お前のハーレムをぶっ壊す   作:バリ茶

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スク水ニーソなコスプレ部8枚目

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全編通して剛烈視点です シリアス注意



ゾンビランド・リア

 

 

 

 

 

 

 私には一人の弟がいた。自分より四歳下で、いつも「お姉ちゃんお姉ちゃん」と言いながら引っ付いてくるかわいい弟だった。

 

 そんな愛しい弟を失ったのは、もう七年も前になる。

 

 私が中学生の頃に『デスゲーム』などという狂った遊戯に弟と共に付き合わされて、反吐が出るような理不尽の中であの子に手を伸ばし損ねた日から、今日で丁度七年だ。

 骨すらも埋葬されてないただの石の塊に花を供えるだけの、虚しくて無意味な日。 

 

 誰も眠ってなどいない墓の前で手を合わせる度に、脳裏にはあのデスゲームの記憶が鮮明に蘇る。

 

 焦るばかりで何もできない私と違って、まるで物語の主人公の様にデスゲームを攻略していき、最後まで生き残ってみせた男の人がいた。

 私はその人に頼ってばかりで何もしなかった──だからあの時、弟にも手を伸ばせなかった。

 

 あの時の絶望を忘れたことなど一度もない。だからこそ私は大学生になってから改めて、共にデスゲームを生き残ったその男性と共に『デスゲーム部隊』という、あの狂った遊びを皮肉った名前の正義の集団の一員となったのだ。

 もう弟の様な犠牲者は出さないために……というのは建前で、ただ『デスゲーム』そのものへの復讐の為に。

 

 

 そして弟の命日である今日はその職務の休みを取り、大学も休んでショッピングモールに来ている。

 

 今更死んだ弟に贖罪などできはしないが、せめて墓ぐらいには高い花でも供えてやりたいと思って此処へ訪れた。何をどう解釈してもこれはただの自己満足だ。

 

「……何にしよう」

 

 毎年弟の命日に花を買うために訪れているショッピングモール内の花屋の前にきて、小さく呟いた。

 弟は特に紫色が好きだったので毎年それに近い色の花を供えていたのだが、ずっとそれでは弟も飽きてしまうかもしれない。

 

「今年は変わった花にでもしようかな」

 

 こんなことで死んだ弟が喜ぶはずなどないのに、何を悩んでいるのだろうか……そんな風に考えて、自分に呆れた。どうも命日の日はいつもと違い、卑屈でナイーブになってしまうらしい。

 

 

「ありがとうございました~」

 

 終始迷った結果、結局はいつもの紫色の花を買って出てしまった。案外私は芸のない人間なのかもしれない。

 

「……行くか」

 

 供える花を買った以上、もうこのショッピングモールに用事はない。

 

 そろそろ昼時ではあるのだが、どうも弟のことが頭を過るせいで今日は外食をする気分にはなれないし、墓参りをしたら今日は一日大人しく家にいよう。

 

 

 ──そう思っていたのだが。

 

 

「…………うわぁ」

 

 屋上駐車場に来た私の目に映ったのは、大きなショッピングモール全体を包み込む円形の青白い巨大バリアだった。

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 私がこの目でバリアを確認してから一時間。このショッピングモールの中は大量の『黒い人間』で溢れ返っていた。

 頭からつま先までが真っ黒に染まっている不思議な怪人たちは、他の人間を抱きしめるとその人を同じく黒い人間へと変貌させてしまう厄介な連中だ。

 

 まるでゾンビの様に増殖を繰り返す黒い人間たちによってショッピングモールの一階は完全に制圧されてしまい、私を含め残った人たちは二階や三階に避難しつつ救援を待つしかない状況にまで追い込まれている。

 

「そこの君っ! こっちへ!」

 

「わっ、わっ……!」

 

 エスカレーターに乗っている小さい女の子が後ろから迫り来る黒い人間たちに捕まりそうになっているのを発見し、私は走ってエスカレーターに向かいながら大声で呼びかけた。

 しかし女の子は怯えてその場から動けずにいる。

 

「くっ……!」

 

 彼女が自力で逃げられない事を察し、エスカレーターに到着した私はそこから一気に下へ駆けおりる。

 そして蹲っていた女の子を抱え上げ、目前まで迫っていた黒い人間たちを正面から蹴り飛ばした。

 

「こんのゾンビども!」

 

 正面の黒い人間を蹴って後ろに倒すと、エスカレーターから上がろうしていた黒い人間たちがドミノ倒しのようにまとめて転んでいった。

 

「逃げるよ!」

 

「あ、あぅ……」

 

 女の子はすっかり怯えてしまっていて、とても一人で動ける状態ではなかった。

 とりあえず逃げなければならないのでそのまま彼女を抱えて、比較的黒い人間が少ない三階へ向かってエスカレーターを駆け上がっていく。

 

「はぁっ、はぁ……!」

 

 三階に到着してから近くの休憩ベンチに女の子を座らせた。そのまま私も隣に座って息を整えつつ、中央エスカレーターから見える二階と一階の様子を窺う。

 

 一階は完全に手遅れになっていて、二階もやはり時間の問題だ。かろうじて店員や協力的な人たちがバリケードなどを作ったり、シャッターを下ろして店の中に隠れたりして耐えているが、動きが遅い代わりに力が強い黒い人間たちはそれを数の暴力で破壊している。

 

 

「……くそっ、何でこんなに……」

 

 黒い人間たちが増えていく周囲を見渡しながら悪態をついた。

 

 

 実は少し、解せないことがある。

 

 見て分かる通り黒い人間たちは基本的に動くスピードが極めて遅い。それこそ映画のゾンビのような鈍足さだ。車椅子の人やまともに歩けない人間でなければそうそう捕まることはないほどに遅い。

 

 加えて増殖の条件は『触れるだけ』ではなく『全身で抱きしめる』という、少々難易度が高めなものになっている。

 

 強い握力を台無しにするほどの鈍足で、しかも抱きしめられなければ感染することはないので、掴まれて押さえつけられたりしない限りは普通の人間に分がある筈。

 

 ……だというのに、何故か感染のスピードが早い。たった一時間足らずで広いショッピングモールの一階を制圧してしまうなど、あの遅いゾンビたちができるとは到底思えないのだ。

 

「でも実際にそうなってるんだよね……ハァ」

 

 ついつい溜め息を漏らしてしまう。

 何でよりにもよって今日、しかも私のいる場所でゲームフィールドが発生するのか。本当に不幸だ。

 

「とりあえず連絡しなきゃ」

 

 胸ポケットから迷彩柄の大きめなスマホを取り出した。これは普段使っているスマホとは別の、デム隊の隊員同士でのみ使用する特殊なデバイスだ。

 この端末ならゲームフィールドの内外問わず隊員に連絡をすることができる。

 

 まずは本部に……と思った矢先に、スマホから着信音が鳴った。

 画面に表示されたのは『真岡(まおか) 正太郎(しょうたろう)』という文字だった。どうやら此方から連絡する手間が省けたらしい。

 

「もしもし、真岡さん?」

 

『あぁよかった繋がった! アンタいまどこにいんの!?』

 

「……駅近くのショッピングモールの、ゲームフィールドの中」

 

『………は?』

 

 まず事実だけをしっかりと伝えると、電話の向こうにいる真岡が素っ頓狂な声を挙げた。

 

「ごめん、非武装だから何もできてない」

 

『いや……あんた、えっ、嘘でしょ……何でよりにもよって──』

 

 流石にサプライズが過ぎたらしい。デム隊の隊員がフィールド発生に巻き込まれたのは今の私が初めてということもあって、ベテランの彼でも少々焦っている。

 

 

 そのままスマホから狼狽する真岡の声を聞いていると、そこで違和感に気がついた。

 

「……あれ?」

 

 さっき助けた女の子が隣にいない。

 

「ど、どこに!?」

 

 焦って立ち上がってから周囲を見渡すと、少し離れた先で女の子が歩いているの発見した。

 よく見ればその女の子の先には黒い人間が一人、腕を広げて待ち構えている。

 

「なんで……っ!」

 

 私は通話を切って即座にその場から走り出した。

 しかし、まるで──いや、確実に女の子自らが黒い人間へと向かって歩いているため、このまま走っても間に合わない。

 

 なぜ彼女が自分からあの黒い人間の方に行こうとしているのかまるで見当もつかない。エスカレーターの時はずっとあの黒い人間に怯えていた筈なのに、今は嬉しそうな顔をしながら奴の方へ向かって足を進めている。

 

「待って! とまって!」

 

 後ろから大きな声を掛けても少女は足を止めない。

 あまつさえ自ら手を広げて黒い人間の方へと進んでいく彼女に、私の声は届いていない。

 

 もしかすれば洗脳の類を受けているのかもしれないが、それならあんなに遠くから離れた場所にいた黒い人間が私の隣にいた少女にどうやって催眠をかけたのか。

 

 しかしそれを分析する暇もない。今も全力で走っているが、少女は既に黒い人間に抱擁される寸前だ。

 

「やめてっ、待って……!」

 

 このままじゃ間に合わない───

 

 

 

「ダメダメダメダメーっ!!」

 

 手が届かない事を察して私が諦めかけた、その瞬間。

 

 突然横の通路から赤い髪の女子高生が大声を挙げながら飛び出してきて、感染寸前だった女の子を抱き抱えて黒い人間から引き剥がした。

 

「あぶなっ!」

 

 標的を変えて自分に抱きつこうとしてきた黒い人間を紙一重で躱し、そのままこっちへ走ってきた。

 

「そこのお姉さん! 一緒に逃げましょー!」

 

「──あっ……う、うん!」

 

 窮地を救ってくれたその女子高生の声に従い、私は彼女と共に近くの服飾店に逃げ込んだ。

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 私と女の子、それから助けてくれた女子高生の三人で服飾店のレジの下に隠れた。少々狭苦しいが、身を隠せて且つ直ぐに逃げられる場所といっても他には見当たらないので仕方ない。

 

「ふぅ~、危なかったですね」

 

「うん、この子を助けてくれてありがとう、陽菜ちゃん」

 

 私が改めて礼を言うと、赤い髪の女子高生──自由ヶ丘陽菜は照れたように笑った。

 

「それほどでも~……って、え? お姉さんあたしのこと知ってるんですか?」

 

「剛烈っていうムキムキのおっさんが仲間にいたでしょ。アレの中身だよ」

 

「うえぇっ! 女の人だったんですかぁ!?」

 

「ちょ、静かに……」

 

 大声を出した陽菜の口を右手で押さえて「シー」と人差し指を立てると、彼女はコクコクと何度も頷いた。

 手を離してから周囲を確認したが、黒い人間は寄ってきていない。ひとまず安心だ。 

 

「というか陽菜ちゃん、キミどうやってここに来たの?」

 

「あー、えっと、リアねえに呼ばれたんです」

 

 呼ばれた、という言葉に首をかしげると、陽菜は大袈裟に手を動かしながら補足の説明をし始めた。

 

「が、学校から帰る途中で目の前に青白いガラスの壁みたいなのが急に出てきてですねっ、そこから『助けて』ってリアねえの声が聞こえたんです。だから『わかった』って言ってその壁に触ったら……気がついたらここにいました」

 

 かなり早口で今までの経緯を説明してくれたおかげで、ようやく少しだけ状況が掴めてきた。

 

 今まで発生していたゲームフィールドにおける、あの海夜小春とフィリス・レイノーラの出現は全てリア──いや、アイリール・ダグストリアという少女が手引きしていたのだろう。きっと陽菜と同じようにして此方の世界へ来たに違いない。

 

 彼女らが出現したゲームフィールド内には、必ずリアの姿に変身した美咲夜という少年がいた。恐らくはダグストリアが憑依先の美咲夜を助ける為に、仮想世界の進化で得た自身の特別な力を使って彼女らに呼びかけていたのだ。

 

 きっと陽菜も同じ……ということは、既にこのフィールド内に彼が来ている?

 

 

 

 

「……ねぇ、お姉さんたち」

 

 

 

「えっ?」

 

 陽菜の言葉から様々な事象についての考察を進めていると、突然女の子が私たちに話しかけてきた。

 咄嗟に反応できなかった私の代わりに陽菜が少女と目を合わせたが、どうも少女の様子がおかしい。

 

「どうして……邪魔したの」

 

「……え、えっと?」

 

 少女の言葉が要領を得ない。

 私と陽菜は彼女を黒い人間から守っただけで、間違っても邪魔などはしなかったはずなのだが。

 

「……おじいちゃん、が」

 

「っ?」

 

 陽菜が彼女の言葉に対して首を傾げた瞬間、女の子が突然立ち上がって叫んだ。

 

「死んじゃったおじいちゃんが! せっかく会いにきてくれたのにっ!」

 

「……ど、どういうこと──」

 

 私が少女に対して質問をしようとした、その瞬間。

 

「──あっ、おじいちゃん!」

 

 レジから外の様子を見た少女がそう叫び、一目散に服飾店から走って飛び出ていってしまった。

 

「ちょ、ちょっとどこ行くのー!?」

 

 その子を追いかけて陽菜も駆け出し、放っておくわけにもいかないので私も服飾店の外へと出た。

 外に出ると黒い人間が一体だけ立っており、両手を広げたまま停止していた。その前にいる少女は走りだし、ついに黒い人間に自ら抱きついてしまった。

 

「おじいちゃん! おじいちゃん!」

 

 異質なゾンビであるはずの存在と抱擁したまま心底嬉しそうにしている少女。

 その体が徐々に黒く染まっていることも気にせず、顔を上げて笑顔で黒い人間と会話をしている様子だった。黒い人間からは一言も声が聞こえてこないというのに。

 

「えっ? うん! ずっとおじいちゃんと一緒にいるよ! ずぅっと───ぁ」

 

 そして言葉を言い切る寸前で、彼女の全身は黒く塗りつぶされてしまった。

 表情がまるで見えない黒い怪人への変貌を遂げ、すぐさま私たちに視線を切り替えると、此方に向かってスローな動きで歩き始めた。

 

 彼女が怪物へ変身する様を見ていることしかできなかった。そんな悔しさはどうやら陽菜も感じているようで。

 

「あの子、一体どうして……!」

 

「それより逃げないと! 陽菜ちゃんの能力を使って四階に行こう!」

 

 そう言って陽菜を急かすと、彼女は目を斜め上に動かして「あぁー、えっと」と困ったような声を出した。一体何だというのか。

 

「……あの、ごめんなさい」

 

「な、なに?」

 

「この空間にいると……何かに押さえつけられてるような感覚があって、能力が使えないんです……!」

 

 両手を開いたり閉じたりを繰り返す陽菜だが、何かが変わる様子は見受けられない。腕をブンブン振り回しても周囲の物は浮遊せず陽菜自身も飛べていない。

 

 この現実でもありゲームでもある特殊な空間では、彼女たちゲームキャラクターの力は正常に働かないのかもしれない。

 

「しょうがない……!」

 

「わっ!」

 

 彼女の手を引いて黒い人間たちから逃げ出した。とにかくまずは奴らから離れることが先決だ。

 能力が使えないのなら自由ヶ丘陽菜は一般人に等しい。ここはデム隊で戦闘や実戦経験を積んでいる私が彼女を守らなければ。

 

「とにかく奴らが少ない上の階に行こう!」

 

「は、はいっ」

 

 陽菜の手を掴んだまま三階を駆け、上に行く一番の近道である中央エスカレーターを目指していく。

 道中下の階の様子を横目で見てみたが、どうやら二階も既に陥落してしまったようだった。大勢の黒い人間たちが階段やエスカレーターで上に行こうとして人混みで詰まっている。三階に到達するのも時間の問題だ。

 

「……あっ、剛烈さん! あそこ!」

 

 私に引っ張られている陽菜が突然前の方向を指差した。今私たちの前にあるのはエスカレーターで、陽菜が指を向けているのはその上だ。

 

「エスカレーターの上で黒い奴に待たれてます! 他の場所から上がらないと!」

 

「わかった、それじゃ──」

 

 陽菜の指示に従って別の道を探す事にし、一応自分の目でも敵を確認しようと横目でエスカレーターの上を見た。

 

 

 

 

「……えっ」

 

 素っ頓狂な声が漏れた。

 横目で確認したエスカレーターの上に立っていたが、黒い人間などではなかったから。

 

「あっちの階段に行きましょう!」

 

 他の道を見つけた陽菜に手を引かれるが、私はそこから一歩も動けない。

 

「わっ……ご、剛烈さんっ?」

 

「……なん、で」

 

 視線が上の階にいるその人物に奪われてしまっていて、他の事が考えられなくなってしまっている。

 私を見下ろしているその()()から目を離すことができない。

 

 

「……なんで、優希、が……?」

 

 

 私の目に映ったその人物は、七年前に死んだはずの──弟、優希だった。

 

 

「……お姉ちゃん、やっと会えた」

 

 上の階にいた優希は小さくそう呟くと、緊急停止をしているエスカレーターをゆっくりと下りながら此方へ向かって歩いてきた。

 

 ありえるはずのないその姿を見て狼狽えることしかできない私を、隣で手を繋いでいる陽菜が急かす。

 

「ちょっと剛烈さん! 急にどうしたんですか!」

 

「……お、弟が」

 

 うわごとの様に言葉を紡いでいく。震える指を前に差して。

 

「死んだはずの弟が……そこ、に」

 

「えぇっ……? い、いませんよ誰も! それより上から黒い奴が来ちゃってますって!」

 

 逃げましょうよぉ~! と私の手をグイグイと引っ張る陽菜に抵抗してその場に留まりつつ、此方に向かって近づいてくる優希らしき存在を注意深く観察する。

 

 

 ……誰だ、アレは。何故優希の姿をしていて、私の事を『お姉ちゃん』と呼んでいるんだ。

 陽菜の言葉通りなら黒い人間がいるはずの場所に、どうして優希がいる。

 

「寂しかったよ、お姉ちゃん」

 

「……だまれ」

 

「どうしてそんなことを言うの?」

 

「……っ」

 

 どこからどう見ても弟にしか見えないソイツに悲しそうな表情をされて、ついたじろいでしまった。幾度となく私に泣きついてきた、あの弱虫で甘えん坊な愛しい弟の顔にしか見えない。

 

 

 ──駄目だ落ち着け。こんなことで取り乱してどうする。ここはゲームフィールドの中なのだ、どんな事態が発生しても不思議ではない。突然バケモノたちが溢れ出ることもあれば、男子高校生とゲームキャラクターが融合することだってある異常な場所なんだ。もっと頭を柔軟にして考えなければ。

 

 小春は私に「黒い人間が待っている」と言ったが、彼女が指差した場所には黒い人間ではなく弟の優希がいた。

 そして数分前は少女が黒い人間を見て「死んだ祖父」だと叫んでいた。明らかに人型の黒い塊でしかないその存在に向かって、おじいちゃんと。

 

「……なるほどね」

 

「ご、剛烈さん?」

 

 そこから導き出される答えは簡単で、明白だ。

 

 もしかしなくてもこれは十中八九催眠の類に違いない。あの黒い人間たちは特定の一人だけに対して自分が『故人となった親しい人間』に見えるような催眠をかけているのだ。

 

 少女が祖父だと言って聞かなかった奴を私が黒い人間としか認識できていなかったように、おそらく私が今優希だと認識している目の前の人物は、陽菜から見れば他の連中と何ら変わらない黒い人間にしか見えていないのだろう。

 

 それならば感染のスピードが早かったのも頷ける。奴らは隙を見て、ここにいる人間たちにとってそれぞれ大切だった故人に変身することで油断を誘ってから感染させていたんだ。

 

 信じる信じないにかかわらず、死んでしまった親しい人間が目の前に現れたとなれば誰だって立ち止まってしまう。その隙に抱きつくか、もしくはあの少女の時の様に言葉巧みに誘導して抱擁することで仲間を増やしているのだ。

 

「お姉ちゃん?」

 

「……虫唾が走る」

 

 こんな奴らに一瞬でも動揺してしまった自分が恥ずかしい。しかし、タネさえ解れば恐れることは何もない。

 

「お姉ちゃん?」

 

「……陽菜ちゃん、逃げよう」

 

「えっ。ぁ、はいっ」

 

 構うことはない、こいつらは動きが遅いのだからさっさと逃げてしまえばいいのだ。

 偽物とはいえ、これ以上あまり弟の顔を見ていたくはない。彼はもう生きていないのだから。

 

 陽菜の手を引いて踵を返す。この弟擬きには用などない。

 

 

 

「……お姉ちゃん、ボクは偽物だよ?」

 

 

 

「───っ」

 

 後ろからそんな声が聞こえてきて、思わず足を止めてしまった。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「……別に」

 

 

「本物なわけないじゃない。だってボクは……お姉ちゃんの目の前で死んじゃったんだから」

 

「……っ」

 

「お姉ちゃんは泣いてばっかりで、ボクを助けてくれなかったからね」

 

「黙れ!」

 

 陽菜の手を離し、振り返って叫んだ。

 心臓を鷲掴みされたかのような感覚が体を襲い、腹の底が熱くなっていく。思い出したくもない記憶を掘り返されて、体の底から拒否反応が出てしまっている。

 

「あの男の人は凄かったね。自分で動こうとしないお姉ちゃんを助けるだけじゃなくて、僕まで救おうとしてくれたんだから」

 

「うるさい!」

 

 何故私と彼しか知り得ない事実を知っている? 

 

「あそこでお姉ちゃんも手を貸してくれていたなら……ボクも死ななかった」

 

「違うっ! あれは……!」

 

「しょうがないことだった?」

 

 やめろ、やめろ。弟の顔で、声で、その姿で私を責めるな。

 

「ボクだけは守るって言ってくれてけど、あれも嘘だったんだよね。ただボクを安心させるために言ってただけで、本心は自分が助かること以外何も考えてなかったんだ」

 

「ちがう、ちがう……そんなんじゃない……っ!」

 

 本当に守りたかったんだ。嘘なんかじゃない。たった一人の弟を見捨てて自分だけが助かりたいなんて考える筈ないじゃないか。

 たった一人の家族だったんだ。あの異常なゲームの中で私が正気でいられたのは、ずっと傍に優希がいたからだ。

 

「私は優希を守りたくてっ! 必死で!」

 

「でもボクは死んだよ。お姉ちゃんが何もしてくれなかったから……ずっと痛い思いをしたまま、苦しみながら死んだんだ」

 

「……っ! う、ぅ、……」

 

「剛烈さん! しっかり!」

 

 そこまで言うならお前は何なんだ。弟を守れなかった私を糾弾するお前はいったい誰なんだ。

 

「おまえは……!」

 

「ボクは代行者だよ。死んだボクの願いを叶える為に此処へ来たんだ」

 

 

 優希の……願い?

 

 

「お姉ちゃんを連れてきてって。一人は寂しいから、お姉ちゃんと一緒にいたいっていう願いだよ」

 

 

「……さび、しい?」

 

 優希が一人で寂しがっている?

 だから、私を呼んでいる? 会いたがっている?

 

「そうさ。別にお姉ちゃんのことを恨んでなんかいない。ただ一人は嫌だからお姉ちゃんと一緒にいたいんだ」 

 

「…………でも、私は……」

 

「何かあるの? まだ生きていたい理由、お姉ちゃんにはあるの?」

 

 

 生きる理由。

 

 

 ……理由? そんなもの、今の私にあるのか?

 

 あのデスゲームで優希を失ってから、ずっと贖罪と復讐のことだけを考えて生きてきた。

 弟のことを殺した主催者たちが、そして彼らに火をつけたデスゲームという悪しき風習そのものが憎かったから。

 

 主催者たちを殺すことはできなかった。それだけはしてはいけないと、私を助けてくれたあの人に泣きながら止められたから。

 だからせめて、死なせてしまった弟に報いる為にデスゲームの根絶を誓ったんだ。きっとそれだけが生き残ってしまった私にできる唯一の贖罪だったから。

 

 全て、デスゲームを生き残ってしまったあの日からの人生は全て、死んだ弟に許されたいという動機の上で、触れれば破裂してしまう泡の如く危うい状態でギリギリ成り立っていた。

 

 

 だけど、優希は私を恨んでなどいなかった。一緒にいてくれればそれで良いのだと言ってくれた。

 

 ならこれ以上、私が一人で足掻く必要なんて無いんじゃないか。

 何も無い私は弟と一緒にいてあげるべきだ。もとより許されるためだけに生きてきたのだから、彼の元へ行くことで許されるならそれでいい筈だ。

 

「そう、か……はは……そうだね」

 

 それに少し、生きることに疲れてしまった。

 

「呼んでるなら、行ってあげないとね。あの子泣き虫だから」

 

「……よかった、ボクも嬉しいよ」

 

「あっ、ご、剛烈さん!」

 

 さぁ、早く抱きしめてくれ。

 私を本当の優希の元に連れて行ってくれ。

 

 

 あぁ、ようやく楽になれる。

 

 

「……ふふっ。さぁお姉ちゃんっ、こっちに───」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおぉぉあぁぁぁフライパンアタックぅぅぅぅっ!!」

 

 

 

 

 

 

「んっ? ──ブベッ!!」

 

 

 

 ──突然、目の前にいた優希が横に吹っ飛んだ。

 

 

「………………え?」

 

 

 そんな間抜けな声が出た頃には、吹っ飛ばされた優希がエスカレーターを転がり落ちて二階の壁に激突して気絶していた。

 

 そして優希は──体が黒い泥のように歪んで崩れ、その中から見たこともない中年の男が眠ったまま出てきた。

 

「やべっ、やりすぎた! あの人感染した人だったのか!?」

 

 そして私の目の前でワタワタと慌てる銀髪の少女。

 

「ま、まぁでも、こればっかりはしょうがないよな……うぅ、ごめんなさい」

 

 何やらウンウンと頷いて無理やり納得した彼女はフライパンを背中にくっ付けると、すぐさま私の方へ駆けつけてきた。

 

「剛烈さん! ……よかった、無事ですね」

 

「……きみ、は」

 

 突如として現れた銀髪の少女に呆気に取られていると、後ろにいた赤髪の女子高生が急に叫んだ。

 

「わあぁぁーっ! リアねえだぁぁぁ!!」

 

「えっ──おわっ! よ、陽菜!?」

 

 叫びだした陽菜は駆け出して、私の目の前にいた銀髪の少女に正面から抱きついた。体の小さい少女はそのまま陽菜に押し倒され、ジタバタと抵抗を繰り返している。

 

「陽菜っ、ちょ、今はこんなことしてる場合じゃ……!」

 

「リ゛ア゛ね゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛……会い゛だがっだぁ°……」

 

「な、泣くなって……ってぇ! ちょ、鼻水垂れてるぅ!」

 

 咽び泣いて涙と鼻水でグチャグチャになっている陽菜に少女はハンカチを手渡し、改めてしっかりと立ち上がった。

 

 少女は──リアはしょうがなさそうに笑いながら、陽菜の頭を撫でている。

 

 

 

 

 ……邪魔を、された。

 

 

「何で」

 

 私はリアに問いかける。

 

「えっ?」

 

「何で邪魔した」

 

 あのまま抱きしめられていれば、私は楽になれた。苦しいこの世界から離れて弟の元へ行けるはずだった。

 

「死にたかったのに……どうして邪魔した!」

 

「えぇっ……? ど、どうしたんですか急に……」

 

「お前が邪魔していなければ……今ごろ死んでた! 死ねたんだ!」

 

 弟が待っていると言ってくれたのに、私はまた生き延びてしまった。あの子の元へ行って安心させてあげなければいけないのに、もう私に生きる理由なんて残っていないのに。

 

「私を助ける理由なんて……!」

 

 

 

 

「だ、だって仲間じゃないですか」

 

 

 

 

「……っ?」

 

「いや、首傾げないでくださいよ。俺たち()()()()()()()()()()

 

 ……デスゲーマーズ?

 

「何があったのかは知らないですけど……剛烈さんが死んじゃったら真岡さん泣きますよ。剛烈さんがフィールドの中にいるって分かった時、あの人めっちゃ動揺してましたし」

 

「……それ、は」

 

「あと俺も泣きます! 大切な仲間ですし……もし死んじゃったら、死んだことを後悔するくらい俺が泣きますよ。いいんですか」

 

 何を言っているんだこの子は。

 私が大切な仲間だと? ほんの数週間だけの集まりでしかなかった、あんな即興チームで一緒に居ただけの私を……仲間?

 

 いや、仮に仲間だったとしても私の死を止める権利なんて……。

 

「あぁー! 泣いちゃう! 幼気(いたいけ)な女の子がわんわん泣いちゃうなー!」

 

「えっ、え……」

 

「せっかく助けに来たのになぁー! 感謝どころか恨まれたりとかしちゃったら、ショックで寝込んじゃうかもなーっ! なんなら今すぐここで寝込んじゃうなー! あ、ヤバい! 寝込む! ショックで植物人間になっちゃう! さーん、にーい、いーち」

 

「わわっ、ちょ、ちょっと待って! 分かった! 分かったから待って! ねっ!?」

 

 急いで大声を挙げてリアの声を遮ると、彼女は私に向かっていたずらっぽい笑顔を向けた。

 

「えー、どうしよっかな。剛烈さんがまた『死にたい~』とか言ったら秒で寝込んじゃうかも」

 

「言わない言わない! もうそんなこと言わないから寝込まないで!」

 

「……プフっ。はーい、わかりました。剛烈さんのおかげで植物人間ルートは消えました、おめでとうございます」

 

 えへへっ、と明るい笑顔を見せてくるリア。

 どうやら私は完全に彼女の掌の上だったらしい。

 

 

 ……まいったな、これは。

 

 まさかリアが……いや、美咲くんがここまで仲間に対して真剣だったとは予想していなかった。デスゲーマーズなんてただの場当たり的な集団に過ぎないと思っていたのに、どうやら彼の中ではそれが『大事なチーム』にまで膨れ上がっていたらしい。

 

 その一員である私も例外なく『大切』ときた。全く、真っ直ぐすぎるのも考え物だ。

 私の事情を詮索することもなく、まず何が何でも止めようとしてくるとは思わなかった。

 

 

 目が覚めたというか、少し頭がスッキリしたというか。

 とにかく今は死のうとしてる場合ではない、という風に思考を切り替えることはできた。

 

「……ありがとね、美咲くん」

 

「お礼を言われるようなことなんてしてないですよ」

 

「フライパンで助けてくれたじゃない。……カッコよかったよ」

 

「……い、いや~! それほどでも──」

 

 

 私が褒めてリアが赤面した、その瞬間。

 

 

「──わぁっ!?」

 

 

「美咲くんっ!」

 

「りっ、リアねぇが攫われたぁ!」

 

 突然横から飛んできた黒い人間がリアの首根っこを掴み、そのまま彼を持ったまま空を飛んでショッピングモールの天井まで逃げてしまった。

 

 

「待てコラぁ!」

 

 すると、その黒い人間が飛んできた方向から見覚えのある水色髪の少女が息を切らしながら走ってきた。

 

「はぁっ、ハァっ……! あっ、剛烈さん、無事だったんスね……はぁっ、ぜぇっ、ハァ……!」

 

「……もしかして、呉原くん?」

 

「えっ……よく分かりましたね……ハァ、おっぱい重い」

 

 私の前で一旦止まり、肩を上下させながら息を整える呉原少年。

 昨日の高校で起きた事件の話は聞いていたが、どうやら改めてアクセスウォッチを渡されてフィリス・レイノーラに変身したらしい。

 

「さっきの奴がボスっぽいっていうか、明らかにフィールドの核みたいな宝石が額にあるんですけど、アイツ空飛べるから能力で捕まえられなくて……」

 

「……さっきの黒い人間がボスってわけね」

 

 ヤツがこのゾンビ事件を引き起こした首謀者だということは明白だ。遠目から見ても分かる通り、全身が真っ黒なことに加えて奴だけは他の個体と違って『顔』がある。

 恐らく奴だけがゲームフィールドから出てきた純粋な怪人なのだろう。

 

 ……しかし、そうか。飛ぶのか、あいつは。

 

「ねぇ、呉原くん」

 

「なんスか?」

 

「そのアクセスウォッチ……私に貸してくれる?」

 

 このままだと事件解決が図れないばかりか、高い位置からリアが落とされて落下死してしまう。

 これらをどうにかするためにはあの怪人に追いつける機動力、ひいては同じく『空を飛べる能力』辺りが必要だ。

 

「あ、はい、どうぞ」

 

「ありがと」

 

 右手から腕時計を外した彼がフィリスから呉原永治に姿を戻す。そして彼から受け取った腕時計を自身の右腕に巻きつけ、隣にいる陽菜の方を向いた。

 

「……陽菜ちゃん、いけそう?」

 

 右手のウォッチをチラつかせながらそう告げると、陽菜は強く縦に首を振った。

 

「もちろんです! リアねえをぶっ助けましょう!」

 

「変わった言い回しするね……ん、よし」

 

 腕時計をアクセス可能の状態にセットして、二人横に並んでから陽菜の手を握った。

 

 アクセスできるのは心が深く繋がった人間だけ……なんて説明は前に真岡から聞いたが、なんだか雰囲気的に私と陽菜でもいけそうだ。

 

 それは今、私たちの中で美咲くん(リアねえ)を助けたいという気持ちが強く共鳴しているから……なのだろうか。詳しい事はよく分からないが、これでアクセスができなくても他に出来る事をやるだけだ。

 

「あっ、そうだ剛烈さん」

 

「ん?」

 

「これから二人で一人になる訳ですし、名前教えてくださいよ」

 

「いま自分で言ってるじゃない」

 

 当たり前のことを言うように私が告げると、陽菜は頬を膨らませた。かわいい。

 

「むっ。そうじゃないです!」

 

「どういうことなの……」

 

「名字じゃなくて下の名前ですよ! 私剛烈さんのフルネーム知らないです!」

 

 言われてみれば確かに、私の名前をデスゲーマーズの面々に言ったことは無かった。別に教えたいわけでもないが、これから一緒になる陽菜ぐらいには教えてもいいだろう。

 

 剛烈、なんていうゴツイ名字のせいで、小さい頃はゴリラだのなんだの言われて、全く呼ばれなかった私の名前を。

 

雪音(ゆきね)。雪だるまのユキにオトって書いて、雪音」

 

「……ゆきねえ?」

 

「好きに呼んでいいよ」

 

「じゃあ雪音さんでっ!」

 

 結局さん付けかい。別にいいけども。

 ……ということで、名前を知ってもらって距離も縮まったことだし、そろそろ大丈夫だと踏んで変身することにした。

 

 右手を上に翳して、高らかに叫ぶ。できれば成功して欲しいなぁ~と心の中で祈りながら。

 

 

変身(アクセス)ッ!」

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 

 結局あの後、しっかり変身できた私と陽菜の力で事件は無事解決した。

 

 核を破壊して怪人も倒したことで黒い人間になっていた人たちは元に戻り、ショッピングモール内は少々破壊の跡が残ったがこれといって怪我人は出なかったのは幸いだ。……優希に変身させられてたおじさんはタンコブできてたけど。まぁ誤差の範囲だ。

 

 その後は優希のお墓に改めて花を供えて、さぁ家に帰って休もう……といったところで、美咲くんに「ウチで晩ご飯食べていきませんか!」と誘われた。

 

 私を誘った理由が分からず少し狼狽えたが、どうやら彼が私の『死にたい』というあの時の言葉を気にしていた、ということをなんとか察することはできた。

 陽菜に変身してからはなるべく明るく振る舞っていたのだが、美咲くんの中ではあの言葉がずっと引っかかっていたらしい。相変わらず仲間思いな少年だ。

 

 

 ということで私は今、美咲家の食卓で晩ご飯を頂いています。

 今日の夕食は美咲くんのお父さんが作ってくれたらしいのだが、どの料理も私が作るものの数万倍美味しくて泣きそうになっている。専業主夫はつよい……。

 

「……ふぅ。すみません、ご馳走様でした」

 

「お口に合えばよかったんですけど」

 

「とっても美味しかったです!」

 

 柔らかい表情をしている美咲くんのお父さんにそう告げると、「それはよかった」と言いながらいつの間にか食器まで片付けられてしまった。

 流石にここまでされると申し訳なくなってくるが、こういった厚意は素直に受け取った方がいいと考えて何も言わなかった。

 

 ここまでお父さんが私に気を遣ってくれているのは、美咲くんがお父さんに対して私の事をかなり気を遣った説明をしてくれたからだ。それこそ少し事実は違うレベルで私の活躍を盛ってたりもしていた。

 常にお父さんから門前払いをくらっている真岡が知ったら悔しがりそうだ。

 

「ふあぁ……んー、夜にい寝よー」

 

 ご飯を食べ終えて歯磨きを終えた朝陽君がソファに座っている美咲くんに対してそう言うと、お父さんが朝陽くんの両肩に手を置いた。

 

「朝陽は今日、お父さんと一緒に寝ような」

 

「んー……? ん、うん」

 

 どうやらもう眠気が限界らしい朝陽君は返事とは言えないような返事をしつつ、リビングの奥へと消えていった。

 それを見送っていると、朝陽君の後に続こうとしたお父さんが私の方に振り返ってお辞儀をしてきた。

 

「息子を助けて頂いて……本当にありがとうございます」

 

「いえいえ! こちらこそ息子さんには常日頃からとても助けられていますから……」

 

「息子が迷惑をかけていなければ幸いですが……ともかく、こんな狭い家でよければどうぞごゆっくり寛いでいってください」

 

 そう言ってペコリともう一度会釈をしてくれたお父さんは、朝陽君と一緒に一階の寝室へと入っていった。

 二階建ての一軒家を狭い家と言うのは流石に謙虚すぎると思うが、あの丁寧な姿勢は見習わなければなるまい。

 

「……あはは、気ぃ遣われちゃったなぁ」

 

「お客さんに対しては父さんいつもあんな感じですよ」

 

 美咲くんは当たり前のように言ってくるが、いつも彼にベッタリであろう朝陽君をわざわざ連れて行ってくれたのは、要するに『ちゃんと息子に話せることは今日の内に全部話しておけ』ということだ。

 

 ここまで温厚に接してくれているのだから、今日を無駄にしてはいけない。ご厚意に甘えてさせていただこう。

 

「……そういえば、レンちゃんだっけ? あの子は?」

 

「もう朝陽の部屋のベッドでぐっすりですよ。俺たちがフィールドにいた時も、あいつはあいつで何かやってたみたいですから」

 

「ふ、ふーん」

 

 そして彼の母親は海外でお仕事中。

 

 

 つまり──二人っきりになれる状況ができたというわけか。いや、別に怪しいことをするつもりは毛頭ないが。

 

「ていうかその格好(パジャマ)……剛烈さん、今日泊まっていくんですか?」

 

「うん、お父さんにはちゃんと許可とったから」

 

「そうですか。……んじゃ、ここだと一階の寝室に声聞こえちゃいますから、俺の部屋に行きましょ」

 

「……了解」

 

 ちょっと美咲くんの言い回しが怪しい感じになってるけど、別に本当に何もないから!

 

 

(誰に言い訳してるんですか?)

 

(あなたにだけど! ていうか言い訳って言わないで……)

 

(冗談ですよ~。雪音さんはかわいいなぁ)

 

 

 心の中で年下の筈の陽菜にからかわれつつ、私は美咲くんの部屋に行くために二階へと上がっていった。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

「──ってわけだから、暫く君たち高校生組は呼ばないことにしました」

 

「デム隊の人がアクセスできるようになったんですもんね。そりゃ俺たちみたいなド素人はもう……」

 

「そ、そうじゃなくてね! なるべく君たちには私生活の方を優先して欲しいってだけだから、本当に困った時は頼らせて欲しいってこと!」

 

 私が慌てて説明すると、ベッドに腰を下ろしている美咲くんが明るい表情になった。

 

「そうですか? ほんと、困ったらバンバン頼ってくださいね!」

 

「うん……ありがとう」

 

 

 まぁ、実を言えばほとんど呼ぶことは無さそうなのが現状だ。ゲームフィールドなどという、どう考えても危険すぎる領域に高校生たちをそう簡単に巻き込んでいい筈がない。そもそもこれらの対処は私たち大人の仕事なのだ。

 

 ……といっても、彼らが頼りになるのも事実ではある。

 フィリスの氷能力は現状フィールド内で使える最強の力であり、またリアがいることで仮想世界から能力者を呼べる可能性もあることを考えると、高校生男子二人に頼る日はそう遠くはないのかもしれない。流石に小学生の朝陽君は巻き込めないが。

 

 

 とにかく、小難しい話はこれで終わりだ。

 

「もう連絡事項はないし、そろそろ寝ようか」

 

「そうですね、剛烈さんはどこで寝ます?」

 

「えぇっと……」

 

 流石にベッドを使わせてもらう訳にはいかないが、見た限りこの部屋には布団もなさそうだ。

 そうなると床か、もしくは一階のリビングのソファで──

 

(ちょっと雪音さん!)

 

「うぇっ?」

 

「っ? どうかしました?」

 

「な、なんでもない!」

 

 突然陽菜に話しかけられて驚いてしまい、つい実際に声が漏れてしまった。心の中から話しかけられるこの感覚にはまだまだ慣れそうにない。

 

(陽菜ちゃん、どうしたのかな?)

 

(どうしたもこうしたもないですよっ、約束守って欲しいです!)

 

(約束って……あれ、本気だったの?)

 

(当然じゃないですか……私だってリアねえがずっと恋しかったんです)

 

(う、うーん……)

 

 困った。かなり困った。やはり約束を誤魔化すことはできないらしい。

 

 陽菜の言っている約束とは『力を貸す代わりに今日はリアねえと一緒に寝て』というものだった。

 そりゃあこれから暫くの間が彼女の力を借りなければいけないのだから、対価を払う覚悟はしていた。

 

 でもさぁ、まさかいきなり年下の男子高校生と一緒にベッドに入れ~、なんて言われたら……困るでしょ。非常に困る。

 

(でも美咲くんは今男の子の状態だよ? 変身はフィールドが近くにないと出来ないし……)

 

(リアねえはリアねえなんだから関係ないです。むしろ男の子バージョンのリアねえと一緒に寝れてお得ですっ)

 

(何がお得なのか分からないよぉ。リアねえって言うくらいなんだから、あなたはあの女の子のことが好きなんでしょ?)

 

(そりゃ女の子のリアねえはちっちゃくて可愛いしフワフワしてて良い匂いするし最高ですけど、私が好きなのは()()()()なんです。アイリールさんだけが好きなんじゃなくて、私を助けてくれた男の子である美咲さんと、ずっと彼と一緒に居たアイリールさんを含めた『リアねえ』がリアねえだから大好きなんです)

 

(ごめんちょっとよく分かんなくなってきたから少し待って)

 

 リアねえという単語がゲシュタルト崩壊しそうで一旦話を切り上げた。

 結論だけ言えばどうあっても私には美咲くんと一緒に寝る以外の選択肢は無いということらしい。ここで私が駄々をこねて陽菜の力を借りられなくなってしまっては本末転倒。

 

 約束を守り、ここから改めて彼女との信頼関係を築いていかなければ。ずっと一緒に居たわけではない私たち二人の間には、やはりもう少し時間が必要だ。

 

 腹を括れ二十一歳剛烈雪音、たとえ相手が男子高校生でも親戚の子みたいに思えばいけるはずだ。

 

「……あ、あの、美咲くん」

 

「はい?」

 

「その、えぇっと……」

 

 羞恥心と緊張で口ごもってしまう。親戚でもない高校生のベッド潜るとか事案だよちくしょー!

 

(雪音さんがんばって!)

 

(……あぁ、もう、わかったわかった!)

 

 もう本気出すぞ。後の事は知らんぞ。

 

 

 

「……一緒に寝ても、いっ、いいかな……っ?」

 

 

 

「へっ?」

 

 美咲くんが呆気に取られている。いやこれは呆れているのか……?

 どちらにせよもう引けないぜ! ヤケクソじゃい!

 

「お願い……!」

 

「……えっ、え、あの、え?」

 

 ここでお父さん辺りを呼ばれでもしたら社会的に抹殺されること間違いなし、なので無理矢理はできない。

 お願いだから一緒に寝てくれぇ……他意はないんじゃぁ……!

 

「この通り……!」

 

 

「…………わ、わかりまし……た?」

 

 

(よっしゃあ!!)

 

 心の中でガッツポーズを決め込む陽菜。こいつ……。

 とりあえず一緒に寝れることが確定したので、先ずは部屋の明かりを消そう。何度も言うが他意はない。

 

 パチッと明かりのスイッチを切り、緊張した面持ちでベッドに横たわっている美咲のすぐ傍に入った。

 そうすることでお互いが見つめ合う形になってしまい、どうも落ち着かない。

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 何を話すわけでもないまま固まって、はや五分が経過して。

 そろそろ赤面した顔の表情が崩れてしまいそうな事に焦っていると、意外なことに彼の方から声を掛けてきた。

 

「あの、剛烈さん?」

 

「うぇっ、な、なに」

 

「……その、俺……えぇっと」

 

 言葉をなんとか捻りだそうとして苦戦する美咲くんを、私はただ見ていることしかできない。

 なんだ、どうしたんだ少年。こっちはそろそろ恥ずかしさが限界だぞ。

 

 

「……剛烈さんのこと、本当に、大切だって思ってます」

 

 

「………………へ?」

 

 え?

 

「あっ、いや! 告白とそういうわけじゃなくて!」

 

「は、はい、うん……ぅん、はぃ……」

 

 つまりどういうことだってばよ? あんまりお姉さんの事からかわんでくれぃ。

 

 

「仮想世界の時は……本当に無力でしかなかった俺を助けてくれたし、今日だって陽菜と一緒になって俺の命を救ってくれた」

 

 私に対して言葉を続ける美咲くんは顔こそ少し赤いが、表情は真剣そのものだった。 

 アドリブで言葉を探しながら必死になってセリフを続けるその様が、少しかわいいと感じてしまう。

 

「ほんと、冗談抜きでもう他人じゃないって思ってます……今日のあの時の言葉だって、嘘じゃなくて、全部マジです……っ」

 

「……あの時?」

 

 私が小さく聞き返すと、目の前の少年は改めてしっかりと私の目を見て答えた。

 

「泣きますよ、俺。剛烈さんが死んじゃったら……本当に、ショックで植物人間になるかも……です」

 

「……っ」

 

「誰も失いたくないです、みんな……皆本当に大切な人たちだから。ただの我が儘かもしれないけど……でも、この我が儘は……この願いだけは、捨てちゃいけないってそう思ってるんです」

 

 彼の真剣な表情が少しずつ崩れてきている。自信なさげに目を伏せて、眉を少しだけ潜めて。

 

 泣きそうになっている、のだろうか。

 

「っ、だから……剛烈さんっ」

 

 それを堪えて、彼は言葉を絞り出した。

 

 

 

「もうっ、死にたいなんて……言わないでください……っ」

 

 

 

 彼の言葉は私に対して向けられた、嘘偽りない心からの『優しさ』だった。

 それはもう眩しすぎて直視できないレベルの純粋な祈りだ。この子が本当に高校二年の男子なのか少し疑ってしまう程には、あまりにも彼が真っ直ぐすぎる。

 

 リアと融合したことが原因か、もしくは仮想世界での出会いが彼をここまで──いや、違うか。

 

 これが彼本来の人間性なんだ。だからこそ、彼は仮想世界へ訪れた際にもキャラの上書きを無意識に拒み、内に秘めたリアとの共存を実現して見せた。

 

 仮想世界の進化の原因は『海夜小春を助けたこと』だと真岡は言っていたが、私には美咲くんがリアを殺さずにもう一人の自分として受け入れたことこそが進化の理由に思えてならない。

 

「頼りないかもしんないけど……お、俺も頑張りますから……!」

 

 まったくどこまでこの子はお人好しなのか。まるで物語の主人公みたいだ。

 

 

「……ごめんね」

 

「わっ」

 

 必死に感情を我慢して私を説得しようとする彼の姿が愛おしくなってしまい、つい美咲くんの顔を抱きしめてしまった。高校生にここまでさせてしまうとは、私もまだまだ情けない子供なのかもしれない。

 

「もう言わないよ、絶対に」

 

「……むぐっ」

 

「あんなに沢山の仲間たちと……美咲くんがいるんだから」

 

(ふおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!! しゅごいぃぃぃぃぃっ!)

 

 抱きしめただけでこの女子高生マジでうるせぇ……。

 あぁ、もう。気にしたら負けだから無視だ、無視。

 

「美咲くんが私を守ってくれるなら、私も美咲くんを絶対に守ってみせるからね」

 

「……んぐぐっ」

 

 美咲くんが私の胸の中で何かを言おうとしているが、先程までは私がずっと彼の言葉を聞いていたのだし、今度はこっちの話も聞いてもらうことにしよう。

 

 

「……美咲くんのこと、弟みたいに思っても……いいかな」

 

「っ?」

 

 もし優希が生きていたとすれば、今頃は美咲くんと同じ歳だ。生きていれば、こんなにも大きくなっていたかもしれない。生きていれば、こうして一緒に眠ることもできたかもしれない。

 

 生きていれば 生きていれば。

 

 でもあの子はもう死んでしまった。今日、優希の代行者に散々突きつけられた事実だ。あの言葉の暴力には傷つけられたし、どこか逃避していた心もしっかりと優希の死を受け入れるようになった。

 

 

 私が守るべき相手はもう過去ではなく、今現在目の前にいる。

 

「君はお兄さんだから……年上に甘えるのは苦手だとは思うけど」

 

 弟の代わりではない。あの子の代わりは世界中のどこを探しても見つかりはしないだろう。

 

 だが、目の前には弟と同じくらい愛情を注いであげたい人がいる。私のことを守ると言ってくれた優しいこの子に、私はそれ以上の優しさを与えてあげたい。いつも頑張り過ぎてしまう美咲くんが、気兼ねなく甘えられる存在になりたい。

 

 

(ストップ雪音さん! ちょ、先輩か小春ちゃんに刺されますよ!?)

 

(分かってるって。何も恋人になりたいわけじゃないよ)

 

 

 この子には素敵な両親もいるし、既に愛し合った恋人もいる。そんなことは百も承知だ。

 美咲くんを支えてくれる人は沢山いるだろう。その中には美咲くんが無条件で甘えられる人たちもいるに違いない。

 

 それでも私は、この子に頼られるような存在でありたい。……そう考えると、さっきの『弟みたいに』という言葉は不適切かもしれない。

 

 どうやら私も必死になってアドリブをしているだけのようだ。どんどんボロが出てくる。

 

「や、やっぱり弟ってのは無しっ」

 

「……んん」

 

「先輩、先輩ねっ。美咲くんは私の後輩だから、先輩である私にどんどん頼っちゃってよ」

 

 抱きしめながら、頭を撫でながら、そんなことを口走っている。

 

 

 ただの先輩後輩なら、こんなに近い距離感は許されないのだろう。

 ましてやこの子には蓮斗くん(レンちゃん)や小春ちゃんがいるのだから尚更ダメだ。

 

 

「先輩に任せて、今日は寝ちゃおうね」

 

「ん、んぅー……!」

 

 

 でも、今日は。

 

 今日だけは、許してほしい。

 

 

 優希を失ったあの時の気持ちを掘り返されて、とても心が不安になっている。

 弟の大切さを、守るべき人を守れなかった悔しさと虚しさが胸の中で渦巻いている。

 

 

 こわい、こわい、こわい。

 

 

 明日からはしっかりと一線を引く。

 頼りになるような先輩になってみせる。

 彼の力を借りなくても戦える、そんな強い人間になってみせる。

 

 だから今日は。

 

 

 今日だけは───この子の傍に居させてほしい。

 

 

 




氏名:剛烈 雪音

 21歳花の大学生。そのくせデム隊の業務に時間をとられて大学生活自体は微妙。
 戦闘経験はそこそこ。デム隊の中でも強い方だがオカマには勝てない。料理の腕では逆にフルボッコにしてる。
 素の口調が少し荒い

 一瞬弟の面影を夜に重ねたが、それがどちらにとっても失礼なことだと気づいて自意識を改善。
 あくまで夜は保護対象とし、一緒に眠った翌日からは心の中で大事な一線を引いた。そこら辺を陽菜に認められて仲良くなる。


美咲夜:剛烈は自分の事が好きなのでは? と男子特有の勘違い。
    でもレン(蓮斗)と小春がいるので(無意味にも)雪音を傷つけないようにフるとき用のセリフを練習している なおそれが発揮される日は来ない
    実はおっぱいのせいで眠れなかった(2敗)

夜が最近大変そうなので、とっても頑張って一週間以上も淫紋の後遺症を涙目で我慢しているレンちゃんは

  • 無理して我慢できる(泣いちゃう)
  • 我慢できない(襲うと罪悪感で泣いちゃう)
  • そもそも夜に泣きついてみる

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