マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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今回から2話分ほど、本編に書こうとしたけど、物語のリズムや展開の都合上でカットしたシーンを書いていきます。カットしたシーンではありますが、本作世界においては実際に起きた、いわゆる「正史」として捉えてください。なんなら本編にこれらを書くつもりで伏線まで撒いていました。二次創作で正史ってなんだっていうツッコミはナシです

あと、今回載せている「③最大の被害者」についてですが、辛いエピソードなので、特にリーナが好きな方とかは見るのがつらいかもしれません。ご注意ください。


語られざるエピソードたち-1

①劣等生と優等生

 

 2095年4月6日。文也たちが一高にピッカピッカの一年生として入学してすぐ。

 

 この日は新入部員勧誘週間の初日だ。

 

 勧誘のデモンストレーションなどのために一般生徒にもCADの使用が許可される週であり、勧誘が過熱化して毎年諍いが絶えない、とんでもなく頭の悪い期間だ。新入風紀委員たちは、いきなりこの大仕事が待っているわけである。

 

 そのお仕事の前の準備時間、風紀委員会本部では、新入生屈指の優等生・森崎駿と、風紀委員唯一の二科生・司波達也が、それぞれの準備を進めていた。

 

 その中で、達也が委員会備え付けのCADを二つ、両腕につける。

 

 これは、普通ならばありえないことだ。CADを複数同時に使用するのは不可能である。現代魔法師の基礎中の基礎の知識だ。

 

「それが噂のやつか」

 

 そんな様子を見て、駿が複雑な感情をはらんだ声で、達也に話しかけた。

 

 普通の状態なら、「何バカなことをやっているんだ」と声をかけるところだ。

 

 しかし、駿は知っている。今自分の目の前にいる二科生は、二科生だというのに、親友でありすでに遠いところにいる魔法師・井瀬文也を決闘で破ったのだ。戦いの詳細は文也からすでに愚痴として聞いている。文也も結構本気を出して戦ったのだが、達也もまた『パラレル・キャスト』で応戦し、文也が敗北したのだ。

 

「あまり使う事態は起きてほしくないけどな」

 

 そんな駿の問いかけに対して、達也の返答は、およそ愛想がよいものではない。まさしく達也と文也が決闘する羽目になった一件の原因は、駿が感情的になって魔法を使おうとしたからだ。その対立相手は達也であり、第一印象からしばらく、ずっと最悪なのである。

 

「……なあ、『パラレル・キャスト』って、もしかして、案外できるものなのか?」

 

「は? いや、待て、冷静になれ。アレと一緒にいると感覚が狂ってくるかもしれないが、アレは異常だ」

 

 しかし、達也は駿に構わざるを得なくなった。彼から、頭のネジが外れたような質問が飛んできたからだ。思わず振り返ると、駿の目は、明らかに冷静ではない。混乱で渦を巻いているようだった。

 

 達也の言う「アレ」とは、何十個も同時にCADを使用する、常識外れからすらも外れた、関わるだけで人生ハズレみたいなクソガキ・井瀬文也のことだ。こいつと一緒にいれば、常識のネジがだんだん緩んできても不思議ではない。

 

「井瀬がなんであんななのかは知らないが、俺も生まれつきの偶然みたいなものだ。訓練とかそういうのでなんとかなる領域の話じゃない」

 

「そうか……いや、確かにそうだな、すまない。ちょっとばかし常識と言うのが分からなくなってしまってな」

 

 だから口論のあげく魔法をぶっ放そうとしたわけだ。なるほど、非常識だな。

 

 みたいな皮肉が口から飛び出そうになるが、刺激するのもなんなので、達也はぐっとこらえる。実際、文也はちょっと話しただけでもわかる程にやんちゃな性格だ。それと長い付き合いなら、悪影響を受けて、魔法でちょっかいかけるぐらいのことは何の躊躇いもなくできてしまうだろう。なんとなく駿のこの性格ならあのクソガキの悪影響なしでもやらかしそうな気がしないでもないが。

 

 これで話は終わりか。達也はほっと一息つく。初仕事に気負いがあるわけではないが、それでも初日から面倒に絡まれるのは御免だ。

 

(……井瀬のせいで、面倒なことになったな)

 

 達也は内心であのチビを呪う。文也のせいでこんなことになったのだ。心の中で何を思っても、バチは当たらないだろう。

 

 ――この時、司波達也はまだ知らない。これから先、この井瀬文也に、何百回も面倒なことになることを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

②魔法工学科

 

「えへへ、楽しみだね、ふみくん♪」

 

「そうだな。なんの風の吹き回しか知らんが、センセーたちに感謝だ」

 

 大波乱の論文コンペが終わり、その波乱を慰めるためのハロウィンパーティが終わったころ。慰めるためのパーティでなぜか心に深い傷を負ったのと引き換えに超高性能フルダイブVRカプセルを手に入れた二人は、さっそくそれで家に帰ったら遊ぼうかという話の流れで、最近急に発表された、一高のある大きな動きについて、生徒会室で話していた。あずさは仕事中、文也は罰則作文中なのだが、それを咎める者はこの場にいない。幼馴染二人が醸し出す空気に縮こまっているほのかだけだ。他の役員は、みんな用事があってそれぞれでかけている。

 

 さて、この一高には、来年から新たに魔法工学科が設立される。魔法実技は劣等生だが理論や工学の面で突出している達也の存在に困った教師たちが、思い付きのように設立することを決めた学科だ。実際、実技が微妙でも、せっかく生まれもった魔法技能を何かに生かしたいと考えて魔工師やそれに類する職業や勉強をしたいという二科生は多く、その需要をかなえた形だ。理論の面でも一科生のほうが大体優れているというのは、言ってはいけない話である。

 

 この魔法工学科は、先のように、魔工師またはそれに類する仕事や勉強をしたい生徒たちを大変喜ばせた。それは二科生だけでなく、一科生も同じだ。例えば、一科生ではあるが、生まれつきの障害で魔法の行使が上手くいかない十三束などは、ここに転科を予定している。そして文也とあずさもまた、転科しようとしているのだ。

 

 文也は謎の天才魔工師『キュービー』こと文雄の息子で、物心ついたころには魔法工学で色々遊んでいたような少年である。世を騒がせる『マジュニア』である文也は、当然魔法工学科を志望していた。教員たちとしては、実技2位の彼にはこのまま世間の需要が高い魔法実技中心でやっていってほしかったのだが、九校戦で文也の魔法工学技能も目の当たりにしており、「どちらにせよ宣伝になる」ということで認めている。というか、新学科設立を決めたとき、達也と同じく文也がここにくれば儲かる、ということは想定してあるのだ。とんだスケベ心である。

 

 そしてあずさも、物心つく前からそんな文也と一緒にいて、また元々の気質もあってか、魔法工学に造詣が深く、興味も深い。CADオタクの面も持つ彼女は、なんなら達也や文也以上に、この新学科設立を楽しみにしていた。

 

「どんなカリキュラムになるのかなあ。魔法式でしょ? 起動式でしょ? CADのソフトとハード、それに魔法幾何学にー」

 

 あずさはニヘラニヘラと間抜けで柔和な笑みを浮かべながら、たおやかでちっちゃなおてての指を折りながら、妄想まじりの想定カリキュラムを数え上げていく。普通の魔法科でもこれらの学問は十分、というかかなりハードにしっかりやるのだが、文也と長い付き合いがあって高校生離れしつつあるあずさにとっては、やや物足りないものになってしまっている。それが専門学科の設立ともなれば、より深い世界を知ることができるのだから、あずさとしては天にも昇る気持ちだ。

 

「あ、あの、えっと、そ、そのう……」

 

 そんなあずさに、いつも遠慮がちだがそれよりもさらに100倍ぐらい遠慮がちに、ほのかが話しかける。その顔には、気まずさしかない。

 

「ん? なんだ?」

 

 比較的冷静だった文也がそれに反応する。

 

「そ、その、ですね……わ、私からはとてもじゃないですが、い、言えません!」

 

「おい、落ち着け。あーちゃんの妄想ピンクに当てられたか? いつもより数段挙動不審だぞ!」

 

 さらっと失礼なことを言いながら、文也がほのかの肩を揺さぶる。ほのかはそれに身を任せながら、虚ろな目で、無機質な一枚の紙を文也に渡した。

 

「だから、その、これを、読んでください……」

 

「なんだよ全くもう……このメンバーで俺がツッコミはおかしいだろ……」

 

 文也はあきれ果てながら、その紙を受け取り、あずさと並んで眺める。さらっと二人で一つの椅子を使って密着している状態だが、二人は気にも留めていないし、普段は顔が真っ赤になるほのかも、今は謎の気まずさでそれに気をもむことはない。

 

 ほのかが渡してきた紙、それは、今日のホームルームで全員に電子書類で配布された魔法工学科の概要、それをわざわざ印刷したものだ。

 

 そしてその中の一か所に、几帳面に定規で引いたのだろう、真っすぐにアンダーラインが引かれた箇所があった。

 

「えーっと何々……『なお、新学科・魔法工学科への在校生の転科については、新二年生のみとする』………………あっ、ふーん」

 

 文也は察した。

 

 彼にしては珍しく、気まずくなりながら、お互いの瞳に映る自分の姿が見えるほどの距離にいるあずさを見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには――石像がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 否、ショックで固まったあずさだ。

 

 彼女は誰よりも転科を楽しみにしていた。しかし、それが許されるのは新二年生のみ。

 

 現二年生で、しかも成績が飛びぬけて優秀な彼女は、すでに進級分の単位を揃えている。つまり、新三年生だ。

 

 そう――誰よりも楽しみにしていた転科を、あずさはできないのだ。

 

 ……気まずい沈黙が、生徒会室を支配する。

 

 あずさも、ほのかも、文也ですらも、何も言えない数分間が続いた。

 

「………………ふみくん」

 

「な、なんだ?」

 

 その末に、あずさが、能面のような表情で口を開いた。呼ばれた文也は、半ば反射的に返事をする。彼にしては珍しく、恐る恐るだ。

 

「私、決めた」

 

 あずさがすっと立ち上がる。その目には、あの生徒会長選挙演説の時よりも深い、横浜の戦場と言う修羅場を乗り越えて成長したことでより深くなった、闇のごとき深淵が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、先生たちを洗脳してくる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早まるなあーちゃん!!!」

 

 瞬間、あずさはCADをぶら下げて駆け出し、それを文也が抱きしめて止める。いつもならこれで落ち着くが、全く効果がないようだ。『ツボ押し』で鎮静するツボを押すが、それも意味をなさない。こういう時、直接効果を出せるわけではない一ノ瀬・井瀬の力は、どこまでも無力だ。

 

 ――結局、たまたま直後に帰ってきた深雪と彼女の手伝いとしてついてきた達也、そしてようやく動けるようになったほのかも加わった、一年生ドリームチームの四人で、ようやくあずさを抑え込むことに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

③最大の被害者

 

 USNA最強の魔法師にして、世界を震え上がらせる戦術級魔法師・十三使徒最強の威力を誇る魔法が使える、スターズ総隊長アンジー・シリウス。その化けの皮は剥がされ、さらに極東の島国の高校生三人に敗北してしまい、捕らわれの身となった。

 

 アンジェリーナ・クドウ・シールズ。アンジー・シリウスの正体は、絶世の美少女である女子高生だった。そんな世界最強の魔法師にして絶世の美少女は――ほの暗い地下室で、全裸にされて、冷たい石の床に転がされていた。

 

 両手両足は縛られ、全身の柔肌には数多の痛々しい傷がつき、整った爪は剥がされて血まみれになっている。誰もが虜になりそうな芸術を超えた裸体は、その元の美しさゆえに、誰もが目をそむけたくなる惨い有様になってしまっていた。

 

 そんな彼女を見下ろすのは、小さな男の子。小学生と見紛うほどの幼い見た目だが、その顔には狂喜の笑みが浮かんでいる。彼女をこんな姿にしたのは、幼い見た目とのギャップでより恐ろしく見える嗤いを浮かべるこの少年だった。

 

 リーナは足で蹴られて転がされ、全裸で尻を突き出し四つん這いになる、この世で最も恥辱的な姿を取らされる。美少女が、下種な男から拷問を受ける。その内容は、リーナが捕まったと気づいた時から、ずっと覚悟していた辱めだ。

 

 ――リーナの想定は、結果的に言えば、甘かったと言わざるを得ない。

 

 乙女が想像しうる最悪の恥辱は確かにそれだ。しかし、リーナが楽に殺せるはずだったこの少年は、その遥か上を行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「もう二度と、ウンコできないねえ」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤熱した鉄筋を持った悪魔が、口角を吊り上げて嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――イヤアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ白い清潔な部屋、暖かい布団、どこにも苦痛を感じない体、快適な気温、柔らかな日差し。

 

 リーナはそんな心地の良い部屋で目が覚めた。

 

 しかし、その目覚めは、快適とは程遠い。

 

 全身は汗まみれになり、髪は振り乱れ、心臓は激しく鼓動し、激しく肩で息をする。

 

「ハーッ、ハーッ」

 

 リーナは過呼吸を起こしながら、半狂乱になって自分の下半身をまさぐる。そのどこにも傷はない。すでに何度も確認したから分かっている。それでも、今この瞬間自分で確認しないと、窓から飛び降りたくなってしまうからだ。

 

「………………浴びたいな……」

 

 数分経ってようやく落ち着いたリーナは、寝起きだというのにすでにげっそりと疲れた顔で、ぽつりとつぶやき、のそのそと柔らかなベッドから這い出た。

 

 すれ違った優しい笑みを浮かべる看護師に半ば反射的に挨拶をしながら、リーナはリラックスできる音楽が流れる廊下を、重たい足取りで歩いてゆく。その手には着替えとバスタオルがある。寝起きですでに大汗をかいた彼女は、その汗と、そしてまとわりつく不安を洗い流すために、シャワーを浴びようとしているのだ。

 

「おはようございます、少佐」

 

 そんな彼女の向こうから、浅黒い肌の長身の男が歩いてくる。リーナに気づいた男は、ビシッと姿勢を整え、敬礼で挨拶をした。

 

「おはようございます、カストル。貴方もシャワーですか?」

 

「……左様であります」

 

 その男――ネイサン・カストルもまた、顔には珠のような汗が浮かんでおり、げっそりとしていて、手にはバスタオルと着替えを持っている。リーナの問いに、ネイサンは、答えにくそうに返事をした。

 

 リーナとネイサン。この二人の境遇は、同じものだった。

 

 この二人は、USNAのために日本に潜入し、一人の小さな男の子を抹殺する任務についた。一流の魔法師にして軍人である彼女らは、しかし敗北して、その少年――文也に捕らえられていたのだ。その時に、二人は筆舌に尽くしがたい拷問を受けた。

 

 二人が今寝起きしている場所。ここはUSNAにある国立の、軍人専門の精神病院だ。生き死にに直結する修羅のごとき軍人という仕事は、常に精神的外傷やPTSDが付きまとう。そうした軍人たちの精神ケアをするための病院である。格の高い二人はこうしてそれぞれ個室を与えられているし、一般人が想像する精神病棟のように物々しくもないが、しかし窓は鉄格子こそないけれど開けられないよう鍵はかかっているし、刃物や尖ったものは極力排除されている。

 

 男子シャワー室と女子シャワー室に分かれ、リーナはあえてキンキンに冷たいシャワーを浴びる。温かいシャワーの方がリラックス効果は高いが、こうして強い刺激を受けないと、先ほどの悪夢がいつまでも脳裏にこびりついてしまうのだ。

 

 豪雨のごとき冷水を立ち尽くして浴びながら、リーナは歯を食いしばり、悔しさで涙を流す。

 

 今の自分の、なんと惨めなことか。

 

 世界最強の魔法師が、たかが極東の島国の高校生たちに負けて捕らえられ、その高校生の一人から受けた拷問で情報のすべてを吐き、世界最強の国家であるUSNA最大の機密の数々を奪われた。そして解放され、この精神病院で二週間ほど過ごしている。

 

 今のリーナは、立場も、評価も、プライドも、実績も、全てがズタズタになっていた。スターズ総隊長の地位にはまだいるものの、仕事には未だ戻れず、いないような扱い。最強として頼られていたが、たかが高校生に敗北して情報と機密と兵器を奪われた大戦犯の役立たずと評価されているだろう。自分が積み上げてきたプライドも、度重なる敗北と被害、筆舌に尽くしがたい拷問によって蹂躙しつくされた。今まで積み上げてきた実績など、この最悪の敗北によって無に帰したも当然だろう。

 

「クソッ……クソッ……」

 

 固く無機質なタイルの壁を、苛立ちと怒りと恐怖に任せて何度も殴る。しかしタイルはびくともせず、逆にリーナの握りこぶしには激しい痛みが帰ってくるだけ。

 

 それでもリーナは、涙を流しながら、冷たいシャワーを止めることもなく、苛立ち紛れにタイルの壁を殴り続ける。何の意味もないし、それで何か晴れるわけでもないが、そうでもしていないと、今にもシャワーのチューブで首をつってしまいそうだった。

 

 そんな彼女の裸体には――傷が一つも、残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し戻って、2096年2月18日。

 

 この日の一条家邸宅は、過去最大の緊張に包まれていた。

 

 井瀬文也に対するUSNA軍兵士による度重なる襲撃、それを放置した日本国政府と国防軍、その放置を指示した四葉家。様々な陰謀と利害が絡みあった戦いを終わらせるべく、話し合いの場が、一条家主導で設けられた。

 

 集まるのは、一条家当主の一条剛毅とその長男一条将輝、最大の被害者である井瀬文也とその父親・井瀬文雄、その二人のボディーガードである森崎隼と森崎駿、大臣や事務次官を差し置いて国防省の「裏」を取り仕切る官僚、国防軍の独立魔装大隊隊長・風間、USNA軍大佐であるヴァージニア・バランス、そして幼くして十師族でもトップを争う四葉家の代理人として選ばれた黒羽亜弥子、それに次期当主にほぼ内定している深雪と、ある意味中心の一人であり深雪のガーディアンでもある達也。そうそうたる面子だ。

 

「本日はお集まりいただきどーも、クソ野郎ども」

 

 その会議で、一番小さいのに一番偉そうで、それでいて一番の被害者でもあり事の発端たる加害者でもあり、この事態という大嵐の中心・文也がいきなり口を開いた。大物たちを前にして中指をピンと立てるそのあまりにも無礼な行動を、誰も咎めることができない。それどころか、それに対して縮こまってしまう者――防衛省の官僚だ――すらいる始末だ。

 

「お前らからの説明はいらねえ。こっちは大体、脳みそ腐ったお前らが何を考えてあんなことしやがったのか、大体想像ついてる。クズどもめ、気持ちはわからんでもないが、もっとやり方を考えろ、ゴミ」

 

 これに対しても、発言する者はまだいない。今から文也が事をどう見ているかを説明し、それを元に話し合いが進められるのが分かっているからだ。それぞれが幾千の言い訳と嘘を用意してあるが、文也たちはそれを受け付けない構えだ。

 

「事の発端は2095年8月の九校戦、新人戦『アイス・ピラーズ・ブレイク』だ。マサテルと俺との対戦で、俺がこの競技のために用意した『斬り裂君』を、衆目の集まる場で披露した」

 

「この真面目な場面でもその呼び方は変えないのか……」

 

 横で聞いていた将輝ががっくりと肩を落とすが、ほぼ全員それを無視して話の続きを態度で促す。達也と駿がわずかに同情した程度だ。

 

「この『斬り裂君』は俺がこの競技のために自分で開発した魔法だが、その中身は、アメリカ軍が開発して秘術としている強力な戦闘魔法『分子ディバイダー』に酷似していた。それを見たアメリカは、そのころから俺に対してどう動くか、暗殺を視野に検討し始めた」

 

 ここでバランスの肩が、少しだけ動く。今からすれば容易に読み取れることではあるが、USNAの動きを正しく言い当てて見せた文也に、恐れのようなものを感じているのだ。

 

「その次の発端は、10月31日の、横浜での騒ぎだ。俺が戦闘の中で、同じく自前でイチから開発した『流星群(ミーティア・ライン)』を使用した。当然日本最悪のクソ野郎一族・四葉様の目に留まる。これ以来、四葉もまた俺の抹殺に動き始める。ちなみに『ミーティア・ライン』を開発した理由については、俺としては四葉を侵害するつもりなんてサラサラない。この程度の劣化コピーでどうこうなるほど弱っちい奴らだとは思ってなくてな。単にあの演習で十文字パイセンに勝ちたかっただけだ」

 

「……そんな浅い理由でこんなことになったんですか」

 

 交渉事ではいつも優位に見せるべく余裕の態度を崩さない亜夜子が、呆れはてて額を手で押さえる。あまりの浅さに、頭痛がしてきたのだ。

 

 四葉からすれば、当主が持つ最強にして固有の魔法『ミーティア・ライン』を別口で開発され、使用されたとあってはたまったものではない。しかもその理由が、ただの学生同士の警備練習で勝ちたいからというもの。そんな理由であの高等術式が開発され、しかも開発した本人が大幅劣化と言えど使えたというのは、四葉としては不運極まりない。この報告を聞いた時の真夜の反応が、今から恐ろしいものである。

 

「で、アメリカがようやく動き始める。日本とアメリカの交換留学を利用して、俺を何とかするべく戦力を派遣してきた。他の組織や学校への派遣は、多分ダミー、またはなんか技術を抜こうとした、はたまた謎の戦略級魔法師の調査。こんなところだな。その俺へ派遣された戦力が、シールズ……戦略級魔法師、アンジー・シリウスだ」

 

 ここまで話して、文也は話題の中心であるUSNA代表のバランスではなく、四葉代表の達也たちを睨む。

 

「そしてこの動きを受けて、さらにその裏で動いたのが四葉だ。自分たちの手を汚さずに俺が死んだら万々歳のお前らは、裏で国家と軍に働きかけた。たとえ国内で邦人の未成年が外国の軍隊から襲われようと、無視してくれってな」

 

 そして、文也が指さして睨むのは達也。

 

「交渉材料は司波兄、お前だ。お前はなんかのツテで国防軍所属の兵士でもある。所属部隊は、オッチャン……えーっと、風間? が隊長やってる、国立アホウパイパイみたいな名前のところだ」

 

「独立魔装大隊だ」

 

 文也の適当な呼び方に、風間の口がゆがむ。自身が長をやっている隊を侮辱された怒りと言うよりも、この場面で笑ってはいけないという我慢のゆがみだ。

 

「そうそう、そんな感じの。で、司波兄は3年前に沖縄で大暴れしたトップシークレットのベホマとニフラムを使えるチート魔法師で、その戦力価値は戦略級魔法師、もしくはそれ以上に高い。司波兄が四葉の出であることを利用して、貸し出している立場の四葉が、国と軍に動かないよう交渉した。司波兄の戦力価値が魅力で仕方ない日本政府と国防軍のクズどもは、幼気な男子高校生が外国の軍隊から狙われてるって言うのに、四葉の交渉に乗って無視を決め込んだ。裏で蠢いていたのはこんなところだな」

 

 ズバリ、正解だ。国防省の官僚と風間は、自分たちがやったことの罪深さを自覚しているので、黙り込んで俯くしかない。そんな二人に、文也は、あろうことか、その後頭部に唾を吐きかける。あまりのことに一瞬達也が注意しようとするが、無抵抗の二人は、それを無言で制した。

 

「んでもって、ここでアメリカに予想外の事態が起こる。本国で起きた吸血鬼事件が、日本にもたまたま波及したことだ。これによってシールズを筆頭に、俺の対応は一旦お預けにして、吸血鬼への対応を迫られることになった。この吸血鬼事件に関しては、司波兄や十師族もそれぞれ動いてたみたいで、なんかお前らの間でもトラブったんだってな? まー、それはどうでもいい。優先順位が下がった俺にシールズの代わりに派遣されたのが、あのインディアンの色男だ。さっきまでの裏の動きは、四葉絡み以外だったら大体こいつが吐いてくれたぜ」

 

 勝ち誇った笑みをバランスに向けて、文也は宣言する。

 

 これはバランスからすれば驚きだ。何せネイサンは鍛えぬかれた軍人で、しかも人一倍忠誠心が強い。そんな彼にここまで吐かせるとは、一体どのような尋問をしたのか。想像を絶する恐ろしさに、バランスの背中を冷や汗が伝う。

 

「このインディアンを取りかえすべくアンジー・シリウス直々の登場だが、これも失敗。そして、世界最強の魔法師相手に戦って疲れ切った俺らを殺そうとしたのが――四葉、お前らだ。手駒の数が少ないって噂だったが、親父や母ちゃんから話を聞く限り、結構なやつらが動員されたって話じゃねえか。よくもまあそこまでやるもんだな。ま、俺らが勝ったけど。ご愁傷様」

 

 文也の説明の最後は、あっけないものだった。これでお終いと言わんばかりに、文也はドカッと椅子に乱暴に座り、喉を潤すべく、一条家が用意してくれた金沢名産柚子乙女サイダーを呷る。ちなみにこのジュースは文也たちには用意されているが、「敵」である日本国や四葉やUSNAサイドには用意されていない。代わりに激辛デスソース入りトマトジュースを出しているのだが、放つ気配があまりにも悍ましいので、誰を手を付けようとはしない。

 

「さて、俺らが知るのはこんなところだな。ハイ、補足と言い訳タイム、どうぞ」

 

 そして今度は、達也たちが話をする番だ。ここで言い訳や交渉を行い、なるべく自分たちに有利になるようにする。今日ここに集まったのは、そのためでもあるのだ。

 

「では私から。井瀬さんたちは、これからどうするおつもり?」

 

 最初に口を開いたのは、四葉代表の亜夜子だ。まずは文也たちの出方をうかがう。そのうえでこれからの方針を決めるつもりなのだ。

 

「このクソアマ、意外と余裕そうじゃねえか。……まず、USNAに襲われたこと、これを国と軍が放置していたこと、これは間違いなくばら撒く」

 

「そ、そんな」

 

「自業自得だな」

 

 文也の宣言に、国防省の官僚が顔を青くする。こんなこと、今世紀末にして最大のスキャンダルだ。国も軍も利益のために国民の命を軽く捨てたなど、国家が転覆してもおかしくはない。官僚は興奮して立ち上がって抗議しようとするが、それを国防軍に顔が利く剛毅が、たった一言で制して、座らせる。

 

「こういうクソ仕事になると四葉は流石だな。な・ぜ・か、周辺住民の目撃者はゼロ、全員唐突に家を離れる用事があったらしいじゃんか。警察も魔法戦闘の形跡は見つけていない。戦闘に出てきた奴らのアリバイもなぜか揃ってる。お前らが戦ったって言う証拠は、俺が撮影した映像と、あとはここにいるやつらの証言以外にはもうないってわけだ。この程度なら、お前らなら余裕で誤魔化しがきくな」

 

 文也の悔し気な言葉に、亜夜子は冷や汗を垂らしながらも満足げに笑う。この数日でそこまで証拠調査をした手の速さには驚きだが、そこは四葉が完全にリードした。「深雪のスキャンダル」は隠蔽でどうこうなる理屈を超えたものだが、それ以外の件については、四葉がこの件に関わったという証拠はもうない。もしかしたら国や軍に文書が残っているかもしれないが、そちらは、文也たちが考えている以上の価値を持つ、まさしく世界最強の戦略級魔法師たる達也と言う強い交渉材料があるから、隠蔽・もみ消しは可能だ。

 

「だが、日本とアメリカ、お前らは残念だったな。手が追い付けてない。証拠はきっちり揃ってるぜ」

 

 せめてもの、ということで、文也はその二方面には勝ち誇った笑みを向ける。それを受けて、バランスは黙って溜息をついた。

 

「お前らもひでーやつと手を組んだよなあ。四葉様が仕掛けた話なのに、当人たちは自分たちの保身はばっちり確保して、お前らだけを悪役にしようとしているんだぜ? 付き合うお友達は、もっと考え直すべきだなあ???」

 

 能面のように無表情の風間に、わざとらしくキスができるほどの距離まで顔を近づけ、文也は煽る。これは四葉と様々な組織を分断して、勢力弱体化を図るためのもの。風間もそれはわかっているのだが、しかしやはり頭の端には四葉の身勝手さに対する不信感と苛立ちがチラつく。乗せられているという自覚で余計に苛立ってくる悪循環に嫌気がさした風間は、せめてもの復讐にこの目の前のクソガキにいきなりキスして最悪のファーストキスにしてやろうかとも一瞬考えてしまうほどだった。

 

「そういうわけだ。まず四葉、お前らは、今後俺らに手を出すなよ。誰かに何かあったら、だ・れ・か・さ・ん、のお宝映像が世界中で拡散されるぞ。あー、なんならお前らは、俺らに何か起こらないように、守る羽目にすらはずのか、ハハハ、愉快愉快」

 

 文也たちも四葉も、両者の間にこれ以上の交渉の余地がないことは分かっている。四葉は文也たちから世間に悪行を公開されることはないが、しかし文也たちに何かあれば次期当主確定である深雪の恥辱映像が全世界に拡散される。これで両者が、完全に拮抗しているのだ。これ以上、動く余地はない。

 

「で、日本とアメリカ。お前らの態度次第では、いくらか悪行をマイルドに発表してやらんでもないぞ。さあ、何をしてくれる? 言えよほら」

 

 そして文也は、またも日本国とUSNAに挑発をする。

 

 これこそが、この会議を設けた最大の理由だ。

 

 事の中心である四葉相手には、「これ以上手を出さない」以上を引き出すのは難しい。だから、せめて自国とUSNAからは大量の利益をせしめようという判断だった。

 

「まず、USNAから質問だ。そちらで捕虜となっている、ネイサン・カストルと、アンジー・シリウスは無事か?」

 

 最初に口を開いたのは、バランスだった。USNAとしても、ここに集まる目的はあらかじめ決めてある。それはすなわち、リーナ達の処遇と、彼女らが持っていた情報や道具や兵器の処遇だ。

 

「無事とは言い難いぜ。まあでも、死んではいない」

 

 文也の返事に、バランスは血の気がサッと引く。よくある言い回しではあるが、あのネイサンとリーナがペラペラと情報を吐くほどの「ナニカ」、つまり拷問があったとなると、二人の身体にどれほどのことがあったのか、想像するだけでも気絶しそうになる。死んではいないようだが――死んだ方が、もしかしたら、当人たちにとってマシだったのかもしれない。

 

「私たちがまず求めるのは、アンジー・シリウス、ネイサン・カストル両名の身柄と、彼女らが持っていた道具全てだ」

 

「何様のつもりだ、お前ら?」

 

 バランスの発言に、ずっと見ているだけだった文雄が口を開く。その声音には怒気が強く籠っていて、見た目と相まって、バランスにすら恐怖感を与えるものだった。

 

『日本語がヘタみたいだな。こっちは、お前らが『何をして罪を償おうとしているのか』を聞いているんだ。そこで要求だ? バカなことを言うな。脳みそまで星条旗の星の彼方まで吹っ飛んでんのか』

 

 唐突に発せられた流ちょうな英語に、バランスは歯噛みする。

 

『理不尽なのは重々承知だ。しかし、我々としてはここは譲れない。同胞たち、戦略級魔法を含む数多の秘術の起動式が入ったCAD、最重要機密に分類される武装、全てが、持って帰らなければならないものなのだ』

 

『そうか。じゃあこれで交渉はお終いだ。お前らの悪行は全部公開、あのインディアンは洗脳して奴隷、シリウスはあの見た目なら色々楽しめる、武装や起動式はお前らを亡ぼすのにせいぜい役立たせてもらうよ』

 

『ッ! ま、待ってくれ! 頼む、CADと起動式、武装はこの際譲ろう! だがせめて、シリウスとカストルの身柄だけは!』

 

「なあ、あいつら何話してるんだ?」

 

「後で要約して説明してあげるから、今は黙ってなさい」

 

 この場にいる中で一人だけ英語のヒアリングもスピーキングもちょっと優秀な高校生程度のレベルである文也は、剛毅をつついて説明を求めるが、緊迫したこの状況で説明するのもなんなので、剛毅は一旦黙るように諭す。

 

 一方、英語がわかるほかの面子は、全員が、バランスの発言に意外性を感じていた。

 

 リーナとネイサンは、言ってしまえば今回の「戦犯」だ。どちらも至極優秀な魔法師と言えど、第二次世界大戦以来ずっと世界のトップを走る大国USNAならば、代わりを用意できないこともない。シリウス以外にも――攻撃性能に劣ると言えど――十三使徒を二人擁するし、公開していない戦略級魔法師はいるだろう。いわば、リーナもネイサンも、やろうと思えば「替えがきく」「大失敗した魔法師」というわけだ。それならば、敵対勢力でありかつ他国に属する文也たちの手に『ヘビィ・メタル・バースト』やブリオネイクなどが渡る方がはるかに嫌だろう。何せ、『分子ディバイダー』をコピーされただけで、戦略級魔法師をわざわざ他国に送り込んで殺そうとする国なのだから。

 

『へえ、意外だな。そっちを選んだ理由を聞こうか』

 

『今回の件で言えば、シリウスもカストルも、そちらからすればバカらしい話であろうが、国家間の陰謀に巻き込まれた被害者だ。それに、二人ともUSNAの未来を担う、飛びぬけて優秀な若い魔法師でもある。その身柄を優先するのは当然だ』

 

 文雄の問いに、バランスは深呼吸をして気持ちを落ち着かせながら説明をする。本当は説明するだけでも情報をことになるため避けたいのだが、そうは言ってられない。

 

『そして、なによりも……あなた達の技術力なら、とっくに、CADや武装の多重セキュリティを破って、中身をすでにコピーしているだろう? おそらくブリオネイクも、完璧な再現は無理だろうが、模倣できる程度には仕組みや構造も解析済みだ。私たちにとって、それらは、もはや返還されても意味がないし、そちらにとっても痛くはない。それならば、二人の身柄を優先するのは当然だ』

 

 これほどに説明をするのは、交渉の失敗に繋がりかねない。

 

 今バランスが説明したのは、要は「こちらの要求を飲めば、どうせそちらにとって大した得はもはやないし、こちらにとってもあまり痛くない」ということだ。こんなことを話せば、文雄が身柄返還を拒否する可能性が高い。

 

 ではなぜ、こんなことを話すことにしたのか。

 

 まず今回の交渉、中身や進め方については、本国から、バランスにすべてを一任するとお達しを受けている。彼女自身も今回の大失態を招いた中心の一人なのだが、誰もこの交渉に参加したがらず、「最後まで責任を取れ」ということで任されたのだ。誰もこの敗北確定会議の責任を、取りたくないのである。だからその全てを、バランスに背負わせることにした。

 

 そう、この会議は、USNAからすれば敗北が確定している。普通に考えれば、身柄もCADも起動式も武装も返してもらえるはずがないし、世間に喧伝される情報も「マイルド」にしてもらうのは無理だ。もはや国家同士の戦争と言う手段でしか、これを覆せそうなカードはない。しかし、それをすれば両国の被害が甚大ではないし、なんなら謎の戦略級魔法師に返り討ちに遭いそうだし、仮に勝ったとしても国際社会から総出で叩かれてどちらにせよ滅ぶ。

 

 だからバランスは、最後の作戦に出た。全てを正直に話し、反省している様を見せ、情に訴えかけ、せめて身柄だけでも返してもらう。実際のところ、先に話した通り道具らの方が返してもらう確率は高いのだが、同じく先に話した通り返還されてもそこまで損が軽減されるわけでもない。それならば、より「情」に直結する「被害者でもある若者の身柄」のほうが、この作戦では優先順位が高いのだ。

 

 ――当然この意図を、文雄たちが読めないはずがない。

 

 そもそもからして、これ以上USNAから何かお得な何かが貰えない以上、何か妥協する姿勢すら見せるのすら無意味だ。今回その場を設けたのは、想定しない儲けがあるかもしれないということと、下手に出てヘコヘコするのを見て留飲を下げるためである。

 

 しかし、それでも、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よしわかった、二人の身柄は返還しよう。代わりに、CDAとその中身、ブリオネイクやその他もろもろの武装は返さない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文雄は、二人の解放を決定した。

 

(……バカなやつ)

 

 その判断を聞いて、剛毅は呆れながらため息をつく。高校生からの付き合いだが、クレバーなくせに妙なところで甘いのが、文雄の不思議なところだった。一方で、一人の親として、文雄の気持ちも分かっていた。

 

 大人たちの陰謀に巻き込まれた若者に、復帰するチャンスを与えたい。

 

 その思いは、分かりすぎるほどに分かっていた。

 

 剛毅と隼以外が驚いて目を丸くする中、文雄が外で控えていた一条家の使用人に指示を出す。するとそこに運ばれてきたのは、病院着のような服に身を包んだリーナとネイサンだった。二人とも睡眠薬か何かで寝ているようで、ストレッチャーで運ばれてきている。その腕には、栄養補給のための点滴が刺さっていた。

 

 実は最初から、この二人の身柄は返すつもりだった。ぶっちゃけ預かっていても意味はないし、さすがに労働にせよ「イロイロ」にせよ奴隷にするのは気が引ける。全員がこの部屋に入ったタイミングで、屋敷の奥に寝かせておいた二人を、ここの扉の前に運び出していたのだ。

 

『少佐! 少尉!』

 

 二人の無事を確認して、バランスの顔がパッと明るくなる。

 

 冷徹な軍人としては、こちらもまたあまりにも甘い。

 

 そんな様子を見て笑いながら、文雄は説明をする。

 

『今は二人とも睡眠薬を投与されて眠っている。点滴は生命維持のための栄養だ。ずっと寝かされたままだから、全身がだいぶ弱っているだろう。経過を見たら即本国に帰還させて、長い休養と治療を行ってやれ』

 

『厚遇に感謝をする。この件に関しては、本当に申し訳ないことをした。国としての謝罪はできないが、私個人から謝罪しよう』

 

『意味のねえことするな。ほら、さっさと引き取れ』

 

 ストレッチャーと点滴ごと、二人の身柄が、バランスが連れてきたUSNAの役人と軍人に引き渡される。二人は急いで彼らによって運ばれ、いくつか乗ってきたうちの一つの車に乗せられて、USNAの息がかかった病院に運ばれていった。

 

 そしてこの騒ぎの間に、いつのまにか文也は風間と国防省の官僚相手に日本語で交渉を行っており――飛び交う英語が分からなくて飽きたのだ――二人の顔を真っ青にさせながら、「マイルド」にするのと引き換えに様々な譲歩・お詫びを引き出している。

 

 さすがにあのハロウィンの戦略級魔法と魔法師の情報までは抜け出せなかったようだが、達也の『分解』とそのレパートリーおよび『再成』の仕組み、これ以上手出ししないどころか何に変えても文也たちを守るという待遇、さらに色んな優遇策を引き出していた。

 

 風間と国防省の官僚は完全に負けた形だが、一方でこの交渉を通して「別方面」に恩を売れるようになっている。日本国や国防軍だけでなく、USNAの行為に関しても「マイルド」にするよう対価と引き換えに交渉することで、USNAに恩を売った。また四葉関連は最も触れてほしくない案件なので絶対に口外しないようにも、対価を出した。これは自身らの保身だけでなく、四葉を守ることにもつながる。そもそもからして、今回国も軍も四葉の指示通り動いて動かなかった(不思議な表現である)のだから、国と軍の被害はほぼ四葉のせいだ。それでも世間に向けた責任を負うことで、四葉に相当の恩を売れる。支払う対価は相当痛いが、公表される「事実」はマイルドになってきており、国家転覆の危機にもならない。

 

 結果、この後開く記者会見で発表する「事実」は、

 

①四葉については全く話さない

②襲ってきたUSNAの魔法師は、USNAの意志とは無関係の吸血鬼

③ただし未必の故意のような感じで、『分子ディバイダー』を暴いた文也を殺そうとして放置していた可能性も否めない

④吸血鬼関連で、外交の都合上、日本国と国防軍は手出し無用の交渉を裏で結んでいた

 

 ということになった。これが世間に公開される「事実」。あまりにも闇が削ぎ落されたその「事実」は、これ以上に闇が深く突拍子もない「真実」を覆い隠すだろう。

 

 その後、会議は詳細を詰めるだけになり、つつがなく終わった。一番被害が少ない四葉は、しかしそのせいで余計に影響力を削がれることになった。達也たちは悔し気にその場を去る。腹いせに達也が激辛トマトジュースを一気飲みして平然としているという姿を見せて、文也をビビらせたほどだ。

 

 また国防省と国防軍にとっても、芳しい成果とは言えない。かなり軽減はできたが、これから色々な人間の首が切られるだろうし、うまくやらないと国家転覆しかねない。これからもまだ、苦労は続くだろう。

 

『イノセフミオ、この度は、二人の身柄の返還に感謝をする。一人の大人として、礼を言おう』

 

 一方、同じく被害が甚大なのに明るいのは、USNA代表のバランスだ。国の代表としては渋面だが、彼女個人としては、心配していた二人が無事戻ってきたのは、素直にうれしかった。命に全く別状はなく、しかも体に戦闘で負ったもの以外の一切の傷がないため、そう酷い目にも遭っていない。望外の無事だったのだ。

 

『そうか』

 

 それに対して、柚子乙女サイダーを飲み干しながら、文雄は一言だけ返してその場を去った。

 

 ――同じ若者の未来を案ずるオッサン・オバサンとして、彼女の晴れやかな顔を見るのが、あまりにも辛かったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――のちに、受けた拷問の数々と二人の心に刻まれた傷を知ったバランスが何を思ったのかは、ここに記すには、あまりにも酷な話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ文也、俺がこんなこと言うのもなんだけどさ」

 

「なんだ?」

 

 記者会見が終わってしばらく、文也とあずさと駿の三人で三高への転校の準備をしているときに、あずさがちょっと離れたタイミングで、駿がふと文也に話しかけた。

 

「その、お前……シールズさんへの拷問の時、その……アレなことをしなかったよな?」

 

「まあうん、アレね。わかるぜ」

 

 駿が言いたいのは、要は、なぜ文也がリーナへの拷問の時に、強姦をしなかったのか、ということだ。

 

 親友としてこんなことを考えるのもなんだが、文也はそういう場面では間違いなく「そういうこと」をしそうだ。スケベだし、残酷だし、容赦がないし、それに対象のリーナは絶世の美少女だ。彼女と戦っているときの発言のように、やりかねないと思っていた。

 

 そうなったら止めようと思ってモニターで監視していたのだが、しかし文也はそうした素振りすら見せず、「そういうこと」以外のありとあらゆる方法でリーナを痛めつけて情報を吐かせていた。

 

「あー、ほら、あの日さ。要は、俺は半日の間に、シールズと司波妹、二人の絶世の美少女にまっっっっっったく嬉しくない意味で襲われただろ? 貞操じゃなくて命を狙われて」

 

「あー、まあそうだな、うん」

 

 それに対する文也の回答は、いつもと違ってあまりにも歯切れが悪い。駿は今一つ結論が見えてこないが、ひとまず返事をする。

 

 そしてそんな駿に対して、文也は、実に言いにくそうに、結論を述べた。

 

「そのー、それがトラウマになってさ…………絶世の美少女なるものを見ると、アソコが縮み上がっちゃって」

 

「まあわからんでもない」

 

 極力軽く聞こえるように文也は答えたが、駿はその奥に、もっと深刻なものを感じ取っていた。

 

 そういう性的な話に収まらず、文也は、あの夜の地獄がトラウマになってしまったのだ。考えてみれば、あの日以来、文也とあずさは毎日二人で同じベッドで寝ていた。それこそ「そういうこと」をしているわけではないが、あの夜は、二人の心に深い傷を残したのだ。いざ暗い中で寝るとなると、どうしてもフラッシュバックしてしまう。だから慰めるようにして、お互いに安心できる相手と一緒に寝ているのだろう。

 

 駿も将輝も幼いころからそういう鉄火場を想定して育てられているし、事実潜り抜けてきてもいるので、まだ大きなトラウマにはなっていない。真紅郎も、戦争に巻き込まれて幼くして両親が死ぬという過去があるので、特にトラウマは残っていない。

 

 しかし、そうした経験は横浜の一度のみな上に生来気弱でやさしい性格のあずさと、気も強いし修羅場も潜り抜けているがまさしく命を狙われた張本人である文也は、酷いトラウマを抱えてしまった。その発露が毎夜年頃の男女だというのに一緒に寝るという行為であり、拷問の際に「そういうこと」をしないという不作為だ。

 

「あれがいくら『VR』だとは言っても、そう立たないわなあ」

 

 文也の気の抜けた言葉が、部屋の中に空しく木霊した。

 

 ……そう、リーナとネイサンに行われていた拷問。

 

 

 

 

 ――――あれは、VRだったのだ。

 

 

 

 

 

 あの薄暗い石造りの地下室も、燃え盛る暖炉も、手酷い拷問の数々も、全てが、フルダイブVRだったのである。

 

 USNA軍に襲われるということを予想できるようになった段階で、「生け捕りにして情報を抜く」ということは当然想定していたし、あの佐渡でやったような『ツボ押し』によるもの、またはもっと惨たらしい拷問も視野に入れていた。

 

 しかしここで、ある一つの発案をしたのが、あずさだった。

 

 ちょうどそのタイミングで、ハロウィンパーティで心の傷と引き換えに手に入れた最新型ハイスペックフルダイブVRカプセルが二つ、届いていた。これに閉じ込めて仮想空間で行えば、体に傷を残すことなく情報を抜くことができると提案したのだ。

 

 これは、あずさの優しさからくる提案だった。

 

 この際、拷問はもはや絶対に避けるというわけにはいかないことだった。それならせめて、体に傷が残らないように。大切な幼馴染を狙うであろう敵にすら優しさを向ける彼女の考えは、まさしく慈愛に満ちた天使といわんばかりのものだ。

 

 

 

 

 ――しかしこれを、曲解してしまったクソガキがいた。

 

 

 

 

 この提案を聞いた瞬間、文也は思わず、あずさを「悪魔」と震え上がりながら形容し、畏怖しながら褒めたたえた。

 

 全くもって不本意な褒められ方をしたあずさは、戸惑いながらもその真意を聞き出す。謎の発想がこのワルガキに浮かぶのはいつものことだ。あずさの対応は、悲しいことに手慣れたものだった。

 

 フルダイブVRでの拷問。

 

 それを聞いた瞬間、文也は思ったのだ。

 

 仮想空間ならば――――なんでもできる、ということだ。

 

 場所の制約もなく、好きなシチュエーションを準備できるし、道具もなんでも用意できる。

 

 防音や防犯の心配もない。何せ閉じ込めているのは仮想空間であり、どれだけ叫んでも暴れても、現実に届くことはない。

 

 そして――なにをしてもいい。

 

 首を切っても、内臓をえぐっても、目玉を焼いても、尻に赤熱した鉄骨を刺しても。肉体に傷は残らず、死ぬことはない。肉体と死という制約から解き放たれた仮想空間と仮想肉体ならば、比喩なしに「なんでもできる」のだ。そして魔法師は自らを守るための魔法すら全く使えず余計パニックになる。そして死ぬことすら許されずに、死よりも苦しい拷問が延々と続く。フルダイブVRならば、これが可能なのだ。

 

 文也は真意を一通り説明し、その恐ろしさに発案者のあずさを含む全員を震え上がらせた後、一言、ぽつりと呟いた。

 

『やっぱ、あーちゃんはすげえよ』

 

『いやそんな意味じゃないから!!!』

 

 あの時のあずさの反応速度は、駿から見ても、かなり見事なものであった。




それぞれあとがたり的な

①劣等生と優等生
本作では達也と文也の対比をメインにしていましたが、原作初期の達也と駿の対比は結構好きです。本作は達也と文也のダブル主人公にも見えるのかなあと思いながら本編を書いていましたが、そう考えると、本作は、ダブル主人公に振り回される駿の苦労と苦悩の物語でもあったのかなあ、と思います。

②魔法工学科
新学科である魔法工学科への転科は新二年生のみしかできない、という原作の設定を見た瞬間、「あずさはご愁傷様」と思った当時の感情をそのままに書きました。ちなみに、本作では新学科設立のせいで高校受験日も大きく後ろ倒しされたという設定になっていますが、原作では全くそんなことはありません。香澄が文也についていって三高受験をするための御都合設定です。香澄をあの唐突な感じで出した理由は、ぼくが香澄が好きだからです。

③最大の被害者
タグの「残酷な描写」「アンチ・ヘイト」はこの話のせいでつけることになったといっても過言ではありません。「もう二度と、ウンコできないねえ」ネタをUSNA相手に使うのは当初から確定していて、原作キャラにこれをやるのは憚られたのでわざわざネイサンというオリキャラまで用意しました。しかしリーナを捕まえたからには、絶対に情報を抜くために拷問はするため、整合性の都合上リーナもこうなってしまいました。リーナが好きな方は申し訳ありません。
本作のリーナは、原作のUSNA・四葉・日本・吸血鬼に加え、さらに文也たちにも振り回される羽目になりました。原作から相対的に見て、本作最大の被害者は間違いなく彼女でしょう。次点で深雪と達也ですね。
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