突然呉原が氷の能力を使えるようになって俺を助けたあの事件の翌日。
怪人たちによって破壊された校舎や荒らされた敷地内関係の諸々、それから襲われた生徒たちの事を考えて地東高校は一週間の休みを行うことになった。
巨大なタコをぶちのめした呉原は生徒間で一躍有名人となったが、誰も動画など取っていなかったのでネットに拡散されることもなく、ゲームフィールド事件に関しては割と丸く収まったらしい。
事件は解決できたし、呉原を介して俺も再びフィリスと再会できてめでたしめでたし──のはずだったのだが。
「……マジかよ」
休みを利用して出掛けた先のショッピングモールが、俺が入る前にあの『青白いバリア』に包まれてしまったのだった。
……
…………
………………
「というわけでゲストの呉原永治さんにお越しいただきました。呉原さんどうぞ」
「え、なんのノリ?」
正直今回も真岡から「フィールドの中に入って!」と頼まれるのは既に予測済みなので、彼からの連絡が来る前にあらかじめ助っ人を呼んでおいた。
呉原は高校での事件で、仮想世界の住人であり特殊な能力も有したヒロインであるフィリス・レイノーラと融合をした。アクセスウォッチも無しに何で融合できたのかは知る由もないが、事実融合できているので何も問題はない。
「……美咲お前、まさかとは思うがまた
「分かってるなら話は早いぜ」
「いや危険すぎるだろ! 見ろよあれ!」
焦った様子で呉原が指差したショッピングモール内では、全身が真っ黒な人型の怪物がウジャウジャと大量に徘徊している。中にいる人たちは悲鳴を挙げながら逃げたり頑張って応戦などもしているが、正直数の暴力で圧されているので現状維持も時間の問題だ。
「尚更ほっとく訳にはいかないでしょ」
「い、いや、だからさ……」
何故か頭をかいて口ごもる呉原。まぁあの数を目の当りにしたら引くのも無理はない。
だが現状外部からフィールド内に侵入できるのは仮想世界の人間と融合している俺たちだけなので、どのみち色々な人間に圧を掛けられて渋々協力するよりかは自分から赴いた方が気持ち的にも楽だ。
「……美咲さ、無理しすぎなんだよ」
「えっ」
小さく呟いた呉原の表情は少し暗い。
「本当なら真岡たちの組織に全部任せるのが普通だろ。お前……あのデスゲームが終わってからまだ二週間も経ってないんだぞ? まじストレスでハゲるぞ」
「……うーん」
呉原の言うことにも一理ある。ぶっちゃけこんな異常事態は大人たちに任せるのが常識的に考えて一番いい判断だ。
でも、そうしない理由が俺にはある。
「俺、あのゲームから生き残って帰る為にいろんな人の力を借りたんだ……もちろん、呉原の力も」
「お、おう」
「その中でも特に真岡さんたちにはめちゃくちゃ世話になった。……だからこれは偽善のヒーローごっことかのつもりじゃなくて、俺なりの恩返しなんだ」
真岡さんたちへの、な。
そう付け加えて言い終えると、呉原は仕方なさそうに笑った。
「……はぁ、律儀というか命知らずというか」
「呉原は来てくれないの?」
「い、行くに決まってんだろ! お前を一人にできるか!」
ふふん、誘導成功だな。これで大幅な戦力アップだ。
「……もう、絶対一人にはしない」
「なんかセリフがキモいぞ」
「うう、うるせーな!」
現実に帰ってきてから……というか昨日俺を助けてくれた時から呉原が妙に臭いセリフを言うようになったのが若干気になっているけど、それが俺のことを心配しているから出てきてしまう言葉だってことは分かる。
呉原は俺に無理をするなと言ってくれたが、もちろん無理をするつもりはない。辛くなったら家に逃げて朝陽と一緒にゲームするって決めている。
俺がまた頑張ろうと思えているのは……ひとえに呉原の存在があったからだ。もしまだ俺一人でしか戦えない状況だったのなら、この隔離されてバイオハザードしてるショッピングモールを見ても怖気づいて逃げ出したに違いない。
でも親友が俺と同じ立場になってくれたなら、それ以上に心強いことはないだろう。なんか巻き込んでるようで悪い気もするけど一人は怖いので存分に頼らせてもらう。ここまでくれば一蓮托生だ。
「呉原、死ぬ時は一緒だからな」
「まだ死にたくねぇ……」
そんな感じで一緒に闘う決意をゆる~く決めた辺りで、後ろから声が聞こえてきた。
「おーい高校生ボーイズー!」
「あ、真岡さんだ」
大きく手を振りながら、筋肉質のデカい男性がこっちに向かって走ってきている。近くの道路の端に車が乱雑に停車してある様子から、どうやら相当急いでここに来たことが分かった。
「おまたせ! ……あら、もしかして準備万端?」
「さっき美咲に脅されたんでもうバッチリ」
「人聞きの悪いこと言うな!」
別に俺と一緒に死ねって強要した訳じゃないからね!
「また体を張らせて悪いわね……お詫びに明日焼肉でも奢るわ」
「美咲、焼き肉は安いと思わん?」
「俺は寿司がいいな。回らないやつ」
「あーもう何だって食わせてやるわよ! 大人の財布舐めんな!」
よっしゃ言質取ったし明日はご馳走だな。朝陽も連れて行こ。
そんな感じで戦うモチベーションを上げていると、真岡が銀色のアルミトランクケースを呉原に手渡した。
「……これは?」
「開けてみて」
真岡の言葉に従って若干疑うような表情をしつつ、呉原がトランクケースを開ける。
すると少し驚いたような顔に変わり、中に入っていたものを手に取った。
彼が手に持ったのは──見たことのある腕時計だ。
「呉原ちゃん用のアクセスウォッチよ。予備は朝陽ちゃんが使ってるみたいだからもう一個作ってもらったわ」
「おぉ、呉原もついに!」
「何に使うんだこれ」
困惑しつつ腕時計を右腕に巻く呉原の肩に俺はそっと手を置いて、極めて優しく告げた。
「……お前も女の子になれ」
「他に言い方ないのかよ!?」
だって結論そういうことですし。お寿司。俺はリアになって必死こいて戦ってるのに、呉原だけ男の姿のままカッコつけて戦うとかズルいからお前も早く女の子になるんだよ!
「えぇと、フィリスの姿に変身するってことか?」
「そうよ。その方があの不完全な融合形態より安定して戦えるし、そもそも時間制限も無いわ。あの形態はもしもの時の緊急用ってことにしておきなさい」
そうだそうだ、また呉原にお姫様抱っこされるのとか嫌だからな。あんまり俺の前でカッコつけんじゃねーぞエロゲ博士め。
「……そうか。俺がフィリスに……」
右手の腕時計を見ながらなにやら神妙な面持ちで呉原が呟いた。
呉原とフィリスの出会いを全く知らないので、二人がどんな関係になっているのかは想像もつかない。
ただ、表情から親友の気持ちを察することならできる。
「……呉原さ、ちょっとワクワクしてるでしょ」
「……バレた?」
「この正直者め~!」
若干ニヤついた呉原を肘で小突いた。やっぱり今も昔も変わらず変態で安心したぜ。
エロゲ博士なんて称号を貰う程度には「シチュエーション」を知り尽くし吟味している呉原が、自分が女の子に変身する展開で喜ばないはずがない。むしろ積極的にやりたがるタイプの人間だし。
「軽いわねアンタたち……」
これも若さなのかしら、なんて言う真岡を横目に、俺と呉原はアクセスウォッチを構えてバリアの方へ向き直った。
「いくぞ」
「おう」
そしてお互いに一瞬だけ目を合わせ、息を整えて一瞬の静寂。
──叫ぶ。
『
その合図を認証した腕時計が光り輝き、俺たち二人を眩い光が包み込む。
体中の血液の流れを感じ、全身が不思議な温かさに包まれていく感覚に覆われながら数秒。
俺たちは、変身した。
「よっし」
「……おぉ、マジでフィリスになった」
自分の細くなった手足や露恵学園の女子用制服になった服装を見ながら、感嘆に近い声を挙げる呉原。
フィリスをエロゲヒロインたらしめる青い髪や柔らかい頬、それから大きな胸を触ったりしながら自分の体を確認──
「おい呉原最後のはセクハラだぞ!」
「い、いや俺の体だし? 俺がフィリスの姿になっただけだし……!」
(永治、見損なった)
「ちょ! ご、ごめん! 悪かったって!」
なにやら俺ではない誰かに言い訳をしだしたが、恐らく中にいるフィリスと会話してるのだろう。ちゃんと心の中だけで会話しないとは……フッ、まだまだだな。
(夜もたまに声に出てるよ)
「嘘だろ!?」
「急にどうした美咲!?」
「アンタらできればもう少し緊張感持ってくれるとありがたいんだけど!」
なんやかんやって一度気を引き締めた俺たちはついにゲームフィールドの中へ入ることになった。
「俺はレーザー銃と最強フライパン」
「こっちはフィリスの氷能力」
「準備バッチリ! 今の俺たちはプリキュアだ! いくぞ!」
「中身は両方とも野郎だけどな」
戦う女の子グループと言ったらソレくらいしか思いつかなかったんじゃよ。TSキュアに名前変える?
まぁいいや、とにかく行こう。
「──あっ、二人ともちょっと待って」
「んっ?」
いざバリアの中へ出陣、といったところで後ろから真岡に呼び止められた。
何事かと思って二人して振り返って真岡の方を見ると──彼は青ざめていた。
「……さっき、デム隊の隊員同士のみで使える特殊な連絡用スマホで確認取ったんだけど……」
「何かあったの?」
不思議そうに聞いてみると、真岡はプルプルと震える指先で前を指差した。
その先にあるのは……絶賛阿鼻叫喚中のショッピングモールだ。
「剛烈は今日オフなんだけど……い、今あのゲームフィールドの中にいるって……!」
えっ、と間抜けな声を挙げる俺と呉原。その視線の先にいるのは、今まで見たことが無いほどに狼狽している真岡だ。
「う、嘘でしょ……オフの日はみんな非武装だし今回のフィールド内の脅威度はかなり高いし──」
頭を抱えながらブツブツと呟き始める真岡を横目に、俺は未だに唖然としている呉原の肩を思い切り叩いた。
「いでっ!? な、何だよ急に!」
「ボーっとしてないで早く行くぞ! あの人も大切なデスゲーマーズのメンバーだ!」
そう言ってバリアの方へ駆けだすと、一瞬遅れてから呉原も付いてきた。
──正直に言えば、まだこの世界では剛烈とは殆ど面識がない。デスゲームが終わって仮想世界から目覚めた時に、少しだけ声を掛けて貰ったが俺は直ぐに病院へと運ばれたため会話は出来なかった。
喋り方から予想していた通り、剛烈は普通の若い女の人だった。黒いショートヘアやあの大きな胸は印象的だったから外見は忘れていないので、見つければきっとすぐに分かるはずだ。
真岡の話によればまだ大学生らしいし、そんな年齢でデスゲーム部隊という危険がつきものな組織に所属するくらい勇敢な心の持ち主であれば、もしかしたらフィールド内でも非武装で無茶をしている可能性もある。
(……だから剛烈さんが無茶して怪我する前に助けないと!)
(うん、大切なチームメンバー、迎えに行こう)
(おう!)
幸い強力な武器も頼れる仲間もいる。もう一人じゃない今の俺は負ける気がしねぇぜ!
「剛烈お助け隊しゅっぱーつッ!!」
「……あっ、もうプリキュアはやめたのね」
細かいことは気にすんな! イクゾー!
デッデッデデデッ! カーン