マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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 7月5日の早朝。一時期は大変すぎてお休みしていたが、今日もまた達也と深雪は九重八雲の道場に通っていた。

 

 いつも通り弟子を使った悪戯を力でねじ伏せ、悪びれもしない糸目の坊主に冷ややかな目線を向けながら修行をする。いつもの朝の光景だった。

 

「そういえば、九校戦の競技が変わるんだってねえ」

 

「話題にするのが遅くありませんか?」

 

『ニンジャ』ともいわれる八雲は情報通で、裏社会にも通じている。あまりにもバレバレな軍の意向が絡んだ今年の九校戦の事情も、当然達也たちよりももっと早く掴んでいるはずだ。

 

「いやあ、ちょっとしょうもない事情も絡んでいたせいで、話題にするのも嫌だったんだよ」

 

 八雲は禿頭を撫でて困った顔をしながら、文雄が文也に説明したことと同じことを説明する。達也と深雪は思わず頭痛がしてきた。やはり『マジカル・トイ・コーポレーション』は頭がおかしい。

 

「それと九校戦と言えば、今年はいよいよ、第一高校は厳しいんじゃないかい?」

 

「でしょうね」

 

 第一高校の戦力は、三巨頭や辰巳や博が抜けてもなお分厚い。未だに超高校級の逸材が集まっているし、しかもそのほとんどが二年生で、来年も明るいと見られている。

 

 しかし、楽観視するものは少ない。去年一瞬喉元まで迫ってきた三高。その三高に、エース格を間違いなく張れる三人が転校してしまったからだ。三高もまた、とくに二年生の層が厚い。そこに文也たちが取られてしまったとなると、あらゆる方面で厳しいというのが本音だ。今や一高は「優勝して当然」という立ち位置であり、優勝を逃せばそれは不名誉である。明るい未来は、意外と綱渡りの先にしかないのだ。

 

「井瀬君は特にそうだよねえ。どの競技でも活躍できるよ。『アイス・ピラーズ・ブレイク』は去年見た通りだ。あの万能ぶりだとソロかもね。万能と言う点で言えば射撃も移動も重要な『ロアー・アンド・ガンナー』ソロも有力だ」

 

「そうですね。俺はロアガンのソロに出てくると踏んでいます。そして、それが一番怖い」

 

「へえ、君はそう考えているのかい?」

 

「……師匠は違うのですか?」

 

「そうだねえ。僕個人としては……『モノリス・コード』か『トライウィザード・バイアスロン』に出てきたら、厄介だと思うなあ。君にとっても、僕にとってもね?」

 

 相変わらず八雲の言い回しは不可解だ。達也は真意を探るべく、その糸目をじっと睨む。

 

「あはは、そんなに怖い顔しないでよ。事情は話すさ。といっても、これは愚痴なんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法科高校はどこもかしこも、今日も今日とて、九校戦の準備だ。

 

「よっしゃかかってこい! どっちの筋肉が上か教えてやる!」

 

 そんな三高の校庭に、文雄のあまりにもデカイ声が響き渡っていた。

 

 ここは『デュエル・オブ・ナイツ』の練習場所。文雄はあの呂剛虎を倒したことで、新たなる世界最高峰の白兵戦闘魔法師として評判になっていた。この競技の練習相手として選ばれるのは当然だ。

 

 そんな文雄が相手しているのは、同じぐらい巨大な鬼――桜花だ。

 

 校内に、桜花の練習相手になれるような生徒はいなかった。相撲部が十人ほど束になってかかっても余裕で叩きのめしたほどである。

 

 そういうわけで、文雄が呼ばれたのだ。文雄は桜花相手にしっかりと善戦しており、はたから見たら異次元の戦いを繰り広げている。桜花担当のエンジニア・あずさは怖くて涙目だ。

 

「リアル刃牙の世界だなッッッ……」

 

 それを見た文也は、思わずその筋肉の躍動に感涙する。あれの筋肉遺伝子を微塵も受け継いでいない自分が残念でならなかった。

 

 一方その横では、他の生徒による練習も始まっていた。相撲部の遠藤と、雷電という濃ゆい顔の大柄な男子生徒が、大盾をぶつけ合っている。この雷電、見た目のわりにかなりの物知りで、この見た目のくせに歴史研究部所属で、魔法も実技よりも理論の方が得意と言う変わり者だ。

 

「文也さーん! こっち来て一緒に練習しましょうよー!」

 

 そんな文也に、『ロアー・アンド・ガンナー』の練習場から声がかけられる。水上競技用のボディースーツを着た香澄が、文也を誘っているのだ。

 

「おう、今行くぞー、でへへ」

 

 それに対して、文也は鼻の下を伸ばしてホイホイと向かう。それを見た香澄は、可愛らしい笑顔の裏で、あくどい笑みを浮かべた。

 

 そう、誘っているのだ。二重の意味で。

 

 香澄のボディースーツは、普通のボディースーツよりもさらに女性的な曲線が目立つ素材・デザインになっている。香澄はスラリとスタイルが良いし顔も抜群に可愛いものの、あいにくながら胸がスラリとしすぎて色気に欠けるのだ。可愛らしさと健康的な色気はあるのだが、文也はそういうの――も割と好きではあるとはいえ――よりも、もっと直接的な色気の方が好きなスケベなのである。

 

 このボディースーツは、効率性と着心地だけでなく、そんな文也を誘惑するためにデザイン性にも気を払った特注品だ。貧相な胸も、こっそりと仕組まれたパッドによって強化され、「意外と胸あるんだなこの後輩……」というギャップによる欲情も狙っている。生活に困らないようにと多めに渡した金がこんなことに使われているだなんて、親が聞いたら泣くだろう。

 

 そして文也は、見事にそれに引っかかった。いや、引っかかってはいないのだが、引っかかった。

 

 人体に詳しい文也は、それがパッドであることを一瞬で見抜いている。特にそれをからかうような真似は可愛い後輩にはしないが――同級生にはするし今朝祈をそれでからかって金的を食らった――、香澄の意図は届いてない。

 

 しかしながら、やはり自分に懐いてくれる美少女が見せるエロスは、文也のスケベと下半身を大いに刺激した。香澄の相方が香澄と文也双方にドン引きしているのもむべなるかな、といった状況である。

 

「文也さん文也さん、ボク、今日文也さんのお家に行ってみたいんです! お義父さんとお義母さんにもあいさつしたいし」

 

「別にいいぞ。それにしても……いいボディスーツだなあ、まったく、実にいい……ちょっと肌触りを確認させてもらっても……」

 

「なにやってるんだドスケベ」

 

「あびゃあああ」

 

 その尻を、突然現れた駿が蹴り上げる。不意打ちの痛みが性欲を勝り、文也はケツを押さえながら地面をのたうち回る。ギャグマンガか何かだろうか。

 

 香澄が舌打ちするのを無視して、駿は文也を見下ろしながら問いかける。

 

「で、例のあれの状況は?」

 

「ひぎぎぎ……明日出来上がるよ」

 

「早いな。助かる」

 

 それを聞いて駿は胸をなでおろすと、まだ悶えている文也を置いて、さっさと射撃用の練習場に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「卒業生を頼るというのは、いくらなんでも本気を出しすぎじゃないか?」

 

「同級生の命がかかっていますので」

 

 一方そのころ、達也は九校戦の準備を一時的に抜け出して、学校近くの喫茶店であるアイネ・ブリーゼで、女性と二人きりで会っていた。

 

 ただし、それはなんら色気のある理由ではない。九校戦の勝利のための調査だ。

 

 呼び出したのは、卒業生の渡辺摩利。彼女の出自は、今から知りたいことに大いに役立つのだ。

 

「それで、『オーガ』についてだったね」

 

 達也が知りたいのは、エリカたちが恐れおののく、三高の謎の鬼神についてだった。

 

「そうだね。まずは本人の話をしよう。名前は鬼瓦桜花。鬼のごとき活躍と見た目、そして背中に現れる、素晴らしい筋肉が生み出す鬼の顔、それにその名前から、『オーガ』と呼ばれている」

 

「先輩、ちょっと冷たい水を飲んで落ち着いてください」

 

 摩利は明らかに興奮していた。頬が赤らんでるし、目は充血しているし、鼻息も荒い。

 

「失礼。アタシも剣士の端くれ、どうしても憧れてしまうのさ」

 

 達也の指摘を受けた摩利は、それで自覚したようで、素直に冷たい水を飲んで一息つく。

 

「さて、続きを話そうか。魔法競技も含めて全戦全勝、その力が恐れられてはいるが、実は二科生……いや、普通科……ああ、二科生でいいのか」

 

 摩利の混乱もむべなるかな。

 

 三高は、一高で言うところの一科生・二科生という括りの名前が違った。専科・普通科と呼んでいたのである。しかしながら去年から、分かりやすくということで一科・二科に変わったのだ。

 

「その理由は、君と同学年の十三束と同じ病気だ。体から異常にサイオンが離れにくい体質で、話によると十三束よりもさらに酷いらしい。自分から離れたところには、ほぼまともに魔法が行使できないんだ」

 

「なるほど。だから格闘技系種目でしか活躍できないんですね」

 

 達也はそれで納得する。あれほどの運動神経だったら格闘技系以外の魔法競技でも十分やっていけるように見えたが、そういう事情ならば仕方のないことだ。未だによくわかっていないが、魔法師はこのように、様々な部分で偏った「性能」で生まれてくることが多い。その最たる例が、まさしく達也自身だ。

 

「さて、では、その出自についてだが…………アタシを呼んだということは、おおよそ見当がついているな?」

 

「はい、酒呑童子ですよね」

 

 酒呑童子。日本の説話に現れる鬼の中で最も有名で、かつ最も凶悪とされる鬼。達也が九重八雲に聞いたところによると、『オーガ』のルーツはそこに近いらしい。

 

 摩利を呼んだのは、これが理由だ。摩利は酒呑童子を退治した渡辺綱の子孫であり、傍流ながらも『童子斬り』の継承者。何か知っていると見るのは、当然のことだった。

 

「まずはそうだな。平安期から鎌倉期までの歴史の流れを振り返る必要がある」

 

 摩利はそうは言うが、この場で確認する気は全くない。自分は当然知っているし、達也も学校のお勉強レベルならほぼ完全に覚えているからだ。そして、今回の場合、本格的な歴史学は絡まず、まさしく学校のお勉強程度で背景知識は十分だからである。

 

 平安期に武士と呼ばれる集団が現れ、荘園などの都合で需要と権力が増していく。なんやかんやあって源平合戦があり、武家政権である鎌倉幕府が出てきた。以降中世と呼ばれる時代になり、朝廷、院、寺社、神社、武家、幕府、荘園領主などの様々な権門が競い合い補完し合いながら統治していく時代になる。要は武士と言う戦いの専門職が現れた時代だ。大体こんなもので十分である。

 

「そういう戦いの時代において、武士とは別に戦いを専門とする一族も当然現れる。これといった勢力にはつかず、土地の保証も求めず、戦が起きると金や物品で雇われる、傭兵のような一族だ」

 

「はい」

 

「そのある一族はとても強くてね。戦場では一騎当千の活躍をして、必ず勝利をもたらしたと言われている」

 

「なるほど」

 

「しかし、近世以前の『戦』は『戦争』ではないね。名誉と権力のためで、名乗りを上げる一騎打ちが基本だ。しかしながらその一族は、傭兵と言うだけでも嫌われるのに、勝つためには手段を選ばず、凄惨な戦い方をした。いわば『戦争屋』だったのさ」

 

「続けてください」

 

「それが源平合戦で源氏に勝利をもたらして、こうして歴史が続いているというわけだ。ではここで一つ質問をしよう」

 

「はい?」

 

 歴史の話をしていたのに、突然こんなことを言われて、達也はいぶかしむ。それを見た摩利は、愉快そうに、わざわざ人差し指を立てて教師然とした態度だ。

 

「酒呑童子もそうだが、なぜ『鬼』は山中に住むかわかるか?」

 

 説話や伝説では、人間が恨みなどによって鬼になった場合を除いて、生粋の鬼のように書かれる鬼は、鬼ヶ島のような例外を除いて、山の中に住むか、山の中で現れる。

 

「山中他界観でしょう」

 

 達也は端的にその答えを述べる。古くから言われている、民俗学の観点だ。山中は他界であり、祖先の霊や神、鬼が住まう場所である。

 

「正解だ。しかしながら、実は、違うのが今回の場合なのさ」

 

 察しの良い達也は、ここまでですでに答えにたどり着いている。摩利もそれが分かっているようで、答え合わせのような気持で続きを話した。

 

「金と物品で雇われる強力で凄惨な『戦争屋』。それは勝利をもたらしてくれる分には嬉しいが、勝って行きつくところまで行った権力者からは、恐怖でしかない。源平合戦が終わって一時的に戦乱が落ち着くと、この『戦争屋』一族は迫害され、山へと追われた。そして『鬼』と呼ばれるようになったのさ。さらに印象操作や情報工作を以てして、『鬼』の悪行を捏造。恐ろしい『戦争屋』を山へと排除しに行く。それが、アタシの祖先が行った『鬼退治』ってわけさ。そしてその汚点を消すために、この一族は、歴史のあらゆる記述から葬り去られた。鬼瓦桜花、『オーガ』は、その生き残りの遠い子孫ってわけだ」

 

 壮大な歴史の、あまりにも残酷なスキャンダル。自分の祖先がやったことだというのに、摩利は平然とそれを開示した。

 

「くくっ、渡辺家の本家なら、こんなことは話したがらないだろうな。傍流と言うのは楽なものだ」

 

 その理由は、なんとも陰湿なもの。達也は同情と呆れが半々になる。とはいえ、こんなストレス発散をする相手は、おそらく達也か真由美しかいないだろう。どちらも、過去のものではない、「現代の闇」にどっぷり浸っていると、摩利は察しているからだ。実際達也は、この話を聞いても、動揺はしていない。「よくあること」である。

 

 そう、それは現代においても、特に四葉家とか、よくやっていることだ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子は、全くもう……」

 

 親が聞いたら泣くだろうとは慣用表現。正直複雑な気分にはなったが、この程度で七草弘一が泣くはずがない。代わりに、香澄についてる使用人からチクられた真由美が、呆れ果てて泣きそうな気分になっていた。自分の悩みに対して、あの妹の、なんとお気楽なことか。

 

 真由美の気苦労は絶えない。いつ家族についている嘘が発覚するかさだかではないし、妹二人のせいで、人間関係が余計に複雑になっているのだから。

 

 達也と深雪が四葉だと知っていて、文也たちと殺し合ったのも知っている。事の真相をほぼ全部知っているのが真由美だ。四葉を避けたいし、実際に自分もその殺し合いに参加したので、良い後輩だと思っていた達也と深雪には、正直近づきにくいという状況。

 

 一方の香澄。達也と深雪が四葉だとは知らない。しかし、文也たちとあの二人が殺し合ったのは知っているし、それが転校の原因であることも察している。真由美は、四葉であることを知られないために、「お互いに吸血鬼だと思い込んで衝突した」と誤魔化している。単純な香澄はそれを信じた。そして、大好きな恩人を殺そうとしたということで、達也と深雪への好感度はマイナスである。

 

 そして泉美。何も事情を知らず、世間で発表された情報を知るのみ。文也のいざこざに司波兄妹や四葉が関わっているのも知らない。そんな彼女は普通に一高に入学し、真由美にとっては不運なことに、なんと深雪に心酔している。もともと男嫌いで下品なのが嫌いな泉美は、文也のことも嫌っている。香澄の恩人と言えど、香澄を「誑かして」自分たちから離れさせたという恨みもあるだろう。

 

「改めて振り返って見ると滅茶苦茶ね」

 

 もはや笑うしかないではないか。先ほどまで泣きそうだったのに、今度は思わず笑みがこぼれる。

 

 ではなぜこんなことを考えているのか。

 

 そう、真由美は、泉美から関係者招待を受けているのだ。

 

 それも特等席、一高作戦本部テントである。

 

 本来生徒と引率教員以外立ち入り禁止なのだが、真由美はみんなから慕われた元生徒会長と言うことで、特別に許可されている。……許可されてしまったのだ。

 

 行きたい気持ちはある。香澄も含め、可愛い妹たちの活躍は現場で見たいし、後輩たちにも会いたい。あのテントは競技観戦の特等席でもあるため、お得だ。行かない理由は、普通ならば、遠慮以外はほぼない。

 

 だが、真由美は普通ではない。

 

 そのテントに呼ばれるということは。すなわち、そこに常駐しているであろう今の一高の上層部とがっつり顔合わせするということだ。つまり――いま世界で最も気まずい、司波兄妹と顔合わせするということである。

 

 嫌で嫌で仕方ない。しかしながら断る言い訳が見つからない。妹め、なんて気を利かせてくれたのだ。可愛くて小憎らしい。

 

「……外せない用事、入ってくれないかなあ」

 

 真由美の呟きは、一人部屋の虚空に、むなしく流れていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ボクってばホント頭いい!)

 

 夜ももうすぐ9時を回ろうという頃、風呂に入っている文也を彼の部屋で待ちながら、香澄はベッドの匂いを嗅ぎつつ――これこそ親と姉と妹が泣くだろう――自分で自分を褒める。

 

 文也を追いかけてこちらに引っ越してきてからずっと、香澄は文也の家に遊びに行く機会を伺っていた。それも二人きりになれるタイミングを。普段は放課後は部活や生徒会をやっている駿たちに合わせて学校内で悪戯しつつ暇をつぶし、そのあとまっすぐ帰るのはまれでよく遊んで帰っている。香澄が文也の家に遊びに行く隙は、実は無かったのである。

 

 しかし、この九校戦期間はそうではない。駿たちは全員選手または幹部なので放課後は練習や会議や相談が多く、閉門時間にはへとへとになっていて、とてもではないがそのあと遊ぶ元気などない。そのタイミングならば文也も遊び相手がいないので家に帰ってゲームでもしているだろう。そこを突いて遊びに行けば、邪魔もなく二人きりになれる。

 

 文也の部屋に入って距離を詰める。これには見事に成功した。文也の趣味に合わせてゲームも勉強してきたし、彼が好みそうなものは事前にチェックして、全くの足枷にならない程度には練習もしてきてある。二人で思い切り楽しめたし、そのどさくさに紛れて相当なスキンシップも取った。文也がゲームに夢中であまりデレデレにならないのが少し残念だが、相手の部屋に行って二人きりでスキンシップを取りながら遊んだと来れば、もはや恋人一歩手前である。

 

(お義父さんとお義母さんの外堀を埋めるのも成功したし)

 

 そして目的はそれだけではない。文雄と貴代との接触も目的の一つだ。これまでも幾度となく気に入られようと接触はしてきたが、ここでさらにもうワンステップ進むことにしたのである。

 

 今は夜9時。そう、夕食は、井瀬家でお世話になったのだ。家族構成がこの三人だけであり、四角いテーブルが一枠余るのもここ三か月の会話で調査済み。自分が入る余地はある。家族団らんに入り込むことで、自分の存在がこの家族になじむようにしたのだ。当然お夕飯やお片付けのお手伝い――貴代お手製の機械で高度にオートメーション化されていたので主に正常に動いているかの監視だけだったが――もしてポイントを稼いだ。またここでは文也との会話をほどほどにして、二人に積極的に話しかけることで仲良くなろうと画策し、それは見事に成功して連絡先もゲットできた。完璧な段取りだった。

 

「そして、これからが最後の一手……」

 

 夜の9時、そろそろ家に帰らなければならない時間だ。しかしながら井瀬家は寛容で、別に何時までいても良いという姿勢なのも事前に分かっている。家の使用人が回収に来そうだが、ここ一週間にわたって説得して、今日に限ってはむしろ協力してもらえることになっている。

 

 そう、香澄は、今日は帰るつもりはないのである。

 

 お泊り大作戦。このまま保護者代わりの使用人に許可を取る振りをして、お泊りを許してもらう。そしてついでにパジャマ一式を、周辺に待機させていた使用人に持ってきてもらう。この段取りで、文也の部屋で一泊過ごそうとしているのだ。

 

 その真の目的は、親と姉と妹が聞いたら首を吊りそうな内容である。

 

 お風呂は借りる。お着換えセットのついでに、この日のために用意した、さっぱりした中にいやらしすぎない程度に官能的にも感じうる匂いのシャンプーとボディーソープを持ってきてもらい、それで体を洗う。そして可愛らしさが前面に出ながらも体のラインや肌が見えやすいパジャマに着替え、文也と同じ部屋で寝る。そして、文也が寝るベッドにもぐりこみ、そこでまた露骨すぎない程度に性的アピールをする。

 

 ――そこまですれば、スケベな文也は絶対に手を出してくる。

 

 そう、お泊り大作戦とはすなわち、既成事実を作ろう作戦なのである。

 

 本当に、家族が聞けば泣くだろう。実際手伝わされて計画の意図を察した幼いころから世話してくれた親代わりの使用人は号泣していた。

 

 しかし、それでも彼女は止まらない。泊りはするけど、止まらないのだ。

 

「ふいー、あっつー」

 

(きたっ!)

 

 階段の下から文也のリラックスした間抜けな――香澄は可愛い声だと思っている――が、ついで階段を上ってくる音が聞こえてくる。香澄は一瞬にしてみだれた(乱れたか淫れたかは想像に任せよう)ベッドを元の乱れ方に一瞬にして戻し、大人しく待っていた可愛い後輩モードになる。

 

「おまたー」

 

 文也は冷蔵庫から持ってきた缶ジュースを二本持ちながら部屋に入ってきて、一本を香澄の前に無言で置くと、もう一本は無言で空けてがぶ飲みする。

 

「はー、さっぱりした」

 

「あ、あの、文也さん」

 

「ん、どした?」

 

「そ、そのー、今日は、もう遅いし、お泊りさせてく、くれませんか?」

 

 前々から計画していたことだが、いざ実行すると緊張してくる。香澄は風呂上がりの文也よりも頬を赤らめ、もじもじとしながら、一泊していきたいことを伝える。奔放な文也はまずオーケーするだろうし、寛容な両親も間違いなく許可する。ここは確実にクリアできるはずだ。

 

「あー、まじか。うーん、ちょっと勘弁してくれないか?」

 

「……え?」

 

 しかしながら、その返事は予想外。色の良くない返事どころではなく、明確な拒絶だ。

 

「えっと、その、なんで」

 

「………………見苦しいところは、見せられないからな」

 

 香澄は眩暈を必死にこらえながら、それでも問いかけの形で食い下がろうとする。それに対して文也は、長い沈黙ののち、目をそらしながら、気まずそうに、そう答えた。顔をそらされているから、その表情は窺えない。

 

 文也の答えは要領を得ないものだ。香澄は詳しく問いただそうと、しつこすぎて嫌われないかという心配すらする余裕もない状態で、口を開こうとした。

 

 その時――

 

 

 

 

 

 

 ピンポーン

 

 

 

 

 

 

 ――控え目なインターホンが、妙に大きく響いた。

 

 次いで、貴代が慣れた声で応対するのが聞こえる。

 

「すみません、今日も来ました……」

 

 そして聞こえてきたのは、階段とドアを隔てて控え目を通り越して蚊の鳴くような細さに聞こえる、遠慮がちな声だった。

 

 訳が分からない香澄は、文也を置いて立ち上がり、ドアを開けて階段から下を覗き込む。そこから見える玄関には、香澄が用意したものと違って正真正銘の子供っぽいパジャマを着た、湯上り模様のあずさがいた。

 

 なぜ、中条先輩が、この時間に、この姿で、この様子で、ここに?

 

 瞬間、香澄は、はっと思い当たる。

 

『見苦しいところは、見せられないからな』

 

 文也の言葉の意味を。

 

 そしてそれとともに、今まで悔しさと羨ましさと妬ましさを込めてみてきた数々の光景が思い浮かぶ。

 

 幼い姉弟のように距離が近い文也とあずさ。自然に手をつなぐ文也とあずさ。間接キスを全く気にしない文也とあずさ。

 

 この二人の距離には、恋人と言う関係すら超えた近さを覚えていた。

 

 幼馴染だから。恋愛感情はない。

 

 駿や将輝、真紅郎からはそう言われてきたが、なんてことはない。三人は誤魔化していたのか、または知らなかっただけ。

 

 この二人は、もう「そういう」関係なのだ。

 

「あれ、どうして七草さんがここに?」

 

 思い当った瞬間、香澄はいてもたってもいられず、文也の部屋に置いてあった自分の荷物をつかむと、そのまままた部屋を出て階段を降りていく。その途中で、当たり前のように上ってくるあずさと真正面からかち合い、当然の疑問を投げかけられる。

 

「え、えーと、その……さっきまで、一緒に遊んでいて、今帰る所なんですよ、あ、あはははは」

 

「そ、そう? その、様子がおかしいですけど……」

 

「へ、平気です! それでは!」

 

 香澄は無理に笑顔を作って、すぐにその横を走って駆け抜ける。笑顔を保てたのはほんの一瞬、そこから先は、とても見せられない表情になっていただろう。

 

 香澄はそのまま、居間にいた文雄と貴代がお見送りする時間もないほどに、まくしたてるようにお邪魔しましたと言って走って駆け抜ける。

 

(嫌だ、嫌だ、嫌だ!)

 

 真夏の夜の湿った暑さがまとわりつく。そんな中、香澄は顔をくしゃくしゃにしながら、夜の住宅街を、必死に走っていた。

 

 そして人目がつかないところにつくと、そのまま道の端にうずくまる。誰の目にもつきそうにない。

 

 

 ――ここなら、思い切り泣ける。

 

 

 

「うっ、うぐ、えぐっ」

 

 そう思った瞬間、堰を切ったように、涙と嗚咽があふれ出す。この日のために厳選した可愛いお洋服が汚れるのも気にせずに道端にうずくまり、涙と鼻水をその服で何度も乱暴にぬぐう。

 

(やめて、やめて、嫌だ!)

 

 泣くために目を閉じると、嫌でも想像してしまう。

 

 大好きな文也と、その仲の良すぎる幼馴染のあずさ。いつもの距離感で、それでいてどこか少しお互いに頬を赤らめながら同じベッドに入り、そこで抱き合う。いつしか二人の服ははだけ、ベッドがきしむ音とこらえきれない声と息遣いが、あの部屋に響く。

 

 文也の言葉の意味。なぜ香澄を帰らせたのか。それは、香澄がやろうとしていたことを、あの二人がこれからやるからだ。

 

「う、う、うえええええええ」

 

 そのことに、香澄が耐えられるわけがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 香澄が井瀬家を急いで去った直後、文也は異端審問にかけられていた。

 

「いやいやいやいや何もしてねえって!」

 

「黙れ白状しろ! 女の敵め!」

 

「私の息子ながら、いつかやるんじゃないかと心配していたが……ここで斬首するしかあるまい」

 

 文也は正座させられ、それを高身長の文雄と貴代が怒り心頭で見下ろしながら、それぞれ武器を展開する。文雄はあのモーニングスターを構え、貴代はいつの間にか背負っていたリュックからあらゆる悍ましい武器を携えた機械の触手をうねらせる。

 

「それで、ふみくん、本当に何をしたの? あのプシオンの乱れは普通じゃないよ」

 

 そして、少し冷静ながらも、同じく文也をゴミを見るような眼で見ているのがあずさだ。あずさはプシオンの揺らぎに敏感だ。すれ違った時の香澄のプシオンは、酷く乱れていた。文也の部屋から急いで、まるで逃げるように出てきたとなれば、文也が何かしたのは確実だ。また、あずさはそこまで思い至っていないが、文雄と貴代は「最低人間のケース」だと考えている。文也の日ごろの行いは、あまりにも悪いのだ。

 

「これがマジで覚えがないんだよ。風呂から上がってきたら、アイツがお泊りしたいっていうから、それを断ったらああなったんだ」

 

「ふーん、あっそう。で、なんで断ったんだ?」

 

 文也の答えに対して、文雄は全く信用していない様子だ。珍しく正直に話しているというのにこの態度で、文也は不満に思いながらも、特に後ろ暗いことはないので話すことにした。

 

「後輩に、夜中に発狂してるとこなんて見られたくねーだろーが。だから、見苦しいところを見せられないって断ったんだよ」

 

「…………本当みたいですよ」

 

 文也が言い終えると、あずさは何か不思議なことが起きたような顔をして首をかしげると、急に雰囲気が柔らかくなって文雄と貴代に報告する。

 

 繰り返しになるが、あずさはプシオンに敏感だ。慣れない相手には顔色を窺いすぎて委縮してしまうのも、無意識に相手の感情の揺らぎを観測し続けたからというのもある。あずさは文也のプシオンの揺らぎを観察して、嘘発見器のような役割をしていたのだ。文也は基本人を騙すタイプなので、嘘を吐くときの揺らぎも他者より少ないが、あずさは文也と自身の両親のものに関してはそれほどの微差も、集中すれば見抜ける。

 

 今のやり取りで自分の心が見透かされていたことに気づいた文也は、恐怖を覚えて震える。幼馴染がいつの間にか超人と化していたのだから、それも無理はないだろう。

 

 そんな文也を放置して、各々の反応を示したのが、文雄と貴代だ。あずさのお墨付きを得た途端に文也の証言を信用した――実の親子であろうと文也とあずさならば後者を信じるのは当然だ――二人は、まるで「あちゃー」とでも言うように額に手を当て、ふらふらと椅子に座る。

 

「お前…………普段騒がしいくせに、なんでここでは言葉が足りないんだ……」

 

「そんなこと言ったら、香澄ちゃん、勘違いするだろうに……」

 

「ん? どんな間違いだ?」

 

「私も分からない……」

 

「間違いをするという間違いだよ!!!」

 

「分からんわ! てめえらこそ言葉足りねえぞおい!」

 

 文也とあずさは、自分たちの状況が客観的に見たらどのようなものなのかに全く気付いていない。この生活が当たり前になり、違和感を覚えていないのだ。

 

 しかしながら、文也がそんな説明をしたと聞くと……文雄と貴代は、香澄が何を思ってあんなことになったのか、実によくわかる。香澄が自分のバカ息子に強い好意を抱いているのも当然察しているし、そこにきてあずさのこの登場と文也の説明は、「そういう」推測をさせるのに十分なことだった。

 

「もういい、二人はもう寝てろ」

 

 しかし、そう風に見られているということを、当人たちに説明するわけにはいかない。

 

 結果として、何もわからず不満そうな二人をさっさと二階に追い立て、防音障壁魔法を張って聞こえないようにしたうえで、貴代と相談に入る。これは絶対にフォローが必要な案件だ。別に香澄の恋路を応援しているわけでもないが、こんな失恋はあまりにも哀しすぎる。

 

「連絡先を交換しといてよかったね」

 

 貴代の疲れたようなつぶやきが、防音障壁に包まれたリビングに空しく木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 香澄が大量に届いたメールを見たのは、泣きはらして酷い顔になりながら、自分でもよくわからないうちに帰宅した後だった。いや、帰ってくる途中ずっとひっきりなしに鳴っていたのだが、あまりの精神状態だったので対応する気力がなかったのである。

 

 ようやくメールを見たのは、帰宅して、用意していたシャンプーもボディソープも使わずに適当に入浴した後、気合を入れて選んだパジャマを着ずに下着姿で自室のベッドに寝転んだ時だ。そこでようやく、何か緊急の連絡かもしれないと開いたのである。

 

「文雄さんと貴代さんか…………」

 

 泣きすぎて嗄れてしまったか細い声で呟く。あの二人は文也と同じく自由人ではあるが、気が利く常識人でもある。恐らくフォローだろうが、今はほんの少しでも思い出したくないので、見もせずに電源を切ろうとする。

 

 しかし、思いとどまった。

 

 目についたのは、メールの件名だった。

 

『誤解だ』

 

 誤解とは、なにが?

 

 香澄はそのメールだけを、少しだけ気になって、力の入らない指で操作しながら開く。その内容は恐ろしいほどの長文で、とても今は読む気にはなれそうにない。しかし、香澄はひとまず読み進めて――強い衝撃を受けた。

 

 あずさと文也が一緒に寝ているのはここ三か月ずっとほぼ毎日だということ。その理由は、香澄が想像したようなものではなく、仕方なくであるということ。

 

 その理由とは――達也と深雪に襲撃されたことで発生した本気の殺し合い、それのトラウマのせいだということ。

 

 香澄は、主に姉の真由美によって、徹底的にあの夜の戦いの情報から遮断されている。文也たちが達也たちに襲撃されたのは、お互いに『吸血鬼』だと思ってしまった勘違いによるもの、と説明を受けているが、香澄はそれを信じていない。真由美によって隠されてほぼ見えてなかったから分からないが、それでもあの場の空気感は、そのような勘違いや事故によるものではないと、香澄は確信している。真由美に対して不満がないわけではないが、それでもあの姉がここまで強硬な態度を取るからには、間違いなく深い理由があることは分かっているので、それ以上は追及できなかった。

 

(ボク……何も知らなかったんだ……)

 

 その戦いで、文也とあずさは酷いトラウマを抱えてしまった。夜寝ているとき、夢の中であの時の戦いがフラッシュバックする。その症状を緩和するために、お互いに幼馴染で安心でき、また香澄は詳しく知らないがそれぞれ発狂などを和らげるための魔法を持っているから、毎晩一緒に寝ている。そうメールに書いてあった。

 

 香澄が想像していたような失恋ではなかったのである。

 

 しかしながら、香澄はこれまで以上に、この事実を知ってショックを受けた。

 

 ――文也はずっと、心に深い傷を抱えていたのだ。

 

 香澄は、想い人のそんな現状に、全く気付いていなかった。どこまでも浮かれて、はしゃいでいた。文也が過去の傷に苦しんでいるというのに。

 

 自分のした想像の、なんと馬鹿馬鹿しいことか。

 

 そんな軽い話ではない。文也とあずさは、切羽詰まって、少しでも苦しみから逃れるために一緒に寝ているにすぎないのだ。香澄の想像は、あまりにも下品で愚かだった。

 

 何も知らなかった。

 

 そしてさらに気づく。

 

 

 

 

 香澄は――文也を、一切助けることができないのだと。

 

 

 

 

 

 幼馴染でお互いに安心できるということもない。フラッシュバックや発狂を和らげることもできない。

 

 文也に、自分は必要ない。

 

 彼にとって誰よりも必要なのは、中条あずさなのだ、と。

 

 その現実を突きつけられ、香澄は半ば意識が飛びそうになりながら、なんとかその長文のメールをスクロールしていく。それを読み進めていくたびに、香澄は自らがいかに文也にとってナニモノでもないかということに気づいていく。

 

 そうして喪失感が増していく中――メールの末尾に添えられた文に、目が留まった。

 

 

 

 

 

 

 

 これを知って、何か思うことがあるかもしれない。

 

 だけど、もし、まだ息子と仲良くしてくれるなら、私と貴代、二人ともそれを心からお願いしたい。

 

 文也にとってもあずさちゃんにとっても、とにかく今はあの夜の事から離れるのが一番の幸せだ。

 

 だから、香澄ちゃんには、どうかこれまで通り接してほしい。

 

 香澄ちゃんの話をするときの文也は、いつも楽しそうだ。アイツにとっては、香澄ちゃんもまた、トラウマを忘れることの助けになっているんだ。

 

 どうか、文也のそばにいて、「新しい日常」へと踏み出す助けになってやってほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか……ボクにも……できることが……」

 

 もしかしたらこれは、気休めかもしれない。

 

 文雄は確かに奔放で自由人だが、一方で気遣いもできる常識人でもある。香澄からはそう見えている。そんな彼が考えた、ほんの少しの慰め。

 

 それでも香澄は、これを信じることにした。

 

 たとえ気休めであろうと、自分が文也の気を少しでも紛らわせることができるなら、それは本望だ。

 

 これまで通りに、いや、これまで以上に、文也に一杯接して、少しでも文也が過去を乗り越えることができればよい。そうしていつしか、文也はあの夜を乗り越え、夜明けを迎えて、「新しい日常」を過ごすようになる。その「新しい日常」の象徴に、自分がなればよいのだ。

 

 

 

 

 

「……よしっ!」

 

 

 

 

 

 香澄はベッドから勢いよく起き上がり、両頬をべしべしと強く叩いて気付けをする。

 

 文也に、これからもアプローチを仕掛けていく。

 

 そのためには、まずどうするべきか。

 

「……とりあえず、お風呂だね」

 

 今の自分は、間違いなく醜い。目は泣きはらし、涙と鼻水で顔面はぐしゃぐしゃだろうし、適当に洗ってそのあと櫛を通していない髪の毛は酷いことになっているだろう。

 

 少しでも文也に可愛く見られたい。

 

 復活した乙女心は、彼女を浴室へと向かわせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーし、明日からまた頑張るぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 浴室に香澄の大声が反響し、マンションの部屋中に響きわたる。

 

 それを聞いた親代わりの使用人は、ほっと胸をなでおろしながら、たった今書きあがったところだった弘一への報告メールを削除した。




パソコンが壊れてしばらくスマホでの投稿と推敲になるため、誤字脱字諸々が多くなると思います。元から多いんですけどね。いつも誤字報告ありがとうございます。ハーメルンの神機能ですね

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