──世界に色が戻った。
「はぁっ!」
その瞬間右手から電流を前方に向けて発射し、正面から飛びかかってきていた鎖鎌の不審者とその後ろにいた複数人を一気に感電させて戦闘不能に追い込む。
「……えっ? え?」
困惑している銀髪の少女をお姫様だっこの形で抱え上げ、不審者たちが倒れたことで道が出来た正面を走り抜けた。
そしてなんとか職員室を抜け出すことに成功し、とりあえずその場から離れる為に少女を抱えながら駆け出す。抱えている銀髪の少女よりも
(──変身してくれてありがとう! 本当にありがどう゛ッ!)
(いいから静かにしててくださいよ!)
あれから数分ほど強姦魔お姉さんに迫られた結果、拒否に拒否を重ねて更に拒否という拒否をしまくって他の打開策を考えたものの良い案は浮かばず、押し切られる形でボクは海夜小春という女性に
なんでも電気の能力を
(朝陽くん能力使うの上手いね! 記憶をリンクした分を差し引いてもセンスあるよ!)
(あなたに褒められてもあんまり嬉しくないです)
(えぇ!? あ、あの、お兄さんの件は……ほんと、その、何といいますか……!)
仮想世界での出来事とはいえ兄を襲ったのは事実なので、決してこの人には心を許さないと決めている。なので言い訳をされても納得したりはしない。
(あの! ちゃんとお兄さんのことも気持ちよくしてあげました!)
(もっとマシな言い訳ないんですか!?)
この人ボクのこと怒らせたいのか……? 何で地雷原でタップダンスするかのように爆弾発言しかしないの?
(えーと、えーと……)
(……あぁっ、もう! そっちの言い分は後で聞きますから今は黙っててください!)
(は、はーい! 了解です!)
とりあえず心の中で狼狽えている強姦魔を黙らせることには成功した。
これでようやく目の前のことに集中できる。
「……あ、あの」
意識を現実に戻した矢先に、抱き抱えている銀髪の少女に声を掛けられた。
一旦立ち止まって彼女を下ろすと、恐る恐る少女は──兄は言葉を続ける。
「朝陽……小春に変身したのか?」
「……そ、そう」
小春さんに叩きつけられた記憶映像が頭をよぎるせいで、目の前の人物を直視できず目を逸らしてしまう。
女子高生に「ハァハァ!」って全力で腰を振られながら目にハートを浮かばせていた兄の存在を知った弟はどうすりゃいいですか?(エロゲのタイトル風)
「朝陽のことを助けるために来たのに……ダメな兄貴で、ごめん」
「ちょ、ちょっと待って! 夜にいが助けてくれなかったら今頃あの緑色の不審者になにされてたか……! それにボクっ、夜にいが来てくれて本当に嬉しかったんだから!」
少しナイーブになりかけていた兄をフォローすると「そ、そうかな?」と言いながら銀髪の少女は苦笑いした。
外見が女の子という部分を差し引いても、彼がここまで自信なさげな表情をしているのを見たのは初めてだ。
……今の夜にいは恐らく、相当打たれ弱くなっているのかもしれない。
当然と言えば当然だ。突然犯罪者に誘拐されて命の危険がある場所に無理矢理立たされせて、体の性別が逆転したり戻ったりを繰り返して、そこで更に家族がテロ紛いの事件に巻き込まれている状況にまで直面すれば精神だって摩耗するに決まっている。
過度のストレスで心に余裕がないのだ。それこそ夜にいが誘拐されていた時のボクのように。
だからこそ……ボクが夜にいを支えなきゃ。
(私もいるよ!)
(……び、ビックリするから急に大声出さないでください)
(あ、ごめんね。……えっとね、私にとっても……キミのお兄さんは大切な存在なの。だから私にもどんどん頼ってくれていいから! 朝陽くんは一人じゃないよ!)
心の中で胸を張る女子高生。その顔は何故か自信に満ち溢れている。
なんか励まされた気がしたけど、両親がいるので彼女が居なくても別にボクは一人ではない。もっと言えば夜にいにも呉原さんがいる。
夜にいが巻き込まれていた事件の事はほとんど知らないので、正直この人に頼る必要はないと思っている。リンクした記憶もほんの一部分だし、兄に頼られている彼女の姿もそこには無かった。
こんな性犯罪者を夜にいが頼るとも思えないし、何より信頼なんてしないと思うのが普通だ。
……でも。
(その時が来たら頼りますよ。だからそれまでは大人しくしててくださいね)
(あいあいさー!)
彼女が嘘を言っているようには見えない。小春さんの大きな瞳の奥に『善性』を感じるのは、ボクがおかしいだけなのだろうか。
まぁ「お兄さんのことも気持ちよくしてあげました!」とか言ってしまうような人なので、嘘自体が苦手なのかもしれない。
それなら兄を助けたいという彼女の言葉も──少しくらいは信じてみてもいいと、そう思った。
(逆レイプの件は後でキッチリ話を聞かせてもらいますけどね)
(……は、はい)
★ ★ ★ ★ ★
あれから数時間経って現在は夜。
俺の持っていた予備のアクセスウォッチを使っていつの間にか小春に変身していた朝陽と協力し、小学校を覆っていたゲームフィールドの核の破壊には成功した。
それから後の事は真岡さんたちデム隊や警察にすべて任せ、俺たちの存在が表沙汰になる前に小学校からも早急に立ち去った。
今は自宅にある俺の部屋で、元の姿に戻った俺と朝陽とレンの三人で向かい合って座っている。何やら朝陽がいろんな事情を知ってしまったらしいので、補足という形で彼の知らない部分の情報を教えている。
「……じゃあ、その人が小春さんのお兄さんなんだね?」
「……っ!」(コクコク)
「そ、そう。諸事情で喋れないけど仲良くしてやってくれ」
レンの存在を説明し終わってそう頼み込むと、朝陽は少し俯いた。
「……無理だと思うけど」
「え? な、なんで」
「だってあの小春さんのお兄さんでしょ? この人も夜にいに手を出したりしなかったの?」
「……そ、それは」
すぐに訂正することができず言葉を詰まらせてしまった。
小春の兄だからレンも性犯罪者──なんてのは偏見以外の何物でもないのだが、それはそれとしてこの兄妹に俺が強姦されたのは事実なわけで。
手は出されました。それはもうたっぷり。……一番最後はこっちから誘ったけど。
「でもな、朝陽。この二人は決して悪い人間ってわけじゃないんだ。それどころか仮想世界じゃ命賭けて一緒に戦ってくれた……いわば俺の命の恩人なんだよ」
「……でもひどい事されたのは事実でしょ」
「あの場面に二人の意志は無いんだ。レンが暴走したのも怪人に淫紋を付けられたからだし、小春も怪人化した街の人達を全員助けたりラスボスとも戦ったりしたから……あんなになってたわけで」
正直九歳の弟になんて話を聞かせてるんだって感じだが、小春の記憶とリンクしている以上嘘はつけない。
それに小学校での行動力や胆力といい、朝陽は実年齢以上に精神が大人びている。だからって変な話を聞かせていい理由にはならないが、少なくとも冷静に話は聞いてくれるはず。
……情けない兄貴だ。本当なら全てを隠し通していつも通りに接してやらなきゃダメなのに。
「じゃあ夜にいはこの人たちを許したの?」
「許すも何も……結果的に言えば不可抗力だしさ。その、今すぐ納得してくれとは言わないけど」
俺がそこまで言いかけると、朝陽は自分の手に巻かれている腕時計に視線を落とした。
あの中には小春が、俺のウォッチの中には今もアイリールが宿っている。
「……小春さん、人助けなんてしてたんだ」
「助けた人数で言えば一番多いと思う。……だから何だって話だけど」
小春がヒーローをしていた事実と朝陽の心境は関係ない。
たとえ数百人を救っていたとしても一人の人間を襲った事実は消えないということは俺にも理解できる。だから人助けを理由にして小春を許してくれとせがむのは間違いなのかもしれない。
──というか朝陽、帰ってきてからはずっと俺にべったりだったけど、まさかここまで俺の為に怒ってくれるとは思っていなかった。
事件の前までは少し素っ気なかったし、こうして俺の為に悩んでくれているのは正直嬉しい。不謹慎極まりないけど。
「……とりあえずそっちの言い分は分かったよ。これじゃあボクがただ意地張ってるだけみたいだし、小春さんともちゃんと話す」
「本当か!」
「でも正直気分はよくないんだからね? ……いつの間にか夜にいが取られちゃったみたいで」
そう言いながら上目遣いで俺を見てくる朝陽。
見ました? これがウチの弟です。恥ずかしがることもなく自分の気持ちを素直に言えてしまう素晴らしい弟なのです。
嫉妬してくれて正直お兄ちゃん嬉しい。かわいいヤツだなお前~っ!
「……」(朝陽の腕時計をジッと見つめている)
「んっ?」
レンの視線がウォッチに注がれていることに朝陽が気がついた。
するとレンはスマホを取り出し、ささっと文字を打ってから画面を朝陽に見せた。俺も気になって画面を覗いてみるとそこには簡潔な文章が。
【その中に小春がいるんだよね?】
「あ、はい。その筈です」
【喋ってる?】
「心の中でペラペラ喋ってますよ。小春さんって案外お喋りなんですね」
「……」(少し俯く)
仕方なさそうに笑いながら朝陽が言うと、レンはハッとしたような表情になった後、顔を俯かせた。
その様子を不思議に思っていると──
「……っ!」(朝陽に抱きつく)
「わっ……!?」
唐突にレンが身を乗り出して正面から朝陽に抱きついた。
突然そんな事をされた朝陽は当然のように焦り、どうすればいいか分からず両手をプルプルと震わせながら硬直してしまっている。
何で急に抱きついたんだ──なんて考えていると、程なくして俺の耳には聞き慣れない『声』が飛び込んで来た。
「っ、こ……はっ」
「……レン?」
声を辿ってみてみれば、そこには今まで固く閉ざしていた口を開いているレンの姿があった。
たどたどしく、今にも消えてしまいそうなか細い声音で何かを言おうとしている。
「……っは、う……こはっ、ぅ……」
そんな耳を染まさないと聞こえてこない程小さな声を漏らしながら、レンは朝陽を抱きしめる力を強めた。
当の朝陽は何をされているのか全く理解できず狼狽しているが──俺には彼女の行動が理解できる。とても既視感があるような、なにより身に覚えのある行動だったから。
今日、小学校で朝陽を見つけた時の俺とそっくりだ。
胸の内から吹き上がってくる感情を抑えることができなくて、とにかく抱きしめてしまう。もう二度と離したくなくて、目の前の大切な家族がちゃんと『そこ』にいること実感したくて強く抱擁をしてしまう。
「こはうぅ~……っ」
「あ、あのっ、レンさん? ちょっと……というかかなり苦しいんですけど……うぐっ」
口では「小春は大丈夫」と言っていたが、やっぱりレンも──蓮斗も死ぬほど心配だったようだ。
俺がいる手前強がらなければいけなかったようだけど、実際に無事だった小春を前にして我慢の限界を迎えたらしい。
「……っ!」(床に置いてあったスマホを手に取る)
するとレンはスマホを手に取りすぐさま文字を打ちこんだ。
【今日は一緒に寝る! 断っちゃダメ!】
「えっ」
困惑する朝陽を無視して彼をベッドにぶん投げ、レンもその隣に入って毛布を被った。
お兄ちゃん心がまだ分からない朝陽は未だに焦っているが、その反対にレンはとんでもなく笑顔だ。
「~っ♪」(朝陽に頬ずりしている)
「わぷっ……ちょっ、夜にい! なにこれ!」
朝陽には申し訳ないけど今回ばかりは許してやってほしい。目の前に朝陽がいた俺と違ってレンはただ小春を信じるしかなかったわけだし、ここで小春を内に秘めた朝陽から引き剥がすのは酷というものだ。
……それに本来ならレンは今日の今頃は後遺症で発情していた可能性もある。せっかく兄妹愛が性欲に打ち勝ってくれているのだから、この状況を覆す理由も無い。
「よーし、俺も一緒に寝るぞ~」
まぁ二人きりだと流石に朝陽が辛いので俺もベッドに入った。これで大丈夫だろう。
「……っ♪」(幸せそうな顔で朝陽の胸に顔を埋めている)
「なに!? なんなの!?」
「俺もいるから大丈夫だぞ~。一緒にねんねしようなぁ」
「何が大丈夫なんだよぉっ!!」
暴れがちな朝陽を宥めながら就寝に入ると、一番疲れていたであろう朝陽が結局一番最初に眠ってしまい。
その様子を見て俺とレンが小さく笑い合い、程なくして俺たち二人も眠りに落ちていった。
──その日は久しぶりに、よく眠れた気がする。
まだ