「俺のセイバー(が召喚したヘラクレス)は最強なんだ!」 作:ぴんころ
「では、まず俺がいるに相応しい城はどこだ?」
こんなみずぼらしいところではあるまい、と自信満々に言うセイバー。
とりあえず、後ろの愛歌の様子がおかしなことになっていることに気がつこうか。
「ねえ、ちょっとこのセイバー殺さないかしら?」
「それをやると聖杯戦争に参加できないんでやめてください!」
愛歌ならやる。やると言ったら必ずやる。
というか、それを実行するための魔術がすでに手の中に生み出されている。
「お、おいマスター! こいつ、やばいやつなんじゃないか!?」
「そのやばいやつの家を貶したのはお前だろ……!」
「マジでか」
「マジだよ」
小声でこそこそと会話する。
愛歌がその気にならなくても普通に聞こえるような距離なので、この状況でどのように惨めにセイバーが謝るのかを確かめたがっているような気すらしている。
いや、セイバーもさすがに今の状況からして、愛歌が敵ではないということは理解しているはずだ。
なので宝具の効果でサーヴァントを呼んだりはしないと思うのだが。
「とりあえず、あなたが宝具でサーヴァントを召喚するよりも先に私があなたに魔術を叩きつけることができるからね」
「あ、はい、すみませんでした! ギャー!」
こんな風に、と呟いた愛歌が転移を行なってセイバーの懐に飛び込み、見た目派手な一撃がセイバーのサーヴァントに叩きつけられた。
ちなみに、俺だとどれだけ頑張っても『対魔力:B』を抜けるクラスの魔術を放つには時間が数秒程度かかる。
数秒程度で扱えるのはすごいことなのだ、と言われても目の前で
「愛歌、それにセイバーも。こんなところでバカやってないで……」
ただ、それに対する劣等感はもう抱いていない。
(ほとんど存在しないのが事実なのだが)彼女にできないことは俺が、俺にできないことは彼女がやればいい。
いや、俺としては
魔術師としては強いので魔術戦になれば勝てるのだろうが、ここに来るまでの間に愛歌に延々と見せられ続けた『ここで死ぬ、魔術師のよく陥る聖杯戦争における死に方』なんていう講座のせいで、それすらも自信が持てなくなってきた。
というわけで、後ろにいることには反対などない。
「セイバー」
「なんだ」
「とりあえず、こっちの陣営にはもう一人いるんだけど、その子はもう寝てしまっているから朝になってから紹介する」
「そんなもんで大丈夫なのか? 聖杯戦争はサーヴァントを召喚する前から始まってるってのに、サーヴァントを召喚するときにぐっすりとか」
「あら、私の決定に文句でもあるのかしら?」
ニコニコと笑う愛歌が、セイバーを牽制している。
どうやら愛歌はグレイのことを結構気に入っているらしく、それを貶されるのは納得がいかないらしい。
セイバーが土下座すらしそうな勢いで謝罪する姿は、彼が言う所の『王』の姿としては結構ダメな点だとは思うのだが。
とりあえず、この時点で彼の治める国には住みたくはないと思ってしまった。
翌朝、グレイも起きてきたことでようやく全員が揃った。
グレイが寝てしまっていたこともあって、周囲の地形などの確認もできていない状況では外を出歩くのは危険と言わざるを得ず、昨晩は何もせずに眠りについたのだ。
そのため、今日からが本番。
昼間のうちにこの冬木という街の地形について確認を行い、夜に出撃するより前に作戦を立てる。
ただし、これは今日だけで、明日以降はきっと昼間のうちに作戦を適宜修正していくことになると思う。
毎日の積み重ねでサーヴァントの情報が段階的に開示されていくだろう聖杯戦争という仕組みを思えばこそ、最初に立てた方針だけでどうにかなるようなものではないはずだ。
「初めまして、セイバーさん。拙はグレイと言います」
「ああ、初めまして。君のことはマスターから聞いているよ。なんでも、人の身でありながらサーヴァントの宝具、それも神霊級のものを扱えるんだろう。私が後方で待ちながら君が前線で戦う。しっかりとした役割分担だ」
「え、え?」
当然のように戦わない発言をしたセイバーに、グレイは思わず変な声を出しながらこちらとセイバーの間で視線を往復させている。
その瞳に映っているのは困惑。
サーヴァントとして召喚され、しかも最優のクラス。それが戦わない宣言をしたのだから仕方のないことなのだろうけれど。
「大丈夫よ、グレイ。この阿呆はちゃんと戦わせるから」
「あ、ありがとうございます……」
手のひらに雷を溜め込んだ状態の愛歌がそう宣言すれば、セイバーは土下座する。
この家での彼の立ち位置が決まった瞬間である。
「そ、それでまずはどうするんだ? ……あーあ。全くどうして私はこんな召喚に応じたのやら」
「あら、何か言ったかしら」
「いいえ、なんでもありません!」
セイバーと愛歌がじゃれあっている姿を見ながら、どうするのかを考える。
グレイが入れてくれた紅茶を飲みながらセイバーが黒焦げになる光景を眺め、今の状況下で開示されているものを並べ立てる。
「うん、そうだな。決まった」
「あら、どうするの?」
作戦が決まれば、愛歌はセイバーを黒焦げにする魔術を止めてこちらに問いかける。
その間に愛歌を恨みがましい目で見ていたセイバーは再度の雷撃を受けることになったのだが、この調子だと聖杯戦争が終わるまでに数えるのも億劫になりそうなほどの雷撃が発生しそうなので気にしないことにした。
グレイはオロオロとしているが。
「まずは、セイバーのお望み通り、城を取りに行こうか」
その言葉に、愛歌は微笑んだまま、グレイはきょとんとして、セイバーはぷすぷすと煙を上げていた。
「全く、どうしてこの私がこんなことをしないといけないんだ!」
その日の夜、この冬木の街に唯一存在する城の確保に向かっていた。
メンバーは、俺とグレイと愛歌とセイバー。
その中で唯一ぐちぐちと口にしていたのがセイバー。
城の確保、という目的はそこまで難しい理由ではない。
もしもの場合の避難先が欲しいというだけの話なのだ。
沙条の家の襲撃をかけられる可能性と安全性を天秤に比べれば、『気がついた時にはもう遅い』というのが一番怖い。
その恐怖は、六十年もの間ずっと聖杯戦争に向けて準備してきたという御三家との戦いに対する恐怖をわずかに上回った。
「そう言うなって。王様なんだろ。だったら、まずは自分で動いて臣下に見せつけるべきだろ『自分はこんなにすごいんだ』って」
「……仕方ない」
愛歌とグレイは女子同士の会話をしている。
こちらは、男同士とは言えど価値観を含めた何もかもが違いすぎるので、そんな会話にはならない。
「よし、そろそろアインツベルンの土地だな」
「ええ、派手に挨拶して上げましょうか」
愛歌が、そう言って魔術を練っている。
完全に、愛歌の聖杯戦争になってしまっている。
ただ、彼女に任せるのが手っ取り早い上に確実なので、何もおかしなことなど存在しない。
「安心するといい。どんなサーヴァントが出てきたとしても私たちに負けはない。何せ、ヘラクレスがいるのだからな!」
「は、はい」
グレイは、初めてのサーヴァント戦ということで少々恐怖心が見える。
セイバーもどうしようもないバカではあるが、それでも悪いやつではないようでグレイのことを励ましている。
「とりあえず、どーん」
愛歌の気の抜けるような声とともに、大規模な魔術が解放された。
アインツベルンの土地に存在する結界を破壊して、その一撃は森を燃やす。
炎上している森の中を耐熱用の魔術をかけることで先に進んでいれば、セイバーがその熱気に対して文句を言っていること以外は全てが順調。
「とんでもないことをしてくれたわね」
だからだろうか。
アインツベルンのマスターらしき幼い少女の存在に、目の前にやってくるまで気がつくことができなかったのは。
「アインツベルンの、マスター」
「ええ、あなたたちが燃やしてくれたこの森の持ち主よ」
こちらを見つめる幼い少女は、ホムンクルス特有の浮世離れした美貌を怒りに歪めている。
その背後にいる鉛色の巨人、あれはきっとバーサーカーのサーヴァントだろう。
息が詰まりそうなほどの超常をその身一つで体現しているその存在に慄いているのは俺だけではなく、グレイやセイバーも。
この陣営で普段通りなのは愛歌だけ。
「へ、ヘラクレスだとぉ!?」
「あら、私のバーサーカーのことを知っているのね。ってことはギリシャの英霊なのかしら」
まあ、関係ないよね。
そう言った少女はセイバーの狼狽ぶりが面白かったのか、先ほどまでの怒りの表情を魔術師然とした冷徹なものへと変更して不敵に笑った。
────やっちゃえ、バーサーカー。
その、
主人の意思に応えて、巌の巨人はセイバーとの距離を一瞬で詰めて手に持った岩塊のようにしか見えない斧剣をセイバーに向けて振り下ろす。
「へ、ヘラクレスー!!」
セイバーの情けない声。
その直後、斧剣とセイバーの間にバーサーカーの持つ斧剣と全く同質のものが挟まれ、セイバーを一刀両断するはずだった一撃はセイバーを傷つけることはなく止められた。
「なんでー!?」
ただし、衝撃は殺しきれなかったので、普通にセイバーは吹っ飛ばされたのだが。
そのまま発生するのはセイバーの召喚したヘラクレスとバーサーカーの戦い。
どうやら、どちらもバーサーカーのクラスで召喚されているらしく、その口から発している音は一切の意味を持たず、ただ狂気の淵に溺れている。
「これが……聖杯戦争……」
サーヴァント同士の戦い。
二つの人型が戦うだけで周囲に災害が襲ったかのような被害を撒き散らす。
初めて見るそれに、俺もグレイもただ圧倒されるだけ。
「フハハハ! どうだ、見たかマスター! これこそがヘラクレスの力だ!」
そこに、幼い少女に拾われたセイバーが戻ってくる。
高笑いはちょっとうざい。
「イアソン様、私はどうしましょうか?」
「うん? ああ、私の可愛い可愛いメディア。君にはヘラクレスの援護をしてもらいたい。さすがにどちらが私の呼びかけに応えてくれた方のヘラクレスかはわかるだろう?」
「わかりました」
見てもわからないので両方吹き飛ばしますね。
そんな言葉を口にした、おそらくは裏切りの魔女メディアだろう少女の一発でわかるあまりにもサイコな部分。
セイバーもぽかんとしている間に、メディアの元に大量の魔力を喰らい尽くしながら駆動する複雑怪奇な魔法陣が展開される。
放たれた魔砲は、愛歌の魔術でもなければ見るようなことのない一撃。
対魔力を持たないサーヴァントであれば確実に殺しきれるだろうと確信すら持てる一撃で、ヘラクレスがそれを持っていないことはマスターとしての能力であるステータスの透視で理解している。
当たれば、確実に倒せる。当たるかどうかは置いておいて。
当然のように避けられたその魔力砲は、けれど仕切り直しにはなったらしい。
こちら側のヘラクレスと相手側のバーサーカー。
しっかりと立ち位置で分けられたようで、こちら側のヘラクレスがメディアの魔術によって強化される。
武器が斧剣から変化し、身に纏った装束にも変化が現れる。
「さて、見てわかる通り、君のサーヴァントはヘラクレスだけでこちらは私も含めて三人。さらにこちらのヘラクレスの戦闘能力に関しても神代の魔女であるメディアが強化している。君に勝ち目などない」
完全に勝利を確信したのか、セイバーは堂々とアインツベルンのマスターに話しかける。
「ついでに言うなら、そっちのヘラクレスは私とは戦いたくなさそうだ。何せ、ヘラクレスだ。私がサーヴァントを召喚するよりも先に殺すことだってできたはずなのに、実際には呼び出す暇があったんだからな」
それは躊躇したということだろう、ともはや煽るように宣言する。
「確かにヘラクレスが最強なのは間違いないが、ヘラクレス同士が激突したなら後はそいつを支援する連中の差だ。……さて、お前一人で私たちを超える支援ができるかな?」
アインツベルンの童女はセイバーの煽るような言葉にぐぬぬと顔を歪めている。
「……それで、あなたたちは私に何をさせたいわけ?」
だが、それも数瞬。
魔術師としての思考からすれば『わざわざそんなことを口にしなくとも勝てるのだから、こんなことを口にするのは何か理由があるのだろう』といった考え方だろうか。
当然、こちらにもちゃんと理由があって来たので、その取引を持ちかけようとして──
「ん? いや何もないが?」
「あるに決まってるだろ、この馬鹿が!」
思わず、まるで何事もなかったかのように『ただ自慢したかっただけ』と宣言したセイバーを叩いてしまっていた。
こちらに対して恨みがましい目を向けるセイバーだが、どうやらちょっとだけいい感じに進んだらしい。
向こうもわずかに白けたような雰囲気を醸し出している。
「……何をさせたいか、だったな」
「ええ」
そんなことは簡単だ。
「俺たちの下につけ」
これまでの人生でこれ以上ないほどのキメ顔でそう言った。
イアソン「……なんか、いける気がする!(ヘラクレスをけしかけながら)」
愛歌→イアソン:いい感じに啼いてくれる玩具
イアソン→愛歌:怖い