アイリールは駆け足で俺のもとへ帰ってきてくれた。
だが再会の言葉も抱擁も交わすことはなく、彼女はそのまま俺の右腕に装着されているアクセスウォッチの中へと、即座に戻っていった。
そう、面と向かって話す必要はない。俺たちはそれよりも先にやらなければならない事があるのだと、お互いに理解しているからだ。
(夜、今度はちゃんと無敵の腕時計、忘れずに持ってきた?)
(あったりまえだろ。早く使いたくてウズウズしてたところだ)
何より、こうして心の中で話せる俺たちに、他の知的生命体たちのような『普通のコミュニケーション』はいらない。デスゲーマーズのメンバーのように、パートナーと心の中で反目し合ったりすることもなく、すぐさま思考の同調と目的意識の一致も可能なのだ。俺たちはリアだから。
「ぅっ、ぐぐ……っ! 美咲夜ゥ……ッ!」
フライパンによる強打を、諸に受けた顔面を手で押さえながら、クラッシャーが立ち上がる。流石にあの一発で沈むほどヤワではなかったらしい。
しょうがない、もう一発だ。
「フライパン・ショット!」
「ぐべぁっ!?」
野球の投手を彷彿させるような、滑らかな投擲フォームでフライパンをぶん投げ、もう一度クラッシャーの顔面にぶつけた。そしてまた相棒は手元に戻り、彼は再び倒れる。
よし、この隙に!
『
ようやく本来の機能を取り戻したアクセスウォッチを頭上に掲げ、高らかに宣言した。
腕時計から眩い閃光が迸り、俺の体を包んでゆく。
幾度となく繰り返してきた変身を、肉体が作り替えられてゆく感覚を、今一度噛みしめながら──
「っしゃあ!」
変身を完了した。俺の声は透き通るように耳触りの良い声となり、手足は白く細い柔肌へと変質し、縮んだ身長の代わりに長く伸びた銀髪が風に靡いた。
「な……っ! いつの間にリアの姿に……!?」
再度立ち上がったクラッシャーが目にしたものは、美咲夜ではなくリアの姿になった美咲夜だ。目を離したすきに男が銀髪美少女になってたら、そりゃ驚くに決まっている。
(よし、無敵を起動するぞ)
リアの姿になったので、これでハイパームテキを起動する条件は整った。左手の腕時計を操作し、スタンバイ状態へと移行させた。
すると。
(待って、夜。クラッシャーが攻撃を仕掛けてくる)
(なんと)
ヒーローの変身を邪魔するとは。まったく礼節を弁えてない悪役だ。
「消えろォ!」
クラッシャーは俺めがけて先ほどの破壊の玉とやらを射出した。
脂汗を浮かべながら俺を消そうとするその姿に、以前俺たちを襲ってきたような冷静さやミステリアスな雰囲気は感じない。まぁもう一人のワールドクラッシャーだろうが何だろうが、結局はあのルクラから生み出された存在なので、彼女と同様に不測の事態に対してはポンコツであっても不思議ではない。
「バッティング!」
とりあえず、飛んできた光の玉はフライパンで打ち返しておく。
「なっ、なに!?」
俺がバッティングした破壊の玉は、はるか上空へ旅立ち、ホームランとなった。
それを見たクラッシャーはあわわと慌てふためいている。
「どうして打ち返せる!? アレは直撃したものを、例外なく破壊させる力なのに……!?」
仮想世界を救った実績を持ち、ワールドクラッシャーと融合したラスボスのクロノのビームすら弾き返した代物だ。いまさらクラッシャー単体の攻撃をくらったところで、こいつが破壊などされるわけがない。
「舐めんなよ。俺のフライパンだぞ」
「ふ、フライパンとは、ここまで強力な武器だったのか……!」
知らなかったのか。フッ、まだまだ世間知らずなラスボスだぜ。
(今のうちだ。いくぞアイリール)
(うんっ)
今度こそ無敵の腕時計を起動させ、クラッシャーへ見せつけるように、俺は最強形態への変身を開始した。
《 ハ イ パ ー ム テ キ ! ! 》
高らかに腕時計の音声が宣言し、俺の周囲に黄金の風が吹き荒れる。
それを見たクラッシャーが性懲りもなく破壊の弾を発射するが、それらは全て俺を包む金色の旋風に掻き消された。
ハイパームテキは変身シークエンスへ移行した段階で、何者をも寄せ付けない無敵のバリアが発生するため、もはやクラッシャーにこの俺を止めることは出来ない。
「くっそぅ……!」
「ふははは! お前も段々ルクラっぽさが出てきたな!」
そして俺の邪魔をしているクラッシャーは、元となったルクラとしての側面が強く出てきたせいか──姿が変わってきている。
(なんかいつの間にか、黒いルクラみたいになってんな……)
(日焼けした感じだね)
(もしかしてあいつ無理して、あの黒いマネキンみたいな姿に変身してたのか……?)
簡単に言うとルクラの2Pカラーっぽくなってる。アイリールが銀髪紫眼で、それを模したルクラがいろいろ反転して紫髪で銀眼の姿になっていて、クラッシャーは更にその反転。肌が褐色になっており、残りの要素が逆転して銀髪紫眼に……一周回ってアイリールに戻りかけてるな。
あっ、もう変身完了する。──した。
「無敵になったぜ!」
「む、無敵になってしまった……!」
あからさまに狼狽えてワタワタしてる。やっぱりルクラだなコイツ。
「……いくぞクラッシャー」
「くっ、来るなぁーっ!」
黄金のオーラに身を包んだ俺が一歩前に足を踏み出した瞬間、クラッシャーが破壊の玉を無数に射出してきた。
それらが雨のように降り注いでくるものの、無敵のリアとなった俺には全く通用しない。飛来してくる光の玉は、リアの体に着弾した瞬間、まるで煙のように霧散していく。
フライパンを背中に装着し、両手を広げてクラッシャーの攻撃を受け止める俺は、傷やダメージを負うことなど一切無い。
「何で効かないんだ!!」
「無敵なので……」
「インチキすぎるだろう!?」
あなたには言われたくないですね。ノールックで物質を消滅させられる玉をぶっ放せたり、あと二十数分パワーをチャージしたら世界を破壊できるあなたにだけはね。
「──そっ、そうだ! あの無敵はしょせん五分しか持たない力! その間逃げ続ければ……っ!」
「そんなことしても無駄だぞ」
なにっ!? とビックリするクラッシャー。リアクションがいちいち大袈裟なところもルクラっぽさがあるわね。
「俺とアイリールの愛のパワーで、なんやかんやあって上手い具合に作用したから、無敵に時間制限はない」
「ふざけすぎだろ!?」
愛は偉大なのだ。思い知ったか。
まぁ本当は愛のパワーとかじゃなくて、ちゃんとした事情があるのだけど。
実を言うとこの改良型ムテキウォッチ、元から無敵形態自体には時間制限がない。以前仮想空間での戦いで、そうなるようアップデートしたのだから、当然だ。
しかし無敵形態になるためには、ゲームフィールドの中でウォッチを起動しなければならない。ハイパームテキとは、現実世界では存在することが出来ず、特別な空間でなければ許されないチートなのだ。
そのハイパームテキへの変身を可能にするための機能が、ウォッチによるミニゲームフィールドの展開。
そしてそのミニフィールドの持続可能時間が”五分”なので、無敵形態に時間制限がなかろうと、現実世界においては問答無用で五分しか時間が与えられない、というわけで。
──しかし
どちらかと言えば性質上仮想世界やゲームフィールドに近い。
ゆえに、フィールドを展開しないまま、この空間での無敵形態への変身が可能だと分かった時点で、この場にいる限り俺の無敵時間は無制限──というわけなのだ。
むつかしいことはぜんぶ、くろのさんにあらかじめ、きいておきました! えへへ!
「今度こそ行くぞクラッシャー!」
「おのれぇ……ッ!」
黄金のエネルギーを拳に纏わせ、足を加速させて吶喊。
「パァ──ンチッ!!」
「このぉ!」
俺が振りかざした握り拳を、なんとか両手で受け止めたクラッシャー。
やはり彼女にも意地というものがあるらしく、ただではやられない様子だ。伊達にラスボスをやっていたわけではない、ということか。
「その腕時計を破壊すれば──ッ!!」
俺の拳を握って固定したクラッシャーは、片方の手を離して掌に破壊の玉を生み出した。野球ボールを握るかのように、破壊の玉を手にしたクラッシャーは俺の左腕にそれを振り下ろす。左手に巻き付いているのは無敵の腕時計だ。
──しかし。
「っ!? は、跳ね返された!?」
破壊の玉は腕時計にぶつかった瞬間、破裂音を立てて粉々になった。時計は弱点ではなく力の源、おそらくここが一番強い部分なのだ。
目の付け所は悪くなかった。ただ此方のスペックがズルいだけで、もし同じ程度の力で戦っていれば俺は負けていたことだろう。
「残念だったなクラッシャー。お前はよく頑張った」
だが。
「──これで終わりだッ!」
クラッシャーが俺の発言に反応した隙をついて、彼女に足払い。
「ぅわっ」
体が宙に浮く。
その瞬間、俺は背中のフライパンを手に取り、文字通り光速で彼女の下に潜り込み──
「はっ!」
「プギャッ!?」
彼女の後頭部めがけてフライパンを振り上げる。
物の見事にフライパンの中心が、クラッシャーの後頭部にクリーンヒットし、小気味よい音が鳴り響いた。
「ぅ、あっ」
一瞬で意識を刈り取られたクラッシャーは、そのまま俯せの体勢で地に伏した。
彼女は無敵という理不尽に最後まで立ち向かったが、此度の戦は俺たちリアの完全勝利に終わった。
……
…………
………………
「ほいっと」
俺は気絶したクラッシャーを横抱きし、ハイパームテキのパワーで空間にぶち開けた出口に向かって、彼女を放り投げた。移動先は俺の部屋のベッドだ。
以前ワールドクラッシャーと黒野を分離させた力を応用して、クラッシャーからはアカ子から授かった能力や、ワールドクラッシャー本来の凶悪な力も抜き取っておいた。
これでおそらくルクラとクラッシャーは、対等な話し合いが出来るはずだ。こちらの都合で彼女の力を奪ってしまったのは心苦しいが、流石に世界を滅ぼさせるわけにはいかないので、致し方ない。
「これでよし」
あとは──
『……驚いたな。まさか本当に、ワールドクラッシャーを止めてしまうとは』
あの真っ黒な人型の何かだけだ。
顔がないから表情は読み取れないが、口ぶりからして本当に少しは驚いているらしい。
だが、そんなことはどうでもいい。俺にはやるべきことがあるのだ。
(アイリール、一旦アクセスを解除するぞ)
(う、うん)
心の中で彼女に伝え、俺はアクセスウォッチを操作してアイリールと分離し、男の状態へと戻った。
『あはは! 凄いなぁ!』
数歩先にいるアカ子は、男の俺に向かって拍手喝采をしている。嘲笑ではないのだと何となく分かるが、俺たちを下に見ていることは明らかだ。
どうやら奴は、この期に及んで自分は余裕がある立場だと思い込んでいるらしい。
──それは間違いだ。
俺がこの場に来た時点で、お前の神様ごっこは終わっている。
『ん? どうしたのかな、そんな早歩きでこっちに歩いてきて』
「…………」
『あっ、もしかして、わたしを殴る気かな? それは不可能だよ。わたしは君たち普通の人間では触れられないそんブゲェッ!!』
俺の拳が彼の頬にめり込み──勢いよくアカ子をぶっ飛ばした。
『あぎィっ! ──……っ!? ぇっ……え? な、なんで……!?』
俺とアイリールが育んだ愛のパワーに、不可能などない。
よっしゃもう一発! 次はフライパンだ!
『ちょっ、ちょちょっ!? 一旦まっ──ヘブッ!!!』