あれから数時間後。すっかり空が暗くなった頃に、俺は帰路に就いていた。
怪人にはクリティカルヒットの金的を百発くらいぶち込んだあと、ロープでグルグル巻きにして学園の守衛所に届けた。
怪人というだけでも凶悪犯罪者なのに加え、俺に実害を与えたことも守衛さんに伝えたので、警察に連行された後、アイツには重い刑罰は下ることだろう。
それでも脱獄とかしてまた悪事を働くようなら、今度こそ去勢してやるだけだ。
あと視聴者の声が聞こえるイヤホンは、討伐対象を無事撃破したからか、金的をしてる最中に気がついたら無くなっていた。
協力してくれたことには感謝しているが、所詮はデスゲームを観覧してるようなヤバイ奴らなので、これからはあまり気を許さないようにしようと思う。
「……お腹、すいた」
キュルル、と腹の虫が鳴り、思わず小さく呟いた。戦闘とかいうクッソ疲れるスポーツもどきを行った後だからか、異様に空腹な状態だ。
海夜の家にはまだまだ食材が残ってたはずだし、早く帰ってご飯作ろ。
「……あれ?」
遠目に海夜家が見えてきたのだが、何故か玄関の明かりが点いていない。
小走りで玄関前まで向かうと、家の中も照明が点いていないことに気がついた。
もうそろそろ夜の八時を回る頃なのだが、意外にも小春ちゃんと海夜は帰ってきていないらしい。
「陽菜は……」
というか、この家にはそもそも陽菜が居たはずなのだが、何故か今は誰もいないし、鍵もかかっている。
玄関の鍵が閉まっているということは、少なくとも小春ちゃんか海夜のどちらかが一度帰ってきたはずなんだけどな。
まぁ、数日前に合鍵は作ってもらった。早く家の中に入って、小春ちゃんたちの分の夕食も作っておこう。
「───えっ」
合鍵を取り出そうと、スカートのポケットに手を入れた。
ポケットの中に入れておいたのは合鍵だけ。
……なのだが、何故か感触が二つある。
「う、うわっ……」
心配になってポケットの中の物を取り出すと──合鍵が二つに割れていた。
取っ手部分と、刺し込むキーの部分が分割されてしまっている。
「……マジか」
おそらく怪人に衝撃波で吹っ飛ばされて、教室の壁に叩きつけられた時に壊れたのだろう。これでは家の中に入ることが出来ない。
まぁでも、もう夜だしどうせすぐに帰って来るでしょ。
……
…………
「お゛な゛か゛す゛い゛た゛」
一時間待っても二人とも帰ってこないんですが?
そろそろ22時だぞ! 夜遊びは駄目だぞ! 特に小春ちゃん!
「なんでぇ……」
空腹の感覚が辛くて、弱々しい声が出てしまう。
そんな状態のまま玄関の前で蹲っていると、ふとスマホが鳴った。
これは──今日の朝に聞いた音だ。
「着信……?」
そう、オカマが電話を掛けてきたときの着信音。そしてこのスマホの番号は誰にも教えていないので、必然的に電話の主はオカマということになる。
反射的に応答ボタンをタップして、スマホを耳に近づけた。
「もしもし」
『もしもーし! お疲れ様ねン!』
予想通り、馬鹿でかい声が耳を刺激してきた。もうちょっと静かに喋って……。
『聞かれる前に言っておくと例によって例の如く回線落としてるわ! まぁ運営に変な対策されちゃってるから、今回電話できる時間は短いけど!』
「け、今朝電話した、ばっかりだけど……」
『そうね。もしまた電話できるとしても、せいぜいあと一回が限界かも。運営に勘付かれたらおじゃんだし』
「でも電話してきたってことは……」
『えぇ! 今すぐ伝えないておかなきゃイケない事があるのよ!』
声を聞いてて分かったが、オカマも少し焦ったような声音をしている。
こうして俺に接触するだけでもかなりハイリスクなのに、それを何回も繰り返しているから尚更危険なのだろう。
俺に淫紋を付けたおわび……とは言っているけど、流石にこっちも申し訳なくなってくる。
極論だけ言えば、オカマ側に俺を助けるメリットなんてない。それでもこうして手助けしてくれているのは、一体どうしてなのか。
本当におわびの気持ちだけで協力してくれているのか、もしくはデスゲーム運営を潰したいのか。
どちらにせよ、手を貸してくれるなら全力で借りるつもりだ。
俺も無事に助かりたいし、今のところ信用できる人間はこのオカマしかいないから。
「……それで、内容は?」
『アンタ以外の三人のプレイヤーのうち、一人だけなんとかコンタクトが取れたわ。その子はクリア目前まで行ってて、余裕があるならアンタの手助けをしてくれるよう頼んでおいたの』
「ほ、本当に? でもその人も、自分の事で精一杯なんじゃ……」
『結構好感触な返事が貰えたから多分大丈夫よ。もともとその子とは知り合いだし、良い子だってことはアタシが保障するわ。安心なさい』
優しい声音で語りかけてくるオカマの言葉を聞いて、少しずつ勇気が湧いてきた。まだ不安が残っていた心も、幾分か落ち着いてきている。
ここまでされたら、もうクリアするしかねぇよな。よーし、がんばるぞ。
『合言葉は二つ。あの子が【
「その合言葉、なにか意味あるの?」
『あの子の苗字よ。……あ、キャラじゃなくて本名の方ね』
剛烈ってなかなかゴツい名字だな。オカマの仲間らしいし、その人もムキムキなマッチョだったりするのかも。
なんにせよ、協力してくれる人がいるなら心強い。
『あ、そうだ。主人公くんとその妹ちゃん、帰ってきてないでしょ?』
「うん。……もしかして、帰ってくるタイミング、知ってる?」
『二人とも帰ってくるのは明日の朝よ。今は陽菜ちゃんの家にいて、めちゃくちゃシリアスな話してる。最近出没してる【悪の組織とは別勢力の、人間を怪人に改造する謎の人物】についてね。ちなみに言うとアンタが戦った怪人、
なんだそりゃ。悪の組織以外にも敵がいるってことは、割とこのエロゲのストーリーって規模が大きいのか?
うえぇ、なんか面倒くさい事になってるぅ。ストーリーはまだ中盤ってことかな。
「……って、ちょっと待って。二人とも、今日帰ってこないの? もうお腹すいたし……俺も陽菜の家、行っちゃ駄目?」
『ダメ~♪』
「な、なんで」
『主人公くんの淫紋あるでしょ。アレ、昨日アンタがさんざん逆レイプで必要以上に搾精したから、今は落ち着いてるの』
「……つまり?」
『アンタが居たら主人公くん、そのこと思い出してムラッとしちゃうわけ。昨日の今日だし、仕方ないことではあるんだけどね』
うっ。あんまり昨日の事思い出したくないんですけど……。
ていうか、アイツがムラッと来るってことは。
「……その場で性欲処理、することになっちゃう?」
『ん、そゆこと。流石に他のヒロインがいる家の中でそれはマズイし、アンタも心の準備できてないでしょ』
「う、うん」
『定期的な性欲処理は明日からで大丈夫だから、今夜は一人で過ごしなさいな。……それと、あんまり主人公に体を許しすぎちゃ駄目よ。悪い子ではないけれど、性欲を刺激しすぎると押し倒されるルートもあるんだから』
『主人公くんがアンタで性欲処理するんじゃなくて、アンタがわざわざ
『アンタの相手は【自由度の高いエロゲの主人公】だってこと、忘れないでね』
──それだけ告げて、オカマは自ら通話を切った。
……
…………
「ふぅ、疲れた」
オカマとの通話を終えたあと、俺は近所のスーパーへと足を運んだ。
そして買い物を終えた現在、小さなレジ袋を片手に公園のベンチで休んでいる。
合鍵が壊れて、海夜たちは帰ってこない。
そうなると残された選択肢は、夕飯を外食で済ませて、公園で眠る……というものしかない。
今日は視聴者たちによるフラグ建築の指示で、少しお高い猫缶を買ってしまったため、所持金がほとんど無かった。
故に安くご飯が手に入るスーパーに向かったのだが、困ったことに買える値段の惣菜が全然無くて。
結局手に入ったのは半額になっていたおにぎり一つと、心配そうな顔をしたスーパーの店長から貰ったから揚げとペットボトルのお茶だけだ。
「……冷めてる」
レジ袋からおにぎりとから揚げの入ったパックを取り出してみると、店を出る際に電子レンジで温めたにもかかわらず、掌には冷たい感触が広がった。
「おにぎりにしよ」
同様に電子レンジで温めたおにぎりを取り出すと、これまた冷えていた。
まぁ冷えたから揚げよりはマシだし、先にこっちを食べよう。
「もぐ、むぐ」
リアの小さい口で、おにぎりを頬張っていく。スーパーの安いおにぎりらしく、なんとも味気ないというか、なんというか。
せっかく怪人を倒して一人の女の子を救ったってのに、家にも入れず、寒い外で食べる晩メシがこれですか。無表情だけどかなり落ち込んでますよ?
この世界で初めて過ごした、あの寒い一人の夜を思い出して、なんかマジで涙出てきたわ。
「……ぐすん」
買ってきたのは明太子のおにぎりだった筈だけど、お米がちょっぴりしょっぱかった。
(リアに対しての)好感度ステータス
フィリス:100 《命より大切な人》
ロイゼ:65 《友人を救ってくれた恩人》
文香:10 《噂に聞く友人の友人》
陽菜:100 《攻略完了》→《もう一人の姉》