マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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 新ルール

 

①全体ルールに関して(変更点のみ)

・今回参加可能な生徒数は、一年生最低24人を含む68人まで

・『トライウィザード・バイアスロン』以外への複数回参加は認められない

・全競技、前年度の成績に関わらず、各校の参加人数は同じ

・『トライウィザード・バイアスロン』以外の各競技の出場選手と学年はすべて事前登録制とし、開会式の三日前に全国に公開される

 

②去年から継続する各競技のルール(変更点のみ)

 

(1)アイス・ピラーズ・ブレイク

・おおまかなルールは去年度と同じ

・部門は、男子ソロ、女子ソロ、男女ペア、男子ペア、女子ペアで、各部門で各校一組のみ参加可能

・新人戦はペア三部門のみ行う

・今回から、一人につき合計100グラムまで武器となる道具を持ち込むことが可能(火薬類、爆発物、魔法用デバイス以外の電子機器などは禁止)

・ペアの点数は、一位60、二位40、三位30とする

 

(2)モノリス・コード

・おおまかなルールは去年と同じ

・点数がバランスのため変更。一位が80、二位が60、三位が40。新人戦はこの半分

・使用可能魔法に、精神干渉系魔法も追加。ただし、運営であらかじめ厳正に審査し、安全と判断したもののみとする

 

(3)ミラージ・バット

・おおまかなルールは去年と同じ

・俗にいう『飛行魔法』に関しては、連続5秒以上の使用禁止、また20秒に一回かならず着地すること(競技性維持のため)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー嘘!? 掛け持ち禁止なの!?」

 

 大きなルール変更に伴って、一高生徒会室には、課外活動中だというのに、校内の有力者が緊急招集された。風紀委員長の千代田花音と風紀委員の雫、部活連会頭の範蔵と執行部の桐原、それに作戦スタッフとして内定していたゲーム研究部長の二科生だ。

 

「参加生徒の選定が大変そうですね。掛け持ち前提で組んでいましたので」

 

 深雪は青い顔で眉間をもみながら呟く。この二週間ぐらいの苦労が、ほぼ全て水の泡だ。

 

「それと新競技も大問題ですね」

 

「えー、これ、参ったなあ。なんというか、すごい体力使いそうだね」

 

「へげーなんだこれオイ。いつから防衛大学になったんだ?」

 

 集まったメンバーの中で、頭が回る達也と五十里とゲーム研究部部長は、急いで新競技のルール解読をしている。ざっと見まわしてだけでもその競技内容は、もはや競技と言うか軍事訓練に近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

③新競技に関して

 

(1)ロアー・アンド・ガンナー

・ボートに乗って水路を走り、次々と現れる的を破壊する競技

・ゴールタイムに応じたポイントと射撃スコアの合計を競うものである

・部門は、男子ソロ、女子ソロ、男女ペア、男子ペア、女子ペアで、各部門で各校一組のみ参加可能

・新人戦はペア三部門のみ行う

・なおペアの場合は、ボートと水面を操作するロアー、的を破壊するガンナーに必ず分かれるものとし、互いの役割に魔法で干渉したら失格

・的破壊の基準は、半壊以上とする

・的破壊のために「弾」となるものを使用しても良い。ただし魔法で射出すること

・破壊した的の数に応じて点数とするが、全て壊した場合は特別ポイントが加算される

・順位と点数は『アイス・ピラーズ・ブレイク』と同じ

・競技の実施手順について

 予選では、抽選順に参加組全員が一回演技を行う。このうち上位五組が決勝戦に進出

 ↓

 決勝戦では二回演技を行う

 ↓

 まず第一演技は予選の点数が低い順に行う

 ↓

 第二演技は第一演技の点数が低い順に行う

 ↓

 第一演技と第二演技で高い方の点数が採用され、それで最終順位を決める

・最終順位引き分けの場合は、第一演技のスコアで、それも引き分けの場合は、点数を折半とする

 

(2)デュエル・オブ・ナイツ

・本大会オリジナル競技

・部門は男子ソロ、女子ソロで、各部門三名参加

・10メートル四方のリングの上で、制限時間五分以内でお互いに剣と盾を持って戦う競技

・勝利条件は、(一)相手の剣か盾を五割以上破壊(二)相手が剣か盾を手放し地面に落下させる(三)リングアウト(四)タイムアップ時に判定勝ち、の四つ

・各々指定した防具を身に着け、下記から剣と盾を一つずつ選ぶ

・剣の材質は強化軽量プラスチック、盾の材質は強化プラスチック

・剣の種類について

 片手剣、刺剣、大剣

・盾の種類について

 小盾、中盾、大盾

・点数は『ミラージ・バット』と同じとする

・競技の実施手順について

 まず参加者27名を、九人の三つの中グループに分ける。同じ中グループに同じ学校の代表は入らない

 ↓

 さらにそのグループを三人ずつの小グループに分けて第一予選リーグを行う

 ↓

 小グループの各優勝者一名ずつ、計三名で中グループによる第二予選リーグを行う

 ↓

 中グループの各優勝者一名ずつ、計三名で、決勝リーグを行う

・ポイント引き分けの場合は、休憩ののち、先に一点でも入れたほうが勝利のサドンデス

 

(3)トライウィザード・バイアスロン

・本大会オリジナル競技

・最終日に行われる。参加可能校は、ここまでの競技の合計点上位二校のみ

・各校の代表68人までの中から男子部門・女子部門、各三名を代表選手とする

・また68人の中から、各部門に男女問わず、オペレーターを二人まで出してもよい

・これに限っては他競技との掛け持ちは可能

・出場選手は、競技当日の朝9時に発表とする

・三名でレースを行い、三名の合計タイムが早い方が勝利とする

・使用可能魔法は『モノリス・コード』と同じ

・競技コースは、スタートから順番に、森林、水上、平原

・森林コース

 森林の中を駆け抜けて、水上コースを目指す

 森林内では自動銃座や罠や障害物や大会スタッフが妨害してくる

 また、相互に妨害可能

・水上コース

 人工湖上をボートまたは水泳にて移動する

 相手ボートの破壊は禁止

 森林コースから出たところの湖の岸に、各チーム向けに三つずつボートと救命胴衣が用意されている

 救命胴衣を着用しないで水上に出た場合失格

 また、相互に妨害可能

・平原コース

 草原の中を駆け抜け、ゴールを目指す

 コース上には障害物や罠、コース外からは大会スタッフや自動銃座が妨害する

 また、相互に妨害可能

・相互の妨害は、魔法を使用していれば、『モノリス・コード』と違って殴打なども可能

・制限時間は二時間

・失格の条件は(一)反則(二)タイムオーバー(三)気絶後相手にヘルメットを外される(四)スタッフの介入で救助される、の四つ

・失格者のゴールタイムは二時間として計算。悪質失格者がいた場合は競技そのものに敗北とする

・オペレーターについて

 各選手のヘルメットには発信機がついており、各陣営のオペレーターは位置情報を仲間のもののみ見ることができる

 各コースにいくつかの空撮ドローンが浮いており、オペレーターはそれを見ることができる

 各選手のヘルメットには小型カメラがついており、仲間のもののみ見ることが可能

 オペレーターは各選手に、上記の情報を踏まえた指示出しがいつでも可能

 競技フィールドおよび競技フィールド内のものに協議続行不可能なほどに悪影響を及ぼす魔法の使用は禁止(例・樹木の伐採、人工湖を干上がらせるなど)

・点数は勝った方に50

・ゴールタイムが引き分けの場合は、失格者が少ない方が勝ち、それも引き分けの場合は、引き分けとして点数折半とする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バラエティ番組かよ」

 

 新競技のルールを解読し終えて、開口一番、ゲーム研究部の部長が腹を抱えて笑い出した。

 

 ツッコミを入れたのは、最後の競技『トライウィザード・バイアスロン』に対して。参加可能校はこれまでの総合一位・二位のみ、大きな点数、この競技だけ参加者が当日発表。なるほど、チープなバラエティ番組と言われても仕方のないレベルだ。

 

 同じようなことは達也と五十里も思っていたのだが、それよりも気になるのがやはり競技の性質だ。

 

「これは危険すぎますね」

 

「いくらなんでも軍事色が強すぎるよ」

 

『ロアー・アンド・ガンナー』は水軍の訓練から発展したものであり、「意図」ははっきりしているものの、まだ見過ごしても良い。

 

 見過ごせないのは『デュエル・オブ・ナイツ』と『トライウィザード・バイアスロン』だ。

 

 まず『デュエル・オブ・ナイツ』。名前こそ「騎士たちの決闘」とずいぶん洒落ているが、その内容はもはや実戦だ。

 

 似たような競技で、盾をぶつけ合う『シールド・ダウン』があるが、これは盾を扱う特殊部隊の訓練でよく使われているものであり、限りなく実戦に近い。この『デュエル・オブ・ナイツ』はそれよりもさらに実戦寄りで、なんと剣まで使うらしい。

 

 そして『トライウィザード・バイアスロン』。三人の魔法使いによるバイアスロン。このバイアスロンとは、地上を走行する森林と平原、湖上を走行する水上を指しているらしい。

 

 これに似た競技として『スティープルチェース・クロスカントリー』があるが、こちらはまさしく各国軍隊で、それも本格的な訓練として使われている大変危険性の高い競技だ。森林や湖上の移動だけでも素人には大変だというのに、罠や自動銃座や大会スタッフの魔法師による妨害もあるし、お互いの攻撃もあり。森林や山中が少ない分『スティープルチェース・クロスカントリー』よりは安全に見えるが、やることが多い点とお互いに本気で妨害しあえる点はあまりにも危険すぎる。

 

 この新競技は、そのどれもが、「意図」があまりにも見え透いていた。

 

 先の横浜での大事件で、戦争における魔法師の有用性がはっきりと示された。それによって、大規模な競技会である九校戦で、これまで以上に才能を発掘しようというのだろう。国防軍が全面的に協力してきているのは元からこのスケベ心があったわけだが、より露骨になってきている。

 

『ロアー・アンド・ガンナー』は島国の日本だというのに存在感が今一つ示せていない海軍の肝入りだろう。

 

『デュエル・オブ・ナイツ』は、エリカやレオや桐原、そして何よりも呂と文雄が、あの横浜の戦場で白兵魔法師の有用性を改めて示したからだ。

 

 そして『トライウィザード・バイアスロン』は、総合力と戦闘力に優れた魔法師を発掘するためだ。『モノリス・コード』『ロアー・アンド・ガンナー』『デュエル・オブ・ナイツ』『スティープルチェース・クロスカントリー』と特に軍事訓練色が強い競技を寄せ集めたような内容になっている。

 

「『ロアー・アンド・ガンナー』……これはSSボード・バイアスロンや操弾射撃、バトル・ボード部に適性がありそうだね」

 

「あ、だったら北山さんや光井さんや明智さん、それに滝川さんや五十嵐君あたりがよさそうだね」

 

 五十里と三七上がさっそく候補をピックアップしていく。出てきた二年生は、全員もともと『バトル・ボード』か『スピード・シューティング』の選手候補だった生徒たちだ。元の競技と性質が近いおかげで、こちらは難航しなさそうだ。

 

「まず『デュエル・オブ・ナイツ』に関しては、桐原がいるから安心だな」

 

「二科生だけど、この内容ならエリカも優勝候補ですね」

 

 範蔵と深雪もまたさっそく有力選手に当たりをつけていく。桐原は剣術部のエースで、先日行われた全国大会の優勝者。エリカは『剣の魔法師』千葉家で特に光り輝く才能を持つ女魔法剣士。なるほど、優勝候補である。

 

「……来る…………来る…………」

 

 そんな中、部屋の隅で、頭を抱えて蹲りながら、震えてブツブツ呟いている男がいた。

 

「あ、あの、桐原先輩、どうしたんですか?」

 

 近寄りたくないが、気づいてしまった以上達也は声をかけるしかない。文也が消えてこんなオーバーリアクションなギャグマンガ時空は吹き飛んだと思ったのだが、まだその影響は色濃いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬼が…………鬼が、鬼がああああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 桐原の狂った叫びは、校舎中に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよこれ、おもしれー」

 

 めそめそ泣いてるあずさを抱きしめて頭を撫でて慰めながら、文也は新ルールの詳細を見てケラケラ笑う。

 

「面白くないよ!」

 

「ぎゃああああああやめろやめろ!!!」

 

 それがあずさの逆鱗に触れ、このか弱くて小さい体のどこにそんな力があるのかと言うレベルの握力で胸ぐらをつかまれて持ち上げられる。文也はチビの分体重が軽いのだ。

 

「中条先輩って暴力振るうんだ」

 

「あれは文也に対してだけだろ。幼馴染だからな」

 

「あれも一つのいちゃつきってやつだな」

 

「変なこと言ってないで止めれーーーーーー!!!」

 

 その様子を、生徒会役員であるはずの真紅郎と風紀委員であるはずの駿と将輝は止めもしないで、呆れ顔で眺めるのみだ。文也の悲痛な叫びが木霊する。

 

 なんとか心が落ち着く『ツボ押し』をしてあずさから解放されると、文也は息切れしながら椅子に座り、あずさはまためそめそと泣き出して文也に抱き着く。

 

「チッ、なにあのメンヘラ」

 

「鬼のような顔をしないの」

 

 その様子を見て人様に見せられない顔をしている香澄を、綾野が窘める。修羅地獄のごときカオスだ。

 

「騒がしいわね。いったい何が起きましたの? ……ゲッ」

 

「……アレがいるなら納得」

 

「おーなんじゃなんじゃ、楽しそうじゃのう」

 

 そこに現れたのは、顔をゆがめた金髪の美少女・一色愛梨と、灰色がかった髪の大人しそうな少女・十七夜栞、それに珍しい青髪の少女・四十九院沓子だ。

 

「や、やあ、よく来てくれたね。部活中だっただろうに申し訳ない」

 

「九校戦の競技変更となっては仕方ありませんわ」

 

 愛梨は二十八家の一角である一色家の令嬢、他二人も百家本流でバリバリの実力者だ。部活連でも存在感が強い愛梨と栞の二人は、急遽会議のために呼ばれたのである。会頭は少し忙しくて遅れるとのことだ。ちなみに沓子は呼ばれたわけではないが、校内散歩中にたまたま二人と出くわして、面白そうだからと付いてきた。

 

 三人は渡された資料を見ながら、それぞれの反応を顔に浮かべる。愛梨はさらに顔をゆがめて呆れ、栞は無表情ながらも疑念を浮かべ、沓子は面白がってケラケラと笑いだす。ちなみに、将輝は愛梨と、駿は栞と、文也は沓子と同じ反応を、それぞれついさきほどしている。

 

「なんとまあ、低俗なテレビ番組のようですわね」

 

「軍事訓練か何かかと」

 

「あっはっは、シャレの効いた競技名じゃのう」

 

 そして同時刻に一高で言われていたような感想が漏れる。

 

「そうなんだよねー。いやー参った参った。今までの内定者に説明もしなきゃいけないし、選手選びも大変だ」

 

 朗らかな笑顔に困った色を浮かべながら、綾野はそう言ってため息を吐くと、端末を操作し始めて全校生徒のプロフィールを並べる。

 

「まあでも、桜花ちゃんが活躍できそうなのがあるのは大きいね」

 

「……あの人を桜花ちゃんなんて呼べるのは会長だけですよ」

 

 綾野の呟きに、真紅郎が呆れてため息を吐きながら突っ込む。それと同じことを、文也以外の全員が思った。

 

「ん? なんだその桜花ちゃんって。名前からしてかわいこちゃんか? 紹介しろよ」

 

 文也だけは、桜花ちゃんと呼ばれた人物のことを知らない。基本他者に興味がないのだ。

 

 そんな文也に、駿と将輝が呆れ果てて首を横に振る。

 

「お前、あのお方を知らないだなんてどうかしてるぞ」

 

「全くだ、よしちょうどいい。これからくるから、アニキをお前にも紹介してやろう」

 

「は? アニキ? 男なの? ていうかちょっと待てお前ら、なんかこう……目がヤベえぞ」

 

 文也は戸惑いが隠せない。ドン引きだ。なんだか急に、二人の目が、まるで新興宗教に心酔する信者のようになっているからだ。気づけば真紅郎も、そして愛梨も、同じような目になっている。正常なのは、あずさと香澄と綾野、それに訳知り顔の栞と沓子だけだ。

 

「失礼する」

 

 そんな部屋に、地鳴りのような声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドアから現れたのは、筋肉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 否、それは人間。

 

 身長は2メートルを超え、横幅はドアが埋まる程。それでいて太っているわけではなく、それどころか脂肪の気配すら見えない。ただただ鍛え上げられた筋肉と、巨大な体躯だけが目に入る。

 

 文也は唖然としながら、小さな体を目いっぱいに反らしてその顔をなんとか見上げる。

 

 そのあまりにも濃い顔立ちは、牙をむいた獣のような、唸るドラゴンのような、どこまでも恐ろしい印象を受ける。

 

『アニキ!!!』

 

 駿、将輝、真紅郎、愛梨が一斉に声を揃えて跪く。

 

「…………お前が井瀬文也か」

 

 そんな彼らを無視して、その怪物は、腰を抜かした文也を、猛禽のごとき眼光で見下ろす。

 

「ハ、ハヒ、ハヒ」

 

 文也は恐れおののきながら、壊れた機械のようにカクカクと何度も頷き、声にならない声でなんとか肯定するしかない。『蓋』よりも、アンジー・シリウスよりも、深雪よりも、達也よりも、生命の根本が蹂躙されるかのような、激しい恐怖を感じていた。

 

「噂には聞いている。初めましてだな」

 

 口角を吊り上げ、笑顔を浮かべる。しかしながら、それは牙をむいた怪物にしか見えない。殺し合いモードの文雄を超える恐怖が、文也を支配した。

 

「私の名前は鬼瓦桜花だ。部活連会頭を務めている」

 

「ちなみに女の子だよ」

 

 綾野の補足は、文也の頭に入らない。

 

 ただただ、本能的な恐怖と、わずかな反抗心によるツッコミが、脳内を支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これはッッッ!!! 範馬勇二郎ではないかッッッ!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一高で、達也から事情を聞かれた桐原が、ぽつぽつと語り始める。遅れて集まった十三束と沢木もまた、桐原から発せられた名前を聞いた時、恐怖で気絶しかけた。

 

 鬼瓦桜花。

 

 武道や格闘技界では知らない者がいないほどの有名人。

 

 身長は2メートルを超え、体重は150キログラムを超える、筋骨隆々の怪物。その顔は、全ての人間を食らう化け物のようだ。

 

 幼いころから、卓越した筋力と瞬発力とスタミナと反射神経とセンスで、魔法・非魔法問わず数々の武道や格闘技で、プロの大人をも真正面から打ち負かしてきた。曰く負けなし。

 

 その見た目と、敵を容赦なく打ち負かしてぶちのめすその姿から、いつしか界隈では、『オーガ』と呼ばれ始めていた。

 

 桐原が震える手で端末を操作して、動画を示す。2093年度全国中学生剣道大会決勝だ。

 

 両者面をかぶっているが、その体格差は大人と子供。大きい方が桜花だろう。

 

「これ、壬生先輩では?」

 

 その対戦相手は、なんと壬生紗耶香だった。達也は思い出す。紗耶香は中学三年生の大会で全国準優勝し、剣道小町ともてはやされた。なぜ優勝者が目立たなかったのか尋ねると、エリカが「相手のビジュアルがね」と言っていたのを思い出す。

 

 なるほど、確かにビジュアルは、女性としてはあまりにも醜い。男してみると、まあイケメンとして見る向きもあるだろうが。

 

 試合開始前の構えから、すでにその実力差がありありと示されている。桜花の堂々としたたたずまいに対し、紗耶香は引け越しだ。構える竹刀の先は、恐怖からか震えている。

 

 そしてそこから先の試合は――一方的だった。

 

 紗耶香は一切攻撃できずに守る事しかできない。しかしそれすらも遅れ、圧倒的な速さで開始直後に面を打ち込まれて敗北する。

 

(なんという速さだ)

 

 達也は驚愕した。ここまでの達人、軍の中でも四葉の中でも見たことがない。完全に防御に徹した紗耶香の防御を攻撃速度で上回るなど、あってよいはずがない。しかも、面を打った音は激しかったが、紗耶香が痛がっている様子がない。これも達人の面だ。剣道の巧者は、音は激しいが、寸止めのように打ち込むため、痛みはさほどではないという。つまり寸止め狙いだというのに、紗耶香を圧倒的に速度で上回ったということだ。

 

 次に示されたのが、マーシャル・マジック・アーツ。対戦相手は、現在恵まれた体格を生かしてプロで活躍しているベテラン選手の「男」だ。男が仕掛ける正面からのぶつかり合いも、巧みな搦手も、全てがそこに顕現した鬼によって容易く弾かれ、カウンターを食らう。あまりにも一方的な展開だ。

 

 達也は気づいた。エリカは「ビジュアルが」と言っていったが、なぜ優勝者である桜花の名前が目立たなかったのか。

 

 簡単な話だ。彼女が優勝するのは、当たり前だから。しかも、それは全ての競技において。

 

 なにも剣道で有名になるなんてことはない。それはそうだ、全てにおいて有名なのだから。

 

『オーガ』――鬼。

 

 その一言に、この怪物を表わす言葉は収束する。

 

「この人には……鬼神が宿っている」

 

「え、なんだって?」

 

 とてもこの現代で桐原から発せられたとは思えない言葉に、五十里は思わず聞き返した。

 

「鬼が……哭いている…………」

 

 その返答は、あまりにも要領を得ないものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「背中の鬼が……哭いているッッッ!!」

 

 文也は感動に涙を流しながら、そこに顕現した鬼を、ただただ見つめていた。

 

 桜花が全身に力を籠めると、その背中には鬼の形相(かお)が出現する。

 

 鬼神『オーガ』。それは桜花の筋肉に宿る鬼、そして桜花そのものを示す。

 

 その圧倒的な筋肉のカリスマは、スポーツマンと、筋肉にあこがれる「漢」を魅了するッッッ!!!

 

 駿、将輝、真紅郎、愛梨が心酔する『アニキ』。それは彼女の事だった。

 

 見た目と裏腹に立派な志を持った聖人のごときカリスマ、力で人々を導く武の頂。尚武の校風を持つこの三高の生徒を魅了するには十分だ。

 

 そして今ここに、心酔する者が一人増えた。

 

 井瀬文也。筋肉とは程遠い体格の彼もまた、自分の見た目をよりたくましくしたいと何度も願った、筋肉を求める「漢」であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………まあ、うん」

 

「な、ナニアレ」

 

「いつ見てもすごい」

 

「あっはっは、いやーすごいのう」

 

「桜花ちゃんはさすがだねえ」

 

 特に筋肉に憧れがないあずさ、香澄、栞、沓子、綾野は、大体反応に困っていた。




競技のルールが全て公開されたので、ここで一つお遊びをしたいと思います。
今回の九校戦の「選手当て企画」をしようと思います。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=230607&uid=57173

上記活動報告に詳細を記入しています。お時間がございましたら暇つぶしにどうぞ。

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