時系列は前回のレン視点の最後辺り
仮想世界と融合してしまったこの都市で、助けを呼ぶ声が木霊する。
道路にはゴミのように転がる壊れた自動車が、道端には怪我を負って苦しんでいる人々が。
その交差点の中央では黒いボンテージ衣装に身を包んだ筋肉質の大男が、指先から高圧縮の光線を撒き散らして暴れながらケラケラと高笑いをしている。
「おぉぉぉーっほっほっほ!! 素晴らしい力! まるで神様にでもなった気分よぉ!!」
彼は如何なる存在も寄せ付けない最強の異能力を行使し、無力な市民たちを嘲り笑う。
誰も自分には勝てない、何者にも邪魔されない、そう──自分こそが最強なのだと信じて疑わないのだ。
「た、助けてぇ……!」
歩道の近くには、逃げ惑う人々に押されて転んでしまい膝に怪我を負ってしまった少年がいた。両手で膝を抱えながら、眼尻に涙を浮かばせて助けを求めている。
しかし、少年は荒れ狂う怪人との物理的距離が近すぎた。
彼の声は不幸にもこの場で最も助けを求めてはいけない人物の耳へと届いてしまう。
「あらぁん? 可愛い子じゃなぁい……置いてかれてしまったのね」
「ひぃっ……!」
怪人はまるでファッションショーのモデルのように足を交差させながら、少年の元へ歩み寄る。
それに気がついた少年は肩をビクつかせて怯えた声を発するが、逃げたいという意志に反して体は痛みで言う事を聞かない。
「うふふ、アタシのビームは一瞬で肉体を蒸発させられるわ。苦しませずにあの世へ送って……あ・げ・るっ!」
ねっとりとした声で殺害宣告を言い放った怪人は右手を前に突きだし、人差し指だけを立ててその先端を少年の方へ差し向ける。
ビーム発射の照準合わせ。
まさに少年をこの場で今すぐ殺すという意志の表れ。
「さようなら!」
高らかに別れの言葉を告げ、怪人は指先からビームを──
「待ちなっさぁぁぁぁぁぁいっ!!」
──放とうとしたその瞬間、怪人は真後ろから何者かに腕ごと抱きしめられてしまった。
「なっ、なに!?」
狼狽する怪人。思わずビームを蓄積していた指を引っ込めて拳を握ってしまう。
すると怪人に後ろから抱きついてきた人物は、まさにその瞬間を待っていたと言わんばかりの大声を挙げた。
「握ったわね! 手ぇ握ったわね! ぎゅぎゅぎゅ~って握っちゃったわねぇ!」
「──ハっ! し、しまっ」
「隙ありよォん!!」
怪人の隙をついたその人物は相手を両腕で更に強く拘束し、即座に上体を後ろにのけ反らせて怪人を持ち上げ──
「バックドロップぅぅぅーっ!」
後方に投げ飛ばした怪人の頭は、見事にコンクリートの地面に大激突。あろうことかそのまま頭全体が割れたコンクリートに突き刺さってしまった怪人は、思わず空気が漏れるような悲鳴が出てしまう。
「んぎゅぅっ!?」
「えぇいっ! そのまま埋まっちゃってなさい! アンタは植物! 観葉植物っ!」
見事なプロレス技を披露したその人物は、まるで漫画のように頭が地面に埋まってしまった怪人の傍から離脱し、膝を抱えて蹲っている少年を抱き上げた。
「あなた! 大丈夫!?」
「……うっ、うん」
その人物に声を掛けられた少年は、痛みを我慢してコクリと頷いた。
少年のそんな健気な意地を目の当たりにしたその人物は、フフッと小さく笑って少年の頭を軽く撫でる。
「とっっても強い子なのね! 偉い! 将来有望よ! キライじゃないわ!」
そう言って少年を励ますと同時に、二人の元に金髪の女子高生が駆けつけてきた。
「正太郎さん! その子を預かりますわ!」
「いいタイミングねロイゼ! 任せちゃう!」
ロイゼという金髪の少女に正太郎と呼ばれたその『男』は抱えていた少年を彼女に預けると、バッとすぐさま後ろを振り返った。
そこでは既に地面から抜け出していた怪人が立っており、般若の様な怒りの形相で正太郎を睨んでいた。
男が警戒して身構えると、怪人は彼に向かって叫びたてる。
「痛いじゃないのアンタ!? 今のでハゲちゃったらどうするつもりなのよ!」
「ふふふ、安心しなさい。ハゲて育毛に手を出し始める頃には……既にアンタは死んでるわよ!」
口撃には口撃を。威圧感を放っている怪人を前にしても、正太郎は一歩も引かず不敵に笑う。
「……上等じゃない! だったら逆にこのビームでアンタを丸坊主にしてやるわ! 後悔しなさいよ!」
正太郎の減らず口に対して過敏に反応した怪人は額に青筋を立て、正面にいる彼に向かって右手の人差し指をピンと立てた。
しかし正太郎はそれすらも予測していたのか、彼は瞬時に間合いを詰めて怪人の懐に飛び込むと、両手で相手の右腕を拘束。
「あっぶ」
その腕を両手で引き。
「ないっ」
相手の右腕を乗せた自らの肩を利用して怪人を担ぎ。
「わねぇっ!」
上半身を勢いよく前方に捻り、腕ごと持ち上げた怪人をコンクリートの地面に叩きつけたのだった。
見事な背負い投げである。
「カハっ!」
背中から地面に叩き落され、肺から空気が放出される怪人。
間髪入れず正太郎は怪人を組み伏せ、脚と腕の関節を器用に拘束した。ここは道場かプロレスの闘技場か何かなのだろうか。
「いだだだだっ!」
「またビーム使おうとしたでしょっ! 危ないからビームは絶対ダメ!」
「し、素人はお黙り! 戦いで手段を選ぶなんて二流のすることよ! アタシは何があっても勝つんだからっ!」
優勢だった正太郎の言葉を一蹴すると、怪人は自分を拘束している正太郎の脛に噛みついた。
まるで遠慮のない、ともすれば噛み千切ってしまいそうな程の顎の力で脛を齧られた正太郎は怯み、思わず悲鳴を挙げてしまう。
「アアァーっ♂! いたぁい!」
「ぶっとびぃぃぃ!」
痛みで拘束を緩めてしまったその隙を突き、拘束を解いた後凄まじい腕力で正太郎を遠くへ投げ飛ばした。
ふっ飛ばされた正太郎は何とか受け身を取りつつ着地をしたものの、痛む脛を押さえながら悔しそうに舌打ちをする。
「くぅっ……距離を取られた……!」
怪人との物理的距離が離れてしまったことを嘆く理由はただ一つ。
それは他でもない『ビーム』の存在だ。怪人のビームをなんとか発射させないようにしながら立ち回るには接近戦しか方法がなく、距離を取られてしまってはビームで牽制されて近づけない。
しくじった、このままではまともに戦う事もできない。
「正太郎さん!」
歯噛みして悔しがっていると、後ろから女性の声が聞こえてきた。
それを聞いた正太郎が振り返るよりも先に、声の主は彼の隣に駆けつけた。
金色の髪、翡翠色の瞳、グラビアアイドル顔負けのグラマラスな乳房──隣に来たのは先ほど少年を保護した女子高生、高月ロイゼールことロイゼだ。
「お怪我はありませんか!」
「えぇ……でも、このままじゃマズイわね」
ロイゼの肩を借りて立ち上がった正太郎。その眼前には既にビーム発射を構えている怪人の姿がある。
「っ!」
正太郎は咄嗟に膝のポーチから拳銃を取り出して照準を合わせ、怪人に向かって数弾発射した。
しかし。
「うっふん、そんな豆鉄砲なんて効かないわよ」
「バリアですってぇ……?」
怪人の周囲には半透明の壁の様なものが発生しており、それらが銃弾の衝撃をキャッチしてしまった。勢いを無くした弾たちは怪人の足元に転がるのみだ。
遠距離戦闘をカバーするバリア、中距離を補う強力なビーム、近距離戦闘を可能にする強靭な腕力。
口角を吊り上げながら鼻で笑う怪人。
「解ってるじゃない。アンタらには最初から勝ち目なんて無かったのよ」
口角を釣り上げながら鼻で笑う怪人。
奴の言葉は癪に障るが、現状を打破する方法がないのもまた事実。
「……申し訳ありません、正太郎さん。私が能力を使えれば……」
本来ならばロイゼには『光を操る能力』なる異能が備わっている。中でも蓄積した光エネルギーを圧縮して放つレーザーは彼女の主武装と言っても過言ではない。
しかし現状ロイゼは能力を使用することができない。それはこの世界が仮想世界ではなく、あくまで現実世界に発生したゲームフィールドという一種の『バグ空間』だからだ。
ここでは元々持っていた能力を使う事もできず、今の彼女は一般人同然である。今まで能力を使って悪を討ってきた彼女にとって、それがあまりにも酷な現実であることは間違いなかった。
そうして悔しさから歯を食いしばるロイゼを見て、正太郎は彼女の背中を軽く叩いた。
「あっ……し、正太郎さん?」
「そう焦らないの。まだ負けた訳じゃないんだから」
そうでしょ? と笑って語りかける正太郎。
その屈託のない笑顔には、能力が使えないことで冷静さを欠いていた彼女を、しっかりと落ち着かせる程の気遣いが込められていた。
彼に諭され、我に返るロイゼ。深呼吸を繰り返し、今度はしっかりと相手を睨みつけた。
「……はい。私も今、自分に出来る事をやります!」
「いい感じね、その調子よ!」
二人は同時に不敵な笑みを浮かべ、怯むことなく怪人と対峙した。
力が無いにもかかわらず抗おうとするその姿は、絶対に力には屈しないという姿勢そのもの。
圧倒的な暴力で全てを捻じ伏せたい怪人からすれば、それはこの世で最も忌み嫌うあり方であった。
「ムカつくわねアンタ達……! 雑魚のくせに生意気っ!」
そう分かりやすく腹を立てる怪人に対して、ロイゼは果敢に言い返してみせる。
「その言葉遣いの方がよっぽど雑魚っぽいです! あと正直に申し上げるとそのボンテージ衣装めっちゃキモいですわよっ!」
有名企業のご令嬢、いいとこのお嬢様なロイゼだが意外に毒舌であった。
「なぁっ!? こ、この小娘ぇ……っ!」
「ププッ、言われてるじゃない。オカマでもアタシみたいにスーツ着て、男っぽい格好をキメといた方がギャップでイケてる場合もあるのよ? 流石にボンテージは論外でしょ」
「お黙り! アタシのファッションを理解できないアンタたちがガキなだけよ!」
キレた怪人は二人に向けて巨大なビームを放つ。
凄まじいスピードで発射された怪人のビームだったが、常に警戒していた正太郎は即座にロイゼを抱き抱えて真横に跳び、なんとか攻撃を躱した。
しかしこのままでは攻勢に出ることができない。
一体どうしたものか──そんな風に正太郎が頭を悩ませると、後ろから少年の声が聞こえてきた。
「真岡さんっ! 高月! 大丈夫か!?」
戦闘中の二人の元へ駆け寄ってきたのは、黒髪の少年とフライパンを背負った銀髪の少女だ。少年が呼びかけた通り、今まで戦っていたこの男(?)のフルネームは真岡正太郎である。
「あらボウヤ、奇遇ね。ここは危ないからさっさと帰りなさい?」
「い、いや帰れる状況じゃないだろ!?」
正太郎がそれとなく『ここは自分に任せろ』といった意味の言葉を告げたのだが、少年──美咲夜は引き下がらない。
仮想世界で共に戦った仲間を見捨てる選択肢などない……というより、そもそも正太郎とロイゼが戦っていることを知ったからこの場に駆けつけたのだ。
「何で真岡さんと高月だけで戦ってるんだ……他のデム隊の人は?」
「あのオカマ以外にも怪人の事件が多発しててね。要するに人手不足なのよん」
極めて冷静に返事をした正太郎の目は、夜の右腕に留まった。彼の腕に巻かれているのは、まるで朝のヒーロー番組に登場する玩具の様な見た目の腕時計、アクセスウォッチだ。
(──そうだ、黒野理愛はこの都市は今ゲームフィールドになっていると言っていた。ならばロイゼの能力も──)
「アンタらさっきから何やってるのよぅ! 皆まとめて消し炭にしちゃうわよ!」
「──っ!」
脳内で素早い状況判断を下した正太郎は立ち上がり、今にもビームを放とうとしていた怪人に向けて二発の銃弾を発射した。
「無駄よ無駄無駄ァ!」
しかしその弾は怪人のバリアによって防がれてしまう──そんなことは百も承知だ。
「……やっぱりバリアを張ってる間は攻撃できないのね!」
「ぇっ!」
正太郎がそう叫んだ瞬間、怪人はギョッとした。
彼ら四人を消し炭にしたかったのなら、バリアを張って正太郎の迎撃を防ぎつつビームを発射すればそれで終わりだった。しかしそうせずにビームを蓄積していた手を引っ込めたということは、まさに正太郎の指摘が図星だという何よりの証拠だ。
それが解った正太郎は後ろを振り返り、夜に向けて手を差し出した。
「アンタのアクセスウォッチ貸して! 早く!」
「えっ……あっ、は、はい!」
急かされた夜はすぐに右腕からアクセスウォッチを外し、正太郎に手渡した。
それを受け取った彼はウォッチを腕に巻きつけ、その場にいる仲間に聞こえるように叫んだ。
「今から全力疾走で怪人に接近するわ! ロイゼはアタシに付いてきて!」
「了解ですわ!」
立ち上がったロイゼに向かって頷き、次は夜と銀髪の少女──リアの方に視線を移す。
「ボウヤ! 黒野博士から貰ったレーザー銃は持ってきてる!?」
「も、勿論!」
「アタシたちが接近する間それで怪人を攻撃して牽制して頂戴! あとリアはそのフライパン貸して!」
「はい、どうぞ」
リアからフライパンを受け取った正太郎はそれをそのままロイゼに手渡した。
「もし怪人がバリアを張らずにボウヤの攻撃を躱してビームを撃ってきたら……その時はロイゼ、アンタがそのフライパンでビームを防いでね。……信じてるわよ」
「……えぇ、私が盾になります! 任せて下さいな!」
「行くわよッ!」
数秒の作戦会議を終えた瞬間、正太郎とロイゼは怪人に向かって駆け出した。
その様子を見た当の怪人は呆れたように嘲笑っている。
「あらぁ……特攻なんて愚策中の愚策じゃあないかしらっ!」
真っ直ぐ自分の方へ走ってくる二人に指を向け、照準を定める怪人。
「邪魔はさせねぇ……っ!」
しかし、そうはさせまいと夜が怪人に向けてレーザー銃を発射した。
「そんな単調な攻撃ィっ!」
だが怪人はレーザーを全てバリアを張ることなく華麗に躱し、回避行動をしたまま指先にビームをチャージし始めた。
「く~ね~くね~くねくね~♪ く~ね~くね~♪ ふっ、当たらないわよォ!」
「うえぇぇっ!? マジかよ!?」
乱射されるレーザーをくねくねと体を捻って躱した怪人は、指先に蓄積したエネルギーを正太郎たちに向けて発射した。
それに気がついたロイゼは一歩正太郎の前に前進し、フライパンをフルスイングして怪人のビームを弾き返してみせた。
「えぇっ! ビーム弾かれちゃった!」
「見直したわよお嬢様!」
「どんと来やがれですわァ!」
予想以上のフィジカルを発揮したロイゼを前にして呆気に取られてしまった怪人。
その一瞬の隙に正太郎は怪人の懐に飛び込み、密着した状態で拳銃を構えた。
正太郎と怪人の物理的距離はまさに───ゼロ距離。
「この距離ならバリアは張れないわね」
「や、やば──」
迎撃を試みる怪人。
だが遅い。
拳を正太郎に当てるよりも、彼の引き金を引くスピードの方が遥かに勝っていた。
「ア゛ァ゛っ!?」
銃弾を三発撃ち込まれた怪人の胸からは激しい火花が舞い、大きくのけ反り数歩後ずさる。
銃撃を受けて怯んだ怪人が膝をついた、その瞬間。
正太郎は隣に駆けつけてきたロイゼの手を握り、右腕を天高く頭上へ掲げた。
狙うは真岡正太郎と高月ロイゼールによるアクセス。ゲームフィールドにおいて、能力者は心を重ね合わせたパートナーと一心同体になった場合のみ、再び超常の異能を手にすることができるのだ。
今この瞬間、正太郎とロイゼは『非道な悪をこの手で討つ』という共通の意志によって繋がった。
「イクわよお嬢様ァンッ!!」
「了解ですわぁッ!」
二人の呼吸を合わせ、スゥと同時に息を吸い。
高らかに──叫ぶ。
『
残虐な悪の怪人によって地獄と化したこの交差点に、眩き希望の光が舞い降りる。
その場にいた誰もが瞼を閉じ、その光から目を逸らした。
直視できない程の輝きを前に、怪人すらも狼狽し腕で目を庇ったのだ。
もしその一瞬、ただその一瞬を突く事ができたなら、怪人はこの戦いに勝利できたことだろう。
しかし彼は光から目を背けてしまった。もう遅いのだ。
無辜の民を傷つける極悪非道の怪人に、もう二度とチャンスが訪れることはない。
「……太陽に代わってお仕置きよ」
「なっ!?」
膝をつく怪人の前でいつの間にか仁王立ちをして現れたのは、とってもこわい笑みを浮かべた金髪の少女。
本能的な命の危険を察知した怪人は正面にビームを放つが、少女はそれを華麗に躱しながら前進し、怪人に向かって飛びかかった。
「フライングッ!」
叫びながら飛びかかった少女は両足で怪人の胴体を拘束すると同時に自分の両手を地面につけ、バク転をするかのように足を大きく振り上げた。
「あぁっ!?」
そのケタ違いな脚力だけで怪人を上空に足で投げ飛ばした。もはや人間業ではないが、普段からしっかりと鍛えていた正太郎と融合したロイゼの肉体ならば可能なのである。筋肉は裏切らない。
空へ投げ飛ばした怪人を目で捉えた金髪少女は、両手を重ねて懐の位置に移動させ、光エネルギーを即座にチャージした。決して「かーめーはーめー」と言いながらエネルギーをチャージする技ではない。
彼女が今から放つ技は、相手を空へ投げ飛ばし、自由が利かなくなった敵に最大級のエネルギービームを叩き込む必殺技。
その名も『フライング・ルナティックビーム ~月まで飛んでけそして死ね~』である。
「ルナティックビィィィィィィィィィムッッ!!!」
少女が空へ掲げた両手から超巨大な黄色い光のビームが発射された。
それはグングンと空へ向かって伸びていき、上空に吹き飛ばされていた怪人へと直撃する。
「あ゛ァ゛あ゛ア゛ぁ゛ぁ゛ァ゛イ゛ィ゛ェ゛ェ゛エ゛ッ゛っ゛ッ゛!!」
正太郎とロイゼによる最強極太ビームを真正面から受け止めた怪人はこの世の終わりの様な断末魔を挙げ、月まで届くこともなく空中で見事に爆発四散した。サヨナラ。
彼の散り様はまさに花火のようであり、爆散し粉々になって四方八方に降り注いだその体は、見る人全てを魅了したのだ。実際綺麗であった。
「……ふぅ、決着したわね」
荒れた交差点の中央で一人、勝利の余韻に浸る金髪少女。
程なくして彼らの変身は解除され、筋肉質でオカマな大男と巨乳で金髪なお嬢様は無事に戻ってきた。
「真岡さーん! 高月ー!」
そんな二人の元へ駆け寄ってくる夜とリア。あといつの間にか居た黒髪の少女ことレン。
「すげぇよ二人とも! 何あの必殺技! めっちゃカッコよかった!」
「あわわっ……おっ、落ち着いてくださいリアさん……!」
「ボウヤも大概男の子ね。……はい、アクセスウォッチ返すわ」
高校生になった夜すらも魅了した必殺技は実際見事だ。少年ならば憧れるエネルギー波も撃ったのだからカッコいいに決まっている。少なくともこの夜少年からすれば。
「……あら?」
そこで正太郎は、夜とリアの後ろにいるレンの様子がおかしいことに気がついた。妙にフラついていて、目の焦点があっていない。
頬もほんのり赤くなっているその姿に、彼は既視感があった。
(……そう言えばこの子、淫紋の後遺症とかあったわね)
察するに数日ほど興奮状態を我慢していたのだろう。平静を繕おうと必死だが、これを見て気がつかないのは相当な鈍感だけだ。あいにく正太郎は都合のいい鈍感さ、という主人公属性は持ち合わせていない。
ここはひとつ手助けをしてやろう。そう決めた正太郎は夜の肩に手を置いた。
「ねぇボウヤ? せっかく仮想が現実に来たんだし、レンと一緒に海夜家の様子を見てくれば?」
「え? 急になんだよ」
「レンだって我が家が恋しい筈でしょ。でもこの子一人じゃ危険だし、アンタが付いててあげなさい」
そう言いながら無理矢理レンと夜の手を繋がせ、正太郎は踵を返した。
彼の行動を見て色々と察したロイゼも彼について行った。
「じゃ、アタシとロイゼはこれで」
「もう行っちゃうのか?」
「はい、きっとお邪魔でしょうから。失礼しますわ、お三方」
一度振り返ってお辞儀をしたロイゼは正太郎の背中を追う。
後の事は本人たちで何とかして、という意味も込めて彼とロイゼは共にこの場を去ることに決めたのだった。
「祝勝会よお嬢様、ラーメン奢るからついて来なさいっ」
「ラーメンですか……それならこの先にある
ZI-ROというラーメン屋は、少なくとも女子高生が好き好んで食べに行くような店舗ではない。野菜も麺もスープもチャーシューも背あぶらも量がトンデモなのだ。
以前訪れて気に入ったその店を提案された正太郎は少し驚いた後、自分と同じ趣向の仲間を得てフッと微笑んだ。
「アンタ見た目に反してガッツリ食べるのね……キライじゃないわ!」
この日、命を賭けた戦いを経て新たに絆を結んだ、年齢差が凄いタッグが結成されたのであった。