『ひとつだけ、方法があるよ』
どうしようもない目の前の状況に、ただ頭を悩ませて時間を浪費していた、そんな時。
アカ子が俺ではなく、アイリールに向かってそんな言葉を口にした。
「……方法?」
聞き返すアイリールに、アカ子は深く頷いた。
『そっ。君が消えることなく生きていける方法が、たった一つだけね。聞く?』
「……うん」
死なない方法がある──なんて、そんな希望を見せられたというのに、アイリールは喜ばない。
まるで仮想世界でリアになっていたあの時のように、ただただ無表情で、少しだけ俯いている。
──分からない。
俺はリアなのに。ずっと一緒にいたのに。
いま、隣にいるアイリールの感情を、どうしても読み取ることができない。
『方法っていうのは、まず世界が完全に修正される前に、世界そのものを分離させることから始まる』
「分離?」
『仮想世界と現実世界の、ね。融合した世界を二つに分けて、別々の平行世界として成立させるんだ。
そうすれば現実の住人は現実世界に、仮想世界の人間は元居た場所に、それぞれ帰って全てが元通りになる』
元通り……?
それって──
『うん。君たちデスゲーマーズの戦いの歴史や、美咲夜とアイリール・ダグストリアの出会いそのものが、最初からなかったことになる。
都合のいいように過去と記憶が書き変えられて、それが事実として定着するって感じ。
まぁ……そうだな、ダグストリアにとって一番丸い形に収まるだろうから、現実世界はあのデスゲームが行われてない世界になって、仮想世界は海夜蓮斗のハーレムルートにでもなるだろう。
──その場合、海夜小春がどうなるのかは、知らないけど』
彼が提示してきた方法とは、あらゆる過去を忘却の彼方へと捨て去り、新しい世界を創造するというものだった。
アイリールが生き残る道は、他にはない。死にたくなければ全てを忘れて、俺と繋いだ絆を無かったことにしろと、そう告げられている。
トドメと言わんばかりに、小春の命の行方を誤魔化されながら。
「方法は、それだけ?」
『そう言っただろう。この世界で得た仲間も、君の隣にいるその少年の事も、全部諦めないと君は死ぬ』
「……そう」
改めてアカ子に念押しされたアイリールは、何かを決心したように顔を上げた。
その眦を決した表情は、今まで見てきた彼女からは考えられない程に、力強い意志を感じる。
「お、おい……アイリール?」
「アカシックレコード。それを実行するためには、私はどうすればいいの」
「おいって!」
思わずアイリールの肩を掴んで、声を遮った。迷いを見せない彼女のその態度に、俺は言い知れぬ恐怖を感じて、焦燥してしまったのだ。
「本気か!? お、おまえっ、あの、なんか……えっ!? 本気か!?」
焦りすぎて語彙力が消滅してしまった俺に、アイリールは改めて向き直る。
「安心して。小春の事は私が絶対に何とかする。もう、怯えて動けなくなったりはしないから」
違う、そうじゃない。
強くなった今のお前なら、確かに小春も救えるだろうが、そこを疑ってるわけじゃない。
「本当にそれでいいのかよ! 世界を作り変えても、そこにいるのはお前の知ってる皆じゃないんだぞ!?」
「私を知らない皆なんて、これまで何百回も見てきたから、なにも問題ない。夜だってデスゲームで経験した、あの辛い過去が全部消えるんだよ。何がダメなの?」
「それは……っ」
反論の余地なんていくらでもあるはずなのに、どうしてか頭が回らない。
こうして面と向かい合って、ここまで本気のアイリールに説得されたことなんて、ただの一度もなかった。それが原因なのか、俺は明らかに動揺してしまっている。
心が繋がっている、俺たちは二人で一人──そんなことを言っておきながら、今の彼女と俺の意思は別々の方向へ向いていた。
「どうして止めようとするの? 他に方法はないんだよ?」
「で、でも……」
「ねぇ、夜。私──」
死にたくない。
アイリールは紫色の眼光で俺を見上げながら、確固たる意志を持って力強くそう言った。
「分かってよ」
「っ……!」
「やだよ。死ぬは怖い。生き残れる方法があるんだったら、それが何だって縋るつもり」
彼女は本気だ。真っ向から否定しようとしても、アイリールの鋭い目つきに気圧されて、喉元まで出かかった言葉を飲み込んでしまう。
「何も悪い事なんてないじゃない。全部が丸く収まるんだから」
そうかもしれない。むしろ、今まで俺たちの戦いに巻き込まれて、傷ついた人たちも最初から被害がなかったことになるし、世界は良い方向へ舵を切ることができる。
アイリールは仮想世界の仲間たちと一緒になり、俺は呉原と普通の高校生に戻れる。デスゲームが無かったことになるのなら、黒野が犯した罪も消える。
「私、嬉しいんだ。ただのゲームキャラクターだった自分が、ちゃんと人として生きられる世界に行くことが出来るなんて、思ってもみなかった」
鋭い目つきから一転して、穏やかな顔になるアイリール。
「ごめんね。夜は蓮斗くんと離れることになっちゃうけど……でも、全部忘れるから。無かったことになるから。きっといい人が見つかるよ。夜は優しい人だし、むしろモテちゃうかも。……あっ、心配しないで? 蓮斗くんを取ったりなんかしないから。私はあっちの世界に行っても、恋人なんて作らないよ。ハーレムルートとはいったけど、別に蓮斗くんが全員とえっちなことをするわけじゃないし──」
彼女は滔々と話し続ける。俺を納得させるためか、はたまた自分を納得させる為なのか。
どちらにせよ彼女の言葉は薄っぺらかった。
死にたくない、というあの言葉からのみ、俺は彼女の本気を感じ取れた。
生き残りたいという意思は本物なのに、それを肯定するような理由付けの全てが、虚言に聞こえてならない。
誤魔化すように、必死に言い訳を探して、頭に浮かんだそれらをただ羅列している。
「アイリール」
「だから──……なに?」
「本当のことを言ってくれ」
静かに告げると、アイリールは眉をしかめる。
「どういう意味?」
「どうして、死にたくない? 生き残りたい本当の理由を教えてくれ」
「……なんなの、その気持ち悪い質問」
彼女は顔を伏せ、凍えるような冷たい声音を吐いた。
「生きたいだけだよ。生きたいから、死にたくない。当たり前のことでしょ。なに? 哲学の話でもしたいの?」
「嘘をつくな」
「ウソなんて言ってない!」
声を荒げ、俺を睨みつける。
だが、俺は怯まない。
心を重ね、長い間隣にいたのだ。考えていることが分からなくても、嘘をついていることぐらいは察せる。
「俺はリアだぞ。お前のリアだ。誤魔化せるなんて思うなよ」
「だからっ、それが気持ち悪いって言ってるの! 私の言葉を嘘だなんて決めつけないで!」
初めてだ。ここまで感情を露わにして、怒気を孕んだ声で叫んでいる彼女を見たのは。
誰よりも永く生きてきたせいなのか、彼女はいつもどこか達観していた。焦る俺を冷静に窘め、最適解を導き出してくれていた。
そんな彼女が今、普通の人間らしく怒っている。それは人間性や感情を失っていないという何よりの証拠であり、自分の言った言葉が偽りであると認めているようなものだ。
「……なぁ、アイリール。俺はやっぱり、アカ子が言ったこの方法……認めたくないよ」
「はっ? なんで? 夜は私に死んでほしいの? そこまで今の世界や仲間が大切?」
「ちがう」
死んでほしいわけがない。
誰よりも死んでほしくない存在が、目の前にいるお前だ。
「じゃあなに!? ……あぁ、そっか、夜はいまハーレムだもんね。いろんな女の子たちに囲まれてて、ちょっと本気出せば誰とでもセックスできるし、鈍感なフリをすればみんなに取り合ってもらえる。
小春だって、ルクラだって、黒野だって……蓮斗くんでもレンに戻せばそれで済むし──あなたに迫られればフィリスや陽菜だって!
アハハハッ! いいね! 確かに勿体ないよね! こんな状況美味しすぎて手放していいはずがないよね!
……なら、しょうがないや。夜の為に死んであげるよ。それでいいでしょ? 皆にはこう言えばいいよ、”アイリはもう死んでた”ってさ。ねっ?」
歪んだ笑みを浮かべながら、俺にそんなことを言ってきた。
アイリールは錯乱しているわけではない。彼女が今そう考えるのは、無理のないことだ。俺の発言がこんな言葉たちを引き出してしまったといっても過言ではない。
だが、謝らない。そんな時間はない。
「アイリール」
「分かるよ、うん。ループしてた時に見たことあるけど、ハーレムルートの蓮斗くんはすっごく幸せそうな顔してたもん。ハーレムってきっと凄く気持ちがい」
「アイリールッ!!」
彼女の言葉を遮って大声を挙げると、アイリールは肩をビクつかせて、反射的に口を閉じた。
あぁ、それでいい。お前が好きかって言う時間は終わりだ。いい加減俺にも喋らせてもらう。
「世界のやり直しを否定したのは、そんな理由じゃない」
「……じゃあ、何だっていうの」
そんなの決まっている。
俺がこんな意味不明な空間に突入したのも、バカげたチートでラスボスを力づくで黙らせたのも──全てアイリールを取り戻すためだ。
俺にとってのリアを。誰も代わることができない、唯一無二の存在を。
「世界を創り直した先には……お前が隣にいない。それが嫌なんだ」
情けない本心を打ち明けた。今まで通り、アイリールが隣にいてくれないから、世界のリセットは嫌だ、と。
そんな俺の子供染みたワガママを聞いたアイリールは、口を閉じたまま茫然としている。
「傍にいてほしい。俺はアイリールと一緒にいたい。
世界が平和じゃなくてもいいし、たとえお前が望んでいなくても」
アイリールの気持ちを、無下にしてしまうのだといても。
「……お前と一緒に生きたい」
それだけが、俺の本心だ。
「なに、それ」
俯いて、押し黙っていたアイリールが、小さく呟いた。
「アイリール……?」
「そんな勝手なこと言って……ふざけないで」
緩慢な足取りで、俺に近づいてくる。
唇を噛み、両肩を震わせながら──
「──バカっ!!」
アイリールは叫び、強い力で俺を突き飛ばした。
「ぃっ……!」
咄嗟の事で反応できなかった俺は、僅かに抵抗することもできず、そのまま転んで尻餅をついてしまう。
床に掌をつき、顔を上げた。
そうして見えたのは、目尻に大粒の涙を浮かばせて、顔を赤くした銀髪の少女の姿だった。
突き飛ばされたことに動揺しているうちに、彼女は俺へ向かって再び叫ぶ。
「わたしだって!!」
自分の胸元の服を強く握りしめながら、少女は吐露する。
「私だって……夜と一緒にいたいよ!」
「──」
その言葉は、彼女が発した言葉のどれよりも、深く心に突き刺さった。
「納得してよ! 仕方がないって、お別れだなって言ってよ! そう言ってくれたら私だって諦められるのに!」
「……っ」
「バカ! ばーかっ!! なんにもできないくせにワガママ言わないで! 夜の隣にいられるんだったら、それができるならそうしたいよ! 大好きだからっ、あなたと一緒に生きたいから私は死にたくないんだよっ!!」
肩で息をしながら、内に秘めていた感情を爆発させた。
いや、してくれた。
ようやく俺に対して、繕った言い訳ではなく、本心からの嘆きを叫んでくれた。
──よし。
その言葉が聞ければ十分だ。
「よ、っと」
尻餅ついてる場合じゃねぇ。俺がここへ来た理由を、今一度思い出してみろ。
「……夜……っ?」
目の前にいるこの少女を救うため──いや、俺の半身を取り戻すためだ。
もうアイリールのいない俺なんて考えられない。彼女のいない俺は俺じゃない。リアでもなければ美咲夜ですらない。ちょっとTSした経験がある変な男の子だ。
「思いが一つなら、もう迷う理由なんてないよな」
「えっ?」
俺はアイリールと一緒にいたい。
アイリールは俺と一緒にいたい。
ならばやるべきことは一つ。たった一つのシンプルな答えだ。
二人が一緒にいられるように、世界の常識をぶっ壊す。
「おい、アカ子」
『あ、はい』
完全に蚊帳の外だったアカ子に、今一度問う。
「存在証明ってやつができれば、アイリールは消えないんだよな?」
『そうだけど……少し前にも言ったように、存在した過去自体が消えてるから、証明できるものなんてないよ? 無理でしょ』
無理ではない。
なぜなら、この場には俺がいるからだ。彼女が生きてきた証、アイリールが存在していた何よりの証拠が、いまここに存在している。
だが、この
──しかし
リアとは、アイリールという少女が前提にあることで、初めて成立する存在である。逆算して考えると、リアという存在がこの世にいる場合、その前提条件であるアイリールも存在していなければおかしい。
ましてや
アイリールが助けたことで存在しているフィリスは、残念なことに世界の強制力に抗えず、彼女がいなくても存在できるよう、過去が書き変えられてしまため、存在証明にはならない。
悪の組織から逃げ出す際も、アイリールではなく、あの情に脆い看守が助けたということにされてしまうだろう。それなら多少無理やりだが矛盾はしない。
だが、リアの姿をした美咲夜は違う。
女になった俺を一番近くで支えてくれていたのは、蓮斗でも呉原でも真岡さんでもない。
アイリールなのだ。
リアとなった俺をリアとしてフォローし、そして俺とリアになってくれたリアはアイリール・ダグストリアという少女しかいない。それ以外の人間には、どうあっても代わる事など出来ない、ただ一人の特別な存在なんだ。
リアの俺が存在するということは、同じくリアである彼女が存在する理由足り得る。リアのリアになってくれたリアは、俺の目の前にいるこのリアだけなのである。
『どういうこと????』
「リアの存在証明をする為には、俺がリアに
『はぁ……。いや、でも無理でしょ。君があの姿になる為には、そのアクセスウォッチの中にダグストリアが入っていないといけない。分離してる今の状態じゃ変身できないし、一つになって変身しても、それだとダグストリアは消えないけど一生ウォッチの中から出られない。……一緒に生きるってそういう意味?』
んなわけねーだろ。馬鹿にすんな。
『怒られた……』
「一緒に生きるってことは、隣で歩くってことだ。
一緒に飯を食って、笑いあって、同じ世界を過ごすことが、一緒に生きるって意味なんだよ。分かったかアホ」
『罵倒された……。で、でも、それならどうするの? わたしの力でも借りるのかい?』
そんなことはしない。もう神様の力に頼るターンは終了している。
俺たち二人の未来は、俺たちの力だけで切り拓く。仲間には頼るが、都合のいい神様に力を借りたりはしない。
奇跡なら起こせる。
俺たちリアならそれが出来る。
二人の道を創るためなら、どんなミラクルだって起こし放題だ。
「ッ!」
突然、アクセスウォッチが輝き始めた。
時計盤からLEDもビックリなシャイニングを発し、俺の心と共鳴している。
「これは──」
『えっ。え?』
「夜っ! フライパンが!」
アイリールの声と同時に、背中に装着されていたフライパンが外れ、俺の目の前に姿を現した。
宙に浮いた状態で、アクセスウォッチと
【──────】
アカ子にも、きっとアイリールにも聞こえなかっただろう。
俺にだけ──そう、
「フライパンくん……いや、相棒」
【──────】(コクッ)
俺の言葉に、彼は頷いて答えてくれた。
これまでに彼が幾度となく受け続け、そして耐えることで蓄積されてきた全てのエネルギーが、俺のアクセスウォッチへと転送されていく。
そして力をウォッチに与えきったフライパンは──光となって霧散した。
「……ありがとう」
心の底から感謝を伝えた。
俺を守り続け、そして共に戦い続けてくれた戦友へ。
唯一無二の──相棒に。
『何が起きてんの……?』
「相棒が命を賭して繋いでくれたんだ。俺たちの──往くべき道をッ!」
右手を天高く掲げる。
光は一本の柱と化し、隔離空間の天井へと届く。
そしてその溢れるパワーによって、隔離空間全体に罅が走り──
「いくぞ──」
「変身ッ!!」
太陽の如き光が、俺の体を包み込み。
世界の法則を捻じ曲げる、
俺の変身と共に──隔離空間はぶっ壊れた。
ユニバース・フェスティバル!