お前のハーレムをぶっ壊す   作:バリ茶

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★で文香 → 黒野に視点変更します


運命 -フェイト-

 

 

 

 

 最近、仲間の噂をよく耳にする。もちろん良い方向での噂だ。

 

 ロイゼと陽菜は最近よく人助けをしているらしい。なんでも『デム隊』という組織の人間と交流があるらしく、怪人の事件などを積極的に解決しているとのこと。

 

 私たちが元居た世界──仮想空間とこの現実世界が融合して以来、生まれ持った特殊能力は使えなくなっているのに、いったいどうやって危険な任務をこなしているのか?

 

 答えはすぐに判明した。

 というか陽菜から直接教えてもらった。

 

 彼女らには“パートナー”が存在するのだ。アクセスウォッチという特別なアイテムを使い、パートナーである相手が彼女らの姿に変身する──つまり一体化することで、能力封印の呪縛を解き放つことができるらしい。

 

 陽菜やロイゼ以外にも、蓮斗の妹である小春はもちろんのこと、あのフィリスでさえパートナーがいる。私たち能力者仲間以外の人間とはあまり打ち解けていなかったあの無表情っ娘が、なんと蓮斗以外の男性をパートナーにしているらしいのだ。無論パートナーといっても異性間の──ましてや邪な関係ではない……のだが、やはり驚きは隠せなかった。

 

 

 ──私だけだ。誰も隣にいないのは。

 

 

「はぁぁぁ~~~っ、モフモフぅぅ~~………」

 

 ため息と感嘆の声を同時に発する私。何を隠そう、現在私は“猫カフェ”なる場所に滞在しているのだ。

 ネコチャンたちは私の摩耗した精神を癒してくれる唯一の拠り所である。飼い猫は実家だし寮暮らしの私にとって触れ合えるネコちゃんは近場の猫カフェくらいにしか存在しなかった。

 

「もふもふ……ふっ、ふふ、ンフフ……デュフフ……」

 

 寄ってきた猫を抱きかかえ、綿毛のように柔らかなその全身に顔をこすりつけて脳内麻薬を摂取する。この猫カフェは猫本人(?)が気に入った常連の客には、特別に抱っこ以上のスキンシップが認められているのだ。もちろん猫が嫌がったり過度な接触はご法度だが、最低限マナーを遵守する客には寛容だ。接触時間と猫が機嫌を損ねない程度の触れ合いを熟知している私なら、この店の猫すべてをモフモフすることなど造作もない。モフモフ。ふふ……。

 

「かわいいなぁ~、お前らはなぁ~、いいよなぁ~……んふぅ」

 

 これこそが癒し、人間の正しい休日の過ごし方である。ネコチャン万歳。

 欲を言えば実家の飼い猫をモフモフのもみくちゃにしたいのだが、あいにくここからは遠く運賃も馬鹿にならないので、猫の数が少なく比較的安いこのカフェで妥協するのがお財布的にも優しい。

 

「もふぅぅ───はぁ……」

 

 全身で癒しを吸収している……のだが、やはり頭の片隅で燻っている意識が消えてくれず、ため息がまた出てしまった。

 そんな情けない私でも、気にせず膝の上にいてくれる猫に感謝しつつ、彼らを撫でながら私は思慮に耽った。

 

 

 ハブられている──ような気がする。とても単純に今の心境を言葉で表すとすれば、間違いなくこれであった。

 

 ロイゼと陽菜はデム隊の強い人と手を組み日夜戦っており、フィリスなんかパートナーの男子生徒とたった二人で美咲(リア)さんの通っている高校を救ってしまっている。

 かつては守る対象だった小春もいつの間にか強力な能力者になってたし、聞けば彼女にもパートナーがいて──しかも相手はリアさんの弟さんだそうだ。ズルい。

 当のリアさんもこちらの世界ではアイリというパートナーがいて、戦う手段も持っている。みんな何かしらの新しい交流関係があって、その影響もあって能力封印という呪縛をものともせず戦っている。私以外は。

 

 私以外は、ね。

 

 ………( ´;ω;`)

 

 いかん、泣きたくなってきた。もう猫カフェ出よう。

 

「……ご馳走様でした」

 

「ありがとうございました~」

 

 

 さっと料金を払って店の外へ。一歩進めばそこは都会の真ん中だ。車の音や人の声が右から左へ流れてく。

 空は澄み切った青空で、今日はとても天気がいい。こんな良い日は何をしようか。

 

 ……ほんと、なにしよう?

 

「暇だ……」

 

 とても暇である。暇を持て余しすぎている。仮想空間にいた頃は、休日といえば剣の修練か怪人の退治ばかりしていたので、猫カフェ以外の休日の過ごし方を私は知らなかった。腰を痛めた父の都合もあって剣道場はしばらく休館中だし、本当にやることがない。困った。

 

「……くっそう……!」

 

 下品にも意味なく悪態をついた。もちろん誰にも聞こえないよう、小声で。

 おかしいのだ、ここ最近は。怪人もいるし事件も起きてるのに、なんで私が暇なんだ。

 

 ──そもそも! そもそも、だ。

 仮想世界での怪人退治は、元をたどれば私と蓮斗の二人で始めたことだったはずだ。

 蓮斗が能力を使いこなす切っ掛けとなった戦いの場に一緒にいたのは私。フィリスのような個人で戦っている能力者たちを迎え入れようと集団組織を提案したのも私! いろいろと始めたのは私……なのになぜ今は私だけハブられてるんだ!?

 

「ううぅ……」

 

 剣道で培った静なる心構えが乱れてしまっている、これはいけない。

 

 けどな、だけどな? ほら、あれいたじゃん、プレイヤーキラーってやつ。あいつにエクスカリバーでトドメを刺したのは他でもない私なわけで。もちろん皆の協力があったからこそ勝てたというのは重々承知なんだけども、少なくとも目立った立ち位置にいたのは間違いないはずなんだ。なんていったってトドメ担当だったからね。

 

 ……あぁ、だめだ、虚しいだけだ。余計なことを考えるのはやめよう。

 

「どうせパートナーなんて……誰もいないし……」

 

 呟いて、改めて気が付く。

 もうデスゲーマーズで余っている人はいない。リアさんは自分の体だったアイリと、フィリスは田宮だった呉原永治と、陽菜は敵のボスで途中から仲間になった剛烈雪音と、ロイゼは自分の執事で外部からの協力者だった真岡正太郎と、小春はなぜかリアさんの弟と、そして蓮斗はなんか小さい女の子になってて──はい、誰も残ってませんね。

 

 こうなってくると、私はパートナーになれるような人を改めて最初から探さなければいけない、ということになる。知り合いの枠は埋まってしまっているし、そうなるとデム隊の隊員あたりがちょうどいいか。

 

 だが、聞くところによるとパートナーとは心が通じ合っていないと変身(アクセス)ができないらしい。私別にデム隊に知り合いとかいないし詰みでは? 誰とも心通じ合ってないよ?

 

「………」

 

 黙ってあたりを見渡してみる。そこにあるのは私なんかが守らなくとも平和な街の光景だ。

 そう、とてものどかで平和な──

 

 

 

「か、怪人だぁーっ!!」

 

「みんな逃げてぇーっ!!」

 

 

 

 ………とても懐かしい悲鳴が聞こえてきたのは気のせいですよね。

 なんたって仮想世界と現実世界が融合して以来、私が怪人事件に巻き込まれたことなんて、ただの一度も──

 

「うぇっ!?」

 

 空から火の玉飛んできたァ!?

 

「あっ、あぶ──いだっ!」

 

 足元に飛来してきた火の玉から火の粉が飛び散り、それに驚いて尻もちをついてしまった。痛い。

 なに、何事……!?

 

「…………あ、あれは」

 

 慌てて周囲を見渡してみると、前方に怪しい人影を発見した。

 背中から黒い大きな翼を生やした男性が宙に浮いており、彼が右手から黒い瘴気のようなものを周囲にバラまいている。

 

「たしか……デビル、だったか?」

 

 即座に立ち上がって電柱の物陰に避難しつつ、怪しい男の様子をうかがう。彼が発している瘴気に包まれた人間は意識を失って倒れ、数秒ほど経過すると男と同じように黒い羽根を生やして復活する。

 

 あの怪人増殖のやり方には既視感がある。デビルという怪人本体は蓮斗と小春が撃破したため、直接やつと戦闘をしたことはなかったが、街での怪人と化した市民の鎮圧には私も尽力した。

 

 ある程度のダメージを与えると怪人に感染した人──悪魔は元に戻るのだが、以前のあの時は大半の悪魔を小春が自身の能力の応用で元に戻していた。

 

 しかし、今この場に小春はいない。となればやはり戦うしかない。

 

「っ! ……た、戦うのか? 本当か?」

 

 一瞬だけ以前のように戦闘スイッチが入りかけて、電柱から飛び出そうとした自分をすんでのところで抑えた。

 

 待て待て、落ち着け藤堂文香。冷静に状況を判断するのだ。

 

 ほら、まずは敵を分析することからだ。

 

「……悪魔たちは飛翔能力を有していて、火球などの飛び道具も使える。そして何より数が多い」

 

 次は自分の戦力の確認。

 

「今は私一人しかいなくて、当の私も能力が使えないただの一般人……」

 

 なるほど、完全に理解できた。

 

 ……無理だねこれ。

 

「逃げるしかないのでは……!?」

 

 頭の中が『逃走』でまとまったので踵を返した。

 

 

 

 ──その瞬間、私の耳に誰かの悲鳴が飛び込んできた。

 

 

 

 

「ママー! どこぉ!? ままぁーっ!」

 

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………

 

 

 

「……やってしまった」

 

 

 目の前には泣いている子供を抱きしめる女性の姿がある。

 その周辺には悪魔と思わしき怪人が一体、うつ伏せに倒れて気を失っている。

 

「体が勝手にぃ……!」

 

 ワナワナと震える右手を押さえつつ、なんとか無傷で()()()親子を、人々が逃げている安全な方角へ導く。

 

「ありがとうございます! 本当にありがとうございます!」

 

「礼はいいですから、早く安全な場所へ避難を」

 

「は、はい! あの、貴方もどうかご無事で!」

 

 娘を抱きかかえてペコペコと何度も頭を下げた母親は、私に見送られる形で逃げていった。彼女たちが逃げた方向は悪魔たちも少なく、すでに警察が到着している区域だから問題はないだろう。

 

 少なくともあの親子から危険は去った。 

 

 ……代わりに私が危険になった。

 

「ウボォァァァ」

 

「ぎゃあああぁぁぁッ!!」

 

 仲間の一人を倒されたことを察知した悪魔の集団が私を追い回し始めた。もはや全力で逃げるしか術はない。

 

 

 助けてしまった。無策で後先考えず、子供の悲鳴に反応して本当に()()()()()()()()

 女の子を襲おうとしていた悪魔の間に割って入り、合気道で攻撃をいなして顎に手拳を一発。悪魔を昏倒させた隙に女の子を親の元へ返した。 

 

 私の能力は単純な身体能力強化だった為、能力をうまく使うには素手で戦う術を知っている必要があった。それ故に武器のない状態での戦いはそこそこできる──のだが、さすがに多勢に無勢。隙をついて悪魔一体を倒す程度ならなんとか可能だったが、能力が使えずちょっと強い程度の一般人である今の私に怪人の集団と戦う方法など存在しない。ゆえに逃げる。にげろー!

 

「くっそぅ……! もぉぉぉ私のバカ! よくやった!」

 

 矛盾した言葉を叫びながら逃げる。

 自分の命を顧みず無策で突っ込んだのはアホだったが、子供を見捨てずに助けたのはきっと間違いではなかったはず。私だってこれでもデスゲーマーズの一員なのだ、やるときにやれないと脱退待ったなしである。

 

「ううぅ……!」

 

 曲がり角や入り組んだ道を駆使し、追いかけてくる悪魔たちをなんとか振り切ろうと街中を駆け巡る。

 

 

「……ま、撒いたか……!」

 

 すると、意外にも後続の悪魔たちは数を減らしていった。案外悪魔たちの思考回路は単純なのかもしれない。ウボォァァァとか言ってたし。

 

 

「あ、あれ?」

 

 

 ようやく振り切った──というところで、到着したのは広い十字の交差点だった。なんとがむしゃらに走っていたら再び街のど真ん中に戻ってきてしまったらしい。

 

 そこでは先ほど私を追いかけてきていた悪魔たち以上の数の怪人たちが跋扈しており、端的に言えば地獄絵図であった。これ(生き残るの)無理だゾ。

 

「ど、どうすれば……!」

 

 前には敵、後ろにも敵。前後左右悪魔だらけの四面楚歌。藤堂文香の人生はここに潰える運命にあるらしい。恥の多い生涯を……いやでもけっこう真面目に生きてきたんじゃ? 死にたくない……!

 

「──っ!? あ、足を!?」

 

 頭の中が纏まらず立ち往生をしていた隙に、コンクリートの地面を這っていた悪魔に右足首を掴まれてしまった。

 まずい、多対一での拘束は即ち“死”を意味する。

 

「は、離せ!」

 

 足を強く動かしてもビクともしない。瞬間的な戦闘しか行っていなかったせいか、悪魔たちの握力を見誤っていた。きっと彼らの力は私一人で振りほどけない。

 

「くぅっ……!」

 

 歯ぎしりをする。もう大勢の敵は目の前まで迫っている。

 

 こ、このままじゃ殺され──!

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 美咲君の手を握りながら、一心不乱に街を駆ける。ショッピングモールから逃げ出した先でも悪魔たちに追い掛け回され、僕たちは既に息を切らしていた。しかし休むことは許されず、足の速度が落ちてもとにかく進んで逃げるしかない。

 

「はぁ゛っ、はぁ……ゲホっ!」

 

 たまらず咳き込む。いつの間にか先行していた僕を追い抜き、逆に美咲君が僕の手を引いて先行している。安全確認しながら引っ張ってくれる彼のおかげでまだ逃走自体はできているが、運動神経が悪く体力もない僕とダグストリアはもう限界だ。

 

「みさ、……っ、き、くんっ……!」

 

「っ! 黒野さん、アイリール! そこのコンビニに隠れよう!」

 

 僕たちの体力の限界を察した美咲君は、荒らされて無人になったコンビニのドアを蹴り開けて中へと入っていく。それに続いてコンビニ内に入った私たちは力が抜けるように座り込み、息を吐いた。

 

 

「はぁっ、はぁ……」

 

 誰の息遣いなのかも分からない早い呼吸が無人のコンビニ内で木霊する。ここまでずっと全速力で逃げていたせいか、体が求める酸素の量に呼吸が追い付かない。

 

「黒野さん……これ、水どうぞ」

 

「はふぅ……ぁ、ありがと……げほっ、げほ!」

 

 受け取ったペットボトルの水を飲む前に何度か咳き込んでしまう。

 普段はデスクワークばかりでほとんど出歩かないことが災いしたか……。もっと運動しとけばよかったな。

 

「ほら、アイリールも」

 

「う、うん゛……んく、んく」

 

 どうやら運動不足は、普段から美咲君のウォッチの中でぐうたらしているダグストリアも同じだったらしい。一心不乱にのどを鳴らして水分補給している……もちろん僕も。

 

 

「……っぷは! ……はぁ、ふあぁ~……っ」

 

 ようやく落ち着いて呼吸をすることができる。幸いにも商品棚の後ろに隠れていれば外にいる悪魔たちからは見つからないようなので、とりあえずは安息地を手に入れたらしい。

 

 ……そういえば。

 

「美咲君、さっきの水はどこから? ──もしかして」

 

「ま、まさか! 水分補給用にデートの前から準備してた物ですよ!」

 

「でっ、デートじゃ……まぁ、いいや、そういうことなら。疑ってごめんね」

 

 気にしないでください、と笑いながらショルダーバッグをかけ直す美咲君を尻目に、僕は商品棚からこっそり顔を出して外の様子を窺った。

 

 

 見たところ、相変わらずこの街は悪魔の楽園と化している。どうやらデビルによる感染のスピードは凄まじいものらしい。僕が洗脳していた時とは比べ物にならない手際の良さだ。これが彼の本気──ということなのだろう。

 

 まぁ、そもそもデビルを本気にさせた原因というか張本人というか、とにかく全ては僕の責任なわけで。

 この事態を収束させるのも当然僕でなければならない。

 

「……」

 

「……黒野さん?」

 

 ちらりと自分の右手首を確認した。事件解決のための手段は一応持ってきてはいて、それは既に僕の右手首に装着されていて、これを使えば少なくとも戦うための力を得ることはできる──が、これを起動する手段がなかなかに褒められたことではない。

 

「あっ、黒野さん……!」

 

 僕の腕に付けられている腕時計型のデバイス、これの名前は美咲君や呉原君が身に着けているものと同じ『アクセスウォッチ』なのだが、僕のこれは既存品のウォッチに改良を加えた特別仕様のアイテムだ。

 

「やばいですよ……来てますっ!」

 

 改良……もっと言えばパワーアップに近いが、その本質はなかなかに邪悪だ。まさしくマァァッドサイエンティストが作るにふさわしい代物となっている。このアクセスウォッチはSDカードサイズのカードリッジを装填することで機能追加がなされるのだが、その機能とは──

 

 

「黒野さんッ! 敵が来てます!」

 

 

「……えっ?」

 

 

 

 迷いに支配されていた脳内が覚醒し、一気に現実に引き戻されたその瞬間。

 台風を思わせる程の強烈な突風が店内に巻き起こった。

 

「うぅっ!?」

 

 そして棚の商品たちがあちこちに飛び散り、外からも見える位置に飛んだ商品たちに向かって、無数の火球が投擲されてきた。

 

「うわわわっ!」

 

 その勢いはまさしく暴力そのものであり、店内中で小規模な爆発が次から次へと巻き起こる。火球が発生させる爆発による熱風と騒音が僕らを襲い、殴るように頭の中から冷静さを吹き飛ばしていく。

 耳を押さえ、悲鳴を上げる。

 

 しぬ、死ぬ、死んじゃう──!

 

 

「もう見張りはいいからアイリールはウォッチの中に戻ってくれ!」

 

「う、うん」

 

「隙を見て逃げますよ黒野さん! 走るから手を離さないでくださいね!」

 

「ふえぇっ!?」

 

 

 即座に状況判断を下した美咲君に従ってダグストリアはウォッチの中に逃げ込み、彼は僕の右手を握って立ち上がった。

 釣られるようにして僕も立ち上がった数秒後、火球の勢いが少しだけ和らいだ。

 

「行きますっ!」

 

「ちょ、ま──!」

 

 この機を逃すまいと駆けだした美咲君に引かれるがまま、既に破壊されて粉々になっているコンビニのドアを突破した。

 しかし、外には大量の悪魔たちの姿が。逃げられるような隙間など──

 

「しっかり手ぇ握っててください! 右側が薄いからそこから突破します!」

 

 ──なんという状況判断の速さだろう、と。こんな時に……いや、こんな時だからこそ驚き、感心した。

 索敵と分析を瞬時に行い、そこから自分で導き出した最良の判断を疑うことなく信じて突き進む勇気と胆力。

 もはや普通の高校生の域を優に超えている決断力と行動力こそ、彼が仮想空間でのデスゲームと現実世界でのゲームフィールド事件を乗り越えてきた何よりの証拠なのかもしれない。

 

 

 ──だが。

 

 

「うぐっ!」

 

「美咲君!?」

 

 数の暴力は個人の能力など容易く呑み込んでしまう。美咲君は大量に放たれる火球がついに左肩に被弾し、その勢いによって僕との手が振りほどかれて仰向けに倒れてしまった。

 

「い゛っ……!」

 

 たまらず左肩を押さえて苦痛を声にする彼だったが、決して大声を上げることはなかった。

 

「クッソこの野郎……!」

 

 ズリズリと無理やり体を起こしたと思ったら、すぐさま庇うように僕の前に立つ。

 火球を受けた箇所は当たり所がよかったのか、直撃ではなく掠めた程度だったが、やはり攻撃を受けたことには変わりなく服は燃えて破れ、肩には少々の火傷を残している。

 

 負傷して身動きが鈍くなっていて、さらに僕を背に庇っている美咲君には、悪魔たちの人差し指が向けられている。あれはおそらく火球を射出する際の予備動作だ。

 

 まずい、よくない、このままでは美咲君が。

 

「僕はいいから美咲君は逃げてっ!」

 

「な、なに言ってるんですか! んなことできるわけ」

 

「デビルは復讐って言っていたんだろう!? なら目的はあくまで僕のはずだ! 君が狙われているのもきっと……僕と一緒に逃げているからだ!」

 

 これは恐らくデビルによる報復。ならば仮想世界での撃破には全く無関係だった美咲君が狙われる理由はどこにもない。無論ここをやり過ごしても街で無作為に暴れている悪魔たちには気を付けなければならないだろうが、明らかに大勢で狙われるターゲットである僕と一緒にいる状況よりは遥かにマシだ。

 

 体力が皆無で足を引っ張ることしかできない僕がいなくなれば、美咲君一人ならきっと逃げ切れる。

 

 だから、どうか僕を見捨ててほしい。

 

 

「時間ないから! 早くッ!!」

 

  

 恋も兄も──生きる最後の希望であるキミまで失ってしまったら、僕は──

 

 

「……しませんよそんなこと。だって俺──黒野さんの味方になるって言ったから」

 

 あぁ、きみは。

 

「ここで見捨てて助かっても、一生後悔します。だから、黒野さんの意思を無視してでも……」

 

 きみはいつも。

 

「俺はあなたを守ります」

 

 いつも──僕の言うことを聞いてくれない。

 

 

 

 

「………………はぁ」

 

 

 

 

 ──やるしかない、か。

 

 

「っ! く、黒野さん……!?」

 

「下がっていたまえ。ここは僕が何とかする」

 

 ため息を吐いた後に、揺れていた気持ちを殴って鎮めて覚悟を決め、庇うようにして美咲君の前に出た。高校生の男の子がここまで頑張っているというのに、ここでその頑張りに甘えてしまったら、それこそ大人失格だ。

 

 気持ちだけじゃない。

 今こそ行動で示すべきだろう。

 守られるだけの存在ではダメなんだ。

 

 

 ()()()()()()()()()くらい──自分で守ってみせなきゃな。

 

 

「強制アクセスシステム──起動」

 

 

 腕時計に特殊なカードリッジを装填し、システム起動のための声帯認証を即座に実行。

 すると腕時計の時計盤が発光し、目の前にあるコンクリートの地面に乗用車サイズの大きな魔法陣(サークル)を出現させた。

 突然奇妙な紋章が出現したことに驚いたのか、悪魔たちは一歩下がって様子見の体勢にシフトした。好都合だ。

 

「サーチ開始」

 

 二つ目の認証を終えた瞬間、時計盤と同様にサークルが眩く輝き始めた。思わず目をそらしたくなるほどの大きな光だが、その場で唯一私だけがそのサークルから目を逸らさない。

 

 

 強制アクセスシステム。これはその名の通り、本来パートナーとなる筈の能力者の意思を完全に無視して()()()()こちらとアクセスさせるシステムだ。

 深い心の繋がりも、目的の一致や精神の共鳴すらも必要ない。ただこちらの都合のみで体と能力だけを拝借する悪魔の発明品である。

 

 ほとんどの人間と交流を断絶していた僕にとって、能力者とのアクセスという『他人との融合』は不可能に近い。相手がどんな聖人君子であろうと、まず僕自身から心を開くことがないからだ。

 

 両親や恋や兄との別れ、そして叔父に追従する間に嫌というほど見せつけられた社会の闇によって、僕は俗にいう人間不信とやらに陥った。正直な話いまこうして美咲君の隣にいられるだけでも奇跡みたいなものである。何故かダグストリア相手には緊張しなかったが、きっと姿が似ているからとか、そんな理由だろう。本質は多分変わっていない。

 

 ゆえに、そんな人間不信である僕が能力を手にするためには、こうして無理やり自分と合体させる手段を用いるしか方法はなかったというわけだ。使う機会など来ないと高を括っていたが、予想以上にこの世界は物騒だったらしい。

 

「能力者発見。召喚開始」

 

 第三の認証と共に、召喚サークルから強風が巻き起こる。その風は僕の茶髪を揺らすどころか、様子を見ている悪魔たちをビビらせるほどの風速であった。どうだ怖いだろう。

 

 サーチで現在地から最も近場にいる能力者を探し出し、この場に召喚して麻酔銃で昏倒させ、相手が眠っている隙にウォッチを起動させる──というのが強制アクセスの手順だ。どうみても悪の所業です本当にありがとうございました。

 

「さて……」

 

 どんな奴が来るかな。

 

 この世界は仮想世界と完全に融合したとのことなので、当然ながら原作エロゲのヒロインであるフィリスたち以外にも能力者は多数存在している。それこそ悪の組織の怪人だけではなく、主人公たちの協力者やサブキャラ、能力持ちのモブだってこの街にはたくさんいるはずだ。

 

 

 ……そこを考慮しても、能力者サーチがここまで早いとは思わなかった。よほどここの近くで戦っていたか、悪魔に襲われでもしていたのだろうか。

 

「当たり、頼むぞ……!」

 

 神などは全く信じていないが、とにかく藁にでも縋る思いなのでとにかく祈る。この状況を打開するための手段ゆえに、戦闘向き──もしくは逃走向きではない外れ能力を引いてしまったら終わりだ。

 

 頼む、頼む──!

 

「っ……!」

 

 祈りと共にサークルの輝きが終わり、それと同時に爆発と突風が発生して悪魔たちを吹き飛ばした。召喚に成功した衝撃で生じてしまうことが悩みの爆風だったが、現在の状況においてはそれが功を奏したようだ。風は運よくこちらには流れてきていない。

 

「……よしっ!」

 

 召喚、完了だ。

 

 爆発によって立ち昇った煙が立ち込めていてその姿はよく見えないが、人影は確認できるし今のうちにデリンジャー型の小型麻酔銃を撃って昏倒させなければ。

 

 弾、というよりは針を発射するタイプの銃で、装填数はたったの二発。ゆえに悪魔たち相手には使わず、ウォッチ起動の際まで取っておいたのだ。

 

 銃には生体反応追尾機能が備わっているので、姿が見えなくてもある程度の狙いが定まっていればあとは自動的に弾着させてくれる。

 

 

「いくぞ……」

 

 ポケットから麻酔銃を取り出し、煙の中へ照準を合わせる。

 できれば、もちろん相手から恨まれることは承知の上だが……気持ち的には僕の顔を見られる前に変身を終えたい。

 

 

「──っ!」

 

 

 トリガーを引いた。

 瞬間、銃口から極細の針が射出される。

 

 そしてソレは煙の中へと姿を消し──

 

 

「…………どう、だ?」

 

 

 不安になって目を凝らしてみると──なんと()()()()()人影が見えた。やばい外した。やばいやばいやばい。

 

「もう一発!」

 

 最後の一発を煙の中へ打ち込む──が、中の人影が倒れる様子はない。なんで!?

 

 

「ば、バカな……! 自動追尾機能は完璧な……はず、なのに……」

 

 三下の悪役のようなセリフを吐きながらへたり込む。

 

 ……やばい、どうしよう。

 眠っていない相手も強制アクセスさせること自体はできる。でもそれだと相手の意思が邪魔して体を十二分に動かすことができなくなるし、最悪の場合は相手の強い拒絶によってアクセスが強制解除させられる可能性も大いにある。

 

 

 まさか最初からアクセスを望んでいる人間などいるはずもないし……これは、詰み……なのでは……?

 

 

「こんなはずじゃ……!」

 

 悔やんでももう遅い。

 目の前の煙は次第に晴れていき、相手の姿が露わになっていく。

 

 ああぁ、顔を見られてしまう。顔をしっかり覚えられたうえで無理やりアクセスをすることになってしまうぅぅ……!

 

 だ、だけど、やるしかない!

 

 美咲君を守るためだ。この際悪役になって後で訴えられることになろうと構わん……その体もらい受けるぞ……ぐヘヘ……。

 

 

 

「──おや?」

 

 

 

「…………えっ」

 

 

 煙が晴れた先にいたのは、凛とした顔立ちで背がそこそこ高い、黒髪の少女だった。

 その姿には見覚えがある。

 

 ある──のだが、それ以上に驚愕すべき事実が目の前にはあった。

 

 その少女は麻酔銃から放たれたであろう極細の針を、なんと()()()()()()()()()()()()()()

 

「──は?」

 

 いやいやいやどんな反射神経してるんだこいつ!?

 

 

「あ、あわわわ」

 

 とんでもない人間を召喚してしまった。

 これは確実に数秒でアクセス拒否されて終わる。

 リセマラ不可能のガチャに僕は敗北してしまった。

 

「私はいったい……?」

 

 慌てふためく僕の前で困惑する黒髪の少女──原作ゲーム『最良の選択』におけるリアを除いた4ヒロインの中で、最高難度のルートのヒロインを務め、なにより主人公である海夜蓮斗が序盤で一番最初に出会うキャラクター──

 

 

「藤堂……文香……」

 

 

「むっ。あなたはリアさん……では、ないな」

 

 姿が似ている僕をリアではないと察した彼女は、嘗め回すように下から上へと視線を揺らし──途中、その目を僕の右手首で止めた。

 

 いま、僕の右腕には時計盤が発光した状態のアクセスウォッチが装着されている。

 な、なぜそこを──まさか強制アクセスがバレた!?

 

 まずい、今すぐアクセスを起動しないと──

 

「なるほど」

 

「っ! ……え?」

 

 

 僕のアクセスウォッチを目にした文香は目を閉じ、一度深く頷く。

 

 そして座り込んでしまっている僕を見下ろしながら、目に歓喜の色を宿し、少しだけ口角を上げ──口を開いた。

 

 

 

 

 

「問おう。あなたがわたしのパートナーか」

 

 

 

 

 

「…………へっ?」

 

 

 

 

 素っ頓狂な声を上げ、呆然とする僕。

 

 凛々しい表情で問いを投げかける彼女。

 

 その問いに──

 

 

「あっ、はい。そうです……?」

 

 

 そう答えた、その瞬間。

 

 悪魔たちに手を下され死にゆく道しか残されていなかった──僕たちの運命(フェイト)に変革が齎されたのだった。

 

 




文香:(*´∇`*)

黒野:(;´・ω・)……?

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