マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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「「えっ、よりによって今日ですか?」」

 

 風紀委員会本部の中で、仲が良いとは言えない二人――駿と達也の言葉が、ぴったり重なった。

 

 普段ならそれにお互いに多少の差はあれど気まずさは感じるのだが、驚きと動揺でそんなものを感じる余地はない。

 

「日本の恥になりそうな気がするけど、一周回って全部暴露するほうが楽なんじゃないかと思うのよ、あたし。隠し通せないでしょ」

 

「あ、あの、会話が不穏ではないですか?」

 

 あっけらかんとした声色とは裏腹に濁った眼でそう言う風紀委員長・花音の言葉に、金髪碧眼の美少女が戸惑った問いかけをする。

 

 そう、この地獄の釜の底に残った汚れが室内に蔓延しているかのような妙に息苦しい緊張感の原因は、この場に本来いるはずのないこの美少女、リーナである。

 

 初日は住処で同居人に醜態をさらしたが、冷静になった彼女は、今度は達也に接触しようということで、金曜日の今日、風紀委員の活動を見学することにしたのだ。

 

 しかしながらどうにも、イメージしていた以上に「厄介者」扱いを受けている気がする。確かに多少面倒ではあろうが、いくらなんでもここまで腫物扱いをされるとなると、リーナには原因が思いつかなかった。ただ、どうやら、自分だけが原因ではないらしいことだけは確かだ。

 

「いや、案外もしかしたら、受け入れられるかもしれませんよ。アメリカも確か『ああいうの』には寛容だったはずですし」

 

 その場にいた委員の一人から、どことなく希望的観測の気持ちがただよう声音でそう発せられると、先ほどまで気まずそうに黙り込んでいたほかの委員から次々と同調の声が上がる。

 

「くっ、やられた……」

 

「森崎だけでなく俺もか……」

 

 それを受けて駿と達也は、悔しさと諦めが混ざった態度で、溜息を吐く。

 

「シールズさん。今日はこの森崎駿君と司波達也君についていってくれるかしら? 風紀委員を『見学』するとしたら、この上ないものが見れるわよ?」

 

「え、あ、あの、それってどういう……」

 

「見てからのお楽しみよ。でもそうねえ、言うことがあるとすれば二つ」

 

 戸惑うリーナの肩に手を置いた花音は、その目の前で指を二本立てる。

 

「まず一つ。覚悟するといいわ」

 

「は、はあ」

 

 要領を得ない忠告に、リーナは歯切れの悪い返事をするしかない。

 

 そしてまるでもったいぶるかのように間をおいて、二つ目の忠告が与えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それと……『連中』のことは嫌いになっても日本のことは嫌いにならないで頂戴」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「風紀委員だ! 今すぐ両手を頭の後ろで組んで伏せろ!」

 

「「「「げええええええ出たああああああああ!!!!」」」」

 

 扉を蹴りあけて突入した駿と達也は即座にCADを構えて威嚇する。それに対して、中にいた文也たち――ゲーム研究部員達は、驚きの悲鳴を上げ、威嚇を無視して各々の手元にあった何かを持って窓から逃走していく。

 

 それに対して二人は逃走防止のため、事前の作戦通りに対象を定めて妨害魔法を行使して逃げられなくする。対象が被ればお互いの魔法の邪魔をしてしまうが、こうしてしっかり連携を取れればそうしたこともない。

 

 逃げられないと悟ったほかのゲーム研究部員は、それで大人しくなることはなく、むしろ抵抗する。こちらはこちらで連携抜群で、二人に応戦する担当と証拠隠滅担当に分かれて各々の役割を全うしようとしていた。

 

「おのれ風紀委員! お前らにはこのスケベのロマンが分からないのか!? それでも股にイチモツぶら下げてんのかよ!?」

 

 魔法力に優れる文也は当然応戦担当だ。得意の『パラレル・キャスト』で二人の目をくらませたり足止めをしたりする妨害魔法をいくつも同時に行使する。

 

「元気なのは結構だが、学び舎でやることではないな」

 

 それらの魔法に対し、達也はサイオンの塊をぶつける『術式破壊(グラム・デモリッション)』で無効化する。その隣では駿が、証拠隠滅担当が冊子を燃やそうと火をつけたライターに吸収系魔法を行使して酸素反応を妨げ、証拠隠滅を防ぐ。そして達也は文也に持ち前の運動神経で高速接近して鳩尾に拳を叩き込み気絶させる。それ以外も駿が放ったサイオン波によって酩酊状態に陥り、次々と無力化されていった。

 

「え、えええええええ!?」

 

 見学と言うことで事の成り行きを後ろから見ていたリーナは混乱する。生徒による自治活動家と思いきや、これではまるで、SWATによる犯罪組織への突入だ。およそ学校内の活動とは思えないし、ましてや警察権どころか大人ですらない生徒がそれをやっているのだから、混乱するのも無理はない。

 

 そう、この日は、新年初登校日早々の放課後に風紀委員で急遽決まった、たまに行われるゲーム研究部への突入捜査の日だったのだ。ゲーム研究部はこの一高で最も悪さをする組織であり、風紀委員と職員室と生徒会で連携して、この連中の動向を監視するシステムが代々伝えられてきた。そして登校初日から急に、なにやら怪しげな動きをゲーム研究部がし始めたので、本格化する前に潰しておくことにしたのだ。

 

 当然、こんな活動――風紀委員とゲーム研究部どちらもだ――を留学生に転校早々の週末に見せるわけにはいかないのだが、そのタイミングでリーナが突然見学希望に訪れてきた。当然断る選択肢もあったしそれが穏当なのだが、新年早々ゲーム研究部のバカに付き合わされることになった風紀委員長・花音のヤケによって、こうなったのだ。そして面倒なリーナの相手は、ゲーム研究部担当である駿と対抗魔法のスペシャリストである達也のコンビ(当人たちは組んだ覚えはない)に、さらっと押し付けられたのである。さすがゲーム研究部担当をさりげなく代々一人に押し付けてきただけあって、その連携はスムーズであった。

 

「もう、なんなの……」

 

 割かし剥がれやすい優雅さの仮面がすっかり剥がれ落ちたリーナは、思わずそうつぶやく。賢い彼女はあの風紀委員本部での微妙な空気や発言の理由を、この瞬間に理解したのである。

 

 何もしていないのになんかもうすでに疲れてきたので、リーナはとりあえず見学と言う体裁を保つために待機していたほかの委員が続々突入してガサ入れと尋問をしている部室に入る。

 

「……それで、ゲームクラブは、何を画策していたのですか?」

 

 手近にいた風紀委員――先ほど先陣切って発言していた男子だ――に、リーナは声をかける。

 

「あー、えーっと、まあさすがに見せられないですね。ハハハハハっ!」

 

 笑ってごまかす彼は、ゲーム研究部の「活動」の産物をさりげなく背に隠す。

 

 しかし、リーナの動体視力と観察眼は、それを捉えた。捉えてしまった。書いてあるものまできっちりと分かってしまった。

 

 自分にそっくりな金髪碧眼の美少女が、あられもない姿で破廉恥なポーズを取り、快感に顔をとろけさせている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ゲーム研究部は、さっそく、絶世の美少女リーナで、ウス=異本を作ろうとしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いくら寛容なアメリカでも、自分がモデルだったらさすがに怒るわよ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づいていないふりをしながら、リーナは目の前の風紀委員の男子に心内で怒鳴り散らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もぅマヂ無理……帰国しょ……」

 

「月曜に引き続きなんなんですかもう!」

 

 ゲーム研究部の件に加えて、そのあと達也相手に自爆して正体をほぼバラしてしまったということが放課後のわずかな時間の中にあり、帰宅したリーナはすっかり弱り果て、初日と同じ惨状を晒すというような一幕もあった。それから数時間たった真夜中、せめて心を休めるためにゆっくり寝たかったのだが、同居人のシルヴィアに叩き起こされた。隊長であるリーナが不在の間に本国を任せている副隊長のベンジャミン・カノープスからの緊急連絡だ。

 

 その用件は、熟睡(ふて寝)から叩き起こされたばかりのポンコ……リーナの目を覚ますには十分な内容だった。

 

『先日の脱走兵ですが、居場所を特定しました』

 

「ブッ」

 

 寝起きで気持ち悪い口の中をリセットしようと水を飲みながら話を聞いていたリーナは、思わず口に含んでいた水を噴き出し、自分愛用のコンピューターの画面を汚す。普段は水を飲みながら人の話を聞くような真似は絶対しないのだが、寝起きなうえに精神力が削られている今はつい理性が働かない。それが仇となった。

 

 ベンジャミンとしては説教の一つぐらいしたいのだが、用件が用件なので、説明を続けることにした。

 

 居場所は日本。横浜に上陸後、東京に潜伏している。追加追跡者チームが派遣される。日本政府には極秘。

 

『そこで、アンジー・シリウス隊長に与えられた現行の任務二つは優先順位が下がり、脱走者の追跡が最優先任務となります』

 

「了解しました」

 

 その決定に、リーナは不満はない。

 

 最凶の戦略級魔法師の調査や脅威となる魔法師の「対処」は重要だが、それはまだ放置していても良い。脱走した自国の兵士が外国に潜伏している方がはるかに問題だ。

 

『そして、井瀬文也への対応に関してですが、隊長に代わりまして、別の人材を派遣します』

 

「誰が来るのですか?」

 

 とはいえ、文也を放置すると何をされるか分かったものではない。戦略級魔法師調査と違って対象がはっきりしている以上、なるべく早いタイミングで仕掛けるのがベターだ。

 

『スターズ本隊の新兵、ネイサン・カストル少尉です』

 

「なるほど、彼ですか」

 

 二十代半ばで若くして衛星級から二等星級まで魔法戦闘力で最近昇格した男性で、総隊長として面談したのも最近だったため、リーナもすぐに思い出した。真面目一徹で国家への忠誠心が強い優等生でありながら、癖の強い魔法戦闘が得意の期待の新人である。

 

 初日に文也の実力を垣間見た彼女としては生半可な人材が送られてきたら不安しかないだろうが、本部も分かっているようで、階級はそこそこながらも実力が高い彼を選抜した。よってリーナは不安を感じなかった。いくら特殊でも所詮は高校生。ルーキーとはいえ実力者の軍人ならば楽に事を進められる。

 

『カストル少尉の住居はすでに用意してあり、明後日には飛行機に乗って向かいます。週明けの昼頃に引き継ぎをお願いします』

 

「了解しました」

 

 その後数往復の事務連絡と挨拶をして、通話を切る。

 

 ベッドに戻るもすっかり目が覚めてしまったリーナは、布団をかぶりながらも寝付けず、今後のことを考える。

 

(戦略級魔法師の調査はほどほど……イノセフミヤに関しては安心……脱走兵の対処は……)

 

 そうして考えているうちに、リーナの心にモヤモヤが募っていく。自覚した彼女はその正体を、脱走兵対処への警戒と不安だとまず分析したが、それでも腑に落ちなかった。

 

(これは一体……)

 

 何だか分からないが、嫌な予感がする。任務が決まってからしばしば感じる悪寒を誤魔化すように、リーナは布団を頭まで被った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は何やってるんだ?」

 

 週明け、登校してきた駿は、珍しく先に登校して席についていた文也――生徒会の用事で早出だったあずさがついでに迎えに来て無理やり連れてこられたのだ――が一生懸命にいじっている携帯端末を覗き込む。今やすっかり時代遅れに見えるゲーム画面では、操作キャラクターらしき男が鎖を操っている。

 

「悪魔城ドラキュラ」

 

「……まだずいぶん単純な選択だな」

 

 駿はそう言ってジト目で見ながら文也のすぐ前の席に着く。本来の席は離れていたのだが、リーナに変なことをしないようにと、インフルエンザから復帰した担任が席替えを断行し、文也の傍に駿を置いたのだ。

 

 駿の予想は、まさしくその通りだ。今世間を騒がせているニュースを聞いて、文也はなんとなくこのゲームをチョイスしたのである。

 

 そのニュースとは、吸血鬼事件。連続猟奇殺人事件で、被害者は全員血を抜かれている。しかし注射器などを使った痕跡はなく、全員無傷なのだ。

 

「例のあれ、世間では魔法師の仕業だなんだって騒がれているらしいな。今朝親父から聞いたよ」

 

「やっぱそうなるわなあ。でも治癒魔法一発で傷跡が全部綺麗さっぱりなんてあるわけないしなあ……変なことがあったら全部魔法のせいだからやんなるぜホント」

 

 文也はそう呆れながら、端末をカバンに放り投げて乱暴にしまう。ゲームは一段落ついたし、駿との会話に集中することにしたのだ。

 

 そんな文也の態度は、特に深く考えている様子はない。しかし、駿には文也が考えていることがわかる。

 

「……そんなもんだ、気にするなよ」

 

「お見通しかい。精神干渉系魔法は禁止されてるぞ」

 

「先月も同じようなこと言ってたな」

 

 冗談めかした流れになって文也も幾分かは明るい表情に戻ったが、まだどこか心のしこりが取れないように駿は見える。それは、気のせいではない。

 

 文也は自己中心的で我儘で悪戯好きのワルガキだ。それは、「自分が楽しい」を優先する性格だからだ。

 

 そして、意外にも、その「楽しい」の感情を、他者にも感じてほしいと感じているのである。そんな文也が一番「楽しい」と感じるものは、他でもない、魔法だ。その魔法による「楽しい」を広めるためというのもあって、『マジカル・トイ・コーポレーション』で『マジュニア』として開発に携わっている。

 

 しかしそんな文也の想いとは関係なく、世間の魔法に対する風当たりは強い。

 

 テクノロジーの進歩で魔法は社会・生活・生産の面ではほぼテクノロジーで代用可能な、「あれば便利なもの」止まりである一方で、軍事的には世界のパワーバランスを大きく左右するほどの力がある。また使用の可不可や才能は生まれつきに左右される属人的なものであり、ほとんどの人間が使えない。

 

 日常生活では、あれば便利程度のもの。

 

 一方「兵器」「兵士」として見れば、「ごく一部のみが使える恐ろしいもの」。

 

 それが世間の魔法に対する認識であり、嫉妬や恐怖や無知、その他もろもろの悪感情が、魔法に向けられている。

 

 それは事あるごとに再燃し、「人間主義」という運動まで起こる始末だ。

 

「楽しい」はずの魔法に対する世間の目は、あまりにも厳しい。

 

 文也は、そうした世間の目がより厳しくなることを、(こう見えても)気にしているのである。

 

(いや、でもなあ)

 

 こうした憂いがある、と駿は見ていたのだが、しかしどうにもそれだけではないようにも見える。

 

 そんな駿の疑問を、文也はすぐに解消した。

 

「まあ魔法排斥云々は置いといてな、問題は、おんなじような事件がアメリカでも起きてることだよ」

 

「……またUSNA絡みか」

 

 吸血鬼事件のニュースを見ながら「ツテ」で知った文雄からUSNAでも同じ事件が起きていると聞いた今朝は、思わず朝食のお茶漬けを噴き出してしまった。

 

 今文也が直面している悩みは、USNAから狙われているであろうということだ。吸血鬼事件も、直面している大きな問題があるのだから一旦置いておくこともできるが、ことUSNAが絡むと、とてもではないが無視できない。

 

「もしかして今回の派遣って、この吸血鬼絡みで、俺とか戦略級魔法師は無関係?」

 

 文也の小声には、少なからず期待が混ざっていた。この予想が当たっていたとすれば、文也は何も気にすることなくリーナで遊べる。圧倒的美少女だから何かと「使える」し、なんだかポンコツそうだからからかい甲斐もありそうだ。余計なことは考えず、純粋に遊びたいところである。なおその「遊び」は間違いなく不純だし、常識的にはそれこそ「余計なこと」である。

 

「そうだといいけどな」

 

 駿の返事は一切期待がこもっていない。もしもの事態に備える癖が、ボディーガードを副業とする森崎家の人間には染みついているのだ。

 

 何はともあれ、一番身近な「USNA」であるリーナに接触して、それとなく探りを入れよう。

 

 口に出すまでもなくそう決めていた二人の予定に反して、リーナは留学早々に、この日は欠席した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何も打つ手がなかった週明けの翌日朝、ついに第一高校にも吸血鬼の被害者が出たという噂が広まっていた。一応機密なのだが、人の口に戸は立てられないものだ。

 

 その被害者は、西城レオンハルト。昨夜、深夜の公園で襲われたらしいとのことだ。

 

「……一難去ってまた一難、だね」

 

「そんな嫌そうな顔すんなって。一緒に戦い抜いた仲だろうが」

 

 その日からさらに翌日の休み時間、幹比古は人気のない場所に呼び出されていた。

 

 呼び出したのは文也だ。九校戦で『モノリス・コード』新人戦の代理チームを組んだ縁で連絡先を交換しており、それで呼び出したのである。幹比古は、実はあの夏からずっと重なり続ける文也の悪評を聞いて連絡先から消していたのだが、文也の方には残っていたのだ。

 

 文也に呼び出されたとなれば、幹比古からすれば何をされるか分かったものではない。恐怖そのものである。

 

 そういうわけで、幹比古はお互いにまともそうな同行者を連れてくることを提案した。文也も自分の評判は自覚している(そのくせに直そうとはしないのだが)し、誰を連れてくるかは予想できていたので、二つ返事で了承した。

 

「お互い苦労するな」

 

「全くだ」

 

 幹比古が連れてきたのは達也、文也が連れてきたのは駿だ。もはや二人の間には、言葉では言い表しがたい連帯感の様なものが生まれてしまっている。お互いに不本意ではあるが。

 

「んじゃ早速本題に入るか。吸血鬼事件について知ってることと予想を全部教えてくれ。司波兄もな」

 

「……図々しいやつだな」

 

 文也が菓子パンをかじりながら話すので、なんとなく各々の昼食を広げながら話す流れになった。嫌な昼食会である。

 

 幹比古を呼び出した理由は、吸血鬼について尋ねるためだ。文也は現代魔法に関しては世界随一だが、その知識でも分からなかった。そこで、からきしの分野である古式魔法の観点から何かわかるかを知りたいのだ。何でもできる父親に聞いてもいいのだが、せっかく同級生に古式魔法の専門家がいるのだから、尋ねない手はない。達也の同行を了承しているのは、この怪しさ満点の同級生ならどうせ吸血鬼事件を知っているから問題ないことと、『トーラス・シルバー』の片割れである彼の知識をアテにしてのことだ。

 

「俺はよく分からなかったのだが、幹比古が昨日正体を暴いてくれたよ」

 

「レオを襲ったのは、僕らの界隈で『パラサイト』と呼んでいるものだ」

 

「パラサイト? 寄生虫か?」

 

 達也ですら分からなかったものを、幹比古はわかったようだ。伊達に専門家ではないということである。そんな幹比古の答えに、文也と駿は今一つ合点がいっていない。パラサイト、というとまず思いつくのは寄生虫だが、人に宿って人を襲う寄生虫と言うのは、漫画・アニメの世界でしか聞いたことない。

 

「いや、寄生虫の事じゃないよ。簡単に言うと、妖怪とか妖魔とか悪魔とか言われているものの中でも、人にとりついて操るもののことだよ」

 

「……人を操る寄生虫よりも漫画の世界だな」

 

 文也は思わず菓子パンを食べる手を止めて溜息を吐く。思わず疑ってしまうような内容で、文也の目はその色を隠せない。幹比古としては信じようが信じまいがどうでもいいので、それを気にせず説明を続ける。

 

「そういったパラサイトは、人間にとり憑いて操ったり人ならざる妖魔に変えたりして、別の生物から精気を吸い取るんだ。精気っていうのは生命力の様なもので、元々物質的な存在でない妖魔たちは、それを操って己の糧とするんだよ。例えば食人鬼なら人肉を食べて、吸血鬼なら血を吸って、精気を取り込むんだよ」

 

「ふーん、サキュバスみたいなものか」

 

「……まあ、うん」

 

 文也の返答に、幹比古は顔を赤らめ、目をそらして肯定する。そういった例を出されては「精気」がより一層変な意味に感じてしまい、初心な幹比古はつい照れてしまうのだ。

 

「で、そう、レオは、『吸血鬼』に身体的に接触した時に精気を吸い取られたんだ。血とか肉とか……せ、精液とか、物体を介した接種じゃなくて、直接精気を吸い取るタイプなんだよ」

 

「吉田、このバカガキの例に乗せられなくていいんだぞ」

 

 生真面目な幹比古は、苦手な「ソッチ」方向の例も、挙がった以上は話に盛り込んでしまう。顔を真っ赤にしてドモりながら話す幹比古に、駿は呆れながら助け舟を出した。

 

「へー、じゃあ奴さんたちは、血を吸う必要がないわけか。じゃあなんでガイシャたちは血を抜かれてるんだ?」

 

「それは分からないけど……多分、ダミーだと思う」

 

「ふーん、なるほどねえ。じゃあお前らんとこのあのソース顔のはどうなんだ? その口ぶりだと、血は抜かれないで精気吸われたのか?」

 

「ソース顔? ああ、レオね。うん、そんな感じ。胸を殴られたときに、エネルギーが吸われた感じがしたらしいよ」

 

「ほー。で、そのパラサイトってのは、とり憑かれると抵抗とかできるのか?」

 

「うーん、パラサイトが寄生しに来る、って分かってるなら対策はあるかな。精霊と同じで、現代魔法で言うところの肉を持たない情報生命体だから、僕たちの精神・身体のエイドスどちらかに干渉して操ったり妖魔に作り替えたりしてるっていうのが界隈の見解なんだけど、それが正しいとしたら、精神・身体のエイドスに『情報強化』をかければ、跳ねのけられるんじゃないかな」

 

 達也は、幹比古が精神と口に出した瞬間に、文也が一瞬顔をゆがめたような気がした。それは実際にそうなのか、はたまた達也が文也の弱点を知っているからそう見えただけなのかは、達也にはわからない。

 

「それってエイドススキンじゃやっぱ跳ね返せない感じか?」

 

「そうだろうね。そもそも彼らが肉を持たない生命体と言うことは、肉に依存しがちな僕らに比べて、肉体にしろ精神にしろエイドスへの干渉力に関しては、一枚も二枚も上手と思った方がいい。今言った『情報強化』だって、もしかしたら破られちゃうかもね」

 

「……ホラー映画よりよっぽどホラーだぜ」

 

 幹比古の説明を聞いた文也は、少し顔色を悪くしながら額を手で押さえ、首を横に振る。おどけた動作をしているが、参っているのは本当らしい。

 

「じゃあ今度はこっちから質問する番だね。吸血鬼について、なんで知りたがっているんだい?」

 

「知的好奇心」

 

「僕は嘘をつかなかったんだから、君も本当のことを話しなよ」

 

 文也のバレバレの嘘に、三人は呆れる。当の本人も騙せるとは全く思ってなかったみたいで、ペロ、と舌を出して悪戯っぽく笑うと、大げさに観念したような動作をして、事情を説明する。

 

「お前のクラスにも、えーっと、なんだけ、ほら、百家の凶暴な女いるだろ? そいつから話は聞いてると思うけど、その吸血鬼に関して、七草家と十文字家を中心とした十師族・二十八家・百家が合同で調査してるんだよ。コイツも百家支流だし、あとマサテルも十師族だから、協力してくれって話が来てさ。で、どんなもんかと思って話を聞きに来たんだ」

 

「ふーん、なるほどね」

 

 文也の説明に、幹比古はまだどことなく腑に落ちていない様子だが、それでも特に怪しい点がないのでとりあえず納得する。百家の凶暴な女=エリカというのは、幹比古と達也二人にとって自然に受け入れられる表現だったので、特にツッコミは入れなかった。

 

(らしくもないな)

 

 その文也の説明を聞いた達也は、それが真実でないことをすぐに看破した。

 

 それは、文也が抱える本当の事情を知っているからだ。

 

 文也は現在、USNAの動向について注意せざるを得ない状況だ。そして、吸血鬼事件は、当のUSNAでも起きている。偶然で片づけられるわけがないので、こうして情報を集めていると予想するのは簡単だった。

 

 そして、文也の説明には、幹比古は気づいていないようだが、ある矛盾がある。

 

 吸血鬼事件を調査しようとしている十師族と百家支流が親友だから聞きに来た。一見すると筋は通っているし、事実、十師族たちは調査をしているし、一条家と森崎家にも話は来ている。幹比古に話を聞きに来た理由としては嘘だが、起きた出来事としては嘘をついてはいない。嘘をつくために事実を元にするのは常套手段にして最高の手段だ。

 

 しかし、文也の説明通りならば、メインで話を聞きたいのは彼ではなく、実際に依頼が来た駿のはずだ。しかし、幹比古に連絡を取ったのも、話をメインで聞いているのも文也だ。さらに、元々文也と幹比古二人だけの予定だったのだが、幹比古の要請で駿と達也が同席しているので、文也の説明には矛盾がある。

 

 幹比古も無意識的にそうしたところに引っかかってるからこそ、どことなく腑に落ちない様子なのだろう。

 

 達也は感情がうかがえない目で文也のことをじっと見る。文也はそれに気づき、達也に気づかれたと察したみたいで、口に人差し指を立てて黙るようにサインする。達也としては黙っておく理由はないが、話す理由もないので、文也の指示通りに黙ることにした。

 

 達也の思う「らしくない」とは、文也の嘘に明らかな欠陥があったことに対するものだ。冗談めかした文脈の時は先ほどのようにバレバレの嘘をつくが、狡猾な文也は、真面目な嘘は一見して露見しないように周到につく。今回は、その点で考えれば、浅い嘘だった。それだけ、USNAが絡む件については焦っているということだと、達也は見当をつける。

 

「話はこんなもんだな。一応礼になりそうなものを二つ持ってきたけど、どっちがいい?」

 

「ええ……」

 

 聞きたいことは一通り聞き終わった文也は、幹比古の前に持ってきていた二つの紙袋を掲げて見せる。予想外の展開に、幹比古はすっかり疲れ切った声を漏らした。

 

「中身を選ぶことはできないのかい?」

 

「中身が見えないからこそのロマンだろ。安心しろ、どっちもお前が好きそうなものだ」

 

 九校戦以来ご無沙汰の癖に、僕の何を知っているんだ?

 

 幹比古としてはそう思わざるを得ないが、口角を上げて悪戯っぽい笑みを浮かべる目の前のクソガキには何を言っても無駄だと諦め、適当に選ぶ。

 

「じゃあこっち」

 

 右手にある紙袋を選んだ幹比古は、期待ゼロ不安100パーセントで紙袋の中に手を突っ込む。感触的には、雑誌のようなものだ。

 

「ブッ!」

 

 そしてその表紙を見た幹比古は、顔を真っ赤にして噴き出し、思わず投げ捨ててしまう。

 

 ――『一高女子マル秘写真集』。

 

 そうタイトルがつけられた本には、表紙から全てのページにわたって、一高の女子生徒や教員の中でも見目麗しい女性だけを厳選して隠し撮りした写真集だった。さすがに裸や下着姿と言った重犯罪にあたる写真はないが、体育着や部活用の薄着、タイツや胸元など、ここぞとばかりにセクシーなシーンが撮られている。

 

 そして、その表紙には、一高一年生女子で隠れた人気を誇る癒し系巨乳メガネっ子・美月の、へそチラ体操着姿も写っている。

 

「「風紀委員だ。猥褻行為の現行犯で逮捕する」」

 

 即座に、顔を真っ赤にした駿と心底面倒くさそうな達也が動く。ゴキブリのように逃げようとする文也を達也が取り押さえ、駿は目をそらしながらその写真集を魔法で燃やした。

 

 ドナドナされていく文也と連行する二人の後ろ姿を、幹比古はただぽかんと眺めるしかなかったが、少し落ち着いて、急に先ほどの表紙が頭をよぎり、急に顔が熱くなる。

 

(煩悩退散煩悩退散煩悩退散!!!!!)

 

 幹比古は必死に頭を振ってその光景を忘れようとするが、すればするほどより鮮明に思い出されて、さらに強く頭を振る。

 

「すまないな。もう一つのほうを持って行っていいぞ」

 

 文也を達也に任せて戻ってきた駿が戻ってきてもう片方の細長い紙袋を渡すまで、幹比古の自分との戦いは続いた。


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