「相手の力を吸収して無効化する」という、ムキムキなパワー系の肉体に反して小賢しい技を使ってくるキラーとの戦闘は熾烈を極め、お互いが決定打に欠ける膠着状態が続いていた。
高月のレーザーやレイノーラの氷どころか、身体強化を使った藤堂のパンチをも衝撃吸収して無効化されてしまう始末だ。特殊な能力だけじゃなく物理攻撃も効きづらいとなれば打つ手も限られてきてしまう。
──戦闘が開始されてから、はや十五分。
既に味方ほぼ全員がボロボロな状態にもかかわらず、キラーは未だ健在だ。
今は小春が電撃で牽制しつつ陽菜が浮遊させた瓦礫でキラーをかく乱して場を保たせているが、このままだとジリ貧だということは誰の目から見ても明らかだ。
「あんなの、どうすれば……」
そんな情けない弱音が出てくる程度には状況が切羽詰まっている。
こちらの攻撃が全く効いてないというわけではないのだが、大きくダメージが与えられるような強力な一撃は無効化されてしまう。
つまりチクチクと少量のダメージしか与えられておらず、勝ちの目が見えずにいた。
「むむむ、なかなか強いですわね……」
「あ、お兄ちゃんそこ危ないよー!」
「っぶね!? ちょ、落雷やるんだったら先に言えよ!」
……だというのに、何故かこの場には『緊迫感』というものがあまり無い。各々必死に戦ってはいるし、擦り傷を負っていたり服も破れたりしている──のだが、どこかみんな余裕を持っているように見える。
そんなデスゲーマーズの皆に疑問を浮かべていると、【マジでめっちゃ強い・レーザー・マシンガン】を持った田宮が俺のほうに逃げてきた。
「ハァーッ、はぁ゛ー……! あいつら元気すぎる……!」
息切れをしているのか、激しく肩を上下させながら俺の前で休んでいる。
その様子を見るに、どうやら他の皆と違って田宮はあまり余裕が無いようだ。まぁ身体能力も並で実戦経験も無いのだしそれはしょうがないと思う。
だが、一緒に戦っている田宮なら皆の余裕の理由を知っているかもしれない。そう思って、俺は彼の汗や擦り傷から垂れている血をタオルで拭いながら声をかけた。
「ねぇ、田宮」
「いてて……な、なんだ?」
「なんか皆余裕そうっていうか、楽しそうに戦ってるように見えない?」
若干首をかしげながらそう言うと、田宮は苦笑いをした。
「あぁ……そりゃそうだ」
「え、どういうこと?」
「もう勝ち筋が見えてるからな。勝ち確定の戦いならそりゃ余裕も出てくるだろうよ」
「勝ち確定……って、この状況で? どうみても、防戦一方……」
そこまで言いかけた辺りで、俺の目が公園の端に止まった。そこでは高月とレイノーラが話し合いながら能力を使って『何か』をしていた。
お互いが両手を前に突き出し、そこから発生している冷気と光の粒子を混ぜ合わせて何かを作ろうとしている。よく見れば、その近くには座禅を組んで目を閉じている藤堂の姿もあった。
……なんだあれ。
「す、すごいわ!」
「うわっ」
謎の光景に俺が首をかしげていると、肩に座っていたウサギのぬいぐるみが急に叫んだ。ビックリするからやめてほしい。
「すごいって、何が?」
「あの子たちがやってるアレ、きっと合体技の準備よ!」
「が、合体技?」
合体技っていうと……マッスルドッキングとかプリキュアエクストリームレインボーとかダブルライダーキック的なアレのことだろうか。
「お前ら二人には聞こえなかっただろうけど、俺たちは戦いながらキラーの倒し方を話し合ってたんだ」
「それがあの合体技?」
「あぁ。キラーのあの吸収能力は許容量をオーバーするとそれ以上のエネルギーを無効化することはできない、ってことが分かった。あいつが口から出してる蒸気は吸収して内側に溜めたエネルギーを変換して放出してるものでな。俺たちが少しの間攻撃を止めて防御だけしてたら段々と蒸気の量が減っていったから分かったんだ。わざわざ放出しないと駄目ってことは無限にエネルギーを吸収できるってわけじゃないってことだから──」
「す、ストップ……! つ、つまりどうすれば倒せるの?」
マシンガントークを一瞬で理解できる気がしなかったので、田宮に待ったをかけた。要点だけ教えてもらえればそれでいいんだ。
「キラーが吸収できないレベルのエネルギーを込めた最大級の一撃を叩き込む。そうすりゃ勝てるって指示を出した」
「……そう、なんだ」
そんな単純な話なのかよ。ていうか攻略法見つけるの早すぎだろ。
……ていうか、もしかしてそれって田宮が──というか呉原が生粋のゲーマーだから分かったことなのかな。いやゲーマーっていってもエロゲーマーだけど。エロゲ博士とか呼ばれるレベルの。
そういえば呉原は──エロゲとはいうが何もノベルゲームだけじゃない、アクション要素が加わってる作品やエロ以上にゲーム性が色濃く出てるゲームもある。商業作品だけじゃなく同人ゲーだって立派なエロゲだからな──って言ってたな。
つまり百戦錬磨のエロゲ博士は様々なエロゲをやるうえで、いろいろなジャンルのゲームを大量に攻略してきたということか。それなら今回のように攻略法を素早く見つけるゲームスキルが培われていても不思議じゃない。……なんかエロゲエロゲ連呼してたら頭痛くなってきた。
「小春さーん! 準備できましたわー! フィリスちゃんと入れ替わってください!」
「交代の時間だよ」
「は、はーい! 今行きます!」
高月が小春に呼びかけると同時に、レイノーラがキラーの足止め係に加わった。それと入れ替わるようにして小春が高月の傍まで駆け寄った。
「小春さん、これを」
「任せてください!」
よく見れば、高月が大きな西洋剣のような物を持っている。それを受け取った小春は自分の周囲にバチバチと青白い電流を発生させつつ、目に見えて分かるほどの電気を西洋剣に走らせ始めた。
「あれ、何してるの?」
「ロイゼの閃光とフィリスの氷で生成した特別な剣、それに小春の電磁力を込めてるんだ。その三つの力を上手い具合に融合できれば……」
そこまで田宮が言いかけた瞬間──小春の持つ剣が太陽のごとく眩い輝きを放った。
「できた! 文香先輩お願いします!」
その輝く西洋剣を小春が地面に突き刺すと、座禅を組んでいた藤堂が瞼を上げた。
「……あぁ、了解した」
冷静な声音で返事をした藤堂はゆっくりと立ち上がり、地面に突き刺された西洋剣の前に立つ。
するとロイゼがキラーの足止め係たちに大声を放った。
「聖剣に最後のエネルギーを込めます! 蓮斗さんとフィリスちゃんは戻ってきてください!」
その言葉が耳に飛び込んできた蓮斗とフィリスは同時に巨大な氷を生成し、それでキラーの両足を固定した。そして能力で宙に浮いている陽菜と大量の重火器で戦っている剛烈に蓮斗は声をかけつつ、藤堂のいる方へと走っていく。
「陽菜! 剛烈! 残りの時間稼ぎ頼む!」
「任せてくださ──わァ! あ、危なっ!?」
「陽菜ちゃんよそ見したら死ぬよー!」
キラーが振り回す巨大なナタを避けながら、重火器や能力で浮遊させた瓦礫でちょっかいを出してキラーが『下を向かないように』注意を引き付ける剛烈と陽菜。あれは恐らく足を固定している氷を破壊されないようにしつつ、合体技を撃とうとしている藤堂の方にも注意が向かないように戦っているのだろう。二人だけで担当するには荷が重すぎる役割だ。
「あの人知を超えたエネルギーを内包してる剣を扱えるのは、極限まで集中して精神と肉体を強化した文香くらいだ。……だけど、このままじゃマズいな」
すると、隣にいた田宮が俺に腕時計を手渡してきた。
──こ、これは……!
「ハイパームテキの……
「今のうちに渡しておくけど、それはワールドクラッシャーと戦う時まで大事にとっておいてくれ。もう俺もポイント無くなっちまったからさ」
「わ、わかった」
「じゃあ俺も足止めしてくるから、お前ら二人は蓮斗たちの後ろに避難しておけよ!」
「うん。……オカマ、行こう」
マジでめっちゃ強いレーザーマシンガンを構えてキラーの方へ走っていった田宮の言葉に従い、腕時計を右腕に付けてから、ぬいぐるみが落下しないようにオカマを両手で抱えて走り出した。
みんなのいる所まで来ると、藤堂の後ろにいる他の全員が彼女に向かって手を翳していることが分かった。レイノーラは冷気を、高月は光の粒子を、蓮斗はその両方を、そして小春が紫色の電流を藤堂に送っていた。
普段ならそれは攻撃になってしまう筈だが、聖剣と呼ばれたソレの柄頭に手を置いている藤堂が苦しんでいる様子はない。よく見れば、彼女の体を伝って全てのエネルギーが聖剣へと流れて行っているのが確認できた。
しかし全てが聖剣に込められているわけではないようで、海夜たちの力が送られた藤堂の体も聖剣と同じくうっすらと輝き始めた。
力は藤堂の体と聖剣の間で循環している。剣と体を一体とし、それら全てを一つの武器──必殺技として発動する。まさしく『合体技』だ。
「あっ! リアさんはもう少し下がってくださいな! そこは危ないですわよ!」
「リア! 俺の後ろに来るんだ!」
「お兄ちゃんより私の方が強いから! こっちおいでー!」
妙に海夜兄妹が必死に呼びかけてくるので、間を取ってレイノーラの背後に避難した。
「「ちょ、なんで!?」」
なんか今のあなた達ちょっと怖いので……。避難するんだったら、こんな時でも冷静な顔をしてるレイノーラの後ろに決まってるわ。
「お、お願いね、レイノーラ」
「うん、任せて。………ぁ、あと……な、名前で呼んでくれても、いいよっ?」
「へっ? えっと……ふぃ、フィリス……?」
「まかせてぇェェェッッ!!」
急に冷気が強まって寒くなってきた。
……高月の後ろの方がよかったかな。
「みんな、ありがとう。もう大丈夫だ」
藤堂が小さくそう呟くと、エネルギー充填係は手を止めた。
そして藤堂が聖剣を抜き取ると同時に、高月が足止め係の三人に向かって叫んだ。
「撃ちます! 離れてっ!」
その言葉に反応した剛烈が素早く陽菜と田宮を両脇に抱き抱え、その場の地面を思い切り踏み抜いた。驚異のジャンプ力で俺たちの方まで避難が完了し、それを合図とするかのように藤堂が聖剣を両手で握りこんだ。
そして聖剣を頭上に掲げ、ピタリと動きを止める藤堂。
すると、まるで蛍の光のように小さな光の粒子が彼女の周囲に発生し、藤堂の腰まである長い黒髪を一瞬で金色に染め上げた。
同時に金色の突風が巻き起こり、金髪になった藤堂が掲げる聖剣は更に強く輝きを増した。
黄金の風は彼女の全身を包み込み、そこから溢れ出るオーラは足場の地面をまるで泥濘のように歪ませていく。俺の目にはそれが、まるで藤堂だけが別の世界にいるかのように見えてしまった。
そんな錯覚を覚える程の威圧感を放ちながら、彼女はその眼でキラーを捉えた。
「──束ねるは
「■■■■……?」
常軌を逸した藤堂の威圧感にキラーは怯み、脚が凍っているにも拘らず後ずさりの様な行動を取った。当然その足が動く事などなく、キラーは『逃げられない』ということを悟ったような表情になった。
「──闇を穿つ奇跡の
「ッ!? ■■ッ、■■■■■■■■──!!」
避けられないのなら、迎撃するしかない。自身の持つ巨大な鉈を振るえば藤堂に届くことに気がついたキラーは、破裂音のような咆哮を木霊させ、右手に握った大鉈を振りかぶった。
しかし、もう遅い。
「受けるがいい」
全ての工程をクリアした藤堂と聖剣は黄金の嵐を巻き起こし、それだけで上空に漂っていた雲を割いてみせた。
強すぎる突風は後ろにいる俺たちを吹き飛ばすどころか、キラーが握っていた巨大な鉈すらもその手から弾き飛ばした。
剛烈が用意した巨大なシールドの後ろに全員が避難すると同時に、藤堂は遂にその聖剣の名を口にした。
「エクス───」
「■■■■──」
黄金の奔流が、巨悪へ向かって解き放たれた。
「カリバァ──ッッ!!!」
★ ★ ★ ★ ★
──五分後。
あまりにも既視感がありすぎる
とんでもない威力のビームを放った代償は大きく、広々としていた公園は全ての遊具が木端微塵になり、緑色の広場は全てが焼野原と化していた。直前で威力を抑えたのか、幸い街には被害が出なかったようで安心したが。
「もう動けないよぉ……リアねえ膝枕して~……」
「陽菜ちゃんズルいー……私にもやってぇ~……」
別に今は膝枕なんて誰にもしてないし、やるなんて一言も言ってないのだが、陽菜と小春が架空の膝枕券を争っている。……まぁ、寝そべったまま一歩も動いてないが。
全員ボロボロで、この場で何の苦も無く体を動かせるのは俺とぬいぐるみだけだ。
「皆さんお疲れ様でしたわ~……ぁぁ」
疲弊しきって身動きが取れなくなった高月が、同じく動けなくなったデスゲーマーズの皆に労いの声を掛けた。
その言葉に各々が反応しつつ、疲れを癒すべく目を閉じてしまった。ここで寝てしまうのはマズイと思うけど、あれほどの激戦の後だしもう少しこのままでもいいか。
──ふと、気になったことがあった。
それを確認するべく、高月と藤堂の近くへと寄った。
「ねぇ、二人とも」
「ど、どうしましたかぁ……」
「礼の言葉なら無用だぞ……出来れば元気な時に、改めて聞かせてくれ……」
「えっと、質問っていうか……」
彼女たちの作戦は完璧に決まった。現にプレイヤーキラーを撃破し、一人も欠けることなくチーム全員が無事な状態で、しかも大した怪我もしないまま勝利することが出来たのだから。
……だが、もしエクスカリバーすらも吸収されていたら、その後はどういう作戦を行うつもりだったのだろうか。
キラーの能力吸収の許容量オーバー……というのは結果的には大正解だったもの、戦ってる時点ではあくまで推測に過ぎなかったはず。
確かにエクスカリバーは強力だったものの、それ一つに賭けるというのは些か博打染みている。
だというのに、本当に勝ちを確信していたかのようなあの『余裕な表情』……それが不思議だった。
高月も藤堂も用心深い性格だし、油断のゆの字もない彼女たちが、あのエクスカリバーだけに全てを賭けて勝ちを確信していたとは、到底思えないのだ。
田宮はああ言っていたが、一つの作戦のみで余裕が持てる程、蓮斗たちは浅はかではなかった筈。
……いや、それ以上にエクスカリバー作戦に自信を持っていたのだろうか? それほどまでに完璧に練られた攻略法だったなら、確かにあの余裕の表情にも納得できるけど……。
「どうして、ずっと余裕そうな顔をしていたの? アレ以外にも、まだ作戦があったの?」
「え゛っ……そ、そう見えましたか?」
「何という事だ、恥ずかしいな……。少し気が緩んでいたのかもしれない」
「っ? ……あっ」
も、もしかして俺、今めちゃくちゃ失礼な質問してる……?
高月達からしたら『戦ってなかった役立たずが「お前らなんで余裕そうな顔してたん? ふざけてんの?」って聞いてきた』感じに捉えられるんじゃ! ていうかそういう風にしか聞こえないな!?
「ごっ、ごめんなさい……! そんなつもりじゃ──」
「リアさんがいたから……かな」
「えっ?」
藤堂が穏やかな微笑を浮かべながら呟いた言葉を聞いて、俺は思わず間抜けな声を挙げてしまった。
ど、どういうことなの……。
「そうかもしれませんわね。私たち、いままでいろんな怪人や能力者たちと戦ってきましたけど……」
高月は爽やかな笑みを浮かべて、顔だけを俺に向けた。
「リアさんが一緒にいる時って、一度も負けたことがありませんから」
「……そうだっけ?」
「えぇ、そうですよ。それに今回はリアさん自ら呼んでくれたというのもあって、皆さんも私も少し舞い上がっていたのかもしれません」
「いつもより調子が良かったくらいだ。あなたはいわば……私たちにとっての勝利の女神……だな、ハハッ」
そんな大層なものじゃ無い、そう言って割と本気で訂正したが、二人には『半分本気、半分冗談』と言われてうやむやにされてしまった。
俺がいたから、みんな調子よかったって……そ、そんなこと言われたら俺が調子乗っちゃうぞ!? やめろ! 一番ザコな俺をおだてるのはやめぇっ、ヤメロォー!
(良かったね、役立たずって言われなくて)
(わざわざ口に出して言うほど性格悪いヤツはこのチームにいねーよ! 俺が一番分かってるからいじめないで!)
(やーい穀潰し、人質系ヒロインー)
(変な悪口やめなさいよホント!)
俺の心の声が聞こえるリアと言い争いながら、表面上は黙ってタオルなどでみんなの汗や汚れを拭いて回る。擦り傷とかは家の救急箱がないと手当て出来ないし、もう少し休んだら皆を海夜の家に運ばなきゃだな。
「ふぅ、とりあえず皆のおかげで、第一関門は突破……ってとこかな」
15ポイントへの希望が見え始めて、ホッと一息ついた。
──その時。
(よ、夜っ)
(どした?)
(あそこっ、公園の入り口……!)
心の中のリアに促され、俺は視線を公園の入り口の方へと向けた。
そこにポツンと立っていたのは、いつか見た黒いフードを被った人物。
「……く、クロノ?」
「隙あり」
予想していなかった人物の襲来に狼狽えた、その一瞬。
クロノは瞬間移動をするかのように一瞬で距離を詰め、俺の目の前に姿を現した。
「一緒に来てもらう──」
俺の右手を掴んだ瞬間、クロノは背中からドス黒いオーラを発した。
……
…………
………………
気がつけば、俺は真っ暗な空間に立っていた。
右も左も分からないような、何もない暗闇の世界だ。かろうじて足場はコンクリートのように固くしっかりしているので、上も下も分からない……などという不思議な感覚に陥ることは無かった。
その事実にホッとしたのも束の間。顔を上げてみれば、少し離れた位置にクロノが立っていた。
まったくおかしな空間だ。全てが真っ黒だっていうのに、クロノの姿も自分の姿も、俺が抱き抱えているオカマのぬいぐるみだってハッキリ見える。まるで物体にのみ光を浴びせているかのようだ。おかげで自分たちの姿が暗闇のなかで異様に浮いている。
というか、ここは何処だ。
「いったい、どこへ連れてきたの」
「……ここは僕は作り出した、特殊なフィールドだ。実際は先ほどいた公園にドーム型の黒い塊があって、僕たちはその中にいる」
フードを下ろして年若い青年の顔を見せたクロノの瞳は、ひどく濁っているように見えた。以前の様な狂気を感じるほどの生気が今はまるで存在せず、目の中に光を映していない。
明らかに異常な状態だ、ということが直ぐに理解できた。
「……何が、あった」
腕の中のオカマのぬいぐるみを強く抱きかかえながら、警戒した声音で聞いた。……オカマ、なんで喋らないんだ。もしかしてクロノを不意打ちしようとしてんのか?
「ワールドクラッシャーが現れただろう。そいつを洗脳して、分解して、この体に取り込んだんだ」
「何でそんな事を──」
「黙れッ!」
クロノが激しい怒りを見せ、一瞬怯んだ俺は肩をビクつかせた。
そんな俺を茶化すこともなく、クロノは両手で頭を抱えながら叫ぶ。
「ただ新しい世界を望んだだけなのに! 何もかもが邪魔される! 君たちにも! 運営にも!」
声を張り上げるクロノの背中から、先程見たような黒いオーラが蛇口をひねった水のように勢いよく吹き出しはじめた。
「誰も僕を助けてくれなかった! だからこうして自分の世界を作ったのに……何でそこでも邪魔されなきゃいけないんだッ!」
「く、クロノ……」
「どこまでも僕を拒否するこの世界なんていらない。……どうせ、どうせこの世界で死ねば現実で接続されてるヘッドギアに脳を焼かれるんだ! 現実にも居場所が無いんだったら! せめてこの世界を道連れにしてやるって決めたんだよ! 一人残らず皆殺しだ!!」
そう叫ぶクロノは段々と黒いオーラに包まれていき、次第にその姿を変えていく。
メキメキと骨が軋むような音が鳴り響き、まるで風船のごとく体が膨らんでいくクロノ。
「お、お前、人は殺したくなかったんじゃ……」
「だからお前を連れてきたんだ! 僕が一番最初に殺す決心がついた人間は『お前』なんだよ! お前を殺せば迷いなんて消え───ウッ、グ……アアァーッ!!」
瞬く間に彼はその体を、神話に登場する悪魔のような姿へと変身させてしまった。
岩の様な筋肉、キラーを思い出させるような巨体、そして何より深淵の様に暗く黒いその肌と背中に生えた巨大な翼──まさしく『世界の破壊者』に相応しい姿となってしまった。
「……ぁ、あら?」
「っ! オカマ、もしかして寝てたの……?」
巨体の悪魔になってしまったクロノを見て後ずさりをすると、両手で抱えていたウサギのぬいぐるみが喋った。
「合体技の風に吹き飛ばされて気を失ってたみたいね……」
「や、やばいよ、あれクロノだよ」
「……なるほどね、なんとなく察したわ。ここは隔離された空間で、とりあえずアレをぶっ倒さないといけないわけね」
驚きの状況判断力に俺が軽く引いていると、オカマはぴょこんと跳んで俺の腕から地面に降りた。
するとどこからともなくノートパソコンを取り出し、なにやらパチパチと打ち始めた。
「ちょっと、こんな時に何してんの……!」
「いいから、アンタのハイパームテキの腕時計を貸しなさい」
「はぇ……? い、今使うべきなんじゃ……」
「アイツこの世界の開発者よ? 5分しか使えないムテキの対処法なんていくらでも用意してるに決まってるじゃない」
焦る俺から無敵の腕時計を奪ったオカマは、それをコードでパソコンと繋ぎ、再び文字を打ち始めた。
「そこに運営のクラッシャーの力まで合わさったとなれば、まずこのままじゃ勝てないのよ」
「じゃあどうするんだよ……!」
「事前に用意してたプログラムでハイパームテキをアップグレードするわ。そんでアップグレード内容を起動する追加アタッチメントも現実からこっちにダウンロードしなきゃだから──」
──5分、時間を稼いでね♡
オカマはそう言って俺にフライパンを投げ渡し、再び作業に取り掛かった。
「……は? 時間稼ぎって、こ、このフライパンで……?」
「面積はちっちゃいけどそのフライパンはどんな攻撃も通さない最強の盾よ。今はそれしかないから、それで頑張って! デスゲーマーズのキャプテン・リアメリカ!」
「だ、誰がキャプテ──う、うわっクロノこっちキタァァ!!?」
(こわーい、逃げろー)
「てめぇリア!? 精神が先に逃げんじゃねぇおい待てぇ! ちょ、ぢょっどま゛っ゛で゛ぇ゛!!」
クラッシャーなら人間も精神体も関係なく破壊できると悟ったのか、いつの間にか肉体から離脱して避難している薄情なリアを追いかけつつ、『何でも防げる小さいフライパン』一つで行う5分間の地獄の逃走劇が幕を開けた。