留学生たちの「表の顔」が載っている。「裏の顔」があるのかないのかは定かではないが、「裏」までは『マジカル・トイ・コーポレーション』と一条家の情報網では手に入れることができなかった。しかしそれでも、今一つ諜報に力を入れているような人員という様子はない。これで全員が諜報のスペシャリストだったらUSNAのカモフラージュ力に諸手を挙げて降参ということになるが、文雄の見立てでは多くても数人だ。

 

 ちなみに今回の件に当たって、文也と文雄は自分たちが『マジカル・トイ・コーポレーション』の『マジュニア』と『キュービー』であることを、組織の力を円滑に使うために、12月末に協力者である駿と将輝と真紅郎にカミングアウトした。そのあたりの察しが良い駿と真紅郎の反応は薄かったが、将輝はひっくり返らんばかりに驚いた。それから三十分もの時間をかけて冷静になった将輝は、十師族の義務として文也たちに了承を取ったうえで父親にそのことを伝えたのだが、一言「知ってる」と返され、あまりの驚きの情報過多にしばらく将輝は意識が飛んだ。――というような出来事があったのは余談である。

 

 そんな経緯を経て手に入れた資料を一枚引っ張り出して文雄は示す。

 

「一高に来るのはこのアンジェリーナ・クドウ・シールズって一年生の子だな。今の九島のじーさんの弟の孫らしい」

 

「はーん、あのジイサンのねえ」

 

「相変わらず二人とも閣下に対して失礼な呼び方だな……」

 

「魔法力は……え? これ司波さんと同じくらい?」

 

「は? 一年生でこれ? じゃあ何? 俺は永遠の二番手から三番手に転落すんの?」

 

『ちょ、ちょっと、そこ気にしてる場合じゃないって』

 

 文雄が広げたプロフィールを見て脱線していく文也を見て、映像越しに真紅郎が制止する。あずさは心配性な性格だから「仮に戦闘になったら」という心配から魔法力を確認したのだが、文也にその意図は伝わっていないらしい。

 

『で、文也、一応聞いておくけど、仮に彼女が刺客だったとして、戦えるのか?』

 

 あずさの意図をくみ取っている将輝が助け舟として文也に質問を投げかける。それを聞いてようやく周りが何を考えているのか分かった様子で文也は答える。それにしても、幼馴染のくせに知り合って数か月の将輝らよりも考えをくみ取れないとは大丈夫なのだろうか。

 

「あー、そうだなあ……人混みに逃げ込んで手が出せないようにする。最悪助けて―とか叫ぶ」

 

「三十六計逃げるに如かずとはよく言ったもんだな」

 

 文也の情けない答えに、文雄はけらけらと笑う。

 

「それは冗談にしても、この干渉力とスピードだったら、『情報強化』の『分解』と『爆裂』のリアル初見殺しで即ぶっ殺すくらいしか勝算はないな。ま、それは俺ひとりだったらの話だけど」

 

 そう言って文也は駿をちらりと見やる。

 

「駿の頭おかしい術式スピードなら、適当に先制攻撃してひるませて、あとは俺が数でごり押しすれば、二対一なら勝てるな。協力者がいないことを切に祈るぜ。あ、初詣行きゃあよかったか?」

 

『明日にでも行ってこい』

 

 どうでもいいことを付け加える文也に、画面の向こうで将輝は呆れ、適当にその話を流した。

 

『『MTC』も最先端CADメーカーですよね? 留学生はお迎えするんですか?』

 

「うんにゃ、さすがに断ったよ。いやー実は受け入れの可否の話は11月中ごろぐらいにあったんだけどなあ。まさかこんな大規模な話だなんて思わなんだ。アメリカだからなーんか怪しいとは思ってはいたんだけどよお」

 

「そーれーをー早く言えー!!! クソ親父ー!!! このハゲ-!!!」

 

 真紅郎の質問に誤魔化し笑いを浮かべながらそう答えた文雄に、即座に文也が掴みかかる。しかし体格も運動能力も何倍も差があるため、難なく押さえつけられてしまった。まさしく大人と子供だ。

 

 そんなしばしの取っ組み合い――と言うには一方的だが――を終えて、息が荒い文也と呼吸一つ乱れていない文雄は、姿勢を正して全員に向き合う。先ほどまでの態度が嘘みたいに真剣な顔になっており、それを見たあずさたちも、取っ組み合いを傍観して呆れて緩んだ心を引き締め、口を開く文也をじっと見つめる。

 

「で、今回仮に手荒なことをしてくるとしたら、事が事だから、ガチモンの戦闘魔法師を引っ張り出してくるはずだ」

 

『スターズ、だな』

 

 文也の言葉に将輝が即座に反応する。USNA軍を世界最強の軍たらしめるのは、その数や練度や装備や軍事費や実績の他に、自称他称ともに「世界最強の魔法師部隊」であるスターズがある。文也がコピーしてしまった『分子ディバイダー』も主にスターズで使われている戦闘魔法である。

 

 仮に魔法師である文也に手荒な真似をして来ようとするならば、向こうが文也のデータをしっかり集めているならば、確実に魔法師、それもかなり戦闘能力の高い者を差し向けるはずだ。USNAの戦闘魔法師と言えばスターズであり、そのレベルが来るということは想定できる。

 

「ガチのプロ、軍人となると、いくらなんでもしつこく狙われれば俺だって分かんねえ。夜道を出歩かないとか一人で動き回らないとか、それだけじゃ足りない。そんなわけで、親父を通して国防軍に守ってくれるよう念押ししてもらったんだけどよ」

 

「口では『わかった。できる限り対処しよう』だのなんだの言ってたが、どうにも言葉尻が濁っててよ。なーんか真面目に動くつもりがないらしい。アメリカから圧力をかけられてるのかもしれねぇな」

 

『な!? そ、そんな馬鹿な!?』

 

 文也に続く文雄の言葉に、軍と密接な関係がある一条家の御曹司である将輝が声を荒げる。彼ほどではないにしろ、邦人が外国の軍から狙われてるという事態でもその態度と言うことに、あずさたちも驚きを隠せない。

 

「まあこの国の国防軍が今一つ役に立たないことは今に始まったことでもねえけどな。海と空は奇襲を全く防げないし、他がそんなもんだから陸は最終防衛ラインとして結果残して無駄に権力握ってると来たもんだ」

 

「しかもあの佐渡の時は軍部も政治も仲良く平和ボケだしな。この国の先が思いやられるぜ」

 

 さっきまで取っ組み合いをしていたくせに、親子仲良くヤレヤレのポーズをして首を振りながら鼻で笑う。真剣な空気が一分持たない二人なので動きこそ軽いが、言っている内容はかなりこの国にとって深刻だ。

 

 第三次世界大戦までの流れで憲法を改正し、専守防衛も捨てて国防軍に名を変え、第三次世界大戦の中でも独立国としての地位を保ち、領土も一切奪われなかった。

 

 そこまでは頑張ったのだが、勝利の慢心と平和ボケのせいで国防の強化を怠り、三年前の夏に佐渡・沖縄・対馬の同時侵攻を許してしまった。いくら周到な奇襲だったと言えど、島国である日本において、国防に陸軍が出てくる段階では、上陸を許したということであり、もはや手遅れである。現実の成果を持つ陸軍が権力を握っているが、そもそも島国である日本ならば、海軍と空軍がしっかりしていなければならないのにこの体たらくである。しかもその三年後にもまた同じように奇襲攻撃を許し、ほぼ一方的に防衛成功したと言えど、多数の死傷者が横浜で出た。肝要の海軍と空軍が、未然防止・早期発見の観点から見たら全く役に立っていない。

 

『……親父に強く言っておくよう伝えておきます』

 

「そーしてくれ」

 

 改めて国防軍の体たらくを実感した将輝は、十師族でも特に軍と関係が深い一条家の長男として、呆れ果てて溜息を吐きながらそう言う。それに対して文也は、「言っても無駄だろうなあ」という意味で全く期待していない適当な返事をした。

 

「そんなわけで――」

 

 そこでまた、文也が纏う空気が固くなる。先ほどすぐに霧散したものよりも、さらに真剣みを帯びている。

 

「――事情を話せるくらい信頼できる中で頼りにできるのは、ここにいる皆しかいない」

 

 文也の声音と顔に浮かぶのは、申し訳なさと悔しさだ。

 

 ここにいる全員は、それが持つ、文也だからこそのより深い意味が分かる。

 

 文也は普段から我儘で、究極のエゴイストだ。

 

 しかし一方で、自分にとって大切だと思う人のことは――何よりも優先して守る。

 

 それは例え、自分の命を賭してでも。

 

 駿や将輝や真紅郎には、まだそのような経験はない。死に接するような極限の体験をしたのは、文也と親密になる前だ。むしろその体験がきっかけで親密になったのだし、二度目は一生来てほしくない。死に接するような体験は九校戦で駿は味わっているのだが、それは文也の手が届かない場所だった。

 

 しかしあずさはすでに経験している。昔から、車に轢かれかけるなどであずさが何かしらの危機になると、文也は過剰なぐらい真剣に、身を挺して彼女を守ろうとした。そして横浜では、天井の崩落と『蓋』の破壊の二度、命を懸けて守ってくれた。

 

 その話を知っているからこそ、ここにいる全員は、文也の矛盾した行動原理を理解している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、頼む――俺を『助けてくれ』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな文也が、「大切だと思う人」たちに、「助け」を求めている。

 

 しかもその内容は文也自身の命のためであり、また協力するあずさたちにも相応に死の危険があるものだ。

 

 命を懸けてでも助けたい相手に、自分の命のために相手の命の危機があるような助けを求める。

 

 その選択をするまでに、文也に相当の葛藤があったであろうことは、この場の全員が理解している。

 

 今までの文也だったら、無理をしてでも彼女らに被害が行かないように、自分だけでなんとかしていただろう。しかし、横浜での戦争で自信を喪失し、自分一人でできることが、あまりにも狭いことに気づいた。

 

 故に、今回、あずさたちを頼ることを、葛藤の末に選んだのだ。その葛藤は表情にも動作にも表れている。顔には未だ迷いがあるし、握りしめる拳は震えている。

 

「当たり前だ。ボディーガードの森崎家に任せておけ」

 

 その様子を見て、駿が真っ先に返事をする。不安はある。それでも、自分と家の誇りと友情に賭けて、駿は決断をした。

 

『俺もだ。一条家を挙げて、全力でお前を守り通す』

 

『命を救われた恩は忘れていないよ。まだ君とは話したいことが一杯あるんだ』

 

 将輝と真紅郎もまた、迷うことなく返事をする。二人とも、あの佐渡の地獄で、文也に命を救われている。迷う理由など、あるわけがなかった。

 

「ふみくん」

 

 あずさは穏やかな声で呼びかけ、震える文也の小さな手を、そっと小さな両手で包む。

 

「やっと、私たちを頼ってくれたんだね。……大丈夫、これだけ頼りになる、ふみくんの大事なお友達が揃ってるんだよ」

 

 そう言って、いつもの生意気さが鳴りを潜めた弱気の色をありありと浮かべる文也の目を見て、優しく笑いかけた。

 

 それを見た文也は、しばらくあずさの目をきょとんと見つめたのち――あずさに包まれていないほうの手の袖を使って、乱暴に目元をぬぐう。

 

「……ああ、そうだな」

 

 文也の声は、もう震えていない。腕を離した目からは涙と一緒に弱気の色も拭い去られ、いつもの生意気な光を宿している。

 

「わかった。みんな、ありがとう。絶対に、全員で生き残るぞ。ハン、世界最強のスターズがなんだってんだ。全員ブッ倒してモノホンのお星さまにしてやる」

 

 いつもの、口角を上げて歯をむき出しにする悪戯っぽい笑みを浮かべ、空いている方の手であずさの両手をそっと外す。その両手は、もう震えていない。

 

「相手がどう来るか知らねぇが、徹底的に騙し、嵌めて、遊び倒してやる。こっちだって黙ってやられるわけにはいかねぇんだ」

 

 そう言って文也は、ポケットから携帯端末を取り出す。それを見た全員は、即座に自分の端末を取りだした。秘密回線を使って、全員の端末に作戦会議のための資料を送るのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかく日本にはるばるアメリカからいらっしゃるんだ。来訪者様を、手厚い悪戯でおもてなししてやろうぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたの将輝、元気ないね」

 

「んー、あー、なんというか、歯がゆくてな」

 

 文也たちとの作戦会議が終わってテレビ電話を電源を切ってしばらく、ずっと暗い表情を浮かべる将輝に、真紅郎は声をかけた。

 

「……確かに、そうだね」

 

 二人の決心に嘘はない。全力を尽くして文也を守るつもりだ。

 

 しかし、二人が住む場所は石川県だ。学校を長期欠席して付きっきりで守ってもいいのだが、それはそれで警戒態勢が露骨すぎるので断られたのだ。

 

 故に、二人にできることはとても少ない。重要な役割をいくつか任されたが、あずさや駿や文雄のように、文也の傍で守ってやることはできない。

 

「いっそ二人で転校するか、ジョージ」

 

「それはそれで急すぎるし、もっと怪しいでしょ」

 

 将輝の本気と冗談が半々の提案に、真紅郎は苦笑を浮かべて否定で返す。お互いに冗談めかしてはいるが、将輝は半分は本気であり、真紅郎が冗談でも賛成しようものなら、明日には荷物をまとめて出発することになるだろう。九校戦の時とは逆ベクトルだが、将輝は文也が絡むと何かと直情型だ。

 

「それよりも、僕らは僕らでするべきことがあるんだ」

 

「ああ、そうだな。まずはその準備だ」

 

 二人に任された役割の一つは、東京からでは調査しにくい、三高を筆頭とした一条家の管轄である日本海側の施設にくる留学生の調査だ。『分子ディバイダー』事件の確定的犯人である文也がいる一高に次いで、「海上で起きたこと」ということで液体への干渉力が強い一条家がいる三高はUSNAが力を入れて調査すると見られ、なんなら将輝自身も文也ほどではないにしろ手荒な真似を受ける可能性がある。そうなると、留学生の中でも将輝たちの周りにはより力を入れた人物が来ることが予測されるため、その調査は重要である。

 

「さ、頑張るよ」

 

「そうだな」

 

 文也から受け取った留学生の資料とにらめっこしながら、二人は調査の段取りを相談することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「文也、ステイ、ステイ」

 

「くそおおおおなんで今日に限ってCAD検査が厳しいんだよ」

 

 冬休みが終わって新学期。今日はUSNAから留学生が来る初日であり、それを警戒して、文也は本来授業開始前に全部教員に預けるはずのCADをざっと十個は隠し持っていた。

 

 しかし、新学期初日だからか、はたまた転校生に変なことをしないようにか、今日はチェックが特に厳しく、さらに言うと文也は通りすがりの教員全員にチェックされ、すべて没収されてしまった。

 

 朝のホームルーム前の教室で反省文の山にいつもの言葉を書きなぐる文也に、駿は落ち着くように宥める。あんまり警戒している姿を見せるのは得策ではない。そのために将輝たちをこちらに呼ばなかったのに、当の本人がこれでは意味がない。

 

 一応風紀委員ということで駿は自前のCADを携帯できるためにCAD検査はされず、ペンに偽装した護身用魔法専用のCADをこっそり持ち込んで文也に渡すことはできたのだが、これだけではやはり文也も駿も不安だ。

 

 そうして無為に時間が過ぎていき、無慈悲にも朝のホームルームがくる。

 

「あー、みんな多分知っていると思いますけど、今日はUSNAから留学生の方が来ます。短い間ですが仲良くしてあげてくださいね。いやあ、にしても担任の先生は不運ですねえ。まさか今日に限ってインフルエンザだなんて」

 

 その朝のホームルームにやってきたのは、A組の担任がインフルエンザで欠勤し、急遽職員室で立体パズルを組んで遊んで暇そうにしていたため白羽の矢が立った廿楽だった。相変わらずマイペースな教師である。

 

「それではシールズさん、どうぞ入ってきてください」

 

「はい」

 

 廿楽の呼びかけに、鈴のなるように可憐な、それでいて凛とした、美しい声が返事をした。

 

『……っ!?』

 

 教室中に、静かな驚きが漏れる。

 

 入ってきた少女は金髪碧眼の絶世の美少女であり、その姿には、歓声やどよめきすら上がらない。深雪で耐性がついたA組ですら飲み込むほどの美貌の少女は、しかしその反応を気にするでもなく、平然と自己紹介に入る。

 

(あーこの美人だとあのスケベの井瀬なら興奮するんだろうなあ)

 

 ある一人のクラスメイトの男子はそう思いながら、文也のほうをちらりと見る。

 

(さて、どんな反応をしているでしょうか。恐怖で慄いているかもしれませんね)

 

 今年度に入ってから何度もひどい目に遭わせてきたクソガキが動揺する様を見ようと、深雪は文也の様子をうかがう。

 

(頼む、動揺を顔に出すなよ。平静でいろよ)

 

 駿は祈るように文也の様子を確認する。

 

 そんな三人が、ほぼ同時に見た文也の表情は――

 

 

 

 

 

「………………」

 

 

 

 

 

 

 ――能面だった。

 

(え? なんで?)

 

 事情を知らないクラスメイトは首を傾げ、

 

((わ、わざとらしい))

 

 事情を知る二人は、思わず内心で呆れ果てた。

 

 そんなこんなしているうちに自己紹介が住み、廿楽に指定された席にリーナが着席する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(イノセフミヤは……動揺してる気配なし、と。自分がアメリカから狙われてるって自覚ないのかしら)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 優雅な笑みの裏で、リーナはさりげなくうかがった文也の様子を見て、そんな的外れの判断をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スケベの文也と、深雪をしつこく誘ったという前科がある程美人好きの駿。この二人が真っ先にリーナに声をかけるかと思われたが、クラスメイトの予想に反し、二人ともホームルームが終わるなりトイレに連れションをしにいった。

 

「こういうのもなんですけど、意外と二人ともドライですね」

 

 何も事情を知らないほのかは二人をそう評し、聞いていた深雪の笑いを誘う。

 

「え? 深雪さん?」

 

「い、いえ、なんでも。ちょっと冬休みの間に見たテレビ番組を思い出してて」

 

 様子がおかしいことにほのかがいぶかしんできたので、深雪はとっさにそう誤魔化してその場を乗り切る。その会話を聞いていたクラスメイトに「え、司波さんもテレビとか見るんだ」「絶対に笑ってはいけない、かな?」みたいな噂をされ数か月後には尾ひれがついて「司波深雪は絶対に笑ってはいけないを毎年見て抱腹絶倒している」と噂されることになるのだが、それは余談である。

 

 さて、冬休み明け初日の最初の授業は、いきなり魔法の実習授業だ。ただし明けてすぐということで、しばらくはレクリエーション的な練習内容である。

 

 1対1で行う対戦形式の実習で、お互いの間にある金属の玉に魔法を行使し、相手側に落とした方の勝ちだ。

 

 毎年一年生恒例の実習であり、そして毎年(時折学年を跨いで)白熱した戦いが繰り広げられる。

 

(さて、どんなものか、お手並み拝見ね)

 

 そんな実習で、リーナは「候補」である深雪と文也の実力を探る良い機会と言うことで、二人に挑む気だ。しかしその思惑に反し、教師があらかじめ用意してあった総当たり表に則って戦うことになっており、今日は深雪としか戦えない。

 

(まあ時間はたっぷりあるしね)

 

 リーナはそう納得しながらも、やや尻込みしている対戦相手を軽く圧倒して見せる。

 

「おいおい、まじかよ」

 

「まさか西川が負けるなんてな」

 

 リーナからすればあまり手ごたえのない相手だったが、周りの反応を見るに、どうやら対戦相手の西川と言うらしい男子は、この実習では周りから一目置かれているようだ。

 

(またなんかやっちゃいました? ……は、いくらなんでもイヤミね)

 

 日本のファッションを調べる過程で何かと余計な知識も身に着いてしまったリーナは、西川に挨拶をしてから悠然と次の番の女子に場所を譲る。

 

「あ、シールズさん、すごいんですね!」

 

「そうかしら、ありがとう」

 

 興奮気味の女子に、リーナは優雅に微笑みかける。それだけで、その女子は顔を真っ赤にして動揺し、見ていたクラスメイトほぼ全員と教師も心を撃ち抜かれる。

 

「カー、ありゃあ強いねえ。これで負けるんじゃどうにもならんや」

 

 負けて早々に背を向けて戻っていた西川はそう言って首を振りながら、リーナに見とれて反応が薄い友人たちと合流する。

 

「あいつが負けるなんて相当だぞ」

 

「だな」

 

 そしてその様子を外側から見ていた文也と駿は、資料にたがわぬ魔法力だと警戒を強める。

 

 西川は、九校戦新人戦で死のブロックでの激戦の末に予選敗退したものの、一高の一年生でも指折りの移動・加速系魔法の名人だ。当然この実習ではトップレベルとは言えないが上位である。

 

 しかしその西川がなすすべもなく圧倒されたとなると、リーナの実力は、資料で見た通り相当高い。冬休み前にも同じ実習を何回かやったのだが、西川をここまで圧倒できたのは、深雪ぐらいだ。

 

「井瀬君、次私たちだよ」

 

「んー、あ、そうか。んじゃ行ってくるわ」

 

「おう」

 

 そうしているうちに、順番が回ってきたほのかに声をかけられ、文也はほのかの向かいの端末の前に立つ。この実習は魔法式構築速度と干渉力の力勝負の側面が強く、文也とほのかは冬休み前の成績ではほぼ互角だ。

 

「ほのか、頑張ってください」

 

 ほのかの後ろから朗らかな笑みを浮かべた深雪が声援を送る。そのさらに後ろでは、リーナが興味深そうに試合を観戦している。早くもお近づきになりたい男子は、聞いてもいないのに、リーナに「あの二人はこのクラスで五本指の実力者なんですよ」と教えている。

 

「カウントボタン押すぞー」

 

「はい」

 

 文也がリラックスした調子で尻を掻きながらそう言うと、ほのかは頷いて、口を引き締めて勝負のメンタルを整える。気弱でプレッシャーにも弱いが、入学してからの経験で、すっかりアスリートとしてのメンタルも得たほのかは、こうした勝負にも一回一回真剣に挑むようになっている。ましてや相手は互角の文也であり、そう簡単には負けたくない。

 

 そして、機械が無機質な声でカウントを読み上げ始める。

 

『ファイブ、フォー、スリー、ツー』

 

「あ! 司波達也が裸踊りしてる!!!」

 

「え、うそ!?」

 

『ワン、ゴー!』

 

「ほいっと、はい勝ちー」

 

「え? あああああああ!!!」

 

 ガランガラン。

 

 大きな金属音を響かせて、ちょっと押し出す程度の魔法をかけられた金属球がほのかのほうに転がってくる。それを見て、ほのかは己の失敗に気づいた。

 

 そう、騙されたのである。

 

「……まだまだメンタル面が課題ね。ほのか?」

 

「むううううううううううう」

 

 指さしてゲラゲラ笑う文也をしり目に、深雪は肩に手を置いてからかい混じりに話しかけ、ほのかは顔を真っ赤にして悔しさと恥ずかしさで唸る。初回に「あ、北山雫がトリプルアクセル跳んでる!」と騙されて以来警戒していたのだが、冬休みを挟んですっかり忘れていたのだ。

 

「お前なあ」

 

「いやー決まった決まった」

 

 心底呆れ果てながら次の自分の準備をしている駿を無視して、文也はしたり顔だ。

 

「え、ええ……?」

 

 文也の実力を見定めようとしていたリーナは、その拍子抜けの展開に、言葉にならない声が漏れる。

 

「あいつはそういうやつなんですよ。ま、気にしないでください」

 

 そばにいようとする男子の声は、そんなリーナの耳に入るわけがなかった。哀れ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、深雪とリーナが戦い、お互いに相手の実力に驚きあった二人は、教師があらかじめ決めていた総当たり表を無視して何度も戦い、仲を深めた。他の生徒ではこの二人の相手にはならないと察した教師はそれを咎めず、何戦かしたところで、

 

「シールズさんは魔法がお上手ですね。これなら、上位グループだけのリーグ制にしようと思うのだけど、どうですか?」

 

 と提案し、それを深雪とリーナは快諾した。

 

(これは思わぬラッキーね)

 

 優雅な笑みの内心でリーナはガッツポーズをとる。

 

 教師の言う上位グループリーグのメンバーは、リーナ、深雪、ほのか、文也、駿だ。探りを入れたい上に何度も戦いたい深雪とたくさん当たれるし、さらに初日から文也の調査もできる。願ってもいない事態だ。

 

「ん、なんだなんだ?」

 

 こっそり授業を抜け出していたところを駿に首根っこ掴まれて戻ってきた文也は、何やら予定通りに進んでいない授業の様子を見て首をかしげる。

 

「プログラムの変更です。実力順にリーグ制にしました」

 

「あとお前が抜け出してた対戦が終わってないんだよ」

 

「ほーん、で、俺はどこよ」

 

 もはや慣れた様子で脱走を咎めようともしない教師の説明を聞いて、文也は納得する。駿のイヤミは無視だ。

 

 文也は、教師に渡されたリーグ表でメンバーを確認する。

 

 そしてその様子をリーナはこっそりうかがっていた。

 

(……本当に、反応がないわね)

 

 あいにくながら背後なのでその顔が確認でいないが、不審な動きはない。これといった動揺した様子もなく、終始リラックスした様子だ。

 

 狙われている自覚はあるはず。その前提だったのだが、USNAから来たリーナと関わっても、何も反応がない。

 

(所詮高校生ってことで、警戒されていないのかも)

 

 だとしたら、不意打ちができるからラッキーだ。

 

 リーナは優雅な笑みの裏でほくそ笑む。

 

(はー、あのアメリカ娘かよ)

 

 そして平静な背中の裏(表?)では、文也は思いっきり苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。鋼の心でなんとか動作には出さなかったが、動揺はしているのだ。

 

(まいっか。こっちのレベルも知られるけど、あっちのレベルも知るチャンスだ)

 

 とりあえずそう開き直り、文也は試合に臨むことにする。

 

「ワタシにだまし討ちは効かないわよ?」

 

「はん、あれが効くアホは光井しかいねえだろ」

 

 そしていきなり、そのマッチが訪れる。深雪との幾度の勝負を経て闘争心がむき出しになったリーナがそう挑発すると、文也は鼻を鳴らして言い返す。そして観戦していたほのかは流れ弾で致命傷を受け、そっと崩れ落ちた。

 

『ファイブ、フォー、スリー、ツー、ワン、ゴー』

 

 機械の合図と同時に、二人は端末に己の手を叩きつけ、魔法を行使する。

 

(勝った!)

 

 リーナは勝ちを確信した。文也からサイオン余剰光が出ていない。つまり、まだサイオンの供給が間に合っていないということだ。

 

 魔法の発動は圧倒的先制、干渉力でも負けることはない。

 

 コンマ0何秒の時間で鍛え抜かれた反射速度で状況判断をしたリーナは、その直後に自分の間違いを知る。

 

 二人の間にある金属球が、リーナのほうに動いたのだ。

 

(え!?)

 

 自分の魔法はまだ行使されていないのに動いた。それも自分のほうに。

 

 リーナは何が起こったのか分からないながらも、魔法を発動して金属球を押し返し、勝利をつかむ。

 

「はー、強いなこりゃ」

 

 負けた文也は多少悔しそうにしながらも平然と端末の前を離れる。

 

 一方、勝者のはずのリーナは、先の試合に唖然としてしまっていた。

 

(……『パラレル・キャスト』)

 

 そして、リーナは、USNAで見た、文也の特徴を思い出す。

 

 九校戦で実際に戦っている映像を見た。サイオン光が入り乱れる中、文也だけは、サイオン光を「全く」発していなかった。達也もかなり小さいが、文也は全くないのだ。

 

 つまり、普通に発動する魔法ですら、文也は、「全く余剰サイオンを発しない」のだ。

 

 その究極のサイオンコントロールは、文也の最大の特徴、『何十個ものCADのパラレル・キャスト』を実現させている。

 

 魔法師は、魔法を行使しているかどうかの判断として、余剰サイオン光を最も頼りにしている。視覚情報のためわかりやすくまた光なので知覚も速く、そして、その余剰サイオン光は誰もが発するからだ。ゆえに一流の魔法師はサイオンをコントロールして余剰サイオン光を減らし、分かりにくいようにする。

 

 しかし文也は、その光を全く発しない。それゆえに、リーナは文也が魔法を行使していないとつい判断してしまったのだ。

 

 その緩みによって、リーナの魔法は、ほんの少しだけ遅れた。その隙に文也の魔法はリーナのより速く完成し、リーナは危うく負けそうになった。

 

(……やっぱり、恐ろしい)

 

 これがいきなりの戦闘だったら、自分は殺されていたかもしれない。

 

 リーナは、思わず身震いした。

 

「次は俺ですね。よろしくお願いします」

 

 自分の立ち位置から竦んで動けずにいたリーナの正面に、駿が立って挨拶をする。リーナは二連戦で、次は駿と戦うのだ。

 

「あ、え、ええ、よろしく」

 

 優雅な笑みはすっかり崩れ、リーナは動揺したまま挨拶を返す。しかしその揺らぎもすぐに収まり、再び集中を取り戻す。

 

(モリサキシュン、親友(クローズフレンド)ね)

 

 戦略級魔法師の候補には入っていないが、メインターゲット文也の親友ということで、名前だけは聞いている。このリーグにいるということは、実力者なのだろう。

 

 リーナは油断せずに機械の合図を待つ。

 

『ファイブ、フォー、スリー、ツー、ワン、ゴー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パンッ! ガラン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナは手を端末にたたきつけた姿勢のまま、思わず茫然とした。

 

 金属球は、リーナの側に、ゆっくりと転がってきている。

 

「まけ、た……?」

 

 そしてリーナはすぐに理解した。

 

 自分が端末に触れサイオンを送り込んだ直後に、金属球が落下する音が聞こえた。

 

 つまり、自分が端末に触れた直後には、もう駿の魔法が完成していたということである。

 

(い、いやいやいや)

 

 リーナはすぐに否定する。自分はすでに世界最高峰の魔法師で、魔法式構築速度も国際基準で超一流だ。その自分がまだサイオンを送り込んでる段階なのに、相手はもう行使を終えていた。そんなこと、ありえるはずがない。

 

 リーナはまずフライングを疑ったが、それは違う。機械がフライングと判断していない。つまり、駿は、自分と同時に動いたにも関わらず、余裕で先んじて見せたのだ。

 

「こっわ、とづまりすとこ」

 

「お前に言われたかない」

 

 勝った駿は、勝ち誇ることなく、当たり前のように端末から離れて文也をあしらう。

 

「ふふっ、やっぱり驚きますよね」

 

 立ち尽くすリーナに、深雪が声をかける。

 

「参考になるかと思って、今の試合をサイオンカメラで撮影しておきましたよ。御覧ください」

 

 優雅な笑みを浮かべる深雪から映像端末を奪い取るようにして、リーナはその映像を凝視する。

 

「……ダメ、わからないわ」

 

 しかしその一瞬の試合を見て、リーナは首を横に振る。あまりにも速すぎて、映像だけでは分からないのだ。

 

「ならスーパースローにしてみましょう」

 

 その反応が来ることを分かっていたであろう深雪は、手慣れた手つきで映像端末を操作し、スーパースロー映像を見せる。

 

 合図前の構えは両者ほぼ同じだった。機械の合図と同時に、両者の手が動く。しかし、その速さは歴然だ。リーナがまだ端末まで半分ほどしか動いていないのに、駿の手はすでに触れている。リーナがやっと触れたころには駿の小さな余剰サイオン光は収まっていて、ごく小規模の魔法式が金属球に投射されている。そして、金属球は最短距離で、リーナの側に落下した。

 

「森崎君の『クイック・ドロウ』は流石ですね」

 

 映像を見て目を見開きながら唖然とするリーナに、深雪は鈴が転がるような感心の声を漏らす。

 

(『クイック・ドロウ』……モリサキ……なるほど)

 

 そしてリーナは思い出した。USNAの要人が日本に行くとき、現地のボディガードも一流のを何人か雇っている。その中で必ず候補に挙がるのが、日本の用心棒魔法師でトップに名を連ねる森崎家だった。リーナも噂程度には聞いている。魔法の腕はまあまあだが、とにかくCADを抜いて魔法を行使するまでの一連の動作が速く、とっさの事態に頼りになる。そう評価されていたのだ。

 

 その時に、「モリサキの『クイック・ドロウ』」と言われていた。

 

 そう、駿は、リーナより速くCADに触れるクイック・ドロウじみた運動力と技能で先制し、そのリードを活かして先に魔法式を完成させて勝負を決めたのだ。

 

 しかも、注目するべき点はクイック・ドロウだけではない。

 

 魔法式はごく小規模だが、「相手の側に落とす」という勝利条件を最速できっちり満たすように完璧なベクトル調整がされている。また魔法式構築速度も、同じ魔法式を組もうとしたとしてもリーナよりもはるかに速い。

 

 魔法以外の技術、魔法式選択、構築速度。全てにおいて、とてつもない努力と才能と技術と工夫が見える。それらすべてを以て、最速・最高効率で勝利と言う「結果」を得る。それはまさしく、用心棒の理想の姿だ。

 

(……思ったよりも、刺激的になりそう)

 

 リーナは、なんとなく痛む胃をこっそり抑えながら、内心で溜息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コワイ……日本の高校生、コワイ……」

 

「り、リーナ? 何があったのですか!?」

 

 自室に帰ってきたリーナは、憔悴しきった顔でソファになだれ込み、うわ言のように声を発する。それを見た同室のシルヴィアは、ドン引きと心配が混ざった様子で声をかけてくる。

 

「シルヴィ……ワタシ、だめかもしれません……」

 

「え、ええ!? そんな!?」

 

 この頼りになる最強の隊長がポンコツなのは分かっているが、ここまで酷いのは初めてだ。シルヴィアはどうしていいか分からず、とりあえずハニーホットミルクを入れてあげようと慌てて準備を始めた。

 

 深雪に勝ち越され、精密操作ではほのかに上回られて、文也には意表を突かれ、駿には結局一度も先制できなかった。さらに昼食では、達也に「アンジェリーナなら愛称はアンジーでは?」と突っつかれ、動揺しまくった一日目だった。

 

 リーナは、高校生にして、(先日欠員が出たが)十三使徒の一角である戦略級魔法師、世界最強の魔法師部隊の隊長、アンジー・シリウスである。それが、日本の高校生に何度も負かされた。

 

 この事実に、初日と言う疲れも相まって、リーナはすっかり参ってしまっていた。

 

「ほ、ほら、大好きなハニーホットミルクですよ。これ飲んで落ち着きましょう」

 

「わぁい、りいな、はにーほっとみるくだいすきー!」

 

「幼児退行しないでくださーーーーい!!!!」

 

 リーナが元に戻ったのは、これより三十分も後のことである。




リーナのポンコツっぷりはこの二次創作の雰囲気に合いすぎていると思います
そういうわけで、ポンコツ度マシマシでやっていきます
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。