マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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そういえばお伝えし忘れていましたが、本作においてはパラサイトドールをめぐる九島の陰謀はございません。安心していて下さい。


6-7

 8月6日、九校戦二日目。

 

 今日から選手兼エンジニアである文也と真紅郎もフル稼働し、三高がより勢いづいてくる日になると予想されていた。

 

 文也の担当は『デュエル・オブ・ナイツ』の愛梨、『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ソロの綾野。

 

 あずさの担当は『デュエル・オブ・ナイツ』の桜花。

 

 真紅郎の担当は『アイス・ピラーズ・ブレイク』男女ペアの将輝たちと、男子ペア。

 

「この三人を見てると、去年エンジニアを軽視してた私たちがバカみたいね」

 

「そうじゃのう」

 

 まだ試合がない栞と沓子は、観客席で選手表を見ながらそんなようなことを呟く。三高のエンジニアは高校生の親善競技会としてはすでに規格外の領域であり、去年まで選手各々で調整してねという形だった三高の間抜けさが改めて伝わってくる。これからは『尚武』といえど、この分野にも力を入れていくことになるのだろう。特に去年は選手兼エンジニアとして働いていた栞は、その将来を強く予感した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この日の最初の試合は、いきなり正念場であった。

 

「一色、状態はどうだ」

 

「これ以上ないほど良好よ」

 

「だな。俺からもそう見える」

 

 最初の試合は、愛梨対エリカ。三高の今後を決定づける一戦だ。体の防具はすでにつけているもののヘルメットだけは外して運動用に髪形をアップスタイルにした愛梨は試合前の精神コンディションを整え、文也はいつもの笑顔が鳴りを潜めて真剣に調整に挑む。

 

「…………ねえ、井瀬」

 

「ん? なんだ?」

 

 そんな文也に、愛梨は、なんとなく話しかける。この試合の前に、ずっと気になっていたことを質問して、気持ちよく戦いに臨みたいからだった。

 

「私から見て、井瀬は、こういう競技会はあくまでお遊びとしか思わないように見えるわ」

 

「よくわかってらっしゃるな」

 

「それなのに――なんでそんな真剣に挑むの?」

 

 愛梨が思っていたのは、文也が、この九校戦にやけに真剣だということ。

 

 彼女からすると、そこには少しの違和感を覚える。確かに文也はこの手のお祭りごとや勝負事が好きで、それなりに真剣に挑むだろう。しかしながら、それは所詮、自分とその近い周囲だけのことで、学校全体として勝つか負けるかはどうでもよさそうだ。去年は四高に父親がいたからライバル視していたとあずさから聞いているが、今年は同じ学校であり、そういう理由はなさそうに見える。

 

 ――井瀬文也。「一」出身にとって屈辱の記憶、「一ノ瀬」の子供。

 

 それが世界中に混乱を巻き起こしたうえで転校してくると知った時、愛梨のはらわたは煮えくり返った。

 

 会見映像を見ていても分かる。無礼で、軽薄で、バカで、騒がしくて、下品。「一ノ瀬」のことを聞いてからずっと抱いていたイメージがそのまま具現化したような存在だった。

 

 そしてそのイメージは、転校してきて確信に変わる。悪戯を飽きも凝りもせず何回も重ねて、授業はさぼり、放課後は生徒会室に入り浸って遊んでる。どこまでも愛梨が嫌いな人種だった。そのくせ成績は確かで、実技理論共に二位。どちらも三位の愛梨より一つ上と言うことに、余計に苛立ちが勝った。

 

 だというのに、なぜか人を惹きつける。相応にこんなやつに近づきたくないと思う生徒――例えば栞――もいたが、文也の周りにはいつも人が集まっていた。

 

 彼の親友のあずさ、駿、将輝、真紅郎。彼を慕う後輩、香澄と颯太と菜々。奔放さが気に入ったらしい沓子と祈。散々迷惑をかけられているはずなのに笑顔でそれを許して認めている綾野。三高のそうそうたる面子が、彼の周りに集まっている。

 

 そんな姿に、愛梨の心はぐちゃぐちゃにかき乱された。自分がこの一年かけて築き上げてきた人間関係を、転校してきて半年弱であっという間に超えられてしまった。

 

 なぜ、こんな奴に。なぜ、あんなチビに。なぜ、一ノ瀬なんかに。

 

 そう思っていた矢先に、愛梨の担当に、文也が選ばれた。

 

 当初は強硬に反対したが押し切られ、しぶしぶ受け入れることになった。こんな奴に命の次に大事なCADを任せるだなんて、反吐が出る思いだ。

 

 さらに追い打ちがかかる。『カーディナル・ジョージ』のアドバイスを受けながら自分の持てる限りの力と一色家の研究成果をフル活用した結晶、『稲妻(エクレール)』とその専用CAD。それらは、たった一週間で自作したという文也が持ってきた専用CADと調整した起動式に、完全に負けていた。様々な技術を再現して魔法界に混乱を招いてきた災害『マジカル・トイ・コーポレーション』と『マジュニア』、そのパワーを、改めて突き付けられた思いだ。

 

 こんなに努力をしてない軽薄なやつに、自分たちの結晶が負けた。

 

 その事実に愛梨は挫折しそうになった。しかしながらその乱れる心とは裏腹に、CADと起動式のおかげで体の動きはすこぶる調子が良い。その対比に、余計に怒りが湧き上がってきた。

 

 そんな一か月だったが、その間に、愛梨は気づく。文也はヘラヘラニヤニヤ笑って怠けて、年頃の男女だというのにあずさとイチャイチャくっついているだけのように見えて、とても真剣に過ごしていることに。特に九校戦期間中は、彼のサボり癖が全く現れなかった。

 

「あー、そのことね」

 

 文也は調整を終えたネックレス型CADを機械から取り外し、すらりと身長が高い愛梨が座っていることもあって届くため、立って彼女の首にそのネックレスをかけてやると、リングの反対側で最終調整しているエリカたちを、複雑な目で見る。

 

 対戦相手のエリカ。その調整をしているのは、司波達也だ。

 

「どうしても、負けたくない奴がいるんだ」

 

 この一言で、愛梨の疑問は氷解した。

 

 司波達也。将輝と真紅郎がライバル視する、三高に苦汁を飲ませた謎の一年生。

 

 文也もまた、司波達也に対抗心を燃やす一人なのだ。

 

 何があったのかは分からない。一高生時代に、何かの浅からぬ因縁があったのだろう。そのために、ここまで真剣なのだ。

 

 文也の周りになぜ人が集まるのか。

 

 不自由な魔法師だというのに自分に正直で奔放だから。明るくて話しても気兼ねがないから。高い実力があるから。

 

 それだけではない。駿やあずさによると、一高生時代はここまで周りに人が集まっていない。この二人と、同部活のメンバーだけだった。

 

 転校以前と以後。文也もまた、変わったのだ。

 

 司波達也と、間違いなく深刻な何かがあった。また転校のきっかけになったUSNA絡みの事件で、相当な地獄をみたのかもしれない。もしかしたら、それに達也が絡んでいたのではないか。

 

 他の魔法師たちと同じように、文也もまた、心に深い何かを抱えた。

 

 それと普段の態度のギャップが、無意識に人を惹きつけるのだ。

 

「わかった。…………絶対、負けないから」

 

「おう!」

 

 いよいよ時間だ。目が鋭くなって戦士となった愛梨を、文也は笑顔で送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奇しくも、このマッチアップは、軽量戦士同士の戦いになった。

 

 エリカはオーソドックスな片手剣に、腕に取り付けるタイプの小盾。軽いうえに片手が空くため、剣を両手で持てたりCADを操作しやすかったりするため、女子に人気の盾だ。別にこの程度の剣を片手で扱えないわけではないだろうが、全力を出すためか、片手剣を両手で持って戦ってきた。

 

 一方の愛梨は腕に取り付けるタイプの小盾は一緒だが、武器はフェンシングで使うような刺剣だ。魔法を併用したフェンシング、リーブル・エペーのトップ選手である愛梨のために用意されたかのようなジャンルである。当然片手で扱う武器であり、またCADも完全思考操作なのだから小盾のメリットは薄いが、身軽さを確保するためにこうしている。

 

「へえ、強気じゃない」

 

 フルフェイスヘルメットの向こうで、エリカの好戦的な笑みが見える。刺剣は素早い攻撃ができるが、相手を吹き飛ばすリングアウトにも、相手の装備を破壊するにも不向きで、それでいて破壊されて負けやすい。勝ち筋はポイントによる判定勝ち以外ほぼなく、メリットが小さい割にデメリットが絶大で、今年の使用者は愛梨含めてわずかしかいない。

 

 エリカの挑発に対して、愛梨は何も返さず、ただじっと睨むのみ。

 

 そんな反応を受けて、エリカは、これは好敵手だと、口角を吊り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目にもとまらぬ戦い。二人の戦いは、まさしくそう表現できるものだ。

 

『エクレール』によって俊敏さと超速反応を実現して、人間を超えた速さでステップして動き回りながら次々と攻撃を繰り出す愛梨。

 

 その怒涛の連撃を避けながら、自己加速術式で追いついて剣戟を行うエリカ。

 

 エリカの振るう神速の剣技に対して、愛梨が対抗できる手段は少ない。生半可な剣士なら刺剣で弾けるが、エリカ相手だったら剣の種類の差で間違いなく押し負ける。

 

「そこ!」

 

 エリカが繰り出す頭部を狙った斬撃に対し、愛梨は小盾を滑らせるように当てて腕を振りぬく。それによってエリカの剣は上方向に弾かれ、身体の前面を開いて晒す隙を見せる。

 

 これは高等技術パリィ。難しいが、決まれば相手に大きな隙を生むことができる。『エクレール・アイリ』だからこそできることだった。第一予選では相手の攻撃を掠らせもしなかったので隠し通すことができたカードだ。

 

 そうやって作り出した隙に、ポイントが高い心臓部を狙った突きを繰り出す。しかしながらエリカは、初見のカードだというのに織り込み済みだったようで、自己加速術式で下がって間合いから外れると、突き出してから戻すまでの隙がある刺剣の横を縫って、歯をむき出しにして切りかかる。それに対して愛梨は身をよじって避けると、エリカのみぞおちを狙って小盾を使ったシールドバッシュを狙う。即座に使用された衝撃中和術式によってダメージはほぼ入らないが、小さいながらポイントを稼ぐことに成功した。

 

「なるほど、結構いいセンスしてるわよ!」

 

 エリカは距離を取りながらそう言ったかと思うと、着地の反作用を魔法で増大させて、これまでもよりもさらに速い速度で愛梨に切りかかる。その攻め筋は頭を中心としながらも、時折膝や足首など機動力に影響がある箇所を狙うものだ。ポイント稼ぎのアスリートの戦い方ではなく、相手にダメージを重ねる「殺し」の戦い方になっている。エリカの戦いのスイッチが入った証拠だ。

 

「くっ、まだ速くなるって言うの!?」

 

「言う割にはついてきてるじゃない!」

 

 スイッチが入ったエリカの移動速度と剣速はさらに増す。先ほどまででも精いっぱいだったのに、まだ本気ではなかったとは。愛梨もまたギアを上げて応戦して同等の速度まで追いつくが、それでも徐々に押され始める。

 

 エリカは片手剣なのに対して、愛梨は刺剣。重さや固さで負ける分、速度で勝負する武器だ。それだというのに、「同等」程度にしか追い付けていない。そうなれば、武器の重さの差が勝負の天秤を傾けるのは必然だった。

 

『エクレール』。人体の神経を研究し続けてきた一色家、その研究と知恵をさらに磨き上げて愛梨が独自に編み出した魔法。人間が何かに反応して動作する場合、知覚してから考えてそれを神経を通して体の各部に動作するよう命令する。しかしこの魔法によって、知覚情報は考える前に意識よりも先行する無意識・精神の世界で受け取られ、そして無意識・精神から肉体に直接命令が送られる。『エクレール』を使用した愛梨を超える知覚速度・反応速度を超えるのは、この魔法なしでは不可能だ。

 

 ではなぜ、愛梨は今、『エクレール』に加えて剣の重さの差があるというのに、速度で負けているのか。

 

 それは単純な話だ。

 

 まず、エリカの反応速度が常人の領域をはるかに超え、『エクレール』を使用する愛梨には届かないにしても、かなりの速度である事。

 

 そして、『剣の魔法師』千葉家で育ったがゆえに、剣の扱いにこれ以上ないほど熟達していること。それは意識を超えた無意識にまで刻み込まれている。

 

 さらに、身体能力の差。魔法なしでの身体能力においては愛梨もかなりのものではあるが、エリカには及ばない。ましてや剣技ともなれば、その差は歴然だ。

 

 最後に、自己加速術式。愛梨が反応速度と動作命令速度を上げて高速移動を実現しているのに対して、エリカは体の動作を加速させる魔法を使用している。幼いころから厳しい環境で鍛え上げられたエリカの体は、それに耐えうるほどの頑丈さを持っている。

 

 つまりは、剣の経験の差と素の運動能力の差、そして自己加速術式の差だ。

 

(さすが千葉家……私では、敵いませんわね)

 

 決死のパリィすらも先読みして予測され、急に軌道が変わった斬撃が愛梨の右肩、つまり利き手の側の肩をしたたかに打つ。骨折防止のために、競技ルールで関節部や骨が隆起している部分――鎖骨など――にはプロテクターを装着しているが、攻撃の衝撃はプロテクターを超えて愛梨の体に痛みを与える。ポイントを取られただけではなく、身体へのダメージも蓄積してきていた。

 

(そう――今までの私ではっ!)

 

 愛梨は自分が無様を晒しているのを承知で、体勢が崩れてでもエリカから全力で距離を取る。エリカはそれを追いかけてそのままリングアウトまでさせてやろうと攻撃しようとするが、ほんのコンマ数秒、愛梨に余裕を与えてしまった。

 

(『一ノ瀬』のマネは癪だけど!)

 

 そのコンマ数秒は、『エクレール』によって常人を超越した速度を実現している愛梨にとっては十分。

 

 愛梨は自身の腰のあたりを強く叩くと――襲い掛かってくるエリカに対して、今までよりもさらに上がったスピードで、反撃する。

 

「やるじゃないやるじゃない! まさかCADを常時起動しながら、CADなしで自己加速術式だなんてね!」

 

 エリカは牙をむき出しにした獣のように歯をむき出して笑いながら、さらにギアをあげてその速度に対応して見せる。

 

 エリカの魔法感性は低い。しかしそれでも魔法師であるがゆえに、ある程度はどのような改変が行われたのか知覚することができる。そして愛梨が今『エクレール』と併用して使って見せた自己加速術式は、物心つく前から見てきたものだ。一瞬で分かって当然である。

 

 経験の差、剣技の差。この二つは『エクレール』で埋めることができた。

 

 そして自己加速術式の差も、たった今埋めて見せた。

 

 これによって、剣の重さの差が改めて現れてくる。エリカの防御と回避が、愛梨の攻撃に遅れ始めた。

 

 モニターに表示されるポイント。愛梨の側のポイントが、ほんの少しずつ、それでいてものすごい速度で、蓄積されていく。

 

 それを見た達也は――自分のことを棚に上げて、内心で頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エリカのエンジニアとして試合を見ている達也は、思わずつぶやいた。

 

「バカなのか、井瀬は」

 

 ――としか言いようがない戦術だ。

 

『エクレール』に加えた自己加速術式の併用。これによって、知覚速度、反応速度、動作命令速度に加えて、身体速度も劇的に向上した。なるほど、エリカと愛梨の差を埋めるためには、理に適った戦術だ。

 

 しかしながら今目の前で展開されているのは、理に適ってはいるが、一方で理外の戦術でもある。

 

 まず一つ。確かに愛梨は相応に鍛えてはいて、女子としては一流の部類だ。しかしながら、エリカと同じ速度まで自己加速術式を使えるほどには、生まれつきの体も鍛え方も足りない。一流のアスリートが怪我を覚悟で勝つために無茶をするのは現代でもよく見る光景だが、部活でもあるまいし、なにも親善競技会でそこまでやる意味はない。

 

 そしてもう一つ。これはまさしく理外も理外だ。こんな発想が思い浮かぶだけでも、頭のネジが何本か外れているとしか思えない。

 

 エリカは、『エクレール』がCADによって、自己加速術式がCADなしで発動していると思っているようだ。

 

 しかしながらあれは違う。あの速度は、いくら『エクレール』があると言っても、それこそ達也のように『フラッシュ・キャスト』でも使わない限り無理だ。

 

 達也の『眼』はすぐに理解した。あの自己加速術式もまた、CADによって行使されている。

 

 そう、愛梨は今、『エクレール』専用CADと、自己加速術式専用CAD、この二つを同時に、『パラレル・キャスト』しているのだ。

 

(そんなことさせないだろ普通……)

 

 理に適ってはいる。高速白兵魔法戦闘における『パラレル・キャスト』に愛梨がこれ以上ないほど適性があるのも理解できる。それでも、『パラレル・キャスト』ができるなんて考えるほうが、普通に間違っている。

 

 達也は去年雫に同じことをさせたのを棚に上げて、呆れと悔しさを込めて、試合をじっと見ている文也を睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『パラレル・キャスト』。これまで実践での確認例は、世界中でも片手の指で数えられるほどだった。しかしながら、去年から急に、その確認例が急増した。

 

 まず一人。高校一年生にして、不完全ながらも、超高難度魔法『フォノン・メーザー』を含んでの『パラレル・キャスト』に成功した、北山雫。

 

 もう一人。今エンジニアをやっている、『モノリス・コード』新人戦で『パラレル・キャスト』を披露した司波達也。

 

 そして、一番目立ったのが、『パラレル・キャスト』の完成形ともいえる、何十個ものCADを同時に使用して大暴れした、井瀬文也だ。

 

 そして今日、この中に、愛梨は仲間入りすることになった。

 

 本当はお披露目すらせずに勝つつもりだったのだが、エリカはあまりにも強大だった。故に、万が一『エクレール』に影響がないように途中まで腰に隠して着けていた自己加速術式専用のCADの電源を落としていたのだが、そうもいかなくなったから、切り札として使用した。

 

『エクレール』によって実現する超反応は、愛梨でも気づかなかった思わぬ副作用があった。それは、より感覚が鋭敏になるということだ。知覚速度を上げる魔法であって敏感になる魔法ではないのだが、何度も何度も使用しているうちに、より高速の世界で知覚していくということを繰り返すことによって、愛梨の知覚は鋭敏になっていたのだ。

 

 それは、目で見える情報や耳で聞こえる情報と言った、物理的・化学的・生物学的な感覚だけではない。サイオンを感知するという、魔法的な感覚もまた、鋭敏になっていた。

 

 それゆえに、いつの間にかサイオンコントロール能力が向上していた愛梨は、文也から完全思考操作型CADを渡されてすぐに、それを完全に使いこなして見せた。

 

 そんな愛梨を見て、まだ精神がぐちゃぐちゃな時期だったというのに、文也はあまりにもバカな提案をしてきた。

 

『お前、サイオンコントロール上手えな。よし、もう一個使ってみるか?』

 

 最初言われたとき、思わず『エクレール』を使った高速の拳を顔面に叩き込んでしまったものだ。

 

 しかしながら、「前が見えねえ」状態の文也から説明を受けるうちに、それが実に理に適っていることに気づいた。『パラレル・キャスト』といえば、ワルガキ・クソガキ・悪戯小僧に次ぐ文也の代名詞だったのでとても癪だったのだが、それゆえに、少しでも追いつこうと、愛梨の闘志に火がついた。

 

 そこからは脳みそが焼き切れそうな繊細なコントロールを練習する日々が続いたが、ついに、高速白兵魔法戦闘中でも十全に使用できるほどにまで、実に二週間でたどり着いた。親友の栞曰く、「愛梨もおかしくなってしまったのね……」とのことだ。多少の自覚はある。

 

『エクレール』と自己加速術式の併用。それも、どちらも完全思考操作型であるために、身体の動きを阻害しない。『エクレール』はあくまで神経の電気信号を操作する魔法なのでサイオンコントロール自体を高速化することはできないが、それでも十分すぎるほどに効果が現れる。

 

 身体の動きに悪影響無く感覚強化・反応強化・身体速度強化魔法を使いながらの白兵戦闘。今の愛梨は、「身体の動きに悪影響無く何十個もの魔法を同時使用しながらの白兵戦闘」をする文也とはまた違った、白兵魔法戦闘の極致に到達していると言っても過言ではない。

 

 小さなポイントが高速で積み重ねられる。エリカとの間にあった大差はみるみる縮まり、そして並び、ついには追い越すことに成功した。

 

 試合時間、残り一分。このまま続けば、愛梨のポイント勝ちだ。

 

「あらあらあら、動きが鈍ってきてるわよ! 修行が足りないんじゃない!?」

 

 闘争心をむき出しにするエリカは、自分がポイントで追い越されたのを全く意に介さない。一切の動揺なく、淀みなく、愛梨の速度に追いつく。

 

 いや、違う。

 

 エリカの言う通り、愛梨の速度が落ちてきているのだ。

 

『エクレール』と自己加速術式、どちらにも専用CADを使った『パラレル・キャスト』による、異次元の高速白兵戦闘。身体と思考、両方に大きな負担をかけるそれは、この短時間で、愛梨からスタミナと集中力を奪っていた。

 

「まだまだ!」

 

 指摘されたことに腹を立て、愛梨は優雅な普段の態度をかなぐり捨て、エリカとは違って笑みではなく怒りに歯をむき出しにして反撃する。それによって一時的に速度は上がったものの、長くはもたず、ものの数秒で終わって、余計に速度が落ちる。

 

 そのままズルズルと愛梨は押し込まれていき、ついにエリカの斬撃を頭部や心臓部に受けてしまう。さらには中盤までに脚に積み重ねられたダメージが無茶な高速戦闘と疲労によってついに顕在化し、ほんの一瞬、愛梨の脚から力が抜ける。

 

 その隙を、エリカが見逃すはずがない。猛禽類の急上昇のごとき切り上げが、愛梨の刺剣を振り飛ばそうとする。

 

 それに対して愛梨は、無様なのを承知で、体勢を崩しながら無理やり小盾でパリィしようとした。

 

 その小盾は――急に軌道が変わった剣の横を空しく通り過ぎる。

 

 そしてエリカの剣は、まるでアッパーのように、愛梨のフルフェイスヘルメットで覆われた顎を直撃する。

 

 激しい脳震盪によって意識が途切れていく中、『エクレール』が途切れてしまい通常の感覚に戻った愛梨の耳に、エリカの言葉が響く。

 

「中々筋が良かったわよ。今度うちの道場に来なさい。歓迎してあげるわ」

 

 愛梨の意識が途切れるか否かの瞬間に、エリカの蹴りが愛梨に直撃する。

 

 抵抗することができなかった愛梨はなすすべもなく吹き飛ばされ――敗者として、リングの外の地面に倒れ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全身の力を抜いて、リラックスしろ」

 

 まだ疲労と脳震盪の影響で意識が朦朧としている愛梨は、ベッドに仰向けに寝ながら、文也の言葉を素直に受け入れた。ぼんやりとした視界には、心配そうにのぞき込んでくる親友、栞と沓子の顔が見える。

 

 途端に、愛梨のエイドスに、ごく小さな魔法式が投射される。文也からこんなことをされたら普段なら何されるかわからないので全力で抵抗するのだが、今は信じることにした。

 

 その直後、愛梨は、目をつむって、ほうっ、と息をつく。

 

 全身を、心地よさが包んだ。疲労がたまっているところを中心に、やさしく圧迫され、温められる。全く関係なさそうなところにも指圧のような圧力が加わるが、それもまた気持ちが良い。

 

 十分ほど、その心地の良い時間が続いた。愛梨は危うく微睡みそうになったが、そこまでの無様は晒せないので、半ば意地で意識を保ち続けた。

 

「よし、終了だ。立ってみろ。調子はどうだ?」

 

 愛梨は言われるがままに立ち上がる。途端、あまりの体の軽さに驚いた。

 

「うそ、これって」

 

「ただのマッサージだよ」

 

 愛梨の体からは、疲労や痛みがほぼ消え去っていた。目を丸くする愛梨に、文也は自慢げに玩具みたいなCADを指先でもてあそぶ。

 

「なるほど……『一ノ瀬』は、無能を演じてたってことね」

 

「いや、うちのジイサンはそんな器用なことは考えてないぜ。単に追い出されてから開発しただけだ」

 

 愛梨は棘のある、それでもこれまでよりかは幾分か和らいだ目線で睨む。『一ノ瀬』は魔法技能こそ高かったものの、第一研究所の研究テーマに沿った魔法を覚えたとは言えなかった。愛梨はそう聞いていたのだ。

 

 だから、この『ツボ押し』――人体に直接干渉する魔法を受けた瞬間、『一ノ瀬』が爪を隠していたと考えたのだ。

 

 しかしながら文也から告げられたのが真実。もしかしたら誤魔化しかもしれないが、「こいつらならそういうこともあるだろう」と納得してしまった。

 

「…………ごめんなさい、負けてしまったわ」

 

 そうして、ふと、負けたという事実がまた蘇ってくる。

 

 あれだけの全力を出したというのに、敗北した。

 

 愛梨から見て、エンジニアの貢献度は、達也よりも文也の方が上だ。エリカの剣技はもう完成されていて、達也の調整や作戦はほんの少しに改善にしかなっていない。既存の魔法とCADを大幅に改良し、戦法の根幹に関わる技術まで提案し、一緒に練習までしてくれた文也に比べたら、達也の影響は微々たるものだ。

 

 それだというのに、愛梨は負けた。愛梨が、完全にエリカに地力で負けていたということだ。

 

 最後に勝負を分けたのは、結局のところ、スタミナだった。鍛え上げられたエリカに対して、愛梨のスタミナはあまりにも足りなかった。エリカの言う通り、修行不足に他ならない。

 

 文也は、達也に負けたくないと言っていた。だから、エンジニアとしても真剣取り組んでいる。愛梨が負けたということは、文也が達也に負けたということでもある。つまり、文也は、愛梨のせいで負けたのだ。

 

 愛梨はそう考えて、文也に謝罪をした。

 

「いーんだよ。ありゃしゃーない、化け物だ。むしろあれだけ追い詰めたんだ」

 

 文也はそれに対して、いつもと変わらないヘラヘラとした、それでいてどこか気を遣ったようにも見える笑みで、愛梨を慰める。

 

 実際、愛梨はエリカをかなりのところまで追い詰めていた。

 

 敗因はリングアウトだったわけだが、その時点で試合時間は残り15秒。そしてポイントは、あれだけの直撃を食らったというのに、まだ愛梨の方が勝っていた。残り15秒粘れば勝てたわけだから、追い詰めたと言っても過言ではない。愛梨に応急処置を施しつつ担架で運びながら見た試合直後のエリカは、笑ってはいたが、肩で息をしていたし、大汗をかいていた。エリカもまた、ぎりぎりだったのだ。

 

 文也はそのことを話そうとするが、愛梨に制される。

 

「井瀬が人を気遣うなんて、似合わないわよ」

 

「それもそうか」

 

「納得するのかい」

 

 ようやく空気が緩んだからか、沓子がやり取りに茶々を入れる。

 

「まあでもあれだ。実際、そんな落ち込まなくてもいいさ。あの狂暴女はお前と戦ってだいぶ消耗した。あとは決勝で、あーちゃんとアニキが勝ってくれるからそれでオールオーケーだ。別に俺が勝たなくたって、あーちゃんがあいつに勝てばそれは俺の勝ち。なんせ幼馴染だからな」

 

 文也の言うことは暴論に等しい。三高が勝ったと見るならまだしも、あずさが勝てば自分の勝ち、なぜなら幼馴染だからというのは無理筋だ。しかしながら、愛梨の目から見て、冗談めかしてはいるが、本気でそう考えているようにも見える。

 

 幼馴染だから。確かにそうだろう。

 

 しかし、それ以外にも、何か理由があるようにも見えた。

 

 文也と達也の因縁。

 

 もしかしたらそこには、あの小さくて心優しい先輩も、関わっているのかもしれない。

 

 愛梨はそう考えながら、開始数秒の一撃で相手の盾を砕いて決勝進出を決めた桜花の姿を、生放送のテレビで見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局あの後、文也のマッサージもあってコンディションを取り戻した愛梨はもう一人には勝ったものの、エリカもまた勝ったため、愛梨は決勝進出を逃した。それによって文也は予定よりも空きができてしまったのだが、それで暇かと言うとそうでもなく、別の仕事がある。

 

「かいちょーさん、調子はどうだ」

 

「絶好調だよ」

 

『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ソロ。文也は、その代表である綾野の担当でもある。電動車椅子に乗って集合場所に現れた繁華街の人気ホストのようなコスプレ――なんと驚くことに本人の趣味である――をした綾野は、確かに文也から見ても不調ではないように見えた。

 

 綾野は、性質としては真由美と同じく、オールラウンダータイプの魔法師だ。三年生の実技一位、理論二位であり、三高きっての実力者でもある。脚の障害のせいで出場できる競技は今年の場合は『アイス・ピラーズ・ブレイク』に限られるが、オールラウンダーであるがゆえに、この競技のソロはぴったりである。去年は圧倒的な強者である克人に負けて優勝を逃してしまったので、今年はこの穏やかな笑みの下でリベンジに燃えているところだ。

 

 予選一回戦の相手は、空気気味な五高の選手だ。とはいえこの競技に限ってはまあまあ評判のよい選手であり、油断は禁物である。

 

 文也から調整を受けた綾野は、CADを受け取ると、櫓の足元に電動車椅子で向かっていき――係員のお手伝いを制して、車椅子ごと魔法で浮遊して、櫓の上に軽く着地した。

 

 綾野が使っている車椅子は、一か月前とは別のものだ。うちのバカ息子が大変お世話になっていますということで、文也の両親である文雄と貴代が、善意一割お詫び九割の気持ちで、お手製の専用電動車椅子をプレゼントしたのだ。

 

 その性能ははっきりいって、異常の一言に尽きる。座り心地はどこまでも綾野にフィットしていて、少ない負担で角度変更や移動やカーブやターンも自由自在。そのくせバッテリーは既存のものよりも充電時間が短くそれでいて駆動時間が長い。しかも、「とても便利だけど持て余してる」と綾野が困り顔で言うほどに生活のための便利機能がこれでもかというほどついている。これのおかげで綾野の生活は劇的に改善した。四葉の中でもトップクラスの力を誇る魔法師を、非魔法師だというのに正面から叩きのめした貴代のロボット開発力が、いかんなく発揮された結果だ。最近四葉の中では、「文也や文雄よりも貴代の方が危険なのでは」とも言われているのは余談である。

 

 櫓の上に綾野が現れると、観客席から女子たちの黄色い歓声が爆発する。綾野はルックスも実力もハイレベルなので、将輝に負けないほど女子人気があるのだ。

 

 そんな歓声の中で、綾野は観客に手を振りながら、悠然と文也から受け取ったCADを車椅子にセットする。

 

 そう、この車椅子は、貴代だけでなく文雄が開発に関わっていることから予想できる通り、CAD一体型電動車椅子なのだ。CADをセットすればバッテリーが共有され、ついでに魔法行使用のスイッチも、CAD本体よりもはるかに操作しやすいように作られた車椅子付属のパネルに切り替えられる。文也が綾野の担当になったのは、こんなものは文也以外ではとてもではないがイジれないからである。

 

 ――結局、綾野の相手になる選手は予選リーグにはおらず、余裕で決勝への進出を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝リーグ。綾野と一高代表の三七上は、どちらも三人目の決勝進出者である四高の選手を下した。そして最後の試合、綾野対三七上。これが優勝決定戦だ。

 

 三七上は魔法の種類や仕組みに詳しく、一度魔法を見たら、それを結果として無効化できる魔法を選択することができるスキルを持つ。例としては、『スパーク』を一度見たら、次はそれに対して自身の電気抵抗を高める魔法を選択できるということである。直接干渉力の勝負にせず、魔法によって生まれる結果同士をぶつけて無効化するのだ。

 

 そしてこの勝負は、お互いに存分に力を発揮できる気持ちの良い試合になった。

 

 見た目に反して意外とパワータイプの綾野は、しょっぱなからいきなり氷柱に強い圧力を加えて破壊する魔法を使って攻め立てる。しかし三七上は予選の偵察でそれを見ているため、圧力分散魔法によって相殺して、破壊したと認められない半壊にとどめる。それに対して綾野は見せたことのない攻撃手段に切り替えて次々と攻撃を加えるが、干渉力では綾野が勝っているはずなのに、その勝負を回避することができる三七上は次々と対応して見せる。

 

 そして綾野の攻撃の手が一瞬止んだ瞬間に三七上は攻撃に転じるが、それを綾野は障壁魔法で跳ねのける。

 

 そうした、目まぐるしく魔法の種類が切り替わる、展開が激しい魔法合戦となった。オールラウンダー同士の戦いであり、二人の実力がのびのびと発揮された証拠だった。

 

(とはいえ、こうなると僕に不利なわけだけど……)

 

 干渉力で優る綾野は、三七上と戦う場合、今みたいにテクニックの勝負にされたらやや苦しい。三七上の対応力は去年よりもはるかに向上していて、綾野は攻めあぐねていた。

 

 こうなったら仕方ない。目まぐるしいテクニック勝負を楽しんでくれている観客には申し訳ないが――この勝負は、拒否することにした。

 

 綾野がまず使ったのは収束系魔法。相手陣地に三本残っている氷柱の相対距離を急速にゼロになるように改変することで、結果として氷柱同士が激しく激突して破壊されるという寸法だ。

 

 それに対して三七上は、氷柱と氷柱の間に『減速領域』を展開し、激突の衝撃を和らげて破壊を防ぐ。

 

「ここだ!」

 

 綾野は叫びながらCADを操作して魔法を行使する。

 

 激突による破壊はされていないが、三本の氷柱は今、ぴったりとくっついている。

 

 そこに綾野は、疑似的に一本の氷柱と認識することによって、三本纏めて対象として、魔法を行使した。

 

 その魔法の名前は『破城槌』。対象の一つの「面」に全ての加重がかかるようにエイドスを書き換える魔法だ。自重が重い巨大な建造物を破壊するのに効率的な魔法であり、巨大な氷柱が三本纏めてさらに巨大な氷柱となったそれは、その圧力に耐えられず崩壊する。三七上は加重分散術式で対抗するが、これほどの重さを改変できるほど、干渉力は高くない。

 

 これで、綾野の優勝が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしよし、予定通りだな」

 

 三七上について文也はよく知らなかったが、同級生の実力者としてあずさからその特徴は教わっていた。テクニカルなオールラウンダーなので『モノリス・コード』か『アイス・ピラーズ・ブレイク』のどちらかに出場しそうだと踏んでおり、対策を用意していて、それが見事に刺さった形だ。

 

 綾野が三七上と当たったらどうするか。テクニックの勝負になったらやや苦しい。そういうわけで、文也はある提案をした。

 

 もしそうなったら――無理やりこちらのフィールドに引き込めばよい、と。

 

 オールラウンダーでありながら見た目に反して干渉力に尖ったパワータイプの綾野は、干渉力の勝負になれば負けない。そういうわけで、一気に相手の氷柱を壊せるシンプルに強い魔法をぶつければ勝てると踏んだのだ。

 

 そのために選んだのが、氷柱同士をくっつける収束系魔法と、『破城槌』のコンボだ。『破城槌』は、改変対象の自重が重いほど、改変規模に対して生まれる結果の大きさの効率が良くなる。三七上は干渉力で『破城槌』を無効化できないが、だからといってお得意のそれによって生まれる効果無効も追いつかない。最終的には『アイス・ピラーズ・ブレイク』らしい、干渉力のごり押し勝負となった。

 

「…………はあ」

 

 文也は勝ったというのに、どこか複雑な面持ちでため息を吐く。

 

 皮肉を感じざるを得ない。

 

 まさか自分が、九校戦で『破城槌』を利用することになるとは。

 

 九校戦で『破城槌』といえば、嫌でも去年の苦い思い出が蘇ってくる。

 

 無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)の工作によって錯乱した相手生徒が、フライングして駿たちがいる建物に『破城槌』を使用した。結果、文也の目の前で、駿は大重傷を負ったのである。

 

「……ま、いいか」

 

 勝ったというのに今一つ喜べない。それでもそんな表情で勝者である綾野を出迎えるわけにはいかない。文也はペチペチと頬を叩いて気持ちを切り替えると、またいつものテンションに戻って綾野を讃えた。




今回の章から『魔法科高校の優等生』要素をふんだんに盛り込んでいます。麻雀漫画の『咲-saki-』が好きな方なら、『魔法科高校の優等生』の九校戦編は楽しく読めると思います。

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