マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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今回からオマケの章、文也たちが転校して二年生になってからの話です。
本編はある程度整合性や体面を気にしていましたが、こちらでは私の好きなように書くというのをコンセプトにしているので、若干文体が違うように見えていると思います。
それでは、どうぞ。


九校戦/仇抗戦編
6-1


「は~ねんまつねんまつ」

 

「まだ学期は始まったばかりだろ」

 

「また変なこと言ってる……」

 

 2096年7月2日月曜日、第三高校の生徒会室で、一人の目つきの悪い小学生のようなチビが、あまりにも短いうえに時代錯誤が過ぎる鉛筆を転がして遊びながら何やら呟く。それに対して、このクソガキをここに連行してきた少年と、生徒会役員であるこのクソガキと同じぐらいの身長の少女が、呆れながら反応した。

 

 この三人は、去年度までは第一高校の生徒であったが、昨学期末にとんでもない事情があって第三高校に転校してきて、無事三人とも進級した。晴れて、文也と駿は二年生、あずさは三年生である。

 

「結局こっちに来てもこれだもんなーやんなるぜ」

 

「悪戯するお前が悪い」

 

「いやいやそっちじゃねーよ。こっちこっち」

 

 まっさらな原稿用紙の束を投げ出して文也が示したのは、手持ちの携帯端末。ついこの間行われた学期末試験の結果だ。二年生の実技一位は将輝、二位は文也、三位は一色愛梨、四位が十七夜栞(かのうしおり)、五位が四十九院沓子(つくしいんとうこ)である。一方理論の方はと言うと、一位は真紅郎、二位は文也、三位が愛梨で四位が栞となっている。

 

「結局こっちでもシルバーコレクターでございますよっと。はーねんまつねんまつ」

 

「ねえ森崎君……もしかしてあれ、『つまんね』って意味ですかね?」

 

「中条先輩で解読できないなら俺にもわかりません」

 

 つまり、文也はいじけているのだ。

 

 転校前から文也の順位はずっとこんな感じだ。入学してからずっと、実技では深雪に一位に君臨され、理論では達也に絶対勝てなかった。ずっとどちらも二位だったのである。あの兄妹は『トーラス・シルバー』ならぬ――片方は実際シルバーというのはさておき――『取らす・シルバー』だったわけだが、この第三高校にも『取らす・シルバー』がいたわけだ。しかも今度は司波兄妹のようなライバルではなく、親友である。

 

「なんだそのことかあ。文也だってもう少し真面目に勉強すれば僕の事なんてすぐに抜かせるだろうに」

 

 それを聞いて反応したのが、砂糖とミルクがたっぷり入ったコーヒーを飲みながらゆったりとコンピュータに向かって事務作業をしている生徒会役員の真紅郎だ。『カーディナル・ジョージ』として名をはせる彼こそが、入学時から理論一位を守り続ける秀才だ。

 

 しかしながら真紅郎の言うように、実際の地力で言えば、文也の方が上に位置している。文也は世界を悪い意味で揺るがしてきた謎の魔工師『マジュニア』本人であり、基礎も応用も発展も、ほぼ全ての分類において真紅郎は敵わない。それでも試験で真紅郎が勝ったのは、簡単に言えば文也の怠けとドジである。この二人が高校生レベルの魔法理論で競えば基本的に満点近くの勝負であり、1点の差が命取りになる。実践での地力はさておきとして、文也はこの試験対策をさぼって遊び惚け、本番でも集中力を欠いて点数を落とし、結果として実に僅差で真紅郎に敗北してしまったのである。要は自業自得だ。ちなみに実技の順位に関しては、二十八家の出である三位の一色愛梨とは点差がほぼない。小数点以下である。

 

「それでも総合は一位なんですよね! すごいことですよ文也さん!」

 

 そんないじけてる文也の手を取って持ち上げ、眼前にキラキラと輝いた眼で現れたのは、生徒会役員になった香澄だ。転校した文也を追いかけて志願変更した入試で総合一位を取り新入生代表にもなって、そのまま生徒会入りしたのだ。最初は面倒くさそうに渋っていたのだが、真紅郎の「生徒会室には文也がよく来るよ」という一言で手のひら大回転させて喜んで入ったのである。なるほど、確かによく来る。主に悪戯をして連行されてくるか、生徒会役員であるあずさと真紅郎を冷やかしにくるかのどちらかだ。ただしそれで想いが冷めることなく、「いくつになっても自分に正直でステキ♡」という有様である。なんちゃらは盲目とはよく言ったものだ。ちなみに文也とあずさは、文也が異性から好意を向けられるなんて全く想定していないので、「年下の子にまた懐かれた」程度にしか思っていない。周りはとっくに気づいているのだが、面白いしお節介なので何も言わないことにしている。

 

 さて、香澄の言う通り、文也は各部門では二位ではあるものの、総合では一位なのである。これは一高生時代からの変化だ。一高では実技で圧倒的トップの深雪が理論もかなりできるクチで三位だったため、総合一位も彼女にずっと君臨されていた。しかしながら、こちらでは実技で圧倒的にトップに立つ将輝が、理論の方はトップ勢にはだいぶ劣るため、総合では文也が一位に立てるのだ。

 

「く、くそっ」

 

 駿と一緒に文也を連行してきてそのまま生徒会室にある本を暇つぶしに読んで入り浸っていた将輝が、その事実を改めて突き付けられて悔しがる。ちなみに将輝は総合二位ではなく、三位だ。総合二位は各部門で三位に入った一色愛梨である。もともとは将輝がずっと総合でも勝っていたのだが、1月以降はゴタゴタが多すぎて、戦いへの備えのせいで実技は向上したものの、元々飛びぬけて得意とは言い難い理論の方は少し遅れ気味だったのだ。

 

「あはは、盛り上がるのはいいけど、お仕事の方は大丈夫かい? あと井瀬君はさっさと反省文を書いたらどうかな?」

 

 そんな学生らしいしょうもないことで盛り上がっていた生徒会室に、中性的な優しげな声で注意が入る。声の主は、大きな机の中でも部屋の一番奥、いわば上座に座る、生徒会長だ。

 

 腰まで伸びた真っすぐな色素の薄い金髪、病的なほどに白い肌と、やや痩せすぎな体型。顔はどこまでも中性的で、美男子にも美女にも見える。座っている姿は周りより一段高い。すらりと身長が高いのだ。

 

 名前は綾野遊里(あやのゆうり)。名前もまたずいぶん中性的だが、れっきとした男である。三年生で、実技一位、理論二位、総合一位の秀才だ。ちなみに理論一位はあずさであり、彼女が転校してくるまではずっとそちらでも一位だった。

 

 綾野は盛り上がる生徒会室のいつもの(文也と駿と将輝が入り浸るのもすっかり「いつもの」だ)面々を窘めながら、手元のCADを操作して、棚の高いところにあったタブレットペンを魔法で引き寄せて掴む。これは、彼がものぐさだからではない。

 

「言ってくれれば取りますのに」

 

「いやいや、そこまで手を煩わせるわけにはいかないから」

 

 真紅郎の言葉に、綾野はニコニコ笑いながら返事をして、タブレットにペンで何かメモをする。その手つきは鮮やかで流れる水のように動いているが――彼の脚は、全く動かすことができず、電動車椅子生活を強いられている。

 

 そう、綾野は、見た目も性格も知性も魔法力も良く周りから慕われているが、下半身が麻痺して動かせないのだ。

 

 魔法師で車椅子生活と言えば、主に三つの理由が思いつく。一つは、強力な魔法を使いすぎた反動で体にダメージが蓄積。これは戦略級魔法師である五輪澪などがそれに当たる。もう一つは、魔法戦闘などによる怪我の後遺症。そして最後が、魔法師特有の遺伝子操作による障害だ。

 

 しかしながら、彼にはそのどれもが当てはまらない。生まれつきの障害であることは確かだが、それは魔法力の代償だとか、そういったものではない。ただただ不幸にも、なんの事情もなく、生まれつきの障害で先天的に下半身麻痺なのだ。

 

 最初の内は(あの文也ですら)どこか気まずく接していたのだが、綾野当人が全く気にせずニコニコ過ごしているため、今やそういう人が近くにいても「当たり前」という感覚になりつつある。時代が時代なら厳しかっただろうが、現代では技術の進歩や公共施設のバリアフリー化100パーセントの達成によって、そういう感覚が広まりつつある。

 

「おーい、郵便屋さんからお届け物だぞー」

 

 そんな生徒会室に、大きな男の声が響く。ノックもなしにドアを開けて現れたのは、日焼けした筋骨隆々の大男、今年度から第三高校で魔法工学の非常勤講師として働く、井瀬文雄だ。

 

「ありがとうございます」

 

「ほいよ。……おうこらバカ息子、また捕まったのか。バレないようにやれってあれほど言っただろうに」

 

「仮にバレなかったとしても、あんなバカやるのはこいつだけなんで即バレますよ」

 

 文雄が持ってきたかなり大きくて分厚い封筒は、入り口近くにいたあずさが受け取った。その時に文雄は反省文を放置して気が抜けた顔をしている息子を見つけて変な方向性で咎め、将輝がそれにツッコミを入れる。

 

「あ、そういえばそろそろこれの季節で……す…………ね………………」

 

 その封筒を見たあずさの顔がパッと輝く。

 

 封筒に書かれた差出人は、「全国魔法科高校親善魔法競技大会運営」である。そう、7月頭と言えば、そろそろ九校戦の準備が始まる季節だ。この生徒会でもすでに水面下で準備が進められていて、一年生も含め有力な生徒には目星をつけている。

 

 そう、九校戦。魔法科高校の生徒にとっては楽しみなイベントだ。

 

 しかしながら、何かに気づいたあずさの顔は――一気に暗くなる。

 

 周囲が何事かとあずさを見つめる中、自分の顔よりも大きい封筒を、ゆっくり机の上に置く。そっとおいても、どさっと音がした封筒は、その分厚さの通り、かなりの書類が入っているのだろう。

 

 九校戦に関するお知らせの封筒が、分厚い。

 

 この意味に気づいたのは、今この瞬間は、あずさだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方そのころ、一高の生徒会室でもまた、放課後の生徒会が行われていた。

 

 新年度の生徒会役員は、会長が五十里、副会長が深雪と達也、書記がほのかと七草泉美、会計が三七上ケリーだ。三七上はあずさ転校によって急遽会計の五十里が会長になったことで穴埋めとして無理やり入れさせられ、達也は風紀委員から異動、泉美は新入生成績優秀者枠だ。

 

「いやーとりあえず一段落だね。ひとまずお疲れ様」

 

「そうですね」

 

 ニコニコ笑顔に少し疲労の色をにじませながら、五十里が伸びをしながら生徒会役員にねぎらう。それに対して、同じくやや疲労の色が見える深雪が返事をした。

 

 7月の初頭と言えば、そう、もうすぐ九校戦の季節だ。何かと生徒会役員にとってはクソ忙しい季節であり、まだ今年度のルールの詳細は送られてきていないものの、事前にある程度代表生徒ぐらいは目星をつけておこうということになったのである。几帳面な五十里らしい段取りの良さだった。

 

 例えば深雪は、今年は『アイス・ピラーズ・ブレイク』と『フィールド・ゲット・バトル』の代表に内定している。また達也はエンジニア、および去年の大活躍を買われて二科生にして『フィールド・ゲット・バトル』の代表だ。ほのかは去年と同じく『バトル・ボード』と『ミラージ・バット』、また二年生のトップ陣である雫は『スピード・シューティング』と『アイス・ピラーズ・ブレイク』の代表に内定している。ちなみに五十里も、今年もまたエンジニアとして参加することになっている。

 

 そんな気の抜けた生徒会室に、同じく気の抜けた覇気のないノックが響く。

 

「やあ、お疲れ様。これ、生徒会にお届け物だよ」

 

 訪ねてきたのは教員の廿楽だ。一人仕事をさぼってぶらぶら校内を歩いていたところ、たまたま入り口付近で配達員に出くわしたので受け取って、そのまま届けに来たのである。

 

「ありがとうございます」

 

 達也がさっと立って礼儀正しくそれを受け取る。郵便物は、大きくて分厚い封筒。差出人は「全国魔法科高校親善魔法競技大会運営」だ。

 

(去年から思っていたけど、今時紙媒体とは珍しいな)

 

 電子化が進んでほぼペーパーレスの時代となった現代、紙でのやり取りはよっぽどの事情がない限りなくなっている。だというのに、この九校戦のお知らせだけは毎回紙だ。確かに電子データよりもペンによるメモが取りやすいという利点はあるが、時代錯誤は否めない。

 

 そんな達也が受け取った封筒は、大量の書類が入っているようで、とても分厚かった。毎年これだけの紙を印刷するとは無駄な話だな、と、「経験のない」達也は思いながら、五十里にその封筒を渡す。

 

 さて、ここで今ここにいる生徒会役員を振り返って欲しい。

 

 会長が五十里、副会長が深雪と達也、書記がほのかと泉美、会計が三七上。

 

 そう、今年度の生徒会は、去年の春からずっとやっているという役員が、深雪しかいないのだ。これは割と珍しいことであり、去年の役員に旧三年生が三人もいたこと、旧二年生のどちらもがそれぞれの理由で生徒会を離れたこと、旧一年生が深雪しかいなかったことが理由である。

 

 そしてその深雪も、去年は別件で離れていたため、九校戦のお知らせが届いた場には居合わせていない。だから、知らないのだ。

 

 例年の封筒は――これよりもはるかに、書類が少ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あずさは知っている。なにせ、一高に入学した時からずっと生徒会役員だったからだ。今年で三年目。九校戦のお知らせが届く場に居合わせたのも、これが三回目だ。

 

 一年生の時、二年生の時、そして今。比べてみればわかる。封筒の分厚さを。

 

 去年届いたのを見たときは、「そういえば去年より分厚いなー」と思った。

 

 では、去年、何が起きたか――競技の変更である。

 

 では、今年のは? 去年のよりもはるかに分厚い。二倍か三倍はあるだろう。

 

 つまり、どういうことか――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この瞬間、もはや運命だったと言っても過言ではない。

 

 あずさから封筒を受け取った綾野、達也から封筒を受け取った五十里。

 

 この二人の性格も似ている生徒会長の声が、遠く離れた地だというのに、完全に重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「…………え? 競技が三つも変更???」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全国魔法科高校親善魔法競技大会運営委員会より、各校の代表へ

 

 

 

 今年度の上記大会のルールが決まりましたので、連絡いたします。

 

 

 

 今年度は変更点が大変多いので、ご注意ください。

 

 

 

 ①

 

 旧競技、『スピード・シューティング』、『バトル・ボード』、『フィールド・ゲット・バトル』は廃止。

 新競技は『ロアー・アンド・ガンナー』、オリジナル競技の『デュエル・オブ・ナイツ』と『トライウィザード・バイアスロン』とする。

 

 

 

 ②

 

 全体ルール、変更なしの競技もルール調整を行いました。

 

 

 

 なお、新競技は本大会オリジナル競技であるため、ルールの詳細は9ページ以降に示します。』


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