「ねぇねぇ、貴博君。これからどこに行くのかモカちゃんにも教えて~?」
「まずは『一緒に行っても良い?』って聞くべきだと俺は思うんだがな」
「あたしも一緒に行く~」
「……付いてくるなって言っても付いてくるんだろ?」
「あったりー」
「はぁ、ほんとに能天気な奴だな」
貴博君とお話をしながら、商店街を抜ける。
貴博君とお話をしているだけで、モカちゃんの心はポカポカする。このポカポカは8月の気温のようにギラギラしていなくて、いつまでも心地の良いあったかさなのです。
貴博君は7分袖の白色シャツに黒のチノパンを身に着けていて、暑くないのかなって思う。
でもあたしはその感情を口にすることは無いだろうね。
他人の、貴博君のファッションなんだからあたしが口出しする必要はないよね。
そしてなにより、この服装で行く理由があるのかもしれないよね。
世の中、分からないことだらけだよね。
でもそんな世の中だから、知りたいと思ったことには夢中になれるんだとあたしは思う。
「青葉、お金持ってるか?」
「うん。財布の中にお札は入ってるよ?」
「だったら問題は無いな」
「もしかして……今日は全部モカちゃんのお金で生きていくつもり~?」
「あほか」
だって、お金の有無を聞くことなんて普通ないじゃん。
それにちょっと頬っぺたを膨らませただけなのに、貴博君はジト目で左頬を抓り始める。
むぅ~、ちょっと痛いんだからね。
だけど、からかってほしいから頬っぺたを膨らませているからあたしの作戦は成功している。
さすがモカちゃん。誰もが認める美少女策士なのです。
あたしたちは駅の近くまで歩いてきた。お金の有無を聞いていたから、もしかしたら電車に乗って遠出でもするのかな?
「青葉、暑いから先に駅に行って涼んできても良いぞ」
「良いの?」
「良いから言ってんだ。俺はちょっとだけ買うものがあるからあとで駅のホームで合流するか。210円の切符買って1番のりばだから間違えるなよ」
そういって貴博君は違う方向に歩き始めた。
たしかにまだ朝が早いにも関わらず、気温はグングン上昇してきているし貴博君なりの優しさかもしれない。
だけど、暑さをしのぐよりも女の子には大事なことがあるんだよね。
でもそれは恋する女の子の特権だよ?
あたしは駅に向かわず、こっそり貴博君の後をついて行った。
うまい具合に人ごみの中に身を隠しながら後を追っていると、貴博君はお花屋さんに入っていった。
あの貴博君がお花を買う。想像もできなかったし、何よりなぜこの時期にお花を買うのか分からなくて頭の上にはクエスチョンマークが頭の上にポコポコ生まれる。
「もしかして……貴博君」
もしかして、あたしにお花をプレゼントしてくれるのかもしれない。そんな突拍子もない答えが頭の中で産声を上げた。
あたしは頭の中で想像する。
貴博君が真面目な顔であたしの前に来て、そして花束を渡してくる。
そして、あたしの妄想の貴博君がこう言う。
青葉、俺と結婚しよう。
あたしは思わずニヤニヤ顔になってしまった。
まだ貴博君と付き合ってもいないし、このあたしの想いは一方通行。それなのにこうも気持ちがフワフワする。
こんな感情は、さーやのお店でパンを買っても得られないよ?
モカちゃんはなんて答えようかな?ニヤニヤしながら考える。
「……お前、何一人でニヤニヤしてんだ?」
そんな声が聞こえて、あたしは我に返る。
するとあたしの目の前には、貴博君がすごいジト目であたしを見つめていた。
あちゃー。
でも、後悔はしていない。だって……。
「一人は寂しいから、貴博君の後を追ってきたモカちゃんに~、その言い草は良くないよ?」
「……で?どうしてニヤニヤしてんだ?」
「それはね~、乙女の秘密だよ?」
そういって、貴博君の左腕にぎゅっと抱き着く。
だって、駅まで貴博君とお話しながら歩けるのだから。
「暑苦しいから離れろ」
「しゅん……」
「後でアイスクリーム買ってやるから」
「やったー」
「お前はガキか?」
あたしのこの秘めた想いは、まだ君には伝えないだろう。
まずはあたしが君を助けなきゃいけないから。
貴博君は、あたしを助けてくれた。バンドを脱退しなくて済んだのも君がいたからなんだよ?
だから次はあたしの番だよね?
「ほら、まだ時間に余裕があるから好きなアイスクリームを買ってこい」
「お金までくれるの?さすが貴博君だね~」
「気が変わった。金を返せ」
「ざ~んね~ん。もうモカちゃんのお金になっちゃった~」
本当は気が変わったわけでもないのに、なんて想いをニヤニヤ顔で表してあげた。
よく蘭にもそのニヤニヤ顔がモカっぽい、なんて言われるけどそんな表情を見せる人は限られているんだよ。
コンビニに入って奥に行くと並んでいるアイスクリーム。量が多いから何を買うか迷っちゃうよね~。
冷たい冷気に包まれたアイスクリームを覗きながらふと思う。
貴博君にも、アイスクリームを買ってあげようかな。
好みは分からないからモカちゃんチョイスにおまかせだね。
「抹茶もいいけど~、これにしよっと」
あたしが手に取ったのはモナカアイス。モカちゃんだけにモナカなのです!
それにモナカアイスだったら二つに割って食べられるよね。
店員さんに渡してお金を渡す。普段コンビニでアルバイトをしているから店員さんの気持ちが分かる。今日も頑張ってくださいね~。
外では、あたしを待ってくれている貴博君が座りながら街を眺めていた。あたしと一緒にいる時はたばこを控えているらしい。
あたしはたばこのにおい、ちょっと苦手だけど我慢しなくてもいいのにとは思うけど。
「おまたせ、貴博君」
「ん、早かったな。じゃあ、そろそろ駅に向かうか」
「はい、貴博君」
あたしはモナカアイスを袋から出し、真ん中あたりで二つに折った。
綺麗に二等分出来なかったから大きい方を貴博君に手渡す。
「青葉……ありがとな」
「うん!二人で食べた方が美味しいからね~」
一瞬、貴博君の目が揺れていた。昔、こんな思い出があったのかなって勝手に想像する。
誰かなって思ったけど、きっと弟のまーくんだよね。
「まさか、同じセリフを言うとは思わなかったぞ」
「なになに~、あたしがまーくんと同じこと言った?」
「お前のその勘の良さは他のところで活かしやがれ」
ほら、やっぱり。
そして手に持っていたモナカアイスをパクッとかじる。サクッとした歯ごたえの後にくるひんやり冷たいバニラ風味は病みつきになる。
アイスを食べながら駅まで歩いた。丁度アイスがなくなった時に改札前にたどり着くことができた。
あたしは財布から210円を取り出して切符を購入する。貴博君はICカードをタッチして駅の構内へと入っていく。
あたしは電車に乗るのが久しぶりで、ちょっとドキドキしている。
大学までずっと地元だったあたしにとっては、ちょっとした冒険のような高揚感もあったりする。
「お、丁度電車がきたな。あれに乗るぞ」
「あいあいさー」
プシュー、と音を立てながら目の前の停止エリアでぴったりと止まった電車が開く扉にあたしたちは乗り込む。
お盆前の期間だし、平日だから思っていたよりも人は乗っていなかった。
貴博君は多分、そういう時間を見越してこの時間の電車に乗っているのだろう。
「貴博君は、よく電車に乗る?」
「まぁな。高校も電車で通ってたしな」
「貴博君って、実家がちょっと遠いんだっけ?」
「ああ、でも生まれたのは花咲川地区だけどな。中学は別だけど高校は花咲川で過ごしてる」
「うそ~!」
「お前に嘘をつく理由が一ミリもないだろ」
そんな情報はまったく知らなかったから、思わず大きな声を上げてしまった。車内に人が少なかったから良かった。
じゃあ、貴博君はあたしの近くにいたんだ。もしかしたら幼少期のころにあたしたち、出会っているかもしれないね。
「青葉、次の駅で降りるから準備しとけ」
楽しい会話はすぐに時間を経過させる。
まだ乗って数分しか経ってないような感じがするけど、もうすぐ到着らしい。
車内は貴博君が買った花のいいにおいが充満する。
電車が停まる。そしてたいそうな音を立てて開く扉の向こうへ足を踏み出した。
到着した場所は、一言で言うと何もない場所だった。
駅の名前も確認するのを
あたしは、そんな貴博君の後をちょこちょこと歩いていく。
改札を出ても、何もないのは変わらない。広がったコンクリートに生きているか分からない建物。
「貴博君、この場所ね?モカちゃんにはモノクロに見える」
「へぇー、そうか」
「貴博君は、何色に見える?」
「俺はこの場所だけはカラーに見えるけどな」
「えっ?それってどういう事?」
「そういう事だ。俺にはこの町は綺麗なパステルカラーに見える」
あたしは思わず首を傾げる。
何回目をこすっても、白や黒しか色が入ってこない。上を見上げればきれいな青色とか白色、オレンジ色は見えるけどパステルカラーには見えない。
同じ景色を見ているはずなのに、見え方が違って見えるのかな?
それはそれで面白いよね。
「貴博君は、この場所に何回も来るの?」
「いや、一年に一回だけだ」
「この場所に、なにか大事なものでもあるの~?」
一年に一回来るらしい。そしてさーやは「この時期に」と言っていた。
あたしには分からないから貴博君に聞いてみた。
貴博君は、進めていた歩を止める。それに従ってあたしも貴博君の隣で立ち止まる。
貴博君は少しだけ、遠くを見つめていた。
あたしは貴博君の顔を覗き込む。
彼の表情は、懐かしいものを思い出すかのような顔をしていた。子供の頃、よく遊んでいたおもちゃを大人になって見つけた時のような、そんな表情。
そして彼はこう言った。
「今から、親友に会いに行くんだ」
@komugikonana
次話は11月19日(火)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます!
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~次回予告~
「あたし、貴博君を支えるから、安心して見ててくれると嬉しいな~」
そう言っていると、あたしの頭上から優しい衝撃が走る。
貴博君があたしの頭をはたいたらしい。顔を上げると、貴博君がムスーッとした顔をしてるんだもん。
「支えるとか、夫婦みたいな事言うな」
「あたしたち、夫婦じゃなかったの……?」
「違ぇわ!付き合ってもねぇだろ!」
「じゃあ~、……モカちゃんと、つ、付き合ってください……」
実は大切な場面なんです。
では、次話までまったり待ってあげてください。