お前のハーレムをぶっ壊す   作:バリ茶

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次回で現実世界編は終了です(あとがき並み感)



やっぱり相棒と【中編】

 

 

 

 

 

 

 怪人騒動からしばらく経って。

 

 夕方を過ぎて空が暗くなり始めた頃に、俺は黒野が現在仮住まいとしている、地下研究室近くのとある一室の前に立っていた。

 

 自宅は別にあるらしいのだが、そこは現在デム隊に管理されているため出入り不可。地下研究室にも監視カメラが設置されており、現在の彼女の完全なプライベート空間は研究室の隣にあるこの自室だけ、とのことだ。

 

「さぁ、入って」

 

「……お邪魔シマス」

 

 先行して扉を開けてくれた黒野についていく形で、若干の緊張を残したまま部屋の中へと足を踏み入れていく。部屋とは言ったもののほぼ1LDKの一室で、一人暮らしをする分には問題なさそうな間取りの家、といった雰囲気を感じる。

 

「……おぉ」

 

 部屋の中が案外オシャレな内装になっていて驚いた。木目のデザインの小さなテーブルや、少し花の装飾が施されているカーテンもあり、全体的に白色を基準としている落ち着いた雰囲気だが、所々にしっかり手入れが行き届いている。

 

 よく見れば観葉植物が入った植木鉢や、ベッドの上に可愛らしいクマのキャラクターの抱き枕もあり、とどめと言わんばかりにピンク色のしゃれた加湿器まで置いてあった。これらを見渡して抱いた感想は『意外』の一言に尽きる。

 

「……いい部屋、ですね」

 

「美咲君、正直に言ってみたまえ? いったいどんな部屋を想像していたのか」

 

「あぁ……えっと、殺風景で簡素な感じか──もしくは滅茶苦茶に散らかってると思ってました。元マッドサイエンティストだったので」

 

「無理もないね……僕はマァァッドサイエンティストだったからね」

 

 わざと大袈裟にそう言い、クスクス笑いながらキッチンへと向かう黒野。

 俺がそのまま所在なさげに立ち往生していると、彼女は冷蔵庫の中を見ながら俺に声をかけてくれた。

 

「いま飲み物を出すから、適当なところに座っててくれるかい?」

 

「あ、はい」

 

 一時間ほど前の照れて慌ただしかったときとは打って変わり、とても落ち着いた様子になっている黒野を不思議に思いつつ、俺は居間の座椅子がある場所へ座った。

 

(まぁ……一時間経てば落ち着きもするか?)

 

 お家デートに誘ったあのとき様子から考えて、てっきり俺を家に上げるときはもう少し緊張するものだと思っていたのだが、今の彼女からそのような雰囲気は感じ取れない。

 

 慣れた手つきで冷蔵庫からペットボトルを二本取り出し、別段急ぐ気配もないままゆったりとした足取りで居間に訪れ、テーブルを挟んで俺の向かい側に座った。

 

「はい、お茶」

 

「ありがとうございます」

 

 手渡されたペットボトルをさっそく開け、冷たいお茶で喉を潤していく。疲労困憊というわけでもないが、戦いの後の水分補給は格別だ。俺に続いてお茶を口にした黒野もお茶を飲み、安心したように息を吐いている。

 

「……ふぅ、改めてお疲れ様、美咲君」

 

「いえ、黒野さんこそ。助けられっぱなしだった俺と違って、長い時間一人で戦ってたでしょう」

 

「あー……実はあまり疲れてないんだ」

 

「えっ?」

 

「戦闘時はほとんど文香のサポートありきで戦ってたんだったんだよ。ほら、僕って運動音痴だからさ? 文香の体を得てもまともに戦えるわけじゃなくてね」

 

 曰く、心の中で喋る藤堂の指示通りに動いたり、咄嗟の判断が必要な時は一時的に藤堂へコントロール権を移したりなど、基本的に戦闘が得意な他のメンバーと違って人一倍工夫をしながら戦っていたらしい。

 

「だから負担は僕と文香で半々……いや、もう少し彼女が貰ってくれてるから、あまり疲労は溜まってないよ」

 

「そうだったんですか。……藤堂のやつ、頑張りすぎですね」

 

「全くだよ。いくらパートナーとはいえ、ここまで良くしてもらったら罪悪感が……ね。あの子には今度なにかしらお礼をしないとだなぁ」

 

 んーっ、と軽く伸びをしながら黒野はそんなことを口にし、座椅子の背もたれに体重を預けた。負担の半分以上を藤堂が貰っているとはいえ、やはり黒野も疲弊しているように見える。あまり疲れていない、という言葉は年上としての意地だろうか。

 

 ともかく目先の問題は全て解決したのだし、俺もこの家で少し休憩させてもらおう。

 

 

「──あぁ、そうだ美咲君」

 

「はい?」

 

 俺も彼女に倣って座椅子にもたれかかって寛いでいると、パンっと両手を叩いた黒野が立ち上がった。

 

「きみに渡すものがあるんだよ、ここで待っててくれるかい」

 

「はぁ……」

 

 肯定とも拒否ともとれるような曖昧な返事をすると、彼女は後ろにあるベッドの下からトランクケースを取り出し、それを目の前のテーブルの上に置いた。

 そしてトランクケースの側面にある、数字が記された小さなパネルをポチポチと操作する。

 

「ほい解錠っと」

 

 勢いよく最後のボタン押し込むと、トランクケースから妙な金属音が鳴った。解錠、という言葉からしておそらくトランクケースのロックを開けたのだろう。

 

 セキュリティ解除がなされたトランクケースを開け、中から取り出した物を黒野はそのまま俺に手渡してきた。

 

「……黒野さん、これって──」

 

「ふふ、キミなら見覚えがあるだろう?」

 

 渡されたのは豪華な装飾が施されている金色の腕時計で、どことなく形状やデザインの雰囲気はアクセスウォッチに似ている。

 

 あぁ、これにはとても見覚えがある。これと同じ形のものを手にした回数は僅か二回に過ぎないものの、そのどちらの場面もあまりに強烈で記憶に焼き付いているのだ。

 

 忘れるわけがない、これはいわば俺がデスゲームのプレイヤーだった頃の最終兵器なのだから。

 

 

「ハイパームテキの……ウォッチ」

 

 

 俺がそう呟くと、黒野はフッと小さく笑った。

 

「正解。藤堂文香ルートをわずか五分の間に力業で終了させ、ワールドクラッシャーと融合した僕をたった一発で撃沈させた、あの無敵の力を内包している腕時計さ」

 

 あれは痛かったなぁ……なんて言いながら、再び座椅子に座ってお茶を飲む黒野。

 

「えっ」

 

 いや、ちょっと待ってほしい。

 

「つ、作ったんですか? この現実世界で無敵状態になれるウォッチを……?」

 

「んー、ちょっと違うかな」

 

 中身がなくなったトランクケースを再びベッドの下に隠しながら、黒野は言葉を繋げる。

 

「数ヵ月前までゲームフィールド事件が起きていただろう。あのフィールドを形成していた核を分析して、そのウォッチから簡易的に小規模なゲームフィールドを作れるようにしたんだ──で、無敵の力はそのミニフィールド内でのみ五分間使うことができる……って感じかな」

 

「……それって大丈夫なんですか」

 

「まぁ、もちろんダメだよ。これがバレたらいくらお優しいデスゲーム部隊様とはいえ、僕を冷たい鉄の檻にぶち込まざるを得なくなるだろうね。デスゲーム終了時にあれこれ理由をつけて助けてくれた真岡と剛烈でも、きっと庇いきれない」

 

 それなら何でそんなリスクの高いことを──そんな言葉を孕んだ俺の眼差しを受けて、直接質問をされる前に黒野は答える。

 

 

「渡すべきだと思ったからだよ、君に」

 

 

「……?」

 

「あのデスゲームをクリアして以来、きみを翻弄し続けている運命──それはまだ終わっていないと、僕はそう思うんだ」

 

「う、運命……ですか」

 

 うまく言語化しづらいな、と苦笑いしながら黒野は頬を指でかく。

 

「美咲君が事件や問題の中心に自然と自らの身を置き、ダグストリアが君を守るために仮想と現実のデスゲーマーズメンバーを引き合わせ、更には二人の力でワールドクラッシャーを抑制し……今日、ついに僕までもデスゲーマーズに引き入れ、巨悪を打ち砕いた。不思議と君たち二人がいる場所では何かしらが起き、その度に解決して──でも」

 

 一拍置いて、言葉を紡ぐ。

 

「まだ終わってはいないのだと、そう思ってしまうんだ」

 

「……それは、どうして」

 

「さぁね、直感のようなものなのだろ。最近ルクラの姿を見ていない、というのもあるけど……」

 

 物思いに耽るように少しだけ目を伏せる黒野。

 彼女は今日、そんな思いを抱くような何かがあったのだろうか。

 

「……いや、何でもない」(ダグストリアの抱く──美咲君へ向ける感情が『分からない』という、あの言葉が引っかかっているだけなのかもしれないな)

 

 くいっとペットボトルのお茶を飲み干し、黒野は一息ついて再び穏やかな表情に戻った。難しいことを考えるのは、どうやらやめにしたらしい。

 

 

「とにかく、今日きみをお家デートと称してウチに招いたのはそれを渡すためだったんだ。文香たちがいたあの場では雰囲気的にデートと誤魔化すしかなくて……ごめんね、あの時は変に焦らせちゃって」

 

「……い、いえ。そういうことだったんなら……別に、気にしてないです」

 

 

 そうだ、黒野さんが今日のデート(仮)に誘った理由は最初からこれだったんだ。俺と同じで邪な気持ちは初めから持っていなかった。うん、俺と同じで。

 

「とりあえずその無敵ウォッチは誰にも見つからないように持って帰ってもらって……美咲君?」

 

「は、はい! なんですか!」

 

 いい匂いのする女性の部屋にいるけど緊張しているのもきっと気のせいだ。なんせ本来の目的は今終わったのだから。緊張する理由も妙に身構える必要もない。

 そう、なにも──

 

 

「……もしかしてキミ──何か期待してたのかな?」

 

 

「うぇっ!?」

 

 微笑を浮かべながらいたずらっぽく告げる黒野。

 

 まさか。

 

 まさかそんなわけないだろう。今日はデート(仮)の約束があったからここまでついてきたんだ。別に他意はない。

 

「まぁ、僕自身があれだけ露骨な態度をしていれば……君がその気になってもおかしくはないか」

 

「あの黒野さん! 俺は別に……!」

 

 何かを期待していた──なんて、そんな馬鹿なことがあるはずない。俺は黒野の助けになると決めていて、今日は約束だったから常に一緒にいただけであって、俺自身が妙な感情を抱くなんてことは……ない、はずだ。

 

 こんな、ただ二人きりで狭い部屋にいるだけで。蠱惑的な表情で微笑まれただけで、俺が。

 

「……っ!」

 

 ドキリと胸が跳ねた。何故だか急に、目の前にいる黒野を必要以上に意識し始めてしまっている。

 二人きりで、距離で言えばかなり近くて、あと……()()()()

 

 

「……ねぇ、美咲君?」

 

 黒野は小さな声で語り掛けながら、ゆったりとした足取りで俺の方へ近づいてくる。

 

「正直に言ってほしいな」

 

 そんなことを言いながら、彼女は俺の隣に座る。肩が触れ合ってしまいそうな、あとほんの数センチで密着してしまいそうな距離で、俺の耳に小さく囁く。

 

「どんなこと……期待してたの?」

 

「っ!?」

 

 甘い吐息交じりの言葉が耳の奥を刺激して、全身にゾクゾクと鳥肌が立ち、思わず肩をビクつかせてしまう。

 

 

「べっ、べつに何も、期待なんて……!」

 

 自分でもわかるくらい、今の俺の言葉には説得力がない。

 

「ふふ。真っ赤になっちゃって……かわいいなぁ」

 

 隣から甘い声が聞こえてくる。

 

「この世界に戻ってからは色々な女の子たちとえっちをしているんだったね。それなら……また自分がえっちなことに遭遇するんじゃないかー、って期待するのも無理ないよ」

 

 妖艶な囁きで思考を止めようとしてくる。

 

「それに……僕の美咲君に対しての好感度は、鈍感なきみでも気づくくらいの露骨なもので。しかもこうして都合よく二人きりになれて……わざとらしくきみに近づいて()()()()

 

 細く透き通るような声音が脳まで届いて、体中の血液を沸騰させる。

 

「ぁ、あの……黒野さ……」

 

「ん──そろそろ効いてきたかな?」

 

「えっ……?」

 

 暑い──いや、()()。首筋や背中から汗が滲んで、なぜだか息が苦しい。

 ドクンドクンと激しく脈打つ心臓の音が聞こえるほど、俺の体が焦っている。

 

 なんだ、これ。

 

 どうしてこんなに体が熱い。

 

 囁かれているだけで、こんなのおかしい。

 

「……さっき君に渡したお茶だけどね」

 

 まさか。そんな、黒野さんが。

 

「実は媚薬を入れておいたんだ。それも、すぅっごく効き目が強いやつを……ね?」

 

 俺を──!?

 

 

「まっ、待ってください!」

 

 叫びながら焦って立ち上がる。相変わらず体が熱く頭もフラつくが、このまま座っているだけではだめだ。

 

「どうしたんだい?」

 

「こ、こういうのは、良くないっていうか……!」

 

 ダメだ、焦ってしまって上手く言葉にできない。

 

「……どうして?」

 

「へっ?」

 

「レンのみならず小春ちゃんも含めたハーレムを作っておきながら、ルクラのような小さい女の子にも手を出して……今更何が問題だと思っているのかな?」

 

 黒野はまったく余裕を崩さず、妖艶な笑みを浮かべたままで。

 

「そ、それは……」 

 

 あまりにも意地が悪すぎる。黒野もルクラの件の詳細は知っているはずなのに。

 

 ……だが、彼女が言っていることは全て事実だ。俺を好いてくれた人間を受け入れただけ、なんて言い訳がまかり通るはずもない。

 

 俺は蓮斗(レン)にだけ留まらず、欲張って小春までもを選んだ挙句、その二人がいながらルクラという少女にも手を出した。それは紛れもない事実であり、その全員へ直接的に──肉体的に手を出したことも否定しようのない過去なのだ。

 

 あまりにも『不誠実』『下劣』『最低』という言葉が似合う男ではないだろうか。そんな人間が、目の前のこの女性に対して何か意見を言う資格など果たしてあるのか。

 

「ダグストリアのことが好きで、あくまで君を異性の好きとしては認識していないルクラを受け入れたのに」

 

 彼女は俺を見上げる。微笑をたたえたまま、感情が読めない表情のまま黒野は上目遣いで俺の瞳を見つめる。

 

 

「こんなにも君のことが好きな……ここまで好意を露わにしている僕のことは、受け入れてくれないのかい?」

 

 

「───」

 

 心臓が爆発するかと思った。

 目の前の女性がしている、不安を裏に隠したような儚げな微笑みが、俺の心を搔き乱す。

 

「おれ、は……」

 

 言い淀む。答えが出ない。まるで触れたら壊れてしまいそうな、繊細で脆い感情を必死に伝えようとしている黒野を前に、俺は冷静さを欠いてしまう。

 

 体が熱い。まるで『発情』のように、頭が熱に浮かされて視界が霞む。

 思考が破壊されて、衝動的な本能に身を任せようとすらしてしまいそうで、恐ろしい。これが媚薬の効果なのか。

 

 ダメだ、このままこの部屋にいたら、俺はきっとどうにかなってしまう。

 

「か、帰ります! お邪魔し──」

 

 

 踵を返そうとした瞬間、足がもつれた。

 

 

「おわっ!?」

 

「きゃっ!」

 

 

 そのまま謎の法則に従って、俺は黒野を押し倒すような形で転んでしまった。

 

 

「……あっ」

 

 目の前に綺麗な顔がある。

 華奢で小さな体の黒野に、俺が覆いかぶさっている。

 床に両手をついたままの四つん這いで、仰臥した黒野の身動きを封じている。

 

「……美咲君」

 

「……ハッ、ぁ」

 

 全身が強張る。眼下にいる可愛らしい存在を、自らの手で滅茶苦茶にしてしまいたいと、俺の本能が囁いている。

 

「……聞いてるかい?」

 

「はぁっ、ハァ……!」

 

 まるで肉を前にした野生動物の如く、黒野を見ていると思わず涎が出てしまいそうだ。自分が本気を出せばこの女などあっという間に組み伏して、思うが儘に貪ることができるのだと、頭の片隅で理解してしまっている。

 

「このままだと……ぼく、食べられちゃうかも」

 

「ハァぁっ……! お、おれ……ッ!」

 

 あぁ、これはもう駄目だ。

 理性がブレーキを踏もうとしていない。

 俺の中にある獣が全身を支配して、ただ目の前の雌を犯しつくしてやろうと

 

 

 

 

 

「はい、デコピン」

 

 

 

 

 

「ぃでっ!?」

 

 

 ──額に衝撃。

 

 

「………………えっ?」

 

 訳が分からず全身が硬直する。

 

 俺はいま、何をされた?

 

「もう一発。ほいっ」

 

「あだっ!!」

 

 今度は確実に、弾いた中指で眉間を撃ち抜かれ、悲鳴を上げてのけ反る。

 反射的に立ち上がって黒野から距離を取ると、彼女は仕方なさそうに苦笑いしながら同じく立ち上がった。

 

 腰に手を当て、フゥとため息を吐いて再び俺を見る。

 

 

「まったく……きみ、本当に雰囲気に流されやすいねぇ?」

 

 

 えっ──と。間抜けな声を漏らす俺をよそに、先ほどまで俺が飲んでいたペットボトルのキャップを開け、その中の媚薬入り緑茶をゴクゴクと飲み干す黒野。

 

「っぷはぁ……おいし」

 

「ちょ、黒野さ、それは……!」

 

 

「…………プッ」

 

 

 情けなく狼狽する俺の姿を見て、小さな天才少女は吹き出す。

 

「……ふふっ、アハハ! あっははは!」

 

「く、黒野さん……?」

 

「ごめっ、ちょっと、くふふっ、おかしくて! こんなに、上手くいくとは……思わなかったからっ、アハハハ!」

 

 ヒーヒーとお腹を押さえて笑いをこらえようとする黒野を前に、俺は困惑する他ない。いったい何がどうなっているのか、全くもって理解できない。

 

「どういう……?」

 

「ひひひっ……あぁ、ごめんごめん、もう笑わないよ、ちゃんと話すから。……プフッ」

 

 いや笑ってるじゃん。

 

「えっとね──」

 

 

 曰く、お茶には媚薬なんて一滴たりとも混入されていない。

 曰く、体が熱い──いや『暑い』のは単純に部屋の暖房の温度を上げていたから。

 曰く、発情していたワケではなく()()()()()()()()()()()()()

 

 とのことであった。

 

「んな馬鹿な……」

 

 へたり込む俺。逆に気分がよさそうな黒野。

 

「一種のマインドコントロール……とすら呼べないお粗末な方法だったんだけど、予想以上に美咲君が純粋で驚いたよ。ちょっと唆すだけで本当に発情しかけるなんて……すごいね君は」

 

 さらりと皮肉をぶち込まれてメンタルがゴリゴリ削られていく。もはや恥ずかしすぎて穴があれば入りたい程であった。

 

 

 ひどい。ひどすぎる。いや黒野が、というより俺自身がひどくてアホすぎる。

 これってつまり俺が『媚薬のせいで発情してる』って思いこんでいただけで、実際は暑い部屋でお茶を飲んで黒野に盛ってただけってことだろ? 死にたい……。

 

 レンの淫紋貰ったりとかして本当に発情したことがあったから、きっかけさえあれば人間は簡単に発情するもの──という考え方に囚われていたのかもしれない。それでも本当にあと一歩踏み込んでいたら黒野()手を出(レイプ)していた、という事実がとんでもなくヤバい。俺マジで性犯罪者じゃん。レイパーじゃん。やはり死んだ方がいいのか……?

 

 

「あはは……すまないね美咲君、まさか本当に成功するとは思ってなくてさ」

 

「いやもうほんと何て言ったらいいかこの度は本当に申し訳ありませんでした」

 

 素早い土下座。この状況で謝罪を怠れば即オダブツである。殺伐。

 

「どうか警察だけはご勘弁を……! ぁ、いや、やっぱり突き出してもらっても……! 本当にごめんなさいでしたぁ゛……っ!!」

 

「えー? どうしよっかなー? お兄さんロリコンだしぃ、こんな人を許しちゃダメなんじゃないかなぁ~?」

 

 このメスガキ───いや今回は全面的に俺が悪いから何も言えないし言っちゃだめだとにかく土下座をし続けなければ。

 

 そんな思いで痛いぐらいに額を床にグリグリと擦り付けていると、黒野は慌てて俺の傍に駆け寄ってきた。

 

「ちょ、ちょっと美咲君、本気じゃないから! ね、からかってごめんね? ほら、顔上げて……!」

 

「で、でも……! 俺はぁ……ッ!!」

 

「いいからいいから、どちらかといえば圧倒的に僕が悪いんだし、あんまり謝らないでくれ──よっ!」

 

 半ば力づくで俺の顔を上げさせ、そのまま立ち上がらせる黒野。

 

 うぅ、俺はなんてことを……こんなのもう、前の積極的だったレンや小春も怒れないじゃないか……! むしろ思い込みで発情した分俺の方がタチ悪い……! ガチ犯罪者……ッ!

 

「ほーら、もう気にしないでってば」

 

「ふぇっ」

 

 黒野に両頬を引っ張られ、強制的に黙らされる。しかし頬を引っ張られてはいるものの、力が込められていないせいか殆ど痛みは感じない。

 

「僕が言いたかったのは、あまりこんな風に雰囲気に流されないでほしい、ってことだよ。ただでさえ君はトラブル体質なんだから、油断するときっと大変なことになる。……いいかい?」

 

「……はい。肝に銘じておきます」

 

「んっ、よろしい」

 

 俺が心の底からの言葉を口にすると、黒野は微笑んで頬から手を放して、背伸びをして俺の頭を優しく撫でてくれた。

 

 叱って反省を促し、態度の改善が見られれば褒めて頭を撫でる──そんな彼女の行動に、俺はとても強い安心感を覚えた。こんな小さな体をしているのに、彼女はしっかり年上の女性なのだと確信できてしまう、そんな厳しさと優しさ、なにより包容力がある。

 

 

 ──んっ?

 

 

(俺は黒野さんに何を感じているんだ……?)

 

(夜──それはバブみというものだよ)

 

(そんな、まさか……!?)

 

 こんな、俺もよりも頭一つ以上小さなこの人に、この俺がバブみを感じているだと……?

 

(俺はロリコンじゃないぞ!?)

 

(いやロリコンでしょ。レンやルクラとシておいて何を今更……というか黒野博士は年上でしょうが)

 

 ……そうだ、この人は年上だ。俺よりも年齢が上の女性ならば、バブみを感じても不思議ではない……のか? ダメだ分からない、年上からの包容力を感じた機会が少なすぎて、これが良いことなのか悪いことなのかすら判断できない……!

 

 

「美咲君……?」

 

「くっ、俺はどうしてしまったんだ……!」

 

「あの、美咲君。スマホから着信音鳴ってるけど」

 

「へっ? ……あっ、ホントだ」

 

 気が付かなかった。どうやらかなり動揺しているらしい。まんま黒野さんの術中に嵌って発情し、ロリコン疑惑が浮上して、トドメに黒野さんからのバブみ(?)を受けて俺の心がグチャグチャだ。

 

「はいもしもし」

 

『もしもしリアちゃん助けて!!!』

 

 第一声に助けを求めてきた声は小春のものだ。

 

「どうした何があった」

 

『な゛ん゛か今日の戦闘中にアクセスウォッチがダメージう゛げでごわれぢゃっでだみだいでぇ゛!! ライドニングのでべりっどが……あっ、あ゛ざひぐんの方に行っちゃっでるの゛ォ!!』

 

「な、なにぃ。それは大変だ」

 

 ヤバイ、めちゃくちゃ重大な話を聞いてるはずなのに、頭の中が黒野さんでいっぱいなせいか全然内容が入ってこねぇ。

 

『朝陽ぐんざっぎがらズボンもすっごくテント張っちゃってるし、顔真っ赤だじぃ……一応ベッドに寝かせてるけど……りっリアぢゃん早く帰ってぎでぇ!! ダズゲデェーッ!!!』

 

「わ、分かった、すぐ帰る」

 

 帰宅すると言ってすぐに通話を切り、スマホをポケットにしまう。

 

 

 ……あぁ、うん。

 そうだな、やばいことになってるな。早く帰らないとな。

 

「聞こえてたよ美咲君、もう帰るんだね?」

 

「え、えぇ……なんか、凄いことになっちゃってるらしいので」

 

 返事をしつつ身支度を整え、そそくさと玄関へ移動して靴を履いた。後ろには黒野がいて、どうやら見送ってくれるらしい。

 

「じゃあ……ええと、お邪魔しました」

 

「うん、今日はありがとうね」

 

「それじゃ──」

 

「あ、ちょっと待って」

 

「えっ?」

 

 玄関のドアに手をかけようとした瞬間、黒野に呼び止められた。

 

 何事かと思って振り返ると、黒野がクイクイと手招きしている。どうせ二人しかいないのだが、どうやら小声で話したいことがあるようだ。

 

 なんでしょうか、と言いながら彼女に耳を貸した。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()──いつでもここに来てね」

 

 

 

 

 

 

 呼吸が止まった。

 ついでに思考も止まった。 

 代わりに心臓が蹴り飛ばされたかのように跳ね上がった。

 

「……………………………へっ?」

 

 自然と口から声が漏れ出ると同時に、彼女は俺の耳から顔を離す。

 そしてあの蠱惑的な微笑を浮かべ、両手を後ろに組んで。

 

「あぁもちろん、ちゃんと浮気するって決めてから……ね?」

 

「…………」

 

「覚悟が決まったその時は……ふふっ、思う存分僕を使うといい」

 

 からかうように、しかしどこか本気の混じった瞳で俺を見つめ、可愛らしく小首を傾げた。

 

 

「……あっ。か、カッカかかっか帰ります!! お邪魔しましたです!!」

 

 

 焦ってドアを勢いよく開け、脱兎のように部屋から飛び出す。

 

「帰り道には気をつけてねー」

 

「はーい!!!!!!」

 

 

 ヤケクソ気味に返事をしながら走り、階段を使って地下研究室を脱出。そのままデム隊の基地であるビルを出て、夜の街を全力疾走する。

 

 我が家へ向かってただ走る。走る、走る、とにかく走る。

 頭の中で燻っている困惑と期待と煩悩を消し去るべく、高らかに叫びながら街を駆け抜ける。

 

 

「うぉああああぁぁぁぁぁぁっっッ!! 忘れろ忘れろ忘れろ忘れろぉぉぉぉぉォォォォッッ!!!」

 

 

 脳が揺さぶられるような、心を鷲掴みするかのような魅力的な──禁忌の提案を受けてしまった。こんなことは忘れなければ。即刻忘れて今すぐ帰らねば。

 

「こんなっ! こんなぁぁぁぁぁ゛っ゛ぁ゛ぁ゛ァ゛ァ゛!!!」

 

 道行く人々に注目されようが知ったことではない。こうして叫ぶことで今すぐこの心に潜む感情を発散しなければ、良くない方向に転がり込んでしまいそうなのだ。

 

「あれが! あれがそうなのかァ!?」

 

 今まで一度だって感じたことがない。レンにも小春にもルクラにも、他の誰にもされたことなんてなかった。

 

 とても、とても妖艶で、ともすれば怠惰的で、しかしどこか蠱惑的で、此方を篭絡せんとしながらも一切余裕を崩さず──芳醇な香りと危険の匂いが入り乱れた、子供にはあまりにも早すぎる未知の世界。

 

 

 あれが、あれが噂に名高い、しかしどうしても知ることが叶わなかった──”大人の魅力”というやつなのか……!?

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 

「んっ……文香か。もしもし?」

 

『もしもし、どうでしたか理愛?』

 

「もう帰ってしまったよ。一応それっぽいことは言ってみたが、()()()()()はしなかったし、させなかった」

 

『………ヘタレ』

 

「う、うるさいなぁ! これでも頑張った方だよ!?」

 

『既成事実が一番手っ取り早いのに……』

 

「野蛮すぎないかキミ……? 本当に女子高生……?」

 

 

 




【TIPS】


《現実世界ヒロインズ》

メンバー:呉原永治・剛烈雪音・真岡正太郎・黒野理愛

共通点その1:元デスゲームプレイヤー
共通点その2:『美咲夜』に対しての一定以上の好感度
共通点その3:『リア』および『夜』と性的接触をおこなっていない


《仮想世界ヒロインズ》

メンバー:フィリスレイノーラ・自由ヶ丘陽菜・高月ロイゼール・藤堂文香

共通点その1:ゲーム『最良の選択』における初期ヒロイン
共通点その2:『リア』に対しての一定以上の好感度
共通点その3:現実世界ヒロインズのメンバーを、作中で唯一下の名前で呼ぶ存在(自分のパートナーのみ)


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