マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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 あれから幾日か経って、放送室がジャックされたりなんやかんやあって、全校生徒の半数が講堂に集まって聞きに来る程度の大規模な公開討論会が行われている。

 

 討論の内容は、学校内における二科生の差別について。

 

 しかしその内容はお粗末なもので、なんちゃら同盟とやらが噛みついて、それを生徒会が平然と撃ち落とすというものだった。

 

 そのやり取りの一部は、

 

「今期のクラブの予算配分について質問させていただきます。こちらが用意した資料によりますと、一科生の所属比率が高い魔法系クラブの予算に比べ、二科生の所属比率が高い非魔法系クラブの予算が明らかに低いです。これは授業のみならず、課外活動でも二科生への差別になっているのではないでしょうか!」

 

「クラブの予算割り当てについては、各クラブの部長全員が参加する会議によって決定されています。予算はその部活動の実績と所属人数によって割り当てが決まっています。お手元のグラフをご覧になればわかる通り、対外活動や大会で多大な結果を残している非魔法系クラブのゲーム研究部やレッグボール部には、魔法系クラブ――それも実績も人数もある剣術部などと同等の予算が割り当てられていることが分かると思います。そのような差別がある、というのは誤解です」

 

 といったようなものだった。

 

「ゲーム研究部ってすごいんだね」

 

「井瀬君もそこだったよね?」

 

「おう。遊んでばかりいるイメージだろうけど、先輩たちはやべえくらい上手いからなあ」

 

 椅子に座って並んでいる北山雫と光井ほのかと文也がぼそぼそと会話する。その先輩たちはゲームに熱中し過ぎて去年軒並み落第しかけた結果廃部ギリギリで踏みとどまっていることは公然の秘密だ。

 

 そんなことをしているうちに、討論会は真由美の演説会になってきた。

 

「くだらねえ……思っていたよりも百倍くらいくだらねえ……」

 

 あまりにもどうでもいい展開に文也は心底うんざりして愚痴をこぼす。隣の雫も「そんなこと言わないの」とたしなめはするが、そのあまり表に出ない表情からも同じようなことを考えているのが分かる。

 

 もうとっとと帰ってゲームでもしよう。

 

 そう思って席を立った瞬間――突如として轟音が鳴り響いた。

 

 文也たちがなんだなんだと周りを見回しているうちに、事態が次々と収束していく。

 

 何が起こったのか分からないが、どうやら風紀委員たちが何かを予測していたようで、『同盟』のメンバーたちを取り押さえている。

 

「な、なにがあったんですかあ?」

 

「テロじゃない?」

 

「じょ、冗談だよね?」

 

「さあ、これはあながち冗談でもないかもな」

 

 怯えるほのかと案外冷静な雫、そんな二人のやり取りに茶々を入れる文也。

 

 だがその口調とは裏腹に、文也の口調は厳しいものだった。

 

「おい、駿。何があった?」

 

「テロだ。予測できていてよかった」

 

『同盟』のメンバーを連行している駿に問いかけると、仕事中だからか手短に駿はそう答えて去っていってしまう。

 

 だが、それだけで情報は十分だ。

 

 校内にテロリストが侵入した。

 

「光井、北山、お前らはほかの連中と一緒に避難してろ」

 

 文也はそう言い残して、生徒の流れに逆らって行動の舞台の方へ駆け出していく。

 

 そこには生徒会役員として避難誘導しようとするも、元来の気弱さと声と体の小ささのせいでまったく役に立っていないあずさの姿があった。

 

「あーちゃん、怪我はないか?」

 

「ふ、ふみくん!? だ、大丈夫だけど……」

 

「そうか、よかった」

 

 本当ならあずさを連れて逃げたい。

 

 だが、あずさには避難誘導という仕事がある。

 

 それをするわけにはいかない。

 

 だから、文也は選択する。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

 目指すのは、CADが大量に保管してある職員室だ。そこで自分のCADをとってやることは一つ。

 

「む、無理しないでね、ふみくん!」

 

「ああ、『ここ』であんな失態はしないさ!」

 

 あずさを守るために、校内のテロリストを殲滅することだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 CADを体中に仕込んだ文也は、無理に走るようなこともなく実技棟に向かった。

 

 そこでは侵入してくる電気工事の作業員のような格好をした男たちを、エリカやレオ、それに応戦している三年生を中心とした生徒たちが倒している様子だった。

 

「おう、元気してるか?」

 

「元気だけどもそれに返事したくねえ!」

 

 そんな返事をしながらテロリストたちを殴り倒すレオ。そのそばでは成人男性数人を相手に余裕で立ち回って倒しているエリカもいた。

 

「中に何人かすでに入っちゃってるから、井瀬君はそっちお願い!」

 

「ほいよ」

 

 文也はそう言いながらブレスレットCADを起動し、自分に向かってくるテロリストを盛大に転ばせる。それに躓いて後続のテロリストたちが次々と倒れていくのでそこに左手小指につけた指輪型CADを起動して水を盛大にぶちまけてびしょぬれにさせ、最後に頭の中に仕込んだヘアピンについた豆粒サイズのCADを起動させ、感電させて気絶させる。

 

 それぞれ本来は水鉄砲の魔法版と静電気でピリッとさせるいたずらレベルのものだが、殺傷能力があるレベルまで改造されている。

 

「じゃあ少しお散歩してくる」

 

「もうなんだっていいわよ!」

 

 相変わらずふざけた様子の文也に大声で返事をしながら、エリカはまたテロリストを一人打ち倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テロリストっていうからなんだと思ったが、この程度か」

 

 魔法科高校に侵入してくる以上、狙っているのは図書館だとあたりを付けていた文也は迷うことなく進んでいくが、その道中は静かなものだった。

 

 階段から落ちたらしく気絶している生徒や、なにやら棒状のもので思いきり殴られて気絶している男子生徒たちが延びているだけだった。痣のあとからしてエリカはこいつらと戦ったあと、入口の応戦に加わったのだろう。だいぶん出遅れたようだ。

 

 すると上から、誰かが息を切らして走ってくる音がする。

 

「きゃっ!?」

 

「おっと」

 

 そこにいたのは赤髪でポニーテールの少女だ。第一高校の制服を着ているがエンブレムはついておらず、また手首にはCADでない普通の――といっても今この状況ではテロリストの仲間を示す柄だが――リストバンドをつけていた。さらにその指には、黒い石がついた指輪もつけている。

 

 即座にアンティナイトだと看破した文也は臨戦態勢を取る。

 

 それを感じ取った赤い髪の少女――紗耶香はアンティナイトを使おうとする。

 

 しかし、その瞬間――激痛が指輪を付けている指に走った。

 

「っ!? ――っ!」

 

 激痛に息を詰まらせながらその指を見ると、竹刀を握り続けてきた指は変な方向に曲がり、そこにつけていた指輪は――アンティナイトは粉々に破壊され、台座も壊れて指から外れて床に転がっていた。

 

 紗耶香はたまらず指を押さえて激痛に悶えながらしゃがみ込み、嗚咽を漏らす。

 

「遅せぇなあ」

 

 文也は相変わらず余裕そうだ。しゃがみ込む紗耶香を見下しながらあくびをする。

 

 文也が使ったのは、急に相手が身につけているものを振動させて驚かせる悪戯CAD――それの改造版だ。

 

 元とは比べ物にならない強さと周波数でアンティナイトを振動させて破壊する。その余波で指輪の台座とそれをつけていた指が無残な姿になっているが、文也の知ったことではない。

 

「え、あー、もうやっちゃった?」

 

 文也の後ろから気の抜けた声が聞こえる。そこには間の抜けた顔をしたエリカが頭を掻きながら立っていた。

 

「センパイと決着つけようと思って、頃合い見計らってきたんだけどなー」

 

 しゃがみ込む紗耶香を見てエリカは溜息を吐き、紗耶香が抑えている指の隙間から見えた無残な指を見て――嘆息する。

 

「センパイ、その指じゃしばらく竹刀どころか、ペンも握れませんね。利き手じゃないのが幸いです」

 

 石が壊れるほどの振動を加えられた指はとうてい一カ月やそこらで治る程度のものじゃない。魔法を用いれば完治こそするだろうが、スポーツ選手にとってその治るまでの時間は重いものである。

 

 それをやったであろう文也に悪びれた様子――相手がスポーツ選手であることも知らないのだろう――はないが、エリカもそれを責める気はない。紗耶香の自業自得だ。

 

「そうそう、もう学校内にいるのはたぶん全部無力化出来たよ」

 

「そうか、サンキュ」

 

 文也はそう言うと、そのまま階段を下りて戻っていく。

 

 その背中にエリカは声をかけた。

 

「愛しの可愛い先輩は守れたんじゃない?」

 

「バーロー」

 

 文也の声は少しばかり上ずっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから達也たちはテロリストの本拠地に乗りこんだりしたのだが、文也は「その必要がない」ので参加もしなければ詮索もせず、あずさの安全を確認すると、教師の指示に従って帰宅した。その後の顛末も興味がないので聞いていない。

 

 そののち交換していた電話番号にあずさから電話がかかってきて、それに出るとあずさは安心したように溜息を吐いた。そういえば、こちらはあずさの安全確認をしたが、その逆はまったくない。あずさからすれば、幼馴染がテロリストと戦いに行ってから数時間音信不通だったのだ。不安にもなろうというものだ。

 

 ひとしきりあずさからことの顛末を聞く。不安から解放されたあずさは口が軽く、自分からぺらぺらと話しだしたのだ。

 

 学生だけでテロリストの本拠地に乗り込むのは本来は愚行としか言えないが、あのメンバーにしかも十文字会頭がかかわったと話していたので、こちら側がそう大きなけがをしたということもないだろうと考えて、文也はそれ以上のことは考えなかった。

 

「どうするあーちゃん、ちょっとこの後暇だからうちでゲームでもしない?」

 

『……今日は疲れたから明日ね。たぶん臨時休校だと思うし』

 

 文也の軽い問いかけに、あずさは疲れたように返す。

 

 文也はまったく考慮していなかったが、文也を心配しながら、大人数の生徒を避難誘導し、そのあと色々と事後処理に追われた彼女は疲労困憊していた。

 

 その後は少し他愛のない話をしてから、そのまま電話を切った。

 

 文也は切ってからそのまま、なにやらぼっーと何かを考え、そして、

 

「ゲームでも買いに行くか」

 

 立ちあがって、そのまま自室から玄関へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紗耶香はしばらく入院することになっていた。

 

 文也に傷つけられた指は骨が粉々になっている部分もあり、魔法的治療だけではなく手術を要するほどだった。

 

 またマインドコントロールの影響下にあったということで、それの経過を見るという意味合いもあった。

 

 そして五月。紗耶香の退院の日だ。指の怪我はまだ治っていない。これからしばらくしたらギブスを外して、さらにそこからリハビリ。日常生活程度のことなら少しのリハビリでなんとかなるが、かつての剣道の実力を取り戻すにはかなりの時間がかかるだろう。

 

 だが、その努力も乗り越えて見せようという強い意志が彼女の瞳にはあった。

 

 そんな彼女の隣には桐原武明がいる。とても例の事件のあととは思えない仲の良さだ。

 

 そんな様子を見ていた達也と深雪、そしてエリカは、その会話の輪に加わっていく。

 

 そしてその会話の中で、ふと文也の名前が出た。

 

「それにしても井瀬君のやつ薄情ねー。かの剣道小町の指にあんな怪我負わせて、お見舞いどころか退院の時にも顔出さないなんて」

 

 エリカがふとそう冗談めかして言った。一瞬場の空気が固まるが、あの事件から時間が経っているのですぐに和らぐ。

 

 この場に文也は来ていない。今頃学校で授業を受けているか、友達と遊んでいるか、はたまた反省文で遊んでいるのだろう。

 

「まあまあエリちゃん、私はもう気にしてないから。あれは私の自業自得だし」

 

 紗耶香は困ったように笑ってたしなめる。入院当初は紗耶香の指を見て桐原も激怒していたが、同じように対応した。

 

「それにね」

 

 そう言って紗耶香は父親の手元を見る。父親の勇三はそれを受けて透明な袋を掲げて見せる。

 

 

 

 

 

『超リアル! 本格スポーツ祭!』

 

 

 

 

 

 その中には、色々なスポーツ道具を背景にそんな派手なタイトルが書いてある手のひらサイズのゲームのパッケージがあった。

 

「これがすごいのよ。体が治って、本当に試合してるみたいなの」

 

 フルダイブのVRゲームはすでに普及している。デスゲームを心配された空に浮かぶ城を上って攻略していくMMORPGのほかにも、擬似的に旅行できるソフトや仮想体験を出来るソフトも発売されている。

 

 これもそのうちの一つで、一切システム的アシストがない代わりに、本当に現実の体でスポーツをやっているようなリアルさが売りの仮想スポーツゲームだ。使う道具の材質やデザインやサイズ、さらには重さや重心の位置まで自由に決められるそれは、場所がなくても、道具がなくてもスポーツができ、さらに怪我がないということでプロの選手ですら遊んでいる人気ゲームである。

 

 これのメリットは、「体が不自由でもスポーツが出来る」ということだ。体が不自由な人の他、彼女のように怪我で動けないスポーツマンが感覚を鈍らせないようにするためにも使う。またオンライン対戦の他、プロのAIを搭載した模擬試合も出来る。

 

 紗耶香は入院期間中、折を見てはこのゲームで剣道をやって感覚とイメージを維持させ、それ以上に研ぎ澄ませ続けた。最初は勝てなかったプロAI相手にもまともに戦えるようになっており、怪我が治って体が元に戻ってからの活躍が、今からでも楽しみである。

 

「これ、井瀬君からのお見舞いなんだ」

 

 紗耶香は美人であり、また人当たりも良かったのでたくさんのお見舞いが友人や同級生から宅配で届いた。

 

 そのほとんどが本や食べ物や花、手軽なものでは手紙や鶴の折紙などであったが、そんな中にこれが混ざっていた。

 

 その差出人には「井瀬文也」と書かれていたのだ。

 

「へえ、あいつはあいつなりにすまないと思ってたのかしら」

 

 それを聞いてエリカはそう言った。ゲームを送ってくるとは、ゲーム研究部の彼らしい。

 

「クラスでは平然としていましたが……案外優しいところもあるようですね」

 

「そうだな」

 

 深雪の感想を受けて、達也は穏やかに笑って肯定した。

 

 そしてまた別の話題に移ってしばらく話したのち、兄妹はエリカより一足先に学校へと戻った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪がクラスをのぞいてみると、そこでは駿に頭をひっぱたかれながら、文也が反省文を書かされていた。

 

「案の定……」

 

 深雪の呆れたような声は、クラスの喧騒に混じって消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「案の定……」

 

 エリカの補習を頼まれた達也も、間違っている個所を指さしながら、同じことを呟いた。


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