お前のハーレムをぶっ壊す   作:バリ茶

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最終回です


お前のハーレムをぶっ壊す

 

 

 

 

 顔を上げれば、澄み切った青空が見える。

 横を向いてみれば、見慣れた住宅街が立ち並んでいる。

 最後に後ろを振り返ってみれば、そこには俺の自宅があった。

 

「戻ってきたのか……」

 

 どうやら本当に隔離空間を破壊してしまったらし──んっ?

 

「……あー。あ~」

 

 発声練習。何度か繰り返す。

 

「いいーな、いーな、にんげんっていいかもな~」

 

 試しに歌も歌ってみると、完全に理解できた。

 声が高い。とても男とは思えないような声で、付け加えるとめちゃくちゃ美声だった。

 

「むむっ」

 

 両手を見てみる。色白で小さい手だ。

 

「ふむ……」

 

 足元を見てみる。なんか細い。

 ていうかズボンじゃなくて、プリーツのミニスカートになってる。エロゲのキャラがよく履いてるアレっぽい。

 

「ほほぉ……?」

 

 上半身はワイシャツの上に茶色のコート。胸元を触ってみると、男の胸板とは思えないような、何やら幸福感のある柔らかい丘の感触が、手のひらいっぱいに広がった。

 

 

「…………TSしてる」

 

 

 改めて体の隅々を確認して分かった。

 どうやら俺は、完全にリアの体になったらしい。きめ細かな銀髪が風に吹かれて、それを見てしっかりと理解した。

 女になっとる。アイリールとアクセスして変身した時のように、小柄な銀髪少女になった。

 こうして喋ってみて分かったけど、女になった俺の声、若干アイリールよりハスキーな感じ──

 

 ──ハッ。

 アイリールは!

 

「……ぁ、夜……?」

 

 いた。すぐ隣にいたわ。よかった。

 

 

 ──あぁ、本当に、よかった。 

 

 

「ふふふ、見たかアイリール」

 

「えっ?」

 

「これが俺たちリアと、蓮斗たちデスゲーマーズと、相棒のフライパンくんの力だ。

 お前と、こうして別々の存在になっていても、俺はリアになることが出来た」

 

 大切な片割れを失って失意の底に堕ちていた俺を、主人公ムーブかましまくりの蓮斗が立ち直らせて。

 アイリールのことが大好きなルクラが、大怪我を負いつつも彼女を助けるために、頑張って隔離空間の扉を開いて。

 虚言にしか聞こえない俺の言葉を、デスゲーマーズのメンバー全員が信じてくれて、同じ戦場へ立ってくれて。

 フィリスに託されて。

 蓮斗に見送られて。

 

 最後に、ずっと一緒に戦ってきた相棒が、俺を導いてくれて。

 

 みんなで紡いできた絆だったからこそ、こんなアホみたいな奇跡を、こうして実現させることができた。

 

「アイリールを──世界に認めさせることができた」

 

 努めて笑顔で、彼女に告げた。

 君はもう一人じゃないと。

 苦しまなくていいと。

 

 また一緒に、普通の日常が過ごせるのだと。

 

 

「…………──っ!」

 

 

 数秒経ってから、言葉の意味をようやく理解できたらしいアイリールは、感極まったように俺に抱きついてきた。

 

「夜っ! 夜!」

 

「ははは、こやつめ。……ぅ、ちょっと、首絞まってる」

 

「夜ぅ~~ッ!!」

 

「うぐぐっ、ぁ、あのっ、一旦離して! 少しまっで! ふぁっ、エ゛うぅ゛ぅ……っ!」

 

 

 そんな、ちょっと過激な再会の抱擁を交わしながら。

 

 理不尽を強要し続けた世界の意思に、その運命に打ち勝った喜びを、二人で分かち合うのだった。

 

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 

 俺がリアの体になってから、一週間が経過して。

 一言で言えば、全ては丸く収まった。

 

 

 まず世界の破壊を望んでいたクラッシャーの事だが、彼女はルクラと改めて話をした結果、この世界の推移を見届けることにしたらしい。……ぶっちゃけるとルクラと同じで、真岡のヒモになっただけだ。

 

 一応彼女たちの事の清算は、自分たちで全て済ませていた。クラッシャーにボコボコにされたルクラは、逆にゲームでクラッシャーを煽りながらボコボコにして、数時間に及ぶ精神的ストレス攻撃を続けて彼女をガチ泣きさせたらしい。真岡が苦笑いでそう言っていた。

 

 それから大事なことだが、ルクラの怪我は全て完治した。まさかの骨折した腕や割れた歯まで元通りとは、流石に驚いたけども。何で治ったのか聞いてみると、彼女曰く『脆弱な人間と違って我はちゅよいので……つ、強いのでしゅぐ治る……すぐ!!』とのこと。噛んだことを指摘したら怒った。

 

 

 次に、アカシックレコード。

 彼──いや、()()も此方の世界で、普通の人間として暮らしていくことにしたらしい。とりあえずは剛烈に引き取られる形で。

 牢獄の如く閉じ込められていた、あの隔離空間は俺がぶっ壊したため、ようやく外に出れたと彼女は喜んでいた。

 

 ……彼女、というのは、単にアカ子が人間の女の姿に変身したから、そう呼んでいるだけだ。肉体のベースは何故か朝陽が参考になっているけど。

 まぁ、宇宙一かわいい朝陽に目を付けたのは悪くなかったが、やはり朝陽を女体化させた見た目になったところで、ウチの弟には遠く及ばないのであった。雑魚め。

 

 

 それから、朝陽と言えば、小春のこともある。

 俺たち全員が美咲家に戻ったとき、小春は涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、朝陽に抱きついて謝っていた。俺やアイリールに対してもめっちゃ謝ってたが、罪悪感の度数は圧倒的に朝陽の方が高かったらしい。アクセスのパートナーだし、当然と言えば当然だった。

 

 それ以来小春は朝陽にベッタベタだ。完全に甥とか姪を甘やかす親戚のお姉さんと化している。

 なんかあいつ『”小春さん”じゃなくてお姉ちゃんって呼んでみない? ねぇねぇ朝陽くん』って迫ってたけど、相変わらず朝陽は”小春さん”で一貫してた。多分小春はレンと暮らしてた影響で、お姉さん欲みたいなのが出てきちゃったんだろう。

 

 残念だったな……朝陽のお兄ちゃんは俺だし、それからお姉ちゃんという称号も、俺だけのものなんだ。わりぃな。

 

 

 あと、蓮斗は男に戻って、そのまま過ごしている。どうやらレンに戻ることは出来ないようで、ちょっとだけ悔しがってた。なんで?

 

 まぁ、俺がリアになったので、結局は仮想世界の時と同じ形に収まったわけだ。……別に、淫紋とかはもう無いし、定期的な性処理なんてしてないけど。

 

 それから空気を読んでるのか、はたまた気を遣ってるのかは知らないが、戦いが終わったあの日からえっちなことはしていない。変身ではなくちゃんと女になったばかりの俺を想ってのことなのか、もしくはアイリールに遠慮しているのか。

 どっちだか知らんけど、性欲オバケ部分が抜けて、正統派な主人公になったのはいい事だ。小春を自分の手で救って以来、どこか一皮むけたらしい。

 

 

 あとは、件のアイリールのことだけど──

 

 

「……夜。起きて、朝だよ」

 

 

 前と同じく、美咲家で共に暮らしている。

 今は眠気に負けて、狸寝入りを決め込んでいる俺と、ベッドの上で格闘中だ。いかがわしい意味ではない。下の階には家族もいるので、朝からそんなことできるはずないぜ。

 

 無論、俺が女になったことで、家族は大混乱した。

 息子がガチTSしたショックで父親は気絶したし、朝陽は『夜にいはどこ……? ここ……?』と数時間ほど現実逃避し、母親はあっけらかんとしていた。

 

『誰かを助けるためにその選択をしたんなら、それって凄い事じゃない?』

 

 そう言って。

 女の子救って偉いぞ息子~、なんて言いながら、母さんは俺の頭を撫でてくれた。

 その後は父さんも、朝陽だって俺のそばに来てくれた。

 俺の姿形が変わっても──家族は俺を受け入れてくれた。マジで泣きそうになっちゃったのは久しぶりだったわね。

 あと、やっぱり美咲家に生まれてよかった、なんてことを呟いたら、その光景を見ていたアイリールが俺の代わりに号泣してたな。流石は俺の半身だ。

 

 

「起きて、起きて」

 

 だが、俺の眠りを妨げることは、たとえ半身のお前であっても不可能だ。潔く諦めるがよい。

 

「遅刻しちゃうよ。夜ってば」

 

 いいじゃん遅刻したって。公にはなってないけど、俺って世界を救ったんだぜ? 一、二回くらい遅刻したって許されると思うのですよ、わたしゃ。

 

「身だしなみを整える時間とか、あるでしょ。もうガサツな美咲夜くんじゃないんだし」

 

 ガサツな美咲夜ちゃんでいいです……。

 

「蓮斗くんにも見せるんだよ?」

 

 恋に盲目な女の子ではないので、今更アイツにどう見られても別によい。ていうか蓮斗は俺が元々男なの知ってる人だし、多少はガサツでも理解してくれるでしょ。

 

「むぅ。てごわい」

 

 むぅって何だむぅって。かわいいなおい。

 

「こうなったら強硬手段に出るしかない」

 

「……っ」

 

 こわい! 何をするつもりだ……!?

 

「……いたずら、しちゃうぞ」

 

 小学生かお前は。

 

「ほ、ほんき、だぞっ」

 

 やだ、健気……。

 でもここまで来ると、どんな事されるのか気になってくるな。最後まで狸寝入り決めちゃお。

 

「……ち、ちゅー、しちゃう……よ?」

 

 なるほど? キス、ときたか。確かに脅し文句としては、なかなか悪くないチョイスだ。焦って跳び起きても不思議ではない。

 だが悲しいかな、お前にはそんなことができるような胆力はないって、俺はもう知っているんだ。残念だったな。

 

 

「…………?」

 

 

 あれ、急に黙った。もしかして全然起きなくて、怒っちゃったか?

 

「……はぁっ……はぁ」

 

 ちょっと荒い息が聞こえるな。俺を起こすのにそんな体力使ったか。

 

「私……がんばったよ……夜が、起きないからっ、これは仕方ないこと……っ」

 

 あ、あれ。なんだどうした。様子がおかしい。

 

 

「ハァッ、はぁ……! 夜が……夜が悪いんだよ……っ!」

 

 

 えっ、え、待って。ちょっと待って。

 なんか暴走してない? こいつ本当にアイリールか?

 

「舌を入れて、舐めしゃぶって、私の味を覚えさせちゃうから……! もう蓮斗くんや小春とかとえっちできなくなるくらい、私の虜にしちゃうからねぇ……っ!!」

 

 なに!? えっ、なにごと!?

 

「ハァーっ! ハァー……ッ!」

 

 まっ、まって! おかしいおかしい! そういうつもりじゃなかったんだって!

 あやばいこれ確実に喰われる──!

 

 

「……っ! ………………っ?」

 

 

 グッと目を閉じて覚悟したものの、来ると思われていたエグいキスが来ない。

 

「ぁ、あれ……?」

 

 状況が飲み込めず、薄っすらと目を開けた。

 そこには──

 

「あっ、起きた」

 

 ベッドから離れて、クローゼットの前で高校の制服に着替えている、アイリールの姿があった。

 あら……?

 

「アイ……リール?」

 

「やっぱり寝たフリしてたんだね」

 

「えっ」

 

「ちょこっと焦らせただけでこれだし、夜って単純」

 

 ……ま、まさか、貴様。

 最初から俺にキスをするつもりなんて……!

 

「謀ったなぁ!?」

 

「起きない夜が悪いんでしょ。なに、それとも本当にキスしてほしかったの?」

 

「きさまぁーっ!!」

 

 

 朝はそんな感じのひと悶着があって。

 俺のことなど何でもお見通しの彼女の手によって、惰眠を貪る時間は終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 

 

 時は変わって放課後。空は既に茜色に染まり始め、生徒たちは各々部活や帰宅や遊びに分かれていく。

 本日の授業は全て終了し、学務から解放された俺は席を立ち、二つ隣の席へ向かった。

 そこに座っているのは眼鏡をかけた男子生徒。近づいてくる俺の存在に気がつき、そそくさと荷物をカバンにまとめ始めた。

 

「あー、美咲。ちょっと待って」

 

「焦んなくていいよ。……てか呉原、今日部活は?」

 

 彼はデスゲームやゲームフィールド事件、果ては世界の救済なんかも共に行った戦友だ。

 名は呉原(くれはら)永治(えいじ)。俺が女になった今も、彼は変わらず親友でいてくれている。

 

「部活は休み取ったよ。今日はロイゼの豪邸でパーティやるんだろ? ……なんだっけ、祝勝会?」

 

「そんな感じ。世界も救ったし、ルクラも治ったし、とりあえず諸々含めてお祝いしようって」

 

 今回の話は、仮想世界の初期ヒロインの中で、俺が一番最初に助けた少女である高月(こうづき)ロイゼールの提案だ。

 

 あれから世界は完全に共存することが出来て、なんやかんやあってクラッシャー関連のことも片付いたし、怪人の出没もほとんどなくなった。

 

 そんな平和になった今だからこそお祝いしましょう、というのが高月の提案だ。

 というわけで、今日の放課後、デスゲーマーズのメンバーは全員、高月のクソでかいご自宅へ集合することになってる。もちろんルクラやアカ子も。

 

「おっし、行こうぜ美咲」

 

「おぉ~」

 

 準備ができた呉原と共に教室を発ち、階段を降りて昇降口へ続く廊下を歩いていく。

 ──ふと、横を見てみると、呉原の胸板が目に入った。そして見上げてみて、ようやく彼の顔が見えた。

 

「み、美咲? どした?」

 

「いやー、なんか、本当に女になっちゃったんだなって思って」

 

 え、いまさら? みたいな顔で見るな。やめろやめろ。

 

「ほら、俺って男の時は呉原と背丈同じだっただろ。それが今は頭一つ小っちゃくて、見上げないとお前の顔が見えないから……なんか、変わったんだなって」

 

「……まぁ、そうだな」

 

 何とも言えない微妙な表情だ。気まずそう。

 

「どしたよ」

 

「……俺は美咲が変わっても気にしないからな」

 

 どういう意味だろうか。

 ……あ、もしかして女になった俺が、クラスメイト達にいじられてたの気にしてるのかな。

 

 女子には可愛い髪留めとか、ヘアゴム専用の着せ替え人形にされただけで、男子たちもウェーイってからかってきただけだし、深刻な事は何もないんだけどな。

 

 てか男子たち、スカートをちょっと短くして太ももチラつかせたら、みんなからかうのやめて黙っちゃったの面白かったな。ウチのクラス童貞多すぎる。

 

「あんまり男子をからかうなよ……?」

 

「おっ、彼氏アピールか?」

 

「蓮斗が泣くぞ」

 

「冗談だって~」

 

 まぁ多少は皆との接し方も変わってくるだろうけど、案外クラスメイト達がフットワーク軽くて助かった。一ヵ月もすれば皆慣れてくれそうな雰囲気があったし、学校生活自体は大丈夫そうだ。

 

 昇降口に到着し、靴を履き替えてから校庭に出る。

 すると、校門前に車が止まっているのが見えた。

 近づいてみれば、見慣れた人物が目に入ってくる。

 

「あ、真岡さんだ」

 

「ボウヤ!」

 

 車から出てきたのは、スーツ姿の屈強な男性。その雄々しい肉体とは裏腹な、可愛らしい仕草で此方に此方に近づいてくる。

 彼は真岡(まおか)正太郎(しょうたろう)。仮想世界で一番最初に接触した、デスゲームのプレイヤーで、それ以降ずっと俺を助け続けてくれた、一番の頼れる大人(オカマ)だ。

 

 ……でも、女になった後も俺をボウヤと呼んでるのは、正直よく分からん。性別なんて二の次で、慣れた呼び方のほうがいいのかね。

 

「どしたの? 学校まで来るなんて珍しい」

 

「ロイゼと陽菜ちゃんを迎えに来たのよ。あっ、助手席に剛烈もいるわよ」

 

 彼に促されて車の助手席を見てみると、同時に車の窓が開いた。

 そこから顔を出したのは、二十歳くらいの若い女性。

 

「やっ、美咲くん」

 

「剛烈さん。もしかしてこのままロイゼの家に?」

 

「うん。途中で真岡に拾ってもらったんだ。美咲君も乗る?」

 

 彼女の名は剛烈(ごうれつ)雪音(ゆきね)

 デスゲームの中盤、アホの運営が二人のヒロインのルートを同時に始めやがった際、俺を助けてくれたプレイヤーの一人だ。

 どうやら今日は真岡と行動を共にしていたらしい。

 

「真岡さん、俺も乗ってっていい?」

 

「ダメ~♪」

 

「なんで……」

 

「悪いわねボウヤ。この車は四人乗りなんだ」

 

 のび太みたいな断られ方された。つらい。

 

「んっ」

 

 怒りに身を任せて真岡をポコポコ叩いていると、昇降口から金髪縦ロールのお嬢様と、赤髪ツーサイドアップの少女が出てきた。

 あれはロイゼと陽菜だ。俺たちを見るや否や、駆け足で此方まで来てくれた。

 

「あらっ、リアさん!」

 

「リアねえ~っ!」

 

 そのまま二人に抱きつかれた。俺のこと好きすぎるでしょ。

 

「く、くるしい……」

 

 冗談抜きで苦しい。視界は完全に二人の大きな乳房で埋め尽くされており、もはや窒息寸前だ。

 溺れる! おっぱいで溺死しちゃう!

 

「はいはい、二人ともそこまでよ。ちゃっちゃと車にライドしなさい」

 

 見かねた真岡さんが二人を引っぺがしてくれた。死ぬところだった……。

 

「ふふっ……では、お待ちしておりますね、リアさん」

 

 高月はそう言いながらお辞儀をして、車へと乗り込んでいく。

 しかし、もう一人の少女はまだ乗らず、俺の手を握ってきた。

 

「今日の世界の破壊阻止おめでとうパーティ、リアねえの為にいろいろ準備したからね! 楽しみにしててね!」

 

「う、うん。ありがとな、陽菜」

 

「えへへ……」

 

 だらしない顔で喜んでいるこの赤い髪の少女の名前は、自由ヶ丘(じゆうがおか)陽菜(ような)

 デスゲーム中、朝陽の弟成分が摂取できず、精神的に追い詰められて極限状態になっていた俺の心を、自分が妹になることで安定させてくれた心優しき少女だ。

 こうして女になった今は、名実ともに陽菜の”リア(ねえ)”となったので、いつも出合い頭に抱きつかれている。

 

「じゃあまた後でね!」

 

「おう」

 

 元気よく別れを告げた陽菜が車に乗り込み、真岡ペアと剛烈ペアは発車し、恵地高校を去っていった。

 

 

「……やっぱり、美咲ってハーレムだよな」

 

「あん?」

 

 彼らの車を見送っていると、ふと呉原がそんなことを呟いた。

 なんだ藪から棒に。

 

「お前自覚あるか? 全部解決した今だから言うけど、デスゲーマーズの面々って多分、全員お前のこと好きだぞ」

 

「全員ってことは……呉原も?」

 

「ばっ、バカ言うな!」

 

 わざと頬を赤らめて上目遣いをすると、呉原はそっぽ向いてしまった。

 照れやがってこいつめ~。うりうり~。

 

「肘でつっつくなって! やめて!」

 

「親友がTSしちゃったぞー? 禁断の恋でも始めちゃうか?」

 

「だからそういう冗談は蓮斗が泣くぞ……?」

 

 ごめんなさい。もうやめます。

 

「でも、気がついたら俺がハーレムかぁ」

 

「ようやく自覚したのか」

 

「単純な異性の好意とか、そういうのだけじゃないだろうけどな。剛烈さんとか真岡さんとか、あとは高月のアレとかは完全に保護欲だし」

 

 アイリールのおかげで、俺は周囲の好意に気がつくことが出来た。まぁ一言でハーレムとは言ったけど、皆が俺に恋愛感情を向けてるわけじゃないのは、もう知っている。俺がしたのは理解であって、自惚れではないのだ。

 

「で、呉原はどうなの?」

 

「なにが」

 

「俺の事。どう思ってる?」

 

「本人に聞くか、普通……? ……いや、まあ、俺は──」

 

 

 ──彼の答えを聞く、その直前に。

 

 

「うぉっ?」

 

 突然後ろから抱きしめられた。

 首を斜め上に向けてみると、そこには水色髪の無表情っ娘がいた。

 

「あ、フィリスか」

 

「スリスリ。リア見つけた。かわいい。スリスリ」

 

 めちゃくちゃ頬ずりしてくるじゃん。

 ちなみにさっき皆からの好意の種類は理解したと言ったが、フィリスのこれだけはよく分からない。仮想世界で告白っぽい事言われてるし、こればっかりは謎だ。

 

「えへへ、リア、えへへ」

 

 こわい……。

 

「おいこらフィリス。校門前で盛るな」

 

「あだっ」

 

 呉原に頭を引っ叩かれたフィリスは、渋々俺から離れていく。

 

「ごめんね、リア。今度からは気をつける」

 

「う、うん」

 

 そのセリフ何度目だよってツッコミはしない。こわいので。

 ……目の前にいるこの水色髪の少女の名は、フィリス・レイノーラ。

 アイリールと共に悪の組織によって幽閉され、彼女の親友となった存在で──それから、俺が仮想世界で初めて意識的に助けた人間でもある。小春も高月も、最初は巻き込まれただけだったからな。

 

 そして何より、俺の親友である呉原のパートナーが、このフィリスだ。

 

「永治とイチャイチャしてたから、つい邪魔したくなっちゃって」

 

 そういう風に見えてたらしい。それを聞いた呉原は顔を赤くしている。

 

「何言ってんだ! ふじゃけるな!」

 

 噛んでますよ。

 

「うるせーな!?」

 

「永治もハーレム入りしたの? 小春に許可取った?」

 

 え、許可ってなに。初耳なんだけど。

 てか小春がハーレムの管理してんの? 何してんだあいつ……。

 

「えぇい煩わしい! おい美咲!」

 

「どうした呉原。お前も俺のハーレム入るか?」

 

「バカ言うんじゃねぇ! そうやって調子乗ってると、いつか俺がお前のハーレムをぶっ壊すからな! 震えて待て!」

 

 そんな宣言をかました呉原は、俺を置いてさっさと校門から出ていってしまった。一見すると怒らせたようにも取れるが、アレは照れ隠しである。俺には分かる。

 

 まぁ、呉原が俺に()()()()()()を向ける時は、きっと何があっても訪れないだろう。

 あいつは唯一無二の、俺の親友だからな。前提が異なる平行世界でもない限り、親友と俺が結ばれる世界なんて存在しないぜ。

 

「あっ、待って永治。……リア、また後でね」

 

「うん、あとで」

 

 フィリスが手を振りつつ、呉原の後を追いかけていった。どっちにしろ全員ロイゼ宅に集合なので、俺も焦ることはない。

 

 

「んっ、タクシー?」

 

 そのまま立ち往生していると、校門前に一台のタクシーが停車した。

 そこから出てきたのは、俺と同じくらい──いや、ちょっとだけ俺よりも背が高い、茶髪でボブカットの少女。

 

「やぁ、美咲君」

 

「黒野さん。外出許可貰えたんですね」

 

「まぁね。いろんな功績を認められて、仮釈放って感じ。今日は文香を迎えに来たんだ」

 

 タクシーから降りて俺に声をかけてきたのは、22歳の合法ロリ。

 彼女の名前は黒野(クロノ)理愛(りあ)

 仮想世界の創造者であり、元々は敵だったものの、なんやかんやあって和解して味方になってくれた科学者だ。

 この人に(性的に)迫られて、アイリールと共に四苦八苦したのも、今やいい思い出である。もう女だから迫られることも無いだろう。

 

「あっ、そうだ美咲君」

 

「はい?」

 

「渡したいものがあったんだ。……っと、これこれ。こいつをあげよう」

 

 手渡されたのは、なにやらアクセスウォッチに似た、ヒーローの玩具っぽいデザインの腕時計。

 

「これは……?」

 

変身(チェンジ)ウォッチ」

 

 また怪しげなアイテムを……。

 

「……何に使うんですか」

 

「それ使うと三時間だけ男の子に戻れるよ」

 

 この人の技術力どうなってんだ?

 

「あの、俺が男に戻ると、アイリールを存在証明できなくて、アイツ消えちゃうんですけど」

 

「あぁ、それね。君がダグストリアだけを強く認識してれば、存在証明を保てるんだ。アカシックレコードから聞いた」

 

「ど、どういうことです?」

 

「ダグストリアと両手を繋いで、肉体を密着させて、向かい合うことで思考の九割をダグストリアに割けば、君の思考が存在証明になって、美咲君が男状態でも彼女は消えないってこと」

 

 わからん(ジャガー)

 ていうか、そこまでしないと駄目なのに、男に戻る意味とは。

 

「えっ? その状態なら対面座位で彼女とえっちできるだろう? また君がダグストリアとえっち出来るように、と思って開発したんだけど……」

 

「そういう関係じゃないんですけど!?」

 

 この人こわい!

 

「違ったのかい? それはすまない……。まぁ、物は使いようだよ。あの子も男の君に触れたい時とか、あるだろ多分。二人でイチャイチャする時にでも使いたまえ」

 

「んな適当な……」

 

 いい迷惑とはこの事か。とりあえず貰っとくけど、使う日が来るのかは甚だ疑問だ。

 

 

「理愛! お待たせしました!」

 

 そんな問答を続けている最中に、後ろから凛々しい声が聞こえてきた。

 振り返った場所にいたのは、青みがかった艶やかな黒髪を湛えた、いかにも大和撫子という言葉が似合いそうな少女だ。

 

 彼女の名前は藤堂(とうどう)文香(ふみか)

 合体武器エクスカリバーを用いて、ラスボス退治や大事な場面でいつも美味しいところを貰っていく、ウチのエースだ。 

 

「おや、リアさんもいたのか」

 

「藤堂も黒野さんと一緒に、先に行く感じ?」

 

「えぇ。本日の主役は貴方だ。楽しみにしながら、是非ともゆっくりと来てほしい」

 

 そう言いながら笑顔で俺の頭を撫でた藤堂は、そそくさとタクシーの中へと乗り込んでいった。これからの準備にワクワクしている様子だ。

 

「じゃあ美咲君、僕たち先に行くね」

 

「はい。またあとで」

 

 藤堂と同じように俺の頭を撫でた黒野さんは、タクシーを出して学園を後にしていった。何で二人とも俺の頭撫でてから行ったんだ……?

 

 

 

 デスゲーマーズの面々を見送って、そのまま校門前で待機していると。

 昇降口から三人の生徒が出てきた。

 

 一人は黒髪のセミロングで、大きな胸部が特徴的な、蒼色の瞳の少女。

 

 もう一人も同じく黒髪で、前者の少女と少しだけ顔つきが似ている、ちょっとカッコいい少年。

 

 

 最後は──語るまでもない。

 もう一人の俺と言えば、それできっと分かるだろう。

 

 

「リアちゃーん!」

 

 黒髪の少女──海夜小春が抱きついてくる。最初の高月と陽菜、その次にきたフィリス──それをはるかに凌駕する強さで、俺を抱きしめてきた。

 

「小春、くるしい」

 

「うふふ、ぶひひ……リアちゃんいい匂い……」

 

 彼女のこんな態度も、もう慣れたものだ。むしろ愛おしさや安心感すら感じる。

 洗脳から解放されて、あれから一週間経った小春は、すっかり立ち直ってくれた。本当に良かったと思うし、彼女をしっかりと助け出した蓮斗も、流石お兄ちゃんって感じだ。

 仕方ないなぁ、といった感じでそのまま小春の頭を撫でていると、後ろにいた蓮斗が口を開いた。

 

「小春。先の信号で朝陽くんが待ってるぞ」

 

「えっ!?」

 

 蓮斗の言葉に反応した小春は、まさに光の速度で即座に俺から離れ、学校前の信号へと飛んでいった。

 ……あっ、ほんとだ。朝陽がランドセル背負って、赤信号待ってる。かわいい。愛おしい。

 

 

「朝陽くん!? 一人は危ないから小学校で待っててって言ったでしょ!?」

「え、いや、だって約束の時間を一時間も過ぎたのに、小春さんが来ないから……」

「うぐっ! そ、それはっ、委員会の仕事が重なっちゃって……!」

「どうせウソでしょ。蓮斗さんと放課後えっちしてたに違いない」

「そんなに信用ないの私!?」

「日がな一日『リアちゃんとえっちしたい……お兄ちゃんでもいい……』なんて呟き続けてる人を、どう信じろと?」

「信じてぇ! 今日は本当に委員会あったのぉ! 頑張って早めに終わらせてきたのぉ!」

 

 

 何してんだあいつら……。

 

「蓮斗?」

 

「し、してないからな? 俺も先生の頼まれ事で遅れただけだからな?」

 

 まぁ別に疑ってないけど。もし俺より先に小春に手を出してたら、思いっきり引っ叩いてやろうとか、そんなの考えてなかったけど。

 

「考えてるじゃん……」

 

 口に出てたらしい。

 

「蓮斗は何で最近えっち誘ってこないんだ? インポにでもなった?」

 

「んなわけねーだろ!?」

 

「じゃあなんだよ。何でなんもしてこないの」

 

「いや……えぇ? 俺が悪いのか……?」

 

 冗談です。意地悪してごめんね。タイミング見計らってたんだよね。

 

「まぁ、俺に隠れて精力剤とか変な玩具とか買ってたのは、ちょっと引いたけど」

 

「うぐっ」(何でリアが知ってるんだ……!?)

 

 どうやらコイツ、()()()が来たら俺をめちゃくちゃに犯すつもりだったらしい。好感度マイナスです。逆に絞りつくしてまたトラウマ植え付けてやろうかな。

 

「オラ彼氏! さっさと朝陽のボディガードしてこい! 小春から守れ!」

 

「俺の妹を何だと思ってんだ……?」

 

 急かされた蓮斗はブツブツ文句を言いつつ、仕方なさそうに笑って、朝陽と小春がいる方へ走っていった。

 

 俺と蓮斗は既に繋がり、理解しあった仲だ。いまさら取り繕った会話もしないし、これくらい普通に接するのが一番いい距離感だと、お互いに理解している。

 俺は蓮斗のものだし、蓮斗も俺のもの。俺たち二人が結ばれたのは、最近のことではないのだ。

 

 

 

「……夜」

 

 

 そして、今はリアの代わりじゃなくて、しっかりと()()()が別々に存在している。

 俺はただのリアではなく、美咲夜として。

 彼女もただのリアではなく、アイリール・ダグストリアとして。

 

 

「……行くか?」

 

「うん。みんなで一緒に」

 

 

 あのデスゲームが始まった日から。

 無限に繰り返す仮想世界を、この手で破壊してから。

 

 ずっと探し求めていた──普通の日常が目の前にある。

 

 俺たちはそれを手に入れることが出来た。

 

 

 

 だから、あの日から続いてきた、俺たちの戦いはこれでいったん終わり。

 

 これから紡いでいくのは、面白おかしい仲間たちに囲まれた、ただの普通の日常だ。

 

 

 

「いこ、夜」

 

「……あぁ、アイリール」

 

 

 

 きっと、これから先も、ずっと。

 

 

 

 二人で共に歩んでいく。

 

 

 

 




終わり













ここまで観覧してくださり、ありがとうございました。


長ったらしい後書きはせず、活動報告の方にこの作品についてお気持ち表明するので、よかったらそちらも確認していただけると嬉しいです。

一応、えっち成分マシマシの後日談や、親友や別ヒロインのIFルートなんかも投稿予定ですが、メインストーリーはこれにて完結です


初投稿から八ヵ月間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

また他の小説の作者名でバリ茶を見かけたら、その時は10評価押してから帰ってください(強欲な壺)

繰り返しになりますが、最後まで観覧してくださり本当にありがとうございました まる

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