マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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「……正体がばれるだろうとは、思っていたさ」

 

 達也はため息を吐きながら、顔を覆い隠していたフルフェイスのヘルメットをゆっくりと外し、投げ捨てる。そして自分と同時に、愛しい妹もヘルメットを外し、敵意に満ちた顔を晒しながら、道のわきに丁寧に置いた。

 

 文也たちとリーナが戦い始めてからしばらく、達也と深雪は、ずっとその様子を見ていた。達也には見せなかったあの回転しながらの『ヘヴィ・メタル・バースト』を見たときは勝負あったかと思って安心したが、そこから文也たちが逆転をするのは予想外だった。

 

 だから、予定通り、世界最強の魔法師と戦って疲弊したところに、戦いを仕掛けることにした。だいぶ離れたところから観察していたため、戦闘終了を確認してから少し時間が経ってしまったが、不意を突いて痛点を『分解』して激痛により気絶させ、速やかに生け捕りにして回収する段に移ろうとした。リーナを運ぶドローンを『分解』しようとしたのはついでで、敵ではあるが、文也たちを疲弊させてくれたことへのちょっとした恩返しのつもりだ。

 

 しかし、それは、油断していたとは思えないほどの文也と駿の反応によって失敗に終わった。対抗魔法は、『分解』にとって天敵の、多重の『領域干渉』。九校戦の時と違って、何度もかけなおして無理やり再現する猿真似ではなく、『ファランクス』の単一版と断言できる完成度だ。

 

(まさか、完成させていたとは)

 

 達也の『雲散霧消(ミスト・ディスパーション)』とそれのバリエーション『トライデント』。伝説上の三又の槍の名前を冠するその魔法は、『分解』を跳ねのける『領域干渉』と『情報強化』を分解する一・二段階目と、対象そのものを分解する三段階目に分かれる。しかし、その三段階目の前に新たな『領域干渉』が現れたら、『雲散霧消』は打ち消される。まさしく天敵と言える魔法だった。

 

 しかし、多重の『領域干渉』は『分解』の天敵だが、それ以外の魔法には意味はない。ただの干渉力の勝負になるので、何枚あっても変わらないからだ。

 

 そういうこともあって、文也たちはUSNAの対応に集中してそんなものを開発していないだろうと、達也は予想していたのだが、アテが外れてしまった。すさまじい開発速度だ。

 

「答えろ! お前らもUSNAの仲間か!?」

 

「そうとも言えるし、そうではないとも言えるな」

 

 文也の問いかけに、達也ははぐらかすように答える。絶対にUSNAの仲間ではないが、敵の敵は味方と考えれば、仲間と言えなくもない。何はともあれ、意外と察しの良い文也に、達也はおしゃべりで情報を与えるつもりはなかった。あの多重の『領域干渉』は、間違いなく燃費が悪い。疲弊している三人はどこかで必ず隙を晒すから、そこを見逃さないよう、達也は気を張っていた。

 

「日本国防軍所属の癖にか! この国賊! 売国奴!」

 

「なんとでも言え。要求を簡潔に伝える。大人しく投降して、魔法を受けて気絶しろ。そうすれば、少なくとも、殺しはしない」

 

 文也の罵倒を流しながら、達也は要求を伝える。殺しはしない。しかし、殺されるよりましとは限らない。四葉に捕まった魔法師たちの末路を知る達也は、内心でそう付け加えた。

 

「まずお前の組織を言え。USNAか? 他国か? 国防軍か? 国防軍だとしたら、なんでこんな強硬手段に出る必要がある? USNAから守ってくれなかったのも、国防軍絡みか?」

 

 達也が国防軍、それも、機密度が高い独立魔装大隊に所属していると知っている文也は、バックにその存在を疑う。優秀な魔法師の卵が外国からの危機に晒されているというのに全く動く気配がなかったのも、それならば納得できる。

 

「それは教えられないな。黙って要求に従え」

 

 達也の強硬な姿勢を見て、ついにあずさと駿は臨戦態勢を取り、魔法の準備をする。それを受けて、達也の後ろに控えていた深雪も、強大な力を振るうべく、真冬の寒い夜をさらに冷やすサイオンを放出しながら、臨戦態勢に入った。

 

「そうか――じゃあここで死ね!!!」

 

 文也はそう言いながら、サイオンをコントロールして、一気に四つも『爆裂』の魔法式を展開して達也に仕掛ける。

 

 それと同時に、全員が動いた。

 

 深雪は大魔法『ニブルヘイム』で文也たちを凍らせようとするが、それを駿が『サイオン粒子塊射出』で妨害しようとする。しかしそれは達也が準備していた『サイオンウォール』に阻まれる……かと思いきや、あずさがその壁にサイオンの高周波を当てて振動させることで結合を緩め、駿のサイオン弾がそこを貫通して深雪の魔法は無効化される。それと同時に達也は『爆裂』で血の華になる――ことはなく、血液が気化して血管が爆ぜた直後に自己修復術式が起動して、外見上は魔法が発動しなかったように平然としている。

 

「司波兄は前言った通りベホマ持ちだ! 妹もすぐに回復させられる! 何度殺しても死なないと思え!」

 

 文也の判断は、あまりにも冷酷だった。深雪の一般的な現代魔法の『情報強化』を『分解』し、そこに重ねて『爆裂』をいくつも仕掛ける。達也は文也に『雲散霧消』をかけながら妹を守るべく『術式解体(グラム・デモリッション)』を放って魔法式をすべて打ち砕くが、代わりに文也が放った魔法ピストルの弾丸が、妹の宝石のような眼を貫く。達也が片方のCADを使って文也に『雲散霧消』を仕掛けていたがゆえに、妹を守るためには『術式解体』を使わざるを得なかった。そのせいで深雪の自己防御の魔法もすべて無効化されてしまい、魔法ピストルの凶弾で傷つけさせてしまった。しかも『雲散霧消』は、かけなおされた多重の『領域干渉』によって跳ねのけられてしまう。

 

 達也はすぐに『再成』を施し、妹を傷一つない状態にする。深雪もそれと同時に、苦しそうにしながらも、精神干渉系魔法『強制催眠』を放つ。

 

 しかしその魔法は、あずさが放った対抗魔法『覚醒』によって無効化され、さらに駿の追撃を許してしまう。

 

 駿は脚元のむき出しになった鉄筋を一つ抜き出すと、それを達也に向けて投げつける。それはおよそ届きそうになかったが、加速系魔法によって速度が上昇し、鋼鉄の槍となって達也に襲い掛かる。達也はそれを『分解』し、返す刀で駿を消しとばそうとするが、駿はまた多重の『領域干渉』を行使して、達也の攻撃を退けた。

 

(……厄介だな)

 

 優しさ――転じて甘さ――が抜けないあずさはまだしも、文也と駿は、達也と深雪を「殺す」ことに、すでにためらいがない。今の駿の攻撃は達也の顔面を狙っていて、直撃すれば通常の人間なら死を免れないだろう。

 

 今しがた、『再成』して深雪を復活させるところを見せてしまった。恐らく文也たちが横浜で撮っていた映像は駿たちも見ているため、知識では理解しているのだろうが、どうしても躊躇いは消えないだろう。しかしこうして目の前で実践されれば、「即死攻撃をしても死なない」と身をもって思い知らされたわけだから、「殺し」への恐れはなくなる。その無意識の遠慮と言う手加減がなくなれば、必然、攻撃に躊躇がなくなって、戦う側からすると厄介この上ない。

 

 そして、達也が最も厄介に感じているのが、多重の『領域干渉』だ。相応のサイオンとリソースを消費しなければならないようで三人とも動きがぎこちないが、それを差し引いても、達也にしてみれば苦しい。『術式解体』で無理やり破壊するか、深雪の干渉力で上回るかのどちらかが必要になるが、しかし深雪は遠慮のない「殺し」にさらされ、攻撃が上手くいっていない。ほぼゼロタイムで『再成』する達也と違って、深雪は都度達也による『再成』が必要で、破壊に晒された瞬間に攻撃魔法がコントロールを失って効果をなくす。事実上、達也が取れる手段は、『術式解体』しかない。

 

(『術式解体』で『領域干渉』の破壊を狙いながら、『サイオンウォール』で森崎の『サイオン粒子塊射出』を防ぎ、『術式解散』で深雪への攻撃をすべて無効にする。そして深雪の一撃を通して一人ずつ削る……こんなところだな)

 

 達也は瞬時に作戦を組み立てる。最も勝率が高い流れはこれだ。

 

 達也一人で『術式解体』と『雲散霧消』を使って一人ずつ削ってもよいが、そうなると深雪の防御や『再成』がおろそかになる。文也たちの攻撃は即死級だ。数秒『再成』が間に合わないだけで、大切な妹を亡くすことになる。それだけは絶対に避けなければならない。

 

 ただし、達也が思いついたこの作戦にも問題がある。この作戦を取るとなると、メインで使う『術式解散』に一つ、『サイオンウォール』や『術式解体』のための無系統に一つ、特化型CADを割り当てなければならない。『再成』のCADはサスペンドすることになる。基本コード仮説から外れてはいるが一応系統魔法に当たる『再成』を精度と速度を両立させて使うには、CADが不可欠だ。もし『術式解散』が間に合わずに深雪が即死の致命傷を追えば、『再成』が間に合うかどうかは怪しい。無系統魔法はサイオンをコントロールするだけなので極論CADはいらないし、達也自身そのコントロール力は群を抜いてはいるのだが、メインで使う以上、CADを割り当てたいのが本音だ。

 

 つまり、『術式解散』で間に合わなかった場合に備えて、深雪には、攻撃魔法と同時に対抗魔法も準備してもらわなければならず、さらには死または激痛を我慢する覚悟もしてもらわなければならない。

 

(――大丈夫です、お兄様)

 

 そんな達也の迷いを、横に控えて戦ってくれている深雪が、すぐに解消してくれた。

 

 達也が何を考えているのかを瞬時に理解した彼女は、自分の成すべきことをしっかり理解していたのだ。

 

(よし、じゃあ、行くぞ!)

 

 達也は深雪に時間を稼いでもらいながら、起動・スリープの切り替え速度を大幅に高めた特性CADを入れ替える。『再成』のCADはサスペンドして、無系統魔法のCADを腰から抜きながら起動する。

 

 そしてそれと同時に、達也は駿には劣るが十分な速度があるクイック・ドロウで照準を向け、文也の『領域干渉』を打ち壊す。

 

「げげっ!」

 

 それを受けた文也は、すぐに『領域干渉』をかけなおした。しかし実は、達也は『雲散霧消』を狙うそぶりだけ見せて文也にかけなおしを強制しただけに過ぎない。完全思考操作型CADを同時に何十個も操る文也には効果が薄いが、ほんの少し攻撃を遅れさせるだけでも十分だ。

 

 深雪は達也が動き出すのと同時に、攻撃魔法を準備している。使う魔法は『コキュートス』。精神を凍結させて、死ぬことすらできない、生きているだけの肉の立像にするこの恐ろしい魔法は、達也の『分解』『再成』にも劣らない高難度魔法で、深雪だけの属人的な魔法だ。互いの「枷」を開放すればもっと楽に使えるのだが、互いに魔法演算力の半分を制限しあっている今の状態では、深雪でもCADを使ってさらに相応の集中力と時間を要する。

 

(制御を外せればよかったんだけどな)

 

 こうして正面戦闘になるなら、達也と深雪、両者を縛る「枷」を外した方が圧倒的に良い。そうしていたら、とっくに戦闘が終わっていただろう。そうしなかったのは、「枷」を外した直後の一瞬に多量のサイオンが噴き出してしまい、文也たちに警戒されてしまうからだ。

 

 深雪のおぞましい攻撃魔法の気配を感じ取った駿が『サイオン粒子塊射出』を何回も行うが、それらはすべて達也が展開したサイオンの壁に阻まれる。あずさのサポートも、先ほどより強く固めた壁の前では無意味だ。

 

 その直後に深雪の体を攻撃の魔法式が覆う。深雪はいくつもの必殺の魔法式が自身の体を覆っているのを知覚しているが、それでも、誰よりも愛している兄を信じて、あと少しで完成する自身の魔法式に集中する。彼女の心に恐怖はない。兄がこの程度のことを、しくじるわけがないのだから。

 

 達也は文也に向けていた銃口をすでに深雪に向けている。その指先が引き金を引き、効果が現れる直前の攻撃魔法式すべてを、ただのサイオンの粒子の変えた。この程度のサイオンの粒子ならば、深雪の構成する強固な魔法式に影響はしない。

 

 そしてついに――深雪が目を見開く。

 

 人間を死よりも冒涜的なモノに貶める魔法『コキュートス』が、精神干渉系魔法に全く耐性を持たない文也に襲い掛かる。

 

(よし)

 

 達也は勝ちを確信した。あれは文也程度の『領域干渉』で防げるものではない。精神の揺らぎ、振動、動き、その全てを「ゼロ」にする魔法は、文也を生きているだけの肉の立像に変えてしまうだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふみくん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その魔法式に、もう一つの魔法がかぶさった。不意打ちで放たれたその魔法を、達也は分解することができなかった。代わりに『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で、「視え」てしまう。

 

 あずさが『コキュートス』にかぶせるように文也に使った魔法は、達也が見たことない魔法だった。しかし魔法の効果を即時に理解する力がある達也には、それがどのようなものかわかる。

 

 効果としては、平常時のプシオンパターンに戻す魔法で、いわば「平常心」に戻す魔法だ。魔法演算領域での変数入力の都合上、対象の平常時のプシオンパターンを術者が記憶していなければならず、術者が被術者を深く理解し、長い時間一緒にいる必要がある。

 

 達也は似た魔法を知っている。精神ではなく、肉体を元の状態に戻す魔法――自身固有の魔法『再成』だ。

 

 あずさは今、疑似的に、ゼロにされ凍結させられつつある文也の精神を、『再成』しようとしているのだ。

 

 人間が反応できない、達也ですら何もすることができない一瞬の間に、深雪とあずさの魔法がぶつかり合う。

 

 深雪の魔法が文也の精神を凍結させようとして、あずさの魔法がそこに熱を与えて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――精神が完全に停止する直前で、再び動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺の平常心がどんなものか、よくわかってるよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也の言葉と同時に、大量の魔法式が展開される。

 

 達也と深雪は、それの対処に、一瞬だけ遅れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 達也と深雪が攻撃魔法の波に多少遅れながらも確実に抗っている中、あずさは膝の力が抜けて、ペタンと座り込んでしまう。

 

 あずさ自身はその名前を知る由もないが、深雪の魔法『コキュートス』自体は見たことある。あの横浜事変で、彼女がそれを使う様子を、空中ドローンのカメラで目撃していた。

 

 一流の魔法師や魔工師ですら、映像を見ただけでは、その魔法の正体が分からないだろう。しかし、生まれつき精神干渉系魔法に高い適性と感性を持つ彼女は、それが、精神の動きをゼロにして凍結する魔法だと理解してしまった。そして、そのあまりにもおぞましい魔法を知ってしまった瞬間から、彼女の心には常に恐れが浮かび上がってきていた。

 

 その恐れは、魔法そのもの、または術者である深雪へのものだけではない。自分が、いや、それ以上に、「大切な幼馴染」が肉の立像になるのが、何よりも恐ろしかった。

 

 そんな彼女が開発したのが、この『抱擁』だ。

 

 平常時のプシオンパターンを記憶し、そのパターンに戻すことで平常心にさせる魔法。

 

 その効果だけ見れば、恐怖や恐慌を軽減する『カーム』同様、激しい動揺や発狂を鎮める目的に見える。実際、これを開発しているときのあずさは、その用途も途中から意識し始めた。

 

 しかし、その目的は、激しい揺らぎから鎮めるのではなく、その逆。凍結されゼロになった精神を、元に戻すためだ。

 

 激しく暴れる心を落ち着ける『抱擁』。そして、消えゆく人を抱きしめて守り離れないようにする『抱擁』。

 

 この魔法に名前を付けようとしたとき、あずさの脳裏に浮かんできたのは、悪戯好きで落ち着きがなくて口が悪くて、それでも世界で一番頼りになる、小さな幼馴染の男の子との思い出だった。気弱で臆病なあずさは、泣いたり、ショックを受けたり、怖くてどうしようもなくなったことが何度もある。そのたびに、小さな男の子が、自分を抱きしめて、落ち着かせてくれた。

 

 彼の心音が、彼の体温が、彼の声が、彼の息遣いが、彼の抱きしめる力が、彼の魔法が。

 

 この魔法と重なった。

 

 ――極限の集中状態で、高難度の魔法の一発勝負を決めたあずさは、リーナとの戦いもあって、心身共に限界だった。途切れかける意識の中で、『抱擁』の思い出が浮かんでくる。その思い出は、温かくて、優しくて、心地よくて、ずっとそこに浸っていたかった。

 

(……やらなきゃ)

 

 それでもあずさは、震える足で立ち上がり、自分自身に『覚醒』をかけて無理やり意識をはっきりさせる。瞬間、温かくて優しくて心地よい思い出は薄くなり、代わりに、寒くて恐ろしい厳冬の真夜中の戦いという現実が鮮明になってくる。

 

 あずさが守り切った文也は、一瞬も呆けることなく動き出し、達也と深雪を足止めしている。文也は常に粗暴で悪戯好きで騒がしい。彼の平常心は、戦闘中とほぼ変わらない。すぐに動き出せるのは、必然だった。

 

 あずさが戦闘不能になったと見たようで、文也の猛攻を乗り切った達也があずさに『分解』を仕掛け、深雪は文也と駿に『強制催眠』に似たプシオン波を浴びせようとする。それらに対し、あずさは自ら『多重干渉』で達也の攻撃を退け、文也と駿を眠らせようとしていた冷たいプシオン波に、温かいプシオン波をぶつけて相殺する。

 

 ――魔法は結局、どこまでいっても属人的なものだ。

 

 故に、魔法師には、それぞれの適性がある。

 

 深雪は生まれつき、温度を変える振動系魔法と精神干渉系魔法に特に高い適性を持っている。そのメインは『コキュートス』であり、精神を凍結させるという性質が派生して、温度を変える振動系、特に冷却魔法が得意なのだ。いわば深雪は、究極の「マイナス」。そこにあるものを冷やし、凍結させて「ゼロ」にする。

 

 そしてあずさもまた、それに似た適性を持っている。大人数の恐慌を鎮める『梓弓』、極度のリラックス状態にさせる『スウィート・ドリームス』、暴れる心を鎮める『カーム』、その全てが、激しく揺れるプシオン体の波を緩やかにする「マイナス」だ。

 

 しかしそれは、本質を見誤っている。それは彼女の魔法が多く使われる場面において、たまたま「マイナス」の働きをしているに過ぎない。

 

 深雪の本質が「ゼロ」だとすれば――あずさの本質は、ごく穏やかな精神状態、言うなれば「イチ」だ。

 

 激しく跳ね上がった精神を、いつものスタート、「イチ」に戻す。彼女の魔法が「マイナス」に見えるのは、使用頻度による錯覚である。「ゼロ」から文也を救ったように、「ゼロ」から「イチ」に戻す「プラス」もまた、あずさの適性だ。

 

 深雪が放つ、「ゼロ」へと近づける冷たいプシオン波を、あずさの温かい波が打ち消す。この放つプシオン波の性質の差こそが、あずさと深雪の違いなのだ。

 

「まだ頑張れるよっ、ふみくん!」

 

 あずさは自分に気合を入れなおすように、文也に話しかける。それを聞いた文也は、口角を上げ、悪戯っぽい笑みを浮かべて、しっかりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご子息はお元気でして?」

 

「おかげさまでね!」

 

 文也との言い合いを終えてしばらく、文雄と黒の集団との戦いは、終始文雄が不利な形で拮抗していた。

 

 周囲の大人たちも手練れなのに、ゴシックドレスを纏う中学生ぐらいの二人は特に厄介だ。

 

 ヨル、と呼ばれているツインテールの方が使う魔法は『極致拡散』。領域内の液体、気体、物理的なエネルギーなどの分布を均質化させて識別できなくする魔法で、その下位バージョンの『拡散』はメジャーだが、このレベルになると実践での使用例は確認されていない。光も音も電磁波も水分も、全てを均質化して識別できなくすることで、自身や仲間の攻撃や居場所、今何をしているかなどが知覚では判別できなくなる。これに文雄は苦戦させられていた。

 

 一方、ヤミ、と呼ばれているボブカットの方は、『極致拡散』のような特徴的な魔法は今のところ使っていない。しかし、使う魔法や利用方法のすべてがハイレベルであり、その点では、どことなく彼のヤンチャな息子が重なる部分もある。

 

 この二人のコンビネーション、それを補う周囲の黒づくめの大人たち。白兵戦を主体とする故に対多数戦闘が専門とは言えない文雄は、不利な拮抗を作るので精いっぱいだった。

 

(くそっ、早くしないとマズいぞ!)

 

 救難信号は、今も送られ続けている。自分の家に潜ませていた部下たちからの信号は未だ途絶えていないし、ついには森崎家に避難している妻たちからも信号が来ている。文也たちはアンジー・シリウスを退けたみたいで一時的に信号が途切れたが、新手に襲われているようで、信号が再び出ていた。自由に動ける中では一番の戦力であるはずの文雄は、こんなところで足止めされている場合ではない。一刻も早く、我が家を、子を、妻を、守りに行く必要があった。

 

「ほらほら、動きが鈍ってるんじゃないの?」

 

「余計なお世話だ!」

 

 ヤミから放たれる『幻衝(ファントム・ブロウ)』の連打をサイオンを纏わせたモーニングスターで防いで、途切れたタイミングで帯電させた蒸気の塊を放って反撃する。しかしそれは黒ずくめの一人による横やりで防がれ、さらに意識外からの針が次々と文雄に飛来してくる。済んでのところでそれらを防いだが、また知覚外からヤミによる振動破壊魔法が襲い掛かってきて、それをとっさの『情報強化』で防ぎ切った。

 

(『極致拡散』が厄介すぎる!)

 

 とにかく、全てが知覚外からの不意打ちになるのが、一番つらい。白兵戦をする文雄にとって、それは遠距離攻撃と並んで最も苦手とするものだ。今までかろうじて戦えているのは、科学では説明できない力、文雄の驚異的な第六感によるものだ。

 

 文雄自身、最初はせめて自分の周囲だけでもと『領域干渉』で無効化しようとした。しかし、他の魔法は無効化できているものの、この『極致拡散』だけはヨルの干渉力が異常に高いようで、打ち消すことができていない。ほぼ手詰まりに近かった。

 

「クソッタレがあ!」

 

 文雄は苛立ち紛れに、後ろから針を持って襲い掛かってきた女に、振り返りざまにフルスイングを決める。その女の頭はたやすくはじけ飛び、首なしの体は、血をまき散らしながら吹き飛んでいった。

 

「あーあ、可哀想に。どっちが悪役か分からないね」

 

 ヤミが微塵もそう思ってなさそうな声でそう言いながら文雄に針を投げつける。感情任せのフルスイングでバランスが崩れていた文雄は、それと同時に襲ってくる大量の針に反応しきれず、一本だけ太ももに浅くだが突き刺されてしまった。

 

「よっと」

 

 しかし、文雄はその針をすぐに抜く。針が刺さったと見るや何人かが魔法を行使する様子を見せた。やはり、毒ではなく、針を通じて何かしらの必殺の魔法を使う予定だったようだ。

 

 そして、その何人かの一人、特に魔法式構築速度が速くて厄介だった黒ずくめの男が、文雄が針を抜くと同時に魔法式を完成させて、行使してしまった。その魔法式は文雄に投射されるが、針が抜かれたことで定義から外れ、エラーを起こして霧散する。

 

「はっ!? いや嘘だろおい!?」

 

 文雄は世界が改変されようとした違和感から、その魔法式がどのようなものなのか理解してしまう。それは予想していた電撃でもなければ、系統魔法ですらない。

 

 ――井瀬、一ノ瀬が最も苦手とする、精神干渉系魔法だった。

 

 針に刺されたという恐怖を出発点としてそれを無限大に増幅させる。その結末はショック死だ。

 

 つまり今まで放たれていた針は、この魔法による必殺の為だったということだった。

 

 そんな文雄の驚愕による意識の空白を――ヤミが見逃すはずがない。

 

 先ほどとは違う精神干渉系魔法の魔法式が文雄に投射される。

 

 それは、今までずっと隠していた、ヤミの切り札。文雄が弱点としており、ヤミが得意な精神干渉系魔法。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その魔法式は――プシオンに現れた『情報強化』によって、消しとばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 文雄から離れながら、ヤミが困惑から可愛らしい顔に間抜けな表情を浮かべる。それは、思わず『極致拡散』を解いてしまったヨルもまた、同様だった。

 

「よく調べてきてるみたいじゃねえか、感心するぜ。テストの傾向と対策はバッチリってわけだ」

 

 文雄は、危ないところだったと厳冬の真夜中だというのに流れ出る脂汗を意識しながら、内心でため息を吐きつつ、顔には嘲笑を浮かべながら口を開く。

 

 一ノ瀬・井瀬は、ほぼ全ての魔法に万能だが、代々精神干渉系魔法が苦手で、文雄と文也に至ってはからっきし。それは事実「だった」。

 

「俺はこう見えても教師なんでね、ニガテを克服するのも仕事ってわけよ。ま、生徒じゃなくて自分のなのはご愛敬だ」

 

 しかし文雄は、自分の弱点を放置するような真似はしない。精神干渉系魔法の名手であるあずさの父にこっそりと教わり続けて、自分のプシオンに『情報強化』を施せるようになった。いわば精神干渉系魔法の基礎の基礎しかできていないわけだが、防御手段が一つあるだけでも十分。文雄は、「ニガテ」を克服していたのだ。その過程で精神干渉系魔法への理解も深まり、あずさの『洗脳剣(ハック・ブレード)』の開発にも至った。

 

 このニガテの克服は、たった今、文雄を死から救った。

 

 今ヤミが使おうとしたのは、文雄は名前を知る由もないが、プシオンに直接痛みを与える『ダイレクト・ペイン』だ。その出力は高く、身体的な痛みへの耐性に左右されないプシオンの激痛は、たやすく意識を消す。気絶しているうちに、工作、拉致、殺害などがやりたい放題だ。

 

 そしてさらに、このニガテ克服が、文雄だけでなく、家族や仲間を救うことにもなる。

 

「いやー、今まで勘違いしてすまなかったな。アメリカの仲間だの、国賊だの、売国奴だのってさ」

 

 文雄は警戒を解かずに、それでも口を開きながら、文也から送られた信号とメッセージを確認する。シリウスの次には、なんと達也と深雪に襲われているらしい。子供たちの喧嘩、というわけではないだろう。その理由は謎だったが、今ようやく理解した。

 

「今の精神干渉系魔法はすごいねえ。それと、そんな感じで『殺し』の精神干渉系魔法を得意としている闇の一族が、裏の社会では結構有名なんだよ」

 

 黒ずくめたちも、司波兄妹も、USNAの仲間ではなかった。ただ、共通点はある。彼らもまた、バカ息子の節操なき探求心の被害者と言うことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウチのアホ息子が迷惑かけましたねえ、『四葉家』の皆さま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『四葉家の皆さま』

 

 文雄はメッセージ確認ついでに、通話を開始していた。その会話は文也たちにも聞こえている。

 

 文雄は、USNAの敵に襲われていたわけではない。「四葉家」に襲われていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………もっと苗字を工夫しろ、頭クローバー畑」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也は唾を吐きながら、最大限の侮蔑を込めて、達也と深雪に言葉を叩きつける。二人は動揺する素振りは見せない。一方で、司波兄妹があの悪名高き四葉の関係者だと知ってしまったあずさと駿は、衝撃で動きが止まっていた。

 

「司波は、四葉の読みの改造か。四葉家は当主が本家になって、次期当主の一族は別の苗字の分家になる。聞いたことがあるぜ。お前らもその一部ってことだ」

 

「……そんなことまで知っているのか」

 

「人の口に戸は立てられないってことだな」

 

 四葉家の秘密主義はいきすぎなほど徹底しているが、そうした変わったシステムは、時折風聞の中に流れてくる。たいていが「そんな馬鹿な」とすぐに立ち消えるが、細々と残り続けるものもあるのだ。

 

「妹と兄、どっちが当主候補だ? いや、どっちもか? どっちも強そうだもんなあ? 妹の方がお上品に見えるけど、癇癪持ちよりかは鉄面皮殺人マシーンのお兄様のほうが有利か?」

 

 文也は罵倒の言葉を混ぜながら、推測を並べて、達也と深雪の動揺を観察する。達也はその程度では動じないが、深雪はそういうわけにはいかない。文也の言葉に、分かりやすく逐一反応してしまっていた。

 

「なーるほど、妹が次期当主候補ってわけだ。お兄たま、よく教育しておけよ? ヒステリーが当主とか厄介だぜ?」

 

「余計なお世話だ、慣れてるさ」

 

 文也の挑発に、達也は動じずに軽口で返す。しかしそれは、表面上の事。愛しの深雪がヒステリー持ちだということ自体を否定しなかったのは、彼もまた少しだけ動揺している証拠だ。

 

「なあなあおい、見逃してくれよ。『流星群(ミーティア・ライン)』を俺が使えるのがお気に召さないんだろ? わかったわかった、今後は緊急時以外使わないからさあ」

 

「そういうことではないのですよ、井瀬君?」

 

 戦闘中ずっと口を閉じていた深雪が、冷ややかな声で文也を否定する。確かに『ミーティア・ライン』は今回の件に大いに関係している。文也も、「四葉」の気に障るというのは自覚していたようだ。

 

 しかし文也が今後使うかどうかは、もはや問題ではない。独自であるはずの切り札と同質のものが、外部の者に握られている。情報を流されないとは限らない。それが問題なのであり、文也はどうなるろうと、抵抗する以上死は免れないのだ。

 

 起動式や魔法式は、知られたからと言ってそう使えるものではない。一方で、その式そのものが汎用性を高めたものであり、いつかは使えるものが現れる可能性がある。文也は、劣化版と言えど、改善すれば「本物」に届きうる起動式を知ってしまった時点でアウトなのである。

 

 言い終えた深雪が、戦闘再開の口火を切る。『ニブルヘイム』が文也を凍らせようとするが、それは起動式の段階で駿の『サイオン粒子塊射出』に阻まれて失敗する。それと同時にまたも五人が入り乱れる戦いが始まり、サイオン光と魔法式が夜の闇に乱舞した。

 

「ちょっと冷静になって考えてみ? 俺が何したって言うんだ? USNAにしても、四葉にしてもよお。『分子ディバイダー』と『ミーティア・ライン』を俺が開発できたのが気に入らねえみたいだけど、そんなん逆恨みだろ? バレたら殺すぐらい頼りにしてるんだったら、俺が開発できる程度のしょぼい魔法なのが間違いだぜ?」

 

 その乱舞の中で文也が放った言葉は、正論だった。文也は四葉家から情報を盗んだわけでも奪ったわけでもなく、参考にして本家に繋がる式を自ら開発したに過ぎない。殺害と言う究極の手段に出るにしては、あまりにも理不尽だ。

 

「お前は、それが『ミーティア・ライン』だと知ってて開発したのだろう? 奪っただの盗んだだのは関係なく、四葉の秘密だと知ってそれをなお暴いた」

 

 しかし、それは達也の言う通り、暴論でもある。

 

「お前らは、今まで見逃されていたのが不思議なぐらいだ。人の役に立つ科学を特許でもないのに隠し立てする理由は金以外にないが、お前らが暴いた秘術は、全て人を傷つけるため、もしくは『殺す』ための技術。各家が秘匿するのは、独自の優位性、既得権益を保つためだけではない。それが社会に溢れて、悪用されるのを防ぐためでもある」

 

 文雄は『マジカル・トイ・コーポレーション』の設立に関わり、さらに工学部門において『キュービー』として裏で貢献してきた。そこに近年になって加わったのが『マジュニア』たる文也だ。この二人は、『マジカル・トイ・コーポレーション』としても、それぞれ個人としても、あまりにも多くの秘術を暴いてきた。それによって相互不信に陥り崩壊しかけた一族や、新たにもっと凶悪な「殺し」を開発せざるを得なくなった一族もいる。各家が隠し通してきた秘術の数々は、たやすく人の命を奪えるし、逆に人を守る要でもある。

 

 それを流出しかねない二人は、魔法師としてはあまりにも危険である。

 

 本人たちも多少自覚はあるようで、四葉の情報網によって達也が知る限りでは、二人が暴いた秘術が危険な存在に流出した形跡はない。せいぜい、彼らの身内、あずさや駿たちに渡った程度だ。しかし、もしこれが敵国や犯罪組織に渡れば、国家防衛・治安維持に使われる技術が敵に筒抜けとなり、さらに利用されることになる。本人たちがいくら細心の注意を払っていようが、四葉の分家制度・当主制度の仕組みが文也に知れ渡っていたように、どこから漏れるか分からない。二人がやっていることは、地域や国をまるごと滅ぼしかねない不発弾を興味本位にハンマーで叩くような行為だ。

 

 今回は四葉がたまたま動いたが、秘術を暴かれた他の家・一族も、『マジカル・トイ・コーポレーション』または文也に対して、殺人とまではいかずとも、決して穏便ではない手を打とうとしたこともある。結局実行には移さなかったが、遅かれ早かれ、四葉が動かなくても、誰かしらから文也は襲撃を受けていたのだ。USNA軍が、国際法を破ってまで、他国に来てまで抹殺しようとしていたのがその証拠だ。

 

 ――達也は別に、文也のおしゃべりに付き合うつもりはなかった。ただ何も情報を与えず、無言で仕事を遂行すればよい。

 

 この達也の考えと言葉は、文也に向けられたものではなかった。文也がこれで納得して、はいそうですか、と生け捕りか死を選ぶわけがないのだから。

 

 その言葉は、隣で戦う妹に向けられていた。深雪も裏仕事や殺しは初めてではないし、冷酷な割り切りもできるが、達也ほどではない。怒りと闘争心を向けている割には、やはり理不尽なものだという自覚はあったようで、いざ殺すとなると、明らかに迷いが生じていた。もしこの迷いがなければ、先ほどの『コキュートス』も決まっていただろう。

 

(……よし)

 

 深雪の動きにあった、ほんの少しの迷いが、そこから少しだけ消える。達也は、今の言葉に深雪が納得したとは全く思っていない。深雪は賢くて聡明だ。これだけの理由があろうとも、それでなんら法を犯していない少年を殺してよい理由にはならないのを理解している。それでも彼女から迷いが消えたのは――兄の意図をくみ取ってのことだった。

 

 そんな健気な妹の『情報強化』を超えて、再びいくつもの『爆裂』が現れる。その数は、戦い始めた頃よりも増していた。サイオンの質からして、これを行使しているのは文也だけではない。ついに「殺し」の迷いが消えたあずさの『爆裂』もあった。しかも互いに干渉しないように、事前の連携か、はたまた無言の即席連携か、文也が上半身だけを、あずさは下半身だけを狙って、魔法式を展開している。

 

 通常、『爆裂』のように有体物に直接干渉する魔法は、その有体物のエイドスそのものを一つとして対象とする。普通の魔法師が『爆裂』を使えば、全身の液体が同時に気化して、全身が血の華となる。しかし、魔法演算の変数入力の過程で、一個の有体物丸ごとにかけるのではなく、その一部分を対象とするテクニックもある。演算の手間があるため、戦闘中ではあまり使用されないが、達也の痛点を狙った『雲散霧消』のように、狙った一部分だけに効果を及ぼせるのと、その部分だけ改変するからサイオン量の節約になるという点でメリットがある。

 

 そして、文也とあずさはもう一つのメリット、複数人で一つの有体物に魔法を行使できるという点を利用した。本来のエイドス全体を対象とする方法だと、相互に干渉しあってすべてが不発となるか、片方だけしか実際に効果が起きないかのどちらかになる。戦闘中でも「対象を分ける」という基本ではあるがいざやるとなると難しい技術を難なく行える、魔法巧者の二人だからこそだ。

 

(くっ!)

 

 達也は苦渋の選択で、深雪を包むようにまるごと『術式解散』の領域を設定する。あの数では、一つ一つ崩すのは間に合わない。深雪自身の魔法や『情報強化』も崩してしまって隙を晒すことにもなるが、仕方のないことだった。達也は、領域魔法は苦手だが、こと分解関連に関しては、三年前の出来事から反省して習得している。それがなければ、たとえ深雪を『再成』させても、妹の記憶には自身の体が内側から爆ぜる感覚が残ってしまうところだった。

 

 それを見た文也はクイック・ドロウで魔法ピストルを抜き、深雪の心臓と頭をめがけて放つ。彼女が展開していた『対物障壁』は達也の『術式解散』によって消えている。何にも邪魔されないそれは、深雪の急所を次々と貫いていった。

 

 深雪が痛みに悶え、息絶えようとする。そこに達也は、領域を解除して即座に『再成』を打ち込んで深雪を蘇生させようとする。

 

「今だ!」

 

 文也が叫び、先ほどまで集中砲火されていた深雪から、矛先が達也に向けられる。

 

 達也は、文也の狙いを悟った。

 

 あの多数の『爆裂』からの一連の流れは、文也の計画通りだったのだ。

 

 達也の『術式解散』または『術式解体』を深雪に向けさせて防御を剥ぎ、魔法ピストルを当てる。そこを達也が『再成』しようとした隙に、達也を集中砲火する。魔法行使中に術者が死亡もしくは致命傷によってコントロールできなくなった場合、魔法は無効になる。たとえ達也が復活して再度『再成』をしようとも、復活しきる前に次の破壊に晒せば、『再成』は発動できない。その隙に、深雪に死を定着させようというのだろう。

 

 達也は、文也の掌で踊らされていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(――演者が俺で残念だったな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしそれは、達也が思い通りの振り付けで踊っていたことを意味しない。

 

 達也の自己修復術式は、その理を超える。

 

 達也の体が、徹底的な破壊に晒される。『爆裂』によって全身の血管が爆ぜ、脳や心臓をコンクリートの破片が貫き、不可視の刃が喉を切り裂き、無理やり光の透過率をゼロにさせられた手首が気化する。

 

 しかし、自己修復術式は、その破壊の度合いが高ければ高いほど、より速く修復を完了する。攻撃の全てが致命傷・重傷に至るのだから、その修復速度は、「そのダメージが達也のコントロールが魔法から失われる前」に修復を完了するほどだ。

 

 故に、一度行使した『再成』は失われることなく、瀕死の深雪のエイドスに、元の彼女のエイドスを被せ、彼女を修復する。

 

「これでもダメなのかよ!」

 

 起き上がって、再び戦い始めた深雪に対処しながら、文也は悪態をつく。今の流れに相当集中していたようで、三人とも、いよいよ疲労が限界に見える。達也は、多重の『領域干渉』の紡がれるペースが落ちてきていることを見逃していない。このまま疲弊させれば、いつかはそのペースを『トライデント』が上回るだろう。そうなれば、チェックメイトだ。

 

 保有サイオン量が無尽蔵ともいえるほどある達也と深雪、保有サイオン量が平凡な文也たち。現代魔法の尺度においては評価されない部分が、大きく勝敗を分けた。

 

 このままならば、いくら逆転の手段を取っても、文也たちが負けるのには変わりない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう――「このままならば」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪と達也の全身を、突然大量の魔法式が覆う。それはこれまで何度も見た魔法式『爆裂』だが、しかしその強度は比べ物にならない。達也どころか深雪の『情報強化』すら上回っている。さらにその隙間を縫うように、二人のCADに加重系魔法『ファンブル』がかけられ、手から落とされそうになる。

 

 反応は速かった。深雪は自分でできることはないと、全身が内側から爆ぜる恐怖を受けいれ、兄にすべてをゆだねる。そして達也はそれに応え、自身の体に訪れるあまりにも冒涜的な破壊を無視して、妹の苦痛を軽減すべくそちらに集中して『術式解散』をする。しかしそれは間に合わず、深雪の美しい顔が、醜い血の華となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――待ってたぜ、王子様たち」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深雪が『再成』されてるのを尻目に、文也は口角を上げて嗤いながら夜空を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その視線の先には、空中ドローンにぶら下がってCADを構えながらこちらに向かってくる、将輝と真紅郎がいた。

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