change   作:小麦 こな

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前へ進む、確かな第一歩②

「「えぇえええええ!?」」

 

こんな女の子特有の甲高い声に思わず目をしかめてしまった。

お店の中で、他のお客さんも数人は優雅に珈琲を嗜んでいるのを分かっているはずだがあまりの衝撃に無意識に声を上げてしまったのだと勝手に予想しておく。

 

目を開いて彼女たちの顔を見る。

つぐみちゃんは口を押えてやってしまった、という仕草をしていたが目は大きく開いていた。

ひまりちゃんはもう、びっくりを体現したような顔をしていた。

 

俺はげんなりとした表情でモカと顔を合わせる。

そんなに驚くことでは無いんじゃないか、という気持ちを視線に込めて彼女を見つめる。

 

彼女は横にこてん、と首を傾げた。

 

「モカ!それ本当なのっ!?」

「そだよ~」

「蘭にはこの事……まだ伝えてない、よね」

「まだだよ?でも蘭にもお知らせしないとね~」

「絶対、蘭は反対するんだろうなぁ……」

 

少し落ち着きを取り戻したひまりちゃん。

さっきまでとは打って変わりうーん、と少しの唸り声をあげた。

 

彼女の言う通り、美竹に伝えたところでどんな言葉が返ってくるのかは安易に想像することが出来てしまった。

そして心の奥底にあった、言葉によってできてしまった傷口がズキズキと染み渡る。

 

「ひまりちゃんやつぐみちゃんは、俺がモカと付き合う事をどう思っている?」

 

俺が言葉を発した直後、珈琲店の空気が一変したような気がした。

空間が少し歪んでいるように思えた。

 

この歪みはきっと、答えを絞り切れずに迷っているからこそ生じるのだろう。

君たちの気持ち、分かる気がする。

 

俺が君たちの立場だったならば、俺もきっと答えを一つに絞れないから。

 

「素直に応援したいけど、引っかかっちゃう部分があるんだよね……」

「……うん、私も」

 

二人とも、素直だと思う。

上辺だけ笑顔にして「ううん、お似合いだから良いと思うよ」という言葉にも出来たはずだ。

 

ひまりちゃんもつぐみちゃんも、正直に言ってくれて嬉しかった。

そして俺がしっかりしないといけないなって改めて思わされた。

 

「貴博君は」

「モカ、大丈夫だ」

 

モカが何かを言おうとしていたが、咄嗟に彼女の言おうとしていた言葉を止めた。

お前の気持ちは分かる。

 

だけど、ここでは言わないで欲しい。

 

「確かに、俺の印象が悪いって言うのは分かる。俺だって君たちの立場に立ったら不安に思うからな」

「……うん」

「正直、保証はないよ」

 

ひまりちゃんとつぐみちゃんの顔が一瞬、青ざめる。

人間は家電製品じゃないからさ、保証書が付いているわけでもないし不良品だからと言って商品を取り換えることなんてできない。

 

だけど人間は。

 

「だから、俺のこれからの行動を見ててほしい。それで判断してほしい。君たち幼馴染にな」

 

人間は「意志」を持ってる。言葉だって話せる。

保証は無いけど、なぜか信じられる。

 

そんなバカみたいな事を人間は出来るんだって思いたい。

 

 

二人の幼馴染たちの顔が明るくなった時、俺はこれから先を後ろ向きにならないで前だけを見て進んでいこうって誓った。

 

 

 

 

 

「むぅ~」

「そんなに不機嫌になることないだろ」

「だって~」

 

羽沢珈琲店を後にした俺とモカはある場所に向かうためにゆっくりと歩いている。

ゆっくりと歩いている理由は特には無いけど、強いて言うならゆとりが欲しいのかもしれない。

もしかしたらモカとゆっくりとした時間を過ごしたいのかもしれない。

 

ひまりちゃんに「二人の前で食べていたら甘いものがさらに甘く感じるから早く行っておいでよ」という甘さとは逆に辛辣な言葉を頂いてしまった。

まぁ、それでモカが不機嫌になっているというわけではなさそうだけど。

 

「みんな、外で判断して中身で判断しないのはおかしいって思わない?」

「モカの言ってることは正しいけど、今あの子たちの前で言うべき言葉ではないだろ?」

「そうかもだけど~、あたしは貴博君が誤解されてるのが納得いかないんだもん」

 

ぶぅ~、と頬を膨らませる彼女を愛おしく思った。

そして彼女の気持ちが何よりも温かく感じて、まるで冬の寒い朝に出てくるポタージュを飲んでいるような気持ちになった。

 

「その言葉だけで、俺は嬉しい」

「この気持ち、みんなにも伝わればいいのにね~」

 

みんなに、というのは難しいかもしれない。

なぜなら人間は一人ひとり価値観が違うものから。

 

でも確実に理解してもらわないといけない人たちがいて、理解してもらえなかったらモカも幸せになれない。

時間を掛けて焦らず、でも急いで何かを変えなければいけないと思う。

 

その「何か」がとっても重要で、手で掴めそうなのにスッと離れていく。

 

「モカ、少し座らないか」

「いいよ~。疲れちゃった?」

「そういうわけじゃないけど、何となく」

 

そう、何となく。

心が理由もなく休みたいと言っているだけだった。

 

目の前に現れたハンバーガー店に立ち寄る。時間も時間だし軽めの昼食はとっておいても文句は言われないと思う。

空いている席にハンカチを置いて、貴重品を持って注文をするために列を並ぶ。

 

モカはベーコンレタスバーガーを注文した。俺は、いつもの。

ハンバーガー店に行った時は決まって注文するダブルチーズバーガー。もうダブルじゃなくてもいいような気もするが、思い出はいつまでも身近に存在するものだといつも心の中で言い訳をしながらそれを注文する。

 

「そういえばさ、モカと付き合ってからゆっくり話してないよな」

「うーん、そうだっけ?」

 

席に着いてから自分が頼んだ分のお金を財布の中から探しているモカに言葉を投げかけた。

特にモカのあの行動が気に食わないから辞めてくれるか?とかそんな事を言いたいわけでは無い。

 

ただ、彼女と前向きになって色々な経験をしたいと思っている。

ただの彼氏ヅラしたエゴのようなものだ。

 

「……今度、二人でどこか行かないか?」

「えへへ、おっけー!……あれ?」

「あ?ハンバーガーが口に合わないのか?」

「ううん。そういえば~、貴博君からデートのお誘いって初めてじゃないかなって」

 

改めてそんな事を言われると、急に顔が熱くなってしまった。

そんな俺を見たモカは何が面白いのか、急にニヤ~ッとした顔をこちらに向けてくる。

 

「やっぱ今の無しで」

「一回言っちゃったら、取り消せないよ?」

「じゃあ、ニヤニヤした顔でこっち見んな」

「揶揄ったわけじゃなくて~、嬉しかったんだよ。貴博君から誘ってくれて、本当にあたしたち、付き合ってるんだなって思っちゃったってかんじ?」

「……そうかい」

 

結局、モカも俺も同じことを思っていたのかもしれない。

そんな簡単な答えが頭の中で導き出された時、クスッと笑ってしまった。

 

「11月ごろ、紅葉を観に行くか」

「まだまだ先じゃん……それにモカちゃんは花より団子派なんだよね~」

「じゃあ、俺だけ懐石料理の出る旅館で泊まるからお前は日帰りな」

「うえーん、モカちゃんも行く~」

 

ウソ泣きをしながら俺の左肩に抱き着いてくるモカを優しい視線で見つめる。

こんなやり取りは俺たちが「恋人」という関係になる前からあったような気がするのに、今はこんなにも心が満たされる。

 

今まで何回もやってきた経験が、違って感じるっていう事。

それは俺にも当てはまるのかな。

 

……当てはまるはずだよな。モカと一緒なら。

 

「じゃあ、紅葉の次はクリスマス!どっかに行こうよ~。あたしたちのライブも見に来て欲しいな~」

「ああ、どっちも行くか」

「きっまり~」

 

そのまま左腕にギュッと抱き着いてくる。

周りの視線が気にならないと言ったらウソになるが、今ぐらいは良いんじゃないかなって思えた。

 

モカの頭を優しくなでる。

さらさらとしている髪をなでるたびに良い匂いがして、最近買ったアロマもこんな素敵な香りだったらいいのにと叶う訳の無い願いが頭の中にポコッと生まれた。

 

「さて、そろそろ行くか」

「貴博君は、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ」

「無理してない?」

「無理してるとかそんなんじゃない。あいつには言わないといけないだろ?だったらやるだけだ」

 

最後に一口サイズになっていたダブルチーズバーガーを口の中に放り込む。

手に持った時はダブルなのに、口の中に入れてしまえばバラバラになる。

 

なんだか、俺とあいつを表しているように思える。

残された方は立派に生きてやるから、羨ましがるんじゃねぇぞ?

 

 

そのままハンバーガー店を出て、モカがちょっと先を歩くような形でどこまでも続くんじゃないかって錯覚させるようなアスファルトを踏みしめる。

 

「貴博君、緊張してる?」

「なんでだ?」

「さっきから無口だから」

「……緊張とは別の感情だな」

「そっか。でもだいじょーぶだよ?モカちゃんもそばにいるからね~」

 

フワフワとした彼女の口から出てきた、意志がはっきりと表れたしっかりとした言葉は心の中にスッと入っていった。

そんな言葉を身体中に行き届けるために一回だけ、ゆっくりと深呼吸をした。

 

モカの歩みがピタッと止まるから、俺も同じように足を止める。

 

目の前には立派な和風の建物がそびえたっていた。

そしてまだモカから何も聞いていないのに直感でこの家は誰の家なのかが分かった。

 

なるほど。

だからあの子は。

 

「モカ、あたしの家の前で何やってんの?」

「あ、蘭」

 

家の中にお邪魔していないのに、目的の人物が現れてくれた。

思わず口笛をピューっと鳴らした。

 

そんな俺の態度に違和感を感じたのか、顔をしかめながら俺の方を見てきた美竹。

やっぱりこの子は俺の事を心底嫌っているらしい。

 

でもさ、嫌われているってことはもう評価が下がらないってことだろ?

 

そんな美竹に聞こえないようなボソッとした声を漏らす。

 

 

 

チャンス、だよな。

 

 




@komugikonana

次話は12月20日(金)の22:00に公開します。
新しくこの小説をお気に入りにしてくださった方々、ありがとうございます。
Twitterもやっています。良かったら覗いてあげてください。作者ページからもサクッと飛べますよ!

~高評価をつけて頂いた方をご紹介~
評価10という最高評価をつけて頂きました カエル帽子さん!

この場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとう!
これからも応援、よろしくお願いします!

~次回予告~

何故か心臓がチクチクと動き出す。
この心臓の鼓動は緊張している時に生じる痛みで、久しぶりに感じる。

自分の人生がドン底に落ちた日ぐらいから感じなくなった、「嫌われたくない」という感情から現れる痛み。
そんな感情を顔に出すわけもなく、苦し紛れに口笛を一回吹く。

美竹の眉がピクッと微かに動いたのを見逃さなかった。
何かの違和感に気付いたのかもしれない。いや、もしかしたら反射的にそうなったのかもしれない。
でも彼女の顔は、間違いなく俺を勘ぐっている様子だった。

~感謝と御礼~
今作品「change」の投票者数が100人を突破しました!!
これほども多くの方々にこの作品を評価して頂いて本当にありがとうございます!みなさんのおかげで評価バーも埋まっております。
これからもまだまだみなさんをワクワクドキドキさせられるような文章を書いていきます。

最後に、これからも小麦こなをよろしくお願いします!


では、次話までまったり待ってあげてください。

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