change   作:小麦 こな

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記念すべき日に、初めてを②

平日にも関わらず、目覚ましのアラームを聞かなくても良い朝はとても気分が良い。

他の社会人は機械のように今日も決まった時間に起きて出社するのだろう。他人と違った行動が出来る、と言うだけで優越感に浸れるのだから人間って単純でバカな生き物だと思う。

 

そんな今日は朝から目覚めの一本をベランダでゆっくりと吸ってから、服を着替える。

赤色のパーカーの上に黒色のジャケットを羽織り、黒のチノパンを身に着ける。仕上げは少し髪の毛をワックスで整え、香水を軽く手首につける。

 

今日は平日にも関わらず、モカとデートの日だ。デートと言っても俺たちは恋人の関係では無いから曖昧な部分はあるが、男女が二人で外に出かけたら立派なデートなのかもしれない。

 

モカは水曜日は授業を履修していないらしい。らしいというのは青葉本人が言っているだけで、真相は分からない。

 

「そもそも、今の時期にどこに行くつもりなんだろうな」

 

春の始まりにふさわしく綺麗に、そして爽やかに晴れ渡った天候に触れながら外を歩き始める。向かう場所はモカの家で、事務所からすぐの場所にある。

 

小鳥の(さえず)りが様々な気持ちを後押ししてくれているように感じる中、家の前で携帯を触りながら塀にもたれるモカの姿を見つけた。

彼女は黄色いパーカーに藍色で袖が白色のスウェットブルゾン、そして緑色のミニスカートを身に着けていた。さすがにまだ寒いので脚は黒色でデニール数の高いタイツを履いていた。

 

「……なんだ、外で待ってたのか青葉」

「もう!貴博君遅いよ~。外もちょっと寒いし」

「家の中で待ってればよかったじゃねぇか」

「分かってないなぁ、貴博君は」

 

何が分かってないのかがさっぱり分からなかった。モカはどうかは知らないけど俺は一応デートの経験がある。もちろん当時、俺にとって大事だった人と。

その時もあいつは「分かってないなぁ」って言っていたような気もする。気のせいか?

 

「じゃあ、これからかわいい美少女とデートにしゅっぱつ~」

「なぁ、青葉」

「なに~?自分で『美少女』とかいう女の子は大体容姿は良くない、とか言うつもり~?」

 

まぁ、確かにモカの言ったことも思った。自分で「美少女」とか言っている奴は大体勘違い女だったりする。

だけど俺はそんなことを言いたかったわけでは無かった。それにモカも普通に美少女の部類に入る。モカは稀なケースだ。

 

「ちげぇよ……お前、髪の毛切っただろ?」

「えっ!?」

「……似合ってるぞ」

 

俺はこれからどこに行くのか分からないけど、前を進んでいく。

流石にモカの顔を見ながら言ったら照れてしまいそうだったから歩きながら、そして下の無駄にきれいに(なら)されたアスファルトを見ながら言った。

デートなんだから良いだろ、これぐらい。

 

すると後ろからモカが小走りで来たと思いきや、俺の左手に抱き着いてきた。

おいおい、デートだからって流石にやりすぎだろ。

 

俺がそんな事を視線に乗せてモカに行ったけど、モカは顔をほんのりと赤くしながら上目遣いで見てきた。

彼女の両手は俺の左手をがっしりと捉えている。

 

そして上目遣いのまま彼女はこう言った。

 

「分かってるなぁ、貴博君は」

 

 

 

 

俺たちはまず初めにショッピングモールにやってきた。平日の午前という事もあって客は少なくて居心地がいい。年齢層が高めだから少し(いぶか)し気な視線で見られるのは少し癪に障るが気にしないでおく。

 

流石に付き合ってもないのに密着しすぎだとしっかりと言葉にしてモカに伝えたので今は俺の左隣を歩いている。

 

まずショッピングモールデートでは服を見るのが定石だと思っていたが、俺たちが一番最初に立ち寄った場所は楽器店だった。

 

モカはギターの弦を買っておきたいらしい。

俺はそんなモカを待ちながら、アコースティックギター売り場をゆっくりとみる。

 

どうしてだろう、久しぶりにギターを弾きたくなってきた。

 

そんな衝動を抑えきれず、目に入ったギターを店員に言って試奏させてもらう事にした。

店員がすぐにチューニングを終えて俺にギターを渡してくる。

 

ピックを借りて、およそ4年ぶりに弦をかき鳴らす。やはりブランクは感じられるものの、不思議と当時弾いていた曲のコードは覚えていた。まるで運命がやがて辿る道をさりげなく導くかのように。

 

「貴博君ってギター、弾けるんだ」

「弾けるってレベルじゃないけどな」

「でも、聴く限り上手だよ?」

「そいつはどうも」

 

俺は記憶の通りコードを奏でていく。モカは少し考えているような顔をしていたけど、俺の弾いている曲が何なのかが分かったのか目を少しだけ大きくさせた。

 

「貴博君、その曲ね?最後まで弾ける~?」

「あぁ……多分な」

「モカちゃん、貴博君の演奏聞きたいなぁ~」

 

俺は面倒くさそうな顔を前面に出しながらだけど、モカの希望通りイントロを終えるとそのままAメロのコードをかき鳴らす。

 

すると、モカが俺の演奏に合わせて歌を歌い始める。彼女の歌声は透き通っていて、いつまでも聞いておきたくなるような歌声だった。

 

俺の頭の中に走馬灯が走る。高校一年生の、まだ人生が音を立てて崩れる前の事。

そして俺がライブハウスでコーラを飲みながら思い出していた映像と同じものがフラッシュバックする。

 

アウトロの最後のコードをゆっくりと奏でる。そして6弦からゆっくりとピックを下へと下ろしていく。

ジャララン、と言う音が何故か切なく響いたような気がした。

 

モカは何か言いたそうな顔だったけど、そんな表情はすぐに隠して笑顔になった。

まるで、俺がどんな気持ちでギターを弾いていたかを知っているかのようなそぶりだった。

 

 

 

 

 

「貴博君、プリクラ撮ろうよ~」

「それだけは勘弁してくれないか……」

「デートだから良いじゃん?」

 

お昼ご飯をフードコートと言う、いかにも学生らしい場所で食べた俺たちは午後もショッピングモールの中を歩き回っていた。

そこでモカはゲームセンターを見つけてしまい、プリクラを撮ろうなんて提案してくる。

 

悪いけど、俺はプリクラが大嫌いだ。なんだか子供っぽいし、何より恋人関係でもない男女が撮っても仕方が無いだろう。

 

「ほらほら~、速く行くよ~」

「おい!引っ張るなって!」

 

そんな俺の想いなど意も関せずモカは俺の左手をグイグイと引っ張ってはプリ機の中に入れ込もうとする。

対する俺は引っ張られまいと必死に足を踏ん張る。俺はもう笑顔を無くしてしまったから楽しむことなんてできないんだよな。

 

「貴博君……そろそろ素直に従った方が良いんじゃないかなってあたしは思うんだけどなぁ」

「あぁ?なんでだ?」

「周り……見てみて?」

 

俺はモカの言われた通り周りを見渡す。

なぜか俺たちの周りには人が集まっていて、微笑ましい笑顔を送る人たちやイチャイチャするんじゃねぇよみたいな雰囲気を出しまくる人たちもいる。

 

流石の俺もこんな状態では目立ってしまうので仕方なくプリ機の中に入る。

動画を撮っているバカは後で叩き潰すから覚悟しとけ。

 

プリ機の中はほんのりと温かくて、晴れた日の芝一面の公園で寝ころんでいるような感覚にとらわれる。

モカの方を見ると、こっそりお金をプリ機に入れていた。彼女は悪い顔でニヤリとしていた。

 

逃げられないと観念した俺はプリ機の壁の方にもたれる。モカは慣れた手つきで写真のフレームとかを選択している。

プリ機から出る、甘ったるい声がやけに耳に残る。

 

「せっかく撮るんだから、楽しまないとねー。いえーい」

「……」

「貴博君、笑って~」

 

モカが俺の横に立ってピースしている。俺も口角をぎこちなく上げて、震える手を抑えながらピースをする。

 

プリ機から流れる「いつまでも仲良し2人組!」とか甘ったるいセリフを甘い声で再生するから笑えねぇよ。

同じ条件なのに天真爛漫な笑顔を出せるモカが、羨ましい。

 

何枚か撮っていく。プリ機の指示に従ってモカは俺に腕を組んできたりとノリノリだったりする。俺はずっと同じポーズなんだが。

 

もうすぐ終わりの時間。

次はプリ機がどんな甘い言葉を出すのか心配になってきた。

そんな俺の心配は杞憂には終わらなかった。

 

 

「大好きな気持ちを込めて、ほっぺにちゅー!」

 

バカか、このプリ機は。

流石のモカも横で固まっていた。しかもやけに顔が赤くなっていた。でもプリ機は待ってくれず、勝手にカウントダウンを3からと開始する。

 

俺はせめてもの抵抗で、ピースもせず突っ立っていることを選択した。

1、 と言う声が聞こえて、シャッターの音が鳴るはず。

 

シャッターの音が鳴る少し前。

俺の左肩に少しだけ体重がかかる。これは恐らくモカが両手を置いたのだろう。

ぼんやりとだけど背伸びをしているのだろう、つま先を伸ばしている。

 

そしてシャッターの音が鳴る直前。

左頬にぬくもりを感じた。

 

 

 

 

写真を撮り終えたら、撮った画像を編集する場所に移動する。

顔を真っ赤にした彼女は何やら文字を書き込んでいた。

 

「なぁ、青葉……お前」

「あたしね、貴博君に助けてもらったでしょ?貴博君がいてくれなかったら今頃バンドを抜けてて……どうなってたんだろうね?」

「……」

「でも、貴博君は導いてくれた。あたし、まだお礼できてなかったから……。ほっぺのちゅーは……かわいいモカちゃんからのご褒美、ってかんじ~?」

「……あっそ」

 

 

まだそんな事をモカは想っていたのか。

もう過ぎたことなんだし、今は今まで通りにバンド活動出来ているって本人からも聞いた。

前を向いて歩きだしてるんだから気にしなくても良いんだけどな。

 

彼女は画像の加工をし終えたらしい。外に出ていった。

俺も彼女の後をつける。ゴツイ自販機みたいな場所からさっき撮ったプリクラが出てくる。

 

「はい、貴博君!大事にしてよね~」

 

 

受け取ったプリクラを見る。

最後のプリクラ。モカが背伸びをして、俺の頬にキスしている写真。

 

その写真の人物の下にはそれぞれ「モカちゃん」、「貴博君」と書いてあって。

 

 

 

そして真ん中あたりにかわいらしい字で「はつでーと」と書いてあった。

 

 




@komugikonana

次話は10月1日(火)の22:00に公開予定です。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからもサクッと飛べますよ!

~高評価を付けて頂いた方々をご紹介~
評価10という最高評価を付けて頂きました herethさん!
評価9という高評価をつけて頂きました Solanum lycopersicumさん!
同じく評価9という高評価をつけて頂きました Faizさん!
同じく評価9という高評価をつけて頂きました 青ガメラさん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

モカに左手を引っ張られながら何分ぐらい歩いただろうか。すっかり空模様は夜にシフトされていて、幾つかの星がピカピカと光を発している。
かなり都心の方まで歩いている。周りはビルなどの大きな建物が夜空とは対照的に人工的な光が不気味に広がっている。

「ここだよ。モカちゃんのセンスが光ってるね~」
「有名なところだよな、ここって」
「らしいね~。でも今日は特別だからオッケーという事にしよう」

まだデートは、続く。

~お詫び~
今作品「change」の6話において誤字が確認されました。
みなさんにご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。
そして報告してくださったWhiteさん。ありがとうございました。


では、次話までまったり待ってあげてください。

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