マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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5ー10

「…………いきなり派手なエントリーしてくれるじゃねえか」

 

 2月16日午後10時、すっかり暗くなった住宅街に一筋の光線が現れ、破壊と轟音をまき散らした。

 

 崩れ去った瓦礫の中に身を隠しながら、文也はこっそり外の様子をうかがう。破壊が始まった方向を見てみると、そこには、街灯と月に照らされて浮かぶ、あまりにも禍々しい鬼がたたずんでいた。

 

(怪我はないだろ?)

 

(かろうじてな)

 

 文也は小声で傍にいるであろう駿に呼びかける。すると、同じく小声で、特に苦しそうではない駿の返事が返ってきた。

 

 破壊をまき散らした光線は幸いにして文也たちを直撃することはなかった。この家の間取りは外見とは全く違うものに見えるようにできている。外から見ると一番大きな部屋がありそうな場所は、実際はトイレだ。そのダミー構造が功を奏して、外部の第一波の直撃を免れることができた。

 

 外から見るとそこに重要な何かがあるように見えないが、実はそこにあるというリビングにいた文也たち三人は、家の崩壊に、反射的に魔法を使いそうになるのをこらえながら対応した。文也は隣にいたあずさを即座に抱きかかえて暖炉の中へ転がり込み、駿はそれよりも早く反応して頑強な机の下に潜り込んだ。暖炉も机も、災害や爆弾などの外部からの強力な破壊による家の崩壊に潰されないように作られた特注品だ。

 

 また、近代以降西洋建築化が進んできてもなお現代まで続いている屋内で靴を脱ぐ文化に反して、この家では屋内でも靴を脱がない。いつ襲撃が来ても、足元を気にせず戦えるようにするためだ。やりすぎだと前々から思ってはいたが、こうした事態になると、その想定はありがたい。

 

 そうして家の構造に守られた文也は、腕の中でおびえて震えるあずさが声を出してしまわないよう強く抱きしめて背中を撫でて落ち着かせながら、今にも叫びだしたいのをこらえてじっと身をひそめる。これでこっちが死んだと勘違いしてくれれば幸運だ。魔法を使わずに避難したのも、死んだと勘違いさせるためだ。

 

 赤髪の鬼は、無機質な杖を携えながら、慎重に様子を伺いつつ近づいてくる。文也はそれを耳と視界の端をよぎる影で確認しながら、内心で舌打ちをする。

 

 まさかここまで派手に攻めてくると思わなかった。閑静な住宅街でこれほどの音を出したら、誰かに気づかれるに決まっている。今こうして身を潜めているのは、近所の住人が気づいて通報してくれるのを待っているのだ。

 

 しかしこれだけの音なのに、周辺の家々では明かりが点く様子すらない。まるで、全ての家が留守かのようだ。

 

(くそ、こんなことってあるのかよ)

 

 背中をさする音すら出すのが恐ろしくて、代わりにより強くあずさを抱きしめながら、文也は歯噛みする。今日に限って、周辺の家々が、こんな時間だというのにすべて留守だ。USNAが何か裏工作をして目につかないようにしたのは明白である。

 

 赤髪の鬼はついに瓦礫と化した家に踏み入り、ライトで照らして周囲を探し始める。

 

 この隠れ家は、うすうすわかってはいたが、USNAに気づかれていたようだ。あの赤髪の鬼はUSNA軍の一員で、目的は、ここに潜んでいる文也の抹殺と、ネイサンの救出である。遠慮のない破壊からして、文也の抹殺が第一で、ネイサンの救出については「できれば」と言ったところだろう。

 

(くそっ、参ったな。あの光線魔法はなんだ)

 

 文也が奥歯を砕かんばかりに噛みしめながら考えるのは、あの破壊をまき散らした光線だ。およそ並の破壊力ではなく、また周囲の家に光線の破壊が直接及んでいないことから、距離も自在に制御できる。

 

 真っ先に思いつくのは、あの光線が極太の『流星群(ミーティア・ライン)』ではないかということだ。それならば、破壊範囲がこの家だけに留まるのも納得がいく。何せ、破壊光線を出しているのではなく、家の光の透過率を100パーセントにさせられてその部分が気化しただけなのだから。しかしこの魔法は、そうした破壊が起こるのではなく、あくまでそこに穴が空くだけだ。あの光線そのものが、破壊力を持つエネルギーを持つと考えた方が良い。

 

 次に嫌でも思いつくのが、あの光線が『ヘビィ・メタル・バースト』をコントロールしたものだということだ。原理不明だが、あの光線がコントロールされたプラズマで、それが高速移動することでその通り道に破壊がまき散らされたとなると、筋が通る。

 

(アンジー・シリウスだな)

 

 駿から、文也が使うような指と口の動きでやる単純で不便なものではない、まばたきによる暗号で伝えられると、文也はそれに確信を持って頷く。彼もまた、同じ結論に至ったようだ。

 

 その魔法を使うということは、あの赤髪の鬼は、最も恐れていた世界最強の魔法師・アンジー・シリウスだ。

 

(ハン、でも所詮人間だろ。例のインディアンと違って古式魔法師でもない。だったら……)

 

 腕の中のあずさの震えが収まったのを確認すると、文也はあずさをゆっくりと解放してから、音を立てないよう慎重に体勢を変え、右手首に仕込んだリストバンドを握る。

 

(『爆裂』。これでお終いだ!)

 

 いくら世界最強の魔法師と言えど、ことさらに『情報強化』を使っていないエイドススキンならば、それを超えるための式も組み込まれている『爆裂』で破れる。

 

 これを不意打ちで食らわせれば勝ち。文也は意気込んで『爆裂』をシリウスに向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし眼前の鬼は、血の花を咲かせることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(どういうことだ?)

 

 文也は手ごたえからして、『情報強化』で跳ねのけられた感じはしていない。むしろ、『爆裂』の魔法式そのものがエラーを起こした形だった。対象内に液体がない時と同じように、魔法式そのものは正常に作動したが、対象がいないとなって不発になったのだ。

 

『爆裂』が失敗したのを悟ったと同時に、文也たち三人も、シリウスも、同時に動き出す。不発ではあるが、魔法式自体は構築されており、それを当然、シリウスも感知した。不意打ちに失敗し、文也たちがまだ死んでいないと、悟られてしまったのだ。

 

 駿は一瞬で机から這い出して別の瓦礫に身を隠しながら、周辺のコンクリートの欠片を使った『ストーン・シャワー』をシリウスに向ける。呼吸が落ち着いたあずさも、まだ息は荒いがしっかりと『スパーク』をシリウスの足元に行使して麻痺させようとする。そんなあずさをかばいながら、文也は『爆裂』を中心とした攻撃魔法を一斉に行使する。

 

 それ対してシリウスは冷静だった。『ストーンシャワー』らの物体を使った攻撃は対物障壁で跳ねのけ、あずさの『スパーク』は『領域干渉』を足元に展開して無効化する。そして文也が発動した『爆裂』を中心とする直接干渉する魔法は、全てがエラーを起こした。

 

「こいつ、直接干渉する魔法が効かねえぞ! 全部エラーだ!」

 

「どういうことなの!?」

 

「知らん!」

 

 文也は叫んで警告しながら、目くらましのためにシリウスの眼前に『邪眼(イビル・アイ)』を発生させ、その後ろから鉄骨がむき出しになった瓦礫を移動魔法で動かして攻撃し、さらに懐から液化させた悪臭ガスが入ったペットボトルを投げつけて鼻先で『爆裂』させる。

 

 シリウスに直接干渉しない魔法はすべて正常に起動した。『邪眼』は光波振動を防ぐ障壁魔法で防がれ、瓦礫はより強力な移動系魔法で跳ねのけられ、悪臭ガスは空気を動かして風を起こす初歩の移動系魔法『風起こし』によって拡散されるが、魔法そのものはエラーを起こさなかった。推測通り、シリウスに直接干渉する魔法のみが何らかの理由でエラーを起こす様だ。

 

 不意打ちをすべてしのぎ切ったシリウスは、ついに姿を現した文也を禍々しくも美しい金色の瞳でにらみながら、飾り気のない十字型の杖を向けてスイッチを押す。そこから再び破壊をまき散らす光線が放たれるが、嫌な予感がした文也が即座に高速移動魔法を使って倒れこみながら避けたため、難を逃れた。

 

「国に帰れ!」

 

「ふみくんを狙わないで!」

 

 その隙をついて、駿とあずさが動く。駿は、今の攻撃のために移動系の障壁魔法が剥がれたのを目ざとく察知して、シリウス本人ではなく手に持っている十字型の杖を狙って足元の鉄骨を差し向ける。そしてあずさは、シリウスの死角から、相手のプシオンに直接干渉するのではなく、指定した領域にいる動物のプシオンの波を弱めて興奮状態を押さえる『カーム』の領域版を使用した。

 

 シリウスはそれらにも反応して見せ、『情報強化』で自身のプシオンを守りつつ、殺到する鉄骨を身をかがめて避けた。さらに、まずは邪魔者を消そうとあずさに杖を向けて光線を放つが、それは彼女が作り出していた幻影で、本物の横を通り過ぎる。

 

「高速移動してるのに、衝撃波が起きてないよふみくん!」

 

「高性能だなワンちゃんよお! それだったら、ビームを放つ前に『通り道』を作るはずだ! それを察知すれば避けれるぞ!」

 

 すでに『ヘビィ・メタル・バースト』の仕組み自体は、全員で共有している。重金属をプラズマ化させ、その時に生じる圧力上昇と電磁的斥力をさらに増幅させて、プラズマを超高速でまき散らす。いくらガスやプラズマと言えども、実体物が音速の何十倍、何百倍という速度で移動すれば破壊力は絶大である。

 

『ヘビィ・メタル・バースト』をビームとして放つというのを予測できたわけではないが、ビームの真横でも衝撃波がない、という事実に気づけば、この魔法の仕組みを事前に知っているので、この賢い三人はすぐに気付く。

 

 ガスやプラズマがそれほどの高速移動をすれば、激しい衝撃波が発生する。真横だというのにそれを一切感じなかったということは、衝撃波が発生しないようなコントロールもしているということだ。

 

 方法として真っ先に思いつくのは、衝撃波を防ぐ筒状の領域を杖先に作り出し、その中にビームを通すというもの。やっていることは全く違うが、目的の対象まで筒状の魔法領域を作るという点では、文也の魔法ライフルやピストルで使うような『疑似瞬間移動』と同じだ。つまり弱点も同じで、事前に筒が作られるということは、魔法の予兆や向かう先が事前に分かるということである。

 

「だったら、遠慮をしないだけだ」

 

「ほーん、日本語上手じゃん」

 

 文也の言葉に、シリウスがようやく反応する。機械で加工したような不自然なガサガサの声は、鬼のごとき姿と相まって不気味だ。その言葉は意外にも日本語で、また発音も悪くない。

 

 文也は再び杖先の照準から外れてビームをまた間一髪で避け、さらに発生した衝撃波を魔法でコントロールして体で受けて大きく距離を取りつつ、その日本語を褒める。今のは「通り道」の発生はなく、衝撃波も遠慮がなかった。文也の言葉で、事前察知による回避を嫌ってコントロールを止めたのだろう。

 

(意外に甘いやつだな)

 

 うっかり自分が口走ったせいで相手を本気にさせてしまったことを後悔しながら、文也は内心で自分にあらん限りの殺意と向ける鬼を評する。この見た目で、この威力で、この迷いのなさ。そんな存在から殺意を向けられて、さすがの文也も冷や汗が全身から噴き出し、今にも蹲りたいほどの恐怖を感じているが、一方で、その「隙」にも気づいた。

 

 相手からすれば、このビームの衝撃波をわざわざ抑える理由はないはずだ。現に、最初の一発、家を崩壊させた一撃は、ビーム上だけでなくその周辺にも破壊がまき散らされた。家をまるごと破壊するために、衝撃波も利用したのだろう。対人戦が始まってからも、衝撃波は自分さえ巻き込まなければ良いので、一手間挟んでまで相手へのダメージソースを減らさなくてもよい。

 

 しかし、つい先ほどまで、その衝撃波を抑え込んでいた。なるべく音を出したり周囲を破壊したりしないための配慮なのだろうが、わざわざ裏工作で周辺の家々を全部留守にさせたのだから、そこまでする必要はない。つまりシリウスは、こう見えて、無意識的に周囲を無差別に破壊しないよう配慮しているということだ。最強の魔法師と言えど、単身で三人相手に暗殺しようとしているのだから、「甘い」と言える。

 

 そんなことを考えながら距離を取った文也に対し、再度杖の照準が向けられる。崩れた家の残骸が散らばっていなくて足元が悪くない道路に着地をしたが、衝撃波を利用した無茶な移動のせいで着地に失敗していた文也は、バランスを崩して隙を晒していた。

 

 シリウスの口角が吊り上がる。転がって避けようとする文也の動きに合わせてあらかじめ移動先に照準を置いて、魔法を起動――しようとしたところで、シリウスは一時中断し、『領域干渉』と障壁魔法を展開し、あずさと駿からの攻撃を防ぐ。

 

(やっぱり甘いな)

 

 その隙を晒したシリウスに、文也は間一髪で作戦が成功したことに冷や汗をかきながら、駿から学んだ『クイック・ドロウ』で魔法ピストルを抜き、シリウスに銃口を向けて、引き金を何度も引いた。

 

 貫通力に特化した形の炭化チタンの銃弾が音速の三倍で放たれる。ロングバレルの中を通っている間に超加速した弾丸は、その速度を慣性で保ちながら銃口で『情報強化』が施され、魔法によって防ぐことができない凶弾となる。アニメや漫画のように、放たれてから避けることは不可能だ。普通のピストルですらそんなことはできないし、できたとしてもその高速移動に脳や目玉や内臓が耐えられなくて潰れてしまう。シリウスはこれを逃れることはできない。

 

(お終いだ、シリウス!)

 

 文也は心の中で勝利宣言をした。

 

 そんな文也の目の前で――銃弾はすべて、空しく瓦礫の中に転がり落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずいぶん舐めた真似をしてくれたな」

 

 リーナは加工した声でそう言いながら文也を睨み、内心の焦りを隠す。それを見た文也は目を見開き、驚きで動くことすらできなかった。

 

「私を誰だと思っている。私はUSNA軍スターズ隊長、アンジー・シリウスだ」

 

 身動きができない文也を見て余裕が生まれ、少し愉快な気分になったリーナは、口角を吊り上げて嗤い、文也を見下して嘲る。

 

 リーナは、世界最強の魔法師だ。そんな彼女の魔法力は、ほぼ全ての面において他の追随を許さない。干渉力も然りで、十三使徒最強の威力を誇る戦略級魔法を使える彼女のそれは、常識はずれのものなのだ。

 

 物理的な攻撃に対する魔法師のメジャーな防御手段は障壁魔法だ。移動物は移動系魔法や加速系魔法で速度をゼロにする領域の障壁魔法で防ぐ。しかしこれには欠点があり、その魔法の干渉力を上回る現象に対しては全くの無効となり、紙切れ一枚にも及ばない。そのために対魔法師兵器として、威力を爆発的に高めたハイパワーライフルが存在する。また、魔法師の知覚外から攻撃して魔法すら発動させず、また音速をはるか超える速度が出るため一流の魔法師でもそう防げない威力を誇るスナイパーライフルも有効な対策だ。

 

 その恐ろしさを佐渡で体験した文也が生み出したのが、対魔法師用魔法兵器である魔法ライフルだ。そしてそれの携帯性と隠密性を高めて速度を控え目にしたのが、この魔法ピストルである。ライフルと違って本体の大きさもバレルも小さいそれは、元々の速度も音速の三倍程度で、また空気抵抗による減速も防げない。しかし、対魔法使用に開発された一般的なハイパワーライフルをはるかに上回る威力であり、ほぼ全ての魔法師は防げるはずはなかった。

 

 しかし、リーナは、防げる。世界最高クラスの干渉力を持つ彼女は、『鉄壁』の名を誇る十文字にはやや劣るものの、障壁魔法の強度もまた最高クラスだ。元の魔法ライフルと違い、音速の三倍、つまり「普通のスナイパーライフル」と同程度にまで落ちた攻撃は、防ぐことができるのだ。

 

(そうは言っても、危なかったわね)

 

 しかしそれは、彼女と言えども間一髪だった。あとほんの少し弾速が速ければ、あとほんの少し反応が遅れていれば、彼女の体を銃弾が貫いていた。間に合った理由は、昨夜に見てその存在を知り、警戒していたから。それともう一つが、文也が安全策に走って距離を取ってしまっていたからだ。

 

 リーナは強気の言葉で動揺を隠して、背筋に走った悪寒を誤魔化す。

 

 文也は、半ば本気だろうが、もう半分は演技で、あの道路に倒れこんでいた。USNAの主目的は文也であり、リーナがまず自分が隙を晒せば優先的に狙ってくることを読んでいたのだろう。それにまんまと引っかかってしまい、あずさと駿が攻撃する隙を生んでしまった。いくら彼女の魔法力と言えど、『ヘビィ・メタル・バースト』とそれをコントロールするための魔法を使用するにはかなりのリソースを割く。今こうして座標情報と見た目を『仮装行列(パレード)』で改竄しながら戦っているだけでも、実はギリギリだ。あずさと駿の攻撃をしのぎながらの攻撃は不可能であり、文也への攻撃を中断してその二人に対応せざるを得なかった。それもまた狙われていた隙だった。あやうく凶弾に倒れるところだったのだ。文也が、もし失敗した時のために少しでも攻撃を避けられる確率が上がるように距離を取っていたのが、皮肉にもリーナにとって大きな助けになったのだ。

 

「くそっ、化け物め!」

 

 文也はなおも銃口を向けて音速を上回る銃弾を発射し続けるが、リーナも軍人、ましてや銃社会のUSNAに生きる身だ、銃で狙われているときの対処は慣れたものだ。文也の腕はアマチュアレベルであり、不規則にステップを踏んだりして動き回っていれば、まず当たることはない。また自分の後ろにあずさや駿がいるように動けば、その貫通力の高さから、文也は射撃ができない。このピストルは恐ろしい兵器ではあるが、自由自在に距離もコントロールできる『ヘビィ・メタル・バースト』のほうが、はるかに強い。

 

 三対一だというのに、リーナは文也たちを圧倒していた。対人魔法戦闘において一番効率が良い直接干渉魔法は、エイドス上の座標情報を改竄する『パレード』によって完封できる。あとは他の攻撃を、適時障壁魔法や『領域干渉』で防ぎながら、当たれば一撃必殺のビームを当てるだけだ。

 

(ま、高校生にしては、そこそこやるんじゃない?)

 

 三人の連携は、一流の軍人であるリーナから見ても、洗練されたものだ。また個々の実力も高校生とは思えないほど高い。文也とボディーガードのキャリアがある駿は言うに及ばず、戦闘適性が高いと思えないあずさも、全く鍛えられていないとても小さな体と鈍い反応速度を、素早くまた精密で効率的な魔法でカバーしている。

 

(ワタシじゃなければ、負けてたかもね)

 

 リーナは余裕の嗤いを浮かべ、彼女に誘導されて瓦礫に足を取られて転んだ文也に照準をつけ、『ヘビィ・メタル・バースト』を起動する。

 

(これで終わり!)

 

 文也が避ける様子はない。魔法の行使速度とビームの速さを考えれば、もう絶対に逃げられない。

 

 

 

 

 

 

 ――そう勝ちを確信した彼女の視界に、一筋の光の弾丸が現れる。

 

 

 

 

 

 その弾丸は、彼女のもとにCADから返ってくるサイオンパターンを乱し、『ヘビィ・メタル・バースト』を不発とさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念だったな!」

 

 過去最高に命の危機に瀕したことに冷や汗を感じながら、文也は自らを元気づけるようにわざと激しく起き上がり、怒鳴るようにシリウスをからかう。

 

 シリウスが使う『ヘビィ・メタル・バースト』は、その難度と規模に見合わないほどの速度を持っている。破壊力は絶大で、どんな障壁魔法でも、どんな材質の盾でも、防御はできない。

 

 だから――魔法式そのものを無効にしてしまえばよい。

 

 しかし、『領域干渉』や『情報強化』では、彼女の干渉力を上回れない。また達也のように『術式解体(グラム・デモリッション)』や『術式解散(グラム・ディスパーション)』をするのは不可能だ。

 

 だが、魔法師ならばほぼ全員が使える基本の魔法で、かつどんな魔法も理論上無効化できる対抗魔法がある。

 

 それが――『サイオン粒子塊射出』。

 

 他の対抗魔法とは違って、魔法式ではなく起動式を不発にさせる方法だ。

 

 魔法師はCADにサイオンを流し込み、そのサイオンパターンに従って起動式を魔法師へ返す。そしてその起動式を使って、魔法師は魔法式を構築する。これが現代魔法の魔法発動までの簡単なプロセスだ。

 

 ここで、魔法師がCADを流し込む段階、またはサイオン信号で起動式を魔法師に返す段階のどちらかに、他者のサイオンを混ぜ込めば、サイオンパターンが乱されて、起動式の送受信そのものが失敗して、魔法は不発となる。これを、一番燃費良く、それでいて不意打ち的に行えるのが、『サイオン粒子塊射出』なのだ。

 

 当然、これには大きな欠点がある。まず一つが、他の対抗魔法と違って魔法式に作用するものでなく、その前段階の起動式に干渉するものなので、相手をはるかに上回る速さを求められること。もう一つが、実物の銃弾ではなくサイオンの塊と言う不安定なものを、正確に射出しなければいけないこと。『サイオン粒子塊射出』自体は無系統魔法の基本だが、それを実用レベルで使うには、相手を圧倒的に上回る速さと射撃の正確さが必要だ。

 

 そしてこの場には、世界最強の魔法師すらを圧倒するほどの速さと、幼いころから鍛えた射撃能力を持つ魔法師がいる。

 

「残念だったな」

 

 駿はいつのまにか様々な魔法を使うために使っていた汎用型CADをサスペンドして、拳銃型の特化型CADに切り替えていた。その照準は、動き回るシリウスの手元を正確にとらえ続けている。

 

 そう、この『サイオン粒子塊射出』は、駿が自分の適性を判断して新たに見つけた、誰にも負けない切り札だった。それは、敵を素早く制圧し無力化するだけではなく、敵の攻撃を無力化して対象の身を守るという、ボディーガードの本領に重なるものだ。

 

「ここから先は、少なくとも『ヘビィ・メタル・バースト』だけは邪魔させてもらうぞ」

 

 さすがに汎用型CADでは間に合わないみたいで、駿は『サイオン粒子塊射出』を使うための無系統魔法しか使えない特化型CAD一本に絞っている。確実に起動式を無効化するためにはこうするしかないのが、この切り札の大きな欠点だ。無系統魔法は物理的な攻撃力に乏しく、駿の攻撃能力は低くなってしまう。

 

「こっから回転数を上げてくぜ!」

 

 その代わりに、一番守られるべきターゲットであるはずの文也が、攻撃にアグレッシブに参加してきた。一撃必殺の『ヘビィ・メタル・バースト』が使いにくい接近戦を仕掛けて、一瞬で死ぬことを防ぐつもりの様だ。

 

「舐めるな素人が!」

 

 シリウスが吠える。見た目からして女性の様だが、軍属なだけあってその白兵戦技術は高い。体格が小さく、技能もせいぜいが喧嘩が強い不良程度でしかない文也など、赤子の手をひねるように倒すことができる――はずだった。

 

 しかし、シリウスの攻撃は文也に通らない。文也は小さな体を目いっぱいに動かし、小型ナイフや足元の小石を利用した格闘戦を仕掛けながら、大量の魔法を同時に使用している。知覚強化魔法、高速移動魔法、硬化魔法、幻覚魔法、さらには死角からの攻撃魔法まで、目にもとまらぬ速さで次々と行使しているため、シリウスはそれに追いつくので精いっぱいだ。

 

「貴様あああああああ! なぜCADに触らずに魔法を使っている!!!」

 

 シリウスが、一瞬息切れした文也から距離を取り、足元に展開されたあずさの妨害魔法を跳ねのけ、杖先を文也に向けながら吼える。冷静な軍人の姿はそこにはなく、怒りに任せて強大な力を振るう鬼と化していた。しかしその強大な力は、飛来したサイオンの弾丸によって無力化される。しかしそれは予想できていたようで、代わりにシリウスの戦闘服の中からいくつものナイフが現れて、まるで踊るようにひとりでに動いて駿に襲い掛かる。USNA軍の得意魔法、『ダンシング・ブレイズ』だ。

 

 しかし駿は冷静だ。ぎりぎりまで照準をCADに合わせながらもさっきまで文也とあずさが避難していた暖炉の後ろに身を隠してその凶刃をやり過ごす。

 

 これで駿に隙が生まれ、今度こそ『ヘビィ・メタル・バースト』を発動しようとする。しかし文也は「予備動作なしで」また至近距離まで近づいてきていたため、やむなく中断してまた近接戦闘に付き合わされる。文也の動きは、格闘戦に集中しているという意味では全く無駄がない。つまり、「魔法を発動するための動作がない」のだ。

 

 通常魔法師は、CADを起動するために、何かしらの方法でCADに触れる必要がある。例えば一般的な汎用型CADなら数字パネルを押す必要があるし、拳銃型CADなら引き金を引く必要がある。文也のCADやあずさのロケット型CADのようなごく単純なものでも、魔法行使にはスイッチを押す必要がある。また変わったところでは、レオのCADのように音声認識で作動するものもある。

 

 しかし文也は、音声認識すらさせている様子もなく、次々と魔法を行使している。CADに触れずに思いのまま自由に魔法を行使するその姿は、魔法の存在が世間に広まる以前にあった、ファンタジーの世界の魔法使いのようだった。

 

 しかし、シリウスの目は、サイオンの流れから、文也が全身に仕込んだCADを介して魔法を使っていることを敏感に察知している。文也の体からは、魔法の種類に応じて、体中のCADにサイオンが供給されているのだ。

 

 ――世界には、CADを開発する会社がいくつも存在する。

 

 その中でも特に名前が目立つのは、業界最大手であるドイツの『ローゼン・マギクラフト』、同じく最大手であるアメリカの『マクシミリアン・デバイス』。また会社規模は世界的に見れば大きくはないが、技術力で言えば世界最高と言われている、ループ・キャストなどの画期的なシステムを開発した謎の天才エンジニア『トーラス・シルバー』を要する高性能高級デバイスを販売している『フォア・リーブス・テクノロジー』も有名だ。

 

 そうしたトップ企業たちは、新しい技術であるCADの開発が一段落した段階で――これは実にここ半年のことだ――あるCADの開発にこぞって乗り出した。

 

 それは――スイッチなどの物理的な動作条件を要さない、完全思考操作型CADと呼ばれているものだ。

 

 手や足、音、センサーといったものではなく、思考操作のみでCADを使用するというものだ。

 

 その方法はさまざまに模索されてきた。例えば脳波を読み取って起動する、無意識の目の動きで起動する、などだ。しかしそれらは誤作動や不発が頻発し、また脳波読み取りに関しては精密で携帯性に欠ける機械が必要になるなど、欠点だらけだった。

 

 そうした中、先の三つの企業と違って「悪目立ち」している有名企業『マジカル・トイ・コーポレーション』の秘密のエンジニア『キュービー』と『マジュニア』こと文雄・文也父子は、ある一つの発想に思い当っていた。

 

 それは、直接思考で操作するのではなく、思考で操作できるものを介して操作をすればよいのではないか、というものだ。それはすなわち、サイオンである。

 

 サイオン波のわずかなパターンの差で起動式を選ぶというのは、文雄の武装一体汎用型CADであるモーニングスターですでに実践済みだ。それを応用すれば、CADをサイオンのみで操作できるのではないか、と、思いついたのである。

 

 その一つの結実が、文也が夏休み前に論文コンペ審査に出した「完全思考操作型CADの開発とその利用方法」という論文だ。この論文には、サイオンでCADを動作させて起動式を読み取るまでの方法と、それの考えられる利用方法が書かれている。

 

 しかし、これを書いた段階からしばらくは実用化には至っておらず、文也レベルのサイオンコントロール能力ですら実用化できるぐらいになったのは12月に入ってからで、『マジカル・トイ・コーポレーション』が発売を発表したのは年明け直前だ。

 

 これはスイッチを押すという動作を省略できるという点で、現代魔法がより便利になる画期的な技術だ。これからの魔法戦闘は、よりサイオンコントロール能力に優れた魔法師が有利になっていくだろう。

 

 そして、この技術を世界で最も有効に活用できる人間こそが、開発者である文也だ。

 

 文也のサイオンコントロール能力は随一で、魔法を行使する際に余剰サイオンが「全く」出ない。他のCADに干渉することもなく、達也ですら二つまでが精いっぱいの『パラレル・キャスト』を、無数のCADで行える。それらの魔法を全て完全思考操作型CADで行えば、「一切の動作なしで」無数の魔法が同時に行使できるのだ。

 

 こうして文也は、シリウスと格闘戦をしながらも、多数の魔法を併用して追い詰めている。

 

 シリウスからすればたまったものではない。接近戦のため頼みの『ヘビィ・メタル・バースト』は使えず、素人レベルの相手と言えど魔法で強化されれば相応にリソースを割かなければならない。それに加えて、意識と視界の死角からは多種の攻撃魔法が飛んでくる。シリウスはいわば、単独で何十人もの魔法師を相手にしている状態だ。一つ一つのレベルはさほど高くはない。これで実際に何十人もの魔法師だったならば、まるごと『ヘビィ・メタル・バースト』で消し飛ばせるだろう。しかしその大元は文也と言う一人の人間。しかもそれを潰すための魔法は、駿によって無効化されてしまう。シリウスは一気に、不利に追い込まれた。

 

(でもやっぱ、決め手がないんだよなあ)

 

 文也は俄然有利に、それでも疲労蓄積が数倍増した戦いに身を投じながら、最初の襲撃からどれだけの時間が経っただろうかと焦りを覚える。こうして有利になったものの、今の自分では、このアンジー・シリウスを絶対に倒し切って撃退することはできない。直接干渉する魔法は未だに原理不明のままエラーが起こるし、外部からの攻撃は強力な対抗魔法に阻まれる。急激にギアを上げた戦いにもすでに対応され始めていて、文也の接近戦もだんだんと追いつかなくなってきている。

 

 一方でこちらは、有利と言えば有利なのだが、一度でも誰かがビームを食らってしまったら最後、即死または戦闘不能になり、一気に敗北するだろう。いわば今の状態は、薄氷上の有利だ。これをいくら続けても勝ち切ることはできないし、一撃でひっくり返されるし、仮に持久戦にするにしても文也とあずさのスタミナが持たなくてジリ貧になる。

 

 しかし、文也はそれでもよかった。襲撃された直後、文也はポケットに入れていた携帯端末を操作して、仲間たちに救難信号を送っている。

 

 USNAとの交換留学が決まった後、文也たち全員は、端末に救難信号用のプログラムを仕込んでいた。襲撃されたらその携帯端末で一定の操作をすることで、ペアリングしている仲間たちにSOSと位置情報を送る仕組みだ。ネイサンに襲われたとき、比較的短時間で戦闘が終了したにもかかわらず、駿たちがすぐに駆け付けられたのは、戦闘開始時には救難信号を送っていて動き始めていたからだ。

 

 この救難信号は、将輝と真紅郎、そして文雄に送られている。直接干渉する魔法がエラーを起こすとなると将輝や真紅郎では苦しいだろうが、文雄ならばあの反則レベルの白兵戦で、シリウスを叩き潰すことができるだろう。静岡のごく西側に位置する浜松市からだと、緊急移動用高速ドローンでもかなりの時間がかかるが、到着まで持たせれば勝ちだ。

 

(――あ? どういうことだ?)

 

 ――文也はここまで考えて、違和感に気づく。

 

 救難信号を送ったら、すぐに向こうから今向かうという旨の連絡が来るはずだ。そのはずなのに、携帯端末は、その知らせを告げるバイブレーションを起こしていない。

 

 頼みの綱である文雄が来ないとなると、今の戦い方はすべて無駄になる。文也はアイコンタクトで駿とあずさにしばらく持たせてくれるよう頼み、いったん下がって完全思考操作の魔法で援護しながら、携帯端末を取り出す。その端末は、まるで何かの危機を知らせるように、ビカビカとライトを光らせていた。

 

「何があった親父」

 

『おせーよバカ息子!!!』

 

 手が塞がらないで話せるように、またあずさと駿にも聞こえるように、スピーカーモードで通話を初めて早々、電話の向こうから、文雄の大声が聞こえてきた。

 

 文雄の声は、息切れこそしていないが、明らかに何かの危機があって焦っている様子だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――こっちもなんかよくわかんねえ奴らに襲われてるんだよ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文雄の大声に、文也たちもシリウスも、一瞬動きを停止した。


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