change   作:小麦 こな

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番外編:思い出という名の鮮やかなキャンバス①

あたしには気になることがある。

それはあたしが密かに想いを寄せている彼についてなんです。

 

あたしの通っている羽丘女子大学は長い休み期間に入ったから、時間を見つけては事務所に向かって彼に会いに行っている。

会う前はとってもドキドキして胸が苦しくなるのだけど、あたしの目が彼を映すとそんな苦しさは心地よい鼓動に包まれる。

それに最近、以前より少しだけだけど、笑ってくれるようになった。

 

 

そんなあたしの前以外では鉄仮面をかぶっているような彼が、自分から有給休暇を取らせてほしいとママに言った。

周りの人たちからしたら普通かもしれないけど、仕事人間の彼が自分から休みを欲しいなんて言ったことは今まで無いらしい。

 

そしてその有給休暇を欲しいと申請した日付が、お盆休みの一日前なんだって。

ママの事務所は土日も含めて8回もお休み出来るのに、わざわざ一日前に休む理由が気になって仕方が無かった。

 

だから、あたしは行動に移したんだ。

 

「……そろそろ起きろって」

「うにゅ?うーん……おはよ、貴博君」

 

あたしはまた、勝手に寝ている貴博君の布団に入って添い寝をしていた。

夜中にいつも来て、そして高鳴る鼓動をぎゅっと抑え込んで彼の腕に抱き着いて眠る。

高鳴る鼓動を抑えるのはあたしの心臓の音が大きすぎて彼が起きてしまわないように、なんだ。

 

「お前、また夜更かししたのか?」

「ううん、してないよ~。どうしてそう思ったのかモカちゃんに申告するのだ~」

「何回ゆすっても起きなかったからだ」

「貴博君と一緒だと安心できるからだよ~」

「……あっそ」

 

そんな不愛想な顔で、ちっともロマンなんて感じない言葉の中にしっかりとあたしを心配してくれるのがモカちゃん的胸きゅんポイントなんだよね。

 

心配してくれてありがと。

嘘ついちゃってごめんね。

 

「貴博君、今日は有給でお休みなのに早く起きるんだね~」

「……どうして俺が今日休みって知ってんだ」

「ママから聞いた~」

 

はぁ、とため息をつきながら布団から出て行く貴博君。そんなにため息ばっかりだと幸せが逃げちゃうよ?

でも、逃げちゃうほど幸せがあるって考えると素敵だね。

 

もし幸せがなかったら、逃げることも出来ないもんね?

 

貴博君が目で合図をしたから、あたしは部屋の外に出る。

これは彼からの、着替えるから出て行ってくれという合図。

 

でもちゃんと着替え終えたら入っても良いぞ、と言ってくれるあたり優しい部分もある。

もっとみんなにそういう優しい部分を出して言ったら良いのになー、っていつも思う。

 

「青葉、悪いけど俺はちょっと出かけるからまた明日な」

「そっか、ばいばい」

 

貴博君は大きめのカバンを手に持って、そのまま部屋から出て行った。

時計を見ると7時30分を示していて、あたしの疑問がモクモクと大きくなっていく。

 

もしかして貴博君、女の子とどこかに出かけるのかな?

もしそうだったらあたしはとってもつらい。

 

つらいけど、真相も確かめたい。

もし貴博君が女の子とどこかに行くのであれば、応援しなくちゃいけないよね?

たとえ、あたしの秘めている想いを抑え込んででも。

 

 

 

 

 

悪いとは分かっているけど、貴博君の後をついて歩いていた。

どこに向かうか検討もつかないし、もしかしたらコンビニでたばこを買うのかもしれない。

 

貴博君は商店街の方へ入っていく。

夏休みだからか、小さな子供たちは朝の早くにも関わらず元気に走り回っている。

 

あたしたちにも、こんな時期(とき)があったっけ。

 

あまり子供たちを見ていると、本命である貴博君を見失ってしまうからしっかりと視線は彼の方に向けておく。

 

「……え?貴博君?」

 

あたしは少しだけだけど、目を疑った。

心臓も少しだけ、嫌な音を立てながらキリキリと締めつけていく。

 

彼が入っていったお店は、あたしも良く行くお店のパン屋さんだった。

貴博君がやまぶきベーカリーに行くなんて思ってもいなかったし、彼がパン派ではなくごはん派だという事も知っているあたしにとっては不思議でしかなかった。

 

おそるおそる、店内を確認する。

 

貴博君が、パン屋で働いているあたしと同い年の女の子であるさーやとお話していた。

やっぱり貴博君はさーやのこと、知ってたんだ。

 

店の外からみると、貴博君の表情は分からないけどさーやはとっても楽しそうに笑っている。

もし貴博君はさーやの事が好きだったら……。

 

あたしは無意識に、脚を動かしていた。

この気持ちはきっと、網の上で焼く餅のようにぷくっとした感情なのだろう。

 

 

「いらっしゃいませ!あ、モカ。おはよー」

「やっほー、さーや……あれあれ?また会っちゃったね、貴博君」

 

出来る限りのニヤ~っとした顔で、そして少々わざとらしく貴博君に話しかける。

さーやはちょっとびっくり、みたいな顔をしていて貴博君は苦虫を噛んだような顔をしていた。

 

このお店は今日も焼き立てのパンのにおいがする。

 

「モカ、佐東君のこと知ってるの!?」

「うん、ばっちり。デートとかする仲だもんね~?」

「そうなの!?佐東君もしっかりしてるじゃん」

 

なにやらさーやもあたしと同じような顔をして貴博君をいじり始めた。

貴博君は面倒くさそうな顔をして軽いため息を零してから、トングを持ってパンを探しに行った。

きっと貴博君は女が二人集まるだけで面倒くさい、なんて思ってそう。

 

だからあたしは少しだけ訂正させなくちゃいけないよね~。

女じゃなくって~、美少女二人だよって。

 

「山吹、さっさと会計してくれ。青葉がいると面倒くさいから」

「そんなこと言われたら、ゆっくり会計したくなっちゃうな~?」

 

このやりとりを見るだけでも、案外二人の仲が良い事が分かった。

でも貴博君はいつ、そしてどこでさーやと会ったのかな。

 

もしかしたら貴博君は昔、ここでアルバイトをしていたとか?

でもそれなら、常連のあたしも知っているはずだから無いと思うんだよね。

 

貴博君がレジに持って行ったパンはクリームパン。しかも3つ。

同じパンを3つも買うなんて……きっと、とってもそのパンが好きなんだね。

 

「……クリームパン、しばらくはたくさん店に置くんだな」

「うん、あたしが父さんにお願いしていつもよりたくさん作ってもらってる」

「そうか……。山吹、無理するんじゃねぇぞ?」

「ふふふ、それはお互い様なんじゃない?」

「うるせぇ」

「それより、佐東君はモカの事好きなの?」

 

途中までの会話は、二人にしか分からない内容だったのに最後の会話だけは第三者のあたしにも意味が分かった。

そして、気味が悪いほど心臓がドキン、となった。

 

さーやはちらっとだけどあたしの方を向いて、その後すぐに貴博君の目を見つめ始めた。

 

「……嫌いじゃねぇよ。またな」

 

その言葉があたしの耳から入った瞬間、身体全体に心地よい感情が一気に支配し始めた。

 

嫌いじゃない。

それは遠回しに好きと言ってくれているみたいって勝手に解釈し始める。

 

あたしは、貴博君のこと……。

 

「モカって佐東君の事、好きでしょ?」

「へっ?」

 

そんなフワフワとした感情を身体の中に充満させているときに、さーやはあたしの感情を読みとったかのようなタイミングで話しかけてきた。

 

「佐東君が『嫌いじゃない』って言った後のモカの顔、恋する女の子の顔だったよ?」

「あたしがパンを買っているときのような顔~?」

「パンを買う時よりも、もっと夢中になってた。それより……」

「それより?」

「モカが、佐東君の事が好きだったら……」

 

この後に続く言葉が、ちょっとだけ怖い。

もしさーやも貴博君の事を好きだったら、あたしたちは恋敵になっちゃうんだもんね。

 

あたしは、もしそうなっちゃったら、さーやに勝てる気がしない。

さーや、かわいいもん。

 

 

でも、そんな考えとは全く違った言葉がさーやから放たれた。

 

「今からでも、佐東君の後を追った方がいいよ」

「貴博君の後を?」

「そう!佐東君の事を知りたかったら追いかけるべきだと思う。それにここだけの話、パンを3つ買ったでしょ?普段、この時期は2つしか買わないから絶対モカの分も入ってるよ」

 

あたしには引っかかる言葉がたくさん出てきた。

この時期になったら貴博君はパンを買う理由とか、あたしの知らない事をさーやは知っているという事実とか。

 

でも、今のあたしにはそんな事なんてどうでも良くなっていた。

 

「ありがと、さーや」

「……うん、いってらっしゃい!」

「また、パン買いに来るね~」

 

あたしはさーやに手を小さく振ってからお店を後にした。

正直、周りを見渡しても貴博君の姿はどこにも無かった。だけど、あたしは全く焦らなかった。

 

そして迷わず歩を進める。

直感と言うか、モカちゃんセンサーが「貴博君はこっちにいるよ~」って伝えてくれているから。

 

8月の中旬だというのに、まだまだ朝は暑い。

でも確実に季節は変わりつつあって、周りにこだまするセミの合唱の中に「ツクツクボウシ」と言う訳の分からない呪文のような声が聞こえるようになってきた。

 

「あっ、みーつけた」

 

あたしの目は、どこかへ向かっている貴博君を捉えた。やっぱり、モカちゃんセンサーは間違ってなかったね。

 

あたしは、うさぎのようにぴょんぴょんと飛び跳ねながら貴博君を追いかける。

なんというか、貴博君に早く声を掛けたくて歩いていくよりも気持ちが早まっているからスキップで向かっちゃうんですよ。

 

こんな朝早くに向かう場所なんて分からない。

いや、それよりもあたしはまだ貴博君の事に関して知らない事がまだある。

 

だから、一つずつ知りたいんだ。君の事を。

そしてすべて理解したいんだ。君の事を。

 

「貴博君っ!」

 

あたしは彼の横からぴょん、と出て君に話しかける。

ちょっとかわいく思ってもらいたいから、手を後ろに組んで顔を覗き込む。

 

彼は少し顔をほころばせながらあたしの方を向いてくれた。

でも表情と口調が一致していなくてくすくすと笑ってしまう。もっと素直になってくれてもいいのに。

 

「ほんと、俺のいる場所に出てくるよな。暑苦しい」

 

いつか素直にさせてやる、と言う気持ちとこれから君の事を知れるドキドキとした気持ちが入り混じる今日が、始まるのです。

 

 




@komugikonana

次話は11月15日(金)の22:00に投稿します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっております。作者ページからサクッと飛べますよ!

~高評価を付けてくださった方のご紹介~
評価9という高評価をつけて頂きました 神無月紫雲さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

「もしかして……貴博君」

もしかして、あたしにお花をプレゼントしてくれるのかもしれない。そんな突拍子もない答えが頭の中で産声を上げた。

あたしは頭の中で想像する。
貴博君が真面目な顔であたしの前に来て、そして花束を渡してくる。
そして、あたしの妄想の貴博君がこう言う。

青葉、俺と結婚しよう。



「……お前、何一人でニヤニヤしてんだ?」

見られちゃった。


では、次話までまったり待ってあげてください。

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