お前のハーレムをぶっ壊す   作:バリ茶

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主人公のリバイブ

 

 

 暗い。この部屋は暗い。この真っ暗な部屋で、俺はどれほどの時間この態勢のまま蹲っているのだろうか。

 

 アイリールを奪われ、彼女の存在を証明するものすら奪われ、もう俺にはこの壊れかけのアクセスウォッチしか残っていない。

 

 中に残された記憶の残滓から、アイリールの過去を追憶した。彼女の苦しみと、葛藤と、感情の正体を知った。

 

 それでも俺は動けない。このアクセスウォッチが消えてしまったら、俺すらも彼女を忘れてしまう気がして。

 

 こうして強くアイリールを想いながら、ウォッチの消滅を食い止めることしか、今の俺には──

 

 

「お邪魔します!」

 

 

「っ!?」

 

 勢いよく部屋の扉が開かれ、思わず肩が跳ねた。焦って振り返ってみると、そこには一人の少女が立っていた。

 

「……レン?」

 

 長い黒髪に、小さな身体。世界の融合によって肉体を失い、少女の形をしたアンドロイドにその魂を移した、かつて主人公だった少女。

 そんな彼女が、とても真剣な顔つきで俺の部屋に入ってきた。ウォッチを抱えたまま動けない俺の前に立って、強い目つきで見降ろしてくる。

 

「やっぱりここだったな、リア」

 

 普段の彼女とは違い、今のレンは元の姿を彷彿とさせる喋り方だ。

 それが何故か、なんて見当もつかない。心境の変化などがあったのかもしれないが()()()()()()

 

「出ていってくれ」

 

 今の俺は、レンの事ですらどうでもいい。とにかく一人にして欲しい。

 

「リア……」

 

「二度も言わせないでくれよ。お前の相手をする余裕なんてないんだ」

 

 敢えて突き放すような冷たい言葉を投げた。レンであれば、これだけでも俺の気持ちを察してくれるはずだから。気を遣って一人にしてくれる筈だから。

 

「……」

 

 レンは動かない。俺に攻撃的な言葉を言われたことがショックだったのだろうか。

 でもそれを気にする余裕はない。今の俺はアイリールを忘れないようにするだけで精一杯なんだ。

 

 

「ダメだ」

 

 

「……は?」

 

 レンの言っていることが分からない。

 ダメ? 何が?

 

「俺はリアと話すためにここへ来たんだ。出ていくつもりはない」

 

 レンははっきりとした声音で言い切る。一歩前に出て、俺の肩を掴んできた。

 だが、その手からは寄り添うような温もりを感じない。

 まるで俺を責め立てるような、叱責を飛ばそうとしている雰囲気を肌で感じ取れてしまう。

 

「リア。お前昨日から、ずっとここから動いてないらしいな」

 

「……っ」

 

「いつまでそうしているつもりだ?」

 

 黙れ。

 お前には分からない。

 俺が今どれだけ必死に抗っているのか分からないだろ。

 

 皆がアイリールを忘れた。覚えているのは俺だけだ。だからこうしてアイリールのいた証であるウォッチを守らなきゃいけない。

 

「……どうせお前も覚えてないんだろ」

 

「何の話だ」

 

「っ゛……!」

 

 腹の底から怒りの熱さが湧き上がる。俺は死に物狂いで抵抗しているのに、そんなことは知らないとレンに言われた気がした。

 

「離せ!」

 

 肩に置かれていた彼女の手を振り払い、ウォッチを抱えながら後ずさる。部屋の壁に背中が当たり、座り込んだままレンを睨みつけた。

 

「アイリールの事だよ! お前も覚えてないんだろ!?」

 

 狭く暗い部屋で、叫び声が響き渡る。カーテンが外の光を遮っているせいか、薄暗い部屋の中ではレンの表情も窺えない。

 

「あぁ」

 

 ただ、彼女の声は鮮明に聞こえる。さも当然のことを口にするように、レンはアイリールなんて存在は知らないと言い切った。

 

「俺は覚えてない。そんな奴は知らないし、何でお前がそこまで必死になってるかのも分からない」

 

「てめぇ……ッ!」

 

 先ほどレンに対してそうしたように、彼女も俺に対して突き放すような言葉を言い放つ。それにイラ立って立ち上がったが、彼女は怯むことなくさらに一歩詰め寄ってくる。

 

「なぁリア……」

 

「黙れよ! アイツの事覚えてないくせに偉そうに……大体リアってなんだよ!」

 

 現実を見せつけようとするレンに反発する。自分の身を守るように、頭に浮かんだ言葉を深く考えずそのまま吐き出し、勢いづけて彼女を喋らせまいと喚く。 

 

「俺はリアじゃない! 美咲夜だ! 俺のこの姿見ても分かんねぇのか!? お前が好きになったあの女じゃないんだよ! 俺は男だ!」

 

「……おい」

 

「アイリじゃなきゃダメだったんだ! 俺はあいつのガワを着てただけであってリアなんて存在じゃ」

 

 

「おい!!」

 

 

 矢継ぎ早に続けようとした途中で大きな声に遮られ、俺はレンに胸倉を掴まれた。

 

「っ!?」

 

「この野郎っ!」

 

 そして力づくで押し倒され、レンは俺の上に馬乗りになり、怒気を孕んだ声音で俺に叫ぶ。

 

「お前リアを否定するつもりか!?」

 

「な、なに言ってんだ……!」

 

 目の前の少女の逆鱗に触れたらしいが、なぜ今の言葉がそこまで彼女を駆り立てるのか理解できない。

 俺がリアじゃない、なんてことは火を見るよりも明らかな事実だ。

 

 ……もしかして、リアとして好きになった俺が、自分でリアを否定したことに怒っているのか?

 だったらその感情こそ迷惑だ。俺が男だという事実を潔く認めてもらわなければ困る。

 

「ハッ、残念だったな。好きになった美少女の中身がこんな男で……」

 

「そうじゃねぇよ!」

 

 グイッと胸倉を引っ張られて、お互いの顔が近づく。

 

 

「お前がリアであることを否定したら──誰が()()()のリアになれんだよ!?」

 

 

 少女はそう言って、俺の頬に一発の平手打ちをした。

 肉が弾かれる音が響き渡ると共に、部屋に静寂が訪れた。

 殴られたことで動揺した俺は言葉を失い、叫び続けたレンは酸素を求めて肩を上下させている。

 

「ハァっ、はぁ……っ」

 

 レンの荒い息遣いだけが木霊する。

 掴まれていた胸倉は解放され、馬乗りになっている彼女の鋭い眼光に俺は怯んだ。

 そんな弱々しく情けない俺に、息を整えたレンは落ち着いた声音で語り掛ける。

 

「……確かにお前は美咲夜だ。性別だって、お前がそうあるべきだと思った方で間違いない」

 

 でも。と一拍置いて。

 

「お前は……リアだった。俺たちが忘れたあの子にとっての”リア”だったんだ。お前だけが、リアという唯一無二の関係性を持ってた」

 

「……ぉ、覚えてる、のか?」

 

「覚えてねぇよ。全部あやふやだし、お前に言われなきゃあの子の名前だって思い出せない」

 

 それでも。

 

「お前は覚えてるんだろ? 俺はおろか、世界中の誰もが忘れても、お前はあの子の事を覚えてるんだろ。……なぁ、言ってくれよ。俺に教えてくれよ、あの子の名前を」

 

「…………アイ、リール……」

 

 絞り出すように彼女の名前を告げれば、レンはそれを肯定するように頷いた。

 

「そうだ。アイリールの記憶を、彼女を唯一覚えてるお前がリアであることを否定したら……この世からリアがいなくなっちまう。

 お前が思っているのと同じように、アイリールにとってもお前だけがリアなんだ。

 二人で一人──お前たちはこの世界で、たった二人だけのリアなんじゃないのか?」

 

 

 

 目の前のレンは、明らかに他の人間と記憶の在り方が違う。

 アイリールという存在を忘却しても尚、リアという存在が二人いたことを覚えている。いや、思い出している。

 

 それは()が主人公だったからなのか、それとも普通の人間ではないからなのか。

 

 分からない。でも、気づかせてくれた。

 

 俺が男であろうと女だろうと関係ない。

 アイリールにとって俺は、友達でも恋人でも、ましてや相棒なんかでもなく『リア』という独自の関係性を持つ人間なんだ。

 

 この世界で、俺たちだけの、特別な関係性。

 

 他には存在しない、心も体も、快楽も苦痛も、記憶も命も()()()()()分け合って、いつだってお互いを支えあうもう一人の自分。

 

 パートナーじゃ遠すぎる。恋人でも遠すぎる。家族ですらもまだ足りない。

 

「俺たちは……二人で、一人」

 

 誰も代わることの出来ない、何者も入る余地のない、好意や愛情なんて言葉じゃ全く足らない。

 血の繋がりよりも、愛し合って結ばれるよりも、深く、深く。

 

 それが、リア。

 俺たちはリア。

 俺たち二人だけが、この世で唯一無二のリアなんだ。

 

 

 ……だからこそ、レンは俺を叱咤したのだろう。

 リアであることを否定するのは、アイリールの存在を否定することでもあるから。

 

「俺は──リアだ」

 

「リア……」

 

 ようやっと答えに辿りついた俺がそう口にすると、レンは破顔して目尻に涙を浮かばせた。

 あぁ、そうだ──ようやく目が覚めた。

 

「悪かったなレン。……もう、俺は大丈夫だよ」

 

「ほ、ほんとか? 無理してないか?」

 

 オロオロしながら俺の上から退くレン。いつもは温厚な彼女のことだし、もしかすると今回俺を派手に怒った事にも若干引け目を感じている節がある。

 そこは全く問題ないから安心してほしい。むしろ、ウジウジと鬱陶しい俺の目を覚まさせる為に、ビンタまでしてくれてありがとうと言いたい気持ちだった。

 

 悲劇の主人公を気取るのは、もうやめだ。

 俺にそんなことをしている時間は無いと、目の前の()()()が気がつかせてくれた。

 

「り、リア……大丈夫、なんだな」

 

「あぁ。──よしっ」

 

 彼女の手を借りながら俺もゆっくりと立ち上がり、手元に視線を落とした。

 

 アクセスウォッチは消えていない。アイリールを強く心の中に刻んだことで、もう彼女に追い縋ろうとしなくても、ウォッチが消えることはない。

 

 消えるはずがない。これは俺とアイリールを繋ぐ絆だ。

 リアであることを自覚した今の俺の手元にあるべきは、消えかけの腕時計ではない。

 

「あっ、アクセスウォッチが光ってる……!」

 

 俺の手元にあるウォッチが輝きだし、レンが驚いている。

 

「り、リア? いったい何が……!?」

 

「……戻るだけだよ。あるべき姿に」

 

 俺のその声と共に光は収まり──俺の手には元通りとなったアクセスウォッチが握られていた。

 

「ほらな」

 

「な、何で? どうやったの?」

 

「俺はリアだからな」

 

「????」

 

 ふふふ、理屈が分かんねぇだろ。俺も分かんない。

 でも、これぐらいの奇跡なんて安いものだ。俺はこれからアイリールを助けるために、これ以上の奇跡を起こさなければならないのだから。

 

「よし、行こうレン」

 

「い、行くって?」

 

「まずは仲間の招集だ」

 

 

 

 

 

 

 というわけで美咲家の自宅前。招集をかけてから僅か十分で、デスゲーマーズは全員集合を果たした。

 真岡はレンと負傷しているルクラを連れてくる関係で既に俺の家にいて、次いで到着したのは剛烈とその車に乗っていた陽菜と高月。

 その次がタクシーに乗って来た黒野と藤堂で、最後が汗だくになりながら走ってきた呉原とフィリス。

 

 そして現在、アイリールと小春、そしてワールドクラッシャーとアカシックレコードがいるとされている隔離空間へ入るためのワープゲートを、ルクラが頑張って出現させたところだ。

 

 事情は全てルクラから聞いた。

 

 小春とアイリールが人柱にされていることを。

 ルクラですらもアイリールに関する記憶が薄れていたので、なぜ彼女の存在した証や記憶が皆から消えたのかはまだ分からないが、ある程度の事情は把握できた。

 

 俺たちの目的はもう一人のワールドクラッシャーによる世界破壊の阻止──そしてアイリールと小春の奪還だ。

 あと個人的な目的として、アカシックレコードとやらをぶん殴られねばならない。

 

「うぅ~っ、……長くは持たないから、早く全員入ってくれぇ……!」

 

 滝のような汗を流しながらワープゲートを維持するルクラに急かされ、俺の仲間たちは次々とゲートへ入っていく。

 全員入る直前にルクラを労いながら。

 

「ルクラちゃんありがとう。すぐ終わらせてくるからね」

 

 剛烈がルクラの頭を撫で、アクセスウォッチを起動させる。

 

「行くよ陽菜!」

 

「了解です雪音さん!」

 

 そのまま陽菜の姿に変身し、ワープゲートの中へ。

 次に入ろうとしているのは黒野と藤堂だ。

 

「分離した君の片割れ……必ず連れてくるから。やるよ、文香」

 

「えぇ、理愛。世界の破壊という使命から、彼女たちを解放しましょう」

 

 二人は一つとなり、天からエクスカリバーを召喚し、それを握って隔離空間へと突入した。

 その後に続くのは真岡と高月。

 

「ルクラ様。全部終わったらちゃんと病院行きましょうね」

 

「えっ、行かなきゃダメか……?」

 

「片方の腕の骨折れてるんですよ! 普通の人間じゃないから大丈夫、とか妙な屁理屈は通りませんからね!」

 

 高月も苦笑いする程に、相変わらずルクラの保護者な真岡であった。

 

「さっさと終わらせるわよロイゼ!」

 

「は、はい! 行きましょう正太郎さん!」

 

 眩い光と共に変身が完了し、ロイゼとなった真岡は誰よりも力強くワープゲートへ飛び込んでいった。多分ルクラを傷つけられてめっちゃ怒ってるんだろう。

 そしてヒロインズ最後のフィリスと、俺の親友である呉原がゲート前に立った。

 

「ルクラの大切な人……私の親友、絶対連れて帰るから」

 

 謎の親友パワーでフィリスは先ほどアイリールの事を(断片的にだが)思い出していた。

 そして親友の俺の大切な人を取り戻すため、ということで呉原も気合を入れて真剣な表情になっている。

 

「フィリス、準備はいいか」

 

「永治こそ大丈夫?」

 

「愚問だな」

 

 ……いや、真剣っていうかちょっとカッコつけてるんだなアレ。世界の破壊の阻止とかいう大任背負ってるから、自然と気分が高揚しているのかもしれん。

 なんにせよ、心に余裕があるならそれ以上に頼もしいことはない。

 

 二人がアクセスして隔離空間へ入っていき、残るは俺とレンだけだ。

 朝陽は見送りに来ているが、流石にパートナーの小春が敵に回っているとなると、このまま連れていくことは出来ない。

 弟もその辺りの事情はしっかりと理解しているため、今回はルクラと一緒にお留守番を引き受けてくれている。

 

「れ、レンさん!」

 

「朝陽くん?」

 

 さぁゲートへ入ろうというところで、朝陽が後ろからレンを呼び止めた。

 立ち止まって振り返ると、朝陽は真剣な眼差しでレンに近づき、彼女の手に自分のアクセスウォッチを渡した。

 

「これ……?」

 

「……できたら、正気に戻った小春さんに渡してあげてください。ぜんぜん怒ってないっていう、ボクの気持ち……きっとこれを付ければ分かってくれるはずだから」

 

 小春は根がとても優しい。それこそお人好しと呼んでもいいくらいに。

 だからこそ、操られていたとはいえ、正気に戻ったら朝陽を殴ったことに対して、必要以上の罪悪感を抱いてしまうことは明白だ。

 それを危惧した朝陽なりの気遣いなのだろう。操られていたならしょうがない、という言葉だけでは、きっと小春は自分を許せないだろうから。

 

「分かったよ、朝陽くん。必ずあいつを連れて帰る」

 

「はい……!」

 

 

「……それと」

 

 

 言葉を付け加えたレンは、自分の右手首に視線を落とした。

 彼女の腕に巻きつけられている特殊な形の腕時計、その文字盤が赤く点滅している。

 

 腕時計はアクセスウォッチと似た形状だが、その性質は全く異なるものだ。

 

 彼女が身に着けているそれは、黒野が彼女の為だけに開発した、唯一無二の特別なもの。

 肉体を失ったレンが、元の姿のデータを蓄積させ、かつての自分を取り戻すための腕時計。

 

 その名もリバイブウォッチ。

 

()()さんはもう終わりだ」

 

 時計盤を深く押し込み──彼女の体が眩い光に包まれる。

 

 今までウォッチが起動しなかったのは、アンドロイドの体を与えられたレンに『海夜蓮斗としての自覚』が足りなかったからだ。そこにはレンという少女としての在り方を良しとしてしまった、俺にも責任がある。

 この現実世界で生活を送るうえで、俺はレンとして彼女を扱い、またレンもそれで納得していた。

 それが弊害となって彼女の『戻る』という決断を鈍らせ、ウォッチも元の姿へ戻ることを許さなかった。

 

 だが、今は違う。

 

「小春が──」

 

 レンの心は定まった。

 

 レンでいることを拒絶した。

 レンでは守ることができないから。

 レンのままでは彼女を取り戻せないから。

 

「──妹が待ってるからな」

 

 故に、彼女は回帰する。

 かつての自分を取り戻す。

 小春を救うという、彼が彼自身である為の意思を胸に抱いて。

 

 

 

「……蓮斗」

 

 

 

 光が治まり、俺がそう呟くと、少女がいた場所には一人の少年が現れた。

 ほどほどに黒髪が長く、ほどほどに身長が高く、ほどほどに顔が整った少年。

 それは恋愛ADVやノベルゲームにおいて『普通』と称される、特徴が無さすぎるのが特徴な見た目で──

 

「待たせたな、リア」

 

 あの世界で俺を攻略すると豪語し、そして本当に攻略してくれやがった少年が。

 

「……待たせすぎだよ、バカ」

 

 

 仮想世界の主人公──海夜蓮斗が復活(リバイブ)したのだった。

 

 

 俺は彼に一歩近づき、正面から顔を合わせる。

 

 久しぶりに見たけど……うん。いつも通りの蓮斗だ。

 俺の知ってる彼が帰ってきた。

 

「蓮斗。こうしてお互い、本当の姿で会うのは初めてだな」

 

「あぁ、確かに。言われてみればそうか。………んっ」

 

 むっ。

 

「なんだよ?」

 

「いやぁ、戻ってみて分かったけど、リアって男の状態でも俺より背ぇ低いんだなって」

 

「てめっ、喧嘩売ってんのか!」

 

「そんな怒るなよ。……ふふっ」

 

 あの世界では無表情な()にいつも見せてくれていた、屈託のない笑みを向けられて。

 釣られるように、俺も自然と笑みがこぼれた。

 

「おいそこの男二人! いいから早くゲート通ってくれ! もう限界だからぁ!」

 

 そんな俺たちを見ていたルクラが、前に伸ばした腕をプルプルさせながら、悲鳴を上げた。

 いかん。こんなことしてる場合じゃなかった。

 

「じゃあ朝陽、行ってくる! 留守番中はルクラの事よろしくな!」

 

「うん、夜にいも蓮斗さんも気をつけてね!」

 

 

 愛する弟に見送られながら、俺たち二人はゲートを通って、フライパン片手に隔離空間へと突入した。

 

 見えた光景は軍団を思わせる数の怪人たち。そしてはるか遠くの上空に見える、隔離空間の別階層への入り口らしきゲート。

 

 つまり俺たちは、まず目の前に跋扈する魑魅魍魎の茨道を突き進み、あの上空にある別階層への扉に辿り着かなければならない。

 

「準備はいいか、みんな」

 

 俺がそう告げると、皆は不敵に頷いて目の前の敵を睨みつけた。

 アイリールに関する記憶が無くなっていても、皆は俺の言葉を信じて付いてきてくれた。これ以上ないほどの頼もしい仲間たちだ。

 

 彼らのおかげで立ち向かう気力が奮い立つ。

 そして何より、アイリールと小春の空いたスペースをより強く実感する。

 取り戻さねばならない。彼女たちも、その記憶も、あるべきデスゲーマーズの姿をも。

 

「いーくーぞおおぉぉぉっ!!」

 

 合図と共に、仲間全員が駆け出した。

 世界の破壊を防ぐため。世界の平和を守るため。愛と真実の正義を貫く、ラブリーチャーミーな能力者集団による最後の戦いだ。

 

 

「アアァカシックレコードはどこだあああぁぁぁァァッ!!!」

 

 

 アイリールに力を与え、ルクラに力を与え、俺と仮想世界の皆が出会うきっかけを作ってくれたアカシックレコード。

 

 だが、それはそれとしてもう一人のクラッシャーを生み出してルクラに大怪我を負わせ、さらに力を与えて小春を操らせた。

 

 そして(おそらく)アイリールの記憶消去にも携わったアカシ──えぇい長いアカ子で十分だ──アカ子は一発殴らないと気が済まない。俺のリアであるアイツの私物とか記憶とか全部消しやがって絶対許さねぇ。

 

 あとアイリールの記憶云々自体も何とかしないとなので、どのみち世界破壊の阻止の先に、まだ俺にはやるべきことがある。

 

 覚悟しろよアカ子! 後でぶっとばしてやるからな!!

 

 

 




反撃開始ィィィ(っ’ヮ’c)ヒョオアアァアアアァ

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