「下だよ下! 絶対下の選択肢だって!」
「待て呉原! 本当に信じていいのか!? これで八回目だぞ!」
「リアちゃーん、呉原せんぱーい、お菓子とジュース持ってきましたよ~」
「そっちで間違いねぇ……! 自動生成選択肢の文章パターンだって無限じゃないんだ、上の選択肢はさっきミスった選択肢と文章が似過ぎてる! 正解は下だ! 俺を信じろ美咲!」
「そこまで言うなら……わかった、今度こそ正解なんだな! お前を信じて下を押すぜ!」
「……? もしもーし。お部屋に入っちゃいますよー」
「そうだっ、いけッ!」
「あぁいくぜぇ!」
ポチッ。
【ダメだ、駄目だ、間に合わなかった。眼下に見下ろした先には──首と胴体を切断された、俺の妹──小春の、姿が】
「二人とも何して──」
「ああ゛ぁァ゛ッ゛!! 小春が死んだ!」
「ええぇっ!!?」
★ ★ ★ ★ ★
「……ひっぐ、うぅぅ……ぐすん」
「こ、小春、泣かないで、ごめんな、ごめんな?」
俺の部屋のベッドの上で、毛布に包まってくすんくすん泣いている少女に謝罪を呼びかける俺と呉原。
大変情けない姿で許しを請う俺たちはとてもではないが醜くて見ていられない。
この場にもし蓮斗がいたら俺たちは今頃殺されていることだろう。
「美咲。俺を殴ってくれ」
「え、なんで」
「あまりにも無神経すぎたんだ。このままじゃ俺は自分を許せん」
「了解した」
要望通り呉原を全力のグーで殴り飛ばした。破裂音みたいな悲鳴あげて壁にぶち当たったけど今はそれどころじゃない。
すぐさま小春の方に向き直る。
しかし、彼女は目も合わせてくれない。どうしたものか。
事の始まりは昨日の、呉原をウチに泊めるという話からだ。
彼がゲーム会社から出ているハードに移植された全年齢版の『最良の選択 ~まけるな蓮斗くん~』を持ってきたのだが、その驚異の難易度に四苦八苦していた。
毎回正解が変化するランダム選択肢、突如現れる高速のQTE、稀に発生するシューティングアクションパート──全くノベルゲームとは思えない代物に俺たちはボコボコにされていたのだ。
そこで丁度、
タイミング悪く部屋に訪れた小春がその発言に驚いて狼狽しているところに、呉原が焦って『あ、いや、死ぬのが正解(のルート)なんだ!』と口走ってしまったのがトドメとなり、小春が泣き出してしまい──今に至る。
「呉原も小春に言った訳じゃなくてね? あんなのゲームの話だからさ」
必死に弁明するも小春は未だにプルプル震えている。
どうしたものかと困り果てていると、小春は毛布の隙間から顔を覗かせて、一言。
「……私、ゲームでも死ななきゃいけないの?」
「え゛っ。…………そ、それは」
その通りだ──なんて言えるはずもなく、俺は助けを求めるように後ろにいる呉原へ振り返った。
「呉原ぁ……」
「……ぐ、ぐぬぬ」
どうすればいいんですかぁ! このゲーム全部のルートで小春の死が確定してるのおかしくない!? 何だこのクソゲー!?
「……美咲、ちょっとこっちに来てくれ」
「なんだっ、何かあるのか」
手招きする呉原の元へ向かうと、彼はコソコソと小声で俺に耳打ちしてきた。
「コードだ。早期購入特典で配布された裏コードを入力すれば『小春ちゃん生存追加パッチ』が適用される。それなら小春が生き残るルートに行けるんだ」
「お前っ、そんなのあるなら最初から……!」
「違うんだ聞いてくれ。小春ちゃん生存追加パッチはファンの要望で発売後二週間で配布されたものなんだが、それを適用すると難易度が格段に跳ね上がる。……それでな? その上がる難易度レベルが頭おかしいんだよ……! 発生するQTEはもはやリズムゲーの域だし、選択肢も二択から四択に変化する……!」
それ本当にクリアさせる気あるんですか? と言いたくなるような内容を呉原から聞かされ、かなりドン引きした。
馬鹿か。制作陣は馬鹿なのか。
いや、わざわざファンの我が儘な要望に応えて、たった二週間でアップデートパッチを作ったのは確かに神対応だ。敬意を表するに相応しい。
でもそこまで難易度上げます?
『お前らの我が儘を叶えてやったんだからこの程度はクリアして貰わないと困るぜ』みたいな、制作陣の意地──というか一種の悪意を感じるんだが。
リズムゲームの如き高速QTE? しかも四択問題って、資格問題のテストじゃあるまいし……本当にノベルゲームかこれ!?
「そんなに難しいのか……?」
「今やってる文香ルートよりムズいのが隠しヒロインのリアルート。そのリアルートをパワーアップさせたのが小春ちゃん生存ルート……らしい。俺もネットで断片的な情報を見ただけだから攻略法は知らないし、文香ルートの中盤で苦戦してる俺たちがクリアできるとは、正直……」
滝の様な汗を流しながら恐る恐る詳細を語っていく呉原。
彼の様子を見れば、実際にプレイしていない人間にもその鬼畜さが伝わる程の高難易度なのだとすぐに理解することができた。怖すぎる。
……でも。
「やるしかない」
「美咲?」
「やるしかねーよ。ゲームでだって小春は死ななくていいんだってとこを見せてやらなきゃダメだ。追加パッチを小春の目の前でクリアすることだけが……俺たちにできる唯一の贖罪だろ」
難しいから、という理由でこのまま引き下がったら一生後悔する。なぜなら小春が傷ついてしまったから、泣いてしまったからだ。
だったら、小春を泣かせたこのゲームにこれ以上負けるわけにはいかない。
彼女が物語に必要な犠牲だという大前提を覆すことしか、小春の涙を救う方法はないんだ。
「小春、小春っ」
「……?」
ベッドの上で蹲っている小春に、穏やかな声音で語りかける。
「見ていてくれ。小春が死ぬなんて間違いだってこと──俺たちが証明してみせる」
「……リアちゃん」
「呉原! コードが書かれてる紙を!」
「これを使え!」
呉原から投げ渡されたゲームパッケージを開封し、中から小さな厚紙を取り出した。
そこには「生存パッチ追加コマンドコード」の文字が。これできっと間違いない。
いくぞ。必ず小春を救ってやる──!
「コード画面表示! コマンド入力!
絶対負けねぇ!!!
★ ★ ★ ★ ★
「うぇぇぇん……! 呉原ぁぁ……」
「落ち着け」
一切情け容赦無しの超鬼畜難易度の小春ちゃん生存ルートにボコボコにされ、俺は半泣きになって呉原に飛びついた。
難しすぎる。こんなのゲームじゃない。
「いやしかし、まさか生存ルートがここまでの強敵だったとはな……」
「役立たずでごめんなさいぃぃ……」
「だから落ち着けって。美咲はよく頑張ったよ」
ピーピー泣き喚く俺の頭をポンポンと軽く叩きながら、ゲームオーバーという文字がデカデカと表示されたテレビ画面を睨み付ける呉原。
一拍置いて。
長い深呼吸。
そして静かに、一言。
「俺がやる」
「で、できるのか……?」
「お前が言ったんだろ、やるしかねぇって。……少なくともこのゲームに関しちゃ前からプレイしてる俺の方がまだマシなはずだ」
「呉原……」
真剣な表情の呉原は俺が投げ出したコントローラーを手に取り、テレビ画面の前に腰を下ろした。
カチャカチャとスティックやボタンを操作すればあっという間にセーブ地点の開始前画面だ。
ちなみにこのゲーム、小春ちゃん生存パッチを適用するとクイックセーブと通常のセーブが消滅し、自動セーブ仕様に切り替わる。
つまり何が言いたいのかというと──解決しなければならない5つの場面があったとして、通常プレイなら一つクリアする毎にセーブしていくことで安全に先へ進むことができるのだが、小春ちゃん生存ルートではミスをする度に毎回5つの場面全てを最初から解決していかなければならない──ということだ。5つ全てをクリアしてようやくその場面の自動セーブが適用されるらしい。うーんこのクソ仕様。
「任せてくれ。美咲、小春。必ずクリアしてみせる」
やる気が本気になった呉原が気合いを入れると、ふと毛布に包まっていた小春が顔だけ出した。
その小春はなんだか──赤く照れたような表情になっている。
「みっ、みみ……美咲小春だなんて……先輩ったら、気が早いですよぅ……ふへっ、えへへへ」
顔がだらしなくふにゃふにゃになってエヘヘと笑う小春。君もしかして別にもう落ち込んでるわけじゃない感じです?
ていうか普通今の会話を聞いてそんな解釈になるかしら……。
「とーにーかーく! 俺たちもちゃんと見てるからな、頼んだぞ呉原!」
「頑張って先輩……!」
責任を丸投げした俺と、もはや慰める必要がなさそうな小春の声援を受けて──呉原は深く頷いた。
「あぁ。ゲームの小春ちゃんの……あらゆるルートで死にゆくその運命は──俺が変えるッ!」
全力でゲームに挑む呉原:(っ’ヮ’c)
その後ろでお菓子食べてる二人:(*´ω`*)