お前のハーレムをぶっ壊す   作:バリ茶

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残り二割のシリアスが帰ってきてます 急展開がジェットコースターのように襲ってくるのでお気をつけくだしゃい



リア編
なんやかんやの正体


 

 

 

 

 見渡す限り真っ白な、何も存在しない空間。確かに踏みしめることのできる硬い床以外のものが一切ないこの殺風景極まる光景を──見慣れたはずのこの場所を、私は何故か新鮮に感じてしまっている。

 

 ワールドクラッシャーにのみ許された特別な空間だというのに、真岡正太郎によって人間社会を知ってしまった私は長らくここへは訪れていなかった。

 

「……いるのか?」

 

 独り言のように私がそう呟くと、目の前の空間が水面のように揺れる。

 そのままじっと待っていると、その歪んだ場所から人型がの何かが這い出てきた。

 

『──おっ』

 

 エコーがかかったような声音が聞こえる。それはきっと目の前の人型が発した言葉だったのだろう。

 目も耳も鼻も口も髪も、おおよそ生物と判断できるような部位が全く見当たらない。それこそ服飾店のマネキンのような見た目の人型の()()は、私を確認するや否や立ち上がった。背丈は成人男性程度で、小さい体のアイリール・ダグストリアの姿を模している私は自然と見降ろされる形になる。

 

 その大きな影で私を包む人型は、下手な機械音声のような声を発した。

 

『おかえりなさい、ワールドクラッシャー。随分長かったね?』

 

「……あぁ」

 

 返事なのか相槌なのかも曖昧な私を前にして、その人型は首をかしげる。

 

『はて、どうしてそんなに緊張しているんだい? 敵情視察は終えてきたんだろ?』

 

 敵情視察といってこの空間を飛び出したその日に、私は真岡正太郎と出会った。

 

『何度か帰ってきたときはいつも嬉しそうだったじゃないか』

 

 従者となった彼の奉仕や、美咲夜とアイリによる手解きなど、私はこの空間に戻って来る前は決まって何かしら自分にとってプラスになることをしていた。

 故に楽し気な気持ちでここに戻ってくることを、目の前の人型は『敵情視察がうまくいっている』のだと勘違いしていたようで、現実世界での行動を咎められることはなかった。

 

 だが今、私はこの人型を前にして緊張してしまっている。迷った心のままこの空間へ訪れてしまい、どういった言葉を口にすればいいのか分からなくなってしまっている。

 

「わ、私は──」

 

 

『んっ、ちょっと待って』

 

 

 言いかけた瞬間、人型が言葉を遮る。

 

『ワールドクラッシャーさ、一人称が変わったね?』

 

「っ!」

 

 心臓が跳ね、思わず握りこぶしを作ってしまう。

 

『どうしたの? ほら、前は『私』じゃなくて『我』って言ってたじゃん。あの一人称けっこう強そうだったから、個人的には気に入ってたんだけどな』

 

「それ、は……」

 

 虚勢を張るために最初に用意した一人称──それが崩れてしまっていることに気がつかれてしまった。

 

『もしかして隠し事してる?』

 

「……ぅ」

 

『うーん、約束だったから君の様子は覗かなかったけど……隠し事は良くないから()()()()()()()()

 

 感情が読めない常に一定の声音でそう言った人型は、私から少し離れてから自分の手元に真っ白な本を出現させた。

 するとその本の表紙に”ワールドクラッシャー”という文字が浮かび上がり、人型はパラパラとページをめくり始めた。

 

 

「ぁ……っ……」

 

 

 その光景を前にして、私は自分がこの後どうなってしまうか──それが全く想像できず、ただ恐怖に怯えて立ち竦むことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──アカシックレコード。

 

 

 かつて、人型は自分の名をそう呼んだ。

 

 曰く、超常の存在。世界に生み出された監視者。

 いつから存在していたのか、なぜ生み出されたのか──細かいことは自分でも分からないが、とにかく自分はこの世界を見守る存在なのだ、というのが彼の言葉。

 

 しかし、見守るという言葉に反して彼は世界に対して過干渉だった。

 聞くところによると彼は”真に願った者にのみ力を与える、もしくは願いを叶える“らしい。

 

 上辺だけの願望ではなく、即物的な欲求でもなく、自身の全てを賭してでも叶えたいと心の底から望んだ誰かの願いを受け取り、その者に手を貸す。

 

 その干渉の対象は何も人間だけではない。私のような元は電子生命体の存在だったとしても、願いを抱く意志を持つ者は例外なく彼の対象だ。

 

 

 ゆえに、私の願いは彼によって叶えられたのだ。

 

 身勝手な人々によって生み出され、都合のいいように振り回され、最後は自分自身の存在を病原菌のように否定され、仮想世界の歪んだ空間に放り込まれ。

 

 私は願った。自分を苦しめた人間への復讐を。彼らが生きる世界を破壊できるだけの強大な力を。

 

 その時の私がどれほど本気でそれを願っていたのかは分からない。人間たちが自己の願望へ向ける度合いなど知らないし、彼らと比べてみればもしかしたら私の意思など一笑に付す程度のものだったかもしれない。

 

 ただ、その願いの根底に身を焦がすような憎悪があったことは確かだ。私の中にはそれしかなかった。その激しい怨嗟の感情があったからこそ、私の願いはアカシックレコードに届いたのだ。

 

 

 ──『見守るだけじゃ退屈だったんだよ。力を与える代わりに、面白いものを見せてね?』

 

 

 あぁ、見せてやる。お前が見守ってきたであろう世界を破壊する、それ以上の愉快なことなどあるまい。

 そう言って力を受け取る条件を飲んだ直後、世界は完全に融合し、私はワールドクラッシャーの名にふさわしい破壊の力を手に入れた。

 

 この力を使って私は世界を破壊する。私を苦しめたあの人間たちに目にものを見せてやる。一切の同情の余地もなく、奴らを完膚なきまでに叩きのめす。

 

 そう信じて疑っていなかった。

 

 

 ──『私は手を握ってもらえると安心する。だから、ルクラにも』

 

 

 けど、結局自分は人間たちに絆されて。生きる楽しさを知って、破壊の使命を忘れるほどに、人間社会に入り浸ってしまった。

 ルクラという名前を与えられ、復讐の鬼ではなく世間知らずの少女として時間を過ごした。それは紛れもなく幸福な時間で、人間を呪いながらこの空間に閉じこもる苦しい日々の記憶すらも忘れることができた。

 

 それでもずっと能天気でいられるほど、自分は無垢な少女ではなかったから。

 

 大勢の怪人たちが暴挙を起こして街を転覆せんとするその光景を見て、私は自分の使命を思い出した。私が本来やろうとしていたことは、あの怪人たちのように大勢の人間を苦しめることだったのだと。

 

 

 正しいかどうか、ではない。私がそれをしたいか、したくないのかが大切で。

 

 だが、今の自分に問いかけたところで答えは出なかった。

 

 真岡へ向ける親愛も、アイリに向ける恋慕も──人並みの感情と幸福を得ても尚、私の根底には深い憎しみが消えることなく残留している。

 

 

 故に、何も分からなくなって、結局この空間に戻ってきた。

 力を与えてくれた超常の存在に全てが暴かれることを知っていながら。

 

 

 

 

 

 

『ふーん……ルクラ、ねぇ』

 

 

 私に関する全てが記された本を読み終えたアカシックレコードは、退屈そうに呟いて視線を私へ向けた。顔はないが、身が竦んでいる私を見ていることは確実だった。

 

『つまり君はわたしとの約束を破ったわけだ。世界の破壊って使命を投げだして、普通の女の子として生活してたってことはそういうことでしょ』

 

「それは……」

 

 違う、などとは言えない。何も違わない。私は美咲夜の説得で軟弱な存在へと成り下がり、ワールドクラッシャーという役割を放棄してルクラという少女として生きていた。

 

 アカシックレコードは、ため息のような音を出す。

 

『はぁー、つまらないなぁ。君には期待してたのに』

 

「ぅ……」

 

『ほら、わたしってこの世界から出られないから退屈してるわけじゃん? だから君みたいな面白い願いを抱いている子に力を与えて、それによって変化する世界の様子を見て楽しんでるってわけ』

 

 でも、と続ける。

 

『これじゃあ契約違反だよ? 面白いものを見せてくれるって約束だったのに、君が幸せに過ごすだけの絵じゃ退屈すぎる』

 

 本を投げ捨て、一歩詰め寄る。

 

『はぁーあ、仮想(あの)世界を壊したいって最初に願ったダグストリアとかいうあの女の子は、けっこう面白いものを見せてくれたのに……』

 

「……え?」

 

 その言葉に困惑する私など気にせず、アカシックレコードはまた距離を詰める。

 

『直接的に会ったわけじゃないけど、世界を変える力を与えた後のあの子の物語は愉快だったなぁ。自己進化? だか何だかで仮想世界と現実世界の境界線は壊しちゃうし、なんだっけあの男の子……そうそう美咲夜。彼とは合体して一人の人間になっちゃうしで凄かったよね! 二人の人間が完全に融合して一人になるなんて人類史で初めてだったんだから!』

 

 興奮した様子の早口でまくし立てる彼は遂に私の目の前で立ち止まって見降ろした。

 

『境界線を無意識に破壊したあの子の影響でゲームフィールドってやつなんかも出てきて……そんな面白いことが起きてる時に君が「世界を破壊する~」なんて言うから、期待して力を渡したのに──この体たらく』

 

 つまらない、つまらない、あぁつまらない。

 

『わたしが見守ってきたこの世界を破壊する……なんてとっても面白そうだったのになぁ。今の君からはその意思がほとんど感じられない』

 

「……それなら、どうするんだ。私から力を奪うのか?」

 

『そうすると君が無力な女の子になるだけだろう。それじゃあ全然楽しくないよ』

 

 だから──そう言ってアカシックレコードは私の頭に右手を置いた。

 

 

 

『……君の中にある”憎しみ“だけを抽出したもう一人のワールドクラッシャーを作ろうと思うんだけど、どうかな?』

 

 

 

 そんなことを口にした彼は、顔も表情も存在しないはずなのに──なぜか笑っているように感じられた。

 

 

 

『力を受け取った条件はその子に任せることにするよ』

 

 

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 

 

「あぅっ……!」

 

 時刻は真夜中。ワールドクラッシャーにのみ許されたはずの隔離空間から追放され、私は現実世界の雑草だらけな公園に落とされた。

 

「はぁっ、ハァっ……!」

 

 見覚えのあるその公園で仰臥する私だったが、今の状況を再認識すると、先ほどまで散々痛めつけられていた体は何とか立ち上がってくれた。

 

「うっ、ぐ……」

 

 肩を押さえながら歩き出す。今は一分一秒でも惜しい。痛みに悶えて泣いている時間など残されてはいないのだ。 

 

 

 

 

 

 

 アカシックレコードはその超常の力で、もう一人の私を生み出した。ワールドクラッシャーという名に相応しい、破壊の力を憎しみの元に振るう悪魔の存在を。

 

 彼女は言った。

 

『お前がやらないのなら()が世界を破壊する』

 

 ルクラの姿ではなく、ワールドクラッシャー本来の真っ黒な人型の姿で、彼女は私の首を絞めあげながらそう言ったのだ。

 

 アカシックレコードに与えられた力のほとんどはもう一人のワールドクラッシャーに移り、無力な少女と化した私は血反吐を撒き散らす程に痛めつけられ、その末にこうしてボロ雑巾のように捨てられ──現在に至る。

 

 

「アイリ……っ」

 

 額から流れ出る血液を袖で拭い、一心不乱に前へ進む。

 

 

 21日間のエネルギー充填を怠った私から生み出されたもう一人のクラッシャーは、当然世界を破壊できるだけのパワーなんて未だ備わっていない。

 

 しかし、また長い期間のエネルギー充填など退屈、と言ったアカシックレコードの指示で、クラッシャーは『人柱』を要した世界の破壊を目論んだ。

 

 未だにアカシックレコードの力が残留しているアイリと、ライトニングフォームという強大な力を内包している海夜小春を利用し、二日程度でエネルギー充填を終える算段らしい。

 

 ゆえにそれを止めようした私は半殺しにされた。命を奪わなかったのは、もう一人の自分である私が死ぬと同じ存在である自らの力が半減してしまうから……らしい。

 

「くそっ、くそ……!」

 

 悪態は止まらない。正直に言えば今だって冷静に状況を判断出来ているわけではない。訳の分からないことばかりで脳はとっくに限界だ。

 

 

 それでも、分かっていることがある。

 

 あのアカシックレコードという存在は、自分が楽しむということにしか興味がなくて。

 

 もう一人のワールドクラッシャーとは、これからアイリと海夜小春を攫い、何の躊躇いもなくこの世界を破壊する存在だということ──ただそれだけだ。

 

 

「美咲夜に……伝え、なきゃっ……!」

 

 

 世界の破壊も、苦しめた人間たちへの復讐も、自分の中では何一つとして解決していない。

 

 だがアイリを人柱にすることだけは、どうしても看過できない。人柱とは要するに生贄であり、世界の破壊の為にアイリを材料として殺すということだ。そんなことを許すわけにはいかない、彼女は私にとって何物にも代えがたい大切な人なのだ。

 

「うぐ……みっ、美咲夜……みさ、ぎ……よるぅ゛……っ!」

 

 口の中に広がる鉄の味も、赤く染まって歪む視界も、何本も砕かれた歯の違和感も、剥がされた指の爪や粉砕された左腕の骨の痛みも──何もかもを飲み込んで前へと足を進める。

 この事態を知っているのは私だけなのだ。いま動かないと全てが間に合わなくなってしまう。

 

 だから急げ、美咲夜にこの事を伝えろ。自分しか、私しかいないんだ。

 

「あぅっ……!」

 

 転んでもすぐに起きろ。立てないのなら這いずってでも進め。死んでも構わないから死ぬほど無理をしろ。

 私しか、私しか──

 

「ひぐっ、ぅ……み、さき……っ」

 

 涙と血反吐でぐちゃぐちゃになりながら、それでも真夜中の道を進む。空を闇が支配する世界は暗くて、血で視界が滲んで、ほとんど前なんて見えていないけれど、それでも歩き続ける。

 

 あの少年が待つ場所へ、ただひたすらに進まなくてはならないのだ。私はワールドクラッシャーであり──彼を信じたルクラでもあるのだから。

 

 

 




リア編はリアとリアがリアとしてリアになるまで物語です

前半は暗い話が目立ちますが基本がTSものなので最後はメス堕ち圧倒的ハッピーエンドの予定です(ネタバレ宣言)

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