本編でもそのうちやる内容ですのであっち読まなくても問題はないですわゾ
海夜兄妹の声援を胸に意気揚々と蓮斗の部屋へ突入してから、約一分後。
「ていっ」
「いでぇっ!」
眉間に皺を寄せたアイリールに、俺はかなり強めなデコピンを喰らった。痛い……。
「何すんだよぉ……」
「……あの二人と何を話したのかは知らないけど、今の夜、変に
部屋に来て早々相棒に怒られてしまった。つらい。
「い、いやっ、俺は気合いを入れてただけで……!」
「ばか。小春や蓮斗君が相手ならいざ知らず、今日が初めてのルクラに対して気合いなんていらないでしょ。……あれ見て」
アイリールに促されて視線を動かすと、そこにはそわそわしながらベッドの上にちょこんと座っているルクラの姿が。
落ち着かない、もしくは緊張したような面持ちだ。そこに少し前までの尊大で自信に満ちていた表情はない。
「あんな不安そうにしてるルクラに、もし強気で出たりなんかしたらどうなるか、わかる?」
「うっ……」
「それに夜は初めての大変さを知ってるはずでしょ。また私みたいな
「うぐぐぅ……」
正座をさせられながらお説教を喰らう俺。先程までの意気揚々とした雰囲気はもうどこにもない。今の俺は悪いことをして先生に怒られて委縮してる生徒同然である。
──私みたいな娘、というのはつまり『最低な初体験』を経験した女の子、という意味だ。
アイリールは俺の不注意のせいで発情蓮斗に強姦されたんだから、それはもう最低な初体験だろう。ケダモノに無遠慮に突っ込まれて処女喪失をした時の激痛は今でも覚えてるし、ぽろぽろ泣いて必死に抵抗したことなど忘れるはずもない。
「痛かったなぁー、ルクラもあぁなりたくはないだろうなぁー」
「うぅっ……そ、その……」
結局仮想世界の“エロゲー”という部分のおかげで、途中からは不自然なほどに苦痛が快感に変化するスキルが発動したためトラウマにはならなかったものの、今いるここは現実世界。
『おらっ! このメスガキめ!
自分の意地を優先して世界が終わりでもしたら目も当てられない。ルクラに“理解らせる(笑)”必要など最初から微塵も無いのだ。
「ご、ごめん……なさい。ちゃんと優しくします……」
「んっ。よろしい」
俯きながら謝るとアイリールがいつもの声音に戻った。どうやら本気で怒ってたわけではなかったらしい。よかったぁ……。
正直に言うとルクラに対しては机を壊された恨みがあったから、きっとそれが先程まで俺の背中を押してしまっていたのだろう。
彼女は常識的なアレコレについてはまだ疎いのだと冷静に考えれば解るのに、それを忘れてしまっていた。知識に明確な差がある分、こっちが幾分か譲歩しなければいけないのは当たり前だ。
「じゃ、いこう」
「わかった。──ん゛っ!」
両手で自分の頬を強めに叩くことで、先程まで調子に乗っていた美咲夜を殺す。これで心機一転だ。
「……むっ、準備とやらは終わったのか?」
「うん。もう大丈夫」
温かい声音でルクラを宥めながらベッドに座ったアイリールに続き、俺もルクラの隣に腰を下ろした。こうする事で彼女は俺とアイリールに挟まれる形になる。
「そうか、案外早かったな」
いつもの様に強気な声色のルクラだが、そわそわしながら手を組んだり離したりしているその様子からは、やはり緊張の色が見て取れる。
当然いきなり行為に及ぶわけにもいかないので、とりあえず声を掛けることにしよう。
「意外だな。お前でもビビったりとかするのか」
「と、当然だろう! この臆病さのおかげで
そんな仰々しく振る舞ってるのに臆病なのは認めるのね。強がり方が独特すぎる。
「今回だって警戒して事に臨むからな。もし途中で我を騙そうしてもすぐに気付くし、そうなったらあっという間に隔離空間に戻るぞ」
「いや今更お前のことを騙す理由もないけど」
「その通り。今日は私も付いてるから、安心して任せて。ね?」
とても自然に、まるで当たり前のように、しかし急いた様子を見せないままアイリールはそっとルクラの手を握った。
「っ!」
ビクッ、と。手を握られたルクラの肩が跳ねる。
しかし嫌ではないのか、彼女はアイリールの手を振りほどかない。
「っ……」
「………ん」
ルクラは口元を強張らせ、アイリールは微笑んだまま動かない。
まさに沈黙。手を握った銀髪の少女も、彼女に手を握られた紫髪の少女も言葉を発さない。
そんな二人を見ていると、瓜二つな彼女たちの外見──その些細な違いに気がついた。
「………なぜ、手を握る……」
「私は手を握ってもらえると安心する。だからルクラにも」
銀髪で紫色の瞳をしているのがアイリール、反対に紫髪で銀色の眼をしているのがルクラ。
前者はポニーテールで、後者は髪を縛らずロング。微妙に身長の高い方が俺の相棒で、僅かに胸の膨らみが勝っている方がラスボス。
そんな本当に誤差の範疇でしかない違いだが、こうして二人を見比べてみると改めて彼女たちが別々の人間なのだと実感できた。
「ルクラはどう?」
「……ま、まぁ、それなりに……」
加えて、なんといっても一番の違いは顔だ。表情の豊かさがあまりにも段違いすぎる。
百面相のように表情がコロコロ切り替わるルクラとは対照的に、アイリールは口角も眉も僅かにしか動かず基本的にはジト目な無表情。
だが、今はいつも違ってルクラが顔を赤くした仏頂面で、逆にアイリールが得意げに微笑んでいる。これは完全に銀髪少女のターンに入っていると見て間違いない。
「ほら、夜も」
「うぇっ? ……ぁ、あぁ、うん」
アイリールに顎で促されて我に返った俺も、隣からそっとルクラの手を握った。決して強引にならないようゆっくりと。
俺に片手を握られたルクラだが先にアイリールがやってくれていたおかげか、意外とすんなり受け入れてくれた。それでも少しは困惑しているようだが。
「みっ、美咲夜も握るのか? これでは我の両手が……」
「今は使えなくていいの。もう少し私たちに慣れてから、ね」
囁くような小声で呟きながら、ちゃっかり彼女との距離を詰める相棒。そうすることで肩同士が密着し、ルクラはのぼせたかの如く更に顔を赤くしてしまう。
「〜っ!」
「ルクラの手、柔らかいね」
ルクラの耳元で囁いてみるアイリール。取り敢えず試しにやってみた感じだろうか。
当たり障りのない、別段言葉責めにもならないセリフで囁いてみるのは蓮斗にやっていた時と同じ要領だ。
「……はぅ」
しかし効果は抜群だ。耳攻めが苦手な人間なら反射的に身をのけ反らせるところを、ルクラの場合はビクビクと震えながら甘い声を出すという結果になっている。どうやら彼女も蓮斗同様耳が弱点らしい。
「だいじょうぶ?」
「ふあっ……ゃ、やめ……」
「……ふぅー……っ」
「ひゃあ……!」
──えっと。
あの、なんていうか。
……………………これ、俺って必要です? 目の前で絶賛百合百合してるんですけども。
「あ、アイリール?」
「こしょこしょ……んっ、どうしたの」
「俺……さ、外で待ってた方がいいかな」
いやアイリールだけでルクラがもう堕ちかけてるし。これ俺いらんでしょ。さっきから手握ってるだけだし。
「何言ってるの」
「邪魔かなぁって……」
「…………はぁ」
なんか溜め息吐かれたんだが? 心外だぞ! お前がいつの間にか百合ワールド展開してるから困ってるんだぞ! 帰っていいかな!
「ほら、ルクラ」
「んぇっ?」
「夜がね、帰るーって言ってるの。どうする?」
「えっ……」
おわっ急にこっち見んな! ビックリしたぁ……!
「………」
「な、なんですか」
じぃっと俺を見つめるルクラ。不思議とその目からは弱々しい雰囲気を感じる。
上目遣いで──何やら瞳を潤ませているようにも見える。……えっ、なに。もしかして地雷踏んだ?
「…………お前」
ルクラは小さく呟くと俺に握られている手を振りほどき、その手で俺の上着を掴んだ。
胸倉を掴む、というわけではなく──子供が駄々をこねるような、何かをねだるかのように俺の服を前から握っている。
潤んだ瞳で、上目遣いで。弱々しい瞳で、震えた声音で思いを告げた。
「……だめ」
「えっ」
「帰っちゃ、だめ。……だってお前が。お前がつぐなわなきゃ、意味……ない」
か細い、ともすれば消え入りそうな声だ。
しかし深夜の、大勢が寝静まった静寂の住宅街にあるこの一室では、そんな小さな声もよく響く。
俺の前で伝えるべき言葉を模索しているルクラの他に存在する音といえば、壁に掛けられた時計の秒針が揺れる音のみ。
チッ、チッ───普段は気にしない筈の小さな音が妙に俺を、そして彼女を焦らせる。
「えとっ、その………だ、ダグストリアだけじゃダメなの!」
「ダメなのか」
「だめ! ほら、なんだっけ、アレ……そうっ、成人本! あれの代わりなんだから、没収したお前も責任持って最後までやれ!」
正論──なのか? 少なくとも今の俺には正論に聞こえてしまった。確かにあの本を没収した俺が一人だけ逃げるのは些か、いやかなり卑怯かもしれない。
「そうだな。悪かった」
「それにアレだ! あれ! ち、ちつな……しゃ……な、なんだっけっ、アレだよ! とにかくあれは男性のお前がいないと出来ないし!」
──えっ、アレするの? マジで? そこまで本に忠実に従う?
「それと、それと! えっと、えぇっと……!」
「あぁもう。わかったわかった、俺が悪かったって。それ以上は言わなくていいから」
「ふぇっ……!」
俺を引き止める条件を必死になって探しているルクラの姿を見て、自分の中にある保護本能が刺激されてしまい──思わず彼女の頭を撫でてしまった。
「よしよし」
「…………うぅ」
朝陽や陽菜の時と同じ要領で丁寧に頭を撫でてやるとあら不思議。先程まで饒舌だった紫少女が黙っちゃいました。
まぁ、恐らくだが今の彼女はアイリールのスキンシップによって、いつもは高慢の裏にある冷静さが薄れてしまっているのだろう。引き止めるつもりなら『隔離空間に戻る』と言って脅せばそれで終わるという事くらい俺でも解る。
「ごめんな。俺もちゃんと償うからな」
「………うん」
「よーしよしよしよしよし」
「夜。その撫で方は朝陽君しか喜ばない」
スーパー甘やかしモードに入りかけた俺を相棒が
あの子はこれで喜んでくれるんだから可愛いよね。愛してるぞ弟よ。
「……さて」
気持ちを切り替えるかのような、そんな小さな一言を発するアイリール。
彼女の言葉でルクラの肩が少し強張ったものの、そこは俺がそっと頭を撫でる事で緊張をほぐしてフォローする。
「ゆっくり始めていこ。ルクラもいいかな」
「……大丈夫。別に怖くないし」
「ルクラはえらいなぁ~」
「お兄ちゃんモードやめてね夜」
「はい。切り替えます」
ルクラを安心させつつ、お兄ちゃんとして甘やかすアレとは違って、しっかりと一人の女の子として彼女と接しなければならないのです。はい、切り替えしました。
「うん。じゃあ、まずは──」
よっしゃ、かかってこーい!
★ ★ ★ ★ ★
あれから翌日のお昼頃。海夜家には黒塗りの高級車とマッチョな大男が訪れていた。
無論、ルクラ──ワールドクラッシャーというご主人(仮)をお迎えに来た真岡だ。
玄関前の廊下には俺と相棒、玄関には既に靴を履いたルクラと真岡が手を繋いで立っている。どうやらもうお帰りになるらしい。
「いやぁ~ありがとうねボウヤたち! クラッシャー……あぁ、いえ、ルクラ様を預かってくれて!」
「礼なら俺の机の弁償代で返してくれ」
「お安い御用よ! ロイゼの家に置いてあるやつと同じ机買ったげる!」
「いや普通のでいいからな!?」
あんな部屋にあるだけで落ち着かないキラッキラな机はいらないから……。ていうかお嬢様愛用のアレ買えるって財力どうなってんだこの大人。
「とにかく本当にありがと。まさかルクラ様が大人しく一緒に過ごしてくれるとは思わなかったわよ」
「お、おう。大人しく一緒に過ごしてたから安心してくれよな」
昨日の事は今朝がたルクラ本人から『従者にだけはぜっっっっったいに言うな!!』と口封じをされているので彼には黙っている。今のところ真岡にしている数少ない隠し事の一つだ。
「ふふっ。あっ、それからアイリもありがとね。今度お礼するわ」
「お安い御用。いつでも頼って」
「えっ、誰このイケメン!」
ルクラの事を通して真岡とアイリールの距離も縮まったのは僥倖だった。呼び方もリアからアイリに変わってるし、この二人が親密になってくれるに越したことはない。
「………」
そんな先程から喋っている俺たち三人とは対照的に、玄関に立った時からずっとルクラは俯いて黙り込んでいる。今朝もしっかり朝ごはんを食べられたから、体調が悪いということはなさそうだが。
「さてさて、じゃあそろそろ行くわね」
「おう。真岡さんも困った事あったら俺たちに連絡くれよな」
「考えておくわね~♪ ……さっ、ルクラ様。行きましょう」
相変わらず調子が良さそうな真岡さんに手を引かれるルクラ。
──すると。
「っ!」
「あらっ?」
突然真岡の手を離し、俺たち二人の方へ駆け寄ってくるルクラ。
そして俯かせていた顔を俺たちの目の前で上げると、ようやく彼女はいつもの様に大きな声を挙げた。
「だ、ダグストリア! こっちに来てくれ!」
「どうしたの」
ぶら下げた両手をギュッと握りながら要求するルクラに従い、相棒は彼女の傍へと寄っていく。
「ちょっと屈んで……!」
「えっ。……こう?」
指示通りに少しだけ膝を曲げるアイリール。玄関と廊下の段差を考えると、こうすることによって彼女らの顔の高さが同じになる。
すると───ルクラはアイリールに顔を近づけ。
「んっ」
彼女の右頬にキスをした。
「………ぇ」
「あら~! 二人ともすっかり仲良しになったのね!」
少女が少女の頬にキスをする──そんな微笑ましい光景を見て顔が緩む真岡。
しかし。いやしかし。ルクラの表情を見て察してしまった。
顔を赤らめ、ともすれば『恍惚』とも言えるような表情でアイリールと俺とを交互に見る紫髪の少女を目の当たりにして、察せざるを得なかった。
明らかに今の彼女のキスは、真岡の想像している
「……る、ルクラ?」
唖然とするアイリール。そんな銀髪少女を前にして、この世界の怨敵は乙女のように身をよじって恥じらう。
「……また、来るから」
俺たち二人にそう告げるとルクラは踵を返し、自ら真岡の手を取って玄関の戸を開けた。
「ほら行くぞ従者!」
「あ、はいはいついて行きますよ! じゃあ二人とも、今度またお礼させてねー!」
ご主人様に引っ張られて海夜家を後にする従者。
程なくして玄関の向こうからは車のエンジンが鳴り響き、僅か数十秒でその音は遠くへ消えていった。
「行った……な」
「……うん」
未だに玄関で立ち往生している俺たちは、今出て行った彼女ら程機敏には動けない。まずは脳内情報の処理を終わらせない事には始まらない。
──結局、昨日はあのまま俺と相棒の二人で彼女の相手を務めた。
性に疎いルクラをゆっくりじっくり丁寧に扱いながら、俺たちに教えられる事を一つずつ、時間を掛けて彼女に教えていったのだ。
主にアイリールがルクラの体に触れながら様々な行為を教えつつ、俺が声をかけたり頭を撫でたりして落ち着かせながら進行していく、という形で。
後半はルクラの望み通り、しかしあの同人誌からは程遠いような優しいやり方で彼女に『最後の工程』を踏ませた。
その時は俺と相棒の立場を逆転させ、俺がゆっくりルクラと触れ合いながら、未知の感覚に戸惑う彼女をアイリールがあやしていく感じで。
それで……やっぱり最初に
そんなプルプル震えながら痛みを我慢しているルクラを、アイリールが俺でも少し困惑するくらい全力で励まして甘やかしていた。
その最たる例が、キス。頭を撫でたり、背中を摩ったり、そして時たま彼女がキスをすることでルクラは早いうちに峠を越え、最後はしっかりと蕩けた顔で気持ちよくなれていた。
そこで問題なのはアイリールが頬のみならず唇にもキスをしていた、という点だ。
──掻い摘んで、要点だけを絞って端的に結論を出そう。
甘やかしながらちゅっちゅしてたら、ルクラが予想以上にアイリールを気に入ってしまった──ということだ。
「……どうしよう夜ぅぅ……」
「だ、大丈夫だって」
先程の様子を見るにアイリールだけではなく俺にも関心はあるようだが『どちらかと言えば』という条件を付与するとすれば、完全に彼女はアイリールの方が好きだ。
「大丈夫じゃないよぅ……特定の相手に好意を向けられるとこんなに複雑な気持ちになるなんて知らなったし、こんな気持ちに陥ってもなるべくすぐに行動に出れた夜がおかしいんだよぉ……小春の時とかぁ」
「落ち着け落ち着け。なんかいつもより口数多くなってるぞ」
今のアイリールは狼狽の一言に尽きる。
まぁ、ルクラのあれが恋愛感情なのかはたまた別個の感情なのかは皆目見当もつかないので、俺も少し困ってはいるが。
「こういう時はゲームするか昼寝するかだ。一旦落ち着けばあとでいくらでも考えられるさ」
「じゃあお昼寝する……! 夜も一緒に……!」
「俺もかよ……ちょ、おい、引っ張るなって!」
善は急げと言わんばかりに寝室へ向かう相棒に引っ張られながら、頭の中で解決しない感情の正体に悶々とする。
信頼よりも深く、恋慕はまた違い、依存ほど重くない気もする──そんなアイリールに対する感情に。
──結局、自分の感情すらも解らない俺にルクラの気持ちを想像することなど叶わないのだと察し、早々に思考を放棄することに決定した。
今はとりあえず寝てしまおう。オフトゥンに入るぞー!
夜:(˘ω˘)スヤァ
アイリ:(˘ω˘)スヤァ