マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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 2月16日、一部のクラス、特に1年A組は、いつもよりも少しだけ静かだった。

 

「珍しいなあ、欠席なんて」

 

「バカは風邪ひかないってよく言うんだけどな。そういや昨日の朝もずっとトイレに籠ってたわ」

 

「森崎と中条先輩とシールズさんは、あのチビから感染されたってことか」

 

 しかしそれは、ざわめきがないということではない。生徒たちの間では、盛んに今日の欠席者についての話が交わされていた。

 

 2年A組・中条あずさ、1年A組・井瀬文也、森崎駿、アンジェリーナ・クドウ・シールズ、体調不良につき欠席。

 

 1年A組・司波深雪、1年E組・司波達也、私用につき欠席。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文雄が所有する隠れ家に、病欠しているはずの文也とあずさと駿が、体調を崩した様子もなく集まっている。そして三人の視線が向く先には、文雄を映すモニターと、将輝と真紅郎を映すモニターがある。

 

「さて、じゃあ昨日のヤツから聞き出したことを共有するぞ」

 

 全員が集まったことを確認した文也は、ぐちゃぐちゃの汚い字で書かれた手書きのメモを見ながら、ネイサンから「お話」して聞いた情報を全員に共有する。

 

「まず、俺たち……というか俺が、USNAから狙われていたみたいだ。理由は『分子ディバイダー』を九校戦で使用したこと。USNAは、俺が何かしらの方法で起動式を盗み出したと考えているらしい。仮に俺が本当に自分で開発したとしても、それはそれで、秘術の仕組みの漏洩に繋がるから、どちらにせよ動くつもりだったらしいな。ちなみに昨日の男の名前はネイサン・カストルって言うらしいぜ」

 

『我が息子ながらとんだトラブルメイカーだ』

 

 文也の報告に、文雄がわざとらしく大きくため息を吐く。文也はそれを無視して、話を次に進める。

 

「今回の大規模交換留学の目的は二つ。一つは、朝鮮半島で起きた『ビッグバン』の術者や仕組みの調査。で、もう一つが、俺への対応だ。パラサイトについては、元々計画になくて、USNAとしても日本に来ていたのは寝耳に水だったらしく、途中でそっちの対応を優先し始めて、俺や『ビッグバン』は一旦放置になったそうだ」

 

『悪運がお強いことで』

 

 次に皮肉を言ったのは将輝だ。文也はトラブルを何かと呼び寄せる、または自分から起こすが、絶妙に最悪を回避するのだ。

 

「で、パラサイトの件が一段落着いたらしく、優先順位がまた『ビッグバン』と俺に切り替わった。それがここ数日の事だと。そんでもって、昨日の夜に俺と司波兄を同時に襲撃したらしい」

 

『え? 司波達也が!?』

 

「パラサイトの件で相当USNAと接触してたみたいで、何やらひと悶着があったらしいな。そのひと悶着の内容までは知らなかったみたいで聞き出せなかった。そのゴタゴタのせいで、元々九校戦で技術力が悪目立ちしていたこともあって、『ビッグバン』に深い関わりがあると認められたらしい。ちなみに俺も開発者の有力候補だったらしいぜ。鼻は高いけど金玉は縮んじまうぜ」

 

「それで、司波君は!?」

 

「今朝電話してみたんだけど、無事だったらしいぜ」

 

「そうか……USNAはよっぽど余裕がないみたいだな」

 

 ネイサンから達也の襲撃も聞いた文也は、起きてからすぐに達也に電話をかけた。最初はなぜか出なかったが――達也が送信主を見るなり面倒を悟って無視したのが真相だ――しつこくコールし続けたらようやく通話に応じた。怪我の具合や事の真相を尋ねたところ、無事撃退したらしい。

 

 達也の無事を聞いた駿は、安心したのか、今度はUSNAにあきれた様子を隠そうともしない。確かに、文也は世間を騒がせるCADエンジニア『マジュニア』だし、達也は同じかそれ以上に影響力がある『トーラス・シルバー』の片割れだ。USNAはその情報を掴んでいないみたいだが、日本の、または世界の魔工師の中でも、二人はトップに位置する。しかし、だからと言って、原理すら一切不明の戦略級魔法の開発者だと決めつけ、あまつさえ他国で暗殺をもくろむというのは焦りすぎだ。何かネイサンも知らない判断材料があったのかもしれないが、それにしたってリスクが大きい。達也は、100%言いがかりで襲われたのだ。

 

「で、俺の方を襲ったのが、このネイサン・カストルってわけだ。なんとあのスターズの二等星級だぜ。しかもあっちは俺にガンメタ張った古式魔法師だ。五体満足でタイマン勝利した俺を褒めたたえろ」

 

『はいはい、すごいすごい』

 

『いや、まあ、本当にすごいんだけどね? 素直に褒めるのはなんか癪だなあ』

 

 文也のおふざけに、将輝と真紅郎が即座に反応する。世界最強の魔法師部隊と言われるスターズ、そこの上級兵士と戦って、結果としてほぼ完全勝利したのだから、実際とんでもないことなのだが、とても褒める気にはならなかった。

 

「さて…………で、ここからが問題なんだけどよ。……………悪いお知らせしかないな」

 

 そんなふざけた空気から一転、文也の顔が暗くなる。演技でもおふざけでも演出でもない。本気で暗くなる文也に、あずさたちはこれから彼の口から話されることを、一字一句聞き逃すまいと身を乗り出す。

 

「まず、司波兄と俺だけど、どうやら司波兄の方が脅威と思われてたみたいで、ネイサン・カストルよりも、はるかに、強力な兵士が出陣したそうだ」

 

「それって?」

 

 あずさは、口が重くなりつつある文也の次の言葉を促すために、彼の手を握りながら問いかける。文也の手は、じっとりと汗ばんでいた。握り返してくる力は、いつもよりも強い。あずさは手を伝って、文也の恐怖と不安を感じ取った。

 

「アンジー・シリウス」

 

 そして、その次の言葉を聞いて、全員が衝撃で絶句した。

 

 アンジー・シリウス。各国が正式に発表している戦略級魔法師・十三使徒の一人で、使用する戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』は十三使徒の魔法の中でも随一の破壊力を誇る。シリウスは夜空に輝く一等星でも最も明るい星の名であり、世界最強の魔法師部隊・スターズの中でもさらに最強の魔法師に与えられるコードネームだ。

 

「司波兄は、アンジー・シリウスと、昨夜も含めて、吸血鬼をめぐって幾度か交戦していたそうだ。そして昨夜ついに、本気の襲撃が行われた」

 

『あいつは……いったい何者だ?』

 

 将輝は、誰に問いかけるというものでなく、独り言で呟く。この場にいる全員が、それと同じことを考えていた。考えているのは、アンジー・シリウスのことではない。その襲撃を受けた、達也についてだ。

 

 アンジー・シリウスは、世界中に名をとどろかせる、世界最強の魔法師の一人だ。そんな存在から達也は襲撃を受け、生き残った。

 

 規格外のサイオン量を必要とする『術式解体』・最高難度に数えられる『分解』・原理不能の再生魔法の使い手、『トーラス・シルバー』の片割れ、国防軍と深い関係がある、社会の闇に詳しく何かの組織が裏にいるとみられる。これらだけでも、およそ高校生とは思えない。それは全員が分かっていたが、それに加えて、世界最強の魔法師の襲撃を受けて生き残ったとなれば、いよいよ、達也が何者なのか、全く分からなくなってきた。

 

「…………で、その事実確認も電話で聞いたよ。司波兄は珍しく一人で外出していたタイミングでアンジー・シリウスらUSNA軍に襲われ、撃退して命からがら逃げきったそうだ」

 

『周辺で大規模な破壊は報告されてないぞ。『ヘビィ・メタル・バースト』は使わなかったのか?』

 

「いや、その推測は若干怪しいぜ親父。あのインディアンの色男によると、原理はよくわからんらしいが、何やらコントロールする装置があるらしいぜ。その装置の名前すら知らないらしいから、よっぽどの機密だ。司波兄曰く、戦いの中で使われた覚えはないそうだがな」

 

『そいつは悪いお知らせだな。あの破壊規模で自由自在コントロール可能ってことか?』

 

「そう悲観論で考えた方が良いかもしれません。でも、破壊が起こる程のプラズマ放出をコントロールする……原理が全くわからないですね……」

 

『そもそもコントロールしてどんな形にするんだろう。元が水平方向に円形に拡散する感じだから……拡散の距離制限をするとか?』

 

 エンジニア肌の文雄、あずさ、真紅郎がそれぞれ好奇心まじりに反応を示すが、どれも要領を得ない。都市一つが丸ごと滅ぶ魔法が、予測不可能の方法でコントロール可能で、そしてどのような形にコントロールするのかすら、全く分からない。例えば今この瞬間にも、この一帯がまるごと破壊されて、文也たち三人が死亡するということすらあり得る。

 

「そしてさらに悪い知らせだ。あのインディアンが俺の襲撃を担当したみたいだが、司波兄と吸血鬼の件がなければ、元々はアンジー・シリウスが俺を襲撃する計画だったらしい。そして、あのインディアンが失敗して捕らわれの身となれば、そのあとに俺を襲うのは当然――」

 

「アンジー・シリウス……」

 

 文也の言葉に続いて、あずさが震える声でつぶやく。

 

 この最悪の予測は、当然の帰結だった。

 

 文也はネイサンを捕らえて拷問し、アンジー・シリウスが背後にいると知った時から、このことを覚悟していた。

 

「そういうわけで、俺らは今日、学校を休むことにした。この家がバレてないとすればこの上なく安全だし、それに『拷問部屋』とあのインディアンはそうそう隠れて動かせない。この家からは動かないのがベストだ」

 

『ちっ、俺も本当はそっちに行きたいんだけどな』

 

 息子の命の危機に駆け付けることができない歯がゆさを、文雄は拳にして壁にぶつける。勤務先である第四高校は静岡県浜松市、今いる隠れ家は東京、すぐに駆け付けることはできない。今は入学試験と期末試験の準備が佳境に入って忙しい時期であり、一時的に帰宅することすらできない。この文也の危機は、あくまでも「秘密」だからだ。

 

 文也は、一方的な理由で外国の軍隊から命を狙われている。この事実を公にして大問題にし、手を出されないようにするというのが、一番有効な手だ。

 

 しかし、一度襲われるまではその事実は確定ではなく、これまではその方法がとれなかった。今ならそれをすることができるが、それをするには、拷問をした捕虜の存在が問題だ。もしこの文也の危機を公にするとしたら、捕虜を拷問したという事実も明るみに出る。多少の同情は得られるだろうが、ここから先の人生の障害になるだろう。しかしだからといって拷問をせず放置、というわけにはいかない。即座にUSNA軍が持っている情報をなるべく多く知る必要があったからだ。もし拷問がなければ、アンジー・シリウスが来ているということすら知ることができなかった。そうなれば、大問題にして広まる前に、不意打ちの一撃を食らって死んでいただろう。

 

 そういうわけで、文雄はこの事情を学校に説明することすらできない。一時的に家に帰るための理由が、用意できないのだ。

 

「だから、これからしばらくはずっと俺らは気を張ってなきゃなんねえ。それとなるべく、俺らの周りにも、それとなく警戒態勢を整えるよう伝えておいてくれ。同時襲撃の可能性もあるからな」

 

 USNA軍は、文也の抹殺を邪魔する者たちも、間違いなく殺そうとする。今のところ本格的な協力関係にあると知られているかどうかは定かではないが、少なくとも、あずさ、駿、将輝、真紅郎が彼の親友であることは周知の事実だ。そこから協力関係を類推されて同時襲撃をされる可能性もある。これまでも、適当に理由をつけて厳戒態勢を維持していたが、これからはより一層必要だろう。

 

 文也のその言葉を皮切りに、それぞれの家族がどう動くべきかの作戦会議が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんとか誤魔化すことができたな」

 

 文也から電話がかかってきたとき、達也は気が気でなかった。

 

 昨夜の真夜の報告通り、文也はUSNA軍に襲撃されたものの返り討ちにし、生け捕りにしたらしい。そして今朝になって、達也にUSNA軍との戦闘についての質問の電話をかけてきたのだ。察するに、何かしらの方法で鍛え抜かれた軍人から情報を抜き取り、達也が襲撃されたことを知ったのだろう。

 

「その、井瀬君はどこまで……?」

 

「俺がアンジー・シリウスに襲われたこと、俺が襲われた理由、俺が今こうして生きてること、この三つだ」

 

 そばで電話を黙って聞いていた深雪の不安そうな質問に、達也はその不安を和らげるように頭を撫でながら答える。

 

 達也が今言ったこと以外にも文也の方からいろいろ質問はされたが、それにはあえて嘘を答えた。よほど心に余裕がないみたいで、文也は意外にもあっさりそれを信じてしまったのである。

 

 まず一つ、『ヘビィ・メタル・バースト』を使われなかったというのは嘘だ。リーナはブリオネイクを使用して『ヘビィ・メタル・バースト』を収束ビームにして達也に使用した。文也は、もしかしたら拷問を通じて『ヘビィ・メタル・バースト』をコントロールする何かしらの存在を知っているかもしれないが、相手は二等星級であり、どういう原理でどうコントロールするのかまでは知らされていないだろう。達也があえて嘘を言うことで、『ヘビィ・メタル・バースト』は使われないと勘違いするかもしれないし、少なくともあの収束ビームへの準備はできないだろう。

 

 それともう一つが、達也が命からがら逃げきったという点だ。確かに腕が丸ごと吹き飛んだりもしたが、それはすぐに『再成』したから実質無傷だ。ただ気絶させてあとは放っておくという余裕の対応を見せつけた。命を狙われて、その相手を生け捕りに出来るのに、ブリオネイクを奪ったり、捕虜にしたりしなかったのは、これ以上絡まれるのが面倒だったのと、あとは情けだ。それだけ、達也は(本人は自覚していないが)余裕なのである。

 

 こうすることで、文也から見た達也は「襲撃されたが、命からがら逃げきっただけなので、なんら情報は持っていない存在」となった。彼から見た達也の情報価値は低くなり、結果として文也は、有効な情報を逃すこととなる。

 

 達也が文也に情報を与えない理由、それは、文也がリーナに殺される確率を少しでも高くするためだ。

 

 間接的に殺害に加担するのは、この際仕方がないこと。しかし、せめて最愛の妹や自分の手は汚したくないのである。

 

「リーナがアンジー・シリウスということは知らないのですか?」

 

「少なくとも確認はされなかった。あの様子だと知らないだろうな」

 

 文也にとっての何よりの情報は、アンジー・シリウスの正体だ。交換留学で同じクラスに来たリーナがそれであると知っていれば、全くの正体不明であるよりかは対応がしやすい。それもまた、達也は知っていてなお教えなかった。恐らく、リーナはよほどの親しい相手か上層部でもない限り、同じ仲間にすら正体を明かしていない。あの禍々しい赤髪の鬼の姿で対面しているのだろう。

 

 文也の包囲網は狭まりつつある。協力者となるであろう森崎家には、四葉が裏で手を引いて、今頃緊急のボディーガードの依頼が大量に来ている。これで手薄になるだろう。一条家もまた同様に、四葉が裏で操る使い捨ての犯罪組織が北陸で暴れることになっている。これで、文也たちを守る壁が手薄になるはずだ。さらにほかにも、万が一のことを考えて、いろいろな手駒を動かしているらしい。

 

(……終わったな)

 

 達也は文也の死を改めて確信し、小さくため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思えば日本に来てから、散々な目に遭わされた。

 

 世界最強の魔法師であるはずなのに、異国の高校生にことごとく負かされ続けた。

 

 駿には魔法式構築速度で上回られ続け、深雪には魔法競技で結局一度も勝ち越すことができなかった。アンジー・シリウスとして戦ってもなお、エリカには追い詰められ、達也に撃退され、その後また達也と「ニンジャ」たちに負かされ、深雪に負け、パラサイトが一高内に侵入した際には不覚を取り、そして昨夜はブリオネイクと『ヘビィ・メタル・バースト』を持ち出してなお達也に赤子の手をひねるように負けた。

 

 今まで積み上げてきた実績もプライドも、全てが崩れ去った。事情を知る者で、自分を「シリウス」にふさわしいと迷わず言える者は、もはやいないだろう。

 

 総隊長として訓練に明け暮れ、己の青春と自由を犠牲にし、祖国のために身をささげてきた。『処刑』にあたるときは、いつも心が悲鳴を上げていた。それでも耐えきっていたのは、総隊長・シリウスとしてのプライドと責任感だ。

 

 それが、日本に来てから、度重なる敗北によって崩壊した今、リーナは、怒りと復讐心で壊れそうな心を食い止めていた。

 

 自分がこんな目に遭う原因。諸悪の根源。日本に来る羽目になった理由。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(イノセフミヤ――!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 得意の『仮装行列』で、赤髪の鬼の姿となる。その禍々しい姿は、怒りに歪んだ表情によって、より恐ろしさを増していた。そしてその姿に似合わない人工的で飾り気のない杖を構え、一見何の変哲もない民家に向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間――杖先から、破壊が線となって放たれた。




次回から怒涛のクライマックスです

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