マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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「そんな!? カストル少尉まで!?」

 

 2月15日と16日の境目の夜、戦いの疲れで眠りにつこうとしたリーナは、バランスからの報告に、眠気が吹き飛んで大声を出した。

 

「残念ながら本当だ、少佐。ネイサン少尉は敗北し、生死不明だが身柄はイノセフミヤに回収された。少佐と同じく、負けたのだ」

 

 バランスの言葉に、リーナは前髪をぐしゃりとつかみ、もう片方の拳で机を激しく殴る。大きな音が部屋に響くが、その激しさとは裏腹に、リーナの心には虚しさと悔しさが襲い掛かってくる。

 

 リーナもまた、日本の高校生に敗北を喫し、帰ってきたところだった。世界最強の魔法師部隊・USNA軍スターズ。その中でもさらに最強たるアンジー・シリウスとして、普段は使用が許可されない兵器ブリオネイクまで持ち出してなお、リーナは司波達也に敗北した。それも、命も貞操も身柄も安全も機密も、すべて保ってもらった状態で。

 

 完全な本気で挑んでなお、リーナは達也に気絶させられ、命を奪われるどころか、拘束されることもなく、CADやブリオネイクを奪われることもなく、怪我もなく、性的な凌辱すら一切されていない。本気で命を狙ったというのに、最強の魔法師どころか、一般的な兵士のような扱いすらされず、まるでそこらの不良に絡まれた達人のような対応をされたのだ。

 

「……それで、カストル少尉はどこに連れ去られたのかわかりますか?」

 

「残念ながら、まだ分かっていない。カストル少尉が破れた段階で、スターダストたちもイノセフミヤの手勢に相打ちに追い込まれて撤退したあとだったから、尾行は不可能だった」

 

「少尉の装備につけてある発信機はどうなのですか?」

 

「イノセフミヤが、気絶したカストル少尉を拘束し応急処置をしているときに発見され、すべて破壊されたよ。高校生とは思えない周到さだ。一流の軍人に奇襲され、危ないところだったというのに、そのあとも油断していない」

 

 リーナは絶望のあまり、ふらふらと倒れるように椅子に座り、うなだれる。文也は、達也と違って容赦がない。恐らくネイサンが持っていた装備やCADはすべて回収され、調査されているだろう。彼が持つUSNAの至宝たる古式魔法の数々や『ダンシング・ブレイズ』、本物の『分子ディバイダー』の起動式が、最悪の人間の手に渡ってしまったのだ。

 

「カストル少尉は……この後、辛い目にあうのでしょう」

 

「そうだな。恐らく、生きて帰ってこないかもしれん」

 

 リーナとバランスは、ネイサンがこれからどうなるかを予想し、ついで想像して、沈んでしまう。

 

 生死不明だが、もし彼が生きていたとしたら――それは彼にとって、幸いなことではないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここはどこだ?)

 

 目が覚めたとき、ネイサンは冷静だった。自分がなぜ気を失っていたのか、自分が今おそらくどういう状況なのか、冷静に判断できてしまっていた。

 

 彼は文也に敗北した。今意識があるということは自分が生きているということであり、つまり生け捕りにされたということに他ならない。同胞が救ってくれたという希望的観測は成り立たない。なにせ彼は、自分の両手が後ろ手に縛られ、両足首と腿も縛られ、全裸で転がされているのだから。

 

『「よお、目が覚めたか」』

 

 そんな彼の耳に、これ以上ないほど憎らしい少年の声が入ってくる。何かの機械を使っているのか、彼が日本語を話すと同時に英語音声が耳元に置かれた小型スピーカーから聞こえてくる。

 

「『……悪いことは言わない。全てのデータを破棄し、全てを返して私を解放しなければ、もっと痛い目を見るぞ』」

 

 ネイサンの英語にもまた、同時翻訳音声が日本語で流れる。

 

 彼の言っていることは、強がりと脅しで半分、あとの半分は本気だった。

 

 おそらくUSNA軍は、この際もはやネイサンの身柄や命はどうでも良いと見限っているだろう。ただ、彼が身に着けていた装備や彼が持っている情報は、何としても取り返そうとするに違いない。もっと強力な魔法師が、文也に襲い掛かってくることになる。

 

『「おー怖い怖い。で、怪我の具合はどうだ?」』

 

「『おかげさまで』」

 

 文也はそれを意に介さずおどけて見せると、指先でネイサンの背中をつつく。そこにネイサンは、全く痛みを感じなかった。

 

 ネイサンは文也にピストルで撃たれた。まず最初に右腿に一発、それから逃げようとして、背後から、背中に二発、左足首に一発、肩に三発だ。銃弾が貫通するという致命傷を負ってもなお、おそらくそこまで時間が経っていないのに、今ネイサンは全く痛みを感じていない。腕の良い治癒魔法師によって治癒魔法をかけられたのだろう。

 

 殺されそうになった文也に、ネイサンの命を気にする義理はない。仮に「甘さ」があって生かそうとするにしても、治癒魔法で完全に回復させるまではしなくてもよい。適度に痛みや怪我が残っている方が脱走される確率は低いからである。

 

 ではなぜ、完治させてもらえたのか。

 

『「というわけで、お楽しみタイムだ。あまり我慢しないほうがいいぞ?」』

 

 それは――これからネイサンの心身に、大きな傷を残そうとしているからだ。

 

 文也が取り出したのは、細長い針だ。

 

 それをネイサンの目の前で見せつけるように揺らして見せると、迷わず左手の小指の爪の間に突き刺してくる。

 

「『――――ッ! な、なにをやっても無駄だ。私は何も吐かない。私は忠誠を誓った。拷問対策の訓練だって受けている。お前のようなチビでは何もできないぞ』」

 

『「わざわざ長引かせなくてもいいのに。マゾヒストか?」』

 

「ああああああああああ!!!!」

 

 ネイサンは痛みをこらえながら息も絶え絶えに抵抗するが、文也は針をさらに押し込んでねじって回し、さらにネイサンに激痛を与える。

 

『「お前がUSNA軍だっていうのはもう分かってるから聞かない。で、俺を殺そうとしている理由は?」』

 

「『ハーッ、ハーッ……は、自分の胸に聞いて――ッ!!!』」

 

 文也はネイサンの嘲りの途中で、もう片方の手の小指に新たな針を刺し、てこの原理で爪を剥がすように上下に動かす。その耐えがたい激痛に、ネイサンは言葉を途切れさせて叫ぶしかない。

 

 ――爪の間に針を刺す。

 

 ――爪を剥がす。

 

 人間が最も痛みを感じやすい部位で、痛みの面積が大きくて、なおかつショック死以外での死の危険性もないこれらは、はるか昔から拷問の定番だ。当然兵士であるネイサンは、新兵であろうと、この拷問を耐える訓練を受けている。

 

 故にネイサンは、激しい痛みに悶えながらも、冷静さを保つことができていた。

 

 痛みに悶え暴れる振りをしながら姿勢を変えた彼は、今自分がいる場所を観察する。

 

 殺風景な石造りの部屋で、窓はないためおそらく地下。雰囲気を出すためかわざと薄暗くなっており、文也のそばにある机には、ネイサンが見たことある拷問道具の一式が並んでいる。真冬で石造りの部屋で全裸だというのに寒さを感じないのは、文也の後ろにある鍛冶で使うような炉が暖炉のような役割を果たしているからだろう。

 

(耐える……耐えるぞっ……! 私は忠誠を誓った。救ってくれた、あのお方に!)

 

 思い浮かべるのは、失意の底にいた自分に差し伸べられた、ごつごつした白い手だ。未だ人種差別がはびこるUSNAでは、白人は、特にネイサンたちに暴力を振るう。白い手で殴られることは幾度となくあっても、差し伸べられることはなかった。当初ネイサンはその差し出された手の意味が分からなかったが、その初老の白人男性が浮かべる、どこか悲痛さがにじむ笑みに誘われるように、その手を取った。

 

 彼の名は、マクドナルド・ウノ。この4月に大統領になったばかりの不動産王で、その過激な政策・発言から、「アメリカ最後の大統領」と揶揄されている。国境に壁を作る、世界中でテロを繰り返しているある宗教を入国禁止にする、同盟国以外には厳しい関税をかける。これらの政策は非難の対象となったが、世界大戦の傷が癒えてない世論の熱狂的な支持も受けた。

 

 ネイサンとウノが出会ったのは、大統領選の二年前。ちょうどネイサンの家族が栄養失調で死に絶え、森の奥地に構えていた小屋の維持も真冬の豪雪のせいでできず、スラム街で乞食をして過ごしていた彼に、ホワイトエスタブリッシュの経済的頂点・不動産王であるはずのウノは声をかけた。

 

 ネイサンはそこから、温かい食事と安全な家、整った設備での生活を送れるようになった。口が固い家庭教師による教育も行われ、生まれつき賢かったネイサンは、数か月で大学生レベルの教養を身に着けた。

 

 そんな彼に、ウノは、USNA軍のスターズに入ることを提案した。曰く、ウノは大統領になって、よりUSNAファーストの制度を実現させようとしているらしい。そのためには世界中が敵になっても勝てるほどの軍事力が必要で、ネイサンの魔法の才能をそのために使ってほしいという。

 

 客観的に見れば、ネイサンは利用されただけだ。しかしネイサンは、それを分かっていてなお、即答で入隊を決めた。恩を返すというのもそうだが、何よりも、ウノの表情が、ただ利用しようとしているだけに見えない、自分に初めて手を差し伸べたときと同じ、悲痛さがにじむ笑顔だったからだ。

 

 ウノは誰よりも、USNAを愛していた。USNA国民を愛していた。それゆえに、大統領になって、USNAファーストを実現させようとしている。国境に壁を作るというのも、不法移民の流入を防ぐためであり、合法移民は、USNA国民となるのだから、むしろ歓迎する構えだ。彼はUSNAの全ての人が好きで、そこに人種は関係ない。白人も、黒人も、黄色人種も、ヒスパニックも、被差別民族も、全てが好きなのだ。

 

(ウノ様のためにも、私はここで屈するわけにはいかない)

 

 ネイサン自身、今まで自分を、先祖を、虐げてきたUSNAに、一片も忠誠心や愛国心はない。ただ、自分を救ってくれたウノのために、どんな拷問にも負けるわけにはいかなかった。

 

『「はー、よく耐えるなあ。仕方ねえな、よっこらせっと」』

 

 ついに悲鳴すら上げずに耐えるようになったネイサンに、文也は呆れたようにため息を吐く。そして緩慢な動作でネイサンを蹴って転がし、仰向けにさせた。後ろ手に縛られている関係上、体重のほとんどが手と手首にかかり、針が刺さったままと言うこともあって、激痛がネイサンを襲う。また全裸で脚も縛られた状態であり、顔と局部、肛門が丸見えの状態と言う耐えがたい屈辱の姿勢でもある。しかしそれでも、ネイサンは屈しようとしなかった。たとえ性器を引きちぎられてでも、ここで死んででも、何も話すつもりはない。

 

 文也はネイサンがどれだけ暴れても姿勢が変わらないようにテープで床に固定させると、焼却炉のような武骨で味気ない、不気味さすら感じる炉の扉を開く。

 

『「これはやりたくなかったんだけどなあ」』

 

 文也はわざとらしく大げさにため息を吐いて、残念がって見せる。火ばさみでその炉から取り出したのは、高温の炉で熱せられて赤熱した鉄筋だった。

 

 瞬間、ネイサンは何をされるかを悟った。自分の想像をはるかに上回る、プロの軍人でもしないような拷問をこの小さな少年がするつもりだと、理解してしまった。

 

「『やめろ! やめてくれ! 話す! すべて話すから!』」

 

 先ほどまで抱いていた忠誠心は、全てを恐怖に塗りつぶされた。ネイサンは涙まじりの声であらん限りに叫びながら暴れ、許しを請う。賢すぎるがあまりに理解してしまった彼は、もはや無様な弱者でしかなかった。

 

『「もうおせーよ。一回は確定だ。二回目が嫌なら、一回目の後にゆっくり話を聞いてやる」』

 

 赤熱した鉄筋を火ばさみで持ちながら、文也はネイサンの太ももを踏みつけて固定し、より肛門を露出させる。

 

 ネイサンは叫び、涙を散らしながら、文也の顔を見上げる。

 

 

 

 

 

 

『「もう二度と、ウンコできないねえ」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういって肛門に向けて赤熱した鉄筋を刺す文也は――口角を悪魔のように吊り上げ、嗤っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

「お疲れ」

 

 文也が拷問部屋から戻ってくると、顔面を真っ青にした駿が出迎えてくれた。

 

「やっぱやべえなアレ、固そうな軍人がペラペラ喋ってくれたぜ」

 

「ああ、見てたよ」

 

 文也が拷問する様子を、駿はモニターで見ていた。あまりにも凄惨で残酷な拷問だったが、そこから目をそらすわけにはいかないからだ。

 

「あーちゃんもホント、まーエッグいこと考えたよなあ」

 

 文也も思い出し、自分がやられたらと想像して冷や汗が流れる。それを拭いながら、この拷問方法の骨子を考案したあずさに、文也は感服する。そんな文也の言葉に、駿はあきれ果てたまなざしを向けるだけだ。

 

「ふみくん!」

 

「噂をすれば影だな」

 

 そこに、普段の彼女からは想像もつかない勢いでドアを開けて、パジャマ姿のあずさが駆け込んでくる。駿と違って戦闘向きとは言えないあずさは、後方支援という名目で自宅待機をさせられていた。文也が無事敵を倒し、生け捕りにしてここに回収したという報を受けて、居ても立ってもいられず、深夜だというのに、両親の運転でここまで来たのだ。

 

「よかった……生きててよかった……」

 

 あずさは文也に抱きつき、胸に顔をうずめてグズグズと泣き出す。文也は困ったように苦笑しながら、抱きしめ返してその頭を優しくなでる。

 

「安心しろ、俺が死ぬわけないだろ。それよりもほら、今日はもう遅いから寝ようぜ。ここは寝床も完備してるしな」

 

 文也に促され、あずさは一緒に寝室へと向かっていく。別々に寝るのではなく、二人で並んで寝るつもりだ。あずさは今日ずっと文也から離れると不安で仕方ないし、文也もそれを分かっている。何も言わなくても、お互いに理解しあっていた。

 

「…………疲れたときは甘いものって思ったんだけどな」

 

 それを黙って見送った駿は、持っていたチョコレートには手を付けず、ブラックコーヒーだけを飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナとバランスは、真夜中だというのに、一切眠気も感じずに、額を突き合わせて真剣に話し込んでいた。

 

 たった今USNAのバックアップ担当から連絡があり、ネイサンがどこに拉致され監禁されているのかが判明した。

 

「それにしても、どういう組織力だ」

 

「シバタツヤと同じく、バックに何かいるのは間違いないですね」

 

 それは、市街から離れた人目のつかない郊外で、一見すると少し広めだが普通の民家だ。しかしよく観察し調査をしてみると、人目は少ないが一方で確かにある土地で、襲撃しづらく、正当に身を守るならこれ以上ない場所だ。襲撃者から身を隠す「アジト」としてはもってこいの物件である。

 

 一流の魔法師を輩出する家は比較的裕福で、別荘や不動産を複数持つ例も珍しくない。しかしながら、USNAの諜報部が調べあげた範囲では、井瀬家はごく普通の一般的な魔法師の家だ。日本魔法師界の闇・数字落ち(エクストラ)とはいえ、資産はまあまああるだろうが、こんな場所にもう一つ家を持つ理由がほとんどない。

 

「これもイチジョウ家の物件だろう。所有者はターゲットの父親、イノセフミオと登録されているが、息子同士を通じてつながりがあるのかもしれんな」

 

 バランスの予想は、USNAが持っている情報から考える分には一番妥当だが、残念ながら外れている。この物件はまぎれもなく文雄が所有しているもので、『マジカル・トイ・コーポレーション』の裏仕事に使うために買っておいたものだ。あいにくずっと腐らせていたが、不幸なことに今回使う羽目になってしまっている。

 

「さて、少佐、覚悟はできているな?」

 

「はい」

 

 バランスの改まった問いに、リーナは姿勢を正して答える。

 

 二人の間で、これからどうするか、結論が出ていた。

 

「本日の夜、まだカストル少尉がそこから動かされていないのが確認されたら――貴官には当該施設を襲撃し、少尉の身柄と装備を奪還してきてもらう」

 

「はい」

 

「交戦することがあったら――殺害もやむなしだ。抵抗する者は、迷わず殺せ」

 

「はい」

 

 リーナは、復讐とリベンジに燃えていた。達也と深雪に合計三回も無様な敗北を食らい、アンジー・シリウスとしての誇りと名誉はすっかりズタズタだ。恐らくこれが、最後の挽回のチャンス。リーナは決意を胸に、バランスから作戦の詳細を聞こうとする。

 

「詳細は朝に話そう。貴官はもう寝て、次の戦いに備えたまえ」

 

 しかし、バランスは、柔らかな笑みを浮かべて、疲れの色が濃いリーナに、睡眠を促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リーナに襲撃され、撃退してから帰ってきた達也は、寝ようとしたところで突然真夜からかかってきた映像通話に出た。こんな時間に急にかけてくるのは、意外というほかない。すっかり人前に出るには憚られる格好になっていた兄妹は、真夜に断りを入れたうえで正装に着替え、改めて通話に応じた。

 

「夜分遅くに御免なさいね、深雪さん。緊急の連絡があって」

 

 真夜の態度は相変わらず優雅で、とても緊急の用事とは思えない。しかし達也と深雪は、そのわずかな表情の変化から、少し焦っていることを見抜いた。

 

「まず、今夜は災難だったわね、達也さん。アンジー・シリウスに襲撃されたのでしょう?」

 

「はい、その通りです」

 

 まだ彼女には報告を上げていないことだったが、すでに伝わっている。達也と深雪には、四葉の監視がついているのだ。

 

「実はそれと同時刻に、井瀬文也もUSNA軍から襲撃を受けていたのよ」

 

「え、そうなんですか!」

 

「そんなことが……」

 

 その衝撃の事実に、深雪は優雅さの欠片もない声を思わず上げてしまい、慌てて取り繕うように口を手で覆い隠して顔をそむける。可愛い妹が真っ先にそんな反応をしてしまったせいで、逆に冷静になった達也は、裏返りそうになる声を必死に抑えて絞り出した。

 

「スターダスト五人と、古式魔法師の二等星級が一人。小数での襲撃だったみたいね。スターダストは『マジカル・トイ・コーポレーション』の手勢から先制攻撃を仕掛けられて相打ち、井瀬文也と二等星級の魔法師……ネイサン・カストルの一騎打ちになったわ」

 

「それで、結果は……」

 

 スターズの二等星級、それも古式魔法師となると、先の横浜での出来事を見るに、武装を整えていない文也では厳しい相手だ。行使速度に劣る古式魔法師は、生半可ならば文也の餌食になるが、同程度の速度まで追いつければ、文也の方からの攻撃手段は乏しい。USNA軍もそのあたりは調査してあるはずで、およそ勝ち目があるとは思えない。

 

「井瀬文也は軽傷、ネイサン・カストルは重傷。井瀬文也が生け捕りにして、隠れ家に拉致・監禁しているわ」

 

「井瀬君が勝ったのですか……!?」

 

 真夜からの報告に、深雪は思わず目を見開く。いくら文也と言えど、世界最強の魔法師部隊・スターズの二等星級に勝てるとは、全く思っていなかった。

 

「井瀬文也は新武装を用意していたわ。『蓋』相手に使った魔法ライフルを改良して、威力が大きく劣る代わりに携帯性と連射性に優れた拳銃を懐に隠し持っていたのよ。怪我をして這って逃げる振りをしてうつ伏せになって隠し、隙を見て発砲したようね」

 

 真夜の説明に合わせて、画面の端に戦闘の様子を隠し撮りしていた映像が流れる。USNA軍や文也の手勢ですら気づかない尾行・偵察に特化した四葉家の手勢が、隠れてずっと監視していたのだ。

 

「申し訳ございません。こちらも襲撃されていたとはいえ、ご命令に従うことができず」

 

 達也は即座に、なるべく申し訳なさそうに見えるように気を遣いながら謝罪する。真夜からは優先度の高い命令として、文也がUSNA軍の襲撃を受けてなお生きていた場合、疲弊しているところを襲って確実に仕留めるよう言われている。達也と深雪は、それに背いてしまったのだ。

 

「気にしなくていいわ。深雪さんはお稽古中、達也さんは戦略級魔法師から奇襲を受けていたんだもの、無理なことまで要求しないわよ」

 

 真夜はそう言って、愉快そうに笑う。笑って許してくれた形だが、達也と深雪は内心で不快感を覚えた。間違いなく、真夜は今回の襲撃情報を掴んでいた。それでいて、事前に兄妹に知らせなかったのだ。

 

「さて、ここからが本題よ。今日達也さんを襲ったアンジー・シリウスは、次の夜、あの施設を襲撃してネイサン・カストルの身柄を奪還しようとしています」

 

「はい」

 

「そしておそらく井瀬文也は、あの隠れ家から動かずに、ネイサン・カストルに尋問を続けるでしょう。つまり、アンジー・シリウスと井瀬文也は、あそこで鉢合わせ、戦闘するのが見込まれるわ」

 

「……はい」

 

 ここまで聞いて、達也は、真夜が何を言おうとしているのか理解した。

 

「二人とも、このアジト周辺で待機しておきなさい。そして様子を見て襲撃し、井瀬文也を抹殺すること」

 

 先送りしていた、USNA軍に任せようとしていた、自分たちが関わらないようにしていた、同級生の理不尽な殺害。

 

 その命令がついに、本格的に下された。

 

「他のことは、二人とも気にしなくていいわよ。そちらはそちらで、手配してあるから。用件は以上よ。それでは二人とも、おやすみなさい」

 

「……はい、おやすみなさいませ」

 

 黙り込む二人に、真夜は不満げにならず、いつも通りの態度で一方的に通話を打ち切る。その直前にかろうじて、達也は声を絞り出して、失礼にならないよう挨拶を返せた。

 

「………………とりあえず今夜は、ゆっくり寝よう」

 

「……そうですね」

 

 通話が切れると、二人の間に気まずい沈黙が流れる。それを破るべく達也が口火を切り、深雪はそれに従ってまた寝間着に着替える。そして、示し合わせることもなく、深雪の不安を和らげるため、二人は同じベッドで抱きしめあって就寝した。

 

 




二度とウンコできないねぇは書き始めた当初から絶対に盛り込みたかったネタの一つでした。そういえば最近あの漫画のネット広告は見かけなくなりましたね
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