ガレスおねえちゃんですよっ、モードレッド!   作:オリスケ

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特に何も考えず、反射神経だけで書いてます(予防線)


第2話

「全く、やってらんねえぜ」

 

 カルデアの円筒形の廊下を歩きながら、思わずそう悪態が漏れる。

 カルデア全域に久しぶりのエマージェンシーコールが流れ、全職員がパンケーキへの対応に追われ――その厳戒態勢が解かれたのが、つい数分前。

 現場から敢えて遠ざかるように歩いていたため、周囲にはまるで人がいない。コードMは全サーヴァントが総動員される程の緊急事態のため、人の流れに逆らって歩けば、すぐにオレは一人になることができた。

 カルデアには沢山のサーヴァントがいて、どこもかしこも賑やかで騒がしい分、一人になった時の静寂は驚くほど強い。強張った空気がぴりりとした触感として感じられる程だ。カツカツという靴音がやけに大きく反響して聞こえる。

 

「あのお調子者め……」

 

 言葉尻に浮かんでいるのは、困惑。

 我ながら動揺している。

 そりゃそうだ。当り前だ。

 

 

 あのガレスが、カルデアにやってきたのだから。

 オレの兄。ガウェインの弟。ランスロットに深い敬愛を抱く、誠実で純朴な奴。

 そして、オレが――オレ達が――。

 

 

 

「忘れたわけじゃないだろうに……何考えてんだよ、ガレス」

 

 自分に向けられる、あのビー玉のように丸く輝く瞳を思い出すと、顔を顰めずにはいられない。目を背けずにはいられない。腹の底の方が、胃潰瘍でも起こしたみたいにぐらぐらする。

 よくもまあ、あんな目をオレに向けられるものだ。

 よくもまあ、オレを妹だなんだと呼んで、関わりたがれるものだ。

 

「っ……だいたい、何で姉アピールなんかしてくるんだよ、奴は」

 

 そもそも、カルデアに来たガレスは、どこかおかしい。

 円卓の騎士であった時にも、ガレスに話かけられる事はあった。正体を隠し慣れ合うつもりも無かったオレは、その度にすげなく追っ払ってはしょげさせていたものだ。落ち込むガレスを慰めるガウェインやランスロットの腑抜け顔が猛烈にムカついていたから、よ~~く覚えている。

 その時のガレスの心境は、せいぜいが「同僚と親睦を深めよう」程度の、迷惑なおせっかいであった筈だ。

 当時のオレは不良だった。近づく者全てに噛み付く獣だった。無邪気で純真なガレスとはいえ、わざわざ茨に手を突っ込んで怪我するような馬鹿ではない。

 そういう距離感、隔絶が、その時は確かにあった。

 それなのにどうだ。カルデアに来てからというもの、自分は姉だモードレッドのおねえちゃんだと、所構わずきゃあきゃあと。

 明るく賑やかな奴だったが、少なくともあんなにしつこくうるさくは、無かったはずなのだが……?

 

 

 

「ったく、ふざけんじゃねえぞ。妹呼ばわりなんて、オレは絶対に――」

「お困りのようね、叛逆の騎士」

 

 

 

 静かな廊下に響き渡る、凛とした声。

 美しく、伸びやかで、諸事情あってこのカルデアでは聞く機会の多い声。

 思わず立ち止まったオレの目の前、右に折れる通路の角から、そいつは瀟洒な足取りで姿を現した。

 

 

 まずは、黒いビキニに覆われたデカい胸から。

 次いで、訳もなく自信満々で、人を食ったような挑発的な笑み。

 スラリと伸びた足をわざとらしく組み、腰に下げた三本の刀をあえてカシャリと打ち鳴らし。

 ソイツは得意気に鼻を高くして、オレの前に立ちはだかった。

 

「お前、ぽこじゃかの次女!」

「誰がぽこじゃか姉妹よ! 誰が!」

「あ、それだ! 何かデジャブすると思ってたんだよオレ!」

 

 美貌を歪め、泡を食ったような顔でツッコまれた瞬間、オレの脳内にぴこーんと豆電球が灯る。

 そうだ、ガレスに「誰が妹だ」とツッコむ度に、いつもモヤモヤというか、人の褌で相撲を取るような居心地の悪さを感じていたのだ。

 よくよく考えれば、姉妹喧嘩は既に強すぎる前例がいた。実物を耳にして、ようやく胸のつっかえが取れた。

 得心がいったオレを前に、ジャンヌオルタは持ち上げた方眉をひくひくと痙攣させて唸る。

 

「私、ネタにすることも、そもそも妹になる事も認めた覚えはないんだけど?」

「あの婦長も『ここまで深層域に達した錯綜はむしろ正常です』って匙を投げた(バーサーカー)だ、諦めろ。オレはお前の二の轍だけは踏まないようにする」

「勝手に人をバッドエンド認定するなっ! ちょ、待ちなさい、いいから話を聞きなさいっての!」

「ぎゃああああ!? 胸当てを引っ張んな! 引き留めるにしろ掴む場所を選べ馬鹿!」

「元から水着みたいなインナー着てるアンタが悪いんでしょうが!」

「日がな一日水着でいる奴にゃ言われたくねーなぁ!?」

 

 なんせルルハワの一件以降、冬以外は大体水着で過ごしているジャンヌオルタだ。本人は開放的でいいとか言ってるが、腰に差した日本刀は絶対に外さないし、単純にえらく気に入っただけなのはカルデア全員が気付いている。

 場の空気に流され易く、復讐鬼にも関わらず俗世に敏感。村娘という出生では擁護できない子供っぽさはまさに妹。

 まさかそんな奴にシンパシーを抱かれ、ましてセクハラをされるとは思わなかった。

 オレは引っ張られてずれた胸当てをいそいそと直しながら、恨みをこれでもかと乗せてジャンヌオルタを睨みつける。

 

「……」

「わ、悪かったわよ。シスターハザードから逃げる後輩が出来たから、少し浮かれてたわ」

ここ(カルデア)以外じゃ絶対に聞かない単語だな、シスターハザード……あと後輩言うな」

 

 同一人物内で飽きもせず繰り広げられる、あの痴話喧嘩と同一扱いはされたくない。

 そう思うものの、当のジャンヌオルタは、仕切り直しとばかりに、デカイ胸を張り得意気に鼻を鳴らす。

 

「いいこと、叛逆の騎士。姉なるものを甘く見てはいけないわ。貴方も暴力と一緒に認知を迫られたり、あらゆる言葉を『さすが私の妹!』で返されたり、寝ている内に耳元で『おねえちゃんといっしょ』というタイトルの子守歌を歌われて深層教育されたくはないでしょう?」

「姉じゃねえよ。姉じゃねえよそれ」

「その常識を乗り越えてくるのが姉なるものなのよ! いい? どれだけ屈辱的でも、先輩のアドバイスは仰いでおいた方がいいわよ。貴方の貞操の為にもね」

 

 矢継ぎ早の説得に、オレもつい後に続く言葉をなくしてしまう。

 確かに、ガレスの期待に満ちた目から逃げるのは一苦労だ。オレ自身、妹扱いなんて全く慣れていない。

 そして、ことこの一件において、目の前の水着のオルタは歴戦の勇士だ。言葉に微かに姉に対する怯えが見える辺りが、説得力を増している。

 

「……分かったよ、話を聞くだけ聞いてやる」

 

 元よりガレスの姉呼ばわりを認める気はないし、オレ自身初めての問題だ。役立つ情報は多いに越した事はない。

 

「ふふん……貴方も中々聞き分けがいいじゃない。素直は美徳よ?」

 

 ツンデレ竜女が何か言ってるも、スルー。オレは顎をしゃくって続きを促す。

 後輩ができた事がよほど嬉しいのだろうか……ジャンヌオルタは、更に自信満々に胸を張り、レクチャーを始める。

 

「いい? アイツは、まずはあらゆる手段で認知を得ようとしてくるわ。お姉ちゃんですよー、お姉ちゃんにお任せです、ってね」

「ああ、そういや矢鱈目鱈言ってるよな。オレでさえありありと思い出せる」

「でしょう? その都度『誰が姉だ』と突き返していても、何日も何日も続けば、いつしか何気ない会話の中で『あの姉が……』なんて溢してしまう。そんな風にアイツは、意識の深い部分から認識を崩してくるのよ」

「……」

 

 何故だろう。思い浮かぶ光景は何気ない日常なのに、背筋にぞくりと悪寒が走る。

 何より恐ろしい事に、最近のガレスは、自らお姉ちゃんを自称し始めているのだ。妄言のようなジャンヌオルタの講義は、まさしく今オレに危機として訪れている。

 思わず居住まいを正すオレを眺め、ジャンヌオルタは満足げに頷く。

 

「フフ、自分に差し迫る危機を認識したようね……いいわ、これも何かの縁。私が編み出した、この危機を乗り越える最良の方法を教えてあげる」

 

 そうしてジャンヌオルタは、自分の胸に手を突っ込んだ。

 もぞもぞと手を動かし、デカイ胸をふるふると揺らし。

 

「これよ!」

 

 取り出したそれを、自信満々に広げて見せた。

 沢山の数字や図でデータを並べた、何かの資料のようだ。

 

「……何これ?」

「ダヴィンチに頼んで作らせた本人証明書よ!」

 

 誰もが驚く結末を思いついたような顔で、ジャンヌオルタは得意気に鼻を伸ばしてみせる。

 

「DNA、体組織構成、骨格、声紋……あらゆるデータが、アイツと私が同一人物である事を示しているわ! 科学とはつまり揺るがぬ事実。幾ら狂化を施された姉に対しても、明確な事実は空想を通さない巨大な盾に――」

「いや、ちょっと待った」

 

 手を挙げて言葉を遮ると、ジャンヌオルタは露骨に不満そうな顔で片眉を持ち上げた。

 

「何? せっかく私が最強の防護術を教えて――」

「いや、ガレスは姉だから」

「……は?」

「だから、その……同一人物とかじゃなくて、血は繋がってんだよ、一応」

 

 

 

 

 そう告げると、ジャンヌオルタは後に続く言葉を失う。

 たっぷり数秒、理解に要する。

 そしてジャンヌオルタは、目を丸くし、こてんと首を傾けた。

 心底……何を言っているか分からないかのように、何を馬鹿なと小馬鹿にさえするように。

 

 

 

 

 

「姉に、血の繋がりがある訳無いでしょ」

「……」

 

 ダメだ、シスターハザードがもう手遅れのレベルまで進行している。

 オレは静かに首を振り、哀れな被害者に背を向けた。

 

「今日いっちばんに無意味な時間だったぜ、じゃあな、バカ次女」

「ちょ、待って! まだ話は終わってないわ、待ちなさい!」

 

 後ろから泡を食ったような声。

 突然、オレの股から垂れた布を握りしめられ、思い切り上に引っ張られる。

 ビィィンッ! と布が張り詰め、オレの股間が持ち上げられた。

 

「にゃあああああああああああああ!?」

「まだ対抗策はあるのよ! 今度こそ役立つから聞いていきなさい! 先輩として教えてあげるから!」

「嘘つけ! 自分自身から姉呼ばわりされる奴のアドバイスとか、絶対役立たねえぞ!」

「スケープゴート! 身代わりよ! 新しい顔のサーヴァントを見つけてソイツをカルデアに――」

「オレはぽこじゃか増えたりもしねえんだよ! いいから離せ! はーーなーーせーーーー!」

 

 腰布を思い切り引っ張られたまま、じたばたと碌でもない格闘を繰り広げるオレとバカ次女。

 

「ッこの……これ以上、テメエの先輩面したがりに付き合ってられるか!!」

 

 オレは叫び、お灸を据える為に、一発キツめに蹴りを見舞おうとして、振り返る。

 瞬間、オレは確かに感じた。

 キュイ、と甲高いイルカの鳴き声。

 そして――ジャンヌオルタの周囲に展開された、神々しい純白の輪。

 

 

「ひっ――」

 

 

 気付いて顔面を蒼白にした時には、もう手遅れ。

 次の瞬間には、ジャンヌオルタの身体は天使の輪に拘束され、地面に倒されていた。

 

「そ、そんな。囮に使ったインドの私が、こんな短時間で……!?」

「家族の愛は、あらゆる障害を乗り越えるのです……国境も、産まれも、時間でさえも」

 

 苦しげな声と同じ声色で重なる、歌うように軽やかな声。

 後ろにペットのイルカを従えた、私服姿のジャンヌダルクは、呆然と佇むオレに向け、天使のような――輝かしく、凄まじく力強い迫力のある笑みを向けた。

 

「妹がご迷惑をお掛けし、申し訳ありません、モードレッドさん」

「お、おう」

 

 これが本物の姉なるもの。『妹』に掛かった言葉の圧力が段違いだ。

 それに戦いている間に、ジャンヌダルクはオルタを後ろのイルカに乗せ、ぺこりとオレに一礼した。

 

「それでは、モードレッドさん。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「おう……?」

 

 その言葉の意味を問いただす前に、ジャンヌダルクはくるりと背を向け、雁字搦めに拘束したオルタの肩にぽんと手を置いた。

 

「さ、お茶の時間ですよオルタ。皆で一緒にパピオカドリンクを飲みましょう」

「なんで頭文字に『P』が付くの!? あの錬金術師に何を作らせた!? 何を盛った!?」

「大丈夫です、大丈夫ですよ、お姉ちゃんに任せてください。家族仲良く幸せになりましょうね」

「待ちなさい、家族じゃな――や、やだ! 誰か助けてぇぇぇぇ……!」

 

 そうして、オルタの悲痛な声を響かせながら、二人の姉妹はカルデアのいずこかへと消えていく。

 残されたオレは、再び戻ってきた静寂の中、一人取り残される。

 

「……姉、こわ」

 

 思わずしみじみ、そう呟く。

 同時に、気付く。気付いてしまう。

 

 

 

 

 カルデアに巣くう、最凶の姉。

 自分と同一人物を妹と見なすような最強の長女が。

 ――行き場なく持て余している姉の波動を、嗅ぎ取らない筈がないのだと。

 

 

 

 

 それを裏付けるように、背後でガシャンと重たい足音。

 予感が悪寒に、そして確信へと変わる。

 振り返れば、一歩一歩確かな足取りで、オレに向かって歩みを進める一つの影。

 

「聖女様……いえ、『先輩』にお伺いしました」

 

 楽しげに、けれども真摯に、実直に。

 ガレスがこちらへ、歩いてくる。

 ――鎧を纏い、槍を携えた、完全武装の姿で。

 

「姉妹仲良く語り合う為には――時に全力でぶつかり合う事も必要なのだと!」

「手遅れだったか、こんちくしょう!!」

 

 声を大にして叫んでも、全ての元凶たる聖女は、既に妹達と共に遙か彼方。

 カルデアの廊下にはオレと、槍を手にふんすと意気込むガレスのみ。

 掲げた槍に満ちた闘志が本物であることを、長年の肌感覚で確信する。

 

「えへへ、二人で鍛錬なんていつ振りでしょうか。姉妹と互いの武器で語り合うなんで、何だかワクワクしてしまいます」

「妹呼びをやめろ! 槍を降ろせ。拳で語り合うっていうのは、一番見習っちゃいけないフランスの伝統だぞ!」

「またまたー。いい汗を掻いた後には、きっと騎士道を越えた、姉妹の友情が芽生えている筈です!」

 

 こっちの話には耳も貸さず、腰だめに槍を構えるガレス。

 その顔は。兄たるガウェインの面影を滲ませる、頬を赤らめ、にんまりと唇を吊り上げたその顔は。

 まるで太陽のように晴れやかで、燦々と輝いていて。

 同じく太陽のように苛烈に、煌々と闘志に燃えていて。

 

「おいコラ、本当によせ! ダヴィンチにどやされるぞ、カルデアで刃傷沙汰は御法度だ!」

「あっ、今のちょっとお姉ちゃんっぽい! ずるいです、今度は私がお姉ちゃんとして振る舞わせて貰いますからっ」

 

 聞く耳もたず。

 晴れやかな笑顔。

 こっちの気も知らずに、姉だ姉だとぎゃあぎゃあと。

 更に、とことん最悪な事に――

 

「あれあれ……モードレッド、もしかして、カルデアの生活で腕が鈍っちゃってます? 新顔の私に、万が一負けるのが、怖かったりするんですか?」

 

 どこぞの馬の骨から、オレの煽り方まで仕入れていて。

 久しぶりに見た純朴なガレスの、惚けた顔で笑われて。

 奴の思惑通り、ぷちんと堪忍袋の尾が切れる。

 

「ああ……そうかい、そうかよ分かったよ、ガレス」

 

 紅い閃光が瞬き、銀の鎧を身に纏う。

 次いで現出させたクラレントを一振り。紅い赤雷で、ガレスの蒼い魔力を吹き飛ばす。

 

「テメエもガウェインと同じ、人の気も考えねえ、ノータリンの筋肉馬鹿だって訳だ……!」

 

 獣のように、牙を剥きだし、凄む。

 対するガレスは、まるで初めて立った赤ん坊を見るかのように、にこりと頬を吊り上げる。

 そうだ、オレ達は円卓の騎士。

 家族だ姉妹だと面倒くせえ。

 そこじゃあ強さがモノを言った。

 洒落臭い全ては、全部力で白黒付けてたんだ。

 

「姉だ何だとしゃらくせえ――その柔らけえほっぺを抓り上げて、ここじゃオレが先輩だって事を重々思い知らせてやるよ、ガレス!」

「再び会えた喜びを胸に――いざ尋常に参りますよ、モードレッド!」

 

 互いに叫び、闘志に爛々と瞳を輝かせ――一閃。

 

 

 蒼紅の魔力がぶつかり合い、爆風になってカルデアの廊下を駆け抜けていった。

 

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