あの壮絶なオカマ対オカマの戦いから約一週間後。
近頃頻発していた怪人事件はオカマ撃破を境に発生件数が著しく低下し、この街は元の治安を取り戻しつつあった。
おかげでデム隊の仕事も減り、比例して俺たちデスゲーマーズの出番も殆ど無くなっていった。
最近は戦い続きだったせいか妙に気持ちが落ち着かないものの真岡には「今のうちにちゃんと学生を楽しみなさい」と言われ、暫くはこっちからの連絡はしないとも告げられた。
つまりはお休み。時たま怪人が現れることを除けばいつも通りの日常が戻ってきたという事である。
以前真岡から聞いたワールドクラッシャーの件もデム隊側の人間だけで対処と研究を進めるとのことで、いよいよ俺は普通の高校生に戻れたらしい。
それ自体は良いことだ。何よりも望んでいた事であることには違いないし、この街が平和ならば平和を楽しむべきである。
だが困ったことに何もしないまま日常を過ごすのは不安で、逆にストレスに感じてしまう性格になってしまった。やはり頭の中からは怪人とクラッシャーのことへの関心が消えてくれない。
という訳で休日の昼ごろである今現在俺は自室で筋トレをしている。
暇な時間があるならとりあえず自分を鍛えよう……なんて短絡的な考えだって自覚はあるけど。
でも無駄にはならないと思うし何かをしていないと落ち着かないなら、自分を鍛えることができて時間も潰せる筋トレが一番だ。
「二十一……にじゅっ、う……にっ……」
今やっているのは背中にアイリールを乗せた状態での腕立て伏せ。
普段から筋トレをしていたわけじゃないなら過度なメニューは控えてまずは体を慣らしていくことが重要、とレンに言われたので基礎からやることにした。
そういえば蓮斗って昔から体を鍛えてる設定とかあったな……などと考えつつ、無理のない範囲で毎日できるメニューを考えた結果腹筋と腕立て伏せ、公園の鉄棒を使った懸垂、ダンベルや走り込みなどに決まった。
──のだが、どうやら俺は自分が思っている以上に運動ができないらしい。
「に……じゅっ、さ……!」
「両腕すっごいプルプルしてるけど……大丈夫?」
「だいっ、じょ……ぁっ」
限界が訪れて床に倒れてしまった。その瞬間背中に乗っていたアイリールの体重が全て俺の身体に襲い掛かってくる。
「ぐぇっ」
「……合計で二十二回。昨日よりは増えたね」
「ううぅ、もぅまぢ無理、休憩しょ……」
背中から退いた彼女からスポーツドリンクの入った水筒を受け取りグイッと喉に流し込む。
するとアイリールがタオルで俺の首や腕などを拭きながら声を掛けてきた。
「もっとゆっくりやろ。頑張るのはいいけど、夜は運動得意じゃないし体力も無いんだから」
「……そっすね」
キミ結構ストレートに言うよねアイリールちゃんね。改めて自分の弱い部分を正面から言われるとちょっと落ち込むぜ?
「あとは腹筋だけだけど……もう少し休むわ」
「んっ」
そう言いながらベッドに腰掛けると、アイリールが濡れたタオルを首に巻いてくれた。ひんやりしていて気持ちいい。
「ふおぉ~、冷える」
「……ふふっ」
冷たさに身震いをすると隣にいる銀髪の少女が笑った。釣られて俺も少しだけ小さく微笑む。
こうして自分の部屋で過ごすのも久しぶりだ。最近はいろいろあって海夜家に泊まることが多かったけど、帰ってみるとやっぱり自分の家の方が落ち着く。
以前までは自分だけのスペースだったもののアイリールと共有になっても彼女となら不思議と緊張はしないし、今まで通りに過ごすことができる。
……例えばこれがレンや小春になった場合は話が変わってくる。
もちろん彼女たちとは気の知れた──というか既に一線を越えてしまった仲なのだが、長時間同じ部屋に居ても気にならないといえば嘘になってしまう。
たとえ告白し合った人であっても自分だけのスペースで延々と一緒に居るのは些か厳しい。俺と彼女たちは出会ってまだ半年も経っていない関係で、当然ながら長年連れ添った夫婦でもない。一緒に居るとまだどこか緊張してしまう自分がいるのも事実だ。
そういったことを踏まえると逆に何で『アイリールとなら緊張しない』のかが解らなくなってくる。
「……? どうしたの夜」
「あ、いや、何でもない」
思い返してみれば不思議な関係だ。
デスゲームに巻き込まれた俺の憑依先が彼女で何故だか俺が心を完全に乗っ取るような事はなく、ゲームをクリアするその瞬間まで二人の人間として共存できた。
そして現実に戻っても二人で一人の人間になって彼女が実体化できるようになった今もこうしてお互いに四六時中隣にいる。
……記憶を共有し合った仲だから、だろうか。
極論を言えば俺たち二人の間に隠し事や秘密は存在しない。彼女は俺の今までの人生を全て知っているし、俺も彼女の悲惨な過去を知っている。
温かい家族に囲まれて幸せだった幼少期も、悪の組織の
何もかもを知っている。故にアイリールが『一人は嫌だ』という感情を心の内に秘めていることも解っているからこそ俺が彼女の傍から離れることも絶対に無い。
「そろそろ昼だし、腹減ったかなぁって」
「じゃあ私がお昼作るよ」
いざ言葉で表すとなると俺たちの関係は──
関係……
……どんな関係だ?
「な、なぁ、アイリール」
「ん?」
「俺たちって──あぁ、いや、何でも無い。昼は何作る?」
余りものでパスタでも作ろうか、なんて言いながら部屋を後にするアイリールを追いかけつつ心の中で少し反省した。
相手に直接「俺たちの関係ってなに?」なんて質問するやつがあるか。バカすぎる。
俺たちは……相棒だ。
うん、相棒。なんかそれが一番しっくり来る。互いを知り尽くした仲で恋人というわけでもなく、でも常日頃から一緒にいるなら相棒なんだろう。多分そうだ。
★ ★ ★ ★ ★
昼食を終えて小休憩を挟んだ後自室での筋トレを再開して少し経って。
アイリールに膝を押さえてもらいながら腹筋をしていると、俺の部屋に来訪者が現れた。
肩より下の程々な長さに切り揃えた綺麗な黒髪、厚着をしていても解る大きな乳房、何といっても日本人離れした群青色の瞳──部屋に来たのは小春だ。
「リアちゃーん……あっ、筋トレ中でした?」
「んんっ……! どうした……っ」
腹筋しながら声だけで返事をしてみたが辛い体勢で声出すのはキツイ。
「朝陽くん知らない? 今日一緒に映画を観る約束してたんだけど……」
「さっき……っ、家出ていったぞ。約束があるから迎えにっ、行ってくる……とか」
「あちゃ、すれ違っちゃったか。リアちゃんありがと。……あっ、そういえば明日はウチに泊まりに来るんだっけ? 鍋の用意して待ってるからね!」
事態を察した小春は早口で言うだけ言って踵を返し、そそくさと部屋の前から姿を消した。どうやら連絡の擦れ違いがあったらしい。
嵐のように過ぎ去った小春の事は置いといて腹筋を再開すると膝を押さえているアイリールがボソリと呟いた。
「……ねぇ、夜」
「十五っ……どうっ、した?」
腹の筋肉がプルプルと震える感覚を感じながら返事をすると、アイリールが若干眉を顰めながら言葉を続けた。
「明日は……小春に流されないでね?」
「うぐっ」
急に耳が痛い事を告げられてしまい思わず唸ってしまった。
「ハァ……いや、まぁ夜がする分には構わないよ。でも、小春に促されて私に変身するの、止めろとは言わないけどもう少し控えて欲しい」
「……ご、ごめんなさい」
腹筋を止めて正座し姿勢正しく彼女に頭を下げた。ジャパニーズ土下座が直ぐにできる日本人こと美咲夜です、よろしくお願いします。
「変身状態は私にも感覚とか疲労とかが共有されるの。……一昨日だって小春に激しくされたし、実はまだ少し腰痛い」
「面目ない……ずみ゛ま゛ぜん゛……」
お小言モードに入った彼女に対して俺は謝ることしか許されていないのでとにかく謝る。本当にごめんなちゃい……! ユルシテ…ユルシテ…。
今回の事態を纏めると、以下のようになる。
まず俺は少し前にレンから淫紋の半分を受け取った。その影響で妙に性欲が増幅されてしまい、最近はいわゆる猿になっていた。
しかし自重せずにそういうことを沢山していたおかげか俺の淫紋は直ぐに消滅。
その後は気持ちも落ち着いてきてレンに対して盛ることもなくなった。これに関しては乱れていた生活を元に戻す事ができたので、大変良い傾向だということは間違いない。流石にアレは節操がなさすぎたしデスゲーム時代の蓮斗より酷かった自覚もある。今後は気を付けていこうと心に決めた。
だが、問題はここからである。
俺がアレを控えるようになった分、何故かレンの方が
更に大変なのがそのレンを見て我慢できなくなった小春も俺を寝室に引きずり込むようになってしまったことだ。
しかも男の俺だけでは飽き足らず興奮しすぎると俺に『リアへの変身』をねだるようになり、勢いに圧されてリアに変身すると小春はタガが外れて『アレ』が生えて朝まで乱暴に腰を振るようになる。いわゆるベッドヤクザである。こわい。
「泊まる度に小春に朝まで『ふんふん!!』て突かれてたら私の身が持たないし、断る勇気も必要」
「あ、明日はちゃんと断る! 約束する!」
マジで心の底からの謝罪だが、彼女からすれば平謝りもいいとこなのだろう。こういった部分に関してはアイリールからの信用が全然無い気がするぜ。
「……小春もそうだけど、レンにも控えるように言った方がいい。夜、この前学校でフラフラしてたし」
「……そう、だな。あの二人には暫く我慢させよう」
レンもとっくに淫紋消えてるし小春もライトニングは使ってないからデメリットも発動するわけないし、本当なら二人とも我慢できるはずなんだよな。
そこら辺の意識を緩くしてしまったのは明らかに発情して盛ってた俺の責任だ。はいっ、なんとか~しナイト!
「……はぁぁぁ、疲れた」
説教タイムが終わった後に筋トレを再開したものの、腹筋を終えた頃には疲れきって床に寝そべってしまっていた。
……淫紋があった時は体力めちゃくちゃあったんだけどなぁ。まぁ所詮は一時的なものだったということなんだろう。
「なんか眠い」
今日は午前中からトレーニング漬けだったせいかまだ昼過ぎだってのにウトウトしてきた。相当疲労が溜まってしまったらしい。
「今日はもう終わりにする?」
「うーん……まだ懸垂してないけど、いいや。おわり……」
軽く伸びをしてだらしなく床に寝そべった。窓からは暖かい日差しが差し込んできていて、ぽかぽか陽気に当てられたせいかどうにもやる気が削がれる。
残りの時間は何して過ごそうかな──なんて考えていると、アイリールが俺の頭を自分の太ももの上に乗せた。
「アイリール?」
「んっ、膝枕。ぽかぽかしてて私も眠いし、一緒にお昼寝しよ」
背中をベッドに預けたアイリールは俺の頭を軽く撫でて、くぁと欠伸をして目を細めた。
かく言う俺も眠気の虜にされてしまっており俺たち二人は既に船を漕ぎ始めている。あと数分もすれば夢の中だろう。
ここまで近い距離感でいても不思議と緊張はしない。自分一人でいるよりも暖かく感じるが一人で過ごす時間のように安心できるのは何故だろうか。
薄く目を開けると、そこには既に瞼を閉じてスゥスゥと寝息を立てている銀髪の少女の顔がある。
その姿が微笑ましく思えた俺は彼女の頭を一度だけ撫でた。
「んぅ……」
「……おやすみ」
小さく呟き、自分も瞼を落とした。
昼食後の平和な午後。
暖かい陽気に当てられながらゆったりと一緒に昼寝をする。
今日は相棒とそんなひと時を過ごす、特になんでもない休日だ。
夜 → アイリール
・親友はおろか友達でもなければ恋人でもない
・もう一人の自分と言えるほど似通ってもいない
・しかし仲間と呼ぶほど距離が遠い相手でもない
・誰よりも心を許していて、それでいて安心できる相手なのでとりあえず『相棒』という言葉に頼っている
アイリール → 夜
・記憶を共有した唯一の理解者
・決してもう一人の自分などではない
・親近感なのか恋愛感情なのか、もしくは仲間意識か。夜に対しての自分の感情が解らない
・たとえ夜がレンや小春と一緒に過ごすのだとしても彼の傍を離れたくはないため、そういった時はウォッチの中で見守ると決めている(その意地のせいで小春のアレに巻き込まれている)