この世界、この王国に、ダンジョンと冒険者を中心とした町が築かれて30年ほどが過ぎた。
未だダンジョンを踏破した者も、深さを突き止めた者もおらず、ダンジョンに潜るものは皆一様に溢れんばかりの財宝に夢を抱いていた。
そんな町で過ごす者達に、財宝以外の話題が訪れた。これはそんな話題を、彼らの世界で少しだけ覗き見する物語ーーーー
「なあ、アーティ。この前の昇格試験の時に居た男。覚えてるか?」
ダンジョンへ潜る予定の無い今日。我々のギルドに併設されている酒場で食事を取りながら、目の前に座る女性冒険者兼相方が突然そんなことを尋ねてきた。
「えーと……ああ、あの毎日ダンジョンに潜ってるっていう?」
ダンジョンに潜る人間を管理して、より効率よく、より安全にダンジョンの謎を解き明かそうと人々が集まり、ギルドが結成された。
冒険者の実力は、等級と呼ばれるランク分けでギルドによって整理されている。侵入できる階層がランクによって制限され、無謀な挑戦を防いだりパーティの結成をより容易にしたりという目的だ。
昇格試験は、僕達が受けたのはそれなりに最近だ。一月も前ではないと思う。
その時に既に噂になりつつあったのが、エヴァの問うた男のことだろう。
冒険者というのは命をベットしてダンジョンに潜り、その奥を目指す。だから普通は、疲労回復や物資補充、武具の調整等に充てる期間を設けていて、毎日毎日ダンジョンに潜り続けるなんてことはない。
だから、彼は異常だった。数打ちのバスターソードと、魔法への耐性なんてこれっぽっちもない安物の軽鎧。それと幾ばくかの道具類だけで、ほとんど毎日ダンジョンへ潜っているという。
「あれは夢を……財宝なんてものを追いかけている奴のやることじゃあない」
僕達の昇格試験は、新人の冒険者を連れ添って一定の階層を探索することだった。そこに彼もいたのだ。
彼は昇格試験の前から毎日ダンジョンへ潜っては、大量の戦利品である魔石を持ち帰ってくることで注目されていた。
確かにモンスターから得られる魔石は、自ら使用する他に換金することで多くの冒険者にとっての貴重な収入源だ。しかし、毎日そうする程のものではない。
いつしか彼は「常在戦場」なんて肩書きで呼ばれていた。どちらかと言えば、戦闘狂という侮蔑の意味で。
「あいつに、パーティを組む仲間が出来たらしい。と言ったら信じられるか?」
エヴァの言葉に、僕は耳を疑った。
「……言っちゃ悪いけど、その相手は相当な物好きみたいだね」
僕だって、あまり人のことを悪く言いたくはない。だけど、彼に仲間が出来るとは思っていなかったのも事実だ。
無口、無表情。それが多くの人間が彼に抱く感想だ。何を考えているのか読めない。不気味さすら感じる彼に、当然のように人は寄りつかなかった。
僕自身、彼を試験中に引率していた時には背中を見せるのも少し躊躇った程だ。もっとも、悪人の気配は無かったから、暫くすればそこまで気にはならなかったけれど。
「それで……その相手は? 彼もそこまで等級は高くはないはずだし、相手も新人かい?」
「らしい。あの、何と言ったか……訛りの強いのが最近いるだろう」
思い当たる人物はいた。が……何と言うべきなのか分からなくて、僕は正しく開いた口が塞がらない状態だった。
訛りの強い新人と言えば、そちらもそちらで色々と噂になっている女性冒険者だ。
「僕の思い違いじゃなければ……桜花の方の方言でしゃべる子だよね? よく路地裏で寝てる」
コクリ、とエヴァがジョッキを煽りながら肯定する。少し信じ難かった。
桜花弁のその子は、件の彼とは真逆にそのガンガン人に突っ込んでくる性格から、多くの冒険者からはパーティの面子としては疎まれ気味であった。
つまるところ、僕の印象としてはその二人は水と油だ。二人のどちらかが脅迫と共にパーティを組ませていると言われても、僕は信じてしまうだろう。
「私も予想だにしていなかったよ。けど今考えてみれば、それだけ正反対の二人だからパーティになったのかもしれない」
「成る程ね……しかしまあ、悪い話じゃあなさそうだ。お互い良い影響を与え合えることを祈ろう」
少なくとも片割れは全く知らない男じゃない。彼らの行く先が光ある道であることを、僕は心から願おう。
そんな話をしていた帰り道。件の二人組が道の隅で、酔って吐いている片割れを介抱する彼を見かけたのは、また別の話。
二人がパーティを組んだことを知ってからしばらく。酒場が俄に賑わっていた。待ち合わせしていた相方のアーティを見つけて席に着いた私は、賑わいの中心を見やる。
「今日は随分賑やかだな。誰か大物でも狩ったのか」
冒険者にとって話のタネと言えば、強敵を討ち取ったとか、新たな道や階層を見つけたとか、珍しい品を持ち帰ったとか、そういうものが大半だ。
特に珍品を入手したときには、その冒険者は周りの冒険者に鳥が群がる屍のように集られる。
「彼らが帰って来たらしいよ。ほら、例の二人組」
成程、私は頷きとともに再度、賑わいの中心へ視線を向ける。
件の二人組は、ここ最近色々と話題にあがるようになってきた。私が知る限り、彼らは第5及び第6等級の、とりあえず単独でダンジョンの浅い階層に潜る分には帰ってはこれるだろうという程度の新人冒険者だ。
下から数えれば3つめが第5等級であり、そこまで登り詰めるのはあまり難しくはない。言ってしまえば、自由にダンジョンに入るための最低限の等級だからだ。
さて、しかしそんな新人冒険者の彼彼女だが、話題にのぼるのは当然理由がある。
まず、そもそも二人が人からパーティを組むのを拒まれ続けた者同士であること。
そしてそれである程度注目を集めていたところに、経歴の割には結構な獲物を仕留めてくることで火が着いた。
ダンジョンで獲物を仕留めようとした時、単純な武力だけではどうにも出来ない。出会った獲物を倒せる力は確かに必要だが、それ以前にダンジョンを進んでいけるだけの罠などへの知識や、そもそも獲物に巡り会える運が必要だ。
彼だけでも、彼女だけでも、二人のどちらもそんな話題に包まれることはなかった。
「今日はラージフロッグを討ち取ったらしい。それも、変異を起こした特殊な個体らしいよ」
アーティの言に、思わず感嘆のため息が出た。
ラージフロッグは、体表の柔軟性やぬめりで刃を通しにくく体躯の大きさから生半可な魔法にも数発は耐える、タフな強敵として知られている。
加えて変異を起こした個体は、通常の個体と違って自ら獲物を探して襲いかかる危険な個体が多い。
「彼らも随分と馴染んできたものだな」
他の冒険者に囲まれて称えられる二人を見て、思わずそうこぼした。
「そうだね、最初のころが嘘みたいだ」
柔和な笑みを浮かべてアーティが同意してくれた。 彼は昇格試験の引率以来、特にあの男が周りに馴染んでいないことに気を揉んでいたようだから、ほっとしたのだろう。
かく言う私も、彼らが周りに馴染めないことには心配を抱いていたから、その気持ちは分かる。
「二人が組んでから、彼らがよく笑うのを見かけるようになった。僕らを含めて、誤解が解けたんだろうね」
ジョッキを傾けながら、私も首肯を返す。
彼らが話題になってしばらく、専ら冒険者の間では二人はそれぞれ渾名で呼ばれることが多い。オウカと相棒がそうだ。
オウカは単純に桜花弁をしゃべるし、本人も本名を名乗りたくないらしく、安直だがそれをよく自称する。
相棒も、彼の本名を誰も聞いたことがない内にオウカがしきりにそう呼ぶので、すっかり定着してしまった。
本人達も割と満更ではないようで、というか片方はそもそも自称するくらいなので、以前の相棒が呼ばれていた「常在戦場」と比べれば相当穏やかな渾名と言えるだろう。
渾名が広まってからこの方、彼らはすっかり酒場の人気者だ。割かし高い身長の相棒と、ちんちくりん何て称されるくらい小柄なオウカ。
色々な意味で凸凹コンビな彼らはお互いうまいこと人への印象を補い合っているらしく、不思議と人を惹き付けている。
「そのうち、彼らももっと人数を増やしたパーティになるかもしれんな」
「僕らもダンジョンで共に歩む日が来るかもしれないね」
どこか期待を孕んだ笑みを浮かべたアーティに、釣られて私も口角が緩むのを感じた。
その後。やはり路地で吐くオウカと、それを介抱する相棒を見かけたのは、別の話だ。