ずっとショッピングモールの中にいたから、外に出てみると太陽が赤く染まっていてもうすぐで地平線の下にもぐってしまいそうな時間になっていた。
4月とはいえどまだ晩冬の肌寒さが名残惜しく残っていたりするこの季節は、俺は意外と好きだったりする。好きになった理由は忘れた。
「次はどこに行くんだ?」
俺はそんなことを口にした。どうやら俺はもう少しだけモカと一緒に行動したいらしい。
丁度ごはんを食べるのには良い時間帯と言うのもある。モカはパンが好きだからフランス料理店でパスタとかごちそうするのが良いかもしれない。
「次はね~?ごはん!」
「そうか……だったら俺が良いお店を」
「実は昨日、お店に予約したんだよ~。褒めて?」
「予約?」
モカがディナーまでデートプランに入れていることに少し驚いたが、それよりもビックリなのが「予約」したという事実。
昨日、急に京華さんから有給を言い渡された。その後すぐにモカが飲食店に予約を入れたという事なのか?
平日だから予約を入れれるだろう。
だが逆に考えれば、平日にもかかわらず予約を入れなくてはいけないようなお店なのか?
「うん!せっかくだから美味しい料理、食べたいじゃん?」
「それは分かるが、お前……」
「大丈夫だよ~。意外と資金繰りはしっかりしてるんだよ~」
フワフワとした表情で俺の言いたいことを先読みして言ってくるのが母親譲りなんじゃないかって思う。
実際モカはバイトもしているしお金に関しては普通の大学生のように「好きなものに使うためにバイトをしている」みたいな感じだろう。
そんなお金を俺といるために使ってくれるのが、少しだけ嬉しく思う。
そんな手持無沙汰な干渉に浸っているとき、俺の左手にぬくもりを感じた。
モカが、キュッと包み込むように優しく俺の手を握っていた。
今日のモカはやけに積極的に感じる。デートと言う名目だからかもしれないけど、さ。
「貴博君の言いたいことは分かるよ?」
まだ何も言っていないのに、まるで俺が心に秘めていた感情を
モカがどうして今日は距離が近いのかなんて彼女に聞かないと分からない。
俺はどうしてそんな行動をとっているのかの予想はぼんやりとだけど、つく。
俺は心でこう想っている。
どうか、俺の予想は「外れて」いてほしい。
もし、モカが俺に好意を寄せているという予想が当たってしまっていたら……。
モカを不幸にさせないためにも、彼女を拒絶しないといけない。
彼女に「犯罪者の嫁」というレッテルを背負わせるわけにはいかないから。
「でも、デートだから……今日だけはオッケーという事にしようよ」
「……今日だけだからな」
だったら俺も今日だけ、自分の感情に正直になろうって思った。
もう少しモカと一緒にいたい。
そして、一生口では言えないような想いにも素直になろう。
こんなありふれた当たり前みたいな生活を送れて、誰からも必要とされているお前に……。
俺はモカのような人間になりたい。
一種の羨望。憧れだからモカには楽しく生きてほしい。
「それじゃあ、しゅっぱーつ!」
憧れだから、お前が悲しんでいる顔なんて見たくない。
モカに左手を引っ張られながら何分ぐらい歩いただろうか。すっかり空模様は夜にシフトされていて、幾つかの星がピカピカと光を発している。
かなり都心の方まで歩いている。周りはビルなどの大きな建物が夜空とは対照的に人工的な光が不気味に広がっている。
「ここだよ。モカちゃんのセンスが光ってるね~」
「有名なところだよな、ここって」
「らしいね~。でも今日は特別だからオッケーという事にしよう」
俺の目の前には会社なども入っている大きなビル。そこの20階では夜空を堪能しながら食べられる場所があるって前に雑誌で読んだことがある。
なんでも「デートでぜひ行きたいお食事処」3年連続1位の店らしい。
俺とモカは手を繋ぎながらエレベーターに乗り込む。
モカは「20」と書いてあるボタンを押す。そのまま扉が閉まってエレベーターが俺たちを目的の場所へといざなっていく。
「ドキドキするね~」
「どんな美味しい料理が待っているんだろうな」
「そっちの意味じゃ、ないんだけどなぁ~」
「なんだそりゃ」
モカはジト目で俺の方を睨んでくる。
もしかしたら金銭的な面でドキドキしているのか?それこそ口に出すのは野暮ってもんだし、デート中にお金の心配する奴はマナーがなってないだろ。
それともモカは高所恐怖症なのか?もしそうならわざわざこんな場所でディナーの予約なんて取らないはず。
少し頭を傾げていると、エレベーターが目的の階に止まった。
エレベーターの、目的の階に着いた時の一回下がるような感覚はいつになっても慣れることが無いと思う。
扉が空いた。モカは真っ先に出て言って、くるっと俺の方を向いた。
そして彼女はニヤニヤ顔でこういうのだ。
「貴博君のにぶちん」
にぶちんってなんだよ。
フロアは高級感に溢れていて周りはお洒落かつ上級感の感じる人間ばかりで場違い感を感じた。
黒のタキシード姿の受付にモカは何やら話している。恐らく予約の確認とかだろう。
程なく案内してくれるらしく、タキシード姿の男の後ろについて行く。
案内された場所は人気な場所なのでは無いだろうか。座席は窓際の席で、右を見ればそこには街々の街灯が小さく見え、夜空は今はこっちが主役だと言わんばかりに星が輝いている。
早速前菜として、見るだけで美味しいと分かるような野菜スープが俺たちの前に置かれる。
スプーンを右手で持って、奥から手前へとスープを掬い取る。こういう場所だからこそ、食事のルールは最低限守るように心掛けた。
モカは少し不思議そうな顔をしながら、俺がスープを飲んでいるのをまじまじと見ていた。
なんだ?口にスープが付いているのか?
「……そんなにまじまじ見られたら食べにくいだろ」
「えっと、貴博君って左利きだよね~?」
「ああ、そうだ」
「でも、今は右手でスプーン持ってるからどうしてかなって思っちゃったわけです」
「スプーンは右手で持つのがルールだからな」
「へぇ~、知らなかったなぁ」
知らないなら仕方がない。まだ俺たちは20にもなっていない子供だからな。
でもこの「知らない」と言う事を恥だと思って「知っていく」ことが若いうちは大事なんじゃないかって思う。
一回目の失敗は誰でもあるが、同じ失敗を二回するのはただのバカだからな。
タキシードを着た男が今度はパンを運んできた。これはサービスらしく取っても取らなくても良い。
まぁスープにも合うだろうし二つ貰っておく。モカは4つ貰っていた。
「ここのパンも美味しいね~」
「そりゃあ、そうだろ」
「でも~……さーやのところのパンも負けてないからすごいよね」
「……それを俺じゃなく山吹に言ってやれ」
またモカは俺をジト目で見てくる。今日はよくジト目で見られる日だ。
俺は右側を見て夜景を目に焼き付ける。普段見ないけど、たまに見るとこんなにも夜景ってきれいなのかって思う。
「貴博君……さーやのこと、絶対知ってるよね?」
「あぁ?それを知ってどうするんだ?」
「むぅ~……」
「それに今は青葉とデート中なんだろ?他の女の名前なんて出すもんじゃない」
「どうしてさーやが女の子だってこと、知ってるの~?」
「そんな名前の男なんていないだろ」
「むむぅ~……」
そんな事を話していたらメインデッシュが運ばれてきた。タキシード姿の男は「牛テールの赤ワイン煮込み」なんて言っていたけど、すべてが聞きなれない言葉で頷くことしかできなかった。
牛テールなんてどんな触感なのか想像もつかないし、赤ワイン煮込みなんて言われても味の想像がつかない。
ただ分かるのは、匂いと見た目で間違いなくこの料理は美味しいという事。
右手のフォークで肉を抑えながら左手のナイフを入れる。驚くほど簡単に切れて、尚且つ中から溢れ出る肉汁はすぐにでも口の中に入れたいという衝動を生み出す。
衝動のまま口の中に入れると、もう、こう表現することしかできなかった。
それはモカとて同じだったらしい。
「「うまっ」」
「美味しかったね~」
「そうだな。たまにはこういうのも良いな」
すべての料理を食べ終えて、夜景を見ながらモカと会話をする。
今日一日モカと一緒に歩いて、話して、ギターを弾いて、食事をして。
今日と言う時間はとても速く流れたように感じる。それはきっと、それだけ有意義な時間を過ごせたという事なんだろう。
こればかりはモカに感謝しなくちゃいけないな。
すると突然、明かりが良い感じに暗くなった。
停電だろうか、なんて考えたが夜景の下を覗くと街灯は今も健気に光を出し続けていた。
少し暗いけど、モカの顔ははっきりと見えた。
とてもニタニタしていて、まるでこの後に起きる出来事を知っているかのような顔つきだった。
するとタキシード姿の男が何か明かりの灯った食べ物を机の上に置いた。
明かりをともしていたのはろうそく。年の分だけさしてあるため明るいわけだ。
そっか。そういえば今日だっけ。もう何年も何もなかったから忘れていた。
そんな他人事のように思っていると、モカが大きな声で言うんだ。
「誕生日おめでと!貴博君!!」
モカの声をきっかけに暗かった店内は明るくなり、周りから拍手が鳴り始めた。
まったく、どうしてモカが俺の誕生日なんて知っているんだ……なんて考えていたけど頭の片隅にはニコニコとした、俺とそっくりな顔の人間が浮かび上がった。
俺はこんなキャラじゃないんだけどな。
そう思いながらもろうそくに灯った火をふぅ、と消す。すべての火が消えた時、再び店内は拍手の包まれた。
タキシードの男がケーキを切り分けてくれる。今から1ホールも食べられるのだろうか。
でも目の前では自分の事のように嬉しそうな顔をしたモカがケーキをすごい勢いで頬張っているのを見て、不安はさっきのろうそくの火のようにふっと消えた。
「今日は楽しかったね~」
「あぁ、ありがとな……青葉」
「貴博君からありがとうが聞けるなんて……大人になったんだね」
「お前は誰目線なんだよ」
「うーん……ママ目線?」
「あほか」
ディナーを食べ終えて、夜の街中を歩く俺達。もう後はお互いの家に向かう道をゆっくりと歩いている。
腕時計を見ると、21時を指していた。まだもうちょっとだけ、時間があるな。
「なぁ、青葉。こっちじゃなくて、あっちの道で帰らないか?」
「え?でもこっちの方が近いよ?」
「それは分かってる……ほら、今日はデートだろ?少し、遠回りして、帰らないか」
モカは少し目を見開いたけど、すぐニヤッとした顔に変わる。
顔が赤くなっているのは本人は気付いているのだろうか。
「それじゃ、あっちの道で帰ろう」
「ああ、決まりだな」
「貴博君、『ゆっくり』歩いてね?」
「……分かってる」
夜空は、今日もきれいに輝いていて。
俺の視界は今日だけはカラーに見えているように思えた。
@komugikonana
次話は10月4日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
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~次回予告~
外は生憎の空模様が続く。
と言うのも梅雨入りが発表されたから当たり前だと言えば当たり前なのだが、今年の梅雨入りは例年よりも大幅に遅れていてもうすぐ7月だというのにやっと梅雨入り。
一体梅雨が明けるのはいつになるのだろうか。
蒸し暑いこの季節にもかかわらず、俺の働く事務所はまだ冷房が入っていない。
京華さん曰く「冷房を入れるのは7月になってから」らしい。無駄な費用は抑えたいという、経営者らしい考えに基づいているらしい。
そんな日に、俺は重大なミスを犯してしまった。
では、次話までまったり待ってあげてください。