『アイス・ピラーズ・ブレイク』男女ペア決勝。
その組み合わせは、対戦表が公開されたときからの大方の予想通りの組み合わせとなった。
一高代表、千代田花音と五十里啓。
三高代表、一条将輝と土屋優香。
どちらも予選は相手を文字通り秒殺して勝ち上がってきている。決勝進出したもう一組である四高の選手は、すでに戦う前から諦めムードだ。
「い、一条君と、二人で……えへへへへへ」
ベンチで将輝の隣に座って顔を真っ赤にして俯いてモジモジしながらだらしなく笑っているのは、将輝と組むことになった土屋優香という三年生だ。土のエレメンツの家系で三年生の中でも上位の腕を持つ魔法師で、今回の『アイス・ピラーズ・ブレイク』ペアの防御担当として最初に名前が挙がったほどである。
そんな彼女は、圧倒的イケメンの将輝と組んで好成績を残しているという事実に舞い上がって、人様に見せられない状態になっている。
「優香さん、ここで勝てば優勝です、さ、頑張りましょう」
「ひゃ、ひゃい!!!!」
将輝はイケメンハンサムスマイルを浮かべながら、優しく土屋の手を取って励ます。それによって土屋はさらに舞い上がったが、モチベーションは俄然向上した。ちなみに、将輝のコスプレは真っ白なタキシード、土屋のコスプレは真っ白なレースのドレスだ。
将輝はさっと顔を逸らして優香から見えなくすると、すぐにイケメンスマイルを解除して、腹を抱えて笑っている真紅郎を睨む。
将輝のイケメンスマイルも、キザな励ましも、将輝が「優香さん」と呼んでいるのも、二人のコスプレが結婚式みたいなのも、全て真紅郎の指導によるものだ。土屋のモチベーションを徹底的に向上させて、万全を期そうとしているのである。実際その効果は、土屋の惨状を見れば実によく出ているのだが、気色悪さがエスカレートした好意をさらにエスカレートさせなければいけない将輝には辛いものがある。真紅郎の言うことだからと真に受けたのがバカだった。別に将輝としては好意を向けられるのは悪い気持ではないし、土屋も美少女が揃う魔法科高校の中でも特に可愛いほうなので嬉しくないわけではないのだが、ここまでくるとやっぱりドン引きする気持ちが勝るのである。
☆
「「バカなの(か)????」」
将輝たちと花音たちが櫓で向かい合うや否や、お互いに聞こえる声量で、将輝と花音はブーメランを投げ合った。
なんと花音と五十里のコスプレもまた、真っ白なドレスとタキシードだ。結婚披露宴のつもりなのだろうか。九校戦でこんな格好を恥ずかしげもなく選ぶなんて、バカとしか言いようがない。
そう思ってお互いに口を突いて出たブーメランは、全てがガチで恥ずかしそうな五十里に突き刺さるのだが、それはまた別の話だ。
「さて、相手がどう来るか」
真紅郎は顎に手を当てて考える。
このマッチアップは、実に似た者同士だ。
攻撃担当の将輝と花音は、どちらも絶大な破壊力を持ち、相手を秒殺してきた。
そして防御担当の五十里と土屋は、どちらも防御に秀でるが、しかしながらさすがに相手の攻撃担当には手も足も出ない。
勝負は間違いなく一瞬。守備担当がどれだけ粘れるかだ。
男女ペアの攻撃担当が花音。これは最初から予測できていた。土屋は土のエレメンツで、地面と言う概念を持つ対象への干渉力に優れている。『地雷原』へのメタのためだけに、土屋を選出したのである。一方五十里は刻印魔法・魔法陣のスペシャリストで、その性質は陣地防衛・防御に秀でている。攻撃担当の勝負に見えて、実は防御担当の勝負というのが、大方の見方だった。
しかし真紅郎とアドバイスを授けた文也は――その大方の見方を、ひっくり返すつもりだ。
試合開始と同時に、お互いの激しい攻撃が始まった。
真っ赤な拳銃型CADで放たれた『爆裂』が、五十里の防御もむなしく、一気に真ん中列三本の氷柱を破壊する。花音の『地雷原』もまた土屋の防御を貫き、三本破壊した。
そして、一瞬の拮抗が訪れる。
将輝は『爆裂』から切り替えて、去年文也との試合で見せた、固体を液体にするバージョンの『叫喚地獄』で、相手陣地の氷柱を一気に溶かそうとする。五十里はそれに対して『情報強化』で守るが、遅れさせるのが精いっぱいだ。
一方、花音の攻撃もまた通りづらくなる。氷柱が倒れたことで逆に防御にさらに集中できるようになった土屋は花音の攻撃を何とかしのぎ、氷柱残り二本で粘っていた。
「啓! あとちょっとだから頑張って!」
花音は『地雷原』から『共振破壊』に切り替えながら恋人を励ますが、土屋はその振動を地面に逃がして拡散させる魔法で破壊を防ぐ。
「ああ、あとちょっとだな!」
そして、将輝が動いた。
固体を溶かす『叫喚地獄』。それの狙いは、今残っている氷柱ではなかった。
本当の狙いは――『爆裂』によって壊された、大量の巨大な氷の欠片。
小さくなったがゆえに溶けやすくなったそれらは、すでに大量の水となっている。
「これで終わりだ!」
将輝はその水を一気に浮かせる。液体への干渉力が高い一条家だからこそできる荒業だ。
それらの水は、残った氷柱全てにまとわりつく。
そして将輝は、さらなる魔法を行使する。
対象は、相手陣地全体にある水。壊れた氷柱が解けたものだけでなく、残った氷柱の一部が溶けた水も含む。
それらを対象に、化学結合・分離を操作する吸収系魔法によって分離させ、水素と酸素の化合ガス、酸水素ガスにする。
そして、懐に仕込んでおいた、おそらく移動魔法などによって弾丸として使用することが想定された、今年から持ち込み・使用が許可されているものを取り出す。
将輝が持ち込んだのは、何の変哲もない紙束。それを加速系魔法で相手陣地に送り込む。
何をするつもりなのか分かっていない様子の花音と五十里に勝ち誇った笑みを浮かべながら、将輝は最後の仕上げに入った。
使うのは、二つの振動系魔法。
一つは、相手陣地を覆うように作り出した防音障壁。
もう一つが、紙束に群体制御でまとめて行使する、振動で温度を急激に上げて着火させる基本魔法『着火』。
そして着火した瞬間――音もなく、大爆発が起こった。
☆
「ねえねえねえねえちょっと!!!!!!! 井瀬君絶対反省してないでしょ!!!??? それともアンタに乗り移ったの!!!!!!????? こら逃げるなあああああああああああ!!!!!!」
「か、花音、落ち着いて!」
花嫁衣裳に身を包んだ怒り満面の鬼・千代田花音が、試合が終わるや否や真紅郎たちに怒鳴りこみにくる。タキシード姿の五十里がそれを押さえているが、男女の差があるというのに、今一つ抑え込めてない。二人のこんご(今後・婚後)が暗示された風景である。
それに対して、将輝たちは、すぐにそそくさと逃げ帰った。
将輝が最後に起こした爆発は、水素爆発だ。大量の水を吸収系魔法で分離させて、酸水素ガスを氷柱の傍に作り出す。そこに火種となる紙束を放り込んで『着火』で火を起こし、大爆発させた。これによって、半分以上残っていた氷柱は、一気に砕け散ったのである。『爆裂』を防ぐために『情報強化』を磨いてきた五十里は中々のものだったが、それを見越しての、将輝の新たな切り札であった。併用した防音障壁は将輝の余裕の表れで、突然の大爆発による爆音で、みんなが混乱したり怪我したりしないように配慮したのである。去年達也から爆音攻撃を食らっているので、被害経験者として気持ちがよくわかるのだ。
「あの人、大体俺と同じ感想だな」
「褒めないでよ、照れるなあ」
「お前やっぱ文也が乗り移ってるだろ」
大量の水を酸水素ガスに分離して、そこに着火させて広範囲に爆発を巻き起こす。数少ない吸収系魔法が活用される攻撃手段で、広範囲にダメージを与えたいときによく使われる「戦争」向きの魔法だ。ただし、性能が制限されたCADでこれほどの規模の爆発を起こせるのは、将輝以外にはそうそういないだろう。
将輝はこの魔法を文也と真紅郎から提案されたとき、大体先ほどの花音と同じ反応をした。
そう、この魔法、十三使徒の中でも最大の破壊半径を誇る戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』と仕組みが全く同じなのだ。実際『トゥマーン・ボンバ』はこれよりもはるかにハイレベルな段階が挟まり、破壊力も範囲もケタ違いなのだが、やっていることはほぼ変わらない。
文也は、世間から、『分子ディバイダー』をUSNA軍から(意図せずかどうかは定かではないが)パクッてしまったがために報復を受けたと見られている。完全に真実とはいえないが、実際そうである。
それだというのに、奇しくも同じく九校戦『アイス・ピラーズ・ブレイク』の場で、今度は『分子ディバイダー』よりもさらに「ヤバい」、戦略級魔法と同質のものを披露してしまった。これを使おうと文也と真紅郎が言ってきたときの将輝の心境は、推して測るべしである。
ただし、文也と真紅郎からすれば、その反応は不本意だ。
まず一つ。酸水素ガス爆発の一連の流れは、そもそも第三次世界大戦でも何回か使用例がある「定番」であり、九校戦で使ってもなんら問題はないということ。魔法大全(インデックス)にも、制限付きだが起動式が公開されている。
それともう一つ。『トゥマーン・ボンバ』を連想する気持ちは分からないでもないが、本質が全く違うということ。あれのキモは、魔法式末尾に魔法式を自動複製する式を書き込むことで自動的・連鎖的に超広範囲に魔法式を展開し、タイムラグを調整したうえで一気に酸水素ガスへの分離・点火をして都市丸ごとレベルの規模で爆発を起こすというものだ。魔法式に魔法式を自動複製する式を書き込む、タイムラグを調整して都市まるごとレベルに展開した魔法式を一斉に作動する、この技術力もスケール感も途方もないことをやってこその『トゥマーン・ボンバ』なのだ。今回将輝がやったのは、結局のところ、『トゥマーン・ボンバ』の特徴を全く再現していない、ただの定番広範囲爆発魔法でしかないのである。
そういうわけで、これじゃあ「『トゥマーン・ボンバ』じゃねえか!?」と怒られた所で、技術者目線からすれば「いえいえそんな、こんなの、あちらさんには遠く及びませんとも」という具合なのである。
しかし、技術者以外から見るとそうではない。将輝も、結局試合に熱くなって使っておいてなんだが、自分がとんでもないことをやってしまったのではないかと改めて思った。
自慢になるが、もし自分が環境を整えたうえで本気を出せば、過去の戦争での使用例をはるかに超越するほどの規模で爆発させる自信がある。デバイス、体調、精神、魔法式、その他もろもろをしっかり整えて、例えば海上のように水しかないところだったら、それこそ都市まるごとまでいけるかもしれない。それほどのポテンシャルを、今、将輝は公開してしまった。
そう、次のように思われても仕方ないのである。
もし、あの将輝の力に、『カーディナル・ジョージ』と『マジュニア』の本気の技術が加われば。
この二人の技術者が本気を出して『トゥマーン・ボンバ』を再現すれば。
将輝が――――戦略級魔法師の仲間入りをするのではないか。
と、思われても。
「……縁起でもないな」
そんな未来は、将輝としては、想像したくもなかった。
☆
『デュエル・オブ・ナイツ』で、一高は大躍進した。
まずエリカが決勝進出。愛梨を相手に大きく消耗したうえで『オーガ』と戦うのは不安だが、確実にポイントは得られる。
そして何よりも大きいのが、桐原、レオ、十三束の三人全員が、第二予選で全勝し、三人とも決勝グループに入ったということだ。
ポイント権は一位から三位まで。そして決勝グループには三人しか残れない。そう、一高男子の三人は、なんと、ポイントを独占したのである。達也と平河、元二科生にして今は魔法工学科である二年生の二人の力もまた、この快挙の要因の一つだ。
ちなみに、無駄に試合数を重ねて時間を取られたくない運営から、「もう試合を行わずに同立優勝としてはどうか?」という提案があった。十三束としてはせっかくだから本番で決着をつけたかったのだが、遠藤と戦った時の痛みが残るレオと、『トライウィザード・バイアスロン』有力選手で消耗を避けたい桐原は、それが良いと運営スタッフに賛成した。こうなると試合放棄した二人が同立二位で十三束が一位となるわけだが、十三束はなんか出し抜いたみたいで嫌なので、桐原とレオに従った。
そういうわけで、『デュエル・オブ・ナイツ』男子本戦の100ポイントを一高が独占したのである。
「鬼瓦さん! あともう一勝ですよ!」
「任せろ」
『デュエル・オブ・ナイツ』女子で勝ち残っているのは桜花とエリカ。決勝グループのもう一人である二高の選手は、勝ち残ったものの疲労が激しくて決勝は棄権とのこと。エリカと桜花を相手にするのだから、決勝は危険ゆえに棄権したというわけでは決してない。多分。
文也が担当する愛梨が達也が担当するエリカに敗北してから、あずさの意気込みはすさまじかった。あずさは誰かに対抗心を抱くタイプではないが、文也の意志を継ぐつもりなのだろう、リベンジに燃えているのである。
――桜花から見て、文也とあずさの関係は、ただならぬものに見える。
物心つく前からの幼馴染。お互いの境界がわからない曖昧な関係。お互いがいないと成り立たない歪んだ補完関係。
これが恋愛感情や性欲に結びついて居ようものなら「ふしだらなッッッ」と一喝するところだが、どうにもそうではない。お互いの境界がわからなくて、ずっとくっついているのが当たり前であるがゆえに、お互いに一心同体のようなのに、そうであるがゆえに、恋愛感情を自覚していないのだ。
いや、自覚していないという表現は正しくない。実際に、ほぼないのだろう。
ただしそれは、恋愛に疎い桜花からしても、紙一重に見えた。それこそ、周りが直接的に強く刺激すれば、お互いにあっという間に意識しあうようにも見える。もはや、お互いにお互いがいないと成り立たないのだ。もしかしたら、そちらの方が、今の曖昧な関係よりも健全かもしれない。
ただ、あくまでもそう思うだけだ。本人たちは、今の関係が心地よさそうで、変えるつもりはない。それならば、事情を知らない外野がゴチャゴチャ言うのはお門違いだ。
自分がするべきことはそれではない。
この小さな後輩と同級生のために、自分がするべきこと。
それは、今目の前の試合に勝つことだ。
千葉エリカ。千葉家の兄をも超える逸材。
「…………カカカッッッ!!!」
戦士としての血がたぎる。
鋭い牙をむき出しにして嗤い、戦いを今か今かと待ち続ける筋肉を隆起させ、戦場に赴く。
その顔面と、その背中。桜花には、二体の『鬼神(オーガ)』が宿っていた。
☆
エリカは炎天下の中、「災害」と戦っていた。
振り回される大剣は、巨大な質量と破壊力を持った大嵐。
迫りくる大盾は、大地を吹き飛ばす隕石。
踏み込みによって起きる振動は、立つのが難しいほどの大地震。
繰り出される蹴りは、噴火によって降ってくる岩石。
「くっ、化け物め!」
エリカはそれを必死で回避しながら、一撃必殺の隙を伺う。そして残念なことに、開始して一分が経っても、隙らしき隙が見当たらない。その巨体のくせして意外と俊敏であり、エリカの速度に追いついてくるのも、あまりにも恐ろしかった。
エリカは愛梨との戦いで酷く疲労した。なんとかここまで勝ち上がる間に多少回復はしたが、まだまだ残っている。
そこで達也とエリカで相談して決めたのが、「カウンターによる一撃必殺」。
とにかく回避に専念して、隙を見せたところに、エリカの必殺技『山津波』のダウングレード版をぶつけて一撃で吹き飛ばす。長期戦になったら勝ち目がないエリカには、それしかなかった。
「フンヌッッッ!!!」
「くっ!」
しかし、それは叶わない。
隙を見つけられず、回避するしかないエリカは、ついに疲労が祟ったのもあって、大剣の一撃を受けて吹き飛ばされてしまう。なんとか小盾で力を受け流したが、それでもエリカの体は軽々と吹き飛ばされた。リングに背中から叩きつけられ、肺の中の空気が漏れる。無造作な振り回しだというのに、この威力はなんなのか。
そして『オーガ』はこの隙を見逃さない。あの巨体だというのに憎らしいほど俊敏に、追撃をしようとする。
エリカはなんとか体のバネを使って立ち上がり、それをまた受け流しつつ受け止めた。今度はなんとか魔法が間に合い、衝撃を変換して、エリカは距離を取りつつ着地する。
(ここだ!)
エリカが欲しかった隙とは、桜花の見せる隙ではなかった。
彼我の距離がなるべく離れて、自分が構えられる状況。
助走距離が長いほどに威力が跳ね上がる『山津波』が、なるべく活かされる場面。
「ヤアアアアアアアアアア!!!」
エリカは叫びながら術式を作動し、桜花に襲い掛かる。達人の渾身の一撃が来ると踏んだ桜花は、大盾を構えてどっしりと受け止める構えだ。
「食らえ、鬼退治よ!!!」
溜め込まれたパワーが一気に解放され、片手剣を通して大盾に叩きつけられる。この一撃は、大盾を破壊するだろうし、桜花を一気にリング外まで吹き飛ばすだろう。
バキッッッ!!!
しかし、そのどちらも起こらなかった。
それと同時に、エリカの剣と心が、音を立てて折れた。
☆
ここは一高控え室。今日の日程を終えたわけだが、昨日以上に明暗はっきり分かれていた。
男子は一様に顔が明るい。
何よりも快挙なのが、トップスリーを独占した『デュエル・オブ・ナイツ』男子だ。
また、一位こそ取れなかったものの、『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ソロの三七上と、男女ペアの花音と五十里、それにあまり期待していなかった男子ペアも、みんな二位に食い込んだのである。とくに将輝相手に健闘できた五十里は、満足げな表情だ。
一方で、女子は暗い。といっても今日の女子はエリカと花音だけであり、どちらも二位に食い込んだのだからそんなことになるわけないのだが、二人とも非常にいじけているのである。
「なんなのよあれ……おかしいじゃないの……」
将輝相手に本気で勝てると思っていたらしい花音は、五十里とは裏腹に落ち込んでいる。花音は、自分のせいで負けたと思っているのだ。五十里はあの一条将輝相手に明らかにかなり健闘してるし、それは客観的に見てもそうだ。ならば、攻撃力に自信のある自分が、あの土屋とかいう女を超えることができなかったのが敗因である。
しかしながら、それは無茶と言う話だ。三高は相手の攻撃担当が花音だと断定して、最初からそのためだけのメタに徹底的に特化しつくした選出をした。一方で五十里はというと、本人も相当対策をしたのだが、花音に対する土屋ほどではない。結局のところ、選手選びの段階で負けていたということなのだ。
「はああああああああ……鬼退治には失敗ね」
エリカもまた、二位だというのに落ち込んでいる。それも、こちらはまさしく惨敗だ。
これ以上ないほどのチャンスで放った『山津波』。
それはなんと、桜花を吹き飛ばすことにならなかった。しかも悲しいことに、達也の解析によると、桜花はそれに対して踏ん張るような魔法は使っていないとのこと。つまり、本人の重さと踏ん張り力と力の受け流し方、要は身体能力だけで、魔法併用の一撃必殺を受け止められたということだ。
また、吹き飛ばせなくとも、盾は破壊できるはずだった。しかしながら、桜花はこれまで見せなかったカード、『振動破壊』を自身の大盾に使って、逆にエリカの剣を破壊したのだ。この競技において『振動破壊』は定番だし、桐原もこれを使って暴れまわっていたのだが、「素の魔法力はあまりにも低い」という前評判のせいで失念していた。十三束と同じ障害ならば、自分が触れている装備ぐらいは魔法行使できると見て当然である。これまでの試合で魔法をほぼ使わずに勝ち上がってきたのを見たのも、失念の要因だろう。魔法競技なのに魔法なしで勝ち上がることに対する疑問が出ないのは、桜花の見た目故だろう。
「かなり惜しかったんだけどな」
達也はエリカのフォローをする。それは気休めではなく、客観的な事実だった。
桜花の大盾は、『振動破壊』による自己破壊も含むだろうが、エリカの『山津波』によって深いヒビがいくつも入っていた。実際、桜花が喜びでぴょこぴょこ跳ねまわっているあずさのところに戻ってその盾を置くと同時に崩壊したのも見ている。つまりエリカは、本当にあと一歩で、あの『オーガ』に勝てたのだ。
覚醒したともいえる一色愛梨相手に勝ち、それで大きく消耗したのに桜花を追い詰めた。エリカの働きは、得られたポイント以上に大きなものだ。
「でもやっぱ、勝たなきゃ意味ないわよねえ……」
多少の慰めにはなったみたいで、エリカはニヒルな覇気のない笑みを浮かべる。その顔はやはり心底悔しそうだ。
そんなエリカが手慰みに弄っている端末には――交換した、愛梨と桜花の連絡先が入っていた。
☆
三高は今日、四つも優勝を持って帰ってきた。本日決勝が行われた競技で、全て優勝したのである。男子『デュエル・オブ・ナイツ』は三高は参加していないのでノーカンと言うことにしておく。
「わっしょい! わっしょい! わっしょい!」
その祝勝会は、お祭り騒ぎに等しい。すでに総合優勝したかのようだ。とくにお祭り騒ぎになると悪乗りする文也が、一番騒がしかった。
「静かになさい!」
「げぼお!」
そんな文也に、『エクレール』によって加速した鉄拳が愛梨から放たれる。
「いつつつつ…………なあ一色。俺はその髪型よりも、試合の時のアップテールの方が可愛いと思うぜ?」
「あらそう? じゃあ一生この髪型にするわね」
「この天邪鬼! 高飛車お嬢様! 稲妻暴力女!」
「…………」
「へ、へえ、文也さん、アップテールが好きなんだ。……伸ばしてみようかな」
幾分か距離が縮まったように見える文也と愛梨のバカな会話を聞いて、あずさは顔を青くしてそれを唖然と見るだけで、香澄は自分の髪を触って短髪だと気づく。あずさの反応は、鈍い人間が見れば「愛しの幼馴染が――」というたぐいの反応だ。
「愛梨、いつの間にか井瀬君と仲良くなったみたね」
「何かあったのじゃろうな♪ マイナス100がマイナス10ぐらいにはなったようじゃ」
そんな様子を、親友の栞と沓子が遠巻きに眺めていた。
現在ポイント
・一高
『ロアー・アンド・ガンナー』女子ソロ優勝 50
『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ソロ準優勝 30
『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ペア準優勝 40
『アイス・ピラーズ・ブレイク』男女ペア準優勝 40
『デュエル・オブ・ナイツ』男子優勝~三位 100
『デュエル・オブ・ナイツ』女子準優勝 30
合計290
・三高
『ロアー・アンド・ガンナー』男子ソロ優勝 50
『ロアー・アンド・ガンナー』男子ペア優勝 60
『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ソロ優勝 50
『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ペア優勝 60
『アイス・ピラーズ・ブレイク』男女ペア優勝 60
『デュエル・オブ・ナイツ』女子優勝 50
合計330
☆
三高の部屋割りは、文也と駿、あずさと桜花、という風に「名目上」は、なっている。
「こんばんわ」
「おう」
真夜中、声を潜めたパジャマ姿のあずさが、びくびくしながら文也の部屋を訪ねる。なぜか駿は不在であり、部屋に一人いた文也は、あずさを招き入れた。ドアを閉めてしばらくすると、あずさはようやくほっと一息つく。
「誰かに見つからないか毎晩心配だよ……」
このホテルに泊まってからずっと、あずさは真夜中に文也の部屋を訪問して、ここで寝泊まりしていた。同室のはずの駿は、あずさが本来寝ているはずの桜花と同じ部屋で寝ている。「年頃の男女が同衾など言語道断ッッッ!!!」と桜花に怒られそうではあるのだが、事情を桜花にだけ説明して、特別に了承を得ている。
文也とあずさは、互いが隣にいなければ、夜を通して寝ることができない。それは、このホテルでも同じことだった。桜花には「USNAの魔法師に夜に襲われたから、それがトラウマでお互いに魔法で補完し合っている」と説明している。実際嘘ではないし、文也たちの転校の事情もおおよそその通りのため、桜花はいぶかしみながらも同意してくれた。
「二人で悪いことをするなんて、小学生の時以来か?」
「あの時は一方的に巻き込まれただけでしょ……」
文也がにやりと笑いながらそう言うと、あずさは思い出が蘇ってきて額を押さえる。小学生のころ、何度巻き込まれて悪戯の片棒を担がされたか。
「あっ……」
そして、ついでに別のことも思い出してしまい、あずさは途端に顔が熱くなる。
思い出したのは、去年の九校戦の夜の一幕だ。真由美にそそのかされて夜中に文也の部屋を訪問した。真夜中に男の子の部屋を訪問する、それもお洒落なムードがあるホテルで。あの時のあずさは、文也が相手だというのに、妙に緊張していた。
いつからか、一緒の布団で寝ることに、全く違和感を持たなくなった。いや、一緒に寝るようになってから、違和感を持ったことは、考えてみれば一度もない。最初の内はお互い深刻な状況だったからそんなことを考える余裕がなかったし、多少病状が改善してからはすっかり慣れっこになってしまった。物心つく前から一緒にいるから、互いの境界があいまい。文雄から言われたときは、文也と二人そろって「へえ、そんなものかあ」ぐらいの感じだったが、あずさは改めて、今の自分たちがもしかしたら特殊な関係なのかもしれないと、思い当ってしまった。
そうなると、やはり、お洒落なムードのホテルで真夜中に男の部屋を訪ねるという行為、こっそりとワルいことをしているという今の状況、そしてこれから同じベッドで抱き合うようにして寝るということ、これらが重なって、あずさは妙に意識をしてしまう。
「おいどーしたあーちゃん、湯あたりか?」
「な、ななななな、なんでもないよ!」
「まあ突発性謎赤面症候群はいつものことか」
文也は意識している様子がない。自分だけが一方的に意識していて、相手は意識していない。そう改めて思うと自分が滑稽で、なんで意識しているのか分からなくなる。それゆえに余計に意識してしまって、あずさの頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
結局そのあと、あずさは冷たい水で顔を洗って落ち着くと、またここ数日のいつも通り、明日の予定と作戦を確認して、同じ布団に入る。一瞬文也の息遣いと体温、そして心音に、違和感なく心地よさを感じていることに気づいてまた意識してしまう。そしてそれは、早々にさっさと眠りについた文也が、無意識にあずさの手を握ってきた瞬間に最高潮に達して――すぐに、収まった。
「ふみくん……」
文也の手は、震えていた。
やはりまだ、お互いに、あの夜の死闘から、完全に逃れることはできていない。
あずさが思い出したのは、先ほどの祝勝会。文也が愛梨に、アップテールの方が可愛いとお勧めした瞬間だ。
あの時あずさは、文也がなぜそう言ったのか、一瞬で理解できてしまった。
スラリとした身長と白い肌と長い脚、卓越した魔法力、鮮やかな金髪、そしてツインテール気味の髪形。
――嫌でも思い出す。
あの夜に破壊をまき散らした、鬼のごとき天使、アンジェリーナ・クドウ・シールズ――アンジー・シリウスを。
愛梨は、血族の過去もあって、また性格も相性悪そうなので、文也のことを一方的に嫌っていた。
対する文也は、嫌われていても特に気にせず、いつも通り接しているように見えた。
しかし、違う。愛梨のいつもの姿を見るたびに、文也は、リーナのことを思い出して、ひそかにフラッシュバックしていたのだろう。これまでずっと、強がって我慢していただけだ。
これだけずっと近くにいるのに、こんなことにすら気づけていないだなんて。お互いに相手の全部を知っているつもりで、実は知らないことが多い。境界があいまいだなんて、実は勘違いなのではないか。
――ただ、今の関係が心地良いから、そのままになっているだけなのではないだろうか。
そんなようなことをうっすら思いながら、あずさは文也を抱きしめながら、悪夢から逃れられるように、『スウィート・ドリームス』を行使した。