お前のハーレムをぶっ壊す   作:バリ茶

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一月ぶりの更新なので振り返るここまでの三つのあらすじ

一つ エロゲのヒロインとなって仮想世界のデスゲームに参加していた主人公の美咲夜は、ゲームを見事クリアして現実に帰還し、共に戦った仲間たちと現実世界で親交を深めていた

二つ なぜか現実世界と仮想世界が融合し、その過程で肉体を失ってしまった仮想世界の主人公である海夜蓮斗は、生体アンドロイドに魂を移し"レン"という少女になっていた

そして三つ 夜はデスゲームをクリアする過程で倒した敵であるワールドクラッシャーこと"ルクラ"と、なんやかんやあって和解した

それから四つ そのルクラと、美咲夜のパートナーであるアイリールに特別な力を与えた謎の人物こと"アカシックレコード"が、ルクラから憎悪を抽出する事で、もう1人の悪いワールドクラッシャーを生み出し、蓮斗の妹である小春とアイリールの身柄を拘束して人柱とすることで、ルクラの当初の目的であった『世界の破壊』を遂行しようと画策していたのであった


情けない兄

 

 

 

 最近、悪い夢を見る。

 

 指先の感覚や、熱や冷たさなど、肉体的な痛みすら伴う鮮明な夢だ。これは本当に夢なのかと幾度となく疑ったこともあるが、気がつけば俺はベッドの上で目を覚ます。体のどこにも傷なんてなくて、ただ汗で寝間着を湿らせた俺がそこにいるだけだから、これはきっと夢でしかないのだろう。

 

 

 夢は、いつも同じところから始まる。

 

 当たり前のように妹の小春と朝食を食べ、当たり前のように学園へ登校し、当たり前のように日常を過ごす。

 文香やロイゼ、陽菜やフィリスといった能力者仲間たちとも時間を共にし、親友の田宮と馬鹿なことをしたり……そんな、本当に何でもない日々を送る。

 

 だが、この夢はそれだけでは終わらない。

 

 

 必ず毎回──俺の妹が命を落とす。

 

 

 何らかの事件、何らかの事故。夢は見るたびに違った内容だが、必ず共通して小春は死んでしまう。

 酷たらしく、何の容赦も無く、惨憺たる結果に終わる。全て、俺の目の前で。

 

 夢の中の俺は無力で、目も当てられない程に情けない男だった。どうあっても小春を救うことはできず、挙句の果てには仲間の内の誰かに親身になって励まされて、ようやく立ち直ることができ、結果的には支えてくれたその人物と恋仲になってハッピーエンド──なんて、あまりにもふざけている。

 

 妹を助けられなくて、何が兄だ。小春の犠牲の上に成り立つ物語で誰かと結ばれて、それを良しとする男なんて兄貴失格もいいところだ。この世で最も大切な存在は他でもない妹の小春なのに、守れなかった彼女を差し置いて誰かと恋に落ちるその人間は、果たして海夜蓮斗と言えるのか?

 

 

 そう考えたときに、ふと思った。

 

 ──今の俺も既に【海夜蓮斗】ではないのかもしれない。

 

 

 確かに妹の小春は生きている。現在もいつも通り元気に生活をしていて、むしろ以前にも増して明るくなったとすら感じるほどだ。

 

 だが、それは俺が小春を助けることができたからではない。夢の中の無力な自分と同じく、俺も妹をこの手で救うことはついぞ叶わなかった。

 

 リアという少女がいて。彼女がその身を挺して悪と対峙してくれたからこそ、俺の妹は命を落とさずに済んだのだ。

 俺は何もしていないし、何もできなかった。彼女が小春を庇っていなければ俺は間に合わず、夢の中の自分と同じく妹を目の前で失っていたことだろう。

 

 

 そして、小春を助けてくれたそのリアと恋に落ちた今になって、ようやく気がついた。

 俺は夢の中の海夜蓮斗たちと、何ら変わらない存在なのだと。

 

 

 今生きているこの俺も、小春を救うことはできず、それを黙認したまま他人を愛した。

 その事実は猛毒と化して俺の心を蝕み、腐敗させていく。兄として、海夜蓮斗としての正しい道を踏み外しているのだと否が応でも思い知らされてしまう。

 

 間違っているのだ。この在り方は海夜蓮斗としての矜持を完全に捨て去ってしまっている。

 

 遠い昔、幼い頃に妹と約束したのに。

 何があっても兄ちゃんが、俺が守ってやるって、そう誓いを立てたはずなのに。

 兄妹の絆を裏切ることは絶対にないって、断言してやったというのに。

 

 

 それなのに、おれは、小春を───

 

 

 

 

 ……

 

 

 

 …………

 

 

 

 ………………

 

 

 

 

 

「──ぃちゃん、お兄ちゃん」

 

「……ぁ?」

 

 

 気がつけば、俺は暗い部屋のベッドの上で目を覚ましていた。

 レンという小柄な少女の肉体に自らの魂を宿したまま、その小さな体を誰かに抱きしめられている。2人して毛布に包まり、さらに暖房がついていることもあってか些か暑い。

 その暑さから逃れるように毛布を退かして見上げてみると、そこには不安げな表情の──俺の妹がいた。

 

「……小春?」

 

「ずっとうなされてたよ、だいじょうぶ……?」

 

 心配の色を含めた優しい声音と共に、(レン)の頭を撫でる小春。ベッドに横たわっている俺に寄り添っているということは、一緒に眠っていたのだろうか。あの夢のせいで記憶が曖昧になっている。

 

「……大丈夫、何もないよ」

 

「うそつき、凄く汗かいてる。……またあの夢?」

 

「……あぁ」

 

 察しのいい小春に看破されてしまい、俺はろくに言い訳もしないまま頷いた。

 元々この夢のことを他言するつもりは無かったのだが、怪人の手によって小春が無残な殺され方をした夢を見た後は流石に精神的に堪えてしまい、目覚めてから意気消沈しているところを彼女に問い詰められ、観念して吐いてしまった。どうやら小春に隠し事はできないらしい。

 

 ……ていうか。

 

「何で俺の部屋にいんだよ」

 

「妹センサーがビビッときたからね。部屋に来たらうなされてるし、落ち着くまでよしよしってしてあげなきゃって思って」

 

「フッ、さすがは俺の妹だ」

 

「ツッコミしないんだ……って、あれ? お兄ちゃん、口調戻ってるね」

 

「んっ」

 

 言われて気がついた。レンというアンドロイドに残った女の子の人格データに引きずられて、最近はずっと少女のような口調になっていたのだが、今は元の喋り方になっている。あの妙な夢では元の海夜蓮斗になっていたので、それが影響しているのかもしれない。

 

「戻した方がいいか?」

 

「んーん、そのままで」

 

「そうか……でも、お前レンのこと気に入ってたよな?」

 

「確かに女の子っぽいレンちゃんも妹みたいで可愛いけど……元のお兄ちゃんの方が好きだし、私」

 

 そんなことを言いながらまた頭を撫でてくる。……ふふ、普通は恥ずかしくて言えないような好意を真正面からぶつけてくれる良い子に育ってくれて、お兄ちゃんはとても嬉しいぞ。泣きそうだぜ。

 

「……ありがとな」

 

「おっ? お兄ちゃんがデレた」

 

 深夜の部屋はとても暗いが、幻想的な銀色の月光が窓からベッドに差し込んでいるため、小春の顔自体はよく見える。いつだって笑顔で明るい、世界一美少女な彼女の顔が。

 断じて贔屓目で見たわけではない。誰から見ても小春は太陽系一の美少女なのだ。議論の余地などない程に。

 

「小春はかわいいな」

 

「どしたの急に」

 

「小春のありがたみを噛みしめてる」

 

「ほう……私ってありがたみが発生するかわいさがあるのか」

 

「当然だろ」

 

「……リアちゃんよりかわいい?」

 

「おう」

 

「即答!?」

 

 リアはもちろん可愛い。美白で小柄で髪も綺麗だし、頬はぷにぷにしてるし聖母のごとく優しいし、もはや理想の二次元から出てきた完璧美少女と言っても差し支えない。そこに男としての軽快さや強気な部分が合わさって最強に見える。

 だが、やはりあと一歩だけ、我が愛しの妹には届かないのであった。

 

「ばーか! リアちゃんの方が断然かわいいし!」

 

「そう自分を卑下するなって。きっとリアも俺と同じ事を言うさ」

 

「身内への贔屓がすごい」

 

 本当のことを言っただけなのだが、なぜか軽く引かれてしまった。解せぬ。難しいお年頃なのだろうか。

 

「あーもう、何か目ぇ冴えちゃった」

 

「ココアでも飲むか?」

 

「……んっ」

 

 何歳になってもホットココアが大好きな妹を連れて、自分の部屋を後にする。

 階段を下りてリビングへ赴くと、湯沸かし器と常備されているココアの粉が目に映った。さっと陶器の中に粉を入れてお湯をぶち込み、スプーンを加えて小春に渡す。

 

「ありがと」

 

「ゆっくり飲めよ」

 

「分かってるって。ふー……ふーっ」

 

 ソファに座って熱々のココアに息を吹く小春。それに並んで俺もソファに座ると、部屋全体が暗いこともあってコップから沸き立つ湯気がよく見えた。

 

「あつっ、あつ」

 

「だからゆっくり飲めって」

 

「舌やけどしたかもぉ」

 

「お前なぁ……」

 

 何歳になってもココアを飲むタイミングが下手くそな妹であった。

 スプーンでよくかき混ぜてから俺もコップを傾けると、口内にじんわりと熱さと甘さが広がっていく。やはり寒い夜にはココアがよく沁みると感じた。

 

 

 こうしていると、先ほどまでの悪夢が嘘のように思えてくる。

 今も妹はココアに悪戦苦闘するくらいには平和な生活をしていて、俺もレンという体になった事以外は以前と何ら変わらない。昔からの、海夜兄妹のあるがままの姿だ。

 

 ……そういえば、だが。俺が自分の手で小春を救えた道も、あるにはあったらしい。

 俺たちの世界は、この現実世界では【最良の選択】というノベルゲームに該当する物語だ。そこでは俺が全てを擲つ覚悟で一つの道を選び、最終的には小春を救う──というルートも存在した。

 

 それは間違いなく自分自身が望んだ海夜蓮斗そのものだった。たとえ他の何を失ったとしても、妹の為に頑張れる兄貴という姿こそが海夜蓮斗なのだ、と。

 

 

「お兄ちゃん、ココア飲み終わったらどーする?」

 

「……眠くなるまでゲームでもすっか」

 

 だが、小春がこうして普通に生きてくれているならそれでいい。命を失うことなく彼女がただそこにいてくれさえすれば、それ以上の望みなど俺にはない。たとえ俺が小春を救えなかった世界がここなのだとしても、リアのおかげで全ては丸く収まったのだ。その幸運をレンという少女として享受することこそ、この世界で生きる俺の役目なのだろう。

 きっとこの世界の俺は、海夜蓮斗という主人公ではないのだろうから。

 

「……んっ?」

 

 ふと、家のチャイムが鳴った。ポケットからスマホ取り出してみれば、時刻は深夜二時を回っている。

 

「こんな時間に……誰だ?」

 

 自然と警戒心が強まる。テーブルにコップを置き、ソファから立ち上がった。

 

「あっ、お兄ちゃん、もしかしてお父さんたちじゃない? 海外でのお仕事おわって帰ってきたのかも!」

 

「……そうかぁ?」

 

 確かに両親は海外出張中だ。帰ってくるとなればこんな時間帯になってもおかしくはない。

 だが、帰国するなら連絡の一本でもよこすだろう。茶目っ気を見せてサプライズで帰ってくるとしても、それならわざわざチャイムを押す理由が分からない。海外へ飛んだ両親だが家の鍵はしっかり持っているはずだ。

 

「鍵なくしちゃったのかも」

 

「……母さんならあり得るな」

 

 父はいかにも厳格な父親といった感じで(小春にはめちゃめちゃ甘い)、反対に母はおっとりしていて非常にマイペース、あとどこか抜けているような人物だ。うっかり昼食を二回作ったり干した洗濯物を気がつかずに放置することもしばしばある。

 

「小春はここで待ってろよ。俺が出るから」

 

「はーい」

 

 ソファで寛いでいる小春に見送られつつ、リビングを出て玄関へ。ドアの傍に近寄り、背伸びをして時代遅れな覗き穴から外の様子をうかがった。

 

「……?」

 

 暗くてあまり見えないが、見た限りでは誰もいない。

 

「いたずらか……?」

 

 こんな真夜中に暇な奴もいるもんだな、と思いつつ覗き穴から顔を離す。

 

 

 その瞬間、ドアが外から強く叩かれた。

 

 

「ぅおっ!」

 

 思わず肩が跳ねる。見えてなかっただけで外には確実に誰かがいたらしい。もう一度慎重に外の様子を確認してみれば、薄っすらと人影が見えた。

 肩を激しく上下させながら、ドアの前に座りこもうと──

 

「ちょ、ちょっと!?」

 

 焦って玄関の扉を開けた。客人なのか不審者なのかも分からないが、とにかく家の目の前で座られるのはまずい。

 ドアの外を確認すると、そこには俯せの体勢になっている人物の姿があった。

 

「……」

 

 物言わぬその人物の全体像が、住宅街の街灯に照らされて明瞭になっていく。

 

「……───ッ!?」

 

 その姿を視認した瞬間、自分の心臓が跳ねあがる。

 

 

 照らされたのはズタボロに切り裂かれた衣服。光を反射させたのは()()の長い髪だった。

 

 

「ルクラっ!?」

 

 すぐさま駆け寄って上半身を抱き上げた。そうして分かったことは、彼女が目を背けたくなる程の瀕死状態だという事実だ。そして先ほどまでの体勢が俯せではなく、痛みを我慢する為に蹲っていたのだということに気がついた。

 

 額からは血を流し、指の爪はいくつも剥がれており、両頬は赤く腫れ、多量の鼻血を顎まで流し、半開きになった口の中に見える歯は何本も砕かれている。何より──左腕が本来あってはならない方向に歪曲してしまっている。

 

「おい! しっかりしろルクラ!」

 

「……は、ぁ」

 

 幸いにも、いやその逆なのか、ともかく辛うじて意識は保っているようだった。俺が肩を抱きながら必死に揺らすと、ルクラの眼は俺を捉えた。

 

「……みっ、さ……き……?」

 

「違う! 俺は──」

 

 ”蓮斗”なのか”レン”なのかで一瞬迷ったが、そんなくだらないことを考えている暇ではないとかぶりを振る。

 

「レンだ! ここは美咲家じゃない! それより何があった!?」

 

「……レン……? うみや、れん……と、……?」

 

「どっちでもいいって……! 待ってろ救急車呼ぶから──」

 

 そう言いかけてスマホの入ったポケットの手を伸ばすと、死体のように身動き一つ取らなかったルクラが急に俺の服の胸元を掴んできた。

 

「フっ、ふぅっ、ぅ゛……!」

 

「お、おいルクラ……?」

 

「あいっ、り……! ──ぶぐっ、ゲホッ! げぇっ!」

 

 しゃがれた声で何かを言おうとした瞬間、急に咳きこんで口から血の塊を吐き出すルクラ。

 喉に血が溜まって噎せる程の内出血をしているのか、いよいよただ事ではない。

 

「っほ……! ふぅ、ふぅ……!」

 

「大丈夫だから落ち着け、なっ? 無理に喋らなくていいから……」

 

「ふひゅっ、ぅ……だ、ダメだ……っ! アイリ、が……!」

 

「アイリ……? リアに何かあったのか?」

 

「ち、がうっ! アイリと、ぉ……お前の、妹が!!」

 

 アイリと、俺の妹?

 

 

 ──小春が?

 

 

「にげっ、ろ……! ねらわ、れてる──」

 

 その言葉を聞いた途端にルクラから離れ、彼女を置いて即座に家の中へと駆け戻る。詳しい事情を抜きにしても”狙われている”なんて聞けば、この緊急事態がルクラだけで完結しているものではないと察せた。

 大方ルクラはアイリと小春を狙っているらしいその何者かを止めようとして、あれだけの深手を負ったのだろう。

 となると、あれほどまでに容赦なく他者を甚振る存在と対峙すれば、小春もただでは済まないかもしれない。早急に彼女とルクラを連れて家から離れなければ。

 

「こは──っ!?」

 

 リビングへ駆け込み小春を呼びかける寸前で、反射的に一歩後ずさってしまった。

 既に家の中に侵入していた何者かが、テーブルを挟んで小春と対面しているのだ。

 

『……』

 

 向かい側にいるのは、全身が黒色に染まっている謎の存在。背丈はさほど大きくなく、その全貌は闇に包まれていて何も分からない。部屋が暗いから見えないのではなく、その存在自体がそもそも真っ黒な体をしていることに気がついたのは、リビングに来て数秒後の事だった。

 

「っ!」

 

 正気に戻り、すぐに小春の手を掴んだ。

 

「行くぞ小春!」

 

「ぉ、お兄ちゃん、あの人いったい……」

 

「いいから逃げんだよ! 早く靴履け!」

 

 半ば強引に小春を引っ張って玄関へ向かい、ルクラの元へ駆け寄る。

 

「る、ルクラちゃん!? っちょ、なに、どういうこと……!?」

 

「体が小さい俺じゃ無理だから小春がルクラを背負ってくれ! 説明は後で、とにかく今は逃げるぞ!」

 

「何なのもう……っ!」

 

 混乱しつつも何とか状況を飲み込んでルクラを背負った小春と共に、全速力で海夜家から脱した。

 窓もベランダのガラスも割れていないということは、おそらく奴は突然家の中に現れたのだろう。そこにボロボロのルクラまで見てしまえば、小春の思考が追い付かないのも無理はない。

 だが途中から覚醒した小春とは違い、俺は元居た仮想世界では普通じゃ考えられないような事を平気でやってのける能力者たちと戦ってきたのだ。瞬間的なワープなど珍しくとも何ともない。ルクラの重症には聊か動揺してしまったが、今は俺が焦る時間など残されてはいないのだ。

 

「悪いルクラ! 喋れるか!?」

 

 真夜中の住宅街を駆けながら、小春の背中で揺られているルクラに声をかける。先ほどは容体を気にして喋らなくていいと言ったが、アイリや小春にまで被害が及ぶとなれば明らかに急を要する事態だ。彼女には悪いが、今はほんの少しでも情報が欲しい。

 

「……っ、ぁ、あぁ」

 

 ルクラが小さいながら返事をしてくれた。こんな状態になっても意識を保っていられるなんて、余程の強靭な精神力がなければ不可能だろう。

 

「あいつは何者なんだ!」

 

「もう、ひとり……の、わたし……」

 

「もう一人の……?」

 

 すぐに答えを出すことはできない。抽象的な表現なのか具体的な表現なのか判断に困る。

 しかし、その先は自分で考えなければ。喋ると口から血液が漏れている様子から見ても、これ以上はルクラの体が持たない。ただでさえ緊急搬送レベルの重症なのだ。

 

「ちょっとお兄ちゃん!」

 

「分かってるって! ルクラ、もう喋らなくていいからな! あとは俺たちが」

 

 

 なんとかするから。

 

 

 その言葉を言いかける直前──俺の体が宙に浮いた。

 

「──」

 

 強力な突風か、あるいは念動力の類か。

 まともな判断もままならないまま、俺は背中から塀に叩きつけられる。

 

「かふッ」

 

 瞬間的な激痛と衝撃、声ではなく肺から空気が漏れ出る音。

 視界が揺れ、そのまま地面に倒れ伏してしまった。

 

「っ!? お兄ちゃん!」

 

 小春の声が聞こえる。コンクリートの地面しか見えないが、此方へ駆け寄ってくる足音はなんとか聞き取れた。

 

「うっ、ぐ……」

 

 まずい、どう考えても俺が吹っ飛ばされたのは、あのもう一人のルクラ──ワールドクラッシャーの攻撃によるものだ。

 攻撃を受けたということは、俺たちが既に奴の射程圏内に入ってしまっているということ。家の中へ瞬間移動するような輩であれば、攻撃範囲内への即時移動など容易い──

 

 

『逃げるな、面倒くさい』

 

 

 エコーのかかった機械音のような声音が脳を揺らす。背中から全身に広がる激痛に耐えながら顔を上げると、少し離れた先にクラッシャーの姿を認めた。

 奴は緩慢な足取りで一歩ずつ此方へ近づいてきている。敢えて瞬間移動をせず、わざと恐怖を煽るかのように地面をコツコツと鳴らしながら距離を詰めているのだ。

 

「くっ、そ……ッ!」

 

 膝を叩いて自分を奮い立たせ、なんとか立ち上がる。傍らにはルクラを背負った小春。

 どうすればいい。レンの体でいる以上俺は能力が使えないし、リアの弟である朝陽とアクセスしていない小春もまた今はただの一般人だ。

 重症のルクラを抱えていて、戦えるような武器もない。

 

「お兄ちゃん! デム隊の人に連絡しよう!」

 

「っ! ……あ、あぁ」

 

 妹の言葉で少しだけ冷静になれた。すぐにポケットからスマホを取り出し、デスゲーム部隊直通の番号をタップする。これは俺が黒野からレンの体を与えられた際、デム隊のリーダー格である真岡正太郎から受け取ったものだ。

 この状況ならば確かにデム隊以外に頼れる存在はない。警察に詳しい事情を話す時間は無いし、ルクラが関係していることならデム隊の方が話が早いだろう。

 

「もしも──」

 

『させん』

 

 スマホを耳に当てた瞬間、クラッシャーが指先から野球ボールサイズの光の玉を発射した。

 放たれた高速のそれは俺の持っていたスマホを弾き飛ばす。

 

「ぐっ……!」

 

 素早い追撃に思わず怯んだが、すぐにスマホを拾い上げ──言葉を失う。

 

「っ!?」

 

 拾った俺のスマホが、まるで灰のように粉々に崩れ去っていく。ほんの数秒も立たない内にその形を保てなくなり、スマホだったものは砂になって俺の足元に散乱した。

 

「なんだ、これ……」

 

『破壊の力だ。当たれば生物とて例外ではない』

 

 あの光の玉に当たれば三秒にも満たない一瞬の間に”崩壊”してしまう。その事実を認識した瞬間、全身に異様な悪寒が走った。

 クラッシャーの規格外な能力、そして目前に迫った死への恐怖。それらに全身を支配されて動けなくなりそうになるが、咄嗟に自分の頬を叩いてかぶりを振る。

 戦意喪失などしている場合ではない。ルクラの話が正しければ奴の目的は小春なのだ。ここで動けなくなっては元も子もない。

 

「インチキ能力すぎるだろ……!」

 

『貴様らが脆弱なだけだ』

 

 一歩後ずされば、一歩詰め寄ってくる。あんな一瞬で物体を破壊してしまう攻撃ができるなんて分かったら、もう背を向けて走ることなんてできない。

 容赦のないもう一人のワールドクラッシャー──温厚なルクラだから見せていなかっただけで、ワールドクラッシャーには元からこんな理不尽な能力が備わっていたのかもしれない。

 そんな理不尽の塊のような相手にどうすればいいというのか。

 

「……小春」

 

「お、囮になるとか言わないでよ? お兄ちゃんも一緒に……!」

 

「……俺が囮になるから、ルクラを連れてデム隊の基地まで走れ」

 

「お兄ちゃんってば!」

 

 もうこれぐらいしかないだろう。最初から選択肢など存在しない。小春の生存率を上げるならこの方法しか今は取れないんだ。

 

「いいから早く──」

 

 

『逃がさん』

 

 

 瞬間、いつの間にか俺たちのすぐ目の前にクラッシャーが現れる。動揺で予備動作を見極めることもできず、相手の接近を許してしまった。

 

「お兄ちゃん!」

 

「こはる──ぐっ!?」

 

 腹部への衝撃。見ればクラッシャーの拳が鳩尾にめり込んでいる。

 

「っ……、っぅ゛……、゛……ッ!」

 

 声が出ない。

 

『邪魔だ』

 

 そのまま降りぬかれた拳の衝撃で吹き飛ばされ、またもや塀に叩きつけられ、顔面から勢いよく地面に落下した。

 ゴッ、という嫌な音がした。顔から地面に落ちたことで額を強打し、コンクリートに鼻尖をぶつけたことで直ぐに青色の鼻血も溢れてきている。

 視界が白黒する。耳鳴りもする。”レン”というアンドロイドの体が、機械の体が内側からギシギシと悲鳴を上げている。それでも小春を守りたい一心で顔を上げた。

 

「ぐっ、うぅ……!」

 

 眼前には僅かながら宙に浮いて小春の首を締めあげているクラッシャーの姿がある。妹が手を伸ばして、俺に助けを求めている。

 止めなくては、小春を助けなければ──

 

「ぉ……にっ、ぅぇ……──っ……」

 

 小春が気を失う。

 動悸がする。

 脳から全身にかけて”動け”と命令する。

 

「なん、で……!」

 

 動かない。

 俺は動けない。

 レンは弱すぎる。

 このアンドロイドの体は脆すぎる。

 幼い少女を模したこの機械の体で受けられる衝撃の許容量を超えている。

 

 

『さらばだ、海夜蓮斗』

 

 

 待て──なんて言葉も出なかった。

 

 クラッシャーはワープゲートのようなものを作り出し、気絶した小春を連れてその先へ姿を消してしまった。

 その場に残されたのは、気を失って地面に転がっている紫髪の少女と、体の内側が破損して満足に動けなくなったアンドロイドのみ。

 

「ぁ……あっ」

 

 震えるのみで、何も言葉にできない。

 心の中はグチャグチャで、思考することもできやしない。

 

 

 仲間を傷つけられ、妹を攫われた。

 手も足も出なかった。

 夢の中の海夜蓮斗たちと、何一つ変わらない。

 

 

 ただ、自分が無力だから、小春を奪われた。

 

 

 

「…………─────」

 

 

 

 無意味な慟哭をあげることしか、今の俺にはできなかった。

 

 




大変お待たせ致しました ここから完結まで毎日20時更新になります
あと次回とその次でシリアスは終わりです 
(必要以上の重い展開は) フヨウラ!
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