マジカル・ジョーカー   作:まみむ衛門

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最終話です


6-14

「これやっぱ高校生の競技じゃねえよなあ」

 

「文句言ってないで急げ!」

 

 スタートして開始十数分。三高の進みは遅々として進んでいなかった。

 

 三人とも、あらゆる妨害に対しては特に問題ない。特に駿の危機察知能力と反射神経はすさまじく、ここまでの妨害はなんら苦も無く対応できていた。

 

 しかしながら、森の中と言う天然のダンジョンが、三人のうちの一人、文也の歩みを遅らせ、駿と将輝はそれに合わせなければならず、三人全員が遅れてしまっているのだ。

 

 文也は愚痴りながら枝葉が茂る藪をのそのそと突破する。その腕を引っ張って助けながら、将輝は彼を叱咤した。

 

 文也は体格が小さく、また運動神経もそこまで良くはない。トラップに対して魔法で対処はできても、真夏の森が作り出す数々の障害には対応しきれない。下品なフルダイブVRゲームで鍛えた森への対応力も、そのゲームに飽きてしばらくやっていなかったせいですっかり衰えてしまっていた。

 

 これはこの競技のルールが公開され、内部で文也が筆頭候補の一人だと持ち上がった時から、ずっと問題点として残っていた。文也は『モノリス・コード』の練習試合の相手としても働いていたが、それは文也自身の森林の練習と言う側面もあった。

 

 しかしそれでも、やはり一か月の付け焼刃では大きな改善はできず、こうして本番でも苦戦を強いられている。妨害がある中で森を駆け抜ける。その難しさが、改めて文也の前に突きつけられていた。桜花のような規格外もいないので、抱えて走るということもできない。

 

 森林ステージで出遅れる。そしてその出遅れは、当然対戦相手である一高からも容易に予想がつく。

 

 こうなった時、一高はどのように動くか。

 

 ――つい先ほど、三高女子が取った作戦と同じだ。

 

「野郎! でやがったな!」

 

 より藪が濃くなった道。その暗がりから急に、大柄な男が太い木の枝を振りかぶって襲い掛かってくる。文也は魔法で加速しながら一歩下がって回避するが、太い幹の木に阻まれてそれ以上移動できず、追撃に対して障壁魔法でしのぐしかない。

 

「駿危ない!」

 

 その直後に駿を襲ったのは、駿だけを覆うように突如現れた、あまりにも不自然な霧だ。霧もまた液体であるため、将輝がとっさに発散系魔法でそれを気化する。その直後に、液体に帯電させる魔法式が現れ、対象を見失ってエラーを起こしてそのまま霧散していった。

 

「中々やるじゃないか」

 

「相変わらず凝ったことをしますね」

 

 木々の影から現れたのは範蔵だ。それと向かい合う駿は、危ないところだったと冷や汗をかく。

 

「修行が足りないぞ、井瀬!」

 

「余計なお世話だ二流剣士が!」

 

 初撃をしのぎ切った文也は、リーナにも使った、多数の完全思考操作型CADを用いた近接戦闘で応戦してなんとか互角に持ち込む。足場が悪い中での白兵戦闘は、文也と桐原の運動神経の差が大きく表れてしまっていた。

 

 一高は、まるで先ほどのお返しとばかりに、この森林ステージで奇襲を仕掛けてきた。その手順もまた、先ほどの三高に似ている。

 

 まずは隠密性に優れる白兵攻撃を潜んでいた桐原が仕掛け、分断したタイミングで範蔵が駿を攻撃する。結果として仕留めることは叶わなかったが、あと一歩のところまでは成功していた。

 

「くそっ、どこにいやがる!」

 

 将輝は『干渉装甲』で自分の身を守りながら、知覚強化魔法を使いつつ周囲を見回す。将輝の干渉力で跳ねのけられているが、彼には絶え間なく、発動の予兆がつかめない数々の妨害魔法が仕掛けられていた。

 

「吉田を探すのが先決だ! 忍者ハットリくんの相手は将輝がやれ!」

 

「そうはいくかよ!」

 

 文也の指示に従って駿と将輝がスイッチしようとするが、範蔵は駿にぴったりくっついて苛烈な攻撃を仕掛け続ける。そのせいで、駿と将輝は役割を切り替える隙ができない。

 

 将輝に妨害魔法を仕掛け続けているのは、先ほどのあずさのようにどこかに潜んでいるであろう幹比古だ。文也たちはあずかり知らぬことだが、三高の三人をここに「おびき寄せた」のも幹比古である。

 

 なぜ待ち伏せが成功したか。一高には、先ほどのあずさのように広範囲を探知できる魔法師はいないため、三高の真似はできない。代わりに、隠密性に優れかつ曖昧な効果を実現できる古式魔法の名手である幹比古が、それとなく藪や障害物や日光や風などの様々な条件を操作し、文也たちがここに来るように仕向けた。

 

 そして奇襲の初手が終わってからも、綿密に練った作戦は続く。

 

 まず桐原は文也を徹底マークする。文也は完全思考操作型CADによって白兵戦闘でも厄介になったが、この環境では運動神経のせいで力を発揮できない。

 

 そして範蔵は、駿を封じ込めることが目的だ。三高の三人で、一番幹比古を見つける可能性が高いのは、敵意や視線に敏感な駿である。彼を徹底的に封じ込めることで、後方支援で古式魔法の恐ろしさを存分に発揮している幹比古が見つかるのを阻止している。幹比古の妨害は、絶対に形勢が逆転しないよう、要所要所で文也や駿にも、的確かつ必要最小限に仕掛けられている。そのせいで、何か逆転の手を打とうとしても、邪魔されてしまってできなかった。

 

「ここだ!」

 

 しかし、それで黙っているほど三人とも大人しくはない。駿と将輝を支援有りとはいえ一人で相手することになっている範蔵が、ほんのわずかに隙を見せた。その間に駿は一瞬で大量のサイオンの弾丸を作り出し、範蔵が使う魔法をすべて無効化する。その隙に将輝が範蔵から離れ、急にターゲットを桐原に切り替え、『偏倚開放』で攻撃する。その対応に追われた桐原はついに文也を逃がしてしまい、その間に文也は駿と入れ替わるようにして範蔵と対峙した。

 

「よーし二回戦だ、ここからが本番だぜ」

 

 桐原の相手を将輝が、範蔵の相手を文也が、それぞれする体勢だ。将輝ならばこの森の中でもある程度戦えるし、範蔵が仕掛けるあらゆる攻撃にも万能の文也なら対応できる。そして、敵意の探知に優れる駿がフリーになったことで、幹比古を探すのがだいぶ楽になった。

 

 しかし、これでも、文也たちにとってはかなり不利な状況だ。幹比古を潰せれば楽だが、それを探すのがとんでもなく大変なのである。彼の隠れる能力やこの環境もさることながら、『視覚同調』でこちらの様子を見ながら妨害していることは間違いないため、肉眼の制限から解き放たれて距離は相当離れているだろう。

 

 ――こうなった時のために、文也はしっかり策を用意していた。

 

「任せたぜ、マサテル!」

 

「マサキだ!」

 

 将輝が、周囲一帯を囲むように、領域魔法を行使する。駿はすでに感覚を頼りに幹比古がいる大体の方向にあたりをつけて走り出しており、その領域からは離れている。

 

 瞬間、文也たち四人の戦いの様子は、外からは擦りガラス越しに見るように、曖昧な景色になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、『拡散』か」

 

「これはお互いに参ったねえ」

 

 その様子を見ていた達也と五十里は、一瞬にして視覚がおかしくなってしまって混乱した桐原と範蔵に説明をした後、マイクを一旦切って呟く。

 

 将輝が使った領域魔法の名前は『拡散』。領域内の任意の液体・気体やエネルギーの分布を平均化することで、識別できなくする魔法だ。今回は光だけを平均化しているため、領域内のあらゆる色・景色が混ざった、何とも言えない空間にしか見えない。そしてそれは、その内部にいる四人にとってもそうだろう。

 

 こうすれば、幹比古の『視覚同調』は意味をなさない。外部の妨害がない状態で、文也たちは戦うことができる。また副次的な作用として、オペレーターたちも見えないためまともな指示をすることができなくなってしまう。五十里が「お互いに」とつけたのは、それは三高サイドにも悪影響があるからだった。

 

 達也は思わず嘆息した。特化した干渉力がないのに、これほどの大きさの領域で『拡散』を使えるのは、将輝の規格外な魔法力によるものだろう。しかもそれを維持しながら、桐原と互角に渡り合っている。この領域を作り出している将輝自身の方がやはりある程度慣れているため、桐原は苦戦を強いられていた。亜夜子の『極致拡散』ほどではないが、十分絶技と呼べる。

 

 奇襲から途中までの流れは良かったが、こうなってくると少しだけ苦しい。駿をフリーにしてしまったことについては、最悪の展開と言っても過言ではない。

 

『なんでこんな正確に追いかけてくるかなあ』

 

 木々の間を飛び回りながら呟かれた幹比古の愚痴が、二人のヘッドホンから聞こえてくる。駿が向かったのは、まさしく幹比古が潜んでいた方向だった。距離の制限こそないとはいえいつでも戦場に参戦できるように実はそこまで離れておらず、見つかるのは時間の問題だった。幹比古は痕跡を追われないよう魔法なしで上手に木々を飛び回って、ついでに駿にあらゆる妨害を仕掛けながら逃げ回っているが、彼我の距離は離れることはない。むしろ、駿が地上を走っている分速度が出るため、縮まりつつあった。

 

「ボディーガード業をやっていたらしいから、スナイパーとかにも敏感なんだろうな」

 

「あーなるほどねえ」

 

『雑談してる暇あったら早く何か策を出してくれない?』

 

 幹比古から文句が入ったので、達也はこうなった時の為の次の一手を指示する。

 

 今や幹比古の役割は破綻したと言っても過言ではない。隠れることもほぼ不可能に近く、妨害もできていない。このまま逃げ回るだけ無駄だ。

 

「幹比古、これからお前がするべきことは――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 曖昧ななんとも言えない景色に囲まれた中での範蔵と文也の戦いは、徐々に激化していた。

 

 範蔵が巻き起こした砂塵は障壁魔法によって防がれ、文也が放つ『不可視の散弾(インビジブル・バレッツ)』は『情報強化』で意味をなさない。増幅された音波攻撃と、それに隠した『這い寄る雷蛇(スリザリン・サンダース)』が文也に襲い掛かるが、それぞれの系統に合わせて行使された文也の反対魔法によってすべてが無効化される。そしてその反撃として放たれた、顔面周辺の空気の酸素を空気中の物質と無理やり結合させることで酸素濃度を薄くして酸欠にさせる『強制酸素結合』を、範蔵は『領域干渉』で跳ねのけた。

 

 範蔵はこれといった苦手がなく、あらゆる魔法を使いこなす。その『万能』の異名を持つ七草家の長女・真由美に似たスタイルから、本人のあずかり知らぬところで、『将軍(ジェネラル)』とあだ名がつくほどだ。

 

 そんな多種の魔法に対して、同じく万能である文也は、見事に対応している。真由美を速度寄りにしたら文也に、干渉力寄りにしたら範蔵になる、と一高でこっそり言われていたことがあり、文也は当然範蔵の魔法に対抗できない。しかし、干渉力の勝負を避け、三七上のように結果現象を打ち消す対抗魔法を瞬時に選ぶことで対応しきっているのだ。

 

 その多種の魔法が飛び交う、まるで二人だけで多人数の魔法戦闘をしているかのような激闘は、『拡散』によって外部からは見えない。文也と範蔵が漏らす息遣いと声のみが、それを仲間に伝えていた。

 

「くそっ、井瀬のやつ、速度に磨きがかかってやがる! 後出しなのに全部追いつかれる!」

 

『え、服部君の速度に後出しで?』

 

 干渉力で負けているため、文也は魔法力ではなく、魔法が生み出す現象で上手に相殺している。『拡散』のせいで範蔵の目に見えるわけではないが、文也がそうするしかないのは分かっているため、確信がある。しかし、それを実現するためには、範蔵が使った魔法をこの『拡散』の中で即座に見極める魔法感性もそうだが、後出しでも追いつく速度が重要となる。範蔵の魔法行使速度は平均よりも高く、いくら速度に自信がある文也でも後出しで追いつけるはずはない。しかしながら、現実、文也は追いついて範蔵と互角の勝負を繰り広げていた。

 

 そんな範蔵からの報告を受けて、五十里は冷静でなければならないオペレーターの役割を忘れて気の抜けた声を漏らしてしまう。範蔵と三七上、どちらも同級生の同性であり、両方の性質を知るからこその混乱だった。

 

 そうこうしている間に、範蔵の得意技である帯電させた蒸気塊を防いだ文也から反撃がくる。『拡散』のせいで足元がおぼつかず、範蔵はうっかり隆起した太い木の根を踏んでしまう。それでバランスを崩すようなことはないが、文也はそこを狙って、木の根と範蔵の足の裏の相対距離を固定する硬化魔法で、範蔵の身動きを一時的に制限した。急に足裏が固定されたせいで範蔵はつんのめってしまい、対応がわずかに遅れてしまう。瞬間、文也はあらゆる種類の攻撃魔法を範蔵に殺到させる。

 

「ぐっ!」

 

 文也の防御速度も異常だったが、攻撃速度もまた異常だ。およそあの運動能力に乏しいチビの反射神経から出たとは思えない速度で、大量の魔法が襲い掛かってくる。種類も現象も様々なそれは、克人の『ファランクス』でもなければおよそ防ぎきれるものではない。

 

 ゆえに範蔵はとっさにしゃがんで頭を抱えて身を丸め、『領域干渉』と『対物障壁』だけを展開して、ある程度のダメージは受け入れる。『領域干渉』によって『圧縮開放』『強制酸素結合』『不可視の散弾』を、『対物障壁』によって移動系・加速系・収束系で放たれた物体を、それぞれ防ぐことに成功する。その代償として、炎天下の中で防具を着て激しく動き回っている中ではあまりにも辛い『熱風』、酩酊させられる『幻衝(ファントム・ブロウ)』、鼓膜を破る『振動貫通』は通してしまった。頭を抱えながら耳を腕でふさいでいたため鼓膜は破られなかったが、その強烈な超音波は『幻衝』と合わさって範蔵の意識を遠のかせる。さらにドライヤーを全身に浴びせられたような『熱風』によって急激に体温が上がって汗が吹き出し、急性熱中症になりかけてしまった。

 

 そして範蔵にとっては幸か不幸か、『領域干渉』によって文也が仕掛けた硬化魔法が急に解除され、思い切りバランスを崩して地面に倒れこんでしまう。それによって、『拡散』で範蔵の姿が見えない文也の狙いは定まらず、通してしまった攻撃から逃れることに成功した。

 

(……おかしいな)

 

 倒れこんですぐ起き上がった範蔵は、『干渉装甲』で自身を守りつつ、追いかけるようにして放たれる魔法の数々を走り回って避けながら、疑念を抱く。

 

 まず一つ。文也はなぜ、この視界が制限された状態で、範蔵が木の根を踏んだ瞬間にあの硬化魔法を使えたのか。見えていなければ、あの反応速度は普通ならあり得ない。何か知らの感覚強化、または探知魔法を使っていると見てしかるべきだ。

 

 そして、なぜ今はこうも狙いが不正確なのか。見えない中で範蔵を追いかけていられるだけでも上等と言えば上等だが、あの木の根に固定してからの集中攻撃という流れの正確さに比べたら、あまりにも拙い。

 

 とにもかくにも、探知魔法か感覚強化魔法は間違いなく使っている。この状況下で使える定番は、足音を聞き取る聴覚強化だろう。しかしそれだけでは、あの木の根での正確さに説明がつかない。サーモグラフィーのような熱探知魔法だとしたら、逆に今の不正確さに説明がつかない。

 

(考えろ……今は自分だけが頼りなんだ)

 

 観客たちはサイオンが見えるように加工された映像で観戦しているが、オペレーターたちが見ることができるカメラは、なんとそういった加工はこの森林ステージに限っては施されていない。オペレーターたちは例え魔法師であろうと、カメラが感知できない魔法式やサイオンを見ることができない。ましてや今はその視界すら塞がれている状況だ。賢くて頼りになるオペレーター二人ではこの状況を解決できない。自分で考えるしかないのだ。

 

(ヒントは、状況の違いだ。さっきの木の根を踏んだ瞬間と今の違い……)

 

 木の後ろに身を隠して攻撃を防ぐ。脚をほんの少しでも止められた一瞬、その間に少しでも考えなければならない。

 

 そして、一つの考えに至った。

 

 木の根を踏んだ瞬間と今の違い。

 

(『干渉装甲』か!)

 

 今の自分は、改変内容を定義しない干渉力を纏って、文也からの直接干渉を防いでいる。しかし、木の根を踏んだ時はこの鎧をまとっていなかった。

 

 正確さの違い。それは、文也が範蔵の体を直接探知できていたかどうか。その違いだ。

 

 おそらく文也は、現在この周辺の至る所に、相手に直接干渉するタイプの領域型探知魔法を大量に設置している。範蔵や将輝のような強大な魔法力を持つ魔法師なら領域まるごと囲えるが、文也程度だとそこまではできない。代わりに、小規模の領域型探知魔法をいたるところに設置して、そこに範蔵が触れるたびに探知できるようになっていたのだ。

 

 しかし、今は範蔵が、自身を中心とする半径数十センチメートルに干渉力を展開している。領域型探知魔法は範蔵を探知することはできない。干渉力で勝ってその探知領域が消えたことは文也にも伝わるので、大まかな位置を特定することは可能だ。しかしそれは範蔵の体そのものではなく、その半径数十センチを探知しているに過ぎない。そのせいで、正確さに狂いが生じているのだ。

 

(この弱点はあいつも分かっているだろう。間違いなく、探知方法を切り替えてくるはずだ)

 

 例えば、『サイオンレーダー』は有力だ。一定以上の密度があるサイオンを検知する無系統魔法で、『干渉装甲』などの魔法式を探知することができる。これで干渉力の範囲を正確に絞り込めば、その真ん中に範蔵がいるとわかるはずだ。

 

(だったら!)

 

 範蔵は『干渉装甲』の領域定義を変更する。これまでのように一定ではなく、30秒ごとに領域設定が切り替わり、その範囲は歪でランダムとする。こうすれば、その形のいびつさゆえに、『サイオンレーダー』では中心を絞り込むことができない。

 

「あ、クソ、やりやがったな!」

 

 ビンゴだ。曖昧になった視界の向こう側から、文也の悪態が聞こえる。歪な形になったと即座に感知されたのにはさすがに驚いたが、この反応から察するに、向こうはこれ以上の手は考えていないのだろう。

 

 その間に、範蔵は文也の悪態、さらにそこから移動する男子高校生とは思えないほどに軽い足音を頼りに、射撃魔法を次々と仕掛ける。それが命中した手ごたえはなかったが、反撃に移れて相手の攻撃が止んだだけでも十分だ。

 

 範蔵は闘争心を昂らせながら、渾身の攻撃を文也に仕掛ける。視覚では捉えていないが、こちらから射撃攻撃に紛れてこっそり仕掛けた探知魔法が文也のエイドスを捉えている。

 

(決まってくれよ!)

 

 仕掛ける魔法は、対象の衣服を固定して動けなくさせる収束系魔法『固定拘束』だ。範蔵の干渉力は、文也のエイドススキンを確実に上回る。

 

 しかしながら――「予想通り」、その魔法は効果を成さなかった。

 

「司波の言う通りだ。井瀬には、直接干渉する魔法が効かない」

 

『やはりそうでしたか』

 

 スピーカーから、達也の呆れかえったため息まじりの返事が聞こえてくる。詳細や事情はあまり分からないが――今の達也は、この可能性を指摘してくれた時と同じ顔をしているに違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンジー・シリウスが使う『仮装行列(パレード)』。あれが、古式魔法の『纏衣の逃げ水』を改造してできたものだっていう話と、それゆえに僕らは、この魔法の扱いを慎重にしてほしい……って話は前にしたよね?」

 

「はい」

 

 なにせ、わざわざリーナの前に現れて戦闘してまで伝えようとしたことだ。態度は相変わらず軽薄だが、間違いなく本気である。

 

「でも困ったことにね、アンジー・シリウスが井瀬文也にとらわれて、彼女が持っている戦闘装備一式が奪われてしまった。その装備――CADの中に、『パレード』も当然入っているわけで」

 

「……なるほど」

 

「分かってくれるかい? 僕らも黙って見過ごすわけにはいかないから、実は三月のある日に井瀬文也に接触したんだ。最初の内は僕もいつも通り、御覧の通りの態度で挑んだよ。あんなのにいちいち畏まるのも癪だからね? だけど、彼は中指を立てながら『うるせーハゲ』の一点張りでね。そのあとも、我ながら珍しく下手に出て交渉し続けたわけだけど、『司波兄妹の体術の師匠だろ? つまり敵だ。よーし決めた。いつか全世界に公開してやる』とまで言われちゃって」

 

「…………あのクソガキ」

 

「深雪、落ち着け」

 

「条件として、達也君たちと縁を切れとは言われたんだけど、君の師匠と言う立場は色々ウマ味があるから捨てがたくて、結局今こうして愚痴をこぼすしかないってわけさ。あと深雪ちゃん、いくら夏と言えど、早朝は冷え込むから抑えてくれない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 範蔵の報告を聞いた達也は、目頭をもみながら7月5日の早朝に起きた一幕を思い出す。八雲は見たことないぐらいに不機嫌……というよりかは困り切って少しやけっぱちになっていた様子だった。それに対して達也は同情することしかできない。真夜の失策と焦りが原因とは言え、自分たちの不手際で八雲があのクソガキからいらない心労を強いられる羽目になっているのだ。四葉の体面もあるため謝罪もできず、半ば責めるような愚痴を聞かされ続ける羽目になった。

 

『ロアー・アンド・ガンナー』では使う機会がないだろうが、直接干渉する魔法を干渉力関係なくすべてエラーにする『パレード』は、『モノリス・コード』や『トライウィザード・バイアスロン』ではこの上なく有効な魔法だ。使えるならば、使わない理由がない。八雲はこの魔法が世間の注目度が高いこの大会で全国放送によって晒されるのを危惧していたのである。そしてその危惧は、悲しいことに的中してしまった。

 

 もうこうなったら仕方がないので、八雲も全国放送されるのは諦めていた。だから、達也がこの魔法の存在と文也が使うかもしれないということを範蔵たちに伝える、ということも、八雲は了承している。本来ならそれでも絶対了承しないだろうが、文也を負かしてほしいというちょっとした逆恨みが彼の背中を押したに違いない。

 

 そういうわけで、達也は最低限の仲間――選手三人と五十里――にだけ、この『パレード』を文也が使ってくるということを、今まで再三にわたって伝えてきた。範蔵は今、それを確認したのである。

 

(『拡散』と『パレード』……なるほどな)

 

『拡散』で視界を遮って射撃魔法を制限し、『パレード』で直接干渉する魔法を無効化する。魔法力と演算力、どちらもハイレベルでないとできない合わせ技だが、実に厄介だ。

 

 こうなってくると、範蔵は苦しい。桐原も今一つ上手くいっていないようで、近接戦闘だというのに将輝と互角の戦いを強いられている。これほどの範囲の『拡散』を維持しながら近接戦闘で桐原と互角というのには、将輝の魔法力がいかに規格外かを思い知らされる。

 

 しかし、もうすぐこの不利な戦局が大きく動く。達也は全体の様子をじっと見ながら、その瞬間が来るのに備えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『将輝、伏せて!』

 

「なんだっ!?」

 

 耳元でいきなり響いた真紅郎の叫び声を聞いて、将輝は反射的にしゃがんで伏せる。その直後、先ほどまで将輝の頭があった場所を、拳大でそこそこ重さのある何か――おそらく石――が高速で通過する音と空気の動きを感じ取った。

 

「くそっ、そういうことか!?」

 

 その直後、幹比古を探して遠く離れていたはずの駿の声が、スピーカーからだけでなく、直接届く。

 

「吉田のやつ、逃げる振りしてこっちに参戦する算段だったのか!」

 

「ご名答!」

 

 駿の悔しそうな声に、幹比古が反応しながら攻撃を仕掛ける。正面からわかりやすく『雷童子』が放たれるがそれはブラフ、隠密性に特化した古式魔法版『圧縮開放』が駿に襲い掛かる。しかし駿は雷撃を尖った枝に吸い寄せさせて防ぎながら、背後の攻撃にも反応して障壁魔法で防ぎつつ、自己加速術式で幹比古に接近してその鳩尾に拳を叩き込もうとする。しかしそれは腕をクロスして防がれ、その衝撃を利用して距離を取られてしまった。

 

 ――駿に気配を捉えられた幹比古は、もはや彼から逃げ切ることはできない。

 

 こうなった時に、まずとれる手段と言えば、せっかくの一対一の機会を活かして、応戦することだ。

 

 駿と幹比古が正面からやりあった場合、達也の見立てでは幹比古にやや分がある。森林の中と言うフィールドアドバンテージは古式魔法師たる幹比古に有利に働くし、駿は古式魔法師との戦闘経験は少ないからその差も大きい。

 

 ただし、それにはあまりにも大きなリスクが付きまとう。こと視認された状態での戦闘となれば、速度で圧倒的に劣る幹比古は、CADを介した魔法はすべて無効化されてしまうし、そもそもこちらから何も仕掛けられず先制攻撃を食らってしまう。

 

 故に達也はそれを嫌って、幹比古に、逃げる振りをして範蔵たちに合流するよう指示をした。捕捉されてしまったからには仕方ないので、幹比古も戦場に加えて三対三の正統派な戦いに持ち込むのが最もローリスクだ。範蔵と桐原が上手くサポートすれば、幹比古の遅さもカバーができる。

 

「だったらもうこれは不要だな」

 

 途端、全員にとって一気に景色が明瞭になる。本人がこの場にいるからには、もう視覚共有の対策をする必要はない。将輝は即座に『拡散』を解除し、急に情報量が増えて戸惑う桐原に猛攻撃を仕掛ける。『拡散』の負担がなくなった将輝の攻撃は苛烈で、幹比古のサポートがあってなお、桐原はしのぐので精いっぱいだった。

 

「よく見えるようになったぜ忍者ハットリくん! そのヘルメット引っぺがしてドングリまなこにへの字口、それにグルグルほっぺを全国放送でさらしてやる!」

 

「グルグルほっぺがあり得るか!」

 

 同じく視界が明瞭になった範蔵と文也も、さらに戦闘を激化させる。二人とも一人で複数人の魔法師相当の魔法を一気に使うため、もはや「戦争」と言っても差し支えないほどの魔法が乱舞していた。

 

 範蔵は得意の蒸気の塊を文也にけしかけながら、いつの間にか拾った木の枝に『着火』で火をつけ、山火事が起こりかねないのも無視して投げつける。蒸気の塊は一瞬で吸収系魔法で分離されていて酸水素ガスになっており、火のついた枝がそれに触れたことで水素爆発を起こした。

 

 しかし、蒸気と火と言う組み合わせで何をされるのか文也は察して反応した。当然だ、なにせ自分が将輝に使わせた魔法と同じなのだから。文也は爆発と爆音をあり得ない速度で障壁魔法を展開して防ぐと、逆に燃えている枝に温度上昇魔法をかけて、さらに燃焼を激しくさせる。枝は一気に燃えて炭になってしまった。

 

「お返しだ!」

 

 そしてその炭――ではなく、燃焼によって発生した二酸化炭素は元から空気中にあったものも含めて収束系魔法で圧縮され、さらに発散系魔法によってドライアイスとなる。その真夏の森林にふさわしくないドライアイスは範蔵に放たれ、その顔面の前で爆発した。

 

「こ、これは!?」

 

 半ば反射だが防ぐことに成功した範蔵は激しく動揺する。

 

 今の面倒な手順を踏んだ魔法は、ドライアイスを顔面近くで気化膨張させることで、相手を吹き飛ばしたり、二酸化炭素を急激に吸わせて中毒症状を起こすことを目的としたものだ。

 

 この魔法を、範蔵は知っている。

 

 なにせ、一高に入学した時からずっと憧れていた先輩の得意技だ。

 

 範蔵はそれに動揺しながらも、反撃は忘れない。多種多量の魔法が文也に襲い掛かる。しかしそれらの魔法によって起きた現象は、全て文也が恐ろしい速度で行使した魔法によって防がれる。

 

 おかしい。これもやはり変だ。

 

 範蔵の魔法を見てから対抗魔法を選んでいるにしては、どう考えてもあの行使速度の説明がつかない。後から魔法を選んでいるとしたら、世界一と言っても過言ではない速度を持つ駿や、去年九校戦で異常な速度を見せた達也すらも超えている。

 

 ドライアイスを使った魔法と、異常な対応速度。

 

 この二つによって、範蔵の疑問が膨れ上がり、混乱を引き起こす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そしてこれと同じ原因で、大騒ぎになっている人物が二人、観客にいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こら、香澄ちゃん! あなた、アレらを井瀬君に教えたでしょ!?」

 

「よくわかったね、お姉ちゃん」

 

 形勢不利と見た達也か五十里が決断したのか悔しそうに撤退する一高、それを追いかけようとするも幹比古の攪乱魔法によって見失ってしまった三高。それぞれの様子が映し出されたモニターに、観客席にいた真由美は視線を向けていない。とにかく一刻も早く、バカなことをした犯人であろうヤンチャな妹を問い詰めなければならなかった。

 

 携帯端末で電話をかけた相手は香澄だ。向こうの「もしもし」を待つことなく、「も」と聞こえた瞬間に真由美は叫んで糾弾する。それに対して、香澄は悪びれもせずに認めた。

 

 文也が使ったドライアイスを使った魔法の名前は、『ドライ・ミーティア』。相手に致命傷を負わせずに無力化するという点で非常に優れた魔法であり、真由美の対人戦闘における切り札だ。一応起動式は公開されてはいるが、真由美が使うものは、それをさらにレベルアップさせたものとなっている。つまり文也がこの魔法を使っていても普通は問題ない。

 

 しかしながら、毎度のことではあるが、文也に「普通」はありえない。

 

 あの発動した様子を見るに、文也本人の実力や起動式開発力を考慮するにしても、明らかにあらゆる面で精度が高い。公開されている起動式に多少改善を加えた程度では、範蔵を苦しめるほどにはならないに決まっている。

 

 つまり、文也が使った『ドライ・ミーティア』の起動式は――お得意の劣化コピーではなく、七草家が隠し持つグレードアップ版そのものに他ならないということだ。

 

 そしてもう一つ。こちらはさらに大問題だ。

 

 文也がなぜ、範蔵の魔法にあの速度で対応できているのか。範蔵の魔法を見てから魔法を使っているにしては、明らかに異常である。

 

 この秘密はそうそう分からないだろう。はたから見て気づけるようなものでもない。

 

 しかし真由美は、それを知っている。

 

 CADを使った魔法の行使にはいくつかのステップがある。魔法を選ぶ。CADにサイオンを流す。感応石がそれを電気信号に変える。信号に応じてストレージから起動式が電気信号で送られる。感応石がそれをサイオン信号に変換する。術者に流れ込む。術者がそれに変数定義をして魔法式にする。魔法式を意識領域と無意識領域の狭間からイデアに投射する。魔法式がエイドスに干渉し書き換え、現象を改変する。

 

 一瞬の間にこれだけのステップを踏んで、魔法を行使しているのだ。このステップをいかに早く踏めるかが、魔法力の重要な要素である魔法式構築速度である。

 

 

 

 

 では、このステップはすべてノンストップでやらなければならないのかというと――実はそうではない。

 

 

 

 

 起動式に変数入力をして、魔法式にする。この段階で、あとはイデアに投射するだけと言う段階で、いったん保留にすることが可能だ。つまり意識領域と無意識領域の狭間に、投射直前の魔法式を置いておくことができる。

 

 文也は、範蔵が使ってくるであろう魔法に対抗できる分、それこそ「すべて」に対応できるだけの種類・数の魔法式を、意識領域と無意識領域の狭間に留め置いてるのだ。CADにサイオンを流してから変数入力するまで、つまり魔法行使における手間のほとんどをカットしたならば、範蔵の魔法を見てから後出しで行使しても、防御は間に合うのである。異様な速度の正体はこれだ。

 

 しかしながら当然、これは常識外れの技術と言うほかない。戦闘中で動き回りながら状況に合わせて普通に魔法を行使するだけでも大変なことだ。ましてや意識領域と無意識領域に魔法式を留め置きながら普通に別の魔法を使用することすら、生半可な魔法師ではできない。それを、いくつもの魔法式で、リアルタイムでやっているのである。数学や理科学の計算を要する文章題を、動き回りながら状況に合わせていくつも同時に解いて、しかも答えを書きだす直前で意識領域と無意識領域の間に留めておく。そう例えるしかないが、そう例えてもなお表しきれないほどの「特異」技だ。

 

 しかしこれを実戦レベルで使いこなせる魔法師を、真由美と香澄は知っている。

 

 

 

 

 ――二人の父であり、七草家の当主である、七草弘一だ。

 

 

 

 

 七草家は元々は三枝家で、「多種類多重制御魔法」「魔法同時発動の最大化」を研究テーマとする第三研究所に所属していた。その「多種類多重制御魔法」技術の最大の成果の一つが、弘一が使う魔法技術、『八重唱(オクテット)』と呼ばれているものである。

 

 八重唱は、四系統八種の魔法を一つずつ、投射直前の状態で保持しておく技術だ。これによってあらゆる事象に即座に対応できる。サイオンを流してから変数入力するまでの流れを事前にやっておくことで、対処したい事象や改変を見てから後出しで適切な魔法を選ぶことができるのである。

 

 これは七草家の当主の専売特許と言える技術であり、他勢力との差別化を図る意味でも、そのコツやノウハウなどは当然、一族の機密となっている。七草家の血が濃く流れる家族にしか伝えられることはなく、真由美や香澄や泉美、およびその兄たちは全員教わっている。とはいえ、弘一のように四系統八種を同時に待機状態にしたうえでさらに普通に魔法も使える、というレベルには到達できていない。今のところ、真由美は六種、香澄と泉美は四種が限界だ。種類や数が増えるほど加速度的に難易度が増していくため、長いことここで躓いている。

 

 そんな七草家秘伝ともいえる技術を、香澄は、なんと文也に教えてしまったのだ。

 

 技術の存在や仕組みはまだ良い。七草家の魔法力を誇示して影響力を高めるために、八重唱の存在は知っている者は知っている。かの『マジカル・トイ・コーポレーション』の中核で、四葉家と争って勝利して見せた文也たちならその存在は知っていても不思議ではないし、そこからどうやってやるのかという仕組みも分かってくるだろう。存在を教えたところで、遅かれ早かれと言ったところだ。

 

 しかしながら、香澄は、七草家が隠し持つコツやノウハウまで、文也に教えてしまったのである。文也が範蔵を相手にしてもなおあそこまで使いこなしていることから、それは明らかだ。さらに言えば、投射一歩手前にしてある魔法の数は、おそらく八を超えている。干渉力は弘一の足元に及ぶか及ばないか程度ではあるが、対応できる事象の種類と言う観点で見れば、弘一よりはるかに使いこなしていると言えよう。

 

「香澄ちゃん、自分が何したか分かっているの!? どっちも七草家の秘伝・機密なのよ! それを、一条家の傘下にいる人間に教えるなんて!」

 

 周囲を気にして大声で怒鳴りたい気持ちを必死で抑え込みながら、真由美は強い口調で妹を詰る。このヤンチャで奔放な妹を叱ったことは幾度となくあるが、今回は真由美が許せる範囲をはるかに超えていた。

 

『いーじゃん、別に』

 

 しかし、そんな真由美の焦りとは裏腹に、電話の向こうからの返事は、あっけらかんとしたものだった。

 

 真由美が顎が外れそうなほどに口を開けてポカンと黙ってしまったのを良いことに、香澄はさらに続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だって、文也さんは、将来のボクのお婿さんだからね! そのうち七草家に入るんだから、今のうちに教えたって大丈夫だよ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――真由美は結局、今行われている九校戦のラストバトルを会場で見届けることができなかった。

 

 この直後、ずっと続いていた胃痛が急に激しくなり、病院に駆け込む羽目になったのだ。

 

 病院での診断結果は、胃穿孔――ついに、彼女の胃に穴が空いたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森林での戦いは、結局のところ、またも三高の勝利で終わった。あとは水上ステージと平原ステージ。どちらも障害物のない開けた戦場であり、圧倒的なパワーを持つ将輝を相手にするには厳しい。

 

「吉田、急げ!」

 

「先乗ってるぞ!」

 

「はい!」

 

 撤退のせいで出遅れた一高の三人がようやく森を抜けたころには、先行していた文也たちはとっくに三人で一つのボートに乗り、一周を終えたところだった。一条家のお家芸で液体に干渉する力が強い将輝が漕ぎ手、文也と駿が妨害への対処と言う、予想通りの役割分担だ。まだ一周目を終えたところと言うのは予想よりも差がついていない嬉しい誤算だが、これは文也が森林を抜けるまで、あの後も足を引っ張ったということだろう。

 

 それでもなお苦しい一高の三人は、少し先に森を駆け抜けた範蔵と桐原が別々にボートに乗り、二人の運動能力に追いつけず少し遅れてしまった幹比古が後から一人でボートに乗った。

 

 この競技における水上コースのスタンダードは、三人一緒に同じボートに乗ることだ。そうすれば漕ぎ手と妨害・防御担当で役割分担ができるし、それぞれの役割に集中できる。

 

 しかしそれでも、一高は別々のボートに乗ることを選んだ。

 

「くそっ、どこまでもわかってるやつらだな!」

 

「敵ながら頼もしすぎるぜこん畜生!」

 

 将輝と文也が悪態をつく。これは三高にとっては、少し嫌な展開だ。

 

 この作戦を提案したのは達也だ。当初はスタンダードに一緒に乗る予定だったのだが、そうすると、一高の負けがほぼ確定となってしまうことに、達也は気づいたのである。

 

 液体に干渉する魔法を得意とする将輝にとって、この水上コースは、一面すべてが得意な武器と言っても過言ではない。そんな将輝からの攻撃を三人纏めて受けてしまえば、揃って戦闘不能もしくは大きな不利を負い、そのまま敗北してしまうのである。そこで、無理を承知で、三人別々にボートに乗って、ターゲットを分散することにしたのだ。

 

 こうなると、将輝は安易に妨害をすることができない。

 

 将輝が妨害に回るということは、最速かつ最安定の漕ぎ手を降りて、文也か駿に任せるということで、速度も安定性も犠牲にしてしまう。三人纏めて戦闘不能にできるならそれをするだけの価値はあるが、ターゲットが分散されてしまうと、一度の攻撃で狙えるのは一人であり、効果が薄いのである。それだったら、素直にここを最速かつ安定的に乗り越えるほうが、三高にとっては勝率が高い。水上で将輝と戦うという展開を、達也が見事に回避したのだ。

 

『よし、予想通りだ』

 

 将輝が妨害に回る様子がないのを見て、達也は満足そうに呟く。三高は役割分担を交代していない。ここの読みは、達也の勝ちだ。

 

 しかしながら、それはあくまで最悪を回避しただけの事。単独で移動と妨害対処をしなければならない一高の三人は、三高にぐんぐん離される。一番遅れている幹比古が一周終える間に、将輝たちは二周目終盤まで進んでいる。例の高精度センサーをつけた二分割CADによる半自動魔法も併用した多量の妨害が文也によってなされたのも要因だ。苦しいながらも三周目を終えたころには、もう三高は五周を終えて、直線に入っていた。

 

「よしマサテル、あれをやるぞ! 覚悟を決めろ!」

 

「マサキだ!」

 

 瞬間、三高が動きを見せる。直線だというのに明らかにボートの動きが遅くなり、妨害の雨が止む。文也が漕ぎ手になり、将輝が妨害役に交代したのだ。

 

『気を付けて! 一条君の攻撃が来るよ!』

 

「直線ならばボートの操作が簡単だから、井瀬にバトンタッチしても大きな問題はないってことだね!」

 

 五十里の警告よりも早く機敏に察知していた幹比古が、将輝によって作り出された逆流に抗いながら叫ぶ。

 

 幹比古の予想は当たっている。しかし、それだけが、文也たちの考えではない。

 

 周回と直線。この移動の性質の違いもそうだが――もう一つの違いが、狙いの本筋だ。

 

 これまでは、要は一高と三高は同じコースを走っていた。

 

 しかしながら今は、違うコースだ。三高は湖の真ん中を駆け抜けていて、一高の三人はまだ外周を回っている。

 

 そう――今ならば、自分たちに悪影響無く、コース全体に妨害を仕掛けることが可能だ。

 

 文也たちがちょうど湖の中心にたどり着いた瞬間、サイオンのきらめきが、湖の外周に現れた。

 

 それが何を意味するのか――大きな湖の外周と言う巨大な範囲全体に、魔法式が投射されたことを意味する。

 

『全員衝撃に備えてください!』

 

 達也は思わず叫んだ。

 

 森林コースの空撮ドローンは、サイオンのきらめきが見えて相手選手の位置が分かってしまわないようにキルリアン・フィルターが施されていないが、開けていて見え放題の水上コースと平原コースのドローンには施されている。それゆえ、達也たちオペレーターにも、カメラ越しでも魔法式が見える。

 

 あの湖の外周と言う広大な範囲に現れた魔法式は一つではない。いくつもの同じ魔法式が、一瞬にしてコピーされて、時計回りに一周して増殖し、外周を埋め尽くしたのだ。

 

 その魔法式でなにが起こるか、達也は即座に見抜いた。

 

 その直後に――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――湖の外周で、時計回りに次々と巨大な水柱が立ち上った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんだこれは!?」

 

「おかしいおかしいおかしい! あぷっ」

 

「何でもありすぎるだろ! ごぼっ」

 

 範蔵、幹比古、桐原はそれぞれ叫びながらボートにしがみつく。立ち上がる水柱はそれぞれの舳先を跳ね上げて後ろ向きにひっくり返させ、さらに時計回りに次々と立ち上るせいで走行方向とは逆方向に流されてしまう。結果、三人ともボートはひっくり返って転覆してびしょ濡れ、さらには逆方向に大きく流されてしまい、実に半周分も戻されてしまった。

 

『桐原くん!? 返事をして! お願い!』

 

 そしてマズいことに、幹比古と範蔵はボートから手を離さずにいたため溺れることはなかったが、桐原は離してしまい、水の中に入ったまま浮かんでこない。彼ならば意識があれば確実に自分で即座に浮かび上がってくるはずだ。つまり、桐原は沈んでしまった上に、気絶している可能性が高いのである。

 

「おっとやりすぎちまったか! スタッフに助けてもらうんだな!」

 

 競技そっちのけで親友・桐原の身を案じる範蔵に、また湖の真ん中から動き始めた文也が煽る。そして文也の言葉通り、岸に待機していた何人ものスタッフが即座に、ユニフォームである防具につけられた発信機を元に座標を特定して魔法を行使し、桐原を救出する。

 

『第一高校・桐原選手、失格です』

 

 岸に打ち上げられて幾人ものスタッフから検査を受けている桐原は、起き上がる様子がない。ぐったりと、気絶してしまっているのだ。

 

 スタッフからの宣告は、インカムを通して選手とオペレーター全員、そして実況により観客にも伝えられる。

 

 本来、気絶しても、ヘルメットを取られなければ失格にならない。しかしながら、緊急事態が起きた場合はスタッフが介入して救助する場合があり、そうなればヘルメットを取られずとも失格扱いになる。スタッフが介入する前に仲間が救助すれば問題ないのだが、今回は幹比古も範蔵も自分の事だけで手いっぱいでそれは叶わなかった。

 

「吉田、切り替えるぞ!」

 

「は、はい!」

 

 親友の無事がひとまず確認できた範蔵は、すでに試合へと意識が切り替わっていた。あの三人を相手に二人だけで戦うとなると不安が大きいが、気持ちで負けていては細い勝利の糸も逃げてしまう。顔を青くしていた幹比古を叱咤しながら、範蔵は逆に流されて戻されてしまったコースをまた進んでいく。

 

(そうだ、まだ負けたわけじゃない!)

 

 幹比古もすぐに収束系魔法で衣服と水の距離を離して服を乾かすと、ひっくり返ったボートを戻してから魔法で中の水を抜き、乗り込んで進んでいく。

 

 結局さきほどからやられっぱなしだ。将輝が使ったあの巨大な魔法は特にひどかった。

 

 しかしながら、何もできなかったというわけではない。

 

 ――平原側の岸でスタッフと言い争いをしている文也たちを見てほくそ笑みながら、幹比古はまだ先ほどの衝撃で大波が収まらない湖を、慎重に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三高の三人、止まりなさい!」

 

「げっ、もしかしてオーバーアタックか?」

 

 平原側の岸についてボートから降りる所に、複数人のスタッフが厳しい顔で待ち構えていた。やってることは逆流と転覆だけなので、いくら一歩間違えたら死ぬところだった溺れ方をさせたとはいえ、殺傷性ランクのレギュレーションにはひっかからないはずだが、それが一番わかっている文也でさえ、不安になるレベルで、あの魔法はすさまじかった。

 

 

 

 

 

 

 

「君たちは、まだ五周を終えていない。速やかにボートに戻り、もう一周回ってから直進コースを進みなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「…………は???」」」

 

 しかしスタッフからの宣告は、予想外のものだった。三人そろって仲良く間抜けな声を漏らし、顎が外れんばかりにポカンと口を開ける。思考停止してしまった三人は、スタッフが指さす方向を、促されるまま、壊れた玩具のように首を動かして見た。

 

 その指先が指す電光掲示板には――三高の周回数に、デカデカと、4と書かれていた。

 

『え、なんで?』

 

『そ、そんな!』

 

 オペレーターのあずさと真紅郎も、同時にそれを見たようで、目を丸くしている。

 

「おいおいおい、どういうことだ。俺たちは確かに五周したぞ。目ついてんのか?」

 

 こういう時に即座に復帰できるのが文也だ。なにせ自分こそが世界の中心だと思っているようなクソガキである。当然、間違いなく自分が正しいと信じて疑わないため、すぐに反論に移った。

 

「君たちは、五周目の前半で、一か所だけ旗の内側を回っている。これで一周しても、それは無効だ」

 

 タブレットで、反則対策に録画されていた映像を見せつけられる。

 

 確かにそこには、旗の内側を回ってしまっている三人が、ばっちりと録画されていた。一周したという主張は、見事に一蹴されたのである。

 

 文也、駿、将輝、さらにははたから見ている立場のあずさや真紅郎でさえ、旗の外側を当然走行していると思い込み、内側を走っていたのを見逃していた。さらに、電光掲示板の確認を怠り、周回数も見逃してた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最悪じゃねぇかあああああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やばいやばい!」

 

「おかしいな、確かに外側回ってるはずなんだけど!」

 

『うう、すみません、確認不足で……』

 

『目がついてなかったのは僕らみたいだったね……』

 

 文也が叫びながらギャグマンガのようなダッシュでボートに乗り込むのを皮切りに、駿と将輝も焦って乗り込む。冷静に見守り指示をする役割をこなせなかったあずさと真紅郎も、恥ずかしそうにか細い声で呟いた。

 

 平原コース側の岸まで直進してきて、最後の周回が無効の状態。つまり、最後の周をイチからやり直さなければならず、境目として設定されている森林コース側の岸に戻らなければならない。つまり、文也たちはこれから、直進コースを逆戻りして森林コース側の岸につき、そこから一周して、そのあとまた直進コースを進んで平原コース側の岸に戻る必要がある。

 

 超大幅なタイムロスだ。せっかく用意した将輝の渾身の魔法で相手に押し付けたロスの比ではない。

 

「ざ、ざまあみろー!!!」

 

「うるへーーー!!!!!」

 

 森林コース側の岸に直進して戻ったところに、ちょうど五周目を終えた幹比古が向かってくる。すれ違いざま、妨害魔法の応酬のついでに放たれた幹比古の慣れていなさそうな煽りに、文也は中指を立てて返した。

 

「……スポーツマンシップってなんだろうなあ」

 

 その様子を望遠鏡で見ていた、文也たちを咎めたスタッフは、先ほどまでの厳しい表情が嘘みたいに緩んだ態度で、ぼそりと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一時はどうなることかと思いましたが、上手くいきましたね」

 

 スポーツマンシップの欠片もないやり取りを見ながら、達也は安心したようにため息を吐く。

 

 将輝のあの巨大な魔法は、正直言って考えた人物の正気を疑うようなものだった。

 

 分散されたなら、相手が分散している範囲をまるごと攻撃すればよい。確かにそうだが、そんな範囲を攻撃できれば苦労しない。将輝の液体干渉魔法適性の高さなら実現できるだろうが、だからといって考えついて実行に移すのがまずどうかしている。分散に対する作戦を用意してきているだろうとは思ったが、まさかあんな力技だとは思いもよらなかった。

 

 将輝が使ったのは、水を上方向に勢いよく一瞬だけ伸ばして水柱を発生させる、『間欠泉』という魔法だ。水上戦闘の定番魔法であり、水面近くにいる敵を空中に打ち上げたり、それこそボートなどを転覆させるのに使う。持ち上がる瞬間だけでなく、その水が戻る瞬間に発生する衝撃や波もポイントだ。今回は、その定番を、頭のおかしい方法で応用していた。

 

 湖の外周全体を覆う一つの巨大な魔法にほとんどの観客は見えただろうが、達也の観察眼と動体視力は、それは違うということを見抜いている。あれは一つの巨大な魔法ではなく、いくつもの中規模な魔法の集合体だ。

 

『間欠泉』の式の末尾に、座標を一定の相対位置にずらして魔法式をコピーする式を組み込み、自動で大量の同じ魔法式が展開される。今回は、湖の外周コースを時計回りに一周する形でコピーされていったようだ。

 

 当然、全く同じ魔法式が後からコピーされるわけだから、後になればなるほど効果が表れるのが遅れる。今回はそれを利用して、時計回りに順々に『間欠泉』を連続で発現させることによって、ボートを舳先から持ち上げて転覆させたうえで、進行方向とは逆に無理やり押し流した。これで外周コースから逃れられない幹比古たち三人をまとめて転覆させ、さらに逆方向に流したのである。

 

(あいつらは本気で戦略級魔法師を生むつもりか?)

 

 達也は改めて頭を抱える。

 

 先日行われた『アイス・ピラーズ・ブレイク』において使われた将輝の大規模水素爆発魔法は、戦略級魔法『トゥマーン・ボンバ』に近しいものだった。当人たちは、『トゥマーン・ボンバ』の要である、魔法式の末尾に魔法式をコピーする式を組み込んで連続複製する『チェイン・キャスト』と達也が勝手に呼んでいる技術や、後からコピーされるゆえに発生するタイムラグを大量の魔法式間で調節する技術の二つが再現できていないから、遠く及ばないと思っているらしい。花音や五十里から聞いた態度ではそんな感じだ。

 

 しかしながら、さきほど使われた連続『間欠泉』は、まさしくその『チェイン・キャスト』が使われていた。「『チェイン・キャスト』が再現できてないから遠く及ばない」という態度を取っているが、それは水素爆発魔法に使っていないだけで、すでに実用可能レベルで実現していたのだ。タイムラグ調節こそしていないため、『トゥマーン・ボンバ』のほぼ完全再現とはいかないのだろうが、ここまでくればあと一歩だ。というか、今回は調節しないほうが効果が大きいからしていないだけで、もしかしたらもう実現しているかもしれない。

 

 実のところ、達也は、文也が『チェイン・キャスト』を再現しているのを知っている。何せ、あの地獄のような夜の死闘を終わらせる一手に使われたものだからだ。

 

 最愛の妹・深雪を恥辱の底に叩き落した魔法『ツボ押し』。全身の至る所に存在する快楽点をいくつも刺激して痴態を晒させ、それを体中に仕込んだ小型カメラで記録し、リベンジポルノもさながらと言うタチの悪い脅しの材料として使われたあの時。文也の『ツボ押し』が深雪の全身を舐め回り這いまわるように増殖していた。達也はそれを『精霊の眼(エレメンタル・サイト)』で知覚し、その正体を判別していた。

 

 あれは、『ツボ押し』の魔法式の末尾に、座標を自動で設定したうえでそこに魔法式を複製する式が組み込まれていた。設定座標は、全身の快楽点をランダムに、と言ったところだろう。『トゥマーン・ボンバ』の規模とは比べるべくもないが、あれはまさしく『チェイン・キャスト』だった。

 

 そんな、小規模な魔法式を増殖させて大規模な魔法にする技術『チェイン・キャスト』と、水への絶大な干渉力を持つ魔法師・将輝。ここに魔法式を用意する優秀なエンジニアが揃えば、あとは水を使った何かしらの大規模破壊魔法、下手すれば戦略級魔法に届くものが実現可能だ。

 

 例えば、それこそ『トゥマーン・ボンバ』。水を酸水素ガスにする範囲の広さはすでに証明されている。ここに『チェイン・キャスト』を組み込めば広範囲破壊魔法の完成だ。

 

 他にも、今見た通り、『チェイン・キャスト』で『間欠泉』をコピーすれば、小型船団ならば全部転覆、少なくとも押し流すことが可能だ。また一つ一つの『間欠泉』をもっと大規模に、それこそ大波かと見まがうような水の壁といえる規模まで上げれば、戦艦すらひっくり返せるだろう。

 

 そして、お披露目こそしていないが、達也が一番実現可能性が高そうだと踏んでいるのが、超広範囲『爆裂』だ。内部の液体を気化させて内側から膨張・破裂させる使い方以外にも、相手の近くにある水を急に気化させることで水蒸気爆発を起こして攻撃するという使い方もある。これを、広い水上、それこそ今みたいな湖上やもしくは海上などで広範囲に使えば、それは巨大範囲の水蒸気爆発となる。一つの巨大な『爆裂』ではなく、一瞬にして中規模の『爆裂』を大量に複製し、それをタイムラグ調整して一斉に起動すれば、効率的な広範囲水蒸気爆発魔法となる。気化させた直後に水分子を高速振動させてさらに威力を高めたりすればもっと効率の良い破壊が可能になる。巨大戦艦や空母すらも再起不能になるだろう。

 

(また新しいトラブルの火種だな……)

 

 今後、将輝は新たな戦略級魔法師の最有力候補として注目を浴び続けるだろう。開発に携わったであろう文也と真紅郎、それと穏やかな彼女がこれに関わっているとは信じたくないが、あずさも。また『チェイン・キャスト』の再現となれば、新ソ連が絶対に黙っていない。去年度九校戦で見せた『分子ディバイダー』の再現とUSNAの襲撃、それと同じ構造だ。

 

 絶対反省していない。達也は深い深いため息をついた。

 

「吉田君が上手くやってくれてよかったよ」

 

 一瞬の間に色々と考えこんでいた達也に、五十里が声をかける。

 

「本当です。古式魔法もやはり便利なものですね」

 

 そんな柔和な先輩に、達也は眉間のしわを揉んでほぐしながら返事をした。

 

 なぜ、三高は揃いも揃って旗の内側を走行してしまったのに気づかなかったのか。そもそも、なぜ将輝は旗の内側を走ってしまったのか。

 

 それは、すべてが文也たちのせいというわけではない。その勘違いを引き起こしたのが、幹比古の魔法である。

 

 古式魔法『虚ろ影』。対象物にそっくりな幻影を作り出す現代で言うところの光波振動系魔法と、対象物の認識をしにくくする現代で言うところの精神干渉系魔法、そして対象物を不自然でない程度の影で隠す現代で言うところの光波振動系魔法、三つの魔法がセットになったものだ。座標をずらした幻影を見せるという点では、『パレード』に似ている。

 

 この魔法によって、幹比古は、通常よりも5メートルほど内側に、コースを示す旗の幻影を文也たちに見せていたのだ。魔法感性が高い三人でも、ボートの操作や妨害や防衛に必死になっている途中では、隠密性に優れた古式魔法の発動を感知することができなかったらしい。水上はお手の物である将輝は当然、最速を目指すべく旗ギリギリのインを攻める。結果、偽物の旗ギリギリを攻めたことで、本物の内側を通ってしまったのだ。

 

 実は、元々これほどの効果は期待していない。将輝たちが規定よりも内側を走ってしまうが、はたから見ているから比較的冷静な上に認識阻害の精神干渉を受けないオペレーターのどちらかがすぐに気付くだろうと思っていた。だから、内側を走ってしまって、すぐに気付かれ、本来のコースに戻る。このちょっとした、それでも大きいタイムロスを相手に発生させるつもりだったのだ。

 

 しかしながら、幹比古が作った本物を見えにくくする影や偽物の虚像は、あまりにも上手くできていた。高いところから撮影する空撮ドローンで見るのが基本で、旗が小さくて見えづらいということもそこに重なり、認識阻害を受けていないあずさと真紅郎もまた、気づかなかったのである。

 

 そして意気揚々とそのまま進んでしまい、一高が予定していたよりも何十倍ものタイムロスを三高は背負わされた。実は内側を走った瞬間から岸のスタッフが将輝たちを停止させようと叫んでいたのだが、競技に没頭して、向こう岸について近くで止められるまで気づかなかったという間抜けな失敗もある。

 

 水上コース。あの将輝が最も得意とする場所で、大幅なタイムバンテージを得た。将輝たちが一周終えて直進に再び入るころには、幹比古も範蔵もとっくに岸について救命胴衣を脱ぎ終えて平原コースを進み始めている。そして幹比古が最後っ屁として残した、三月にあったあの大事件で見せた『海の八岐』の小規模版を乗り越えながら文也たちがようやく平原コース側の岸についたころには、かなりの差が開いていた。

 

 しかしながら、この平原コースもまた危険だ。壁になる障害物がほとんどない。中・遠距離からの砲撃魔法による飽和攻撃をお家芸とする将輝から追いかけられるとなると、厳しい闘いになる。距離による主観的な魔法の使いにくさをモノともしない文也も、こちらが後ろに向けて放つ妨害を難なく避けてトップスピードで走り続けられる駿も、厄介なのに変わりはない。

 

 桐原が失格になった。ここからは、まず追いつかれないことが重要だ。

 

 もし追いつかれて、本格的な戦闘になれば――数的不利で、一高は負ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お互いを気にせずトップスピードで! 追いついて乱戦に持ち込めば有利です!』

 

「合点承知の助!」

 

 ボートから降りるや否や、ドローンで全体を把握ができているあずさから指示が飛ぶ。

 

 三高がやるべきことは、まず追いつくことだ。大きく差は開いているが、一度追いついて相手を足止めすれば、数的有利の戦いに持ち込める。そのためには、固まって動くというセオリーを無視してでも、それぞれにトップスピードを出して追いつくのが最適だ。

 

 まず飛び出したのは将輝と駿。この二人は素の運動神経が良く、それは魔法を併用した移動にも大きく影響する。

 

 まず、駿が使っているのは、定番の自己加速術式と飛行魔法の併用だ。去年の『モノリス・コード』新人戦で文也が見せた移動方法とほぼ同じである。ずっと浮遊するのではなく、踏み出した時の歩幅を浮遊によって増やしつつ自己加速術式で速度を上げている。また身体コントロールにも優れているため、それだけの速度を出していながら、妨害や障害物をものともしていない。速度や踏み出す位置を上手に調整し、ほぼ減速せず障害物をひらりひらりと華麗に超えている。

 

 将輝も同じく自己加速術式を使っているが、併用しているのは『疑似瞬間移動』だ。疑似とはいえ「瞬間移動」の名を冠するこの魔法の速度は圧倒的である。ただしその速度のせいで小回りは効きにくく、四方八方からくる妨害を避けながらの移動や、障害物を乗り越えるといった動作が挟まる場合には適さない。しかし、将輝はその圧倒的な魔法力を以ってそれらの問題を無理やり解決している。

 

 まず、四方八方からの妨害に関しては、自身が通る真空のチューブの外側に障壁魔法を展開することでクリアしている。『疑似瞬間移動』自体高度な魔法なのに、さらにこれだけの広範囲に障壁魔法を張り続けられるのは、将輝にしかできないことだ。

 

 そして障害物に関しては、『疑似瞬間移動』のゴール地点を障害物の手前に設置し、その終わりの着地の瞬間、足裏を起点として座標入力を省く小技を併用しつつ、その障害物にあった魔法を行使している。土でできた身長ほどの壁を乗り越えるならジャンプ力を増幅する魔法、網潜りなら着地の衝撃を網の入り口を持ち上げる力に変換する魔法、高さがバラバラなハードルが狭い間隔で並んでいるところは着地の反作用を増幅して跳びあがりそのまま飛行する魔法。いくつかの魔法をハイレベルにマルチキャストできる将輝だからこそできることだ。

 

 一方、文也には運動神経も反射神経も強い干渉力もないため、やや遅れ気味だ。『疑似瞬間移動』を展開できる距離も短く、速度も将輝に劣る。距離が短い点は『パラレル・キャスト』のごり押しで真空チューブ領域を連結することで解決してはいるが、非常に効率が悪い。障害物への対応も二人ほど要領よく対応できず、どうしても一瞬もたついてしまう。

 

「くそ、もう追いついてきやがった!」

 

「この!」

 

 後ろから妨害しながら追いかける三高に対し、一高は後ろを狙いながらとなるため、追いつく側の方が有利だ。駿と将輝の類まれなる適性もあって、互いの差は10メートルほどまで縮まっている。

 

 幹比古は悪態をつく範蔵に先にいかせながら、準備していた反撃魔法を放つ。

 

 走り抜けた際に設置していた精霊が活性化し、草が駿と将輝の脚に強く絡みつく。「ちょっとまとわりつく」程度の従来の『乱れ髪』ではなく、相手を拘束することを目的とした、達也がアレンジした別バージョンだ。草の綿密な操作と、走っている相手に絡みついてもちぎれないほどに草を強化する手順が必要なため、術者の負担も増えて行使までの時間も長くなってしまったが、こうして先行したうえであらかじめ精霊を設置して発動準備しておけば無問題だ。

 

「うおっと!」

 

「お、がっ!」

 

 相手の背中を睨みながら追いかけていただけに、足元はお留守。二人とも見事にそれに引っかかってしまった。駿は流石の反射神経で転ぶことはなくなんとか耐えきり、足に絡みつく草を、足と草の相対距離を勢いよく突き放す収束系魔法で無理やりちぎってまた走り出す。

 

 しかしながら、将輝は反応しきれず、全力疾走していたこともあって思い切り前に倒れこんでしまった。両手を前に出しての受け身すら敵わず、したたかに身体を打ち付けてしまい、一瞬だけ意識が飛んでしまう。

 

「予定通りだね!」

 

 幹比古がそれを見てほくそ笑む。そしてここまで隠し持っていた鉄扇型のCADを取り出し、その中の一つの薄い鉄板を抜き出して、その呪符に登録された魔法を行使する。

 

「させるか!」

 

 それにすぐ反応した駿が、事前にいくつか準備しておいたサイオンの弾丸をそのCADに向けて放つ。しかし幹比古が『サイオンウォール』を同時に展開していたため阻まれてしまう。駿と当たることを想定して、魔法と『サイオンウォール』の同時使用を達也が練習させていたのだ。

 

「かっ、こっ、こほっ!」

 

 将輝が苦し気にあえぐ。転んで地面に倒れてしまっていた将輝に、草が蠢いて絡みつく。その様はあまりにも異様で不気味で、駿は本能的な恐怖を覚える。

 

 本来の将輝なら、周囲の草を操作できないように『干渉装甲』を展開できたはずだ。しかしながら、勢いよく転んでしまったせいで、拘束を許している。『干渉装甲』自体は展開できており、その点ではさすがだが、苦しい中でとっさにやったため強度が低く、現象の強さで優る古式魔法の発現を許してしまっていた。

 

 それでも、すぐに回復するはずなのだから、ここまで拘束されないはずだ。しかし、いまだに許してしまっている。

 

 その理由は、将輝の口の周りにまとわりつく、二酸化炭素濃度が高い空気の蓋のせいだった。『ドライ・ミーティア』のように全部が二酸化炭素というわけでもないため中毒症状にはならないが、あまりの酸素の薄さに正常な呼吸が回復できないのだ。

 

 この二つの魔法は、幹比古が二段階目として仕込んでいたものだ。転ぶであろう地面を予想して精霊をあらかじめ設置し、見事に転んだところに発動する。全身を地面に縛り付ける『乱れ髪』の強化版『くさくちなは』で拘束し、口元周辺に二酸化炭素を集める『肺搾り』で呼吸困難に陥らせる。これ以上ないほどに予定していた流れが上手くいったのである。

 

『服部君が来ます!』

 

 それを破ろうとするも上手くいかない駿の耳に、あずさの声で予想しなかった名前が出てくる。

 

「これで終わりだ!」

 

 駿はとっさに声がしたほうを見た。そこにいたのは、はるか先行していたはずの範蔵だ。先にゴールされても構わないと放置していたのだが、彼我の距離は思ったよりも近い。

 

 騙された。

 

 駿は即座に理解した。

 

 仮に範蔵が先行してダントツでゴールしても、駿たち三人が欠けずに全員ゴールすれば、今までの経過タイムからすると、失格でタイムが二時間扱いとなっている桐原を加味すれば勝てる。範蔵が先行するような態度を見せた時点で、戦う相手がノーリスクで一人減るからチャンスとすら思っていた。

 

 しかし、範蔵は全力で先行していなかった。おそらく、あずさや真紅郎にも察せられない程度に速度を落として、様子を伺っていたのだ。

 

「させるか!」

 

 駿はサイオンの弾丸を放って何かしようとするのを妨害する。しかしながら、絶妙に開いた範蔵との距離のせいで、それは間に合わなかった。先行すると見せかけた速度調整は、これも視野に入れてのことだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――!」

 

「将輝!」

 

『将輝!』

 

 

 

 

 

 

 地面に伏せった将輝が光を放ちながら、声にならない悲鳴を上げる。駿と真紅郎が、それぞれ悲痛な声で親友の名前を呼ぶ。

 

 幹比古が用意した魔法は、拘束と酸欠だけではない。絡みついた草の電導率をあげる魔法も使っていた。そこに範蔵が、雷撃魔法を打ち込み、将輝の全身に電気ショックを加えた。それを防御することなく受けてしまった将輝は、ついに完全に意識を失ってしまう。

 

「野郎! セコい真似しやがって! 性悪どもが!」

 

 そこに、怒りに顔をゆがめた文也がついに追いついて、罵り声をあげながら、嵐のように大量の攻撃魔法を連打する。それは攻撃に見せかけて、将輝を守るためのものだ。気絶させられはしたが、まだヘルメットは外されてないから失格ではない。極論、気絶した将輝をこのまま運んでゴールしても、それはゴールした扱いになるのである。当然、魔法によってヘルメットが外されるのを防ぐために、将輝とヘルメットの相対距離を固定する硬化魔法も忘れない。

 

「駿! その寝坊助を叩き起こしてくれ! 俺が全部引き付ける!」

 

 ここに追いつくまでの間に文也が投射手前の状態で置いておいた魔法は、先ほどの攻撃魔法の雨を差し引いてもざっと30を超える。これらをスタートしてあらゆる魔法によって抵抗し、その間に目覚めるのを待つ作戦だ。

 

「わかった! くそっ、中条先輩が男だったら良かったのに!」

 

『しれっと変なこと言わないでください!』

 

 駿の本音に、あずさが顔を真っ赤にして言い返すが、当人はそれを無視して、将輝の名前を呼びながら揺すって起こそうとする。精神干渉系魔法に精通するあずさならば、気絶状態から無理やり回復させる『覚醒』などでたたき起こすことができるが、あいにくながら駿にそれはできない。あずさが男だったらここで即座に回復させることができたので、この瞬間に限っては偽らざる本音だ。

 

「一人で相手するつもりかい?」

 

「転校してずいぶん偉くなったようだな、井瀬」

 

 そして、将輝をなんとしても失格にしようと、幹比古と、わざわざ戻ってきた範蔵が、文也と対峙する。範蔵はいつも通りだが、幹比古は懐から取り出した10センチメートルほどの黒塗りの棒を伸ばして1メートルほどにして構える。

 

「あの時のお礼だよ!」

 

 そして幹比古は自己加速術式を併用して急接近し、文也の胸めがけて昆のような棒を突き出す。しかしながら、それはあまりにも距離が足りない。

 

 だというのに、文也は横に飛び退いてそれを回避するような動作をする。

 

 その直後――その黒い棒が、文也が先ほどまでいた場所を高速で通り過ぎた。

 

 そしてさらに、突き出すような動きをしていた棒は、いきなり横方向に動き出し、文也を叩くように追いかける。それに対して、文也は移動方向を変える魔法式を纏った裏拳を叩きつけて逸らすことに成功した。

 

「上手だねえ、冥利に尽きるわ畜生」

 

 文也は真由美お手製暗黒チョコレートの次ぐらいに苦い物質を噛み潰したような表情で幹比古を睨む。そんな幹比古の手元に残っているのは、30センチメートルほどの棒だ。そしてそこに、文也に逸らされてあらぬ方向にとんでいった棒が戻ってきて、またもとの1メートルほどの棒になる。

 

 この棒の名前は『如意棒』。幹比古が昨年度の冬に手に入れた新たな武器だ。

 

 その仕組みは、硬化魔法で取っ手部分と剣部分を分離し、硬化魔法で相対距離を固定して自在に間合いを変えられる『とんでくん』と全く同じものだ。伸縮自在の棒だから如意棒、分かりやすいネーミングである。

 

 しかしこれだけでは芸がなく、別の機能も備わっている。

 

 なぜ、文也はこの質量があるわけではない棒を防ぐために、わざわざ障壁魔法でなく軌道をそらす魔法を使ったのか――その答えが、この別の機能だ。

 

 先端部分には、文雄のモーニングスターのように刻印魔法が施されていて、サイオンを流すと魔法が発動するようになっている。その魔法は、移動速度がゼロになったらもう一度元の速度に戻って動き出す古式魔法『壁抜け』だ。対物障壁で防ぐという最もメジャーな手段に対するアンチ戦術として生み出された古式魔法で、強力で有用性が高い。その特徴は、使用者がサイオンを流すのではなく、先端部分が対物障壁に触れたとき、その魔法式を構成するサイオンを勝手に吸い取る点だ。対物障壁に触れた瞬間、相手のサイオンを吸い取って移動速度を戻しまた進む。まさしく、壁を抜ける忍術のようだ。

 

 しかし多くの欠点が存在する。事前に刻印をつけた有体物でしかできない点、対物障壁の術者の干渉力が高く強固な魔法式だったらサイオンを吸い取れず不発になるという点、速度を直接ゼロにする魔法にしか無意味という点、刻印が記されているがゆえに移動系魔法で飛ばした物体では魔法が被って不発になる点、『情報強化』と併用できない点など、様々だ。有用性が高いながらも汎用性が低く、採用されることはまずない。文也はそれを知っていて、速度を直接ゼロにするのではなく、逸らすことを選んだのだ。

 

 なぜ文也がこれを知っていたのか。これは簡単な話だ。この如意棒の開発者兼名付け親が、まさしく文也だからである。

 

 吸血鬼――パラサイトについて幹比古から情報を得ようとしたとき、お礼として用意したうちの一つが、この如意棒だ。面白い古式魔法があるということで作ってみたものの使いどころがなく処理に困っていたのだが、古式魔法師である幹比古ならば変わったマニアックな品として喜んでくれるだろうと思って持ち出したのである。二つの内のもう片方のお宝盗撮本は燃やされてしまったため、幹比古はこちらを得ることになった。

 

「冥利に尽きる」とは、ただの一発芸みたいな武装一体型デバイスだというのに、これ以上ないほどに有効活用してくれたことだ。敵として向かい合っているのは、なんとも皮肉な話である。

 

「しっかしまあ、ずいぶん魔改造してくれたな。司波兄がやったのか?」

 

 少し離れたところにいる範蔵が放つ攻撃魔法を準備していた対抗魔法で防ぎながら、文也は問いかける。

 

 文也が渡した時の如意棒は、メジャーなイメージに則って鮮やかな朱色と黄色だ。しかし、今は見えにくいように黒塗りになっている。また先端部分は重さが増して威力が増えているし、何よりも――

 

「思ったより痛かったぜ」

 

 ――速度を直接ゼロにしたわけでもないのに、文也の手の甲に強い痛みを与えていた。

 

 これは、元の『壁抜け』ではありえない。文也が防御として使った魔法は『バウンド』で、移動ベクトルを真逆にするというもの。速度をゼロにしたわけではない。だというのに、逸らせはしたものの、なぜか文也の手の甲には確かなダメージが与えられていた。

 

「残念、達也じゃなくて、柴田さんだよ」

 

「へえ、あの巨乳メガネっ子か」

 

 文也の問いかけに、幹比古は別の攻撃魔法も併用しつつ如意棒で攻め立てながら答える。

 

 幹比古は、九校戦のメンバーに選ばれてから、何かに使えるかと思って、微妙に持て余していたこの如意棒を達也と美月に渡して改造を依頼した。達也は他選手からも引っ張りだこのため忙しく、彼はアドバイスを与える程度で、改造のほとんどは美月がしてくれたものだ。

 

 手から離して使うのだから、どんなに重くしても振りやすさは変わらないため、収納中の動きを鈍らせない程度に先端を重くした。相手から見えにくいように、黒塗りにしてつや消しもした。

 

 そして、先端に刻まれた刻印魔法『壁抜け』を、ほんの少し改造してもらったのだ。

 

 その魔法は、「方向ベクトルが変わった場合、一瞬だけ元のベクトル方向に元の速度で移動する」というもの。サイオンを吸収する仕組みは変えていない。これによって、裏拳に『バウンド』を纏わせた文也の手の甲を、如意棒が一瞬だけ叩いたのだ。

 

 この魔法の名前は『壁埋まり』。『壁抜け』のように通り抜けるわけではないが、一瞬だけめり込む。これまでの古式魔法にも現代魔法にもない、オリジナルの古式魔法だ。

 

 故に、文也はその対策ができない。生半可な現代魔法ならば、世界が改変される違和感から改変内容が大体わかるが、『壁埋まり』は古式魔法であるがゆえに、それがわかりにくい。分かってしまえば、通り抜けるわけではないのだから普通に自分から少し離して対物障壁を展開すれば解決するのだが、文也からすれば、まだ『壁抜け』のバリエーションだろうという予測しかできず、対処法が分からない。

 

「くそ、厄介だな。こんなことならそれじゃないくて棒アイスにでもしておけばよかったか?」

 

「いや、渡す前に溶けるでしょ」

 

 文也は悪態をつきながら、『硬化魔法』で先半分を固定している点は変わらないと踏んで、開発者としてその弱点を突こうとする。相対距離を固定しているのだから、持ち手か先端のどちらかに『情報強化』を施してやればそれは解除される。しかし、古式魔法版『硬化魔法』――硬化を目的とした魔法ではなくもともと距離固定を目的としていたものだ――の干渉力を上回ることができず、また黒い棒が頭を横殴りにしようと襲い掛かってくる。なんとかしゃがむことでそれを避けたが、身動きがとりにくくなったところを狙って範蔵から『ストーン・シャワー』が放たれる。文也は準備していた『減速領域』でそれらを抑え込んでから転がって、そのついでに幹比古の持ち手を狙って『振動破壊』を仕掛ける。それは吉田神道流の古式魔法版『情報強化』で防がれてしまうが、そのおかげで相対距離固定魔法も解除せざるを得ず、幹比古は苦々し気に先端部分を放棄した。

 

「駿! その棒を早く奪え!」

 

「わかった!」

 

 その幹比古の狙いに、文也も駿も気づいていた。文也を狙い続けると見せかけていた先端部分は、今なお気絶している将輝の近くに転がっていた。どさくさにまぎれてヘルメットを叩いて外すか、はたまた駿を攻撃するつもりだったのである。これをこのまま放っておいたら再度操作されかねず、奪って、少なくとも刻印を壊すさなければならない。

 

「目ざといやつ!」

 

「それぐらい周りの人にも気を遣ったらどうだ!」

 

 それを黙って見ているはずもなく、幹比古はここで如意棒を放棄してでも将輝のヘルメットを外そうと操作をし、範蔵は大量の魔法で駿の妨害をする。しかし、駿は『多重干渉』でそれらを退けた。単一の『領域干渉』ならば駿の干渉力で防げるものではないが、『多重干渉』の紡ぎだされる間隔を「ゼロ」に設定して同時に大量の改変内容を定義しない魔法式の展開を可能にした。さすがにこれではどの魔法も不発となり、駿に先端の回収を許してしまう。

 

 そのまま駿は、回収した黒い棒の両端に上方向の、真ん中に下方向の強い圧力をかける魔法でへし折り、刻印を無効化すると、それをポケットに入れる。

 

 これでひとまず安心だ。駿はほっと溜息をつくと、また将輝を起こそうとそちらを向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『森崎君ジャンプして!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、耳元から聞こえたあずさの大声に従い、無茶な体勢でジャンプする。その直後、さきほどまで自分の脛があった場所を、「黒い棒」が高速で通過して――倒れている将輝の頭をしたたかに打ち付け、そのヘルメットを弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一つだけだと思った? 残念だったね」

 

 幹比古は勝ち誇った笑みを浮かべながら、自分の手元の持ち手に放っていた先端部分を回収し、電磁ロックでくっつけるとそれを縮めて懐にしまう。

 

 先端部分は一つだけ。そう思い込んでしまったのが、三高サイドのミスだった。文也は『とんでくん』『如意棒』の開発者であり、最大の弱点である先端部分の回収は当然知っているはずだ。そこを逆手に取り、幹比古は「先端部分のスペア」を持ち込んで隠していたのである。範蔵には『ストーン・シャワー』など派手な魔法で対応してもらい、戦闘に紛れて草の中にこっそり放って置いておく。そしてタイミングを見計らってそれを操作し、倒れている将輝のヘルメットを狙ったのだ。叩いただけではフルフェイスヘルメットが吹き飛ぶはずもなく、インパクトの瞬間の角度や方向で綿密な操作を要するため、相手が油断したタイミングでなければできない。だからこそ、こういう時を想定してスペアを持ち込んでいたのだ。

 

「お先に失礼!」

 

 幹比古と範蔵が勝ち誇った笑みを浮かべながら背を向け走り去っていく中、文也と駿は、あまりの出来事に、端正な素顔を晒して倒れている将輝を唖然と見て立ち尽くすしかできなかった。

 

 

 

 

 

『――二人とも、突っ立ってる場合か!』

 

 

 

 

 そんな二人の耳に、真紅郎の激しい声が突き刺さる。

 

『前を向いて走れ! まだ勝負は終わってない!』

 

 感情的になる事は多いが、声を荒げるところは片手の指で足りるほどしか見たことがない。そんな真紅郎のきいたことのない声に、二人はハッと我に返り、まだ混乱したままながらも、幹比古たちを追いかけるように走り出す。

 

 将輝が負けた。それを一番信じられないのは、大親友である真紅郎だ。だというのに、その混乱を抑え込んで、文也と駿を叱咤してくれた。

 

 そのことに気づいた文也と駿は、徐々に表情に活力が戻り、それとともに走る速度も増していく。

 

「オーケイ、目が覚めたぜ! あんちくしょうめ、せこいこと考えやがって! あのワルガキ二人に復讐だ!」

 

「全くだ! やんちゃなやつらには風紀委員としてお灸をすえてやらなきゃな!」

 

 滅茶苦茶なことを叫びながら、二人は闘志の籠った目で、だいぶ距離が詰まって近くなった背中を睨む。まだ後ろから追いかけるほうが有利なのは変わらない。また攻撃密度が最も高い文也が戦列に加わったことで、妨害はより苛烈さが増していく。

 

 地面が急に盛り上がって躓かせる。急に空気が硬化して強かに顔面を打ち付ける。服に水滴がまとわりついて動きにくくなる。滑って転ばされる。吸う空気から酸素を奪われる。砂礫が襲い掛かってくる。泥団子が顔面に襲いかかってくる。ありとあらゆる方法で、幹比古と範蔵の行く手を阻む。それらの妨害の嵐を必死に防ぎながら前に進もうとするが、その攻撃の密度は尋常ではなく、防ぎきれない。しかも厄介なことに、防御魔法を行使しようとしても、駿の『サイオン粒子塊射出』が何回も差し込まれて、妨害を受けざるを得ない。

 

 そして平原コースも終わり際。地面の草は薄くなり、泥が露出してくる。女子の時には固まった地面だったが、男子のタイミングでは障害物が一部強化され、ここに大量の水がまかれて酷い泥道の中を進むことになる。

 

「こうなったら僕のフィールドだ!」

 

 草に比べて、泥ならば妨害に使いやすい。「そこにあるもの」を利用して戦うのは、古式魔法に分がある。

 

「どろんこ遊びがお好みか!」

 

 そんな幹比古に文也が叫ぶ。泥の地面は悪戯には絶好の場所だ。文也もまた、ここで勝負を決めるつもりでいた。

 

 幹比古が使ったのは『沼底の手』。泥の中に沈んだ相手の足周辺の水分を奪って一瞬で固めて、まるで何かの化け物に足を掴まれたかのように拘束する魔法だ。

 

 一方で文也が使ったのは、『泥波』。大量の泥が巻き上げられ、幹比古と範蔵に襲い掛かる。

 

 大量の泥を至近距離からぶつけられて二人は身動きが取れなくなる。文也も魔法を防ぎきれず拘束されるが、駿が無理やり引っこ抜いて救い出した。すかさず範蔵が駿の足元を狙って泥の塊を放つが、一瞬で展開された『減速領域』がその勢いを落として落下させる。ならばと範蔵が泥の振動数を減らして固体化させて拘束しようとするが、文也が準備していた『振動固定』により効果を成さない。

 

「よーやく捕まえたぜ!」

 

 そして地面スレスレの飛行魔法で一気に距離を詰めた文也が、幹比古の脚を狙ってタックルをする。飛行魔法の勢いもあって幹比古はそれを防ぎきれず、泥水を跳ね上げながら二人そろって掴みあいながら転がる。

 

「先輩の相手は俺ですよ!」

 

「上等だ!」

 

 それを放置して、駿と範蔵は全力疾走で並走しながらにらみ合う。

 

 

 

 

 ――誰も気づいていないが、この戦いの組み合わせは、運命的だった。

 

 

 

 

 駿と範蔵。どちらも、去年の夏休みまでは、極度の魔法至上主義者だった。その態度と発言は苛烈で過激。

 

 しかし二人は、それぞれのきっかけで、そこから抜け出し、さらに大きく成長していった。

 

 そんな二人が、この大舞台で一騎打ちをすることになった。病院に駆け込んだ真由美が見ていれば、何か思うところがあったかもしれない。

 

 高速で放たれる攻撃魔法と対抗魔法がぶつかり合う。範蔵が攻め、駿が防ぐという構図だが、その合間合間に目にも止まらぬ速さで駿の攻撃が差し込まれる。範蔵はそれに、待機状態にしておいた魔法で対抗して防ぐ。この激闘の中で範蔵は文也の秘密を暴き、練習もなしにそれを成功して見せた。駿の速度に追いつくにはそれしかない。多数の魔法の同時処理のせいで脳の神経が焼き切れそうになりながらも、範蔵は攻撃の手も緩めずに、そして全力疾走を続ける。その走る速度にも、駿は追い付いてぴったりと横につく。

 

 そして駿は、何を考えているのか、試合開始から使っていた腕輪型CADを外し、範蔵に投げつける。腕にぴったりと張り付くタイプのそれは魔法によって操作され、範蔵の目をアイマスクのように覆うように動く。

 

「CADを捨てるとは魔法師の風上にもおけないな!」

 

 しかし範蔵は、それをいともたやすくつかみ取って投げ捨てる。CADを捨ててまでしたとは思えないお粗末な攻めだ。

 

「もうそれはいらないものでしてね!」

 

 そして駿がいつの間にか、今の一瞬で抜いていたのは、拳銃型の特化型CADだ。自己加速術式が止まっている様子がないことから、登録されているのは加速系・移動系の複合魔法ばかりだろう。

 

 確かにゴールはもう間近だ。あとは速度を出して少しでも早くゴールするのみのため、それは理に適っている。

 

 しかしながら――その判断はあまりにも安直だ。

 

「油断したな!」

 

 移動系・加速系の複合と言うことは、最低限の防御魔法である対物障壁は間違いなく登録されているだろう。その程度の保険は用意しているに違いない。しかし手段がそれだけしかないと分かれば、それとは関係ない魔法でいくらでも攻撃できる。防御手段を捨てたのは明らかなミスだ。

 

 範蔵は電撃、熱波、振動、二酸化炭素など、対物障壁が関係ない攻撃を一気に行使しようとする。ここで倒して失格にすれば、勝利はほぼ確実だ。

 

「油断しましたね!」

 

 しかし、それらの魔法は不発に終わる。駿は今までと違って、CADの照準を一切範蔵に向けていない。それだというのに、大量のサイオンの弾丸が正確無比に範蔵のCADを狙い撃ち、魔法は不発となる。

 

『CADなしでこんな精度が!?』

 

 範蔵の耳に、達也の珍しく動揺した声が入ってくる。確かに、これといった式を必要としないサイオンコントロール系の無系統魔法は魔法式を必要としないため、CADの影響は少ない。しかし、通常の魔法師ならば、「サイオンを固める」「射出する」という魔法式を使った方が速度も精度も圧倒的に良い。

 

 しかし駿は、その領域を超えていた。自分だけの取柄として『サイオン粒子塊射出』を磨き続けた駿は、CADや魔法式なしでも、使っているのと遜色ない速度と精度を得た。世界で一番サイオンコントロールが上手い親友のワルガキとずっと一緒にいるのだ。これぐらいできるようにならなければ、割に合わない。

 

 森崎家のクイック・ドロウ。魔法そのものの技術だけでなく、それに付随する身体技術を磨いてきた森崎家のお家芸だ。

 

 駿はそれをさらに越え、CADをドロウする、という領域からすでに飛び出している。CADを抜くことすらなく、魔法による攻撃を防ぐ。この防御方法に干渉力はほぼ関係ない。速度と正確な射撃能力と言う取柄を徹底的に磨いた、駿だけの技術だ。

 

 妨害しようとして失敗した。もう目の前がゴールという場面での失敗は、駿から見たら大きな隙だ。

 

「それではお先に失礼!」

 

「させるか!」

 

 特化型CADに切り替えたことで自己加速術式の効果が増し、ついに駿が範蔵の前に出る。それを受けた範蔵も、ついに妨害は諦め、自己加速に専念する。運動神経や魔法の「息継ぎ」は駿の方が勝るが、出力の高さは範蔵の方がやはり上。純粋なパワーの差があるため、すぐ追いつかれる。

 

「「――――!」」

 

 声を上げることすらしない。ひたすらに歯を食いしばり、泥まみれの地面を駆け抜ける。慣性中和術式は併用しているが、空気抵抗を抑える魔法を使うだけの余裕はない。強く踏み込んだせいで跳ねあがる泥が顔面にかかるのも気にせず、二人は前傾姿勢で脚を動かし続ける。

 

 そして――二人並んで、ゴールラインを超えた。

 

「ぐっ! っつつつ……」

 

「…………げほっ、げほっ」

 

 ゴールした後のことは気にも留めず全速力で駆けていたため、ゴールしたあとのブレーキに二人とも失敗した。泥だらけの体で草原の上を勢いよくゴロゴロと転がり、ゴールから何メートルも離れたところでようやく静止する。

 

「やるじゃねえか、森崎」

 

 範蔵は疲れが限界に達し、また背中を強く打ったせいで起き上がることができないため、寝っ転がりながら、大きく成長した後輩を讃えた。

 

 しかし、その視線の先に、痛がって蹲っていた駿はもういなかった。いつの間にか立ち上がり、ゴール方向に走って行ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「文也!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なにせ、彼の親友は、まだゴールしていないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の運動能力で接近戦とはいい度胸だね!」

 

「テメェ、なんでそんなほっそい体からそんな力が出るんだよ!」

 

「井瀬と違って鍛えてるんだよ! お父さんを見習ったらどうだい!」

 

「できたら苦労しねえわ!」

 

 2096年度九校戦。その最後の最後の戦いは、あまりにも無様だった。

 

 高校生二人が、ぐしゃぐしゃの泥の中で取っ組み合いの喧嘩をしている。はたからみたらそうとしか見えない有様だ。

 

 しかし両者の体格差は歴然としている。方や小学生で筋肉も脂肪も少ない体型。方や見た目はひょろりとしているが普段から鍛えていて引き締まった筋肉を持っている。その二人が取っ組み合いの接近戦をすれば、幹比古が有利になるのは当然のことだった。

 

 幹比古は文也に上から組み伏せられるが、自分の体をねじって文也の軽い体をひっくり返し、逆に上を取るとそのフルフェイスヘルメットのフェイスガードを掴んで、地面に後頭部を叩きつける。魔法を併用しない殴打等は反則になるが、サイオンを薄く手のひらにまとわせているから問題ない。魔法の効果は全く出ていないが、魔法さえ併用していれば実質普通の近接攻撃もアリなのである。これもズル賢い達也が思いついた作戦だ。

 

 後頭部を強く叩きつけられた文也は一瞬意識が飛ぶ。この隙にと幹比古は立ち上がってゴールを目指そうとするが、同じくズル賢くて同じ結論に至ったのであろう文也が、サイオンを薄く纏った手で幹比古の足首を掴む。それで転ばされるようなことこそないが、思いのほか早い復活だったため幹比古は反応しきれずバランスを崩す。その隙に文也は立ち上がり、幹比古の襟首をつかむ。そしてそのまま軽々と持ち上げると、そのまま地面に投げつけた。

 

「い、つつ!」

 

 幹比古は体のバネを使って空中で姿勢を制御し、叩きつけられることなく足の裏でしっかり着地し、膝で衝撃を吸収する。しかしそれでも、幹比古に加わった衝撃は大きかった。

 

 文也のパワーでは、幹比古を片手でやすやすと持ち上げることは当然できないし、ましてやこんな風に投げることはまず不可能だ。当然、魔法を併用してる。

 

 使った魔法は『質量偏倚』。「偏倚」と付くが収束系魔法ではなく、加重系魔法だ。対象物の見かけ上の質量を軽くして、その直後に軽くした分だけ重くする。一瞬の間の質量分布を偏らせる魔法だ。これによって軽々と持ち上げ、投げつける瞬間に体重を偏らせてダメージを大きくしたのだ。

 

 その衝撃のせいで一瞬だけしゃがんだまま動けなくなった幹比古は、文也からフェイスガードを強かに蹴られてのけぞり、尻もちをつく。そしてさらに胸を蹴られて、泥の中に仰向けで倒される形になった。

 

「そこで一生寝てろ!」

 

 文也が叫ぶと同時、幹比古の周りの泥の振動が小さくされて固体化していき、彼を拘束する。しかし、幹比古はなんとか古式魔法版の『領域干渉』でそれを押さえつけ、体のバネを使って一気に起き上がり、その勢いで文也のみぞおちに殴りかかる。しかしそれは対物障壁によって防がれる。

 

 だが、それは囮。本命は文也の背後から放った『雷童子』だ。しかしそれも文也が準備していたのであろう対抗魔法で無効化される。

 

『幹比古、井瀬から離れろ!』

 

「わかってはいるんだけどね!」

 

 達也からの指示に、幹比古は苦しそうに返事をする。

 

 接近戦ともなると体格差がそのまま有利・不利に直結する。ましてや運動能力すら大きく離れているのだから、幹比古の方がその点で言えばはるかに有利だ。

 

 しかしながら、事前の作戦会議で、幹比古は文也と接近戦で戦わないことを達也から厳命されている。当時はどこで知ったのかはさだかではなかったが、文也が魔法を併用した接近戦においても厄介であることを知っていたらしい。

 

 完全思考操作型CADを何十個も同時に使う接近戦。達也の口からそう聞いた時、幹比古は思わず天を仰いだ。

 

 なるほど、確かに、文也ならばそれが可能だ。CADを何十個も『パラレル・キャスト』できるし、完全思考操作型CADも、この二月の末ごろから、『マジカル・トイ・コーポレーション』を筆頭として次々と発売している。この二つが合わされば、机上論では可能と言えるだろう。

 

 しかしながら、完全思考操作型CADは、普通に使うだけでもかなり難しい。なにせ指先スイッチや音声認識という生まれたときから物理現象として感じ続けているものを使うのではなく、いわば体内の「気」だとか「オーラ」「波動」「プラーナ」に当たるサイオンを操作して使うのだ。その程度のサイオン操作は、大体の魔法師は息をするようにできるが、やはり指でスイッチを押すのに比べたら少しばかり精神力や思考力のリソースを使う。これを、接近戦をしながら、何十個ものCADを同時に使い分けるというのは、幹比古からすれば狂っているとしか言いようがない。脳の処理能力とサイオンコントロール、どちらもが異常なのだ。

 

 そんな文也を魔法を併用した接近戦で相手にした場合、幹比古にも大きな不利が生まれてくる。

 

 それは、同時に使える魔法の差と、魔法の速度の差だ。接近戦においては魔法の速度がより大きなファクターとなる。幹比古は速度でやや劣る古式魔法師で、使うCADは汎用型で、操作は基本指。対する文也は、特に速度を取柄とする現代魔法師で、ほぼ全てが特化型を超えた専用CADで、操作は完全思考操作。魔法に関係する部分では、あらゆる面で幹比古が不利なのである。

 

 最初の内は文也が魔法を準備しきれていなかったみたいで、体格と運動神経の差で有利を取れた。しかしながら、体勢を整えられたら、とてつもない不利。それは相手も分かっているみたいで、距離を取ろうとしてもぴったりくっついて離れない。

 

(だけどっ!)

 

 これは逆に、チャンスでもある。USNAから補償として貰ったらしい、エイドスの座標情報をずらす『パレード』。これのせいで、直接干渉する魔法はすべてエラーを起こす。射撃魔法や雷撃魔法などは、文也の多彩かつ速い魔法で防がれる。

 

 しかしながら、魔法を使った近接攻撃ならば、戦闘不能に至らしめるほどの攻撃が期待できる。座標情報がずれているのはあくまでエイドスだけであり、実体はそこにある。強い直接攻撃を叩き込めれば、それで幹比古の勝ちだ。

 

 また泥だらけの地面で転がり、取っ組み合いになりながら、幹比古は期を伺う。文也にマウントポジションを取られたが、また先ほどのように無理やり転がして上を取る。しかしそれと同時に体の小ささを活かして懐にもぐりこまれ、鳩尾に頭突きを受け、さらに背後から空気の塊が襲い掛かってくる。頭突きの方は腹筋に力を入れて受け止め、空気の塊は障壁魔法で防いだ。しかし、急に文也の小学生のような小さくぷにぷにした手が下から幹比古のフルフェイスヘルメットの中にもぐりこんでくる。それと同時に幹比古は息苦しさを感じ、その手を掴んで無理やり引き抜き地面に押さえつけると、気流を操作してヘルメットの中に新鮮な空気を送り込む。手に二酸化炭素を纏ってそれを流し込んできたのだ。相変わらずよく考えるものである。

 

 しかしそんな感心をしてる暇はない。幹比古は押さえつけた手を離さず、そこを軸にして前転し、その勢いで手を離して文也を投げ飛ばした。意図せずお返しする形になった、『質量偏倚』を併用した投げだ。投げた方向は当然ゴール方向ではなく、また残念ながらそこまで考える余裕はなくて反対方向でもなく、横だ。しかしそれでも、一旦距離を離せただけ十分だ。

 

「おおおおお!」

 

 幹比古はせっかく距離が離せたというのに、倒れたままでまだ起き上がれない文也に追撃を仕掛けようとする。このまま逃げても良いが、ゴールまでの距離を考えると、文也の魔法攻撃の雨からは逃げきれない。それならば、ここで仕留めるべきだ。

 

 拳に古式版『情報強化』を施し、障壁魔法などで防がれないようにして、助走の勢いのまま、姿勢を低くして文也に殴りかかる。ちょうどタイミングの良いことに、文也が起き上がろうとしているところだった。これならば、鳩尾を狙える。

 

「そこで一生寝てな!」

 

 先ほどのお返しのように叫びながら、幹比古は渾身の拳を突き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――しかしその拳は、虚しくも空を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あばよとっつぁん!」

 

 幹比古は声がした方向――ゴール方向を睨む。そこでは、文也が勝ち誇った顔で、猛スピードでゴールに向かって低空飛行していた。

 

『追いかけろ!』

 

「分かってるさ!」

 

 瞬時に判断した達也の声が聞こえた直後に、幹比古も動き出す。

 

(出し抜かれたか!)

 

 幹比古の狙いは、文也を騙してダウンさせることだった。

 

 幹比古目線では、魔法を併用した接近戦においては文也を相手にすると不利になる。だから、一度接近されたら、投げ飛ばすなり逃げるなりして距離を離す必要がある。

 

 それを、文也たちが当然読むだろうと見ていた。だからこそ、投げ飛ばして距離を取って逃げるように見せかけて、助走の距離を稼いでダウンを狙いにいったのだ。

 

 しかしながら、それもまた、読まれていた。いや、もしかしたらこの土壇場で気づいたのかもしれない。ただ、どちらにせよ、出し抜かれたのは確かだ。文也は、十分な距離が空き、なおかつ幹比古がゴール方向に進まないで攻撃してくるタイミングを選んで、高速飛行魔法でそれを回避したうえで、その勢いのままゴールまで逃げ切るつもりなのだ。

 

「そう上手くいくと思うなよ!」

 

 しかし、自分が追いかける側になるというのは、レースである以上想定済みだ。こうなってしまっては追いつけない、と諦めるのではなく、追いつけるような策も用意してある。

 

 幹比古が使ったのは古式魔法ではなく、文也と同じ現代魔法、飛行魔法だ。しかもその移動速度や出力は、文也よりも強い。

 

「げええええ、そっちも範囲内かよ!」

 

 文也が目を剥いて叫ぶ。文也が幹比古の戦いを見たのは横浜の事件が最後だ。あれからも、主に吸血鬼関連で幹比古は厳しい戦いを潜り抜けてきており、現代魔法の腕も実戦レベルでぐんぐん向上してきている。それを隠すために『モノリス・コード』では古式魔法ばかりを使っていた。それは、この競技でほんの一瞬出し抜くための準備だったのだ。

 

 幹比古の現代魔法の精度は、一科生の上位層と見比べても遜色ない。深雪は別次元だから置いておくとして、ほのかや雫にあと一歩というところまで成長している。古式魔法と現代魔法、どちらも使いこなせるならば、それがベストなのだから。

 

 幹比古はすぐに文也に追いつき、後ろからその服を掴んで引っ張る。文也は飛行魔法を維持しながらも暴れて抵抗するが、その握力には抵抗しきれず、着地した幹比古に泥だらけの地面へと引きずり落された。

 

「実は二年生になってから僕も風紀委員をやっててね!」

 

「だから捕まえるのが得意ってわけかよ!」

 

 ゴールはもはやたった十数メートル先だというのに、またも泥の中での取っ組み合いが始まる。幹比古は現代魔法に切り替えたからか、速度の差を何とか埋めることに成功し、文也と対等に渡り合えている。お互いに次々と攻撃を仕掛けるが、お互いにそれをすべて防ぐ。そして隙を見てゴールへ逃げようとするが、お互いにそれを絶対に許さない。

 

 そんな戦いの中で、文也の小さな手が、幹比古の服の中に滑り込んでくる。衣服を通じた干渉ならば防御可能だが、直接触れられての魔法では、幹比古のエイドス・スキンでは対抗しきれない。

 

「同性愛の趣味はないよド変態!」

 

「俺だってねえよ!」

 

 幹比古は暴れて退けようとするが、文也の魔法が先に発動した。

 

 自分の手が触れたところ、とあらかじめ設定することで座標変数入力を省く、魔法戦闘の基本技術。そして直接触れることで干渉力が増すという魔法の常識。

 

 そして、幹比古は知らないことだが――「一ノ瀬」は、第一研究所の出身なのだから、相手の人体に触れて使う魔法にも精通している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――っ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 途端、幹比古の全身に激痛が走る。声にならない声が、幹比古の喉から漏れる。あまりの痛みに、叫ぶということすらできず、呼吸が止まり、意識が遠のいていく。

 

『吉田君!? どうしたんだい!?』

 

『ここでそれを使うのか!?』

 

 五十里の驚いた声と達也の珍しい怒号が耳元から聞こえてくるが、幹比古はそれに驚く余裕すらない。痛みに任せて暴れまわるしかできない。しかし文也の手はぴったりと幹比古から離れず、そこを通した干渉で全身を苛み続ける。

 

『幹比古! 落ち着け! それは体表に干渉する魔法だ! 体表を中心に『情報強化』をかけなおすんだ!』

 

 幹比古は藁にも縋る思いで、一刻も早くこの激痛から逃れようと、考えるまでもなく感覚で染みついている神道式の『情報強化』で自身のエイドス・スキンを強化しようとする。しかし、式として形作られるはずのサイオンは、幹比古の意志に反して拡散していく。どんなに体内のサイオンをコントロールしようとしても、その流れが滞りすぎてて操れないのだ。

 

「させるかよ、お・に・い・さ・ま!」

 

 文也が、幹比古の口元に、フェイスガード越しだというのにキスできそうに錯覚するほど近づいて、粘着質なトーンで叫ぶ。その顔には、いつも通りの口角を吊り上げた悪戯っぽい笑みに悪意がマシマシで乗せられた、口裂け女もかくやと言うような悪辣な笑みが浮かんでいた。

 

 この至近距離ならば、幹比古への通信が文也にも漏れて聞こえていたのだろう。達也の指示した内容も当然聞こえている。文也が今煽っているのは、幹比古ではなく達也だ。

 

『ここでそれを見せてもいいのか!?』

 

「今更だよ! なんならこれでマッサージ店でも開いたらあ!」

 

 文也が使っているのは、彼が最も得意とする魔法、井瀬家の秘術・『ツボ押し』だ。『爆裂』や『深淵(アビス)』などと違ってその存在すらなるべく隠すようにしている魔法なのだが、去年の『モノリス・コード』の時と違って、隠すつもりもなく全力の出力で継続行使している。

 

 幹比古の全身にある痛点だけをピンポイントで狙った針で刺すような極小面積への加圧。かつて侵略してきたプロのゲリラへの拷問においても有効に作用したその激痛が、幹比古の全身を襲っている。

 

 そして、『情報強化』への対策も万全だ。現代魔法の『情報強化』を施されても大丈夫なように、『術式解散(グラム・ディスパーション)』は投射一歩手前で待機済み。古式魔法版だとしても、サイオンコントロールを阻害するために、普段使っているサイオンの流れを活発にするものとは逆、サイオンの流れを滞らせるツボも同時に押している。

 

 直接素肌に触れることができなければ、古式魔法師である幹比古相手にはこの魔法は退けられる。逆に、触れることができるならば有効に作用する。今までずっとその機会を伺っていて、ついに、この終わりの直前で巡ってきた。

 

「どうだ痛いだろ? 辛いよなあそりゃ」

 

 無秩序に暴れまわる幹比古を押さえながら、文也は心を折るために話しかける。体格差や運動能力の差があるが、ただ暴れているだけなら、人体に詳しい文也は、要所を上手に抑え込むことができるので、それで対処可能だ。

 

 幹比古の全身には、次々と魔法式が浮かび上がっている。あの夜、深雪の全身の快楽点を刺激して痴態を晒させたのと同じ、『チェイン・キャスト』だ。同じ箇所に痛みが継続すると、体の防衛機能が働いて、麻痺して痛みを感じにくくなる。継続的に加えるのではなく、短い間隔で全身を次々と刺していく。魔法式の数は膨大になり、これまでの激闘もあってサイオンの枯渇が心配になるが、自身のサイオンの流れを活発化させるツボも試合中しばしば押していたから、なんとか問題ない。

 

「――――っ!」

 

 あまりの痛みに、目がちかちかしてきて、焦点が定まらなくなってくる。痛みから逃れようと脳が意識をシャットダウンさせようとする。文也は間違いなく、このまま幹比古が気絶するまで痛みを与えるつもりだ。そう、気絶すれば楽になる。今すぐ意地を捨てて、意識を手放そう。

 

 そんな誘惑が、幹比古の脳によぎる。

 

(させ……るかっ!)

 

 たかが親善競技会だ。それでここまで苦しんでまで勝利する意味は薄い。

 

 しかし、幹比古は意地でも逃げない。ここで逃げたら、自分は負け犬だ。

 

 痛みで集中できず、意識が遠のいてきて頭も働かず、サイオンは今も乱されている。

 

 それでも幹比古は、無秩序に暴れまわる振りをして、急に力をこめて下半身を跳ね上げ、文也の側頭部に蹴りを食らわせた。

 

「あっ、この野郎!」

 

 この痛みで冷静になれるわけがないと思っていたらしい文也はそれで一瞬手を離してしまう。悪態をつきながらすぐにまた掴みかかってこようとするが、残滓こそあるが更新され続ける苦痛から逃れた幹比古は、そのまま起き上がって、近づいてくる文也に、一瞬で現代魔法用CADをサスペンドしてから古式魔法用CADのキーを叩き、魔法を行使する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――瞬間、文也の全身が、光り輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪役の癖にずいぶん綺麗じゃないか」

 

 発光体と化した文也の掴みかかりを回避しながら、幹比古は文也さながらの悪辣な笑みを浮かべて揶揄する。

 

「てめえ、なにしやがった! だーもう畜生! 収まれ!」

 

 文也は幹比古を睨んで逃げられないよう牽制しつつも、離れて追撃を逃れる。今の文也は、見た目の割には無防備に等しい。

 

 ――幹比古が文也に施したのは、魔法師同士の戦いで切り札となる精霊魔法『決壊』。

 

 サイオン情報に関する精霊を相手の体に仕込み、それを一定の命令で使役することで、相手の保有サイオンを強制的に放出させる魔法だ。堰が割れて川の水が漏れ始め、そして決壊するがごとき様子から、その名前が付けられた。

 

 全身が余剰サイオン光で光り輝くほどの強制放出は、体からサイオンを奪い、無理やり枯渇状態にさせる。また、その放出によってサイオンコントロールを失い、魔法の行使もほぼ不可能となる。魔法師の生命線を奪う究極の魔法である。

 

 ただし、これには相応の準備が必要だ。まず、サイオン情報に関する精霊を使役し、そこに特定の命令コードを打ち込まなければならない。保有サイオンを強制的に放出させるというのは、とても強力かつ複雑な事象改変が必要であり、自分の手元に精霊を置かなければ、打ち込むことも、それを維持することもできない。

 

 そうして手元に置いてある精霊を、今度はバレないように相手にくっつける必要がある。当然身体的な接触は必要だし、相手にバレずにともなると、激しい戦いの中でさりげなくやらなければならない。

 

 そして今度は逆に、一定以上離れたところからその精霊を喚起しなければならない。サイオンの強制放出に至近距離で巻き込まれると、こちらのエイドス体も大きく傷つくことになる。また、強力な魔法師のサイオンはコントロールを失った状態でも本人の性質に合わせて何かしらの影響を及ぼすからその被害に遭わないようにということもある。ご機嫌斜めな時の深雪の気温低下が良い例だ。文也はそこまで強力な干渉力がないから大きな影響はないだろうが、あんな性格のクソガキだと絶対に厄介な性質を持っているに違いないため、安全策として離れることは必須だ。

 

 これほどの準備が必要なだけあって、その効果は絶大だ。『パレード』でエイドスの座標情報が誤魔化されていても、直接身体接触してくっつけるため問題はない。『パレード』を知りまた魔法知識が豊富な達也、精霊を目視できる分感覚的に理解できる美月、そして優れた古式魔法師である幹比古、この三人が力を合わせて対文也のために編み出された、新しい古式魔法である。

 

「面倒なことしやがって!」

 

 しかし、サイオンコントロール能力がとびぬけて優れている文也は、辛そうにしながらも、すでに強制放出を押しとどめている。実験では、これを押しとどめることが出来たのは、達也と五十里と範蔵のみ。達也と深雪は保有量が多すぎてちょっとした事故レベルのハプニングが起きたりもしたが、何はともあれ、自分の意志でこれを止めることができるのは、相当なコントロール能力を要する。これも織り込み済みだ。今のうちに、急いでとどめを刺さなければならない。

 

『よしっ! ここで止めを刺そう吉田君!』

 

「了解!」

 

 五十里が言い切る前に、幹比古は動いていた。雷撃や射撃などは、このクソガキのことだから、放出したサイオンを直接操って魔法式を組み、障壁魔法を展開することぐらいするだろう。ここで使うべきは直接干渉する魔法だ。今の文也は『パレード』を維持できないので、ようやく使うことができる。

 

「食らえ!」

 

 幹比古が使う魔法は、精霊魔法『コンカッション』。西洋の古式魔法で、強い震盪ショックを与える、攻撃魔法の定番だ。主に頭を狙って脳震盪を起こす目的で使われる。本当はもっと強力な魔法が良かったのだが、文也のコントロール能力が思ったより高く、速度を優先する形になった。

 

 精霊が魔法式を通して幹比古のCADとつながり、操られて文也の頭に向かっていく。外部からのショックではなく直接ショックを与えるから、ヘルメットは意味がない。文也のヘルメットを通り抜け、精霊が文也の頭と重なり、震盪を起こす――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そう思った瞬間、幹比古のCADが、煙を上げて火を噴いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、チチチチッ!?」

 

『それを早くはずせ幹比古!』

 

「言われなくても!」

 

 多少パニックになりながらも、幹比古は腕輪型の古式魔法用CADを取り外して泥の中に落とす。草原だと火事の危険があるが、この水分を多く含む泥ならば問題ないだろう。

 

「はっ、はっ、だはははは! ざまあみやがれ!」

 

 文也は泥の中に倒れ込みながら、息が切れてかすれた声で叫ぶ。強制放出のせいでサイオンが枯渇し、弱ってしまっているのだ。

 

 幹比古も達也も五十里も何が起きたのかは分かっていない。ただ分かるのは、今文也の強制放出が止まっていることと、『コンカッション』が効果を及ぼしていないことだ。

 

 ――今、文也がしたことは、一体何なのか。

 

 それは、この作戦を事前に伝えられていたあずさたち以外にとっては、とてもではないが、予想がつくものではない。

 

 

 

 

 

 

 

 今文也が使ったのは――精霊魔法、つまり古式魔法だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也はゴリゴリの現代魔法師であり、古式魔法には疎い。また、古式魔法は、現代魔法に比べて長期間の特別な修練を要し、基礎レベルの習得にすら時間がかかる。

 

 では、なぜ、文也が使えるのか。

 

 元々、この九校戦のために準備していたわけではない。文也が古式魔法に着手したのは、現在の8月15日から9か月ほどさかのぼる、去年の11月の某日だ。

 

 その直前に何があったかと言うと――文也たちが何度も命の危機に遭った、横浜事変だ。

 

 この横浜事変以来、文也は自分が古式魔法師に弱いことを改めて実感し、USNAの襲撃も考慮したうえで、その対策に着手した。その成果の一つが、携帯性に特化した、あの魔法ピストルだ。そうした対策の一環として、文也は「古式魔法対策の古式魔法」を研究し、また練習し始めたのである。

 

 結局、それは間に合わず、あの地獄の夜の前日、一流の古式魔法師ネイサン・カストル相手に使える古式魔法はなかった。それでも多少の成果はあり、そのうちの一つが、副産物として生まれた、幹比古に譲った「如意棒」である。古式魔法の防御を破るために開発したものなのだが、結局実用レベルにはならず、持て余していたのだ。

 

 その研究と練習は、半ば習慣兼趣味として、USNAと四葉の危機が去った後も続けていた。微妙にモチベーションが保てなくてしばしばさぼったりもしたが、積み上げた魔法の知識と生来の才能もあって、つい最近、唯一実用レベルで習得したのが、今使った魔法である。

 

 名付けて、『いとおかし』。傀儡・使役系の古式魔法に干渉し、魔法的・呪術的つながりを辿って破壊情報を流し込み、術者またはそのCADを破壊するという魔法だ。副次的作用として、魔法的・呪術的つながりを破壊情報が通ることで、そのつながりも順次破壊され、使役された化成体・精霊・傀儡の使役は解除される。名前の由来は、古語「いとをかし」と精霊を操る魔法を糸に見立てそれを侵略する「糸侵し」の掛詞だ。

 

 その開発の出発点は、皮肉にも、去年の『モノリス・コード』だった。対戦相手の古式魔法師・狩野の対策として急遽採用した、相手が使役している精霊を奪って妨害する魔法と、感覚同調している精霊から術者の位置を逆探知する魔法だ。手札を隠すことが何よりも重要な古式魔法は、その起動式を見せるなど、言語道断である。しかしながらあの時は急を要していたため、CADへの登録と調整のために、幹比古は達也と文也にそれらを見せていた。それらを覚えていた文也が、ヒントにしてこの魔法を開発したのだ。あの時の幹比古からの信頼を、この九校戦の舞台で裏切り、あまつさえ本人に向けているのである。なんという奴だろうか。

 

 ただし、致命的な欠点がいくつかある。まず、実力が足りなさ過ぎて、自分のエイドス体に触れている精霊にしか使えないこと。喚起されて具体的な効果を及ぼしている最中の目立つ精霊しか知覚できないからそれ以外に使えないこと。個別に対象を選ぶような器用な真似はできず、自分に触れている精霊すべてを一気に対象に取るしかできないこと。幹比古の得意技『雷童子』を筆頭としたほとんどの魔法に意味をなさないし、直接干渉してくるにしても『パレード』で防げるのだから全く意味がない可能性が高いこと。正直、使うことはないと思っていた。

 

 それでも、使う機会はしっかり訪れた。近接戦闘は文也が総合的に見て有利であり、こちらから積極的に仕掛けにいく。そのどさくさに精霊を仕掛けられるということも、古式魔法の名手である沓子から教わっていた。喚起した瞬間速効反撃してやろうと手ぐすね引いて待ち構えていた結果、まさかのサイオン強制放出のせいで反撃がかなり遅れてしまったが、何とか成功した。

 

「はーっ、はーっ、くそ、立ち上がれ!」

 

 文也は脚に力を籠め、腕に力を入れて立ち上がろうとするが、足と手が泥で滑り、そのまま踏ん張ることもできず、顔面から泥にダイブしてしまう。ここまでの激しい運動と魔法戦闘、そしてサイオン放出により、体力と保有サイオンが、ともに限界なのだ。

 

「ふーっ、ふーっ、かはっ」

 

 一方の幹比古もまた、度重なる激戦に加え、数十秒全身を針で刺され続けるような拷問を受け、さらに大魔法を行使し、加えて片腕をやけどしたせいか、思うように体が動かない。しかしだからと言って、今まで鍛え続けてきて、修羅場を潜り抜け、気力もある彼が、ここまでなるはずがない。

 

 実は、誰も気づいていないが、文也が流した破壊情報は、幹比古のエイドス体にも影響を及ぼしていた。使役の媒介となったCADがその破壊の主な対象となっていたのだが、使役主体である幹比古にも、少なからず破壊情報が逆流し、そのエイドス体を壊していたのだ。体に具体的な悪影響があるわけではないが、魂ともいえるエイドス体の破壊は、痛みや倦怠感、疲労を生む。そのせいで、幹比古は動けないのだ。

 

 

 

 

 

 ――九校戦のラストバトルの、本当の最後。

 

 ――その戦いは、あまりにも無様だった。

 

 

 

 

 

 

 先ほどまでの泥んこの中の取っ組み合いすらもかすむ程に、二人の姿は情けない。

 

 二人とも起き上がるどころか、顔を起こすことすらできない。泥の中を、ゆっくり、ゆっくりと、亀の歩みすらも速く見えるほどの速度で、這うことしかできない。

 

 二人が向かう先は――ほんの数メートル先の、ゴールラインだ。

 

 今、二人とも、ほんの少し魔法で攻撃するだけで、あっという間に気絶するほどに弱っている。エイドス・スキンもないも同然で、魔法師の赤子ほどの防御力もない。まさしく、赤子の手をひねるような弱さだ。

 

 しかし一方で、お互いに、攻撃する余裕すらない。基本的な移動魔法も、基本の基本である『サイオン粒子塊射出』も、得意の『ツボ押し』も『雷童子』も、負担の少ない『不可視の弾丸』も、何もできない。

 

 去年・今年と観客を沸かせる大活躍をし、成績もトップクラスに優秀で、それぞれ何度も修羅場を潜り抜けてきた一流の魔法師である二人は、今この瞬間は、あまりにも情けない存在になっていた。

 

 もはや目は霞んで見えず、地を這っている感覚すらなく、口に入る泥の味も分からず、不快な泥水の臭いも判別できず、耳に入ってくる音は全く意味がわからない。

 

 

 

 

 ――ここからの戦いは、永遠のように長い。

 

 

 

 

 たった数メートル。これを進むのに、何分も、十何分もかかるペースだ。

 

 その赤子のハイハイ競争にも劣るレース。それに先攻したのは――体格と運動能力で優る、幹比古だ。

 

 その差は、少しずつだが広がっていく。前を行く幹比古がゴールまで残り半メートルというころには、手のひら一つ分の差が開いていた。

 

 あらゆる魔法と策略が飛び交った激戦。その最後を決めたのは、魔法も知性もない、きわめて原始的な、身体の差。

 

『よし、幹比古! お前の勝ちだ!』

 

『すごいよ、吉田君!』

 

 尊敬する先輩と、この一年ですっかり仲良くなった、親友と呼んでも間違いではない友達の、讃える声。

 

「頑張れ吉田!」

 

「もう少しだ!」

 

 戦友である先輩二人の励ましの声。

 

 それらを幹比古は、聞き取ることができない。ただ、何かを叫んでいるだけに聞こえる。

 

 そして幹比古の手が、ついにゴールラインへと、伸びていく――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もはや意識すらほとんどない中、半ば本能で、小さな体を動かして、泥の中を這う。

 

 文也は、幹比古に、ほんの少し遅れている。

 

「文也! もう少しだ!」

 

「前に進め! いつものお前みたいに!」

 

 文也の耳に、ゴール前で四つん這いになり、文也を必死で見つめて叫ぶ駿と将輝の声が入ってくる。将輝は気絶していたはずだが、治療されたのちに、スタッフの計らいでここに運ばれたのだろう。

 

(は、はは、なんて必死なんだ、まったくよお)

 

 文也は、その声を、判別できていた。

 

 幹比古に比べて、ほんのわずかに、回復が早かった。

 

 なぜそのような差が生じたのか。

 

 それは、文也が、這いつくばりながらも、サイオンと体力が回復しやすくなるツボを刺激していたからだ。

 

 しかし、『ツボ押し』などの魔法で刺激していたわけではない。

 

 泥の中にしばしば混ざっている小石。それに、各所にあるツボを這いずるついでにこすりつけていたのだ。普通に指圧したり魔法で押すよりも、はるかに不正確だ。押す強さも、押す深さも、正確な位置も、温度も、刺激の方向も、時間も、全てが滅茶苦茶で、「一ノ瀬」「井瀬」が積み上げてきた成果がほぼ発揮されていない。

 

 しかし、その刺激は、わずかながらに効果を発揮したのだ。

 

『さあ、もうすぐだ文也! もうひと頑張り!』

 

 オペレーターの真紅郎も、声を張り上げて叫ぶ。別にそんなことをしなくても聞こえるのに。親友が手に汗握って必死の形相になっている様が脳裏に浮かび、文也は思わず口角を上げる。

 

『ふみくん! ゴールは目の前だよ! さあ!』

 

 そして、誰よりも長い時間を過ごした幼馴染の声も、聞こえてくる。

 

(はーあ、全くよう、お前ら、こんなことに必死になりやがって)

 

 文也は、心の中でため息を吐く。

 

 そんな文也の顔には――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いつもの、口角を吊り上げた、悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そこまで言われたら――やるっきゃないだろうが!)

 

 文也の手に、ほんのわずかに力がこもる。

 

 そして、ようやく回復した微量のサイオンを消費して、ごく小さな魔法式が構成された。

 

 行使した魔法は、お得意の、足を滑らせる魔法だ。悪戯で一番よく使う、文也のもう一つの十八番。

 

 その対象は、幹比古ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――自分自身だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 文也がほんの少し前進しようと力を入れただけで、まるで滑るように、前に進む。進行方向に移動させる平面領域が、文也の体を、ゴールへと放り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九校戦の閉会式の表彰は、まず各競技・各部門の優勝者が順々に呼ばれ、表彰される。二校しか参加しない『トライウィザード・バイアスロン』は例外で、これといった表彰はない。

 

「は~ねんまつねんまつ」

 

 文也はその表彰を、無感動に聞き流していた。とっくに『ロアー・アンド・ガンナー』の自分は呼ばれ、その手には今時古式ゆかしい紙の表彰状がある。

 

 しいて面白いところを挙げるとすれば、『デュエル・オブ・ナイツ』男子本戦の表彰だ。一高が三人で決勝リーグを独占したため三人同率優勝扱いとしている競技だ。てっきり代表者一人が出るものだと思っていたが、なんとも粋なことに、桐原、十三束、レオ、三人とも登壇して賞状を受け取っていた。

 

 そして新人戦優勝の表彰で三高一年代表の香澄が、本戦優勝の表彰で一高の選手筆頭である花音が、それぞれ登壇して表彰状を受け取った。三高は、『トライウィザード・バイアスロン』を加えてもなお、本戦で一高を超えることができなかったのだ。

 

『そして、いよいよ総合優勝の発表です』

 

 司会者が盛り上げるようなトーンで言うが、どこも点数計算は厳密にしているため、結果はすでに分かっており、あまり上がる様子はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『総合優勝は――第一高校!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、ワッ、と歓声と拍手が上がる。

 

 そう、第一高校は、この九校戦でまた総合優勝したのだ。文也はその様子を見ながら、心底つまらなそうに、不機嫌そうなため息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それと、第三高校!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こちらでもまた、歓声と拍手が上がった。

 

「あーあ、つまんねええええええ。なんだこの結果はよー!?」

 

「こ、こら、ふみくん、静かに!」

 

 ぐちぐち文句を言う文也を、隣にいたあずさが窘める。体格が良いスポーツマンがほとんどのため、二人はすっかり埋もれてしまっていて、そのやり取りは周りに気づかれていない。

 

 そう――今年の九校戦は、総合優勝が、二校だ。

 

 最終的なポイントが、一高と三高で並んだのである。

 

『トライウィザード・バイアスロン』で三高女子が勝ち、二校の点数が並んだ。

 

 そしてその後の最終決戦である男子は――あの激戦の末、まさかの「引き分け」だったのだ。

 

 将輝と桐原は失格で、ゴールタイムは二時間扱い。駿と範蔵のゴールタイムが、なんと全く同じ。

 

 そして――文也と幹比古のゴールタイムもまた、全く同じだったのだ。

 

 幹比古がわずかに先行していたが、文也が最後の意地で発動した魔法によって追いつき、機械ですら判別不可能なほどに同時ゴールをした。

 

 ゴールタイムの合計が同じだった場合は、ゴールまでたどり着いた選手の数で順位を決める。しかしそれも同数だったため、ルールにより、勝負はドロー。配点の50点は折半となり、25点ずつ両校に与えられた。

 

 結果、最終決戦を経ても同点。総合優勝は、一高と三高という、なんとも中途半端な結末になったのだ。

 

「納得いかねえええええ! ああああああもう畜生!」

 

 心のもやもやを叫んで誤魔化そうとしても、余計に強くなるばかり。文也は登壇して賞状を受け取る両校の生徒会長、綾野と五十里から目をそらし、仇敵である達也を睨む。

 

(――――俺だって、納得いってないさ)

 

 達也もまた、この結果でモヤモヤを抱えていた。

 

 今までいろいろあった因縁の、特にあの夜のリベンジと行きたかったところだが、決着がつかなかったのである。文也のように表には出さないが、同じ気持ちだ。

 

 睨まれても困るので、達也は自分もまたそうであると、文也に目線で伝える。すると、文也は、あまりにも子供っぽく、達也にアカンベーを返した。もっとも、盛り上がって動き回る両校のスポーツマンに阻まれてそれは達也には見えなかったが。

 

 そして、文也も達也も、実に皮肉な偶然で、同時にため息をつき、同時に心の中で宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

((来年こそは覚えてろ))

 

 

((次は、絶対に、勝つ!))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、この翌年の九校戦は、達也が一年目で開発した『能動空中機雷(アクティブ・エアー・マイン)』と、文也が二年目で開発した『チェイン・キャスト』を利用した戦術級魔法が、それぞれ戦場で殺害を目的で使用されたのをきっかけに中止となり、二人の意志に反して、決着の場はお流れとなった。

 

 その後、この九校戦で片鱗を見せた将輝が真紅郎開発の『海爆(オーシャン・ブラスト)』と文也開発の『TSUNAMI』という二つの戦略級魔法を引っ提げて戦略級魔法師の仲間入りをしたり、達也が大立ち回りを演じたりと色々あるわけだが、それはこれ以上、語られない話である。




これにて完結です。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
本作の裏話や書いていての感想など、自分語りを活動報告にて後に投稿する予定です。

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