2096年度全国魔法科高校親善魔法競技大会日程
日程(8月)
3日・前夜祭パーティ
5日・開会式、『ロアー・アンド・ガンナー』男子ソロ女子ソロ男子ペア、『デュエル・オブ・ナイツ』男子・女子第一予選
6日・『デュエル・オブ・ナイツ』男子・女子第二予選および決勝戦、『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ソロ男子ペア男女ペア
7日・『ロアー・アンド・ガンナー』女子ペア男女ペア、『ミラージ・バット』予選
新8日・『ロアー・アンド・ガンナー』すべて、『デュエル・オブ・ナイツ』男子・女子第一予選
新9日・『デュエル・オブ・ナイツ』男子・女子第二予選・決勝戦、『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ペア
新10日・『アイス・ピラーズ・ブレイク』女子ペア男女ペア、『ミラージ・バット』予選
新11日・『ミラージ・バット』決勝戦、『モノリス・コード』予選一部
新12日・『モノリス・コード』予選一部・決勝戦
13日・『ミラージ・バット』決勝戦、『モノリス・コード』予選
14日・『モノリス・コード』決勝戦、『アイス・ピラーズ・ブレイク』女子ペア・女子ソロ
15日・『トライウィザード・バイアスロン』、閉会式
☆
何はともあれ、各校代表の選定から始まる。
参加可能な生徒数は、一年生最低24人を含む68人までとなっている。
その意図する内約は、一年生の競技選手24人、本戦の競技選手28人、エンジニア6人、作戦スタッフ4人、そして『トライウィザード・バイアスロン』の選手6人と言ったところだろう。
ただし、例えば去年文也や達也がやったような選手兼エンジニアがいればそれだけ人数に空きがでるし、『トライウィザード・バイアスロン』に掛け持ち選手を出せばそれでも人数に空きが出る。恐らく大会運営もそれは分かっていて、そのあたりの余りの人数は、『トライウィザード・バイアスロン』の選手に見せかけるもよし、万が一怪我した時の為の補欠として連れてきても良し、作戦スタッフやエンジニアを多めに連れてきても良し、来年以降のお勉強のために全く関係ない生徒を代表と称して連れてきても良し、ということだろう。
結局競技変更が伝えられた当日は上層部だけで集まっての相談となった。事前に内定を出していた生徒にどう説明するか、新ルールや新競技をどう説明するか、どの競技にどの生徒を当てるか、関係者にどう説明するか、と様々だ。
そしてその翌日の朝、緊急生徒集会で九校戦のルール・競技の変更が伝えられた。もはや恒例の感があり、なんなら現二年生は去年も同じものを経験しているため、毎年あるものだと思い込んでいる生徒もいるほどだ。
「ふーん、なるほどねえ。面白そうじゃない。で、アタシは最終的に『オーガ』と戦うわけね」
まず真っ先に声をかけられたのは、一科生ではなく、二科生のエリカだ。『剣の魔法師』千葉家の子供たちの中でも特に飛びぬけた才能を持っている彼女は、二科生ながら魔法剣術においては全校で認められている。昨日の会議でも、真っ先に声をかけることが決まった。
(よかった、意外と冷静だな)
『オーガ』の存在はエリカも知っているだろうし、なんならそこらの格闘技系部活の生徒よりも知っている。そんな彼女は、この競技に出てくれと言われた瞬間に、やはり即座に『オーガ』に思い当たったようで、頼んで開口一番がこの言葉だった。達也は昨日の桐原たちの惨状を知っているので、エリカも発狂すると思っていたのだが、案外冷静で、ほっと胸をなでおろした。
「それで、達也君。アタシの墓石は、どの種類がイイと思う?」
(あ、やっぱだめだ)
しかしそれは達也の勘違いだった。エリカの目はすでに血の池地獄のように淀んでいる。今おそらく彼女の脳内には、真夏の青空の下、衆人環視の前で『オーガ』に蹂躙され、血に沈んで倒れる自分の姿が映っているのだろう。
そこからエリカが冷静になるまでに、かなりの時間を浪費した。
そしてようやく発狂が落ち着いたエリカは、むしろ瞳にやる気の炎をたぎらせ始める。
「上等じゃない、こうなったら、全員アタシの道場で鍛え上げてやるわ」
(まだ冷静になってないみたいだな)
確かにそうしてくれるならありがたい。千葉家の道場で鍛え上げれば、まさしく付け焼刃と言えど、高校生の親善競技会としては反則クラスの剣士が誕生するだろう。しかし、そこまではいくら何でもやりすぎだ。
「アタシたちでお兄様たちの仇を討ってやるわよ! 覚悟なさい、『オーガ』!」
「今さらりととんでもないこと口走ったな?」
エリカの兄たちの仇討ち。つまりどういうことかというと、世界でも五本指に入る白兵魔法師として名をはせる長兄と、あの反則みたいな速度で剣を振るう次兄が、過去に『オーガ』に敗北した、ということだ。
何はともあれ、エリカの厚意で、やりすぎな気もするが、『デュエル・オブ・ナイツ』の代表選手候補たちは、千葉家の道場にこれから通うことになった。さぞかし厳しい訓練が待っているだろうが、どうか死なないことを祈るばかりである。
☆
「ちょっと達也兄さま! どういうことですか!?」
「仕方ないだろう。向こうに迷惑をかけないよう気を付けるんだぞ」
「そんな! メイドの仕事は!? 使用人としての責務は!?」
「ほらほら大好きなお兄ちゃんと離れるのは寂しいのはわかるけど、我儘言わないの。これからみっちりしごいてあげるからね」
「あびゃああああああああ!!!!!」
新人戦『デュエル・オブ・ナイツ』の代表選手候補に選ばれた桜井水波が拉致されるのは、翌日のことであった。
山岳部の後輩の哀れな姿を見て、もはや千葉家道場に通うのなんざ慣れたものと言わんばかりに余裕の態度だったレオは同情する。そしてその同情によってテンションが下がったレオの心に、再び弱気と不安が蘇ってきた。
「なあ達也、ところで、俺も代表候補でいいのか? 言っちゃあ何だが、俺は二科生だぜ?」
「お前は桐原先輩の推薦だ、胸を張れ」
今回、本戦男子で候補になった生徒は四人いる。剣術部の大エース桐原、白兵魔法戦闘が得意なマーシャル・マジック・アーツの沢木と十三束、そして桐原が推薦したレオだ。
このルールでは、魔法の行使対象は自身と自身の武器防具のみに限られる。硬化魔法だけで十分戦えるし、その点で言えばレオは最適だ。またあの横浜の事件で、桐原は、レオの剣術の腕を見ている。それを思い出して推薦したのだろう。
現段階だと、達也から見たら競技適正は桐原が頭一つ抜けているが、残りの三人は同じぐらいだと考えている。これから千葉家で鍛えられてどうなるかが楽しみだ。
達也は『オーガ』と戦うエリカのではなく、水波の冷静キャラの墓石をひっそりと頭の中で立てながら、レオたちを見送った。
☆
三高に転校してきてから、文也の周りには実にたくさんの人が集まるようになった。とはいえ、それは文也を目的としているわけではない。
一高時代よくつるんでいたのはあずさと駿、そしてゲーム研究部の連中だったわけだが、三高に転校してきてからは、ゲーム研究部の代わりに親友の将輝と真紅郎が加わることになる。
そう、文也の周りにやたらと人がいるのは――将輝と真紅郎がお目当ての場合がほとんど、というわけだ。
……となると、文也たちは転校前から考えていたのだが、実際のところは違った。
「のう文也。やっぱりわしはやっぱりあの水上の狩りのような種目に出るのかの?」
「つくしは水が得意なんだろ? じゃあやっぱそれだろうな。射撃の方はどうなんだよ」
「悪くない、と言ったところじゃな! 多分二人組の漕ぎ手の方に選ばれるじゃろう。射手ももう目星をつけておる。祈じゃよ。ほら、おぬしの学校にいた早撃ちの優勝者の妹じゃ」
「あー部長さんのね。ほーん、そいつはよかった」
昼休み。いつも通り食堂で――一高に比べて安くて量が多い分あまり美味しくないのは校風だろう――昼食を食べているわけだが、その周りはかなりにぎやかだ。
文也、あずさ、駿、将輝、真紅郎。この五人に加えて、各々の知り合いがここにたまに加わってくる。そのうちの一人が、今文也の正面に座ってニコニコと楽しそうに話している四十九院沓子だ。
「……沓子ったら、あんなクソガキに……」
「愛梨、嫉妬?」
「もっと深刻な話よ」
それを隣のテーブルから眺めているのが、沓子とよくつるんでいる愛梨と栞だ。愛梨は第一研究所出身の二十八家・一色家の出であり、「一ノ瀬」騒動とそれによって苦労した先人たちの苦労を知っている。文也と出会う前および去年の九校戦の時の将輝以上に、文也を敵視しているのだ。その事情に関しては栞も文也が転校してきたばかりの時に聞いたことがあるので、「そんな過去のことをぐちぐちと」と思わなくもなかったが、本人の自由なので放っておくことにしている。
愛梨は文也を嫌い、栞も大人しい性格のため、騒がし上に暴れまわる文也はなるべく避けたいところだ。しかしながら、奔放で明るい性格である沓子は文也のことを気に入ったようで、こうしてよく一緒に昼食を取りたがる。文也が沓子に何かしないか心配でならないため、愛梨と栞はついてきているのだ。なんとも奇妙な友情である。
「文也さん文也さん! ボクはどの種目があっていると思いますか?」
「どうだろうなあ。七草家だったら何でもできるだろうし、どれで出ても優勝するんじゃねえか? でも他校のつえーやつと当たってみすみす優勝逃すのはもったいねえからなあ。じっくり考える必要があらーな」
「そうですか! だったら、放課後一緒に考えてくれませんか!」
「生徒会役員で作戦会議にも参加できるだろうし、そこで相談してみるか」
「む、むう。わかりました」
そして沓子以上に好意が爆発しているのが、一年生の香澄だ。他学年だというのに、昼休みになるや否や、文也の前に必ず現れて、一緒に昼食を食べようと誘うのである。USNAに狙われていたころと違って昼食時に深刻な話をするわけでもないから断る理由もなく、いつも一緒に食べている。ちなみに香澄は毎回文也の隣を必ず確保する。そして毎回、自然と、文也のもう片方の隣はあずさだ。
香澄はデートや接触のつもりで文也を誘ったのだろうが、あいにくながら相手は全くそんなことを想定していないため、普通に年上の兄貴分――はたまたガキ大将――として適切なアドバイスをしている。基本人の道から外れたバカガキだが、年下には甘いのである。まさしくガキ大将。おかげさまで香澄は何やら不満気だ。
「そ、それでね、そ、その……も、森崎君に今度、案内してほしくて……」
「その日は……ああ、大丈夫だな。空いてる」
「あ、ありがとう!」
一方、そのそばではさらに甘い空間が広がっている。駿に控え目に話しかけているのは、艶やかな黒髪ロングの薄く化粧して少しあか抜けた印象のある同級生の女子、五十川沙耶だ。国立魔法塾三軒茶屋校で特待クラスのクラスメイトだったあの五十川である。百家本流五十川家の次女で、特待クラスの成績はその後三年間ずっと文也と駿に次ぐ三位だった。東京の塾に通っていたため、てっきり一高に入るものだと思っていたが、三高に進学していたらしい。三高に転校してきて三日目ぐらいに再会したから、実に一年ぶりである。
あの川崎での事件は、あずさも将輝も真紅郎も知っている。ただし、文也と駿は、本人の名誉のために沙耶に関することだけは教えていない。文也と駿と沙耶の関係、それは、あの事件の事情をすべて知る者以外から見れば、魔法塾のクラスメイトという関係でしかない。
故に文也以外は、その甘い空間の大元が分かるはずもない。実は転校してきて再会してから、沙耶は駿にアプローチを仕掛けている。沙耶本人からすればかなり積極的なつもりなのに周りから見れば全く積極的ではないという変な状態ではあるものの、断続的にアプローチしているのだ。その意味に気づかない駿はただの久しぶりに遊ぶ約束だと勘違いして文也を誘い、同じくその意味に気づかない文也もホイホイと付いて行って沙耶を落ち込ませたりしているのだが、それは余談だ。
「沙耶はあの森崎に気があるみたいだけど、なぜなのかしら」
「特待クラスで一緒だったころに何かあったんだと思うけど」
「駿本人が気づいてないもんだからはたから見ると相当面白いよな」
「駿って割とスケベだから反応すると思うんだけどなあ」
それぞれが隣のテーブルに座る愛梨、栞、将輝、真紅郎の感想だ。真に事情を知る二人は沙耶の感情に気づかず、はたから見るとバレバレの感情に気づくものは真の事情を知らない。駿と沙耶の関係は、実に妙なことになっていた。
「グエーなんだよこのアイス。クッソマズっ」
「だから止めておけばって言ったのに……」
それはさておき、文也が、席を離れて取りに行っていた食堂新発売の石川名産柿の葉寿司アイスを食べて唸っていた。好奇心に負けて注文してみたものの、寿司とアイス、マッチするはずもなく、生臭さとクリーミーさと酢飯の味が口いっぱいに広がり、文也は突っ伏した。隣に座るあずさは呆れ顔だ。
「あーちゃんも食ってみる?」
「でもちょっと気になるかも、アーン」
「ほいアーン」
「……………………」
文也の悪魔の誘いにあずさは乗っかり、彼に食べさせてもらう。そして即座にコップ一杯の御冷をがぶ飲みして流し込んだ。そのまま無言で自分が注文していた新発売の石川名産ルビーロマンアイスを食べて口直しする。
「うう……美味しい……普通のアイス美味しい…………」
「そっち俺にも一口くれ。口の中が腐りそうだ、あー」
「しょうがないなあ。はい、あーん」
「うめ……うめ……」
そして文也の求めに応じて、あずさは自分のスプーンでルビーロマンアイスを掬って食べさせる。そして食べるや否や、文也は普通のアイスの美味さに感動して涙を流し始めた。ちなみにこの後文也はまだまだ残っている柿の葉寿司アイスを完食しなければいけないのだが、今は現実逃避の最中だ。
『………………』
その様子を、その場にいた全員が、各々の感情をこめて黙って見ていた。さっきまで話していた駿と沙耶ですら、駿はもはや見慣れたという飽きた顔で、沙耶は真っ赤になりながら見ている。
(あの二人、本当に恋人同士とかではありませんの?)
(ないんだな、それが。ただの幼馴染だよ)
愛梨と将輝は小声でそう話す。将輝から見ても不思議な話だが、あの両者の間には恋愛感情のようなものがあまり見えない。物心つく前からずっと一緒にいる幼馴染で、お互いの境界が認識できていないから、というのが文雄の弁だが、何にせよ、距離が近すぎる。付き合いたての浮かれたイチャイチャカップルの方がまだわきまえていようというものだ。
(もう何も考えないで慣れるのが一番だよ、あの二人は)
自然となんの示しを合わせることなく隣同士で座り、しかもその距離はほぼ密着と言っても過言ではないほどに近い。個別椅子式だった一高では目立たなかったが、ソファー式の三高の食堂だとそれはさらに顕著になる。そしてお互いに全く意識することなく自然に自分が口をつけたスプーンで食べさせ合うのだから、たまったものではない。親友として一緒に過ごす時間が長かった真紅郎たち三人は、最初こそ初心なもので目をそらしていたが、今や慣れっこだ。景色みたいなものである。
「むー、ねえ文也さん! ボクもそれ気になるから食べていいかな、あーん」
「おう、いいぞ、ほい」
「あーん!!!!!」
「急に吠えてどうした?」
反対側の隣にいる香澄が対抗意識を燃やしてアーンを要求するが、文也はアイスと新しいスプーンを差し出す。意地になった香澄が顔を真っ赤にしながらさらに重ねて要求するが、文也は訳が分からない様子だ。
「哀れ」
栞がその様子を見て、目を閉じて静かにテレビの見様見真似で十字を切る。あずさと香澄の差は、あまりにも歴然だった。
「ご、ぐもももももも!!!」
「あっはっはっは、わしはその勇気を褒めてやろうぞ!」
香澄は結局アーンしてもらうことに成功したものの、悪知恵を回した文也は残りの柿の葉寿司アイスすべてをごそっと掬って香澄の口に入れた。香澄は一瞬だけ満足したものの、すぐに口いっぱいに広がる悪夢によってもだえ苦しむ。いつの間にか文也の正面の席から立ち上がって移動していた沓子が、香澄の口に御冷を流し込んでやりながら大笑いしている。
――この日を境に、たった一日で新発売の石川名産柿の葉寿司アイスがメニューから姿を消したのは、全くの余談だ。
☆
放課後の会議では、生徒会と部活連を中心として、選手決めが始まっていた。ちなみにその場には、実力者として認められた将輝と、悪知恵が回るということであずさと真紅郎から推薦された文也も参加していた。
現状決まっているのは以下の通りだ。
『ロアー・アンド・ガンナー』ソロに文也、ペアの漕ぎ手に沙耶と沓子、射手に真紅郎と百谷祈。
『デュエル・オブ・ナイツ』には愛梨と桜花。
『アイス・ピラーズ・ブレイク』のソロに栞と綾野。
以上である。まだ通知から一日しか経っていないということで、競技適正が尖った生徒たちしか選べていないのが現状だった。
「それで、ボクはどれに出ればいいんだろうってことなんだけど……」
今一つ不満な結果になったが、何はともあれ「文也さん」からのアドバイスと言うことで、さっそく香澄が相談を持ち掛ける。すでに選手として選ばれるのは決定していると言わんばかりの相談だが、入学試験でもその後の期末試験でも実技学年トップなのだから、誰もそれに不満は持たない。
「七草さんはあの七草家なわけだから、これといって苦手なものはないんだよね?」
「はい」
「だったら、どうしても選手が見つからないところに差し込むのが一番妥当なところだろうな」
口火を切ったのが綾野で、その回答を受けて一つの結論を出したのが桜花だ。
「あとそーだなー、あの昼から考えてたんだけどよ」
「ボクのこと考えててくれてたんですか!?」
「お、おう」
それに続いて文也が意見しようとしたが、爛々と目を輝かせた香澄が嬉しそうに叫ぶ。その目に浮かぶハートマークに気づいていないのは、「よく懐いてるなあ」と思っている文也とあずさのみだ。
「実際、香澄の実力は折り紙付きだから、どこ出しても優勝に近いところまではいくだろうな。だからこそ、優勝を確実に狙っていきたい。そのためには、余ったところに差すとか得意を活かすというよりかは、他校の強者に当てないことが重要だろうなって思うぜ」
「逆に他校の実力者を潰しにいくと考えることもできるが?」
「アニキ、それもそうですがね。実際俺がエンジニアとしてつけば早々負けることもないでしょうけど、例えば一高には香澄の双子の姉妹で腕も同じぐらいの、えーっと、なんだっけ」
「泉美ちゃんだよ」
「そうそう、それそれ。それもいますし、エンジニアとしては司波兄もいます。そのペアと当たったら、勝つか負けるかは五分五分ですぜ。変なリスクは負わないで、確実に点を伸ばすのが一番です」
桜花からの反対意見に、すっかりその筋肉に心酔した文也が敬語で反論する。あまりにも珍しすぎてあずさが度肝を抜かしているが、同じく度肝を抜かしそうに見える将輝と真紅郎は、アニキに敬語を使うのは当たり前だと言わんばかりに反応を示さない。ちなみに文也が「香澄」と呼んでいるのは、元々「元かいちょーさんのいもうとさん」と呼んでいたのを、香澄が名前で呼ぶようにお願いしたからだ。
「なるほど、それも一理あるな。知恵が回るというのは本当のようだ」
実力で正面から戦いに行こうとする桜花と、頭を回してリスクを回避しようとする文也。二人の性格の差がよく表れていた。
「それで、そういうからには他校の実力者は当然調査済みなんだろうな」
「へへへ、そのあたりもばっちり調査済みですぜ、アニキ」
「井瀬君は慣れない敬語使うと、なんというか漫画のザコみたいだよね」
「元から小物みたなメンタリティですからね」
綾野と将輝の火の玉ストレートを無視して、文也はあずさの役に立つだろうと集めていたデータを全員の端末に送り込む。そしてそこから先の説明を、事前に資料を受け取っていた真紅郎が引き継いだ。
「まずライバルの一高。今年入った強そうなのは、さっき言った七草泉美と、二十八家である七宝家の長男・七宝琢磨、それに百家の千川ですね。それに対抗馬の四高に関しては、黒羽文弥・亜夜子の双子が腕が立つそうですよ。あと去年の中学生魔法師全国剣術大会で準優勝に輝いた江成恵子、操弾射撃で三位に入った井原栄太あたりがいますね」
黒羽の名前を聞いた文也たちは一瞬ぴくっと動くが、過去の因縁は表に出さない。
「うーん、そうなると、やっぱり男子の七宝君が一番危険かな。噂によると氷柱倒しかモノリスに適性がありそうな感じだけど」
「そうなると、ボクは氷柱の男女ペアは回避する感じですね」
「だろうな。香澄の妹さんは何に出そうだ?」
「うーん、そうだなあ。まず泉美ちゃんは極度の男嫌いで同性愛の気があるから、男女ペアには出ないと思いますよ。適性的には……うーん……ミラージか氷柱倒しかな?」
「じゃあもうロアガンの女子ペアに出ろよ。元かいちょーさんの妹なら射撃はお手の物だろ?」
「はい! 任せてください!」
「決まりだね」
綾野と香澄のヒントから、文也が結論を導く。それはやや早計な部分もあったが、何よりも文也が言ったことということで、香澄はすでにやる気満々だ。書記の真紅郎は、有力候補として書き込んでいく。
実際、文也のこの選択は間違っていない。男子で最も難敵と目される七宝と文弥については、どちらもバリバリの直接戦闘タイプなので『モノリス・コード』の出場が最有力だ。またよりかち合う確率が高い女子については、泉美は香澄の予想通り現在一高で『アイス・ピラーズ・ブレイク』か『ミラージ・バット』のどちらかに出るというのが決まっているし、亜夜子に関しては文雄の証言から『ミラージ・バット』が最有力とみられる。一高も四高も性格が悪くて裏をかいてくる可能性は否定できないが、まだまだ他の代表選びで悩む必要がある以上、そう時間もかけていられないのである。
「では、俺はどうしましょうか」
次に俎上に自ら上がってきたのは将輝だ。一条家なので液体への干渉が得意な分『ロアー・アンド・ガンナー』の漕ぎ手で相当やれるだろうし、去年優勝して見せた通り『アイス・ピラーズ・ブレイク』も優勝候補筆頭だ。また特にこの冬を通じて魔法戦闘力に磨きがかかり、『モノリス・コード』にも高い適性がある。香澄と同じく、強すぎてどうするべきか悩むという贅沢なものだった。
そして、将輝の場合は香澄より悩まなければならない事情と、香澄よりも悩まなくてもよい事情がある。
まず前者の事情については、本戦は新人戦の二倍点数が貰えるため、雑に決めるわけには余計にいかないということ。後者の事情については、本戦選手は二・三年生のため情報が集まりきっており、まず将輝にどの競技でも勝てそうな男子がいないということだ。唯一将輝を打ち負かせるであろう「本気の達也」に関しては、さすがに出てくることはないはずだ。
「マサテルはそうだなあ」
「マサキだ」
「まず調整が入ったと言えどまだまだ大きいモノリスが一番だよな。だけど、正直一番適性があるのはやっぱ氷柱倒しだと思うぜ。『爆裂』の弱点は去年俺が見せた通りだから、一番怖いのはあのヒステリー女だな」
「いや、誰なのよそれ」
文也の発言に、頭に?マークを浮かべた愛梨が疑問を挟む。確かに考えてみれば、彼女の人となりを知る者はこの場では意外と少ないのだから、こういう反応は無理もない。なんの疑問もはさまず納得しているあずさたちもそれはそれで――いくら事実と言えど――彼女に失礼と言う問題はあるが。
「司波妹だよ、司波深雪」
文也がその名前を口走った瞬間、生徒会室に緊張が走る。特に去年こっぴどくやられてリベンジの炎を燃やしている愛梨と栞は、その反応が顕著だった。
「アイツの温度振動系は、なんかもう頭おかしいからな。一瞬で自陣の柱の内部まで急速冷凍して『爆裂』は効かなくなる。去年マサテルが使ってきたあの変な領域魔法も負けるだろうな」
その変調に気づきもせず、文也は考えていることをさらさらと説明していく。
「そうなると、俺はやはり氷柱倒しの男子ペアか?」
「いや、男子に関しては将輝の相手になりそうな奴はいない。全員雑魚だ。わざわざ出ていく必要もない。真正面から男女ペアがいいだろ」
「司波さんが男女ペアに来る可能性は高いと思うが?」
将輝の反論は正しい。一人でも余裕でやれる将輝がなぜペアに出ることが前提なのか。それは、ソロの選手にすでに綾野が内定しているというだけではない。ソロとペアならばペアの方が点数が高く、単純にそちらに実力者を配置するほうが効率が良いからだ。当然同じことは向こうも考えているはずなので、深雪がペアに、つまり男女ペアに出てくる確率は高い。
「まず一つ、司波妹以上に、女で一人、ペアで出てくる確率が圧倒的に高いやつがいる。攻撃一辺倒の地雷女だ」
「千代田さんのこと?」
文也の言葉に、あずさが即座に誰を示しているのか確認する。攻撃一辺倒の地雷女、ですぐに想定するのも実に失礼な話だが、文也が彼女を「地雷女」といって風紀委員に逆恨みをぶつけるところを、あずさはなんども見ている。即答は自然なことだった。
「そうだ。あの攻撃一辺倒脳みそ火薬地雷女は、その性質から間違いなく氷柱倒しのペアに出てくる。なにせ防御が最低限だからな。誰かに守らせて一辺倒の方がやりやすいだろ。もしこの地雷女とマサテルが戦ったとしたら、破壊速度はマサテルのほうが上だ。絶対にこっちが勝つ」
文也の言葉は正しい。花音の性質を知っていれば、彼女をこのように起用するのは、万人が賛成するだろう。
「それと、司波妹は多分男子とペアを組まない。アレと組んだら男どもは浮かれて実力が出せないか、コワイコワイお兄様ににらまれて実力が出せないかのどちらかでただの置物だ。組むとしたら女子、もしくは一人で全部できるんだからソロだろうな。置物覚悟で男女ペアにでて一人で全部かっさらうって作戦も否定できないが、将輝がいるんだったら二人がかりならば勝てる。司波妹が男女ペアに出る確率は低いし、出るとしても勝てる。つまりどう転んでも、将輝を男女ペアに出せば、一高の有力女子の優勝を潰したうえでこっちが確実に優勝できるって寸法だ」
「……転校生って九校戦だとズルいよね」
文也の述べた作戦に、ずっと発言していなかった栞がぽつりと呟く。学校同士ということで、内部事情を知る転校生の存在はあまりにも大きい。文也の今の作戦も、一高に通っていなければ思いつくことすらなかっただろう。
今の文也の話を聞いて、将輝を含むほぼ全員が納得した。将輝は『アイス・ピラーズ・ブレイク』の男女ペアに決定だ。モテモテの将輝とペアを組む女子となると血みどろの争いが予想されるので、あらかじめ生徒会と部活連で一人に絞って指名する形が良いだろう。花音と深雪を想定して、振動系の防御力が高い女子を選ぶ必要がある。
(……ねえふみくん、今の、一つだけちょっと不安があるんだけど)
(お、さすがあーちゃん、良く気付いたな)
そう、「ほぼ」全員だ。ただ一人だけ、今の作戦に不安を覚えた者がいる。それがあずさだった。文也もこれには大きな穴があると自覚しており、それをあえて言わずに意見を通したのだ。
文也とあずさの不安。
それは、男女ペアに、深雪と達也で挑まれることだった。
あの二人は兄妹なだけにコンビネーションも抜群。深雪は攻守一体で最強の『氷炎地獄(インフェルノ)』があるし、達也は相手の魔法をすべて問答無用で無効化できる『術式解体(グラム・デモリッション)』を連発できる。もしこの二人がくれば、たとえこちらの最高戦力、例えば将輝と栞のペアをぶつけても惨敗するだろう。決勝リーグで当たって二位に終わればまだ良いが、予選で当たって敗北してゼロポイントとなったら目も当てられない。
(まずはこれを見てみろ)
周りが話し合っている中、声を潜めて文也はあずさにあるものを示す。それは今年度の九校戦の日程、その一部だ。
6日・『デュエル・オブ・ナイツ』男子・女子第二予選および決勝戦、『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ソロ男子ペア男女ペア
(今年の氷柱倒しは、同部門の予選と決勝を一日かけて一気に行う。つまり、司波兄が出場したとしたら、その日一日は、エンジニア業を停止しなければならないだろ?)
(あ、そういうことか!)
もし最悪のパターンである達也・深雪のペアが来て、もし将輝たちが予選で敗北したとしても。達也はその日一日は自身の競技にかかり切りで、他一切のエンジニアとしての仕事を休止せざるを得ない。魔法工学科を新設して全体的に層が厚くなったと言えど、文也とあずさを失った一高の有力エンジニアは五十里しかおらず、人手不足となる。一方こちらは文也、真紅郎、あずさがフル稼働出来て、他競技・他部門で力を振るえる。仮に『アイス・ピラーズ・ブレイク』男女ペアが最悪の結果に終わっても、この日に行う他の競技全てで、一高が調子を出せないということになる。そうなれば、全体として見ればプラスだ。
(す、すごい! ふみくん、すごいよ!)
(へへん、だろ?)
あずさは思わず驚嘆する。改めて、文也の頭の回転がすさまじいことを素直に賞賛した。もし彼女でなければ、「さすが悪知恵が回るな」と悪口まじりになっただろうが、そこはあずさの性格の良さである。
「ちょっとそこ! なにやってるの!?」
「おっと、すまんすまん」
みんなが話し合っている中、文也とあずさは端でこそこそと顔を突き合わせて笑いあっている。はたからみていつものイチャイチャだと思った香澄は、ヤキモチまじりにそれを咎めた。