お前のハーレムをぶっ壊す   作:バリ茶

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いつものコスプレ部13枚目

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償え! つぐなえー!!

 

 暗雲に覆われ空色が怪しい、そんなある朝。

 

 普段の陽が出ている日よりも些か冷える室温に辟易しながら朝食を食べ終え、ブレザーの上に学園生用のコートを羽織ってからリビングを後にした。

 

 

「……まだ寝てんのか」

 

 着いたのは二階にある俺の部屋だ。

 昨晩はウチに泊まりに来た小春と一緒に寝たのだが、寝相が悪すぎて俺たちをベッドから弾き出した彼女は未だに寝息を立てて毛布に包まっている。

 

 昨日はアイリールとくっ付きながらソファで寝たぞ……寒かったぞ……。

 

「私小春のこと起こしてくるね」

 

「お、さんきゅ」

 

 我が物顔で俺のベッドに君臨する彼女を叩き起こすため、小春起こし隊のアイリール隊員がベッドへ赴いた。任せたぞ新人!

 

「……小春、小春。学校行く時間だよ」

 

「すぅ、すぅ……んん、むにゃ……」

 

「こはるー」

 

 何度肩を揺さぶられてもムニャムニャ言うだけで一向に起きる気配が無い小春。

 その様子を見かねたアイリールは困り顔で俺の方を向いた。かわいい。

 

「どうしよう……」

 

「先に行っちゃうか? 起きそうにないし」

 

「そうだね」

 

 このまま起こすのに時間を使っていたら遅刻してしまう、なんてことを危惧して踵を返そうとした、その瞬間。

 

「あ~、リアちゃんだぁ~♡」

 

 突如ベッドの中から手が──!

 

「わぷっ」

 

「新人が食われた……!」

 

 焦ってベッドに駆けつけてみれば、小春がだらしない顔をしながらアイリールに頬ずりしている様子が確認できた。

 

 両手で抱きしめながら身動きを封じて……って、ちょっと待て。よく見たらアイリールに腰擦りつけてやがるぞコイツ……。

 

「どうしたの~、こんな朝早くから女の子に変身しちゃって~♡ 私には我慢してって言ったのに……もしかしてリアちゃんの方が我慢できなくなっちゃったぁ~? もうかわいいんだから~っ♡」

 

「ちが……うぐぅ」

 

 何でこんな朝早くから盛れるんだろうこの子(素朴な疑問)

 てか俺とアイリールを間違えてんのか……いやまぁ、変身したら見た目は一緒だけどさ。

 

「えへへっ、さてさて欲しがりさんのリアちゃんはどうされたいのかな~? お尻を掴まれて後ろからパンパンされるの好きだよね♡ それとも私の上に跨って自分で動く方がいいのかな? いつも最初はイヤそうにするけど最後はトロトロな顔になって自分からおねだりするもんね~♡」

 

 …………………………。

 

「それともやっぱり男の子に戻るぅ? どっちの姿でもリアちゃんは私にメロメロに甘えてくるもんねっ♡ この前だって私のおっぱいに挟まれながら幸せそうな顔して──」

 

「~~っ゛ッ゛! デコピンッ!!」

 

「ぷぎゃァっ!?」

 

 小春に全力のデコピンを喰らわせて直ぐにアイリールを引き剥がした。取り返したアイリール隊員はプルプル震えている。怖かったな、もう大丈夫だぞ。

 

 …………あ゛あ゛ぁぁ゛ぁ゛ァ゛!! こいつはっ! こいつはぁァァ!! この野郎お前っ、ここに他の人がいたらマジで本気で引っぱたいてたぞテメェ!? 

 

「いったた、朝からひどいよぉ………って、あれ?」

 

 おう目の前をよく見やがれってんだ! バッチリミロー!

 

「り、リアちゃんが二人……? ──あ゛だっ!」

 

 寝惚けた脳でようやく状況を理解した小春は慌てふためいてベッドから転げ落ちた。痛そう(小並感)

 

「さっ、さっきのもしかしてアイリちゃんの方だったの!? ごめんなさいそうとは知らずに私ってば……!」

 

 いや相手が俺でもやめて欲しいんですけどね!? 俺相手なら朝からヤッても大丈夫みたいな認識をまず改めて!!

 

「お前なぁ……!」

 

「ひぃっ! ごめんなしゃい! 大人しく寝てましゅ!」

 

「いや寝るなって! 遅刻するって言ってんだろ!」

 

 もう一度ベッドに入ろうとした小春の首根っこを掴んで部屋の外へつまみ出した。

 

「いやー! リアちゃんのベッドー! もう少しあそこに居たいー!」

 

「あぁ、もう……今日は全学年授業午前中までだろ? 帰ったらいくらでもあのベッドで昼寝していいから、とりあえず着替えてこの家出てくれ。ほら行くぞ」

 

「寒いよぉ~! 死んじゃう~!」

 

 

 食い下がろうとする小春をリビングまで引きずり、彼女を置いて俺とアイリールは先に家を出た。これ以上この子に構ってたら遅刻してしまうので早々に出発だ。

 

「──おーい、夜!」

 

「んっ?」

 

 玄関を出て直ぐ、家にいた父親が慌てて追いかけてきた。その手にはビニール傘が握られている。

 

「はい、これ。今日は雨降るらしいし、早めに帰ってきた方がいいぞ」

 

「ありがとう父さん。多分14時までには帰るよ」

 

「はいよ、気をつけて行ってらっしゃい」

 

 なんか空が暗いと思ったら今日雨降るのね。天気予報見てなかったから助かったぜ。

 

「いってきまーす」

 

 傘を渡してくれた父親に手を振りつつ、アイリールと並んで歩きながら家を後にした。

 

 

「……いいな」

 

 

「んっ、今何か言ったか?」

 

「なんでもないよ」

 

 アイリールが何か呟いたような気がしたのだが車が通ったせいで何も聞き取れなかった。まぁ詮索は良くないだろうし、これ以上は聞かないでおこう。

 とりあえず遅刻しないよう急がないと!

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 高校が午前授業だった為昼過ぎに校舎を出てから数十分後、俺とアイリールの二人は以前ゲームフィールド事件が起きたあのショッピングモールの中にいた。

 モールは内装や雰囲気もすっかり元通りになっていて客足も多く、あの黒い人間だらけのバイオハザードが起きた痕跡はもうどこにも残っていない。

 

 あんなに大変な事件が起きた割には立ち直りが早すぎるような気がしなくもないが、そこは常日頃から発生している怪人事件に慣れている仮想世界と融合した影響なのかもしれない。何にせよいつも通りならそれに越したことはない。

 

 ともあれ、今日はそんな平和になったショッピングモールへ遊びに来たわけだ。いつもは友人や仲間ばかりと一緒にいるのでたまには相棒と二人きりで。

 

「私このチョコがいい」

 

「んー……ちょっとお高い気がするんですけど」

 

 一緒におやつを選んだり。

 

「夜ってクレーンゲーム下手だね」

 

「いや一回で取れるお前の方がおかしいぞ?」

 

 ゲームセンターを回ったり。

 

「それ美味しそう。私もちょっと食べたい」

 

「切り分けるからちょっとま……何してんだ」

 

「あーん」

 

「……」

 

「あーん……!」

 

「ちょ、近い! 顔近いって! 分かったから!」

 

 レストランで昼食を食べたりする頃には既に14時を過ぎていて、モールの外は今朝父親から聞いた通り雨が降り始めていた。

 

 

 エントランスから見える自動ドアの向こうからは勢いの強い雨音が聞こえてくる。俺たち二人がベンチで談笑をしている間に雷までもが発生してしまっていて、比較的騒がしいモール内からでも外の悪天候の音は耳に届いてた。

 

「外、土砂降りだね」

 

「もう少し早く帰るべきだった……」

 

「雨止むまで待つ?」

 

「……あー、いや、帰ろう。傘あるし」

 

 父親から預かったこの傘をもってしてもあの雨風は強烈なものだが、やっぱり帰りたいしこのショッピングモールとはもうおさらばだ。

 

 アイリールの分の傘を買おうとしたら「一緒の傘に入りたい」と言われてしまったので相合傘は確定事項。多少は濡れてしまうが仕方ないのでそのまま帰ろう。

 

「じゃ、そろそろ行くか」

 

「……あ、えっと」

 

「んっ?」

 

 ベンチから立ち上がって隣を見ると、アイリールが座ったままなにやらモジモジと身じろぎしていた。

 これは……あぁ、トイレか。

 

「いいよ、待ってるから行ってきな」

 

「ほ、本当にここで待っててね、どこにも行かないでね」

 

「わかったわかった、待ってるから早く済ませてきてくれ」

 

「……うん」

 

 俺に後押しされてアイリールはベンチを立ち、近場のトイレへと向かった。何回か不安げな表情で此方を振り返ってくるのでその度に手を振ってやると、漸く彼女はトイレの中へと入っていった。心配性なやつだ。

 

 まぁアイリールの気持ちは分からないでもないのだが、過去の経験上極端に「一人でいること」に怯えるあの状態はいつか治さなければいけないかもしれない。

 

 確かに家族を全て失った彼女にとっては俺が一番()()存在だけど……流石に俺が同伴できない場所も多いし、多少は一人に慣れてもらわないと不安だ。

 

「どうしたもんかね……」

 

 軽く頭を抱えるが答えは出てこない。

 一人が嫌すぎて俺が風呂に入ってる時も平気で突入してくるし毎日の添い寝は当たり前、今も一人でトイレに行くだけであの反応だ。

 

 彼女は別に一人になったところで激しく取り乱したり泣き喚いたりもしない。至って普通の状態を保つことだって造作もない。

 

 造作もない……のだが、後で合流すると涙目になって俺に引っ付いてくる。全身を震わせながら、そりゃもうスマホのバイブレーションみたいにブルブル震えて俺から離れなくなる。

 

「俺がウォッチの中に入れれば話は早いんだけどなぁ」

 

 学校では普段から俺のウォッチの中に入って過ごしているし、俺もそれができればあいつも(他人から見れば)ひとりで行動できるようになるんだけどな……。

 

「いや解決になってないか」

 

 苦笑いしながらそんな自問自答を繰り返していると──ふと、視線が前方に吸い込まれた。

 とても派手な色が見えた気がしたので改めて前を見てみると。

 

 

「従者ー、我が従者ー……どこだぁ……」

 

 

 髪が紫色のアイリールが涙目で歩いていた。

 

 

 

 ……えっ、誰。

 

「くそぅっ、生意気な職員め……! この我を風船なんぞで誘惑するとは……!」

 

 めっちゃ悔しそうな顔してるし。絶対別人だわアレ。

 

 でもあの背丈の子が一人でうろついてるって普通に迷子なのでは。

 

 ……声、掛けてやった方がいいかな? 髪の色は普通じゃないけど……まぁ今は仮想世界と融合してるわけだし、よく考えればフィリスとか陽菜も髪の毛水色だったり赤だったりするからこの世界じゃあの程度は普通なのかも。

 

 うん、迷子だろうし声かけよう。外見がリアに似てるのもきっと他人の空似だ。

 

「おーい、そこの君」

 

「……むっ?」

 

 少女に近づいて声を掛けると彼女が此方へ振り返った。

 そうして改めて顔を見て分かったことは、他人の空似なんてレベルじゃない程に少女がリアとそっくりだという事だ。

 

 基本的に無表情なアイリールと違って少女は若干つり目だが、驚くほどに顔のパーツが……それどころか背丈や小さい体型までもが一緒すぎて、あまりにも失礼だが少しビビってしまった。

 

 ……いかんいかん、ここは優しいお兄さんとして振る舞わなければ。

 

「えーと、お母さんかお父さんとはぐれちゃったのかな?」

 

「……お前は」

 

「えっ?」

 

 屈んで目線を合わせてから喋ると少女が小さく呟いた。

 お前、って俺の名前を聞いてきたのか。

 

「あぁ、ごめんね。ぼくは夜っていうんだ。君は?」

 

 怖がられて泣かれないようになるべく笑顔で接しなければ。ニッコニコ。

 

「……そう、か」

 

 あれ、なんか俯いちゃったぞ。

 もしかして迷子の子に笑顔で接するのは間違いなのか? それとも俺の顔が怖いだけとか……それだと落ち込むな。

 

 なんにせよ、とりあえず迷子センターに連れていった方がいいか。

 

「歩ける? ぼくと一緒にお店の人に言って、お母さんを探してもらおう」

 

「いや、それには及ばない」

 

「えっ」

 

 少女に向かってを手を差し出すとその手をパシンと弾かれてしまった。気難しい子なのかな……。

 

「お前、我に名前を聞いたな」

 

「……あ、うん。教えてくれるかい?」

 

「いいだろう、教えてやる──」

 

 

 目の前にいる紫髪の少女がそう告げた瞬間、まるで地震のように足元が大きく揺れた。

 

「おわっ!」

 

 思わずバランスを崩して尻餅をついてしまった俺とは対照的に、床が激しく揺れているにも拘らず紫髪の少女は仁王立ちのまま微動だにもしていない。

 

 そして少女の顔を窺って分かったことは、眉間に皺を寄せた怒りの表情で俺を睨みつけているという事実だった。

 

 突然の地震と少女の不可解な行動に気が動転している間にも彼女は言葉を続ける。

 

 

「──我の名はワールドクラッシャーだ!」

 

 

 少女が高らかにそう叫んだ次の瞬間──俺の視界を眩い光が支配した。

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 はい、気がついたら全然知らない公園にいつの間にか立ってました。めっちゃ大雨に打たれててクソ寒いです。

 

 公園は雑草が生い茂っていて遊具はブランコが二つあるのみ。しかもブランコは片方が壊れていて、そこからこの公園が全く整備されていないという事実を察した。

 

 そして目の前には紫髪の少女──ではなく、全身が黒色に染まった人型の『何か』。ゲームフィールド事件のあの黒い人間たちとは違い、まるでバグが発生しているかのように目の前の存在は体が不安定に見える。

 

 誰も来ないような公園、人が出歩くはずもない大雨、変な怪物と二人きりの状況。何も起きないはずがなく──。

 

「感心したぞ美咲夜。わざわざ殺されに来るとはな」

 

「……いや、あのっ、ほんと偶然っていうかなんというか……!」

 

 さっきの少女とは違ってエコーが掛かったような機械音声染みた声音で語りかけられ、狼狽しながらビビって一歩後ずさった。

 

 

 先程眩しい光を浴びた俺と少女はショッピングモールからこの見知らぬ公園に瞬間移動し、今こうして大雨の中で正面から対峙している。少女はバグったゲームキャラのような姿に変わり、殺気を放って俺への威圧を止めない。こわい。

 

 こうして危機的状況に追い込まれたことで漸く俺の脳は本気を出し、先程重大な事実を思い出した。

 そういえば真岡からワールドクラッシャーの話は聞いていたけど、すっかりクラッシャーの容姿の事を忘れてたぜ。そのせいで不用意に近づいてタイマンに持ち込まれちゃったぜ。ヤバいぜ。死ぬぜ。 

 

「て、ていうか何であのモールに……!?」

 

「我が従者に美味いクレープを捧げさせるつもりだったのだ、お前には関係ない」

 

「クレープって……」

 

 そう言えば餌付けしてるみたいな話もあったけど、確かクラッシャーは21時~22時の間しか現れないってのも聞いた。

 もし上手く誘導できれば睡眠時間を削らせてこの世界で連れ回せるようになるとかなんとか。

 

 要するに深夜の一時間だけでは満足できなくなったクラッシャーを長時間こっちの世界にいさせて時間を稼ぐって作戦だったはず。

 

 でもまさか二週間もしない内にその作戦が成功してたとは思わないじゃん? しかもバッタリ遭遇するとかエンカウント率高すぎじゃん?

 クラッシャーを丸め込む途中で一番出会っちゃいけない俺がコイツに声かけたの失策すぎるッピ!

 

「お前を助ける人間は一人もいないぞ。ここには誰も来ないし応援なんか期待するだけ無駄だ。海夜小春も呉原永治も──アイリール・ダグストリアすらも此処にはいないのだからな」

 

「……くぅ」

 

 確かにクラッシャーの言う通り、今の俺は正真正銘たった一人だ。いつも一緒にいるアイリールはモールの中だし、俺のこの状況を知っている人間は一人もいない。詰んでない?

 

 今持ってるのはアイリールにねだられて買ったお高いチョコの入った学校指定の鞄と父親から受け取った傘だけだ。一応スマホと護身用のレーザー銃もあるけど……アイツがそれを見逃すとは思えねぇな。鞄から取り出す瞬間に殺されそうだ。

 

「ぐぬぬ……!」

 

「どうせその鞄の中に武器があるんだろう? 取り出せばいい。小細工なしで正面から戦ってやる」

 

「えっ……な、なんで」

 

「その方がお前に『負けた』という事実を刻み付けることができるからな。我を殴ったことを死ぬほど後悔しながら壊してやる」

 

 そう告げたクラッシャーは見る限り手ぶらで武器は何一つ持っていない。俺と奴の間には多少距離があるし、その気になればレーザー銃だけでもそこそこ戦えるかもしれない。時間を稼いでスマホで仲間を呼べればそれが一番いい。

 

「じゃあ……」

 

 お言葉に甘えて鞄から拳銃サイズのレーザー銃を取り出した。

 

 するとクラッシャーが身構えた。見る限り隙なんてどこにもなくて、どこを撃っても全部避けられそうな雰囲気すら感じる。オーラの時点でもう俺が負けてる。死んじゃうよぉ!

 

「どうした、さっさと撃ってくるがいい。あの時みたいに無遠慮に攻撃してこい」

 

「……くっ」

 

 俺が撃つことを躊躇していると、クラッシャーがゆっくりと此方に向かって歩き出した。強者にのみ許されるそのゆったりとした歩みからは凄まじいオーラを感じる。大雨も相まってめっちゃラスボスっぽい。

 

「早く撃てよ。我は敵なのだから排除すればいい。今までもそうしてきただろうに」

 

「それは……」

 

「少しは同情してやるぞ。我と戦ったのは()()()()()()()()なのだろう? まぁそこは自分の運命だったと思って諦めてもらう他ないが」

 

 攻撃を急かしながら接近してくるクラッシャーの表情は読めない。人の形こそしてはいるが全身真っ黒で彼(彼女?)の気持ちを読み取ることが出来ない。

 

 怒ってるのか? いや、怒ってるんだろうな。人って怒りが限界まで達すると逆に冷静になるらしいし、クラッシャーの声音が静かなのもクッソ怒ってることの裏返しだ。

 

 

 ……じゃあ、俺ってどうすればいいんだ。思考をフル回転させて状況を整理するのはデスゲーム時代にもよくやってたし、今がその時だ。何をしたらいいのか考えナイト。

 

 まずは俺がクラッシャーに対してやった事から。

 

 殴った……んだよな。黒野理愛に取り込まれたクラッシャーを、ハイパームテキモードのリアになった俺が思いきりぶん殴って彼女と分離させた。

 

 それ自体は攻略の為の攻撃と暴走したクロノを黙らせる為の行動だった。俺から見てクラッシャーに対しては特別何の感情も抱いてはいなかった。ただクロノと融合していたから殴って分離させた、それだけだ。

 

 

 ならクラッシャーから見ればどうだ?

 

 黒野理愛は自分を洗脳してきた悪いやつで、美咲夜は自分のことを一ミリも考慮せずにめちゃくちゃ痛い事をして、しかも自分のことを忘れたかのように平和を享受してのうのうと生きている……って、おいこれ俺と黒野めちゃくちゃ悪党じゃねぇか!

 

 さっきクラッシャーの言った通り俺視点で考えれば仕方のないことかもしれないが、そんなのクラッシャーからしたら知った事じゃない。

 

 美咲夜は言わば交通事故を起こしたがそのまま消え去った轢き逃げ犯だ。事故の認識なし謝罪なしのツーアウト。ここに「あれは仕方ない事だったんだよ! ユルシテ…ユルシテ…」なんて言い訳が追加されたらスリーアウト即刻この世退場になってしまう。

 

 抵抗は逆効果。

 

 事態の言い訳も逆効果。

 

 謝罪はしてない。

 

 まともにやり合ったら勝ち目もない。

 

 

 

 ──いや謝るしかなくね? 

 

 

 

「っ!」

 

 すぐさま鞄と傘を手放してレーザー銃を後ろに放り投げた。抵抗の意志がないことの証明だ。

 

「き、急に何を……」

 

 そんでもって膝を折って地面に四つん這い。お尻を踵の上に乗せて正座になってから両手を揃えて地面に置く。

 それから腰を前に倒して額を床に叩きつける! よし完成! 所要時間わずか二秒ッ! 

 

 これが追い詰められた日本人の最後の必殺技──ジャパニーズ土下座だッ!!

 

 

「ごめんなさい!!」

 

 

 雷雨の音に負けないくらいの大声で高らかに叫んだ。もう全身びしょびしょという状態も相まって凄く無様に見えていることだろう。

 

「……は?」

 

「本当にごめんなさい!」

 

 困惑するクラッシャーに尚も強く謝罪の言葉を叫び散らす。既に恥も外聞もねぇ、全力で謝り倒してやる。

 

 

 俺がしなければならないのは『謝罪』、たった一つそれだけである。

 

 だがそこに言い訳やこの事態に陥った理由などが混在していてはダメだ。

 抵抗はおろか命乞いなんて以ての外。ただただ真摯に、心の底から申し訳ない気持ち()()を言葉にする。

 

 だから「許してほしい」といった方向の言葉も口にしてはいけない。自分が許されたいとか助かりたいとかじゃなくて、とにかくクラッシャーに申し訳ない気持ちでいっぱいだということを分かってもらわなければどうにもならない。

 

 『仕方のない事』ではない。俺がクラッシャーを殴り飛ばしてそのまま放置したのは紛れもない事実だからだ。なんだこのクズ!? 謝れー!

 

「み、見苦しいぞ! 命乞いか!」

 

「いや違う!」

 

 バッと顔を上げて真っ直ぐクラッシャーの顔を見つめる。相変わらず真っ黒で表情は読めないがとにかく人間なら顔に該当するその箇所を真剣に見つめた。

 

「許さなくていい! 一生許さなくていい! 俺の命は破壊されて当然のものだ……! で、でも、ただ謝らせて欲しいんだ!」

 

 本当は許して欲しいし死にたくないけどね! 言葉にしたらマジで速攻で殺されちゃうからね! 

 

「俺が君にやった事は仕方のないことじゃない! 状況とか何も関係ない! 俺が君に酷い事をしたのは事実で! 君を忘れたように生きていたのも事実だから!」

 

 謝りたい気持ちは本当にある。ただ死にたくないという一点に関しては嘘をつかせてもらうしかない。俺も人間だし死にたくないと心の中で思うくらいは多少はね?

 

「だから本当にごめんなさい! 君の気が晴れるなら是非俺の事を殺してくれ!」

 

 めっちゃ嘘ついてる! 死にたくない! 死にたくなぁぁぁぁい!!

 

「うぐぐぅ……! ごめんなさいぃぃ……!」

 

 流石に泣き真似までするとわざとらし過ぎて疑われてしまうので、あとはただ謝り続けるしかない。クラッシャーの方から何かアクションがあるまでこのままだ。

 

 額を地面に擦りつけながら、冷たくて痛い大雨に打たれながら必死に謝罪する。

 

 

 一分。

 

 

 ──五分。

 

 

 …………十分くらいは経ったけど、何も言われない。その間も俺はドゲザを続けているのでクラッシャーの様子を窺う事もできない。

 

 顔を上げたい気持ちを死ぬ気で押し殺してそのまま土下座の体勢を維持していると、十五分が経過する頃にようやく満を持してクラッシャーから声が掛かった。

 

「……顔を上げろ」

 

 機械音声染みた声音──ではなく、普通の人間の様な聞き覚えのある声で告げられ、俺はゆっくりと顔を上げた。

 

 そうして見えてきたのはショッピングモールで出会ったあの紫髪の少女の姿だった。雨に打たれて濡れた前髪の隙間から見えるその顔は──憤怒の表情。

 

「この顔なら解るだろう。我は…………私は! 怒ってるんだっ!」

 

「うわっ!?」

 

 彼女の表情を見て肩をビクつかせた瞬間、目の前にいるクラッシャーが此方へ手を伸ばしてきた。

 思い切り力を込めた両手で俺を突き飛ばし、雑草だらけの公園の地面に押し倒した俺の上に彼女は馬乗りになる。

 

「……あっ」

 

 下から見上げたことで、ようやく彼女の顔の全てを見ることができた。

 

 眉間に皺が寄って瞼が少し赤くなっていて──雨粒に紛れて分かりづらかったが、クラッシャーは泣いていた。

 

 やべぇミスったかも、まさか土下座をしたら泣かれるなんて思わなかった……!

 

「く、くらっし」

 

「黙れ! 喋るな!」

 

「ぶべッ!?」

 

 い゛っでぇぇぇ゛! くっっっそ強いビンタされた! 明らかに少女の力じゃないゴリラパワーでビンタされた! 顎外れたかと思った!

 

「このっ! このぉっ!」

 

「ヒブっ! アバッ! ふ、ふげ……! ちょ、ま……ぐげェ!」

 

 やばい殺される、このままビンタで殴り殺される。殺していいって言ったから本当に殺されちゃう。

 

「お前が私を殴ったんだ! お前が!」

 

 ……ぐぅ、ごめんよ朝陽、いろいろ頑張ったけど兄ちゃんはここまでみたいだ。父さん母さん、レンや小春と仲良くな……。

 

「お前がっ! お前がぁ!」

 

 殴られ過ぎて鼻血出てきたゾ~これ。クラッシャーの手のひらに少し付着してるから分かったけど、雨で荒い流されるから大丈夫だな!(思考停止)

 

 

 

「お前が、ぉっ、おまえ、が……!」

 

 

 

 このまま殴り殺されるかと思いきや、十数発ビンタをし終えた辺りでクラッシャーの手は止まった。まだかろうじて俺も意識はある。

 

 急に手を止めたことに疑問を抱きながらクラッシャーの顔を見た。

 絶え間なく振り続ける雨の隙間から見えたそこにあったのは、今にも壊れそうな少女の泣き顔だった。

 

「お前っ、が、憎い……! 何もかもっ、勝ち取って! 仲間に、囲まれてぇ……!」

 

 先程まで俺の頬を殴っていた彼女の手は俺の胸に落とされ、ぎゅうと強くシャツを掴んで離さない。

 

「しょうがないって言えよ! 俺のせいじゃないって! 自分は悪くないんだから許してって言えよ!」

 

「い、言わない。君を殴ったのは他でもない俺だ」

 

「死にたくないって! いのっ、命乞いしろよぉ……!」

 

「……死にたくはないけど、君になら殺されてもいい。いや、そうして欲しい。そうされるだけの罪が俺にはあって、そうしていい理由が君にはあるんだ」

 

 雷鳴が轟き、地を打つような激しい雨の中で静かに呟く。感情に突き動かされている少女に対して、それは間違いじゃないと囁いた。

 

 

 まぁぶっちゃけ死にたくはない。出来れば生き残りたいし、そりゃもう命なんて惜しいに決まってる。

 

 だけど自分の罪を自覚してしまった以上、目の前のこの人を傷つけた罪悪感を抱えたまま幸せに生きていけるとも思えない。

 

 何一つ悪い事をしていない、傷つけられる謂れなど存在しないこの人の心と体を傷つけておいて、自分だけのうのうと人生を歩むことは不可能だ。

 

 君になら殺されてもいいという言葉はあながち間違いではないのかもしれない。

 

「お前が……もっと人間らしく振る舞えばっ、私だってお前のことくらい……!」

 

 俺が自分を顧みず命乞いをすることもなく「殺してくれ」と告げてるからこそ、この少女は戸惑っているのだろう。

 

 クラッシャーは少し優しすぎるのかもしれない。俺がもっと汚い人間らしく振る舞えばきっと殺す決心がついて自分を奮い立たせられるのかもしれないが、罪を認めて死を望む人間を前にすると彼女は手が止まる。

 

 何も考えず殺せるほど強くはない。だから『悪い奴だから、自分が可愛い人間だから殺してもいい』という考えにさせてほしい。そうなればきっと殺せるから。相手(クラッシャー)の事よりも自分(美咲夜)を大事にする、そんな人間なら殺す決心がつくから。

 

 ……そんな風に考えているのかもしれない。

 

「うぅぅっ……」

 

「クラッシャー……」

 

「痛かった……すっごく痛かったんだぞ、殴られてっ、一人にされてぇ…………苦しくてっ、さ、寂しかったんだ……」

 

 泣きながら俺の胸を叩く彼女の手の力はあまりにも弱々しく全く痛くない。ポカポカという擬音が似合いそうなほどには貧弱な攻撃だ。

 

 

 …………あの、なんか、その……生き残れそう雰囲気出てきてないです? ワールドクラッシャーちゃん思ったより優しい子っぽいし。

 

 

「ぐすっ。……おい、美咲夜」

 

「はいっ! なんでしょうか!」

 

「正直に言え。お前は生きたいか? それとも死にたいのか?」

 

 少し泣き止んだクラッシャーに問われ、俺の心臓が跳ねた。

 

 これっていわゆる究極の選択ってやつではなかろうか。この選択肢次第じゃもしかしたら生き残れるかもしれないし、逆に速攻で殺されるかもしれない。まさにデッドオアアライブ!

 

 ど、どうすればいいんでしょうか。正直に言っちゃっていいんでしょうか。死にたくないでしゅボク。生きたいゆぉ……!

 

 別に死にたいってわけじゃないんだよな。クラッシャーに殺されるなら多少は仕方ないかもってだけの話で、別に自殺願望あるわけじゃないし……。

 

 そうなると提示されたこの選択肢から選ぶなら生きたいを選ぶべきだな。正直に言えって言われたし。

 

「い、生きたい……です」

 

 何故か敬語になってしまった。

 

「本当に? ほんとに生きたい?」

 

「生きたいっ、生きたいぃ……」

 

「どうしても生きたい?」

 

「どうしても生きたい……! 生かせてほしい……!」

 

 いい加減ウジウジ考えるのも飽きた! 何か既に命乞いっぽくなってるけどもう俺は突っ走るぞオイ!

 ホラ来い! 殺すなら殺せチクショー!

 

 

「……ふーん」

 

 

 急に立ち上がって俺の上から退くクラッシャー。

 これ俺も立ち上がっていいやつなのかな。それともまた土下座した方がいいのかしら。

 

 どうしたらいいか分からずにあたふたしていると、クラッシャーが俺に手を差し伸べてきた。

 

「んっ」

 

「え?」

 

「……手を貸すから早く立て」

 

「は、はい」

 

 お言葉に甘えて彼女の手を借りて立ち上がる。雨でビショビショになっているせいか少し制服が重い。

 

 しっかりと立ち上がってクラッシャーから手を離すと、彼女は離した手をそのまま俺の方へ伸ばしてきた。手のひらを見せるその行為はまるで何かを要求しているかのようだ。

 

「償え、美咲夜」

 

「……というと?」

 

「私はまだ少しも黒野理愛とお前の事を許してはいない。今すぐこの場で破壊してやってもいいくらいだ。……でも」

 

 でも?

 

「もし破壊されたくないんだったら私に償え。まずは手始めに……今日の分だ、何かよこせ」

 

 えぇ……何かって何だよ。よこせって言われても大したものは持ってない──

 

「あっ」

 

 そういえば鞄の中にチョコがあったな。アイリールにねだられて買った少しお高いやつ。

 物理的にプレゼントできるものと言えばそれしかないし、償いになるかは解らないけどとにかくそれを渡してみよう。

 

 雨で濡れた鞄を開け、中から包装された正方形の箱を取り出した。それを開けてみれば中には凝ったデザインのチョコが八つほど入っているのが見える。

 

 俺はその中から丸いチョコを取り、差し出されているクラッシャーの手にそれを置いた。多少雨で濡れてしまっているが味に変化は無い筈だ。

 

「これは?」

 

 手に乗せられたチョコをまじまじと見つめるクラッシャー。

 

「ちょっと高級なチョコだよ。食べてみてくれ」

 

「……あむっ」

 

 俺に促されてチョコを口の中に放り込み、飴玉のように舐めること数秒。我慢できずにチョコを噛み砕いたクラッシャーは少し目を見開いた後、無表情に戻った。

 

「……アイスの方が美味い」

 

「口に合わなかったか?」

 

「これはこれでいい。でも少し足りないぞ」

 

 え゛っ、今これしかないんだけど。詰んだ詰んだ♡

 内心フワフワドキドキで冷や汗をかいていると、クラッシャーはあっという間に箱の中のチョコを全て平らげてしまった。

 

「……うん、美味いがやっぱり足りない」

 

「食いしん坊がよーッ! そのチョコいくらしたと思ってんだこの野郎!」

 

「値段じゃなく誠意で示してもらおうか。これからお前の家行くから何か美味いもん食わせろ」

 

 突撃隣の晩ご飯! 今日のゲストは暴食でお馴染みのワールドクラッシャーさんです!

 

「……まぁ、それくらいなら。お前も朝陽と同じく俺のオムライスの虜にしてやる」

 

「おむ……? よく分からないけど不味かったらお前をぶっ壊すからな」

 

 怖いよ! 真顔でそういうこと言うのやめて!

 

 

「……力を溜めることは止めないぞ。世界を破壊されたくなかったら黒野理愛共々しっかり償うことだ」

 

 

 つまり今は俺の双肩に世界の運命が託されてるってわけか? 上等じゃねぇかテメェ。父さんから学んだ料理術が火を噴くぜ。

 全力で償ってやるから覚悟しろよ! 本当に殴ってごめんなさいね!!

 

「──っくしゅん!」

 

 やる気が出てきた矢先にワークラちゃんがくしゃみをした。長時間雨に打たれてるわけだしこのままじゃ風邪引いてもおかしくない。

 

「……ずびっ。寒い」

 

「ウチ来るんだろ? とりあえず風呂入ってけよ」

 

「フロ……?」

 

 ワークラが首を傾げた。うっそだろお前。

 

「はぁ? お前もしかして風呂入ったことないのか……えぇ……」

 

「ばっ、バカにするな! 隔離空間に入れば体の汚れは全部取れるんだ!」

 

「あー、はいはい。帰ったらまず風呂入ろうな」

 

「ちゃんと聞けーっ!」

 

 

 食い下がるワールドクラッシャーを宥めつつ、今更ながら傘を開いて雨に抗った。先程よりも雨の勢いは強くなっていて雷鳴も激しく轟いている。

 

 それでも俺の心は晴れやかだった。

 自らが傷つけてしまった人と、もう一度だけ和解できるチャンスを手に入れることができたから。

 この好機を逃す手はない。是非とも全力で償わせてもらおうじゃないか。本当にごめんね。

 

 ……それから、後で黒野さんとも話さなきゃだな。まだ一回もまともに会ったことないけど。

 

 

「では美咲夜、先ずはお前の家に案内するがいい」

 

「……その前に一旦ショッピングモールに帰してくれる?」

 

 

 アイリールとも色々相談しなきゃ。

 うっし、とにかくまずは今夜の夕食を頑張るぞー!

 

 

 




【※一方ショッピングモールでは】

オカマ:??(゚o゚; )=( ;゚o゚)??(クラッシャーが消えてめちゃ焦る)

アイリール:( ´・ω・`) (迷子センターで泣くの我慢してる)

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