マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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6-10

 8月8日。一旦本戦は小休止となり、この日からしばらくは新人戦だ。

 

 この区切りを、三高は一位で迎えた。ただし二位の一高との差は40点しかない。しかも、一高は『ミラージ・バット』で二人が勝ち上がっているのに対して、三高はゼロ人。優勝候補のこの二人が順当にワンツーフィニッシュを決めると想定すれば、逆に40点の負債と言うことになる。この新人戦もまた、重要な戦いだ。

 

「てめえ! あんなこと言ってたくせに結局アップテールにしてんじゃんツンデレ可愛いやつめ~とか思ってたらまたサイドに戻してるじゃねえか!!!」

 

「井瀬が喜ぶことをするわけないでしょう?」

 

「あ、あはははは……」

 

 そんな日の朝の三高の食事の風景は、いつも通り文也が騒がしい。なんやかんやアップテールにしてくれた愛梨を見て、「いやーもしかしてあんな美人さんが俺に惚れたのかーツンデレちゃんめ~」なんて文也は浮かれていたのだが、今朝になって髪形を戻した愛梨を見てそれが砕かれ、ギャンギャン騒いでいる。愛梨はそれを聞き流しながら、優雅に朝食を食べていた。あずさはどうしてよいか分からず、困り顔で苦笑いするだけである。

 

「本当に戻しおったぞ、愛梨のやつ」

 

 そんな様子を見て、これが有言実行だと知っている沓子は、愉快そうにケラケラと笑っていた。

 

「ね、ねえ駿君。今日、一緒にか、観戦しない?」

 

「お、おう、いいぞ」

 

「すいませーん、アイスコーヒー無糖でくださーい」

 

「私も」

 

 また別の所では、なんだか昨日から気まずい駿と沙耶が放つ空気に、そばに座ることになってしまった真紅郎と栞が今日の飲み物を決定する。

 

「あ、あの、一条君、きょ、今日一緒にどうかなー……なんて」

 

「おーいプリンス、一緒に観戦しようぜ!」

 

 また別の所では、一条将輝親衛隊の女子と、それに混ざって土屋と祈が彼を誘う。去年の横浜の一件以来、祈は将輝にこれまで以上に親密に接するようになったのだ。

 

「お前らッッッ!!! 今日は気合をいれていけよッッッ!!!」

 

『押忍!!!!』

 

 また別の所では、今日試合がある『デュエル・オブ・ナイツ』新人戦代表の六人に、桜花が気合を入れていた。全員桜花が鍛え上げた後輩たちであり、入学四か月にしてすでに桜花と筋肉の信徒と化している。

 

「いやー、ほんと、うちの子たちは元気だよねえ」

 

「そうだな」

 

 そんな食堂の様子を、綾野と後條は、かたやニコニコ、かたや無表情で眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日行われるのは、『ロアー・アンド・ガンナー』のすべてと『デュエル・オブ・ナイツ』の予選。

 

 文也の担当は、香澄直々の指名で『ロアー・アンド・ガンナー』女子ペア、それとついでに男女ペアだ。

 

 あずさの担当は、『デュエル・オブ・ナイツ』の女子、それと男子の一人。

 

 真紅郎の担当は、『ロアー・アンド・ガンナー』男子ペアと、『デュエル・オブ・ナイツ』の男子二人だ。

 

 ちなみに、この飛びぬけて優秀な三人でエンジニアでメインが大体回っているわけだが、これでは後輩が育たないため、見所がある一年生二人を選手兼エンジニアの余った枠で連れてきている。文也はお手本にするには上級編すぎるので、基本に忠実なあずさと真紅郎のサブとして、お勉強中なのだ。

 

「文也さん文也さん! 見ててくださいね! 絶対優勝して見せますから!!!」

 

「おう、頑張れよ」

 

 競技の少し前、香澄はまるで子犬のように文也の懐に飛び込み、体をこすりつけながら爛々と目を輝かせて勝利宣言をする。文也はその頭を乱暴にワシャワシャし、香澄はそれを気持ちよさそうに受け止める。

 

 文也が、この接近のせいで改めて自分の方が身長が小さいのを思い知らされて涙目なのは秘密だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 香澄は、予選を無事圧倒的な一位で通過した。駿と同じく珍しい射撃スタイルであり、姉・真由美譲りの『ドライ・ブリザード』を軸に組み立てている。その命中率は圧巻であり、新人戦の中では他部門含めても敵なし、本戦に混ざっても決勝戦には残れそうなほどだった。

 

 そして、決勝戦直前の調整。一高もまた決勝に二位通過で進出しており、油断すれば手痛い敗戦になりかねなかった。

 

「文也さん、今日はまたすごい気迫……あっ! もしかしてボクのために……えへへ……」

 

「プラス思考だね……」

 

 調整している文也の様子は、いつもおちゃらけているのが嘘みたいだ。その表情は真剣そのものであり、マシンガンのような音を立てながらキーボードを叩いている。

 

 そんな文也が、チラリ、と、画面から目を離した。すぐに視線を戻しはしたものの、香澄は何を見ていたのかが気になって、それを追いかける。

 

 そこにいたのは、後輩のCADを調整している達也だった。達也もまた、女子ペアの担当だったのだ。

 

 相方は理解していないみたいだが、香澄はすぐに理解した。

 

 文也はやはり、達也に負けたくないのだ。

 

 香澄は二人の間にある因縁を、「一部だけ」知っている。

 

 四葉だとか、『流星群(ミーティア・ライン)』だとか、そういう事情は真由美によって秘匿されているから知らない。しかし、あの夜の死闘の一部を見ていたため、この二人が、「殺し合った仇敵」であるのは知っているのである。

 

 その因縁。向こうが意識しているかどうかは別として、文也は間違いなく意識している。

 

 香澄は、文也を殺そうとした達也が憎らしくて、相手が見えていないのを知っているのに、思い切りアッカンベーをする。何が真相かは知らないが、文也を殺そうとしただけで、香澄にとってはギルティに他ならない。文也を苦しめただけでなく、そのあとの転校騒ぎも含めてだ。達也があんなことをしなければ、今頃もっと丸く収まっていた。

 

「ねえ、文也さん」

 

「あ? なんだ?」

 

 そして、大好きな人の、小さな、それでも頼りになる背中に、声をかける。いつもと違う真剣なトーンに違和感を覚えた文也は、振り返って応えた。

 

「ボク、絶対勝ちますから! だから、ボクのこと、見ていてください!」

 

 香澄は宣言する。

 

 文也の為にも、香澄は、勝たなければならない。

 

 文也への想いと、絶対的な自信。この二つが、香澄に勝利宣言をさせた。

 

「――おう、期待してるぜ」

 

 そんな香澄に対して、文也は、香澄が大好きな、いつもの口角を吊り上げた悪戯っぽい笑みを返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やりました! やりましたよ文也さん!」

 

「よっしゃよくやった! いいぞいいぞ!」

 

 ウェットスーツのまま文也に抱き着く香澄と、美少女の肉体の感触に鼻の下を伸ばしている文也。そんな勝利を分かち合っている向こう側を見ながら、達也はため息をついた。

 

 結局、香澄たち三高の代表が優勝した。しかも残念なことに、達也が担当したペアは、香澄が、まるで文也の真似をするように作り出した会場の空気に気圧され、予選から順位を一つ落とした三位で終わってしまった。

 

 達也担当対文也担当。これまで達也サイドが二回とも勝ったが、ここに来て手痛い敗北だ。これまでに比べて担当選手のレベル差が尋常ではないのは確かだが、やはり悔しさが残る。

 

(……悪いことをしたとは、思っているんだけどな)

 

 もし、四葉と文也が対立しなければ。文也もあずさも深雪もトラウマを抱えることはなかったし、文也たちが転校することもなかったし、真由美と気まずくなるようなこともなかったし、香澄も家を離れる必要はなかった。その渦中のど真ん中の一人である達也は、自分にもっと力があればこんなことにならなかったのでは、としばしば思うようになった。傲慢なのは百も承知だが、ドライに見えて何かと背負い込みがちな性格の達也は、ついそういうことを考えてしまう。

 

 先ほどの香澄のアカンベー。これは、実は達也は見えていた。何か敵意のある視線を感じるなと思って、気にしていたのだ。文也たちの一件においては、香澄は何も悪くない。一方的な被害者だ。彼女から敵意を向けられるのも、無理はない話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8月8日は、最終的には、香澄たち『ロアー・アンド・ガンナー』女子ペアが優勝したほか、文也が担当した男女ペアも優勝を持って帰ってきた。また『デュエル・オブ・ナイツ』も何人かが順調に勝ち上がった。

 

 8月9日。

 

 前日に順調に勝ち上がっていた三高の『デュエル・オブ・ナイツ』代表たちは、無事ポイントを持って帰ってきた。あの桜花が直々に鍛えた選手たちであり、そのレベルは高いのである。女子は三位、男子は一位。一高女子代表の、中盾表面に張った多種の障壁魔法を駆使して戦う桜井水波と言う選手が恐ろしく強くて、女子の優勝は奪われてしまったものの、中々の成果だ。文雄曰く、彼女は達也たちと同居しているようで、四葉の関係者であることが伺える。九校戦レベルだったら、無双するのも無理はない話だ。

 

 また、この日に行われた『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ペアも、優勝を持って帰ってきた。文也が担当した選手たちであり、ガキ大将気質の彼を慕う割と単純な性格でもある。文也が立てた作戦に忠実に従って勝利を収めた。

 

 そして8月10日。この日は『アイス・ピラーズ・ブレイク』の女子ペアと男女ペア、それに『ミラージ・バット』の予選が行われる。女子ペアはあずさ、男女ペアは文也、『ミラージ・バット』は真紅郎が担当することになっている。

 

「井瀬先輩、本日はよろしくお願いします」

 

「よろしくおねがいしまぁす」

 

 朝一番に行われた『ミラージ・バット』の予選で結果が振るわなかった真紅郎を適当に慰めてから大きなバッグを背負った文也が集合場所に向かうと、すでにそこには、『アイス・ピラーズ・ブレイク』男女ペア新人戦代表の、颯太と菜々、それに「お目付け役」である将輝がすでに揃っていた。

 

 八代家の陰謀で送り込まれた颯太と菜々。この陰謀を将輝は見抜いていた。二人がこの競技の代表になると決まり、そして二人がエンジニアとして文也を指名した時からずっと、この二人の練習には将輝が必ず付き添っている。

 

 これは颯太と菜々にとって困った話であり、年下と美少女相手には隙が多い文也はちょろいと思っていたのだが、将輝はそうはいかなかった。この一か月間ずっと機会をうかがってはいるのだが、情報抜き出しや色仕掛けは成功できていない。まあ文也は基本菜々のおっぱいを目で追いかけていたので、後者は勝手に成功したと言えなくもないが。

 

「おーっす、じゃ、調整するから」

 

 文也の求めに応じて、菜々がCADを渡す。颯太は取り出す気配すらない。

 

「じゃあ六十里のは俺が預かろう」

 

「ほいよ」

 

 文也は持ってきたバッグを将輝に預けると、菜々のCADをセットして、菜々の体調とおっぱいを見ながら調子を確認する。そしてそんな文也を、将輝が蹴って咎めた。

 

 ――バカな一幕はさておき。

 

 颯太が今回の競技で使うCADは、将輝の要求で、全て文也か将輝が管理することになっている。文也が持ってきた大きなバッグの中には、今日颯太が競技で使うデバイスやその他の道具が入っているのだ。

 

(…………こいつらも可哀想にな)

 

 将輝だって、二人が憎くてこんなことをやっているわけではない。少し話しただけでも颯太が「イイ奴」だってわかるし、菜々が乗り気ではないのもわかる。この二人も、きっと不本意なのだ。

 

 それでも、二人の陰謀は見過ごすわけにはいかない。可哀想だし同情もするが、それでも将輝は強硬に二人を抑え込まなければならない。文也本人が良いというのなら良い、という次元の領域は、大きく超えているからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほええええええ、あれが戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』ですか……」

 

 観客席に、ほのかの間抜けな声が響く。達也の隣だというのに、実に情けない声だ。割といつも通りのことだが。

 

 颯太と菜々。このメイドと執事のコスプレをしたペアは、試合が始まると同時に、一瞬で七草の双子や七宝を超える新人戦最大の注目の的となった。

 

 颯太がパステルカラーの「杖」を振るい、スイッチを押す。するとその先からビームが飛び出して、まとめて敵陣地の氷柱を破壊した。相手がほどこした防御は、その圧倒的な破壊力の前にはなすすべもない。防御担当はすっかり目を回してしまっている。

 

 そんな頼りない防御担当に声をかけながら、相手の攻撃担当が収束系魔法で氷柱同士を激突させる魔法を行使する。しかしそれは、相対距離を固定する菜々の硬化魔法によって跳ねのけられた。達也から見ても結構な干渉力の攻撃だったのだが、菜々の方が上の様だ。

 

 その間に、颯太はパステルカラーの杖を下げながら、片手でおままごとみたいなプラスチック製のナイフを振るった。そしてその延長線上にあった相手陣地の氷柱が、まとめて切断される。

 

 颯太と菜々の予選リーグ第二試合もまた、一本も氷柱を倒されないパーフェクトゲームで終わった。

 

 観客席が激しくどよめく中、達也はため息を吐く。それは、これから行われる予選の突破も怪しいようなうちの一年生では勝ち目がないというのもそうだが、どうしても、複雑なことを考えてしまっているからだった。

 

 ――あの記者会見で、文也はとんでもないことを暴露した。

 

 USNAからの「お詫び」として、十三使徒最強の破壊力を持つ戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』と秘術『分子ディバイダー』の起動式、『ヘビィ・メタル・バースト』をコントロールするための最先端技術の結晶兵器ブリオネイク、その他いくつか気になった起動式、これらを受け取ったと、自慢げに公表したのである。しかも理由が「いやーどうなってるのかすげー気になったからさあ」「まあ好奇心ってやつだな」「このブリオネイクとかとんでもない仕組みだぜ。変態、ド変態、変態大人(タイレン)!」である。バカなのだろうか。

 

 これだけのものを独占しているとなれば、様々な組織が接触するのも無理はなかった。事情を知らない強欲な金持ちが、文也たちの保護を手伝ってくれるよう四葉に泣きついてくるという面倒くさいこともあった。

 

 思い出したら頭が痛くなってきたので、すぐに今の試合を総括に移る。

 

 まず、菜々。颯太が目立ちがちだが、達也から見たら彼女の方が強力な魔法師に見えた。相手が起こそうとした変化を徹底的に潰す、状態固定系の魔法。魔法師の歴史に詳しい達也は、その価値をよくわかっている。あれほどの実力者が一族に何人かいるなら、十師族にも列せられたかもしれない。

 

 そして颯太。確かに六十里家の評判通り、放出系魔法がかなり得意なようで、超高難度な『ヘビィ・メタル・バースト』も『分子ディバイダー』も使えているし、あれを止められる選手はいないだろう。しかしながら、達也の評価としては、「まあまあ」止まりであった。

 

 その理由は簡単で、達也はあれの「本家」の恐ろしさを体感したことがあるからである。

 

 その「本家」とはすなわち、アンジー・シリウス――リーナのことだ。

 

 魔法発動までにかかる時間も、改変の規模も、安定感も、全てが本家に大きく劣る。特に威力は酷いもので、達也からすれば、大砲と割り箸輪ゴム鉄砲ぐらいの差があるように思っている。比較対象の「本家」があまりにも強すぎるのが原因なのだが、やはりがっかり感は否めない。

 

 それに使い方もまた、お粗末なものだ。ブリオネイクでビームにして発射するのは別に悪いことではない。しかしながら、非効率が過ぎる。相手陣地の真ん中に移動魔法で重金属を送り込み、それで水平方向円状に電子プラズマをばら撒けば、一撃で全てを終わらせられる。そういう本来の使い方の方が良い。それをしないのは簡単な話で、颯太が自分から離れたところにある重金属までは『ヘビィ・メタル・バースト』をできないからだろう。はたまた、フィールド外に影響が出ないようにする防護魔法が直線分で精いっぱいなのか。どちらにせよ、『ヘビィ・メタル・バースト』の「本領」である広範囲攻撃ができないのは、お粗末としか言いようがない。「本家」たるリーナと比べると、あまりにも弱かった。

 

 そしてまた、過去のことを思い出して、達也はひっそりと渋面を作る。

 

 アンジェリーナ・クドウ・シールズ。彼女がどういう状態になったのかを知っているので、そのあまりの悲惨さは、達也ですらあまり思い出したくないものだ。

 

 最強の魔法師として日本に派遣されるも、幾度となく高校生に負ける。終いには生け捕りにされて、『ヘビィ・メタル・バースト』を筆頭とする魔法や兵器の数々を奪われ、多くの情報を吐き出した。軍人として見たら、その背負っていた責任の大きさもあって、あまりにも酷いものだ。彼女の今の立場はかなり苦しいだろうし、プライドも誇りもズタズタだろう。

 

 また、生け捕りにされた際に、文也からフルダイブVR世界での拷問を受けている。体に傷は一切残らないが、それゆえに、後遺症も死も恐れずに、「なんでも」できる。四葉の情報網によれば、ネイサン共々精神病院に入院させられたらしく、しかも状態がかなり酷いらしい。深雪ほどではないにしろ、心に一生治らない深い傷を負ってしまった。

 

 ――達也から見たリーナは、あまりにも哀しかった。

 

 高校一年生の乙女だというのに、その肩には世界最大国家の責任を背負っている。それのせいで、ずっと無理しているようにも見えた。

 

 達也は、今度会ったら、「別に逃げてもいいんじゃないか」というぐらいの気休めを言って、少しだけでも解放してあげるつもりだった。

 

 しかしそれは叶わず、結果として、彼女にとっては最悪の結末になる。達也と彼女は同じような境遇だ。彼女のように真面目で不器用な性格でこの境遇は、あまりにも重い。そこに加えて、必死に守ってきた名誉とプライドはズタズタにされ、トラウマも抱えさせられた。

 

(ひどいものだな)

 

 ――改めて振り返ると、達也でも目をそらしたくなるような事実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーああ、アホくさ」

 

 きゃぴきゃぴとしたぶりっ子のペルソナをかなぐり捨て、菜々は乱暴に溜息をつく。

 

 予選は順調に突破した。颯太はすっかり注目の的だった。

 

 しかし、順調に勝ち上がっている一方で、二人の陰謀は、全く上手くいっていない。文也から『ヘビィ・メタル・バースト』『分子ディバイダー』ブリオネイクの三点セットを競技用に与えられたものの、将輝の管理のせいでそれは持ち帰れていない。しかも、文也から与えられたものもまた、競技用という制限を超えて、劣化させたものだ。

 

 まず二つの魔法の起動式。

 

 与えられた『ヘビィ・メタル・バースト』の起動式には、ビームの通り道のように衝撃波を押さえるチューブを設定する機能と、ビームの終端で効果を終わらせる機能が、最初から記述されている。徹底的な安全策で、颯太が予想するアンジー・シリウスのような自由自在な使い方はできない。どちらにせよ水平円状にばら撒く本来の使い方は彼の干渉力的にできないから競技の上ではこの制限は問題ないのだが、この起動式では、持ち帰ったところでわずかなヒントにしかならないだろう。

 

 続いて、『分子ディバイダー』。去年文也が九校戦でコピーを披露して、USNAがそれに怒って襲撃、返り討ちにして本物を手に入れた。この流れが世間の見方だ。しかしながら、文也から与えられたのは、九校戦で使われた超劣化コピー、つまり『斬り裂君』だ。しかも専用デバイスがダサい。まるでおままごとの包丁だ。

 

 また、起動式は二つとも、二人から見てもとにかく「無駄」が多いように感じる。途方もない技術から生まれた起動式であるため、どこが「無駄」な部分かは、おそらく八代家の人間も分からないだろう。いくつものダミーの記述を設定して、本物を悟らせないようにしている。起動式の「無駄」を省くのが文也の信条だが、逆に効果的な「無駄」を追加するのも可能と言うわけだ。まるで古式魔法である。

 

 そしてブリオネイク。これも、本物とは程遠い、玩具のようなものだ。文也が競技向けにダウングレードさせたものでありながら、ちゃんとFAE理論を利用してビームとして放つこともできる。しかしながら、こちらもまた大量の安全機能がついており、さらには持ち出し防止の発信機までつけられている。

 

 持ち帰れても小さなヒントにしかならないし、そもそも持ち帰らせてくれない。颯太のミッションは、八方ふさがりだった。

 

 しかしながら颯太は、家族やお世話になっている八代家を裏切るようで申し訳なくも思うが、将輝に感謝している。自分がやっている「悪事」を止めてくれるというのが、とてもありがたかった。もし成功してしまったら、颯太は罪悪感で首を吊る勢いだ。よって、彼は意外と気にしていないし、なんなら少し気が軽くすらなっているのである。

 

 一方で、菜々はずっと気分が落ち込んでいた。

 

 幼馴染の颯太が大活躍しているのは嬉しい。練習の段階から目立って、ずっともてはやされていた。颯太が評価される分には、菜々は素直に喜べる。

 

 しかし、この一か月、颯太と自分の差を、突きつけられ続けてきた。

 

 真壁菜々。数字落ちする程度には魔法力がさほどない家・真壁家に生まれた。その魔法力は真壁家の中でも随一で高く、家族の期待を一身に背負ったが、一方で優秀な颯太には常に先を越されていた。

 

 得意な魔法は状態を固定する魔法。これに関しては、そうそう負けることがないし、颯太にも勝っている。

 

(ナナって、ホントなんだろうね)

 

 ずっと精神が乱調気味で、今もなお乱れているのが自分でもわかる。颯太は心配そうにしているが、こういう時にかける言葉が見つからずに黙るしかできない不器用なのが、この男だ。

 

 菜々は、自分を、マトモな魔法師だとは思えなかった。

 

 魔法とは。颯太のように巨大な電気を作り出したり、将輝のような爆発を引き起こしたり、文也のように様々な現象を巻き起こしたりと言った、「変化」の術だ。そもそもからして「魔法」の定義が、「対象のエイドスを魔法式で改変して現実世界の事象を改変する」というもの。魔法とは、「改変」「変化」なのである。

 

 それだというのに、自分の得意な魔法は、その「改変」「変化」を拒む、状態固定魔法。それ以外の魔法に関しては、良くて二流、せいぜいが一科生中位程度だ。菜々が思う「魔法」はどこまでも中途半端でしかない。

 

 今や九校戦新人戦の中心人物となった、巨大な改変を作り出す幼馴染。立派な魔法師だ。

 

 だとすれば、その隣にいる自分は、一体、ナニモノなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい真壁、何を落ち込んでるんだ」

 

「いえぇ、ちょっとしたことですよお。井瀬センパイをわずらわせるようなことではありませぇん」

 

 予選リーグを圧勝で終えて、決勝リーグを待っている時間。颯太は、将輝が『アイス・ピラーズ・ブレイク』の攻め方についてアドバイスがあるということで少し二人で離れている。今この場には、文也と菜々の二人きりだ。珍しくおっぱいに目線が向かっていない文也からの問いかけに、いつも通りぶりっ子の仮面をかぶって人当たりの良い笑顔で対応する。人の機微なんて全く分からない男だと思っていたのだが、意外と鋭くて、菜々は内心驚いた。

 

 それだけ、表に出ていたということか。

 

 媚びた笑顔の仮面の裏で、菜々は冷や汗を流す。別に相手はこう見えても頼りにならないこともない先輩なのだし、弱音や悩みを相談するというのは距離を詰めるうえでも効果的なので、ここで正直に話すのも一つの手だろう。しかしながら菜々個人のプライドとして、こんな男に個人の悩みを解決されるのが嫌で仕方なかった。この悩みを表に出したのは、過去に一回しかない。ちょっとしたことで苛立っていた時に、颯太に八つ当たり気味に吐き出したことがあるぐらいだ。

 

「ほーん、そうか」

 

 文也はしつこく聞いてくるようなことはしない。ちょっと気になったから聞いただけで、全く興味がないのだろう。菜々の見立てでは、このチビは、彼が親友だと認めた相手にはかなり甘いが、それ以外への興味はとんでもなく薄い。薄情なやつだとは思うが、しつこく聞いてくるよりかは、菜々としては助かる。

 

 菜々はそんなようなことを考えながら、文也に背中を向けてバレないようにしながら、こっそりとため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝リーグの第一試合も楽勝だった。ライバルである一高の代表なのだが、予選をギリギリで抜けてきた程度の実力であり、一瞬で終わってしまった。颯太があっという間に全部破壊するせいで氷柱の製造が間に合っていないらしく、試合時間が想定よりも空いている。そんな空き時間に、颯太は、菜々をホテルの裏に呼び出していた。

 

「な、なあ、菜々。なんか悩んでるみたいだけど、どうかしたのか?」

 

 菜々はいぶかしむ。颯太は他人が困っているのは目ざとく気付く方だし積極的に助けに行くタイプではあるが、一方で、心の問題である悩みなどに関しては、不器用すぎて何もできずに困ってしまうタイプだ。こうして気づいて尋ねてくるなんて、とてもではないが、「らしく」ない。

 

 菜々がそのせいで黙りこくっていると、その沈黙に耐えられなかったようで、颯太はもどかしそうに顔をしかめながら、言葉を必死に紡ぐ。

 

「もしかして、その、前に言っていた……菜々の魔法の適性のこと、かな、って」

 

「……まだ覚えてたんだ。暇な脳みそね」

 

 颯太が突いてきた図星に、憎まれ口を返す。口ではこう言っているが、彼の記憶力は半端ではない。ましてやあんな八つ当たりでぶつけられたコンプレックスは、鮮明に覚えているだろう。どうせ自分が解決できる問題でもないのに、そのことで長々とウジウジ悩みそうでもある。どこまでも不器用な幼馴染だ。

 

「その、な、菜々。俺は……お前は、立派な魔法師だと思ってる」

 

 口ごもりながら、言葉選びに迷いながら、詰まりながら、それでも菜々から決して目をそらさずに、颯太はなんとか言葉を絞り出す。

 

「どこがよ。魔法って言うのは、事象の『改変』でしょ? だったら、その『改変』を拒否する状態固定なんて、定義の外側の話じゃない」

 

 菜々は余計に苛立つ。自分で言っていて、余計にコンプレックスが刺激される。こうして口に出してみると、なんとも無様なモノか。魔法師失格としか言いようがない。

 

 いつもの颯太なら、ここで黙ってしまう。必ず相手の言うことに一理あると思ってしまう騙されやすいタイプで、逆に自分には自信が無い。強く反論されると、つい黙ってしまう。菜々はそれを知っているので、それを利用してさっさとこの腹の底がムカムカする話題を終わらせようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは違う!」

 

 

 

 

 

 

 だというのに、今日に限って、颯太は大声で、それを否定した。

 

「状態固定だって、立派な魔法だ! 魔法式を使ってるんだ! 魔法に決まっている!」

 

 幼馴染の激変にポカンとする菜々に、颯太はなおも、言葉を紡ぐ。

 

「この世は変化しないのが普通なんじゃないんだ! 変化していくのが普通なんだよ! 状態固定は、その『普通』を捻じ曲げる、立派な『改変』だ! 菜々はどんな魔法師よりも、魔法師らしいんだ!」

 

 二人の身長差は大きい。大柄な颯太は菜々の両肩を掴み、膝を曲げて目線を合わせながら、なおも続ける。

 

「魔法師の歴史を振り返って見ろ。確かに、最初は俗にいう『念動力』の再現の移動魔法だ。だけどその次に研究されたのは、核兵器を止めるための魔法、核融合を停止させる魔法だ! 魔法師は、何よりも核兵器の使用を止めることが最大のミッションなのは、魔法協会が言っていることだろ。菜々の状態固定は、誰よりも『魔法師らしい』んだよ!」

 

 颯太はそこまで一気に言い切って、息切れしながら菜々の顔を見つめる。菜々もまた、しばらく顔を見つめ返した。

 

 その妙な沈黙を破ったのは――真夏の不快な、生暖かい風だった。

 

「ぷ、くく、あはははは!!!」

 

 そしてそれと同時に、菜々は腹を抱えて、目の端に涙を浮かべながら笑いだす。

 

「あっはっはっは! 何アンタの顔、バッカみたい!」

 

 至近距離で見つめた颯太の顔は、どこまでも滑稽だった。精悍な顔つきは、迷いと不安ともどかしさで歪んでぐちゃぐちゃになっている。その表れか、唇と瞼は震えていた。出来の悪いからくり人形みたいだ。

 

 菜々から言われて、颯太は恥ずかしそうに顔をそらす。その反応が可笑しくて、菜々はさらに笑った。

 

 そうしてひとしきり笑った後、菜々は目をそらす幼馴染の眼前に回り込んで、その瞳を覗き込みながら聞く。

 

「ねえ、それって、どっちの入れ知恵?」

 

「むぐっ」

 

 その問いかけに、颯太は詰まった。

 

「不器用で馬鹿正直なアンタが、そんな気の利いた言葉を思いつくわけないじゃない。さっき一条センパイに連れ出されたときに言われたの? それとも言葉遊びが上手そうな井瀬センパイ?」

 

 その問いかけに、颯太はまた恥ずかしさと気まずさで目をそらしながら答えた。

 

「…………ど、どっちも……」

 

「なにそれ、どういうことよ? ナナちゃんに全部話してごらんなさいよ、ぷぷっ」

 

 ぴょこんとステップを踏んで、また颯太の眼前に回り込む。追い詰められた颯太の顔はさらに滑稽に歪んでいて、菜々はそれを見てまた噴き出してしまった。

 

「そ、その……菜々には悪いんだけど…………さっき、一条先輩に呼び出されたとき、競技のアドバイスのついでに、お前の様子がおかしいけど何か覚えがあるかって聞かれたんだ」

 

「ふーん、話したんだあ。へえええええええ、ふううううううん?」

 

「わ、悪かったって! でも、その、俺も心配だったからつい……そ、それで、話したんだけど……そういうことなら井瀬先輩の方がよく知ってるからって、一条先輩が携帯でこっそり……」

 

「で、さっきのが井瀬センパイからの返事ってこと? あのヒトがこんな気の利いた慰め、思いつくわけないんじゃない?」

 

「一条先輩に返ってきた井瀬先輩の返事は、『変化し続けるはずなのを固定するほうがよっぽどファンタジーの世界だろ』だけだったらしい。それを基に……その……一条先輩が、さっきのを、俺に教えてくれて……」

 

 颯太の言葉は、だんだんと尻すぼみになっていく。この幼馴染が今何を思っているのか、菜々は手に取るように分かった。

 

「へえええええ、じゃあアンタは、他人からの借り物の言葉でこのナナを励まそうとしたってことねえ」

 

「ご、ごめん……」

 

 完全に菜々の予想通りだ。あの気の利いた言葉は入れ知恵、颯太はそれにももどかしさを感じていたから、あんな滑稽な表情だったのだ。多分、将輝あたりが「お前から言った方がよく聞くだろ」とかなんとか言われて、ホイホイと従ったのだろう。相手のことをまず無条件で信じてしまうタイプだから、堂々と言われたら「なるほどそうなのか」と思ってしまうのである。

 

「で、でも! これは俺が、今までずっと、菜々に思っていたことと同じだ! 確かに、言葉は、その、先輩からの借り物だけど……これは間違いなく、俺の気持ちなんだ!」

 

「はいはい、わかった、わかったわよ。アンタは声がデカいのよ、響いて仕方ないわ」

 

 颯太の大声に、菜々は耳を塞ぐポーズをしながら歩き出す。

 

「ほら、そろそろ次の競技が始まるわよ、ぼさっとしてないでさっさと行く!」

 

「お、おう……」

 

 菜々は颯太を置いて早足で歩き始めたというのに、颯太はその大きな歩幅であっという間に隣に追いついてくる。そしてチラチラと、気遣うように菜々の顔をうかがっていた。そして笑みを浮かべている菜々に、ほっと胸をなでおろしている。

 

(バレてないと思ってんの、こいつ)

 

 相変わらずの不器用さに呆れるしかない。なんというか、将来詐欺のカモにされそうだ。

 

 そんな不器用な幼馴染の言葉が、菜々の頭の中で蘇ってくる。

 

(ホント……響いてしょうがないわね)

 

 菜々は、やけに高鳴る自分の胸にそっと手を当てながら、ふっ、と小さく息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 颯太と菜々の最終戦。対戦相手の四高代表は中々の実力者で、ここまで全勝している。

 

 今行われている試合では、颯太の破壊力では勝てないと判断したのか、『斬り裂君』を退ける最低限の『情報強化』を自陣の一本にだけ施して、あとは二人がかりで菜々が守る氷柱を攻め落とす作戦に出ていた。『斬り裂君』は一度にすべての氷柱を壊すことができるが、一方でビームで放つしかない『ヘビィ・メタル・バースト』はその直線上しか一度に倒せないから数発放つ必要があるし、しかも超高難度魔法であるがゆえに発動に時間がかかる。それによって生まれるほんのわずかな時間に賭けて、二人がかりで速攻をかけようとしているのだ。

 

「見違えるようじゃねーか」

 

「あれが魔法師じゃないなんて誰が言えるだろうな」

 

 しかしながら相手の奮戦は、空しくも失敗していた。

 

 熱で溶かす魔法は、温度や圧力に関わらず固体・気体・液体という相(フェーズ)を今あるものに固定する『フェーズ固定』によって効果を成さない。

 

 氷柱同士を高速でぶつけて一気に破壊する魔法は、氷柱の位置座標を固定する『停止』によって退けられる。

 

 強い加重をかけて破壊しようとしても、『情報強化』に跳ねのけられる。

 

 去年雫が使って見せた『共振破壊』を試みるが、外部からの振動を無視して振動数を保つ『ウェーブ・カット』がそれを許さない。

 

 数多の方法によって氷柱の破壊が試みられるが、菜々の状態固定魔法がそれを許さなかった。

 

 観戦している文也と将輝は、もはやそれを見て笑うしかない。

 

 菜々は、練習の間もずっとコンスタントにコンディションを保っていた。日に日に何か悩んだ様子が増えていき、それが最高潮になっていた今日も、特に調子に乱れはない。メンタルがコンディションに影響しにくいタイプの様だ。

 

 しかしながら、本質はドライに見えて、プラス方向には影響されやすいらしい。いつもの媚びたものではない、本気で楽しそうな笑みを浮かべる菜々の魔法は、これまでのどれよりも強い効果を発揮していた。

 

 その数秒後、万策尽きて絶望の顔を浮かべる四高の二人の顔を、電気プラズマの光が照らし出す。その光の発生源であるビームは、二高側の最後の三本を一気に破壊した。

 

「やったやった優勝よ颯太! ほらあんたも喜びなさい! はい、観客に手を振る!」

 

「お、おう……」

 

 勝利が決まると同時、菜々は喜色満面の笑みを浮かべて颯太の首に飛びついて抱き着き、ぴょんぴょんと跳ねながら颯太にパフォーマンスを促す。一方の颯太は、跳ね回って揺れる菜々の胸がしばしば体に当たって気になるようで、大勢の観客の前で抱き着かれているという事実も相まって、顔が真っ赤でぎこちない。

 

(変化していくのが普通、か)

 

 将輝はそんな二人を見上げて眺めながら、颯太に吹き込んだ自分の言葉を、内心で呟く。あの二人は、今日を境にして、より距離が縮まっているように見えた。幼馴染と言う関係。その関係が、ほんの少し、変わっているように見えた。

 

 将輝は相応に「色恋沙汰」を経験している。お互いに若さに任せた遊びみたいなものではあるが、そうした経験は、他者の男女関係を見定める目をいつのまにか肥えさせていた。あまりにもどうでもよい自分の成長に泣きたくなったのは余談だ。

 

 そんな将輝から見ると、今日を境に、あの二人はまたこれまでとは少し変わった関係になるのだろうと思う。変化していくのが普通。これまで『状態固定』されていたあの二人は、また変化していくのだ。はたしてどちらが『状態固定』していたのかと言うと、まあ、どちらもなのだろう。

 

 そうした他人の関係にお節介なことを考えていると、ふと、優勝したことで満足げに頷いている小さな親友が視界に移る。瞬間に、この親友の「関係」もまた、将輝は無意識に考えてしまった。

 

 文也とあずさ。当初出会ったころから文也の話題にしょっちゅう上がっていた。話を聞く限り、筋金入りの幼馴染である。

 

 そんな二人の関係は――これもまた、幼いころから、変わっていないように見える。

 

 あーちゃんとふみくん。そう呼ぶのにふさわしい、幼い心が溶け合い混ざり合った関係から、お互いに全く変化していない。この一年だけでも色々と二人の心境や環境に変化はあったのだが、ことこの二人の間の関係となると、幼い思い出が今も続いているようにしか見えない。二人とも、幼年期の優しくて淡い思い出の中で過ごしてるように見える。

 

 別に悪いことではないのだが。

 

 変化していくのが普通――その言葉に当てはめるとすれば。

 

 

 

 

 

 ――はたしてどちらが、『状態固定』をしているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、相変わらずしんどい展開だね」

 

「三高はやはり手ごわいですね」

 

「六十里君と真壁さんだっけ? あれはちょっとやりすぎだよねえ」

 

 8月10日の夜、毎夜恒例の作戦会議。達也と五十里は、決して明るい表情を浮かべられなかった。

 

 新人戦でも、一高はガンガンポイントを稼いでいる。

 

 まず、『デュエル・オブ・ナイツ』では、水波が圧巻の盾捌きと障壁魔法で、他者を寄せ付けずに優勝した。剣の素人である魔法師がこの競技で面積と重さがある盾を主軸として戦うのは珍しいことではなかったが、ここまでの巧者は本戦にもいないだろう。伊達に練習の間エリカ相手に善戦し続けたわけではない。

 

 それと『アイス・ピラーズ・ブレイク』の女子ペアも流石だった。七草家出身の泉美の魔法力は圧巻で、攻守にわたってほぼ一人で圧倒していた。置物気味だった相方が少し可哀想である。こちらも、予定通り優勝して見せた。

 

 また達也が担当した『アイス・ピラーズ・ブレイク』の男子ペアも二位を獲得するという大健闘だった。下馬評ではそこまで期待されていなかったのだが、達也の調整と作戦が彼らの実力を押し上げたのである。『ロアー・アンド・ガンナー』女子ペアも、香澄のせいで実力は出し切れなかったが三位にしがみついた。

 

 また、これは逆に幸運なのだが、そこまで期待されていなかった『アイス・ピラーズ・ブレイク』男女ペアが二位となった。予選突破すら怪しく、実際予選もギリギリの勝ち残りで、体力も消耗していた。しかしながら決勝リーグの対戦相手だった四高の代表は、さらに絶好調になった颯太・菜々ペアと戦った直後ですっかり心が折れてしまって実力が全く出せず、目も当てられない調子だった。そこで幸運にも勝利を拾い、二位になったのである。これは気持ちでの勝利と言えよう。

 

 ここまでで110点。十分な成果だ。

 

 しかしながら、一高としては喜び一色と言うわけにはいかない。頭一つ抜けた状態で新人戦を迎えた三高もまた、順調にポイントを積み重ねているからだ。

 

 まず『デュエル・オブ・ナイツ』では、あの『オーガ』、そして文雄にも間違いなく鍛えられたと予想できる三高の選手層は厚く、男子は優勝、女子も三位に残った。

 

 また文也が担当した『ロアー・アンド・ガンナー』女子ペアと男女ペアは、それぞれ優勝と二位入賞を果たしている。

 

 そして圧巻なのが『アイス・ピラーズ・ブレイク』だ。男女ペアの颯太と菜々が優勝するのはもはや仕方ないとして、男子ペアも優勝し、女子ペアも泉美たちには負けたものの二位入賞している。三部門あって、優勝が二部門・準優勝が一部門。少しばかり強すぎる。

 

 これらを合計すると、実に165点。新人戦だけなら、今のところ一高の1.5倍稼いでいるのだ。

 

 こうなると、点数勘定はいよいよ厳しくなる。本戦では本命競技が残っていてそこで十分大逆転できる目はあるのだが、どこで想定外があるかは分からない。

 

「これは、最後の『トライウィザード・バイアスロン』に助けられることもありえるかもね」

 

 五十里はデータを眺めながら、そうポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現在ポイント

・一高 

『ロアー・アンド・ガンナー』女子ソロ優勝 50

『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ソロ準優勝 30

『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ペア準優勝 40

『アイス・ピラーズ・ブレイク』男女ペア準優勝 40

『デュエル・オブ・ナイツ』男子優勝~三位 100

『デュエル・オブ・ナイツ』女子準優勝 30

『ロアー・アンド・ガンナー』女子ペア優勝 60

『ロアー・アンド・ガンナー』男女ペア準優勝 40

勝ち上がり

『ミラージ・バット』ほのか、スバル

 

新人戦

『ロアー・アンド・ガンナー』女子ペア三位 15

『アイス・ピラーズ・ブレイク』女子ペア優勝 30

『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ペア準優勝 20

『アイス・ピラーズ・ブレイク』男女ペア準優勝 20

『デュエル・オブ・ナイツ』女子優勝 25

 

合計500

 

・三高

『ロアー・アンド・ガンナー』男子ソロ優勝 50

『ロアー・アンド・ガンナー』男子ペア優勝 60

『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ソロ優勝 50

『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ペア優勝 60

『アイス・ピラーズ・ブレイク』男女ペア優勝 60

『デュエル・オブ・ナイツ』女子優勝 50

『ロアー・アンド・ガンナー』女子ペア準優勝 40

『ロアー・アンド・ガンナー』男女ペア優勝 60

勝ち上がり なし

 

新人戦

『ロアー・アンド・ガンナー』女子ペア優勝 30

『ロアー・アンド・ガンナー』男女ペア準優勝 20

『アイス・ピラーズ・ブレイク』男子ペア優勝 30

『アイス・ピラーズ・ブレイク』男女ペア優勝 30

『アイス・ピラーズ・ブレイク』女子ペア準優勝 20

『デュエル・オブ・ナイツ』男子優勝 25

『デュエル・オブ・ナイツ』女子三位 10

 

合計595

 

 




この一年生オリキャラの二人、番外編のサブキャラに留めておくにはもったいないですね…

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