時刻は昼の12時過ぎ、場所は地東高等学校2年A組の教室にて。
昼休みに差し掛かったにもかかわらず、俺は何をするでもなく机に肘をつきながら校庭をただ眺めていた。
「……はぁ」
ドッジボールやらサッカーやらで楽しげに遊んでいる生徒たちを傍観しながら、心底疲れたような溜め息を吐いた。
実際めちゃくちゃ疲れているので、校庭で元気に遊んでいるあいつらが少し羨ましい。
「おーい美咲~」
「んっ、呉原」
「昼飯食おうぜ」
レジ袋を片手に俺の前の座席に座る呉原。彼の昼食はコンビニで買ってきたパンやらおにぎりやら。
逆に俺の飯は専業主夫の父親が作ってくれた手作り弁当だ。実はこの弁当のおかずを少しだけ呉原に分けてあげるのが最近の日課になりつつある。
「何がいい?」
「その玉子焼きくれ」
「ほい」
呉原に言われた通りに玉子焼きを箸で掴み上げたところまではいいものの、肝心の置く場所がない。いつもは呉原が食べているコンビニ弁当の上に置いてやるのだが、今日は手づかみで食べるものしか買ってないようなのでどこにも置けない。
ふむ、それなら。
「あーん」
「……は?」
「あっ、ご、ごめん。クセで」
呉原に困惑の表情で返されて正気に戻った。
いかん、良くないぞこれは。いま完全に蓮斗にあーんするリアモードに入ってた。慣れって怖い……。
「でも置く場所ないし、早く食え」
「ちょ、分かったから、分かったから「あーん」は勘弁してくれ」
呉原が持っているおにぎりの上に玉子焼きを器用に乗せて、再び自分の弁当を食べ始めた。
すると、呉原が俺の顔を覗き込みながら声を掛けてきた。
「……お前、寝てないのか?」
「えっ、やっぱり分かる?」
「目の下のクマすごいからな。普段のお前ならあーんとかもしないだろ」
「疲れすぎかなぁ」
「何かあったのか?」
「……まぁ」
おにぎりを頬張りながら質問してきた呉原に苦笑いで返事をした。
何かあったのか、と聞かれれば「めちゃくちゃ色々ありました」と答える他ない。本当に昨晩がいろいろありすぎて疲れたし、結局寝る時間も無くてフラフラしながら登校してきた。
昨晩は真岡からの話だけでも頭が破裂しそうだったってのに、そこに発情しかけたレンの対処も加わってもう泣きたくなったくらいだ。
玄関でレンを振りほどいて外に逃げたのはよかったものの、そこから深夜の住宅街でレンとの鬼ごっこにまで発展するとは思わなかった。
全力で追いかけてきておいて何が【えっちは
「実はかくかくしかじかでな」
「かくかくしかじかじゃ分からねぇからちゃんと話してくれ……」
ノリ悪いなこいつ。そこは「はぇ~すっごい(小並感)」て適当に納得しとけ。
「──というわけです」
「はぇ~すっごい」(小並感)
「なのでめちゃくちゃ疲れてます。呉原くんジュース奢って」
「いいゾ~」
急にノリが良くなった呉原に120円渡された。欲しけりゃ自分で買ってこい、ということらしい。お金くれただけでも嬉しいので文句は言わない。
「にしても『レン』、ねぇ。まさかアイツとお前が立場逆転するとは思わなかったよ」
「俺もだよ……はぁ、疲れた」
「で? 今日レンとヤるの?」
「ブフッ!」
唐突に変な事を言われてお茶を吹き出した。全部呉原の顔にかかった。
お前、マジでそういうこと言うのやめろよほんとに。せっかく有耶無耶にして忘れようとしてたってのに。
「ゲホッ、ゴホ! んん゛っ゛、んなわけないだろ……!」
「えっ、だって昨日レンに【明日】って言われたんだから今日だろ」
「そこじゃねーよ!? そもそも手ぇ出したりとかしないから!」
「何で? あっちの世界じゃ俺の睡眠妨害する程度にはよろしくやってただろうが」
ちょ、ガチトーンでそういう事言うの心臓に悪いからやめて。ほんと、あの、そこの部分に関しては申し訳なかったって思ってるんで勘弁してください……。
「おい呉原、リアルであんな体型の子にそんなことしてみろ、俺の人生が終わりを迎えることになるぞ」
「わ、悪い、言い過ぎた」
「そもそも中身が蓮斗とはいえ──」
俺が呉原に対して言い訳を口にしかけた、その瞬間。
噂をすればなんとやら。
話題の中心人物である黒い髪の少女が、教室のドアを勢いよく開けて登場した。
「……っ!」(疲弊した様子で荒い呼吸を繰り返している)
「あれー、なにあの子かわいい~」
「誰かの妹?」
若干を息を切らしている様子のレンを見た教室の女子たちは、いかにも野次馬染みたセリフを吐きながらレンへと近づいていく。
「きみどこから来たの~?」
「かわいいね、歳いくつ?」
「ほっぺやわらかーい」
抵抗虚しくもみくちゃにされるレン。颯爽と現れたは良いものの、いつの間にか女子たちに遊ばれてしまっている。
「……っ!」(ワタワタ)
涙目で抵抗したレンは何とか女子たちを振り切り、俺と呉原の前まで来られた。そしてすぐさまポケットからスマホを取り出し、その画面を此方へ向ける。
まずは学校に突撃してきたことに対して問いたい気持ちがあるのだが───どうやらそれどころではないようだ。
【朝陽くんの小学校でゲームフィールドが発生した! 規模もかなりヤバイ!】
その文字列が目に入った瞬間、俺はすぐさま教室を飛び出したのだった。
……
…………
………………
学校の外で待機していた真岡の車に乗り込み、全速力で朝陽のいる小学校へと向かう。
助手席から見える真岡の表情は焦燥の一言だった。
「まさか小学校一つを丸ごと覆う程のフィールドが発生するなんて……なんなのよもー!」
連続する不測の事態に真岡も辟易しているようだ。
そしてそれは俺にも言えること。まさか次のゲームフィールド発生が朝陽が通っている小学校で起こるなんて夢にも思わなかった。
「着いた! あそこよ!」
「朝陽……っ!」
キキィッとブレーキ音を派手に鳴らして停車した先には、青白いバリアがドーム状に広がっている小学校が。
中では数人の怪人たちが闊歩しており、よく見れば校舎内でも児童や教職員たちが怪人たちから走って逃げている。
すぐさま車から降りて校門近くまで駆け寄ったが、バリアに阻まれてそこから先の敷地には行けない。
こうなったらアクセスウォッチを使うしかない……が、そういえば使い方を教えてもらっていなかった。
「真岡さん! これの使い方を教えてくれ!」
「え、えぇ。まずはリューズを回して分針を12にセットして、それからダイヤル全体を強く押し込んで」
「こう、か? ……おっ」
言われた通りに操作をすると、腕時計の文字板全体が紫色の発光を始めた。
それと同時に正面のバリアが水面の波紋のように歪み、その様子を見た真岡はスマホを取り出しつつ後ずさって俺から距離を取った。
「アタシがスマホでリアの反応を感知するまで、その目の前にある歪みに向かって彼女に呼びかけ続けて頂戴。変身できるタイミングが来たら合図を送るわ」
「わ、わかった」
改めて正面に向き直り深呼吸を数回繰り返す。
どうやらアクセスウォッチを起動するだけでは変身できないらしい。昨晩は人物データがどうこう言っていたが、要するにリア本人の存在が必要なのだろう。呼びかけなければいけないという事は、つまりこの場に彼女が来てくれないといけない、ということだ。
もう一人の自分であった彼女を呼び戻すため、気合いを入れて目の前の歪んだバリアに向かって叫んだ。
「リアーっ! 俺はここだー! ここに来てくれー!」
「……全然反応が無いわね」
バリアに向かって大声で叫んだものの、何かが変わった様子は無い。スマホを見ている真岡も首をかしげており、今の声掛けが無意味だったという事実を物語っている。
「もっと大きな声出してみて?」
「リアーッ! リィーアァーッ!! あぁぁ!! わあぁーっ! ここだーっ!」
反応が無い。
「なーんか全然ダメねぇ。かっこいい掛け声とかたくさん言ってみれば?」
「アクセスフラーッシュ! プラグイン! リアエグゼトランスミッション! マージ・マジ・マジーロ! キュアップラパパミラクルマジカルジュエリーレ!!」
尚も反応はない。
「やっぱり声が足りないんじゃない? もっと喉が潰れるくらいの大声で呼びかければきっとあの子にも届くわよ」
「リィ゛アア゛あ゛ァ゛ぁ゛ア゛ア゛ア゛マ゛ゾ゛ン゛ッ゛ッ゛!!」
「……来ないわねぇ」
そこまで肺活量があるわけでもないのに叫びまくったせいでゼェゼェと息を切らしている俺とは対照的に、スマホを眺めながら静かに溜め息を吐く真岡。
これだけやってもウンともスンとも言わないし、ここまでくると俺の頑張りというよりアクセスウォッチの故障なんじゃねぇの……おれもう叫べないよぉ……。
「何が足りないのかさっぱり分からないわ」
「うぅ……。アイリールさんやーい、早く来ておくれー……」
「──あっ、反応きたわよ」
えっ? と俺が素っ頓狂な声を挙げたのも束の間。真岡が俺に向かって叫んだ。
「時間が無いわ! 今すぐ「アクセス」って叫んで!」
「えっ、え……」
「は・や・く!」
こわい顔になった真岡に急かされ、俺はすぐさま呼吸を整えてから正面に向かって掛け声を発した。
「あ、
その言葉を叫んだ瞬間、目を開けていられないほどの眩い光が俺の体全体を包み込んだ。
「……っ?」
目を閉じてから数秒後。
光が収まったので瞼を上げてみると、俺は隣にいる真岡に見下ろされていた。
「あれ?」
「やったわね! 成功よ!」
「成功って……わっ、マジかよ」
自分の手足を確認することでようやく状況が理解できた。
もともとそこまで身長が低いわけではない俺がこうして真岡に見下ろされているということは、つまり今さっき俺の身長が縮んだということになる。
白い柔肌や細い手足になっていて、更に身長が低い──となれば、否が応でも今の自分の状態が分かってしまう。
ふと、その場で風が吹いた。
そんな突然の突風に撫でられて靡いた俺の長い後ろ髪は、見覚えのある銀色をしていた。それを見た瞬間、予想は確信へと変わる。
「……変身、しちゃった?」
喉から出てくる声も透き通るような美しい声音で、今喋ったのが本当に自分なのかと一瞬疑ってしまった。
それほどまでに体中のあらゆる部分に『違和感』を感じ──その違和感が
しかし、少しだけ違う部分もあるようだ。
「なんか……普通に喋れるぞ」
「今はリアの体に入ってるわけじゃなくて、アンタが彼女の体に『変身』しているからかも。ウォッチの中にリアを取り込んだことで変身してるから……体はリアだけど、状況的には仮想世界の時と正反対ね」
「よく分かんないけど分かった。とにかくこれでバリアの中に入れるわけだな」
真岡の方を向いてそう聞くと彼はコクリと頷いた。どうやら準備はこれで万端みたいだ。
「……にしてもリア、何でさっき反応してくれたんだろう」
「本当の名前で呼んであげたから、じゃない?」
「えっ?」
「その『リア』っていうのはアンタとあの子の共通の名前でしょ。アンタには美咲夜って名前があるし、あの子にもアンタが知ってる本当の名前がある」
真岡にそこまで言われて、俺はハッとした。
思い返してみれば確かにあの少女が俺のことをリアと呼んだことはほとんどない。
彼女が──アイリール・ダグストリアが俺のことを『夜』と呼ぶように、俺もリアではなく『アイリール』と呼ぶべきだ。
(……アイリール?)
心の中で静かにそう告げる。
すると数秒後、懐かしい声が耳に届いてきた。
(……夜、また会えた)
(来てくれてありがとな。こうしてまた一緒になれて嬉しいよ)
(う、うん……私もっ、私も夜と一緒に居られて嬉しい……)
予想以上に喜ばれてしまい若干照れくさくなった。今まで一心同体、もう一人の自分として接してきた彼女と再会することができて、俺も少し舞い上がってしまっているのかもしれない。
しかし、今は緊急事態だ。再会の喜びはまたあとで分かち合うとして、まず今は目の前の事態に対処しなければならない。
(もう一度、力を貸してくれるか?)
(勿論だよ。一緒に朝陽君を助けよう)
(……よろしくなっ!)
心の中で再び彼女と手を組み、意識を現実に戻した。
すると真岡が俺の傍に駆け寄り、腕時計とフライパンを手渡してきた。
「黒野理愛が仮想空間からサルベージしてくれたフライパンと、予備のアクセスウォッチよ。ウォッチが壊れたらゲームフィールドから出られなくなっちゃうから、その時はこれを使ってね」
「……このフライパンは?」
「アンタがクロノと戦った時に使ってたやつよ。相変わらず強度は無敵だから安心して使ってね」
調子良さそうにウィンクする真岡。もうフライパンに関しては何も言うまい。……やっぱこれ重いんだよなぁ。
「じゃあ行ってくるよ」
「えぇ。武装した特殊部隊をバリアのすぐ傍で待機させておくから、まずはフィールドの核の破壊を第一に考えておいてもらえると助かるわ。もちろん朝陽くんを助けた後でかまわないわ」
「分かった」
フライパンをしっかりと握り、バリアの方へと足を進める。すると呆気なく俺の身体はバリアをすり抜け、無事にゲームフィールド内へと侵入することができた。
よーし、待ってろよ朝陽。
絶対すぐに助けてやるからな!
★ ★ ★ ★ ★
学校が不思議な壁に覆われてから、早二時間が経過した。
校庭や校舎内にはヒーロー番組に出てくる悪役のような恰好をした不審者たちが大勢徘徊していて、彼らは校舎を壊したり教職員たちをリンチしたりとやりたい放題だ。
先生たちの尽力のおかげでかろうじて児童たちは空き教室や屋上に避難できたものの、そこが見つかるのも時間の問題だ。
それに自分を含めた逃げ遅れている子たちも少なくない。屋上も体育館も既に鍵が閉まっていて、校庭にも大勢の不審者たちがいるとなれば、もはや残された道は校舎内での逃走だけだ。
「ハァッ、はぁっ……!」
しかし相手は体の大きい大人たちで、こっちはロクに抵抗もできない小学生。捕まればただでは済まない鬼ごっこの行方は、ボクが捕まればそれで全滅というところまで来ていた。
他の逃げ遅れた子達は全員あの不審者たちに捕まり、今は放送室に押し込められている。捕まった彼らのことも心配なのだが、そっちを助ける余裕など今のボクには存在しない。
ただ逃げるだけで精一杯だ。幸いにも不審者たちはこの学校の構造を把握しておらず、小さい体の子供一人で校舎内を逃げ回る程度ならボクにも出来ているが、このままでは明らかにジリ貧。
助けを呼ぼうにも外には出られないので、今残っている希望は職員室の固定電話だけだ。そこで外部との連絡が取れなければ詰んでしまう。
「はぁ……っ! つ、着いた……!」
膝に手を置きながら呼吸を整えるボクの目の前にあるのは職員室だ。二階にある職員室から離れた三階と四階の間で二十分ほど逃走を続け、不審者たちが上の階に固まった今を狙ってここまで逃げてきた。
「……誰もいない」
そっとドアを開けて室内を見てみたが、資料や割れたガラスが散乱しているものの不審者たちの姿は無かった。
これ幸いとすぐさま駆け出し、職員室内へと入っていく。
「電話っ、電話……!」
邪魔な紙の束やファイルを退かしながら教職員の机を見て回っていると、唯一線が切られていない電話を発見した。
「やった!」
思わずグッと拳を握って喜んだ。他の電話はどれも線が抜かれていて使い物にならなかったので、繋がる電話を見つけた時の喜びもひとしおだ。
すぐさま110の番号を打ち込み受話器を手に取った。
──しかし。
「おいおーい、子供が勝手に職員室の電話使っちゃダメでしょー?」
「っ!?」
驚いたのも束の間。
いつの間にかボクの後ろに立っていた男は電話を手で叩き壊し、すぐさま胸倉を掴んで持ち上げてきた。
「ぁっ、く……!」
「なになに……ほぉ、三年二組の美咲朝陽くんかぁ」
抵抗するボクをものともせず、胸の名札を眺めて怪しく笑う不審者の男。
すると突然不審者の男はボクを放り投げ、近くの机の上に叩きつけた。
「げほっ! ぅっ、ゴホッ……」
「朝陽くんは凄いねぇ。五、六年の上級生たちですらただ泣いて逃げてたってのに……」
パチパチと両手を叩きながらゆっくりと此方に近づいてくる不審者。その怪物のコスプレのような……というよりピーマンのような緑色の肌からは、なんとも言えない不気味さを感じる。まるで本当に目の前の存在が人間ではないのだと、そんな錯覚を覚えてしまう程に。
「ただ、相手が悪かったね。やっぱり君がどれだけ優秀だったとしてもボクたち怪人には勝てっこないからさぁ」
「なにっ、言って……」
「ボク、実はいろいろあって女の子が苦手になっちゃってさぁ。君みたいな少年でも可愛い
近づいてくる男の舌なめずりを見て、本能が『危険』の二文字を知らせてくる。捕まればただでは済まない……最悪の場合は死もあり得ると、頭が瞬時に理解してしまった。
「くっ、来るなぁ……!」
「抵抗する姿も可愛いね……優しくするからね……」
「ひぃっ」
尚も近づいてくる男に恐怖を感じ、眼尻に浮かんできた涙を我慢することもできず、泣きそうになりながらギュッと目を閉じた。
これが今の自分にできる唯一の抵抗───
「オラァァぁぁぁッ!!」
「ヘブゥッ!?」
不審者に襲われると覚悟した瞬間、女の子の叫び声と『ゴリッ』という生々しい音が聞こえてきた。
「……えっ?」
唐突に耳を刺激した聞き慣れない声と音に困惑し、閉じていた瞼をつい上げた。
そうして目の前に飛び込んできた光景は、大きなフライパンを両手で振り抜いた銀髪の少女と、付近の机や椅子を巻き込みながら後方へ倒れ込む不審者の姿、というものだった。
「もう一発喰らえェッ!」
「や、やめ──ンギッッ」
そこから更に銀髪の少女が不審者に駆け寄り、まるでサッカーボールを蹴るかのように不審者の
強烈な一撃を喰らった不審者は即座に白目を剥き、次第に口から泡を吹きながらそのまま気絶した。
「……ふぅ」
その場に残されたのは、やり遂げたように一息つく銀髪の少女と、唖然としたまま固まっている僕だけだ。
訳が分からずその少女を見つめていると、ボクの視線に気がついた彼女はすぐさまこちらへ駆け寄ってきて──正面からボクを抱きしめた。
「朝陽っ!」
「……えっ」
「本当に無事でよかった……! まさか一人で頑張ってたなんて……偉いっ! お兄ちゃん鼻が高いぞ!」
グリグリと頬ずりしながらボクを褒めそやす銀髪の少女。
彼女の言っている事があまり理解できずに狼狽していると、上半身のとある感触に気がついた。
……な、なんか柔らかいのが当たってる。
「あ、あの、どちら様ですか……」
「え? ……あ、ご、ごめん、いきなりすぎたよな」
机の上で抱き合っていた体勢から変わり、体を離してからしっかりと床に足をつけた。
そして少女はボクの顔を見ながら、笑顔で自己紹介をしてきた。
「俺だよ、夜だ。いろいろ事情があってこの姿になってるけど、お前のお兄ちゃんだよ!」
「えぇっと……」
何言ってんだこの子。
あいにくボクには銀髪のお兄ちゃんもお姉ちゃんもいないんだけど。
「あっ、じゃあ証拠に朝陽の好きな物とか言うか」
「何言ってるんですか?」
「オムライスが好きだよな。一昨日も俺が作ったし、今朝もオムライス作ってって言ってくれたよな」
「……えっ、え?」
何で夜にいとの会話の内容知ってるの……こわい……。
もしかしてアレか、ストーカーってやつ?
「まだ疑ってるの? ……んー、じゃあとっておきの秘密を言おう。それ言えば信じてくれるよな」
「秘密……?」
「朝陽の部屋のベッドの下に置いてあるCDケース、あれの中身って俺の部屋からくすねたエロゲのディス──」
「わっ! わぁぁーっ! 夜にい! 夜にいだねっ! まさか女の子になってるなんてビックリしたなぁ!!」
唐突に暴露されたトップシークレットにビビり散らして大声を挙げてしまった。
なんなら兄も知らない筈の秘密までバラされてしまったとあれば、流石にもう信じる。信じるしかない。
……というか実は兄が巻き込まれた事件について、真岡という男性が両親に話している時にそれを盗み聞きしていた。
にわかには信じられない話だったけどこうして目の前に現れたとなれば認めざるを得ない。
「朝陽が信じてくれてよかった~。……じゃ、これから核ってやつを破壊しにいくから俺の傍を離れないようにな」
「う、うん。わかっ──」
取り敢えず目の前の事実をなんとか飲み下した、その瞬間。
勢いよく職員室のドアが開けられた。
「いたぞ! こっちだ!」
「もう一匹ガキも増えてんぞ!」
そこから流れ込むようにして十数人の不審者たちが職員室に押しかけてきて、あっという間にボクたち二人を壁まで追いつめてしまった。
「へっへっへ、お前……よく見りゃあの時の銀髪のメスガキじゃねぇか」
「お前は……!」
「今度こそ鎖鎌の錆にしてやるぜ! 俺のキン●マの仇だゴラァ!!」
チェーンのついた鎌を持っている男を先頭にして、どんどんにじり寄ってくる不審者たち。
ボクたちの後ろは何もない壁で逃げ場もなく、まさに絶体絶命だ。
「俺の後ろに隠れて! 絶対お兄ちゃんが守ってやるからな……っ!」
ボクの前に出てフライパンを構える兄は、勇敢というより無謀だった。
相手は十数人の大人で、どいつもこいつも体格が良くてしかも危険な武器まで持っている。
対してこっちは体の小さい少女がフライパンを構えているだけ。この状況ではとても勝ち目など存在しない。
「二人まとめてぶっ殺してやるぜェ!」
「来いよ玉無し野郎!」
何故か相手を煽る兄に向かって、先頭の鎖鎌の男が飛びかかってくる。あの巨体に突撃されたらそれだけでもただでは済まない。
フライパンを持っているだけの女の子が勝てるはずない……このままじゃ本当に夜にいが殺される──
……
…………
………………
「……っ?」
思わずギュッと目を閉じたが、予想していた衝撃や悲鳴などが聞こえてこない。
それを不思議に思って目を開けると、ボクの目の前では不可解な現象が発生していた。
目の前にある景色の全てが白黒になっていて、この場にいるボク以外の全員が
鎖鎌の男は宙に浮いたままで、取り巻きの不審者たちはニヤついたまま動かず、目の前にいる銀髪の少女すらもピクリとも反応しない。
まるで時間が止まったかのように、その場にある全てが停止していた。
『……間に合った』
「っ!」
静寂に支配されたその空間で突然女性の声が響き渡り、思わず身構えた。
するとボクたち二人を取り囲んでいる不審者たちの間を通って、制服を着た一人の女性が目の前に現れた。
「……あっ」
黒髪でセミロングのその女性とボクの目が合ってしまい、緊張して固まってしまう。心臓が跳ねる、とはこの事だろうか。
何も言えずにそのまま呆然としていると、ボクを見下ろしている女の人から声を掛けてきた。
「きみが朝陽くんだね。美咲夜の……リアちゃんの弟」
「え、えと、貴方は一体……?」
「私は小春。海夜小春」
淡々と名乗ってきた女の人──小春さんは兄に近づき、そのポケットに手を入れた。
そこから腕時計のようなものを取り出すと、ボクの前に膝ついて目線を合わせてきた。
「今、私は光の速さと同等の速度で動いているようなものなの。つまり時間が止まってるわけじゃなくて、私ときみが高速で動いている」
「……は、はぁ」
「でもこれも長くは持たない。ここは特殊な空間の中だから私も戦えないの」
そう言いながら小春さんはボクの右手を優しく握ると、その右手首に先ほどの腕時計を巻きつけてきた。
「あの、これはっ」
「私も詳しくは分からないけど、これを使えばきみは
「ボクが……あなたに……?」
「君のお兄さんがこうなってるみたいに『変身』するの。リアちゃんが触媒兼中間役を担ってくれているから、きっと朝陽くんでも私にアクセスすることができる」
目の前の人が何を言っているのかがイマイチ理解できない。
理解できない……けど、ここで「分からない」といって思考放棄するのは間違いなく悪手だ。
とにかくボクがこの場で小春さんの指示に従う事こそが、きっと今出来る最良の選択なのだろう。
「わかりました、やります。よく分からないけど……夜にいを助けるためなら!」
「……ありがとう朝陽くん。嬉しくてお姉さんちょっと泣きそうだよ」
強張っていた顔から一変して、小春さんは柔らかい笑顔になった。少し眼尻に涙浮かんでいるが、言葉から察するにこれは嬉し泣きに該当するものだろうか。
「任せてくださいっ」
ここまであっさり流されていいのか、と思わなくもない。それでも周囲を取り囲んでいる不審者たちよりは小春さんの方が信用できる。
信用する。そう判断した。
「それじゃあ……その腕時計を通して私の記憶をリンクさせるね」
「記憶ですか?」
「うん。そうすればきっと能力の使い方もすぐに把握できると思うから」
そう言いながら小春さんがボクの腕時計に手を重ねた。
すると彼女の手からバチバチと目に見える程の電気が発生し、腕時計の文字板が黄色く発光し始めた。
その瞬間ボクの身体にも電流が流れ込んできて、それと同時に頭の中に沢山の映像が映し出される。
『紫電、雷槍……』
『できた! 文香先輩お願いします!』
『最大火力充填完了──
これが能力を使っていた、小春さんの記憶──
『ほらリアちゃん♡ こっちにお尻向けて♡』
ん?
『えへへ、リアちゃんって安産型なんだね♡ 体は小っちゃいのに、腰回りエロすぎっ♡』
……なんだこれ。
『ふひっ♡♡ ふひぃ……ハァハァ……♡』
こ、これも小春さんの記憶……?
『ほぉ゛ッ♥♥ お゛っ゛ほ♥♥ わらひぃッ♥ わらひもイグぅ゛っ♥♥ りあちゃぁあっ♥♥♥ おぉ゛ッ♥♥ お゛っ♥♥ でるゥ♥♥ どろどろザ■■■流し込むううぅぅぅゥッっ♥♥♥』
「………」
「あ、朝陽くん、どうかした……?」
周囲の不審者たちより信じちゃいけないヤツが目の前にいました。心配そうな顔してるけどこいつレイプ魔だったんですね。
こんなやつに協力しようとしてたんですねボク。
「ヤダ」
「……えっ?」
「ボクテツダイマセン」
「え、えぇっ!?」
なにマヌケな顔してんだ。当たり前でしょ。
兄のこと散々レイプしたくせに何でその弟の前にこうやって平気な顔して出てこられたの? メンタル化け物なの?
「な、なんでっ、さっきは任せてくださいって……!」
「レイプ魔に加担するつもりはありませんね」
「れっ……!? ──ま、まさか記憶の調整ミスった……!?」
狼狽したレイプ魔は咄嗟にボクの手を掴んで迫ってくる。こわいこわいこわい。
「お、お願い! 土下座でも何でもするから! お願いだから協力して!」
「ヤダ」
「そこをなんとか! 本当に何でもするからぁ!!」
「やあぁぁだぁぁぁっっ!! 手伝わない協力しない何もやらないィィ!! ……あっ、ちょ、こっち来ないでレイプ魔!! 感染しちゃう! ふたなりに感染しちゃうぅぅぅああぁ゛ァ゛ぁ゛あ゛ッ゛ッ゛!!」